二―トしたいよね
 何もせずにシュークリーム食べたい

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 プロットは捻じ曲げるものだとじっちゃんが(濡れ衣)
 


聖女の再誕

 あくる日の朝、ホント・ナンモネ村はざわついていた。

 ここはホント地方の端の端、特段言うことのない農産業が盛ん……でもない場所。何もないのならネタにもなるが微妙に絶妙にある特色が逆に無個性さを際立たす村。

 

 たまに商人が作物の苗や農機具、或いは都会では売れなくなったもの持って来ては農作物を買いたたかれていく。

 かと言って貧しくもない。何もない村だった。

 

 

「お、おい……あれ、騎士さまでねーか?」

 

 最初に気が付いたのは村一番の視力の持ち主(両目で2.0)タロウだった。 

 村より少し離れた馬車道より、見たこともないほど立派な馬が見えた。そしてその上には兜を被り珍妙な面持ちで村へ向かってくる騎士とその従者たちがいたのだ。

 

 彼は慌てた。

 

 なにせ彼にとって、馬はただ田畑を耕し荷物を持たせるためだけのもの。短足で顔だってあまりよくなければ毛並みもよくない。というかロバだ。

 サラブレッド、怪我をしやすく長旅には不向きとされる品種の馬なんてただ格好いいだけの無用の長物だという考えすらあった。

 騎士さまなんてここ数年一度も見ていない。時たま都会からやってくる新聞に映る魔導写真を見て本当にいるのかなんて酒のつまみにするぐらいだ。

 こんな重そうな鎧を着て顔も覆うなんて死んでもごめんだと小バカにしたこともあった。

 

 だが実物を改めて見て、その威厳と格好良さに彼は腰を抜かした。

 なんだったら少し洩らしたかもしれないが、流石にそこは彼の誇りにかけて何も言わないでおくものとする。

 なお翌日から彼はトイレに欠かさず行くことにするようである。

 

「み……みんなぁ、大変だぁ! 騎士さまがやってきたぞぉ!」

 

 彼は身震いした後大慌てで村の皆を呼びに行ったのであった。

 小さな村だ。すぐにみなへ緊張感と共に情報が広がる。

 

「一体ぜんたい今頃何の用さね」

「誰か年貢でも間違えたんでねぇか?」

「馬鹿言うな。それなら領主様んとこのがくるはずだ」

 

 既に村にたどり着き馬を休ませている騎士とその従者たち。を遠めにひそひそ話。

 長老を含め怯えて誰にも話しかけに行かないせいで話が何も進まない。

 誰か悪人がいるのだとか、単に旅の道中に寄っただけだとか、どうでもいい事ばかりを話す。

 このまま会議はどうにも方向性すら見つけられないのか?

 

「ま、まさか……()()()()を」

 

「──あほらしい、さっさと聞いてしまえばええんやろがい」

「クサババ……くさっ

 

 そこで村の御意見番。畑の肥やしを作らせたら右に出る物が無いババア、クー・サイ。村人は親しみを込めてクサババ(褒め言葉である)が一歩前に出る。

 仕事中だったらしい。右手には発酵した肥やしがたっぷりと詰まった桶を掴んでおり、思わず誰もが黙るほど臭い。

 

 本当のこと言えば彼女が出ると臭さに皆が閉口し、あたかも鶴の一声の如く決まった雰囲気になるだけであるというのはこの際置いておくとしよう。

 ともかく、彼女はこの村において長老すら怯むチカラ(ニオイ)を持つババアであった。

 

「一体何しにしたんねあんたら。この村に来たってなんにもありゃせんよ」

「むっ、不用意にシキ様に近づく──くさっ!?

 

 クソババア、もといクサババは進む。出来立て肥しの桶を揺らしながら。

 騎士に近づくものへ警戒しようとした従者すら一時動きを止めてしまうほどオーラ……悪臭と気迫を持って。

 御年73歳のクソババアだ。年季が違う。

 

お、おいいきなり人に向ってくさいは失礼だぞお前

だってくさいんだぞ……お前少し風邪気味だから平気な顔しやがって

 

 従者たちはあまりの匂いに思わず鼻を塞ぎながらヒソヒソ話をする。

 その間も桶は揺れるものだから堪ったものではない。

 

……しかしすげぇなシキ様は、全然動じていない

あたりめぇよ……歴代騎士団長の中でもっともミステリアスでクールがウリのシキ様だ。私生活でも兜を一切取ったことがないらしい

 

 だがその後ろ、彼らが守るべき存在である全身鎧の騎士は一歩も引いていないのを見て、少し顔が赤くなるのを感じた。

 

 

「(くさい……)」

 

 騎士団長、ネーア・シキはその視線をものともせず、青い顔をしていた。

 顔を覆う兜の隙間から入り込んでくる匂いがシキの鼻をひん曲げようとしみ込んでくるのだから堪ったものではないし、兜を外して鼻をつまむという事すら許されないでただ耐えるしかない。

 第一守るべき国民をくさいと揶揄するのは心情に反していた。

 耐え忍べと己の心を鼓舞しながらシキはクソババに敢えて近づく。

 

「……あなたがこの村の長か?」

「違うよ。けど村のもんたちを代表してきてるわ。はよ言わんかぁ」

 

 桶を突きつければまた臭いが一段と強くなる。シキは吐きたい気分を抑えつけた。

 眉が引くつく。兜の裏で鼻を必死に細めようとけなげな努力をする。シキは別段何も悪い事をなんてなにもしていないはずなのに、なぜこれほどまでの責め苦を朝から味わなければならないのだろうか。

 ともかく。咳ばらいを一つ、鼻呼吸から口へと切り替えて騎士は用件を切り出した。

 

「……一週間ほど前、この村で魔族が現れたとの報告を受けた」

「……」

 

 それを受けて逆に固まったのはババアだ。たとえどんな異臭ですらものともしないクソババアが、話の臭さに気が付いて顔を顰めた。

 ちなみに騎士は目に臭いが染みてひそかに涙ぐんでいるため何も気がつけていない。この任務を買って出てしまった先日の自分をただ恨んでいた。

 

「魔族の出現は近年になって増えている。以前は一月に一度あればと言ったところだったが……最近では片手では数えきれない程にだ」

「それは……そうらしいねぇ、ああ怖い怖い」

 

 魔族とは端的に言えば……略奪者だ。

 異形の化け物であったり、一部だけ人間のような風貌をしていたり。様々ではあるが不思議な力を用い、暴力と合わせて人々から何もかもを奪っていく。

 食料に武器に娯楽ものさえ、人間が手をかけたものは全て根こそぎ。

 

「我ら騎士団はそんな魔族から人々を守るべくこうして活動をしている。それは防衛力が薄そうな村に指導しに行ったり、奴らの痕跡を探したりなどだ」

「そうだったねぇ。まあ騎士様たちはうちの村には数年前に一度来たっきりだった気もするけど」

「……それは、すまなかった。この辺りは魔族の出現報告もあまりなかったものでな。優先度が低くされていたのだろう」

 

 しかも困ったことに、奴らは何も無い、いなかったはずの場所からも現れる。だからこそ魔族による事件を終わらせることも出来ない。

 一説によれば魔族は特殊な術で魔族の世界からこちらへ転移してくるのだと唱えている学者もいる程だ。

 だが、二人の脳内に浮かんでいる大事なことはそちらではない。

 

「領主は急ぎ、かき集めた兵をこの村に送ったそうだが……不思議なことに、既に魔族は倒されていたらしいな?」

「……ああそれなら、村の若いのが頑張ってくれてね……なんとかなったよ。なぁみんな?」

 

 クサババの振り返りに、こっそり鼻をつまんでいた村人たちを全力で頷いた。

 ここでようやく、騎士の目が正しくつり上がる。

 言葉の不可思議さに僅かながら首を傾げた。慣れていた匂いに変化が生じてよりしかめっ面になる。

 

「……この村の若者は数人。しかも当時は村は祭りを行っていて、若者は皆村の中央にいたとう。襲われた、村の端にある小屋にいたのは子供二人と女一人……そして、()()のみだったはずだが?」

 

 一体の魔族につき訓練した騎士が三人いてようやくまともに戦えると言われている。そのことを知らない訳がない。

 領主より報告された情報とかみ合わない矛盾を指摘し、老婆を追い詰める。

 

「……さぁてどうだったか。この年になると記憶もあやふやだよ」

 

 だがその程度で怯むクサババでもない。年を取るにつれ便利になった言葉を使い、のれんに釘押しだと言わんばかりに受け流してみせた。

 

「……そのようだ──後ろの若い者たちは思い当たることがあるらしい」

「っ、ちっ!」

 

 だが、その先にいた者達はそうではない。

 ここまでくると老婆の後ろにいた村の者達も察したらしい。彼らが一体、何しに来たのか。

 ざわつきは大きくなり、ちらちらと……村の離れに建つ()()()()を見るものさえでてくる始末。その有様に思わずクサババは呆れた。

 もはや隠し切れまいてか。このまま仕切られてはいかん、と老婆は主導権を握ろうとした。

 

「おおそうじゃったそうじゃった、あの日は運よく旅の人が来ていて──」

「もう十分だ、ありがとう。」

 

 だがシキには通用しない。騎士は老婆の食い下がりにふれてなるものかと、村人たちの視線の先にあった真新しい建物を目指し始めた。

 周りが止めようともするが全身鎧の威厳には逆らえず、ただ通り過ぎていく様を見ることしかできない。

 

「お待ちくだされ騎士様、あちらには大事な客人がおられます。いくら騎士様といえど!」

 

 ただ一人、クサババだけは慌てて回り込み立ちはだかった。だがそれでも止まるどころか騎士は歩みを強くする。

 鎧姿からは想像もではない足さばきを見せ、さっと老婆の横を抜けてしまった。

 追いすがるももう追いつけない。

 

「……領主の報告では確かに、当時一人だけ村以外の者が確認されている。しかも魔族に襲われたとされる小屋にいた女性で……一緒にいた子供からはこう呼ばれていたらしいな」

 

 もはや建物は目前。真新しい石塔。高さはそうはないがこの辺鄙な村で唯一、神聖さを感じ浮いていた物件。

 戸は開いており、垂れ下がった白い布がカーテンとして中の様子を隠していた。

 

 シキは、にいるものの存在を確かに感じ取り、勢いよく布を払う。

 

 

「──聖女だと」

 

 今手に持った布よりも純白な髪を持つ、少女をにらみつける。

 突然の来客にただ、少女はシキの方を向いて佇んでいた。その青い瞳を輝かせながら。

 

 やはりこんな村に似つかわしくない、王国でもそうはいないだろう美貌を持った女性がそこにはいた。

 

 

 

 

 

 

 

 倒せるはずのない魔族の襲撃、解決したとされる謎の旅人。聖女と名乗るなどはっきりいって怪しいことこの上ない。

 まさか魔族が催眠でもかけて村人をだましているのではないか。そんな疑いすらあり訪れたシキを出迎えたのは、なんとも華奢で可憐で、珍しい髪の色をした少女だった。

 そう、思わずある御伽噺を思い出してしまうほど……そこまで考えが逸れて、シキは改めて気を張り直す。

 

 目の前にいるのは身元不明、民を守るためにも探らねばならない者なのだと。腰に下がる剣の柄に手を当て意識を研ぎ澄ました。

 

 時間が止まったと錯覚するほどに動かず数秒して、少女の近くにいた男の子が「騎士様だ」と呟くことで再び時は流れ始める。

 少女は手元にいた女の子と男の子をそっと自分の後ろにするよう前へ出る。その行為を見て、ほんの少しだが騎士の緊張もほぐれた。

 

「……どちら様でしょうか」

「……騎士団長、ネーア・シキ。そちらは?」

 

 名前を尋ねれば、僅かに少女は困った顔をしながら「メーク、メーク・ゾヒマ」と答えた。偽名ではなさそうだ。

 試しにシキは自分の知る限りの知識と掛け合わせてみるが、ただ聞き覚えのない、なじみのない名前だとしか思えず疑いを晴らす材料にはしなかった。

「あのね、みんな聖女様のことメゾマ様って呼んでるの!」と女の子は補足した。

 

「……メゾマ?」

 

 そこでようやく、シキの頭の中にあるものと合致する。だがしかし、それは余計に彼女への疑いを強めるものとなる。

 だが女の子はそれに気が付かないようだ。やたら威圧してくる騎士から少女──メゾマを守るため必死で話すしかない。

 

「そう! お姉ちゃんは『聖騎士物語』に出てくる聖女様なんだ!」

「そ、そうだぜ! 兄ちゃんだって知ってるだろ!」

 

 これに乗じ男の子も叫んだ。それを見て、シキは沈痛の表情を鎧越しに浮かべる。

 少女もやはり困った表情のままだ。つまり、不本意なことなのだろうと当たりを付けた。

 

私は女だ……聖騎士物語、この国で知らない者はそういないだろう。いいかい二人とも……」

 

 ではまず先にこちらの子供たちを説得するのが先だとシキはかがみ、視線を合わせる。

 その際、()()()()といいやがった男の子にはこっそりにらみを加える。兜越しで見えないはずだが男の子は少し震えた。

 

 

 聖騎士物語とは古くからこの国に伝わる、御伽噺である。

 

 あくる日、騎士の元へ神託を下されたと言う不思議な女性がやって来て、その神の心のままに騎士は各地で人々を苦しめている怪物たちを相手にしていき……最後には龍を下し、国を末永く平和にするというお話だ。

 その不思議な女性こそ聖女メゾマであり、一騎当千の力こそないものの様々な助言や呪いを解く力で騎士を助けたとされている。

 今では様々な演劇や本にもなっている。題材とした絵画も複数あったはずだとシキは記憶していた。

 

 男子なら騎士に、女子なら聖女に憧れるのは何ら不思議ではない。なんなら騎士団の者に聞いても未だに憧れである、などと言うものが居てもおかしくないだろう。

 だがそれだけだ。目の前の少女こそがそのメゾマ様だと? 勘違いもここまでくると可愛いものである。

 

「メゾマ様は誰よりも穢れがないとされる純白の髪を……持ってるな。全ての真実を見抜き邪悪を跳ね返す、どんな宝石よりも美しい蒼天の瞳を……持っているだと!?

「ねっ、ねっねっ! とってもきれいでしょ!」

 

 シキの慌てぶりに対し、自分が褒められたわけでもないのに女の子ははしゃいだ。

 改めて目の前の少女を見る。

 

 緩く体のラインを隠すような簡素なローブに身を包みながらも自分は華奢だと分かるほどの肉体美。

 御伽噺を再現しようと数々の芸術家が挑み、演劇では聖女役はどんな女性でも晒し者になってしまうほどの表現こそがふさわしい髪と瞳。

 

 羨ましい、妬ましいとさえ思ってしまうほどに傷一つ、シミの欠片ものない肌。

 よくできたお人形でさえ彼女と比べたら人間味があるだろう。それほどに完璧で、可愛らしい。

 メゾマの手の先からはキラキラとした光がこぼれているようにさえ見える。

 

「ど、どうだにい──ねえちゃん! 何処からどう見たってメゾマ様だろ!」

「う、ううっ……!」

 

 世界中、どこを探したって彼女よりもメゾマ様の名が似合うものはいないだろうことを直感で悟る。

 実は聖女メゾマ様の大ファンであり解釈違いのファンや劇作家に日夜怒りの炎を燃やす彼女だからこそ、ショックは大きい。

 見た目、喋り方、御力、どれをとっても語るには夜を超す必要があると自負する自分自身が、目の前の者を本物だと認めようとしている!

 

「そ、その……あまり褒められては困ります……」

「えー、だってかわいいじゃーん」

 

 恥ずかしくなったか少し焦り女の子を止めようとするその姿さえも、シキの想像通りなのだからもう耐えられない。

 顔を見つめる事さえ失礼と心が思い始めている。

 

「可愛いと言われても、その……!」

 

 ……この時シキが平常心を保っていれば、気が付けたのかもしれない。

 

 

「こ、困ってしまいます!(──魔族に聖女は似合わなすぎるでしょう!?)」

 

 決して恥ずかしくなったのではない。目の前の少女は、正体がバレないかヒヤヒヤしていることに。

 

「でもさー本当にきれいだぜ聖女様。俺最初夢でも見てるのかなって思ったもん」

「森の中で倒れててびっくりしちゃった!」

 

「そ、その話はその……(まさか転移に成功したはいいけど、森で迷って死にかけていたなんて言えない……)」

 

 張り付いた笑顔の中で心が死んでいる彼女の名はメーク・ゾヒマ。

 魔族たちの中でも優れた力を持つと言われる王族の、娘。つまりはプリンセスである。21番目という権力には程遠い身分ではあるが。

 力があるものこそ正義とされる魔族たちの中では非力も非力、見た目も貧弱で……水の精の母を持つ彼女は奇跡的に人間と瓜二つの見た目なのである。

 

し、しかしやはり怪しい……いやだがメゾマ様だとすれば疑うことこそ不敬だ……! どうすれば」 

「(それでなんで目の前の騎士様はこんな狼狽えてるんだ……早く帰って。お菓子もまだ食べかけなのに)」

 

 首を何度も捻り悩む騎士。擦れる金属音にビビりつつ、彼女は……子供たちを盾に後ろに隠した、捧げもののお菓子をチラリとみる。

 砂糖がまぶしてある、なんてことはないクッキーだが、メゾマにとっては早く食べたい。垂涎の品なのだ。

 

「メゾマ様はなぁ、いきなりやってきたガイコツの化け物にだって優しく話しかけて追い返しちゃったんだぞ!」

 

 手についた砂糖がこぼれ落ち光る姿がもったいなく、今にも手を舐め舐り取りたいほどに意地汚い彼女。

 継承権の争いからさっさと逃げおおせると一応はプリンセスの身分であることを利用し、ぐうたら生活を決め込もうとした。

 

 だがそれは、魔族の世界の環境がそうはさせない。

 大地は枯れ果て、水は飲めば腹を壊すのが魔族の世界の基本だ。満足な食料もない。

 殺し合い奪い合い生きていくのが常の魔族にぐうたらな生活など与えられるわけがない。最低限、餓死はしないレベルの固いパンや一体どこの切れ端だと思うほどの肉片。菓子など王の誕生日に振舞われたぐらいだ。

 

 第21王女は直ぐにこんな生活が嫌になった。だから、彼女は亡命することにしたのだ。

 緑あふれる……人間界へ。人目を盗んで魔族界の秘宝、転移の老骨を使いはるばるやってきたわけだ。

 

 ……生きる力が無さ過ぎて、緑豊かな森ですら餓死しかけていたなどと言えるわけがない。

 森で遊んでいた子供たちに拾われなければ森の肥やしになっていたことだろう。

 

「(慌てて追って来た爺やを説得してひとまず帰ってもらったら、それを目撃されてひと騒ぎ起きちゃったし……)」

 

 魔族を撥ね退けたという話の真実はこれだ。

 自分のお目付け役である凡骨スケルトンの質問を適当にはぐらかし、「私自ら人間界に潜入し魔族の暮らし(主に私だけ)を豊かにする」などと大嘘を付いた。

 何を感動したのかカラコロカラリンと夜の森に響き渡る音を出しながら帰って行ったせいで目撃者多数。

 問い詰められると子供たちが勘違いしてはやし立て、あれよあれよという間に聖女様扱いだ。まったく困ったものであるとメゾマは頭を悩ませる。

 

 さっさと逃げればよかったのに? ぐうたらしたい魔族の姫様が担ぎ上げられる状況から抜け出せるはずがない。毎日くる捧げものに目を輝かせ、いくらぐうたらしても怒られないのだからまさに夢心地。

 これだけぐうたらしてもスタイルが崩れないのは偏に、そういう魔族だからというほかあるまい。水の精として人間を惑わせる要素が強く出たのだろう。

 それがたまたまおとぎ話の人物と合致するなんて一生分の幸運を使い果たしたんじゃないかと思うほどだ。

 

 思ったのならもう幸運はないのだからやはり逃げればよかったのに。

 

「(ま、まあでもおかげで何とか誤魔化せそう……)と、とにかく。私は決して怪しいものでは」

「そうそう! 騎士のねーちゃんもわかってくれたよな!」

 

 

「──いや、まだだ!!

「ひぃんっ(ひぃんっ!)!」

 

 案の定、騎士が復活し力強い声と共に建物を揺らした。

 聖女様らしからぬ声があがる。

 

「ん、馬が近くにいるのか? 」

「そ、そうでございましょうきっと! そ、それで……まだ、とはなんでしょうか?」

 

 慌てて取り繕うが、それで追及がやむわけではない。

 

「……魔族に話が通じたという証言がある以上、あなたを単なる旅人断じることはもはやできなくなった。そしてかの聖女様にはもう一つ、確かめなければならない事がある。それを確認するまでは私は認めることはできない」

 

 震える声と、確かな眼光でメゾマを改めてみる。

 目を逸らせば負けだ。

 王族としての数少ない経験からくる勘は正しい。迷いに迷っているシキでさえも、後ろめたい事があることに気が付けば切り捨てるべく腰の剣に再び手を伸ばすだろう。

 

「それはいったい……?」

「……聖女様は聖騎士の旅路の中で、数々の奇跡を起こして見せた。何か一つでいい、奇跡を起こしてください。仮にあなたが本物であった場合……この無礼、なにをしてでも詫びよう」

 

 そう言い切ると、騎士は静かにメゾマを見つめた。 

 対して魔族姫は……混乱した。

 

「……奇跡(いや無理無理、無理です!? 出来る事を探すことの方が難しい私が奇跡を起こせ? ここまで来れただけでも奇跡の連続でしたもん! なにしろと!?)」

 

 魔族といえど一般人よりも弱い自信があるメゾマ。水の精の血筋らしく水に浸かればちょっぴり綺麗になる力はあるが汚さ10の水が9になる程度。ほぼ意味がない。

 もう一度ポンコツ……爺やが都合よく来てくれたらどうにかなるかもしれないと目を泳がせないように辺りを見る。

 

くぅ……すいませぬ聖女様

「(……あ、クソババアさんだ)」

 

 シキの後ろをよくみれば、子供たちに拾われた自分に飯を馳走してくれたクサババが見えた。

 幸いにも風向きの問題で臭いは漂ってきていないが、老婆はひしゃくに肥しを掬い、自分たちの恩人である聖女に仇なそうとしているシキに向い投げつけそうだ。

 ……方向の問題で確実に、その時にはメゾマにも肥しが降りかかるだろう。より一層どうにかしなければならない。

 奮起し目を凝らす。

 

今日の肥やしはいい骨が手に入り格別。効き目は十分に違いあるまいて……

ヒメサマ……ヒメサマ……

 

 なぜか肥し桶の中に見覚えのある骨が入っている気がしたが、メゾマは気のせいだと思う事にした。

 さて生まれてこの方ずっと付き添って来た老骨を見送り腹をくくる。

 何かしなければただ斬られクソを被るだけだ。それだけは絶対に避けたい。

 

 メゾマのぐうたら人間界ライフのためにも、絶対に……!

 彼女は息を呑み……目を閉じた。動揺を悟られないために。

 

「……≪我祈る我祈る≫」

「っ!」

 

 唱える、と同時に体の中の力に気を配る。

 淡く光る力を手に灯す。魔族のみに許されし、人間からしてみればまさに奇跡のごとき力……魔法だ。

 実際はこんな詠唱などいららない。なんかそれっぽくするためだけに、適当に今考えたフレーズを口にしている。

 我祈るを二回口にしたのは思いつかなかったから時間稼ぎのためだ。

 

「≪光よ灯れ≫」

 

 その様を見て、シキはただ驚くばかりだ。手から零れ落ちていた光……に見える砂糖がメゾマの魔力の光を受け、弱い虹色にかわっていくではないか。

 それこそが彼女が信じていた聖女の威光。だからこそ、俄然期待が高まると言うもの。

 一体何をするのだろうか? 空を割る? 雨を降らす? それとも魔を打ち払う聖水でも作り出すのか。

 

 仮に、聖水が作れたのなら……そこまで思って、思い上がった考えを撃ち捨てその偉業を逃すまいと目を見張る。

 

「≪闇を照らせ≫」

 

 闇側の魔族が必死になってやろうとしていることなど、たいしたことではないというのに。

 そもそも魔法が「ちゃんとすごい」ものであるならばそれを使えばいいやと彼女自身焦らない。

 考えようによっては便利だけど……うーんなものだしなにより、この場で使っても意味がないから焦っている。

 

 両手を組み彼女が考える安直な祈りをイメージし膝をつく。

 手に灯る光は次第に部屋中に広がり……しばらくの沈黙の後、消えた。

 

「(……わ、技名とか言った方がよかったか? その方が偽物っぽいか?)」

 

 くだらない悩みの後、恐る恐る彼女は目を開ける。部屋では何も変わった様子はない。

 そう、光が出て……消えただけである。

 

「……な、なにしたんだ聖女様?」

「わかんなーい……」

 

 子供たちも騎士と同じくワクワクしていただけに、なにも起きておらず困惑し辺りをきょろきょろと見まわすばかり。

 視線が痛いとメゾマはまた目を伏せようかとすら思っていた。

 

「(い、いや仕方ないでしょ! 私が出来る魔法って……他の人の魔法を消すにするだけなんだし)」

 

 魔法の無効化、と書けば魔王の娘らしく強い力ではないかと思うかもしれないが……メゾマはこの魔法をスタミナが無さ過ぎて一日一回しか使えない。

 他の魔族はそんなこと知ったことかと乱発してくるしそもそも力で負けている。こういった魔法は他の筋骨隆々だったり武具の扱いに長けている魔族が持たなければ意味がないのだ。

 更に更に、人間相手に使ったとしても「単に綺麗に少しだけ光る技」。夜中に虫を寄せたり狭いところに落ちたものを拾う時とかに使うぐらいだ。

 メゾマはホタルより役に立たないと兄弟に言われた事を思い出していた。

 

「……」

 

 一回使ったせいで息も絶え絶え、膝をついて無ければふら付いていたに違いない程疲労している。

 そんな魔族の前で、騎士はずっと黙ったままだ。何を考えているのか分からない。ただ恐怖だけが募っていく。

 もうどう命乞いしようかと思考を切り替え始めていた。

 

「(土下座だ、もう土下座しかない……!)」

 

 やはり土下座だ。人間界の娯楽雑誌では土下座をすればなんか相手もどうしようもなくなるらしい。

 とりあえず土下座をして自分が魔族の偉い身分の切れ端みたいなやつだと自白して命だけはなんとかと言うほかあるまい。

 最悪牢屋に入れられたりするかもしれないが死ぬのだけはごめんだ。

 

 また腹をくくる。

 一体ここまでの人生何度括ってきたかわからないがとにかくこの跪いた姿勢から頭を降ろそうとした時である。

 

「す、すいませ──」

 

申し訳っ、ございませんでした!!

「ひゃぃっ!?」

 

 奇跡が起きた。

 

 下げようとしたメゾマの頭より先に、大声と共にシキの頭が床に叩きつけられた。

 金属の鈍い音が響き、メゾマはすっかり怯え立ち上がってしまった。

 構想と真逆、何故シキが急に謝ってきたのか皆目見当がつかない。

 

「え、ど、どうしたんだよ騎士のねーちゃん」

「少年……私は、とんでもない無礼を働いてしまったのだ。罪深きものなのだ」

 

 付けられた石の床にぐりぐりと兜を押し付け、何度も何度も振り下ろしている。もはや罪人どころか悪魔憑きだ。

 女の子など怖くなってメゾマのローブの端を掴んでいる。メゾマは怖すぎて指一本動かせない。

 

「私は、私は……! こうも疑い深く、失礼を働いたというのに……!」

 

 次第に、金属製であるはずの兜にひびが入っていくことに気が付き更にに震える。一体どれだけの力で叩きつけられているというのだろうか。

 一撃でも食らえばメゾマなどあの世に旅立つこと間違いなしである。

 

「と、とりあえず頭を叩きつけるのを止めてください。兜が壊れっお顔に傷が……!」

「……!!」

 

 顔に傷、という単語を聞いた途端シキの動きが止まり最後に一撃、地面に叩きつけられた。

 十秒近くの沈黙。まさか死んだかとさえ思うほどの硬直。

 

「私は、騎士団の一員として奔走し……時に魔族を相手することがありました」

 

 ……兜のヒビが走り、完全に二つに割れようとしている。

 

「その時不覚を取り、魔族は死に際に呪いをかけました。それは、醜悪な顔になる呪い。その魔族が死んだ後も、ずっと続き……未熟の代償を一生かかって払い続けるのだと思っていました」

 

 声が、今までになく震えている。

 泣いていると分かる。震えが体に伝播し、兜にトドメをさす。

 

「人前では何があろうと兜を取ることが出来なくなりました。魔族を絶対に許さないと剣を振るい、立場だけがよくなりました。齢は30に近くなり……知り合いのめでたい話が出始め……私には無縁の、ものっ、だと……!」

 

 割れた兜の中から出て来たるは綺麗な金の髪。

 鎧越しではない。涙であふれた彼女の綺麗な赤い目が聖女に敬愛のまなざしを向けている。

 まさしく、彼女も美女と言っても過言ではない容貌。

 

「奇跡、確かに……!! このネーア・シキ、貴方様に全てをもって尽くします……聖女様!!」

「あっ……」

 

 言葉を失った。

 

「直ちに国王に報告しお迎えを! もし望まれなければなんなりと!!」

 

 目がキラキラしているシキはもはやメゾマが死ねと言えば死ぬほどに心酔している。

 それも悪い方向にだ。偽聖女様にとって国王の元へなんて死刑宣告に相応しい。

 

「い、いえ王様の元へは……! 私はただ平和な生活を(三食昼寝おやつ付きのぐうたらライフを!!)」

「そ、そうでありました! 困窮する民を救うためにも一刻も早く平和な生活をもたらさねばなりませんね! 考え足らずでございました!!」

 

 明らかに事態が不味い方へと転がっている。

 止めようとしてももうどうにもならなそうだと理解していたが、抗わない訳にはいかない。

 

「すぐに騎士団に手配を……いいや王の名のもとに動いていては柔軟に動けません。私から声をかけ有望な者を集め聖女様の舞台を……騎士団を作りましょう!」

「いやまって、その……」

 

 

「にっくき魔族たちを根絶やしにするため、今こそ聖騎士の伝説を再び!!!」

 

「(……もう、どうにでもなれ)」

 

 どうにでもなった。

 この三日後、騎士団からは多数の離職者が発生。それどころか民間からも希望者が続出。

 

 国境すらいとわない『聖騎士団』が誕生。

 各地で発生する魔族や問題を解決するため駆り出されることになり……彼女のぐうたらライフはどこへやら。

 

 

 

 これが歴史に残る『聖女の再誕』と呼ばれる出来事であり……人間界と魔族界を揺るがす大事件の始まりだとは、まだメゾマは気が付いていない。





 続かない



 ごめんなさい(土下座)
 本来のプロットにないクソババアだったりに筆が乗りどうしようか悩んでいました。

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