「叩き潰せ、メガビョーゲン」
ビョーゲンキングダムの使徒、ダルイゼンの乾いた声が、すこやか山の林間に響く。
巨大な岩をうず高く積み上げて造られた塔のような、顔も見上げられないほど巨大なメガビョーゲンは、固めた拳を大きく振り上げた。
「みんな、来るよ!」
キュアグレースの掛け声とともに、四色の白衣を纏った少女たちは四方へと散開する。
「メッガ……、ビョーゲンッッ!!」
超高度から放たれた一撃が、隕石さながらの勢いで四人が元いた地点に炸裂する。
『岩のエレメントさん』を侵食して得た膂力とその質量で、メガビョーゲンの拳は地面を陥没させ、大きな正円のクレーターを描いた。
「なんて威力……!」
衝撃で発生した無数の石つぶてを手で払いよけながら、キュアアースは驚嘆する。
「くっ……まずは動きを止める!」
キュアフォンテーヌは、氷のエレメントボトルをヒーリングステッキにセットし、メガビョーゲンに向けて振りかざした。
先端から迸る氷点下の清流が、メガビョーゲンの右肩に向かって駆け上がる。見事に腕の付け根へと直撃したエレメントの光は、メガビョーゲンの右腕を瞬く間に氷漬けにしていく。
四人がほっと安堵したのも束の間だった。メガビョーゲンの肩を覆った水晶のような氷に、みしみしと鈍い音を立てて無数の罅が入っていく。ひび割れで白く染まった氷塊は、やがて敢え無く砕け散った。
「硬すぎて凍結が効かないペェ……!?」
「冷たいのがダメなら熱いのはどうよ! 火のエレメント!」
フォンテーヌと入れ替わるように、キュアスパークルは紅く揺らめく炎を象ったエレメントボトルをセットしたステッキを大きく振るう。
飛び出した火球がメガビョーゲンへと猛進する。しかし、メガビョーゲンはその象すら飲み込めそうな掌を壁のように広げ、火球を食い止めた。――いや、メガビョーゲンの手中に収まった火炎はその勢いを落とさず、みるみるその拳を加熱していく。
それをメガビョーゲンは熱がるどころか、次第に赤熱化していく拳を見つめてニヤリと笑った。対照的に、スパークルの顔には冷や汗が浮かんでいく。
「あ、あたし、また何かやっちゃいました……?」
「いいいい今はとにかく離れよう!」
メガビョーゲンは、真っ赤に熱を帯びた手刀を横なぎに振るう。グレースの掛け声と共に慌てて駆け出す四人の陰で、薙ぎ払われた雑草が一瞬で灰となり宙に散った。
追いかけるように吹き荒れる熱気を帯びた風圧におののきながら、飛び跳ねるように逃げる四人。幸い、メガビョーゲンの動きは鈍重ですぐに距離を取ることができたものの、全員息も絶え絶えの様子だった。
「はぁ、はぁ……。みんな、ごめんー! まさかこんなことになるなんて……」
「謝るのは後よスパークル。わたしの攻撃も効かないし、厄介なメガビョーゲンね」
「うう、やっぱりいわタイプには、こおりもほのおも相性いまひとつなんだね……」
「……タイプ? 相性?」
首をかしげるフォンテーヌに続き、アースがスパークルに問いかける。
「まあ、では、風は一体どうなのでしょう?」
「風……、かぜ!? かぜは、いわにはー、えっとー……」
「み、みんな、そんなこと言ってる場合じゃ……!?」
グレースは、プリキュアたちを追いかけるのを諦めたメガビョーゲンが背中から何かを取り出そうとするのを見た。
「何あれ、でっかい板……?」
それは、5メートル四方はあろうかという、あまりにも大きすぎる四枚の石板だった。
「メガメガッ、ビョーッ、ゲンッ!」
グレースが気付くが早いか、メガビョーゲンはすかさずその巨大な岩の板をグレースたちに向かって投擲した。
とっさに飛び退くグレースだったが、気付くのが遅れた三人を石壁が見る見るうちにぴったりと取り囲む。
「うわああ、ニャんだこれ!? 部屋ができちゃったニャ!?」
「す、すぐに上から逃げるペェ! って、ええええ!?」
フォンテーヌたちが壁を飛び越えようとした時には、すでにメガビョーゲンの第五投は完了していた。最後に飛んできたひと際大きな真四角の岩の塊は、すでに三人の頭上へと迫っていた。
とっさに身構える三人だったが、岩の塊は壁をさらに地面へと打ち付けるように、派手な音を立ててぴったりと壁の上に乗っかった。
「何これ!? 暗いよ狭いよ怖いよ!?」
「部屋っていうか家になっちゃったニャ!?」
「ものの数秒で、寸分の隙間もなくこんな小屋を建ててしまうなんて、とんだ一級建築士ね……」
「ちゆ、そんな冷静に感心してる場合じゃないペェ……」
「わかってるわ、ペギタン。手伝って、アース、スパークル」
まっ暗闇で顔も見えないが頷いた二人と共に、フォンテーヌは壁の一面に向かって渾身の蹴りを入れる。しかし、
「……痛っっった~~い!」
落下の勢いで地面に深く突き刺さった分厚い壁はびくともしない。天井も同様で、叩き上げても少しも浮き上がらないし、高さがあるので踏ん張って持ち上げることすらできない。
「これマジ……やばくない?」
「フォンテーヌ、スパークル、アース! みんな大丈夫!?」
閉ざされた壁の外から声をかけるグレースの焦りを嘲るように、ダルイゼンは乾いた拍手を送る。
「おー、やるじゃんメガビョーゲン、今のうちにさっさと地球を蝕んじゃないな」
主の言葉に気を良くしたのか大きく頷いたメガビョーゲンは、のっしのっしと歩き回りながら、口から瘴気を纏った土砂を吐き出す。辺りの木々や草花は、土砂に覆われ、そのままよどんだ瘴気に汚染されていく。
焦るグレースに、壁の中からフォンテーヌの声が響く。
『こっちは何とかするから、グレースはメガビョーゲンをお願い!』
「……っ、わかった!」
後ろ髪引かれる思いを振り切り、メガビョーゲンに向かって跳躍するグレース。しかし、その行方を遮るように、目前に冷たい笑みが現れる。
「ダルイゼン……!」
「残ったお邪魔虫はオレが片付けておくから、さ」
ダルイゼンが放った回し蹴りをグレースは肘を固めてガードするが、その衝撃は抑えきれず、地上へと叩き落された。
「ぷにシールド!」
ラビリンが咄嗟に展開した光の障壁により、地面への直撃は避けられたものの、グレースの体は砂埃を上げながら地面を転がっていった。
「グレース、大丈夫ラビ!?」
「……っ、ありがとう、ラビリン。まず、ダルイゼンを何とかしないと……!」
立ち上がったグレースに向かって悠然と歩を進め、再びダルイゼンが立ちはだかる。
「そういうセリフは、何とかできるヤツが言うものなんだけど?」
「くっ……!」
グレースはヒーリングステッキを構え、不敵に笑うダルイゼンに向かい駆け出した。
一方その頃。
「やばい、やばいよ! グレース一人だけでメガビョーゲンもダルイゼンも相手するの無理だよ。早く何とかしないと……っ、……ん? な、なんか、息苦しくない……?」
「光も届かない密室だもの……。三人もいれば、中の空気も長くは持たないかもね」
冷静に分析するフォンテーヌと対照的に、スパークルとニャトランは青ざめ慌てふためき始める。
「空気がなくなる!? 酸欠!? オレたち窒息死しちゃうのかニャ!? そういやオレたちこの状態で肺ってどこにあるんニャ!!??」
「ニャトラン、落ち着くペェ。あと、そこには触れないほうが身のためペェ」
「土を掘るにも道具もありませんし、困りましたわね」
「焦って!? アスミンもっと焦って!? どどどどどうしよう!?」
「ゆすゆすゆす揺すられましても、風のエレエレエレメントも、こう狭くては力を発揮できませませません。フォンテーヌ、なにか手はありますでしょうおうおうおうか……?」
閉鎖空間に反響する喧噪を遮るように、フォンテーヌはしばし目を閉じて考え、そしておもむろに口を開いた。
「一か八かの作戦だけど……、二人とも、覚悟はいい?」
「「え?」」
「どうした、何とかするんじゃなかったの、か!?」
「くっ……!」
ダルイゼンが繰り出す拳の連打を、時にかわし、時に受け止め、なんとか応戦するグレース。
そこに、顎を跳ね上げるように前蹴りが飛んでくる。上体を反らして躱すグレースだったが、無防備になった胴体に向かってダルイゼンは腰だめに構えた掌から瘴気の波動を放とうとする。
しかし、
「実りのエレメント!」
その動きを読んでいたのか、グレースは既にエレメントボトルを装着していたステッキから生命の息吹がこもった光弾を放つ。
「くっ……!?」
無理な体勢からの狙いも定まらない一撃だったが、見事に発射前のダルイゼンの瘴気を相殺した。その爆風に思わずたじろぐダルイゼン。そこに、
「はあああああっ!!」
間髪を入れず、勢いをつけて踏み込んできたグレースの拳が襲いかかる。
「くっ……!」
首を捻り、すんでのところで避けるダルイゼンだったが、グレースの拳は薄く右頬を掠めていった。
「……へぇ、やるじゃん」
頬に薄くにじむ痣をこすりながら、ダルイゼンは再びグレースと対峙する。
と、その時だった。二人の間に流れる緊張感を引き裂くような轟音とともに、少し離れたところで巨大な水柱が上がった。
見ると、三人を取り囲んでいた構造物の屋根が、水柱の勢いに乗って空高く吹き飛ばされていた。どすんどすんと派手な音を立てて倒れる石の壁から現れたのは、ずぶ濡れになった三人の姿だった。
「成程、空気の隙間もないほど密閉された空間であれば、フォンテーヌの力で水を大量に発生させれば、中からの圧力で壁を吹き飛ばせる、ということですね」
「成程、じゃないよアース!? げほっげほ……。失敗したらあたしたち、危うく土左るところだったよ!?」
「『土左衛門になる』を『土左る』って略す人初めて見たわね……。どのみち、あのままだったら窒息するところだったんだから結果オーライでしょ!」
「お前のパートナー、すげぇなペギタン……」
「わりと最近、もう慣れっこペェ」
「滅茶苦茶だね、お前のお仲間……、っ!?」
その様子を半ば呆れた目で見ていたダルイゼンだったが、いつの間にかグレースの姿が目の前から消えていることに気づいた。
辺りを見渡した時にはすでに遅く、グレースはメガビョーゲンへと追いすがり、天高く跳躍していた。
「ごめんね、みんな。力を貸して……! 葉っぱのエレメント!」
深い緑の光を放つエレメントボトルをセットしたヒーリングステッキを、グレースは暴れ回るメガビョーゲンの足元向けて振るう。
メガビョーゲンが踏み抜いた地面ごと、無残にもぐしゃぐしゃにされた数多の植物たちが、ステッキから放たれた翠緑の光を浴びて,加速度的に活力を取り戻していく。
みるみると生い茂る植物たちは、その茎や蔦をぐんぐんと伸ばしていき、メガビョーゲンの右足に絡みつき、覆っていく。
「メ、メガ……!?」
無数の植物たちは、踏み出そうとするメガビョーゲンの質量も力すらも見事に押さえ、地面へと縛り付けた。
ならば、と右脚に全力を込めて振りほどこうとするメガビョーゲンの眼前に、紫電の疾風が吹き荒れる。
「はぁっっっ!!」
身体中の水滴を全て吹き飛ばすほどの勢いで空を駆け抜けたアースは、その稲妻のような勢いを乗せた渾身の蹴りをメガビョーゲンの眉間へと放つ。
縛られた右足では踏ん張ることもかなわず、重心をうまく保てなくなったメガビョーゲンは、山間に轟く大きな音を立てて地面へと倒れ込んだ。
無論、その隙をアースは逃さない。流れる手つきでウィンディハープにエレメントボトルをセットし、眼下のメガビョーゲンに向けて構える。
「プリキュア、ヒーリングハリケーン!!」
荒れ狂う龍のような勢いの竜巻が放たれ、メガビョーゲンの体を真正面から撃ち貫く。
地表すれすれを掠めるようにその流れを翻らせた二陣の風は、その手に岩のエレメントさんを掻き抱く。
「ヒーリングッバイ……」
戒めから解き放たれたメガビョーゲンは、恍惚とした表情と共に光となって空へと消えていった。
「お大事に。……スパークル、どうやら風は、岩に効果抜群のようです。勉強になりました」
「あれ、え、そうだっけ……? まあいいや、勝てたんだから、とにかくヨシ!」
駆け付けたスパークルはアースに向かってびしっと親指を立てた。一方、
「あーあ、失敗か。ま、育てる時間もなかったし仕方がない。……何だよ」
立ち去ろうとしたダルイゼンは、グレースの妙な視線に気づき、睨みでそれに返す。
「う、ううん、何でも」
グレースの反応にうんともすんとも返さず、ダルイゼンの姿は虚空へと消えた。駆けつけてきたフォンテーヌがグレースに尋ねる。
「グレース、ごめん、大丈夫だった!? ……どうしたの?」
「ううん、何でもないの。ただ、今のダルイゼン、何か違和感があったような……」
■ ■ ■
ただいま、の一言も言わずにビョーゲンキングダムに戻ってきたダルイゼンだが、その姿をめざとく見つけたシンドイーネが早速絡みに来た。
「あぁら、お帰りなさいダルイゼン。お早いお帰りで。地球侵略の状況はいかがかしら~?」
「……わかってるくせに、いちいち聞かなくていいよ」
「ふんっ、やはりっ、鍛錬がっ、足りんのだなっ。お前も、俺のようにっ、鍛えたらっ、どうだっ」
「腹筋中にしゃべらなくていいよ、グアイワル」
意地悪く笑うシンドイーネと、なかなかの速度で上体起こしを繰り返すグアイワルをやり過ごしながら、空いたスペースを見つけふてくされるように寝ころぶダルイゼン。
地球から戻ってくると、ビョーゲンキングダムのくすんだ空気の香りにほっとするが、毎回これに見舞われるのが面倒だ。バテテモーダがいた頃は、奴を適当にけしかけておけば、それだけで不毛なやり取りをせずに済んだのだが。
そんなことを考えながら、ふと寝返りを打ったところで、とある違和感に気づいた。それはあまりにわずかで、実際に手で触れてみるまで気付かなかった。
「……無い」
「? 何がよ?」
「ピアス……」
起き上がったダルイゼンは、もう一度右の耳たぶに指を当てて確かめる。地球に行く前は確かにつけていたはずの銀色のピアスが、ない。
近寄ってきたシンドイーネが、覗き込むようにダルイゼンの右耳を確認する。
「あら、ほんと。プリキュアとの戦いのときに落としちゃったんじゃないの?」
「…………あれだ」
ダルイゼンは、キュアグレースのパンチが自分の右頬を掠めていったことを思い出す。あの時は戦いに集中していたので気付かなかったが、いま思い返してみると、頬以外にも少し違和感があった。
「あらら、大変じゃない。スペアもないんでしょ?」
「まあ、ね」
「なら、探しに行ったら?」
シンドイーネのごく真っ当な提案に、しかしダルイゼンは少し逡巡する。
「だいたいの場所はわかるけど、山の中のただの原っぱだし、見つかるかどうか……」
「えー、何それ! 探す前から諦める必要ないでしょ」
詰め寄ってくるシンドイーネとは別方向から、もう一つの声が飛んでくる。
「ついでにっ、ふんっ、もう一度っ、地球侵略もっ、してきたらっ、どうだっ」
「……やっぱやめとく」
「もーっ! グアイワルは余計な事言わないの! ダルイゼンも、ぐだぐだ言ってないでさっさと探しに行きなさい、よ!」
背中をばしっと叩くシンドイーネに、ダルイゼンは頭を掻きながら、
「わかった、わかったよ! なんでそんなに強引なんだか。……もしかして、手伝ってくれたりなんて」
「はぁ? するわけないじゃない。汗かくし、草むらとか虫いそうだし」
期待したオレがバカだったとばかりに肩をすくめると、ダルイゼンはくるっと踵を返す。
「……はぁ、面倒くさい」
最後にひと際大きなため息をつきながら、ダルイゼンは再び地球に向かって旅立っていった。
「……シンドイーネ、何をそんなに怒っているんだ?」
「別にぃ。ただ、こんななーんにもない世界で暮らしてるんだから、数少ない自分の持ち物にくらい少しはこだわりなさいよって思っただけ」
遠くを見つめるシンドイーネの横顔を見つめ、ただ「そうか」とだけ返し、グアイワルは再び腹筋を始めた。
■ ■ ■
というわけで、ダルイゼンはふたたび地球へと舞い戻ってきた。
ついさっきキュアグレースと拳を交えた、すこやか山の一角へと辿り着く。少し離れたところに、キュアフォンテーヌが大量の水をぶちまけて、水浸しになった地面が見える。
相変わらず、こっちの空気は澄みすぎていて、深く吸い込むと肺が軋むようだ。長くは留まりたくないところだが。
「……仕方がない、やるか」
辺り一面にうっそうと広がる草むらにうんざりしながらも、ダルイゼンは落とし物を探し始めた。
彼には珍しく、額に汗して、懸命に雑草を掻き分けながら、辺りを懸命に探し回る。
……しかし、小一時間ほど捜索しても、ピアスは一向に見つからなかった。
「はあ、メガビョーゲン作って探させるか……」
思わず世迷言を呟いてみるものの、あのでかい図体は探し物には向かない。
そもそも、そんなことをすれば、またプリキュアたちが感知してやって来るに違いない。探し物どころではなくなる。
「いやー、山菜いっぱい取れてよかったね!」
そう、こんな風に、平光ひなたが山菜の香りを嗅ぎつけてやって来――
(!? 嘘だろ……!?)
人けのなかったはずの原っぱにいきなり響いた能天気な声に、ダルイゼンは頭を上げて辺りを見渡した。
すると、四人の女性――、いや、ダルイゼンが嫌というほど見知った四人組が、山の上の方から歩いてきた。
「山菜の中には毒を含んでいるものもあると聞きましたが、大丈夫なのですか?」
「大丈夫よアスミ、うちの川井さんは目利きのプロだから」
「ふわあ、川井さんって、何でもできるんだねー!」
色とりどりの山菜が入ったざるを抱えたひなたを先頭に、プリキュアの四人とそのパートナー妖精の四匹が、談笑しながらこっちに向かってくる。
ダルイゼンは慌てて、近くにあった背の高い茂みの陰へと隠れた。幸い、誰にも気付かれてはいないようだ。
「天ぷらにー、炊き込みご飯にー、山菜パスタ! 何にしようか迷っちゃうな―!」
「ひなた、今日の山菜採りずっと楽しみにしてたもんニャ!」
「それにしても、そんな日にビョーゲンズが襲ってくるなんて、タイミングが最悪だったラビ!」
「でも、そのおかげでメガビョーゲンが育つ前にお手当できたんだから、結果オーライペェ」
「それに、周囲の被害もごくわずかで済みました。ちょっとこの辺りが水浸しになってしまいましたが……」
「……言うようになったじゃない、アスミ」
聞き耳を立てているわけではないが、かしましい女子たちの談笑は嫌でも耳に入ってくる。
だがおかげで、状況はだいたい理解できた。すっかり忘れていたが、戦いの前にひなたがそんな恨み言を吐いていたことを思い出す。
ともかく、今はこのまま息を潜めてやり過ごすのが吉だ。そう考えていた、その時だった。
「……ん? 何あれ? なんか落ちてない?」
突如、山道の外れにとたとたと駆け出したひなたが、何かを拾い上げた。茂みの隙間からそれを盗み見たダルイゼンは、思わず目を疑った。
「それは……バッジ? いえ、ピアスね」
「あ、キャッチも落ちてる」
(おいおいおい……)
懸命に探していたものをいとも簡単に、そして、よりにもよった人間たちに先に発見されたことで、ダルイゼンは頭を抱えた。
どうする、今ここで飛び出して、無理矢理強奪するか? 首尾よく奪ってそのまま逃げ去れればいいが、少しでも手間取ればそのまま戦いになるだろう。負けるつもりはさらさら無いが、今はメガビョーゲンも連れていない。四対一はさすがに分が悪い。
それに……たかがピアス一つを必死に奪いに来た男、と思われるのも何となく癪だ。
そんな彼の苦悶を知る由もなく、少女たちは拾ったピアスを回し見る。
「これはクローバー……、いえ、花の形でしょうか」
「ふわあ、綺麗……。これ、落とした人、絶対困ってるよね」
「よーし! じゃあ早速交番に届けよー!」
笑顔でうなずき合い、また意気揚々と歩きだした四人と対照的に、ダルイゼンは思わず舌打ちをした。
(そんな事しなくていいから、そこに置いていけよ……!)
予想もしなかった状況にひとり毒づくダルイゼンだったが、少し冷静になって考えてみた。
交番に届けてさえしまえば、あとは彼女らが立ち去った後にそこに忍び込むなり、なんなら警官から無理やりにでも奪ってしまえばいい。その方が格段に楽だ。
考え方を変えれば、むしろピアスを見つけてくれた分、自分にとっては好都合だ。ダルイゼンは安堵のため息をついた。
だが、
(いや、でも……。交番って、どこだ……?)
しょっちゅう侵略に訪れているすこやか市だが、ダルイゼンには細かい地理まではわからない。このまま彼女たちから目を離してしまえば、今度は街中を探し回る羽目になる。
一喜一憂した挙句、
(……尾けるか)
ダルイゼンは四人の後をこっそりとついていくことにした。
宿敵の背中をこそこそと追い回す自分の姿はあまり顧みないようにしつつ、ダルイゼンは再び彼女らの会話が聞こえる距離まで追いついた。
「ひなたちゃん、もう一度そのピアス見せて」
「ん? いーよー」
ほい、と手渡された銀色のピアスを、のどかは天に掲げるようにして見つめる。
「……何だかわたし、これ、どこかで見たことがあるような気がする」
その一言にぴくりと反応し、ダルイゼンは気付かれないよう四人との距離をさらに詰めた。
「えー、やっぱり? 実はあたしもそうなんだよ!」
「わたしもよ……。でも、どこで見たのか、こう、喉のまだここくらいに引っかかってて……」
ちゆは頭を抱えながら、自分の肋骨の真ん中あたりをとんとんと叩く。
(……これは)
自分にとって良い風向きなのか、そうでないのか。しかし、今のダルイゼンにはどうすることもできないので成り行きを見守るしかない。
「わたくしは全く見覚えがありません。ということは、」
「あたしたちのご近所の誰かかもしれないね!」
「直接渡せるならその方がいいだろうし、少し考えてみて、ダメだったら改めて交番に行きましょうか」
ちゆの提案に、三人は大きく頷いた。そしてダルイゼンは大きくうなだれた。
(いや、そんなのどうでもいいから早く交番に届けろよ……)
そんなダルイゼンの思いは知る由もなく、四人は再び軽い足取りで麓へ向かって歩き始める。
「? のどか、どうしたの?」
ダルイゼンもその後を追おうとしたその時、突然花寺のどかがこちらに感づいたかのように、来た道を振り返った。
しまった、近づきすぎたか。ダルイゼンは努めて冷静に、しかし素早く、陰にしていた木の幹に深く身を隠した。
「いま、誰かいたような気がしたんだけど……気のせいだったのかな」
木の幹越しに、沢泉ちゆの鋭い視線を感じる。やけにじっくり見ているように感じるのは気のせいだろうか。
「……誰もいないわね。熊でも通り過ぎたのかしら」
「え、ヤバくない!? 死んだフリしなきゃ!」
「格好の餌食だよひなたちゃん……」
「ひなたって、ホラー映画とかで真っ先に死ぬタイプよね」
なにそれひどーい、と怒るひなたを笑いながら、一行は再び歩を進め始めた。
ダルイゼンはほっと一息つくとともに、妙な虚しさに襲われ始めた。
(……何をやってるんだろう、オレ)
■ ■ ■
(……何故こんなところにいるんだろう、オレ)
ポップなイエローカラーのキッチンカーにもたれかかりながら、ダルイゼンは改めて今の状況を振り返り、肩を落とした。
「ふわあ、いっぱい歩いて疲れたよ~」
「そんなあなたにー、はい! ひなたちゃん特製グミ入り生絞りレモネード!」
その背中越し、キッチンカーの向こう側からは、能天気な会話が聞こえてくる。
山を下りた四人がやってきたのは、平光ひなたの親族が経営しているらしい、動物病院に併設されたオープンカフェだった。
四人はひなたが差し出したジュースをぐいっと飲み、爽やかな酸味で戦いと山菜取りの疲れを癒している。そのすぐそばで、ダルイゼンが苛々としているとも知らずに。
「それで、ピアスの持ち主は思い出せそうなのですか?」
アスミの質問に、三人はうーんと首をかしげる。
「それがなかなか思い出せなくて、みんなずっとモヤモヤしてるの……」
「のどかのママも、ピアスなんてしないラビしね」
「日下さんは違うペェ? ほら、あのニャトランの心を惑わせた」
「織江サン……」
「はいはいニャトラン遠い目しない。してなかったはずだよ、するタイプにも見えないしー」
「長良さんはどうだったかしら? ガラス美術館の!」
「してそうな雰囲気もあるけど、どうだったかな~」
記憶を手繰り寄せようと議論し合う三人と三匹に、アスミが外野からツッコミを入れる。
「あの……先ほどから女性の名前ばかり出ていますが、男性の可能性は無いのですか」
「……あ、無意識に対象から外していたわね」
「でも、男の人の知り合いで、ピアスしてそうな人なんてそれこそ心当たり無くない? ピアスなんて校則で禁止だから、当然同級生とかにもいないしー」
「そうだよね。そんな不良な男の子なんて……悪い男の子…………あっ」
三人は互いを指さし合いながら、声を揃えて叫ぶ。
「「「ダルイゼンだ!!」」」
(……嫌な思い出し方するな)
ぴったり声をハモらせた三人を、ダルイゼンはキッチンカーの陰から恨めし気な目で見つめる。
「絶対そうだよ! たぶん、さっき戦った時に落としちゃったんだ! 何か違和感あると思ったら、ピアスがなかったんだ!」
(お前のせいだけどな)
強い視線で睨むダルイゼンだが、当然のどかは気付くはずもない。
「……ん? でもアスミ、さっき全く見覚えがないって」
「ビョーゲンズの幹部たちは浄化すべき対象としか見ていませんので、あまり細かいところまでは見ていませんし覚えていません」
「はっきりと言い切るねアスミン……」
ぞっと背筋に冷たいものが走るのを感じながらも、ひとまず状況が動きそうで、ダルイゼンはふぅとため息をついた。
さて、問題は、だ。
「で、これからどうする?」
ダルイゼンの思いを察したかのように、ちゆが全員に質問を投げかける。
「このピアス。交番に届けるわけにもいかなくなっちゃったし」
「……それは」
その問いかけに、のどか含め全員が、丸いテーブルの中央に置かれたピアスを見つめたまま、口をつぐんでしまった。
ダルイゼンも反応を待つ中、ひなたが歯切れの悪い口ぶりで切り出した。
「あのさ……ぶっちゃけ、返してあげる必要あるのかな」
全員の視線が集まる中、ひなたは伏し目がちに続ける。
「そりゃ、返せるものなら返してあげた方がいいと思うよ? 思うけど……、でも、ダルイゼンって敵だし、地球を丸ごと病気にしようとしている奴なんかに、わざわざそんなことしてあげるギムないんじゃないかなって」
ひなたの率直な意見に、さらに押し黙ってしまったメンバーに、ひなたは慌てて手を振りながら、
「ご、ごめん! 今のナシ! あたしめっちゃイヤなヤツだよね!」
「いいえ、わたくしもひなたに同意します。どのみち、彼と会う時は必ず戦いになります。落とし物を返そう、という気持ちは油断に繋がりかねません」
「い、いや、あたしはそこまでのつもりはなかったんだケド……」
ぴしゃりと言い切るアスミに、今度はひなたまで気まずそうに委縮してしまう。
(まあ、そうなるよな)
アスミの言葉に、ダルイゼンは不思議と腹が立たなかった。むしろ、諦めがついた気分だった。
彼女の言う通り、プリキュアたちにはピアスを返す義理も責任もない。それどころか、その場で叩き壊す権利まであるくらいだろう。
……もう、ビョーゲンキングダムに戻ってもいいかもしれない。キッチンカーの向こう、彼女たちに背を向け、ただぼんやりとそんなことを考えていた時だった。沈黙を守っていたちゆがおもむろに口を開いた。
「わたしは、敵であってもきちんと返すべきだと思うわ」
「ちゆちー……」
沢泉ちゆの意外な一言に、ダルイゼンは閉じていた目を少し開け、耳を傾ける。
「そうね……。じゃあ、スマホ! 戦いの後にあなたはスマホを落としたことに気づきました、それを拾ったダルイゼンが『グヘヘこんなものこうしてやるぜポーイ』と放り投げてしまいました。あなたはどうしますか、はいひなたさん」
「そうですね……。プリキュア史上初となるであろう流血沙汰も厭わないですね……」
「厭おうよぅ……」
「史……?」
うろたえるのどかと首をかしげるアスミ、そして妙な例え話の引き合いに出され眉をわななかせるダルイゼン。
「でしょ? だからまあ、憎き敵にも礼儀ありというか、やられて嫌なことはするべきじゃないっていうかね」
「ううー、わかってるんだよー! わかってるのー! そんなこと考えちゃダメだって! でも、あいつらにしでかされたあんなことやこんなことを思い出すとさー! こう、もう、ムキーッてなっちゃうのー!」
「ひ、ひなたちゃん落ち着いて、ね?」
「うう、頭もっと撫でて……。のどかっちはどう思うの……?」
ひなたの問いに、のどかは少しためらいながらも、ぽつりぽつりと話し始める。
「わたしもね、これがダルイゼンのものだってわかった時、いろんな気持ちがぐるぐるって渦巻いちゃって。ひなたちゃんやアスミちゃんの言う通り、ダルイゼンのことを許せないって気持ちもあるし、ちゆちゃんの言う通り、このピアスを返してあげなきゃって気持ちも、どっちもあって。どうしてこんなにもやもやするんだろうって、さっきからずっと考えてたの」
のどかの言葉に、ダルイゼンは再び彼女たちの方へと向き直る。
のどかの瞳は、慈しむように、憂うように、卓上のピアスの輝きを映している。
「よく考えてみたらね、病院や学校でも、意地悪だったり、意見が合わない子っているけど、こんなにはっきりと『敵』だって呼べる相手って、これから先も出会うことないんじゃないかって。だから、どうしたらいいのか戸惑ってるんじゃないかなって」
(……別に)
戸惑う必要なんか、ないだろう。
敵は敵だ。人間とビョーゲンズは、決して相容れない。
「だから一度、自分に聞いてみたの。いま一番自分がやりたいことは? って。そしたらやっぱり、これをダルイゼンに返してあげたい、だった。後で、そんなことしなければよかったって思うかもしれない。それでも今は、わたしがこうしたいと思うことをするのがいいんじゃないかなって」
だから、そんな事を考えられる花寺のどかが、ダルイゼンには理解できない。
「ごめんね、アスミちゃん、ラビリン。わたし、甘いよね」
「ええ、のどかは甘いです」
アスミは残っていたレモネードを一気に飲み干すと、にこりと笑い、
「ですが、わたくしはそんなのどかこそ、好ましいと思います」
「アスミちゃん……」
「ラビリンも、まあダルイゼンのことは憎たらしいけど、パートナーの意見を尊重するラビ!」
そんな三人の様子をくすっと笑いつつ、ちゆはため息混じりに続ける。
「ちなみにわたしは、建前では返すべきだと思うけど、本音で言うなら返す義理なんてないと思ってるからね。だいたい、地球侵略になんて来なければピアスを失くすこともなかったんだから」
「うう、ちゆちゃん手厳しい……。ってことは、これをダルイゼンに返したいって思ってるの、わたしだけってこと……?」
「まーまー、のどかっちは、それでいいんだよ!」
何がそれでいい、だ。ちっとも良くない。
キュアグレース――花寺のどか。あいつの言うことは、いちいち癇に障る。その行動に、なぜか心がざわつく。
そして何より。
(何ほっとしてんの、オレ)
この、わずかに湧いた安心が彼女のおかげであることが、また腹立たしかった。
ピアスの処遇が固まったところで、一行は議論を再開した。まず、のどかが切り出す。
「じゃあ、これはダルイゼンに返すってことでいいよね? 問題はどう返すかなんだけど……」
「んなもん、戦う前に、おらよ! って渡しちゃえばいいんじゃねーの?」
「ニャトラン、なんかそれ、緊張感なさすぎない?」
「その後で、はい戦いましょう、ってのも間の抜けた感じよね……。それに彼の性格からして、素直に受け取るようには見えないし」
(いや、受け取る。素直に受け取るからそうしてくれ)
とは言え、確かにその後双方の戦意が削がれそうなのは想像に難くない。
「じゃあ、メガビョーゲン倒した後に渡すっていうのはどうラビ?」
「でも、負けた相手から物を渡されるのって、なんかこう、クツジョク的な感じがするペェ」
「彼、プライド高そうだしね」
(いや、勝つ前提で話を進めるなよ)
それより、先ほどからちゆの言葉の当たりが強いのは気のせいだろうか。
「それに、ビョーゲンズたちは戦いが終わったらすぐにビョーゲンキングダムへ戻ってしまいます。渡す暇などあるのでしょうか」
四人と四匹は、ふたたびうーんと頭をひねり始める。
自分がいない(ことになっている)場所での、自分に対する作戦会議を盗み聞くのは、先ほどの話以上にいたたまれなく、一刻も早くここを立ち去りたくなってきた。
すると、のどかが一計案じたとばかりに顔を輝かせ、ぽんと手を叩いた。
「そうだ! 一芝居打とう!」
「「「はい?」」」
(……はい?)
「だからね、メガビョーゲンの戦いが終わった後、偶然見つけたフリをするの。『わー、こんなところにピアスが落ちてるー』って言って気を引いて。で、わたしたちはすぐにその場を離れて」
「直接のやり取りを避けるわけね」
「それなら全然気まずくならないし、いいかも知れないね!」
「さすがのどか、良い案だと思います。その作戦で行きましょう」
本当にそうか? と訝しげに見つめるダルイゼン。すると、仲間内からも改めて質問が飛んでくる。
「でも、次もダルイゼンが来るとは限らないんじゃないかしら? わりと持ち回りで来ているみたいだし」
「それは、……もう一度来るまで待つしかないね……」
「ビョーゲンズには来てほしくないけど、あまり間が空くとピアスのこと忘れちゃいそうペェ」
(…………)
「でもでも、ビョーゲンズってわりと神出鬼没だよね。すこやか山以外の場所で拾ったらちょっと不自然じゃない?」
「そ、それは、戦いの勢いですっっっごく遠くに飛ばされちゃったことにすれば……」
「それもだいぶ無理があるんじゃないかニャ」
(………………)
「メガビョーゲンは近頃急速に力をつけてきています。先ほども言いましたが、油断は禁物ですよ」
「た、確かに、気を抜いちゃいけないもんね! お芝居する余裕も欲しいし、あんまり強くないメガビョーゲンが出てきてくれるといいんだけど……」
「のどか、それはいくらなんでも都合が良すぎるラビ……」
(……………………ちっ)
「と、とにかく、他にいい案もないことだし、この作戦でいこう! ……あれ?」
「ん? どうしたののどかっち?」
「いま、キッチンカーの陰に誰かいた気がしたんだけど……、気のせいだったのかな」
「あら、さっきの熊がここまで降りてきたんじゃないかしら」
「えぇっ!? チョーやばいじゃん! レモネードあげれば満足して帰ってくれないかな?」
「味を覚えた熊さんが、また来るようになってしまいますね……」
■ ■ ■
「あら、ダルイゼン。どういう風の吹き回し? アンタが連続で地球侵略に行こうだなんて、ビョーゲンキングダムに雨でも降るんじゃないかしら。そういえば、ピアスは見つかったの……って何よその、ガムとチョコレートを一緒に食べたみたいな顔は」
「おお、ダルイゼン。ついにお前も真面目にやる気になったか。次は俺が行くつもりだったが仕方がない、今回はそのやる気に免じて譲ってやろう。そういえば、ピアスは見つかったか……って何だその、忘年会の幹事と結婚式のスピーチが同時に来たみたいな顔は」
□ □ □
次の日。
「へちょん」
「……? アスミちゃん、いま何か言った?」
自室で宿題をしていたのどかは、突如部屋の中に響いた聞き慣れない声に辺りを見渡し、ベッドに腰掛け膝の上のラテを撫でていたアスミに声をかけた。
「いえ、わたくしではなくラテが……。もしかして今、くしゃみしましたか?」
「へちょん」
ラテは頷きながら、またも妙に判別の付きにくい小さなくしゃみをする。よくよく見ると、額のクリスタルもうすぼんやりと濁った色をしているように見える。
いつもと異なる様子にのどかとアスミは顔を見合わせながら、とりあえず聴診器でラテの心の声を聴いてみる。
『昨日のお山で、小石さんが泣いてるラテ!』
「え、それってメガビョーゲンってことラビ!? でも、ラテ様なんかいつもより症状が軽いというか、そんなにしんどそうじゃないラビ。しっぽもぱたぱた揺れてるし……」
「それに、またすこやか山? ていうか……、小石さん??」
「よくわかりませんが、メガビョーゲンが出たことには違いありません。すこやか山に急ぎましょう!」
「わたし、ちゆちゃんとひなたちゃんに連絡する! あ、それと、ピアスも一応持って行かないと……」
町の中で合流した四人はプリキュアへと変身し、すこやか山へと駆けた。すると、
「いた、ダルイゼンラビ!」
「……あれ? ここ、昨日と同じところだペェ」
「それより、メガビョーゲンはどこだニャ!?」
山道の先に立ち尽くすダルイゼンに向かって坂を駆けあがる四人。しかし、彼の周りにいるはずのメガビョーゲンの姿は一向に見えない。
「……遅かったじゃん、プリキュア」
ついにダルイゼンの元へと辿り着いたものの、木々の陰にも、山の向こうにも、メガビョーゲンの姿は見当たらなかった。
「ダルイゼン! メガビョーゲンは、その……、どこ?」
「………………お呼びだ。いけ、メガビョーゲン」
思わず尋ねてしまったグレースに、やたらともったいつけるような、ためらっているような素振りで、ダルイゼンは指示を出す。
すると、ダルイゼンの背中からひょこっと顔を出した何かが、けたたましい雄たけびを上げた。
「メガ、ビョオオオオゲェェェン!」
雄々しく吠えるメガビョーゲンだったが、その姿を目にしたプリキュア一同は、きょとんとその場で固まってしまった。
「「……小っさ」」
「にゃ、ニャトラン、スパークル、ストレートに言いすぎだよ……っ」
ダルイゼンの陰から現れたのは、彼の背丈で隠れられるほど小柄なメガビョーゲンだった。昨日のメガビョーゲンが石の巨塔なら、こっちは灯篭といったところだろうか。
「…………っ」
「? フォンテーヌ、いま何か笑ったペェ?」
「なんでもないわ、ペギタン」
「あと、ダルイゼンがずっと、ガムとチョコレートを一緒に食べてる時に忘年会の幹事と結婚式のスピーチが同時に来たみたいな顔してるのがすごく気になるラビ……」
その複雑な表情のダルイゼンは、こちらの反応を受け流すかのようにただただ虚空を見つめている。
その顔をじーっと見つめていたスパークルは、何かに気づいてグレースにひそひそ声で話かける。
「グレース! ダルイゼンの耳! やっぱりピアスないよ!」
「ホントだ! やっぱり間違いないね!」
うんうんと頷き合う二人の後ろから、気の抜けた場の雰囲気を引き締めるように、アースが一つ咳払いをして声を上げる。
「皆さん、油断は禁物と言ったではありませんか。あの小さな姿は、わたくしたちの油断を引き出すための作戦に違いありません」
「そ、そうだよね。エレメントさんも苦しんでいるはずだし早く助けてあげないと! キュアスキャン!」
グレースのヒーリングステッキから顔を出したラビリンの両目から、サーチライトが走る。
「って早! 小石のエレメントさん一瞬で見つかったラビ!」
「体が小さいからスキャンする範囲も狭いもんね……。と、とにかくまずは攻撃を!」
あまりの迫力の無さに戸惑いつつも、グレースは先行してメガビョーゲンに向かって駆ける。
すっと身を引いたダルイゼンとすれ違うように、小石のメガビョーゲンもどたどたと駆け出す。
「はっ!」
「メガッ!」
両者が拳を繰り出す、その一合の果て――
「メガァァァァッッ!!」
パンチを当てた本人が驚くほど、あっけないくらい簡単にメガビョーゲンの体は吹っ飛び、まさに小石のごとく原っぱを転がっていく。
「え、嘘、まずは軽くジャブのつもりだったんだけど……」
「じーーーーーーラビ……」
「わ、わたくしの方を見られても困ります!」
うろたえるアースに、じゃあ、と二人は別の方向に向き直る。
「……いや、オレの方はもっと見るな」
すでに戦線から離れ、ただ事が過ぎ去るのを待つように木の幹にもたれていたダルイゼンは、グレースに一瞥もくれずぼそっとつぶやいた。
「………………ぷっ」
「フォンテーヌ、どうしたペェ? 様子がおかしいペェ」
「なんでもない、なんでもないのよペギタン」
ぷるぷる震えるフォンテーヌを他所に、グレースはダルイゼンの様子を訝しげに見つめる。
「……もしかして」
「? グレース、どうしたラビ?」
「う、ううん、何でもない! それじゃあもう、浄化しちゃおう!」
グレースは戸惑いながらも、花のエレメントボトルをステッキにセットし、ゲージの高鳴りと共にヒーリングフラワーを放つ。
花の輝きを纏う二筋の光は、あっさりとメガビョーゲンの体を貫き、あっさりと小石のエレメントさんを救い出した。
「お大事に、って声かける暇もないくらいあっさりヒーリングッバイしちゃったね……」
「エレメントさんもすぐに助けられてよかったはずなのに、何ラビこの消化試合感……」
拍子抜けした様子のグレースとラビリンに、スパークルは慌てて駆け寄り小さく声をかける。
「グレース、あれ、あれ!」
「あっ、そうだった……!」
スパークルに促され、慌ててグレースは準備を始める。幸い、ダルイゼンはまだビョーゲンキングダムに帰ってはいない。というより、全く動く気が無いように見える。
辺りを見渡し、ちょうどいい木の切り株を見つけると、たたたっ、と駆け寄り、のどかは変身を解除した。
「あ、あれれー? なんだろうこのきれいなピアス―。どうしてこんなところに落ちてるんだろー」
ひなたたちも変身を解除し、のどかなりの名演技を固唾を飲んで見守る。
「ど、どうかなラビリン?」
「ばっちりラビ! ダルイゼンもばっちりのどかに注目しているラビ!」
「そ、そうかな、目の焦点がどこにも合ってないように見えるけど……。……で、でもー、誰のものかわからないからここに置いていこー」
不自然なくらい大きな動きで切り株の上にピアスを置いたのどかは、カニ歩きでそこを立ち去り、ちゆたちもそれに続いた。
去り際に、ダルイゼンの大きなため息が聞こえたような気がしたが、木立の間に吹き抜ける風の音でよくわからなかった。
「ばっちりだったラビ、のどか!」
「ダルイゼンのやつ、すっかり騙されてたペェ!」
「見事にミッションコンプリート、だニャ!」
すこやか山の麓へと続く山道、ヒーリングアニマルたちはのどかを取り囲み、笑顔で彼女をたたえていた。足元のラテも、ワンワン! と嬉しそうに吠えている。照れるのどかに、アスミも柔和な笑みを浮かべながら続いた。
「敵に情けなど必要ない、と思っていましたが、こうしてよかったのだと今は素直に思えます」
ひなたもうんうんと頷き、のどかの前に回り込んで笑顔を輝かせた。
「敵でもなんでも、困ってる人は助けてあげた方がやっぱり気分いいね。ありがと、のどかっち! ……ん?」
「どうしたの、ひなたちゃん?」
「そういえば、今ののどかっち、なんだか違和感あるね。何かが足りないような……」
正面からじっと顔を見つめるひなたに、のどかははにかみながら、
「……ちょっと、意地悪だったかな。でも、話を聞いていたのなら、素直に出てきてくれればよかったのにね?」
「……ごめん、のどかっち。何の話??」
首をかしげるひなたの後ろで、ちゆだけが一人くすくすと笑っていた。
■ ■ ■
……茶番が終わった。
プリキュアたちの姿が見えなくなったのを確認すると、ダルイゼンは深いため息をつき、のどかがピアスを置いたであろう切り株へと歩を進めた。
普段の戦いよりも、無意味に疲れた。主に精神的に。
しばらくの間、地球侵略はシンドイーネとグアイワルに任せよう。勝手にそう心に決め、切り株を見下ろした。
真ん中にちょこんと置かれていた自分のピアスにほっと胸を撫で下ろし、ダルイゼンはそれに手を伸ばす。
そして――その隣に並ぶ、もう一つのものに気づいた。
「……? これは……」
ビョーゲンキングダムに戻り、煮え立つマグマのような瘴気の沼にぽつりと立つ岩の上で寝そべるダルイゼンに、グアイワルの喝が飛ぶ。
「ダルイゼン! なんっっっっださっきの戦いはぁ! やる気あるのかお前!?」
「……うるさいな。連続で戦いに行って疲れたんだから、しょうがないでしょ」
「そういう問題じゃないだろ!? 蝕むエレメントくらいちゃんと選べ! まったく、やっぱり俺が動かないと話にならないようだな……!」
頭から湯気を上げながら、グアイワルは大股開きでいずこへと去っていった。
代わりに、シンドイーネが近寄ってきてダルイゼンの顔を覗き込み、彼の右耳に光るものを見つけてにこっと笑う。
「あら、でもピアスは見つかったみたいじゃないの。よかったわね」
「まあ、ね」
「……なんで微妙に嫌そうな顔するのよ。なに、やっぱ探すの苦労したワケ?」
「探すのがっていうか、……なんでもない」
話すのもめんどくさい、といった態度で目をそらすダルイゼンに、あっそ、と踵を返そうとするシンドイーネ。
しかし、彼が胸元に置いていたあるものを見て、再び問いかける。
「何よそれ。花の……髪飾り?」
ダルイゼンは、鮮やかなピンク色の花弁で彩られたヘアピンを手に取り、ビョーゲンキングダムの淀んだ空に掲げてつまらなさそうな目で見つめる。
「アンタの物なわけないわよね。なに、アタシにくれるわけ?」
「そんなわけないでしょ。……落とし物だよ」
「落とし物ぉ? そんなもの拾ってきたってどうしようもないじゃない。さっさと元の場所に返すなり捨てるなりしなさいよ。……ん? でも微妙に見覚えがあるわねそれ……」
首をかしげるシンドイーネに、ふっ、とダルイゼンは短く笑い、ヘアピンをポケットにしまった。
「そうだね、そうするよ。落とし主がわからなければ、ね」
END