聖杖の下に錬鉄は至る   作:うすい

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ダンまち要素とfate要素は小さじ三分の一程度しかありませんのでご注意ください。
前話で好評を博した研究者が満足して死ぬだけのお話です。こういうキャラ、良いよね……!


狂気に殉じたとある研究者の走馬灯。

――成功だ。

 

よれた白衣を身に纏った男は、魔法を発動した瞬間に宿願が果たされたことを確信した。

 

隣で興奮する神のことを放置し、男もまた、ややこけた頬をほんのりと染める。

若かりし頃は神の似姿とまで謳われた男であったが、その美しき顔貌からは肌艶がすっかり失われて久しかった。碌に外出もしていないのか、顔は幽鬼を思わせるほどの不気味な色彩をしている。

よくよく見れば容姿にはさほどの年齢的変化は見られないのだが、仮に男の肉親が彼を間近で注視したとて、彼と記憶の中の男を同一人物と結論づけることは不可能だろう。

 

恐らく、男の両親は現在の彼を見てこう評す。

 

『アレと息子は容姿こそ似通っているが瞳の質がまるで異なる。あの硝子玉のような瞳をした息子とはまるで違う――()()は、太陽に瞳を溶かされたかのように、酷く狂った目つきをしている』と。

 

とある男の話をしよう。

是はハイエルフとして生を受けた生まれながらの王者のお話。

 

とある男の話をしよう。

是はエルフの賢者として名を馳せ、総てを恣にした英雄のお話。

 

とある男の話をしよう。

是は、硝子に瞳を灼かれた愚かな男のお話。

 

 

薄く刻まれた皺を微かに持ち上げながら、彼は心地良い微睡みの内に溶かされていった。

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

男は、生まれながらの絶対的な強者だった。

齢一つにして言語体系を解し、齢二つにして魔法理論を打ち立て、齢三つにしてプライドが高く老練なハイエルフが頭を垂れる程の智慧を小さな頭脳に宿した。

また男は、自種族こそが至高と信じて疑わぬ気位の高いエルフをして、神の落とし胤か何かではないのかと思わざるを得ない程に、種族としての規格に反した絶大な魔力を有していた。何よりも、男は異常と言わざるを得ない魔法を先天的に生まれ持っていた。

創造魔法。陣と詠唱を理解し、魔法発生のメカニズムを識ることによって、あらゆる魔法を発動可能な異端(イレギュラー )

 

並ぶものなき、冠絶した文武の才。そして誰もが認めざるを得ない貴き血統。

男が五つの頃にはエルフの王に押し上げられるのも、ごくごく自然な成り行きだった。

 

 

男は、王となっても尚、退屈そうな眼を崩さなかった。

透徹とした硝子玉のような目つきで国を俯瞰し、常人であれば目を回す程の政務を数分で片付けてしまう。次々と新たな事業を打ち出し、確実な利益を打ち出しながらも国家の膿を吐き出し続け、国家中枢の機能健全化を図った。時には王自ら戦場に趣き、気まぐれのように敵兵を蹂躙する。敵国に神の眷属がいればまた話は異なったのであろうが、当時、神はそれほど下界に浸透しておらず、エルフが暮らしている辺境周辺などには神は一柱たりとて存在していなかった。

 

結果として王の進軍を阻むものはたち消えた。数十年もの月日が経過すると、国家運営の総てを王が担うこととなり、国力は過去類を見ない程に増大していた。

 

エルフからは森の神と崇められ、その脅威に怯える近隣諸国からは不老の冷血公と畏怖される。

それは正しく、後世において英雄と記された男の足跡であった。

 

しかし、男はやはり退屈そうな眼を崩すことなく、ぼんやりと宙を眺めていた。

 

人口としてはせいぜいが大きな村落程度の力しかなかった弱小集落からエルフ国家を樹立し、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長させたにもかかわらず、男はその結果に微塵も拘泥していなかった。

 

男が王としての職務を遂行していたのは、エルフこそが至高であるという苔の生えたような古ぼけた礼讃のためでも、世界を己が手中に収めたいという支配欲のためでも、酒池肉林を浴びるほどに味わいたいといった我欲のためでもなかった。

――否、ある種の我欲と言ってもいいだろう。

 

「……退屈だ」

 

男は、暇つぶしに国家運営を行なっていた。

生まれた頃からなんでもできた。三歳になる頃にはまともに話をできるようなヒトが存在しなくなった。そんな姿形が似通った奴らが助けてくれというので、どうせ暇だから助けてあげた。やってみると、少しだけ時間を潰せたので手慰みに遊んでみた。

 

男が王として国家を盛り立てたのはその程度の理由だ。経済から農業に至るまで政務の全てを取り行っているのも、絶対的な権力を自分に集中させるためではなく、時間潰しの種を他人に奪われてはたまらないためだ。

男は王という立場に固執はしていなかったが、存外王としての仕事は嫌いではなかった。何せ、簡単すぎてつまらないことに変わりはないが量だけは一丁前だ。幼い頃からの暇つぶし手段として、男はそれなりに国家運営ゲームを楽しんでいた。

 

だが、嫌いではないとは言ってもいずれ飽きが来る。退屈に命を取られそうになっていた男は、芝生に寝転がり雲の動きを眺めながら、ふとした思いつきを得た。

 

――この世界に面白いことがなくとも、他の世界には面白き事象が存在するのではないか?

 

世界の外を観測する。馬鹿げた理屈であるが、決して非現実的と断じることはできなかった。何せ、世界には神が存在しているのだ。世界の管理者、人類と世界を見守る者。そうした超常的な存在がいるのであれば、異なる位相に世界が存在しても決して不思議ではない。

 

思い立ったらすぐ行動とばかりに、男は異世界に干渉する魔法術式の開発に取り掛かった。

大抵の事柄であれば特に労することもなく、それこそ呼吸をするかのように結果を為し得てしまう男にとって魔法の研究というのは新鮮だった。

 

実に一週間という時を経て、異世界を観測する魔法は完成した。

男は興奮に胸をけたたましい程に鳴り響かせながら、しかしどこか寂しそうに眉を下げた。

 

初めてだったのだ。

苦労という経験と、達成感を得るという行為が。

 

恐らく、男とて独力で一からの魔法開発をしたのであれば、相応の年月を要しただろう。

しかし、暇潰しを追い求めてやまない男にとっては不幸というべきか、男は遠くの景色を覗き見る神の権能を一度間近で目にしたことがあった。0から1を作り出すのは天才の所業だ。1を100に引き上げるのは誰にでも――とまでは言わないが、弛まぬ研鑽と修練さえ積めばいずれ凡人でも到達可能な境地である。が、それでも効率の差というものは存在するわけで。男は周囲からして見れば目を剥くような速さで神の領域に指先を掛けた。

 

男は、人類未到の偉業を成したにもかかわらず、考えていることは平時と変わらなかった。もったいないことをした、気まぐれに神の誘いなどに乗らなければ、この魔法の開発でもっと長い間楽しめたのに、と。

 

過去を後悔しても仕方がないとかぶりを振った男は、折角開発したのだからと、これから異世界を覗き見るとは思えないほど、至極軽いノリで魔法を発動した。

 

――これが、()にとっての転換点(ターニングポイント)

退屈だった現実が瞬く間に塗りかわり、愚かにも太陽(ガラス)へと羽ばたかんとした第一歩だった。

 

 

 

彼が覗き見たのは、久遠の先の世界。月の裏側で行われた異常なる聖杯戦争。

 

第一に知覚したのは衝撃。

一拍置いて表れたのは、()()()という揺るぎない確信だった。

 

泥臭く瞳に闘志を滾らせる凡夫と、彼女に仕える厭世的で皮肉屋の弓兵。彼女らの戦いの一部始終も感嘆に値すべきだったが――やはり、彼女だ。

 

『私、貴方と恋をしたいわ……!』

 

メルトリリス。

優雅に苛烈に誇り高く。

最期を迎える刹那さえも己の在り方を貫いた美貌の女神。

 

「……会いたい」

 

――彼女がこの世界に来れば、この退屈な世界もきっと彩に溢れるはずだ。だが、会うなど土台無理な話だ。脳の冷静な部分が判ずる。

メルトリリスは遥か先の異世界に居る。仮に己が異世界に転移出来たとしても、同様の時間軸に存在出来るかは賭けの側面が強すぎる。そも、異世界に転移すること自体現実的ではない。観測は成った。しかし、それは辛うじてだ。技術的な側面では可能かもしれないが、単純に魔力が足りない。遠い世界を覗き見るだけで生来の大量の魔力と国庫に眠らせていた魔石を使い尽くしてしまった。

 

「不可能だな」

 

彼はかぶりを振って独りごちた。生まれて初めて抱いた夢を即座に優秀な頭脳が切り捨てる。幾千幾万のアプローチを思索し、破却する。彼の理性が、この夢を叶えるための行動は無為だと断じた。

 

「だが――私は、出逢ってしまった」

 

しかし、それがどうしたと彼は嘯く。

彼女に、誇り高く際限なく美しき女神に会いたい。

彼にとって理由は、それだけで十分だった。

 

不毛だ――知ったことか。

希望はない――希望は切り開く。

実現不可能だ――不可能を可能に変えた二人は既に観た。

 

彼の冷静な部分が彼を諌める。されど、彼は諦められるものかと無視した。

出逢ってしまったのだ、憧れてしまったのだ、夢を懐いてしまったのだ、なら、夢を叶えようと力を尽くさぬ理由が何処にある、と。

 

「このちっぽけな願いが叶うのならば全てを塵芥にしよう。私は私の為に。貴女という絶対者を一目見るといった陳腐な、誰もが呆れる願いを叶えるために人生を捧げよう」

 

倫理観も。正当性も。娯楽も。享楽も。苦痛も。笑顔も。友人も。躊躇いも。余暇も。夢も。憧れも。幸せも。金銭も。社会性も。健康も。尊厳も。誇りも。なにもかも――

 

何も要らない。

 

「生き汚く、無様に、罪に塗れようとも。ーー貴女様に出逢う、その日まで」

 

彼は胸の淵から際限なく溢れ出る衝動を篝火に、冬の夜空に身を投げ出した。

王としての責務も、肉親の情も、いままで築き上げてきた比類無き名声も。

総てを投げ捨ててただ一点を目指し道を駆け抜けた。

 

「ハッ……ハハッ…!!ハハハハハハハハハハッッ!!!」

 

彼はいつの間にか笑っていた。

何もかもがどうでもよかった。自分が行動を起こした結果事態がどう転ぼうと興味も無く、自国の民が戦争で通りがかりの冒険者とやらに鏖殺された話を聞いても眉一つ動かさなかった。

初めて自分の子を抱いた時も、母親を流行り病で亡くした時も、王位継承時から己に付き従った忠臣が権力闘争にて謀殺されても、彼は鉄面皮を一切崩すことは無く、ただ退屈そうに目を細めただけだった。

 

彼女を観てから彼は新たな経験に戸惑うばかりだ。

自然豊かな雄大な大地を逞しく思う、夜空に輝く天蓋の宝石箱を愛おしく思う、棒のように疲労を訴える足と激しい呼吸に喘ぐ肺さえ一興だと感じる。

 

「やはり、やはり貴女が!貴女こそが女神だ!!!」

 

この世界に跳梁跋扈する生物としての規格が上位なだけの、神を僭称する紛い物とはまるで違う。彼女を知るだけで、彼のモノクロな世界は色付いた。

 

「誰を救おうとする訳でもなく、その純粋な生き様だけで人の精神(こころ)を救ってしまう。そのような偉業を果たせる者こそが神でない世界など、絶対者でない世界など根本から破綻している!」

 

ならば――と彼は凄惨な笑みを浮かべた。狂気につり上がった笑顔とギラギラと妖しい光を放つ、狂いながらもどこか理知的な瞳は、神に身を捧げる狂信者その物だった。

 

「創ろう、呼ぼう、顕現させよう!!偉大なる女神をこの世界に!間違ったこの世界に!!!」

 

静謐な夜空に、太陽のような熱を孕んだ声が伝播する。

生まれて初めての狂気に身をやつして、彼は行動を開始した。

 

 

 

神に取り入り、迷宮に潜り、大戦に紛れ込んで神の肉体を創る事だけに腐心した。きっと幾星霜もの時が過ぎたのだろう。彼は己がどのくらいの時を研究に費やしているかなど、一々把握していなかった。

 

彼にも、諦めかけた時があった。

所詮ただの人が神を生み出すなどやはり不可能なのではないかと、その考えこそ傲慢にして不遜なのではないかと。

 

だが、暗い考えが脳裏を過ぎる度に、髪を掻きむしり、唇を噛んで己を叱咤した。

 

――女神は己を曲げなかった。

 

彼は、骨の髄まで一度その人生を覗き見ただけの女神に魅了されていた。

 

そして、遂に。

 

◆◆◆◆

 

培養カプセルの中の少女が静かに瞳を開く。

 

脂肪という脂肪が限界まで削ぎ落とされ、生物が達するであろう極限の造形美が追求された身体。淡い海を思わせる瞳と、光に照らされて天使の輪を描く艶やかな藍色の長髪。威容を放つ両足の具足。そして、切れ長の目元が特徴の涼しげな顔立ち。

 

――何よりも、苛烈で、誇り高い意志を湛えた瞳。

 

(嗚呼……)

 

隣で喚いていた神が天に送還された。どうでもいい。ノイズが消えてくれて有難いくらいだ。

 

女神――メルトリリスは神を切り裂いた刃を返し、彼の首を落としにかかった。

 

彼は自分の首元に迫る刃を認識しながらも、回避を試みる訳でもなく、ただただ、万感の思いで女神を眺めていた。

 

(やはり……美しい。私は間違ってなどいなかった)

 

笑みを浮かべて刃を受け入れる。毒を流し込まれ、情報体に還元されていく感覚さえ恍惚と味わいながら、彼は充足した達成感のままその人生を終えた。







世に生まれ落ちた時から絶対的な強者を運命づけられた退屈そうな化け物が、眠たげに細められていた瞳孔をギンギンにかっぴらいてたった一つの煌めきに妄執を抱く展開最高に好き。何だって掌握可能な天才がたった一つにどうしようもないほど心をわしずかみにされるって本当にいいですよね…!
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