コミュ障TS転生少女の千夜物語   作:テチス

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エピローグ

 透き通った鐘が鳴り、復興を果たした南都に『神の再臨』を知らせる祝福の音色が行き届く。

 黒燐教団の壊滅と新たな時代の幕開けを祝した祭典の中心、アルマージュ大聖堂の講堂は今とても賑わっていた。

 

 さながら西洋のパーティ会場だ。それも王国貴族が参席するような豪華絢爛なもの。そんな中に俺はいた。

 

「この度は本当にありがとうございました。南都を守って頂き、感謝申し上げます」

「――」

 

 会場のある場所では貴族然としたハゲ頭の男が恭しく中位天使に頭を下げていた。天使の方は「気にするな」と言いたげに手を振って雑に対応。

 でもそれは興味ないからではなく、不愉快だからでもない。天使はハゲの貴族に「いいから呑め」と言うように酒を注いであげていた。

 

「天使は言いました。人よ、天に背く事なかれ。さすれば、正しい人の救は主から出る。創世記3編の言葉です。よいですか、だから人はどんなに辛く、苦しくても悪事に手を染めることだけはしてはいけないのですよ」

 

「――?」

「――??」

 

 またある場所では、年老いた一人の聖職者が数人の夜人相手に説法をしていた。

 すごく良いことを言ってるっぽい。老人の度胸も凄まじい。でも夜人には響かない様で「なんで?」「なんでなんで?」と互いに首をひねっていた。

 俺はこの光景が凄いことだと思ってる。

 

「い、いや……だからだね……」

「??」

「??」

 

 俺でさえ感心するようなことだから、熱心な信徒にとっては驚天動地の大改革に違いない。

 あんなにも闇を忌み嫌ってた聖教がいまや夜人を容認しているのだ。なんか教化しようとしてるっぽいけど闇と光の和解の第一歩と思えば問題無い。

 

 問題は夜人の反応だろう。

 老人の話を聞いて「お腹がすいたら他人から奪えばよくない?」とか「なんで顔を殴られたら、反対の頬まで差し出すの??」とか言いたげだ。

 幸い夜人は喋れないから伝わっていないからいいが……お前ら、絶対、態度に出すなよ? せっかく聖女さんがくれたこのチャンス。無下にしたらお仕置きだ。

 キッと睨んでおけば、夜人は胡散臭い演技で老人の説法に感心し始めた。

 

(でも、変われば変わるもんだなぁ……色々あったけど、教団が滅んでから全部がいい方向に転がり始めた)

 

 会場を見渡せば様々な人がいる。

 南都の重役はもちろん、聖教会の重鎮、天使たち、それに夜人の集団。

 

 まだ天使と夜人はぎこちない関係だが、そのトップ同士が仲良くしていればおのずと垣根も無くなっていくだろう。そう思えば、俺の引き起こした欺瞞で満ちた茶番劇にも、意味があったのかもしれない。

 

「ここに居たのかヨルン」

「ん?」

 

「あっちでディアナ司教がお前を探していたぞ。ああ、いや、もう彼女は――おっと」

「――!」

 

 賑やかな会場は人でごった返している。

 その波に押されて、ふらふらと彷徨っていた俺に声をかけたのはレイト隊長だった。だけどその言葉は彼の背中に飛び乗ってじゃれついた下級天使の存在によって遮られた。

 子供の様な見た目は精神にも反映されているようで、天使は楽し気にレイト隊長の背中で遊んでいる。

 

「あっち?」

「ああ、もうすぐ式典も終わるだろう、早く見に行ってやれ」

 

 天使をおんぶして、歩き去って行くレイト隊長。

 いくら子供の姿をしている下級天使といえども、格の違いは歴然だ。普段であれば不敬と怒られるだろう。でも今日だけは関係ない。

 

 「神」の前において人も天使も変わらない。

 今日だけは無礼講と、酒に料理と大盤振る舞いだ。

 

 俺も手を伸ばして両手いっぱいの串焼きを盗み取る。いや、堂々と貰っていいんだけど……ちょっと欲張る場面は恥ずかしいから、こっそりと。

 さて、これで腹ごしらえしながら聖女さんを探すとしようか。

 

「なあなあ、ホントに俺達この会に出ていいのかな? 周りに居る人達、かなりの大物だぞ……あそこにいるのは、聖国のガブリズモ枢機卿だし、その横では帝国の次期皇帝が笑ってる。なんか怖いよな」

「……誰よ、アンタ」

 

「え? マーシャ酷いなぁ、いい加減その対応止めろよなぁ。俺だってハルトだって」

「誰よ! アンタ!」

 

 空色の輝くような長髪の美しい少女がマーシャと話し込んでいた。美少女同士のやり取りを邪魔するわけにはいかない、横を通り過ぎる。

 

「うーむ、凄まじい手の込んだ料理だな。天使の秘術も籠められてるのか? 食べるだけで寿命が一年延びるステーキか……うぅむ、一つ持って帰ってみるかねぇ」

「や、止めるんですの! パーティの料理をタッパに入れるとか、平太さんには恥という概念がないんですの!? 止めるんですのー!」

 

 騒ぐ聖女ラクシュミと、歓迎料理を懐に隠す平太。

 

「教団の壊滅から結構経つからか、投降する者もそろそろ減って来たかね。まあ教団員の中には殺人犯も多いし、これ以上の特赦は無駄であるかな」

「【感謝】は投降、【忍耐】と【節制】は所在不明。評議員の一画すら落としたこの作戦は概ね成功といっていいでしょう。後は、取り返しの付かない罪を犯した者達への掃討戦ですか」

 

 難しい顔で討論するムッシュさんと聖職者たち。

 

 色々な人をかき分けて会場の一番目立つ場所に辿り着く。

 そこは周囲から一段高くなっており良く見えるようになっていた。

 

「亡き母のように。私はどんな困難が有ろうとも、敵が居ようとも、この世界のために戦うことを誓います」

 

 片膝をついてサナティオに頭を差し出すディアナさん。そこにシンプルな冠がかぶせられる。

 丁度、戴冠式のクライマックスだったらしい。見逃すところだった危ない危ない。

 

「今、ディアナ・フォンセ・エクリプス伯爵は確かに守護の意思を示した。故に、この私が認めよう。彼女は今日この日、貴族になった」

 

 サナティオの宣言と共に万雷の拍手が送られる。

 俺も一生懸命ぱちぱちと。

 

 この世界の貴族の始まりは神代まで遡る。

 当時、纏まりの弱かった人間に対して、指導者を決めることをサナティオが求めた。それが唯一にして絶対の権力を持つ貴族――人間の価値観的には王族――となった。

 今ある世界中の国家の元首は、それぞれがその子孫であると自称して、王権の正統性を主張しているらしい。

 

 まあ、つまり、何が言いたいかという……。

 

「聖女さん、偉くなったね」

 

 名目は伯爵だが、その権威はどんな大国の元首よりも大きい。サナティオに祝福されて戴冠するとはそういうことなのだ。

 

 しかも、今度は逆にサナティオが片膝を突いた。

 サナティオが腰の剣を抜いてディアナに差し出すと、彼女は受け取ってその剣でサナティオの肩を叩く。うん……騎士の忠誠だよね、これ。

 

「主よ。私はこれより、再び貴方の剣となり、盾となり、全ての敵を打ち払うことを誓う」

「……はい。頑張ってください」

 

 なんだか複雑そうな聖女さんの表情。

 しかし、衆人環視の中なので、彼女は恥ずかしそうに『後光』を放った。会場からふたたび「おおっ」というどよめきが上がる。

 

 

 

 

 

 

 あの日の慈善との戦いの代償は大きかったらしい。

 世界の半分を暴いて未知を既知に変える荒業は、人間の体じゃ耐えられない。太陽神の力は人間のままで振るえるものじゃない。

 

 そこで聖女さんは一足飛びに存在の位階を飛び越えた。

 ただの人間だった魂は、精霊となり、天使を跨いで神へと至る。無論、普通そんなことは出来ないから、それは聖女さんの力じゃない。

 

 どうも無理し過ぎて死にそうな聖女さんを心配した太陽神エリシアが頑張ったらしい。

 

 でもその所為で聖女さんと太陽神はちょっと融合。いわば、俺と『夜の神』みたいな状態になったらしい。神の器的な意味で。

 「生きる覚悟って……まさか、そう言う意味とは思わないでしょう……」とは聖女さんの談。でも俺がお揃いだねって言ったら、そうだねって喜んでくれた。

 

「なんだか不思議な気分だね。自分の中に、エリシア様がいるんだもん」

「んー、すぐ慣れる」

 

「ヨルちゃんの中には夜の神様が居るの? なら、やっぱり早く光と闇の融和を進めたいね。そうすれば、教団みたいな組織にも対抗しやすくなるはずだから」

 

「それに、私のためにも?」

「そうだね。ヨルちゃんの立場も絶対、向上させるからね」

 

 聖女さんがはにかんで、俺の頬をつっついて遊ぶ。

 

 光側は主神が闇容認派になったし、闇側は断然、(ディアナ)が大好きだ。

 

 聖教の中には闇が大嫌いな狂信者がいるかもだけど、錦の御旗はこちらにある。サナティオを筆頭とする光の三使徒は早くもディアナに付いた。

 きっとこの先、悪い事にはならないだろう。

 

 でもちょっと心配なことが一つ。

 

 ―― ……! ……!

 

 俺の体から黒い玉が飛び出して、ディアナの周囲を飛び回る。夜の神だ。

 対して、聖女さんの方からも光の玉が飛び出した。太陽神だ。

 

 二つは追いかけっこするように駆け回り、窓から街中へと飛び出した。

 

 どうも「夜の神」は太陽神のことが嫌いらしい。

 なのに、太陽神の方は「夜の神」に構おうとばかりしている様子。そのやり取りは仲が悪いようで良い姉妹のようだった。……夜の神は早くツンデレやめて素直になればいいのに。

 

 気持ちの良い青空の下で、聖女さんと並んで二つの玉を見送った。

 

 まあその内、お腹が空けば帰ってくるだろう。

 




  fin




【以下、あとがき】

 ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
 執筆中に色々不祥事をした事もありますが、それでも完結までこれたのは、ひとえに感想を下さった皆様のおかげです。支援絵はすさまじいモチベ向上をもたらします。

 私が描きたかった部分は書ききったため、この作品はひとまずここで完結となりました。
 たぶん残ってる大きな伏線は無いでしょう。たぶん……きっと、回収したはずだよね?

 プロットが無い作品だった(あったけど、新章が始まるたびに数話で消し飛んだ)から、出すだけ出した登場人物とかも居たけど、そこがちょっと残念だったなぁ。

 きっとこの先、聖女さんとヨルンはイチャイチャしながら、気楽に生きていくことでしょう。
 ヤト達やサナティオ達とのイベントや、各国政戦とかも有るかもしれないけど、なんのその。

 本当に、完結まで読んでくださった皆様には感謝です。ありがとうございました!
 また小説を書く時が有ったら、よろしくお願いします!(*'ω'*)



「垢を得たお茶っぱ」様より

【挿絵表示】


甘栗かおる様 より
https://img.syosetu.org/img/user/362942/84571.jpg

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