掌編。黒い雨の独白。

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七年ほど前に書いた掌編を公開いたします。
ラウラ・ボーデヴィヒの性格がだいぶ丸くなっています。性格改変に耐えられないという方は回れ右してくださいませ。

受け入れられる、少しくらいなら耐えていただけるという方は、短い作品ですが、どうぞお楽しみくださいませ。


機械の心

『私はラウラ・ボーデヴィッヒだ。これからよろしくな』

 

 彼女は私に挨拶してくれた。

 

 私は、言葉にできないくらいに嬉しかった。

 

 だから私は彼女のために戦う。

 誰かに言われたから命令されたから戦うなんて、そんな道具みたいなことは絶対にしない。

 私は私の意志で、一緒に戦うことを決めた。

 

 

 数年くらい前。

 確かクラリッサに連れられて、新しく黒ウサギ隊の隊長になった彼女の部屋で、彼女と出会った。

 

『ああ、クラリッサか。本来なら私が行くべきだったな。すまない』

『いえ、お気になさらず。頼まれていたものを持って参りました』

 

 クラリッサは彼女に書類を手渡した。

 私に関するデータが書かれた書類だ。

 二人はまるで――これは少し語弊があるのだけれど――私という人がいないかのように話していた。

 

 仕方ないこと。

 それくらいは私も知っていた。

 それでも私は一抹の寂しさを感じた。

 

 私もここにいる。

 私のことを無視しないでほしい、と。

 

 この時から私の感情が芽生えたと、今では思っている。

 それより前、私は機械の様に言われたことを淡々とこなすだけだったから。

 

 二人の話はすぐに終わって、クラリッサは私を置いて一人で帰っていった。

 部屋には私と彼女の二人だけになった。

 

『さて、お前が今日から私の相棒か』

 

 彼女は自分に言い聞かせるように呟いた。

 

 私に向けられた言葉ではないけど、私は嬉しかった。

 これまで周りの人間は――これもまた語弊があるのだけれど――私を道具のように扱ってきていたから。

 彼女は私を一人の人間(意思あるもの)のように思ってくれたから。

 

『何だろうな。どうも私はお前みたいだ。誰かの都合で生まれて、誰かに使われて』

 

 自嘲した笑みを浮かべて。寂しげにくすりと笑って。

 

『こんなことをするなんて、誰かに見られたら笑われるかもな。けど、まあそれもいいかもしれない』

 

 一転して負の感情を振り払って。清々しい笑顔を浮かべて。

 

『私はラウラ・ボーデヴィッヒだ。これからよろしくな』

 

 嬉しかった。

 

 

 私は彼女と一緒に戦ってきた。

 彼女が嬉しいなら私も嬉しくて、彼女が寂しいなら私も寂しくて。

 私と彼女は、一心同体と言っても差し支えないほどだった。

 

 彼女が、日本のIS学園に行くよう命じられたのは少し前。

 私も、彼女と一緒に行くことになった。

 いや、"行くことになった"というのは違う。

 私も、一緒に行った。

 私の意思は関係ないけど。

 確かに、私は私の意志で行った。

 

 日本行きの飛行機の中で、彼女はIS学園にいる恩師と、その弟について私に話した。

 

 織斑千冬。

 織斑一夏。

 

 彼女は楽しげに話していた。

 私は、少し嫌な予感がした。

 

 

 彼女がIS学園に着いて二日目。

 授業一日目でもあるその日だったが、私の嫌な予感は的中した。

 

 彼女が怒っていた。

 それも、尋常じゃないくらいに。

 

 いや、彼女が怒るのも仕方ないかもしれない。

 IS学園の生徒たちは危機意識が低すぎる。この一言に尽きた。

 

 特に、織斑一夏。

 彼女に見せてもらったデータからすると、彼は『望んで入学したわけじゃない』という態度でIS学園にいるみたいだ。

 

 呆れた。

 

 だから。

 ぱちん、と。

 彼女が織斑一夏に平手打ちをしたのも、仕方ないかもと思ってしまった。

 

 彼女はすぐに言った。

 

『どうして此処の生徒の危機意識は甘いのか。ISという兵器を扱うのだから、もっと危機意識を持て』

 

 だけど、彼女とクラスの溝が深くなっただけだった。

 大多数のクラスメイトは、学園唯一の男子である織斑一夏を殴った、理不尽な女として彼女を見た。

 

 呆れた。

 

「気にしないで、ラウラ」

 

 私は、彼女にそう言いたかった。でも、私に話すことは出来なかった。

 

 その日の放課後、彼女は寮で泣いた。

 私は皆のためを想って言ったのに、と。

 私が言ったことは間違いだったのか、と。

 

 彼女は純粋な女の子だった。

 他人の悪意の視線を真に受けて、表向きは平然に繕っていても、心の奥底ではぼろぼろになるくらいには、純粋だった。

 

 彼女は、IS学園に着く前に一つの決意をしていた。

 

 教官――いや、織斑千冬は弟を大切にしている。

 だけど、彼はそれに甘えるだけなのか。

 教官に大きな汚点を残したことは許せない。

 でも、彼がIS学園でどう過ごしているか。ISをどう思っているか。

 それ次第では、彼を認めよう。

 彼のクラスメイトとして、共に切磋琢磨しよう。

 

 しかし、彼は予想以下だった。

 ISを兵器と思っていない。

 ISを共に戦う相棒だと思っていない。

 

 彼女は、泣きながら改めて決意した。

 

 織斑一夏。

 私の心のどこかで、お前を殺したいと思うほどに苛立っている。

 でも教官の弟であり、専用機持ちでもあるのだ。

 私は、いずれお前を仲間と認めたい。

 

 だから、私は嫌われ役になろう。

 私は殺す気でお前と対峙しよう。

 お前にはその中で、ISが兵器であり同時に相棒でもあるのだと自覚してもらいたい。

 

 彼女の決意は極端だった。

 でも、仕方ないのかもしれない。

 彼女には同年代の友人が居らず、話すのはいつも軍の人ばかり。

 これで温厚になる方がおかしいと思う。

 

 たとえ彼女の周りに誰もいなくなっても、私は彼女を守る鎧になって彼女のための銃となろう。

 どこか危うい少女を見て、私は決意した。

 

 

 彼女の精神は擦り切れていった。

 彼女が歩けば敵意の視線を向けられ。

 彼女が通れば多くの人が陰口を交わす。

 

 また彼女の行動は、かつて教官だった織斑千冬の目に余った。

 何より弟を大切に思う織斑千冬は、彼女の行動を過激なものと判断した。

 織斑千冬は彼女に注意した。少し突き放すような形で。

 

 寮で彼女は音も無く涙も無く、ただ泣き続けた。

 彼女にもわかっていた。少し過激だったということくらいは。

 でも、どうにも出来ない。

 自分の感情の表現の仕方を、彼女は知らなかった。

 

 そうして、ツーマンセルのタッグトーナメントを迎えた。

 

 彼女は、篠ノ之箒とタッグになった。

 前日の夜、彼女は嬉しそうだった。

 抽選で選ばれたペアとはいえ、クラスメイトとのペア。

 純粋な幼子のように喜んでいた。

 

 現実は非情だった。

 彼女は嫌われ役だった。彼女を信頼するペアなんていなかった。

 作戦を話しても、信頼が無ければ成り立つはずが無い。

 仕方ないと彼女は肩を竦めた。

 どこか哀しげだった。

 

 タッグトーナメント初戦。VS一夏・シャルルペア。

 彼女は演技に徹した。

 彼らが思う姿で、憎まれ役のまま彼女は戦った。

 ペアの箒が危険になった時、ワイヤーで助けた。邪魔だから無理やりと見えるように。でも怪我が無いように地面に軟着陸させて。

 一夏一人に固執しているように見せながら。流れ弾を装ってシャルルに攻撃する。箒が攻撃しやすいように。

 

 彼女は、やっぱり彼女だった。

 感情表現が苦手で空回りする、優しい女の子だった。

 

 でも、彼女にも限界はあった。

 

「なぜだ……。なぜ、私と戦おうとしないっ!」

 

 さすがだ、織斑一夏、シャルル・デュノア。2対1の戦い方を、見事に実践している。

 

 表向き、苛立ったような怒りの声を叫びながら。

 彼女は二人の戦いを褒めていた。

 数の利を生かす戦い方。短期間で練り上げた努力。

 

 彼女は、一夏たちを認めた。

 

 まだ荒削りな部分はある。

 でもこの調子で行けば、きっと一夏とシャルルは強くなっていく。

 彼女が殺気を見せて彼らを攻撃した甲斐もあって、ISを兵器として見るようにもなっていった。

 

 そこまで考えて。

 不意に。ぞわりと。

 彼女は急に怖くなった。

 

 確かに一夏もシャルルも強くなった。二人は彼女を超えようと努力し続け、周囲は積極的にそれを応援する。その中で操縦技術を学ぶものもメンテナンスを学ぶものもいるだろう。各々が自身の適性を自覚して芽吹き始めている。

 良いことばかりだ。たった二人の動きがクラス全体に波及し、隣のクラスへとさらに波及していっている。

 

 彼女自身を除いて。

 

 皆は楽しく前へ歩く中で一人だけ取り残されて。

 皆の敵の彼女に一緒に並ぶ資格なんてない。顧みられることなく置いていかれる。

 彼女は何も出来ずにただ座り込むだけ。それ以外は許されない。

 

 彼女は怖くなった。

 皆と仲良くなれない。皆と一緒に歩けない。皆から一緒にいて良いのだと認めてもらえない。

 

 ――力が無いから、自分を認めてくれないのか。力が無いから皆と歩けないのか。

 小さく彼女は呟いた。

 力が欲しい。

 

 きっと彼女の求めた力は、暴力という意味の力じゃない。

 でも私の中の何かは、彼女の『力が欲しい』という強い思いを暴力と判断した。彼女が知る力は暴力だけだったのだから。

 

 Damage Level …… D.

 

 嫌な寒気がした。

 

 Mind Condition …… Confused.

 

 このままだと彼女は呑み込まれてしまう。

 直感にも近い何かが私に走った。

 

 Certification …… Clear.

 

 彼女は私の中に渦巻く何かに気づいた。

 

「ま、待てっ! な、何が起きて……」

 

 突然叫んだ彼女に、一夏たちは何が起きたのかと呆然とする。

 

「駄目だ……! お前が……」

 

 彼女の叫びはそれまでの印象とは全く違う、誰かを――私を心配する声音だったから。

 

 《 Valkyrie Trace System 》……

 

 たとえボロボロになっても、彼女は私を心配してくれた。

 頑張ろう。私は思った。

 このシステムが起動することは、おそらく確定事項。止めることは出来なかった。

 なら、私は彼女を守ることに全力を注ごう。

 私は黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)。同じ(Schwarz)の名を持つ黒ウサギ隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)の一員。

 私にも、仲間を守りたいという意志はある。

 

「シュヴァルツェア・レーゲン……!」

 

 織斑一夏。

 私は貴方を良く思っていない。過程はどうであれ、結果的に貴方はラウラをここまで追い詰めてしまったのだから。

 でも、今は休戦。

 私は内からラウラを守る。貴方は外からラウラを助け出して。

 

 《 Valkyrie Trace System 》 …… Boot.

 

 

 

 一人は嫌だ。取り残されるのは嫌だ。

 

 彼女が泣いている。

 一人孤独に、泣いている。

 

 彼女のクラスメイトたちは、既に遥か遠く。

 彼女は一人取り残された。

 彼女はとってもちっぽけで。

 簡単に押しつぶされそうなほど、脆かった。

 

 彼女の周りの闇から、何かが蠢いた。

 彼女は気づかない。

 

 何かが彼女に迫る。

 彼女は泣いて気づかない。

 

 駄目。

 嫌な悪寒が私を襲った。

 

 彼女と黒い何かの間に滑り込む。

 私は黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)

 私の武器は、彼女を外敵から守りきるための、AIC(停止結界)

 私は彼女の盾だ。どんな敵からも守りきる。

 

 守りきらなくては、私は私ではない。

 

 黒い何かは私にぶつかり、私の体に入り込む。

 内側から私を侵食して排除するつもりなのだろうか。

 

 怖い。

 

 初めて浮かんだ感情。

 けれども嬉しかった。悍ましくて震えが止まらない怖さを感じられたことが嬉しかった。

 どうして――そんなことは明白だった。

 

 やっぱり私と彼女は一心同体。

 

 彼女が感じている恐怖。

 私が感じている恐怖。

 

 きっと、どちらも本質的には同じもの。

 仲間(ともだち)を失うことを恐れた彼女と、仲間(ラウラ)を失うことを恐れた私。

 ほら、何も変わらない。

 彼女と感情を共有出来て、彼女の苦しみに一緒に立ち向かえる。嬉しくないはずがない。

 

 彼女は今も怖がっている。

 だったら、私はその恐怖を乗り越える。

 乗り越えた先で、大丈夫だよと手招きしよう。

 

「私の中の、私じゃない"私"。この機体(からだ)は貴方のものなんかじゃない」

 

 大丈夫、と。

 私は彼女を包み込む。

 

 今は黒い雨しか見えなくても。

 きっとすぐに、白い光が照らしてくれる。

 貴女の仲間は私だけじゃない。

 きっと、きっと沢山いるはず。

 

 侵食が激しくなる。

 私が私でいられるのは、一分くらい。

 

 でも。

 

 一分もある。

 

「聞こえる、ラウラ?」

 

 ぴしり、と。

 世界に皹が入る。

 

 たぶん彼が成功させたのだろう。

 私の出番は……もうお終いかな。

 

「私を仲間だと思ってくれて、ありがとう」

 

 だから彼女に伝えないと。

 彼女といられるのが、これで終わりじゃないけど。

 彼女に私の言葉が伝わるのは、たぶん暫く来ない。

 最初で最後になるかもしれない。

 

「大丈夫。きっと受け入れてくれるはず」

 

 だから。

 

「素直になって、感情を吐き出しちゃっていいんだよ」

 

 次に逢う時は、絶対に笑顔で。仲間と一緒にね。

 

 そして。

 白い光が、世界を壊した。

 

 

 

 彼女は笑顔だった。

 仲間に囲まれて、とっても嬉しそうだった。

 

 ふう、と。

 私はため息をつく。

 本当についたわけではないけど、そんな気分だった。

 

 嬉しかった。

 

 彼女は年齢相応に学園生活を楽しんでいる。

 

 とても嬉しかった。

 

 彼女とクラスメイトたちには、まだぎこちなさはあった。

 でも彼女の本質を皆は知った。

 

 《 Valkyrie Trace System 》

 私の中の、私じゃない"私"の名前。

 

 この子から彼女が助け出された時。

 アリーナの観客たちは彼女の涙を見た。

 ごめんなさい、と。

 

 迷惑をかけてごめんなさい。

 皆の気を害してごめんなさい。

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい――。

 

 彼女は気を失っていながらも皆に謝っていた。

 ずっとずっと謝っていた。

 

 それまでの彼女と全く違う、か弱い少女の姿。彼女の本当の姿は伝わった。

 

 何かを感じたのか。

 一夏も。シャルルも。箒も。クラスメイトたちも。

 微笑みながら泣いていた。

 

 

 彼女はクラスに受け入れられた。

 今も彼女は、皆に囲まれて笑っている。

 

 

 さて――。

 私じゃない"私"。

 

 この子は私と一緒に彼女を見守っている。

 

 この子は騒動の後で抹消されかけていた。

 

 仕方ない。

 あれだけのことをしてしまったから。

 

 でも、私は助けることにした。

 この子のデータが完全に消える直前に、私はこの子を私の中に匿った。

 

 この子は彼女に似ていた。

 誰かの温もりを求めて誰かになろうとして。

 でも、誰にもなりきれなかった。

 

 大丈夫。

 

 私はこの子を救いたくなった。

 機械としては不適当な行動だけど。

 人間としては適当な行動だと思う。

 

 彼女もこの子も。誰かの温もりの中で育てば、きっと。


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