順位とポイントが告げられた次の瞬間、周囲が一斉に沸いた。
「1位だよ1位!しかも400!」
「ほんと!?ほんとにあたし達1位なの!?」
「やぁったぜぇ!」
「ッシャァ、オラァ!」
「一月5万??一月5万!?一月5万!!」
方々から聞こえてくるクラスメイト達の歓声。
それを微笑ましいとは感じながらも、同調できない自分がいる。
「あまり嬉しそうには見えないけれど、この結果でも不満かしら?」
「まさか。申し分ない成果だと思うよ」
堀北へ告げたその言葉に嘘はない。
変動要素として残っていた戸塚への指名成功と、俺への指名回避。
その双方で賭けに勝ったのだ。
Dクラスとして望み得る最高の結果と言える。
ただ、心配事があって気分が上がらないだけで。
「だとしたら少し残念ね。年相応に喜ぶあなたが見れるかと思っていたのに」
「俺も、嬉しそうにしている堀北さんを見てみたかったな」
そう返すと、堀北はそっぽを向いて黙りこんでしまった。
少し残念だ。
まぁ、この試験を堀北が無事に乗り切ってくれただけでもヨシとしよう。
正直なところ、もっと体調を崩す展開になると思っていたから。
疲れ切った堀北を目の前にして『無事に』なんて言うのもアレだけど、要はそれだけ不安だったということだ。
無事じゃないのは、俺の精神的な諸々。
新たに現れた情報提供者、こいつのせいで試験結果を喜ぶどころでは無くなってしまった。
監視者と並んで厄介な存在だ。
両方とも、正体は龍園だったりしそうで怖い。
‥‥‥冗談抜きで、この2つが同一人物というのはあり得る。なんか、そんな気がする。
「オイ!2人揃ってなぁに澄ましたツラしてやがんだ!400ポイントだぜ400ポイント!」
寄ってきた須藤が、捲し立てながら肩を組んできた。
ちょっと見たことがないレベルの笑みを顔に浮かべている。
「それともなんだ?これでも足りねぇってか?」
「満足かって意味でなら、少し足りないね。100億くらい足りない」
「‥‥‥んなアホみたいなポイント、あったとして何に使うんだよ?」
「残高眺めて悦に浸る」
そう返すと、須藤の笑みが呆れたようなそれに変わった。
「お前が食費にすらポイントほとんど使わねぇ理由、それとか言わねぇよな?」
「Yesって言ったらどうする?」
流石にこれは冗談だ。
今後のことを考えて、少しでも多くのプライベートポイントを確保しておきたいというのが本当の理由。
活用できる場面がかなりあるという予測は、茶柱先生との取引で確信に変わった。
だから、節制はこれからも続けていく。
散財するのは、それこそ残高100億くらい行ってからの話だ。
ちなみに堀北とのデートは、言うまでもなく必要経費。
というかその支出優先度は最上位なので、食費その他の出費を切り詰め、なんなら借金してでも払うべきものだ。
首が回らなくなるくらいまでデートしたい。
「なぁ、これからは月に5万入ってくるんだぜ?もうちょっと肉の量とか増やしても良くねぇか?」
「毎月10万入ってくると信じた結果、一文無しになった例がある」
こちらの言葉を聞いて、グッと黙り込む須藤。
ちょっといじめすぎたか。
「冗談だよ。そっちもポイント負担するなら、もう少し豪華なやつ作ってもいいけど」
「‥‥‥どこからが冗談だ?暗い部屋の中、1人で残高眺めてニヤニヤするってのはガチだろ?」
「最初から最後まで。料理のグレードを上げるって部分も冗談になったからよろしく」
「あ、ヒキョーだぞてめぇ!」
「冗談だよ」
俺が返すのと同時に、茶柱先生の呼びかけが聞こえてきた。
「さて、試験は終了だ。各自、忘れ物が無いか確認しろ。準備ができた者からボートに乗り込め」
それを聞いて、ゾロゾロと移動するクラスメイト達。
ようやく終わった。
そう実感した途端、身体が空腹と眠気を訴え始める。
色々と気になることはあるけど、船に戻ったらとりあえずは飯食って一眠りだ。
そうして船に戻ると。
「試験ご苦労だったねぇ、諸君」
「テメェ、高円寺!」
俺達を待っていたのは、いい感じに日焼けしたブーメランパンツ姿の高円寺だった。
ジュース片手にとても楽しげな表情をしている。
そんな煽りスタイル全開のターザンへ、須藤が詰め寄っているのが目の前の構図。
「落ち着きたまえよ、レッドヘアー君。1位を取ったのが初めてとはいえ、いささか興奮しすぎだ」
「ざけんな!誰のせいで30ポイントも減ったと思ってやがる!」
かなりの勢いで須藤が詰っているけど、高円寺は全く動じていない。
壁に背を預けながら、上機嫌にジュースを飲んでいる始末だ。
それが一層、相手の神経を逆撫でている。
「おい!聞いてんのかテメェ!」
今にも掴みかかりそうな剣幕の須藤。
いつもならそんな振る舞いに眉をひそめているだろう他のクラスメイト達も、今回は須藤の味方だ。
何人かは同調して高円寺へ迫りそうな気配すらある。
気持ちは理解できるから、暴力沙汰にならない限りは好きにやらせてあげたい。
ただ、事情がそれを許さないので、須藤の肩へ手を置いて制止する。
「須藤、いいから行こう」
「あ!?お前はムカついてねぇってのか!?」
「急がないと、レストランの席埋まっちゃうよ」
「バカヤロウ何やってんだ、さっさと行くぞ」
言い終わるや否や須藤は歩き出した。判断が早い。
きっと、頭ではなく身体で理解しているのだろう。
最も優先されるべきは栄養補給だと。
それからは部屋で着替えて、早歩きと言い張れるギリギリの速度でレストランへ急行した。
急いだ甲斐もあって、なんとかテーブルの確保に成功。
試験を終了したばかりである俺達の空腹に配慮したのか、食事はビュッフェスタイルで提供されていた。
握り寿司、ローストビーフ、炊き込みご飯、野菜のマリネetc。
鮮やかに並んでいる料理、その全てが無料。
なんて素晴らしい空間だろうか。
食事とは斯くあるべし。
まずは各自が好き勝手に食事を取ってきて、テーブルに並べた。
その内訳が偏っていたのは、ある意味では当然の帰結と言える。
具体的に言えば、寿司、寿司、揚げ物、肉、寿司、揚げ物、肉、寿司、揚げ物、肉、申し訳程度のサラダ、肉。
なかなか男子高校生らしいラインナップだ。
「もっと野菜も採った方がいいよ、須藤」
「おう、食えたら食うわ」
ひたすら肉や揚げ物をかきこんで、コーラで流し込む。
そんな罪深い行いを繰り返している須藤への忠告は、軽く流されてしまった。
あの返事、絶対に食べないやつだ。
「っかー!米ってやっぱうめぇ!」
「マジそれ。生きててよかった」
「しっかしアレだよな。高円寺のヤツ、俺らが無人島にいる間も毎日こんな食事してたってことだよな」
「浅村さ、マジでどうにかしてくれよアイツ」
「いや、ドラえもんじゃないんだからさ」
軽く言ってくる山内に対して、適当に返す。
今回みたいなことが幾度もあるなら流石に手を打つことになるだろうけど、できればそれは避けたい。とてもめんどくさい。
それからしばらくは食べることに専念。
ひたすらカロリーを摂取していたら、4人の端末が同時に鳴った。
確認してみると、クラスの全体チャットで平田が『今夜、クラスのみんなで打ち上げをしたい』という提案を投げている。
『参加します』という返事を投げて食事を再開すると、同様に端末を見ていた池が口を開いた。
「焦ったぁ。また騙し討ちで試験が始まるのかと思ったわ」
「俺も。これから1週間は遊べるって言われてるけど、実際どうなんだ?浅村、なんか知らねぇの?」
「何も知らない。でも池の言う通り、俺達が油断したタイミングを狙ってくるってのはありそうだよね」
ありそうというか、その線が濃厚だと思っている。
今まで優しさなんてカケラも持ち合わせていなかった学校が、『クルーズ船での1週間を楽しめ』なんて言ってきたところで信じるわけがない。
目的が無人島での試験だけなら、終わり次第学園に戻るはずだ。
そんなわけで、折を見て茶柱先生に探りを入れる予定。
「お前ら3人とも気にしすぎだろ。そん時はそん時だ。それより、メシ食い終わったら何するよ」
「打ち上げまで寝る」
真っ先に返事をすると、須藤が不満そうな顔を向けてきた。
「遊ばねぇの?」
「今日は許して。本当に眠い」
言ってるそばから、どんどん瞼が重くなってきている。軽く見積もっても100トン以上の重量だ。
食欲がある程度満たされたのならば、次は睡眠欲。
身体がそう訴えていた。
無人島での無茶振りに応えてくれたのだから、次はこちらが応じる番だろう。
そのままだと食事をしながら居眠りしかねない勢いだったので、自分で取った食事だけ平らげて部屋に戻った。
シャワーを浴びてから端末を確認すると、『打ち上げの開催は17時、甲板でBBQ』という平田からの返信。
これなら、まとまった睡眠が取れそうだ。
そうしてベッドへとダイブした俺は、着地を確認することなく意識を手放した。
***
アラーム音で目覚め、ベッドから体を起こす。
時刻は16時で、打ち上げ開始までの猶予は1時間ほど。
部屋の窓からは強烈な西日が差していた。
シャワーを浴びて身なりを整え、平田が確保してくれた甲板へと向かう。
いつものごとく、段取りは全部丸投げした。ありがとう平田。
そんな感謝と共に到着すると、既に数人のクラスメイトがグリルやテーブルを並べたりしている。
「早いね、浅村君」
先客の1人、平田がこちらに気付いた。
「待ちきれなくて、つい。準備、まだ何か残ってる?」
「それなら飲み物を並べてもらえるかな」
「了解」
今回は段取りを丸投げしなかった。よくやった俺。
そんな自画自賛と共に準備を進めていたら、開催時間が迫っていた。
クラスメイト達も続々と姿を表している。
ちなみに参加を表明したのは38人で、残りのうち1人は不参加、もう1人は未回答。
参加率は97%という凄まじい数字だ。
堀北の不参加が体調不良であることを考慮すれば、実質的に100%と言い張ることもできなくはない。
もし特別試験前に似たような催しがあったとしても、参加率は良くて半分程度だっただろう。
勉強会がその最たる例で、学習進度の違いなどいくつかの事情があるとはいえ、目に見える形で区切ってしまっていた。
だから、クラスの内側に壁があったことは否定できない。
苦労を共にし、結果として1位を取った7日間。
それで、多少は雪解けしているといいんだけど。
「浅村君、なんでエプロン着てるの?」
「焼く気満々だから」
話を振ってきた櫛田へ返事をしながら、手に持ったトングをカチカチと鳴らしてみせる。
俺はこれから鉄板奉行、もといグリル奉行になるのだ。
なら、それに相応しい装いというものがある。
チェンソーマンが服を着ないように。
くまのプーさんが上半身しか服を着ないように。
俺にとってのそれが、エプロン姿だったのだ。
「1人だと大変だよね?私も手伝ったほうがいいかな?」
「やめとけ櫛田。こいつ、こういうの結構うるせぇぞ」
「そ〜そ〜。それより桔梗ちゃん、何飲む?」
遊びの誘いを断ったせいか、須藤のあたりが強い。
そしていつも通りの池。
手伝ってほしいわけじゃないけど、2人は櫛田を見習うべきだ。
「‥‥‥浅村君、大丈夫?」
「ご心配なく。結構好きなんだよ、こういうの」
そう言って、温まってきた4つのグリルへ肉や野菜を並べていく。
ようやく、夏休みらしくなってきた。
そして1時間と少し後。
水平線へ太陽が沈みそうな頃になって、俺の仕事は完了した。
「お前、マジで1人でさばき切ったな」
「グリル4つにトングが2つ。あわせて8倍だったからね」
焼き終えた最後の肉を皿に乗せながら、須藤に返す。
大体のクラスメイト達は食事に満足した様子で、適当なものをツマみながらおしゃべり中だ。
「はい、これで終わり。‥‥‥ちょっと、手とか洗ってくる」
「おう」
須藤にそう告げて、抜け出した。
歩きながら端末を開き、1人で過ごしているだろう堀北へチャットを投げる。
『体調はどう?』
正直、返事がもらえるのは明日あたりだろうと思っていたけど。
『夏風邪だからしばらく安静にしてること、だそうよ』
予想に反して、ものの十数秒で文章が返ってくきた。
『なら、ぶり返さないように気をつけないとね。電話できる?』
『ええ』
ダメ元で聞いてみると、一瞬で了承を貰えた。
これも予想外。
嬉しい誤算だ。
早速電話をかけると、ワンコールで堀北の声が聞こえてきた。
「あなた、今は平田くん達と祝勝会に出ているかと思っていたのだけれど」
「ちょっと抜け出してきた」
「主役にあるまじき行いね」
「38から37になったところで、大して変わらないよ」
「なら、そういうことにしておいてあげましょう。それより、どうかしたのかしら?」
電話をかけた理由を問いかけてくる堀北。
ただ、そんなものはない。
正確に言えば、堀北へ伝えられるような理由がない。
声を聞きたかったっていう理由はあるんだけど、正直に伝えて引かれでもしたら命を絶つことになってしまう。
「これといった理由は無いんだ。なんとなく電話しようかなって思っただけで。迷惑だった?」
「そうでもないわ。ずっと読書してて、そろそろ気分転換したいと思っていたところだから」
「誰がために鐘は鳴る?」
「ええ、もうすぐで読み終えるところよ。次に何を読もうか決めていないのだけれど、オススメはある?」
俺のセンスが試されている。
まぁいくら悩んだところで、結局は自分が好きな本を薦めるという結論になるんだけど。
「‥‥‥そうだな。堀北さん、SFは?」
「あまり読まないわね。昔、ジュールヴェルヌをいくつか読んだ程度で」
「なら、JPホーガンの『星を継ぐもの』を。この船の図書室にもあると思うよ」
この船の蔵書は、クルーズ船にしてはかなりの規模だ。
だから、たぶんある。
「あなた、SFが好きなのかしら?」
「何かジャンルを1つ選べって言われたら、SFかな」
そう返すと、通話の向こう側で堀北が微かに笑った。
「何かあった?」
「‥‥‥いえ、気にしないで」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫よ。それよりも浅村君、そろそろ戻ったほうがいいと思うわ」
「わかった。その前に、堀北さんからも何かオススメしてくれない?」
「‥‥‥ダフニの『レベッカ』」
「ありがとう。読んでみるよ」
「ええ。それじゃ」
「またね」
そう言って、通話が切れた。
***
浅村君との通話が終わって、すぐに部屋を出た。
あの部屋にいると笑いかけたことを思い出して、なんとなく負けた気になってしまうから。
目的地である図書室に入って、『星を継ぐ者』の題名を備え付けの端末で検索。
すぐに『蔵書有り』の結果が返ってきた。
案内された本棚へ向かうと、JPホーガンの著書が並んでいる。
ただ、そこにあるだろうと思っていた目当ての本が無い。
収まっているはずだった場所には、一冊分のスペースがぽっかりと空いていた。
──本が湧き出してくるわけもないのに、何故だかそこを眺めてしまう。
「もしかして、この本をお探しでしょうか?」
しばらくそうしていたら、横から聞こえてきた声。
視線を向けると、面識のない少女が目的の本をこちらへ差し出していた。
この人は、たしか──
「ええ、よく分かったわね」
「借用処理をしていなかったので、もしかしたらと思っただけです」
「私も申請したわけではないわ。優先権はそちらにあると思うけれど」
「いえ、読み終えたのでお構いなく」
「‥‥‥そう。差し支えなければ名前を聞かせてもらえるかしら?」
「Cクラスの椎名です」
自分の性格が友好的なそれからかけ離れていることは、痛いほど理解している。
そんな私でも、確たる理由もなく初対面の相手へ敵対心を抱いたのは、初めての経験だった。