TSレッドは配信者   作:モーム

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RED & GREEN

 

 グリーンはかつて、天才的なポケモントレーナーとして名の知れた少年だった。

 

 ポケモン研究の権威、オーキド博士を祖父にもち、祖父の研究所に入りびたってポケモンたちと接してきたのだ。

 

 カントー地方のマサラタウンに生まれたならば、一度は夢見るものを目指したことだってある。

 

 ポケモントレーナー。

 

 この世界ではすべての人間がポケモンと一緒に過ごしているが、バトルを通じてより深くポケモンと絆をむすんだものたち。

 

 マサラタウンでは神童と呼ばれ、U-12ジュニアポケモンリーグでは天才と呼ばれた。

 将来はジムリーダーか、はたまたチャンピオンか、果ては祖父のあとを継ぐのか。

 そう呼ばれたのも、まだグリーンがポケモンバトルに熱中していたころの話。

 

 いまはもう、ポケモンバトルは移動中の自衛手段でしかない。

 

 ジムに挑戦する? バッジを集めたってなにをするわけでもないのに。

 

 トレーナーと勝負する? わざわざ人に突っかかってなにがしたいんだか。

 

 野生ポケモンと戦うだって? 〝おじいちゃん〟の手伝いでポケモンを捕獲するだけで十分だ。

 

 それが、今のグリーン。

 

 U-15ユースポケモンリーグの決勝で敗退して以来、グリーンはすっかりポケモンバトルへの熱意を失ってしまった。

 

 全力を尽くしたバトルだった。

 バトルステージは抉れ、炎が燃え盛り、見るも無残になるほどの、激しいバトル。

 

 観客はおろか実況席も言葉もなく、ただ呆然としていた。

 

 グリーンさえも、タマゴのころから連れ添ったリザードンがひんしで倒れているのに、膝を屈したまま動けなかった。

 

 そんな彼と仲間たちの姿を見て、

「……こんなものか」

 グリーンの対戦相手はつまらなそうにつぶやくと、ステージを後にしていった。

 

 彼はしばらくその言葉の意味を理解できない。

 死力をふりしぼり、すべてを尽くした、決戦であったのに。

 

 それをたった一言、吐き捨てられた。

 

「一回負けたくらいであきらめるな」

「きみは『オーキド博士』の孫なんだから」

 

 はじめはだれもがあたたかい慰めの言葉をくれた。

 

 グリーンが公式試合で着用していたビブスに、スポンサーとして地元のお店の名前を入れてくれた人々の言葉。

 

 けれどいつしか、グリーンに向けられる視線は「過去の人」に向けるものになっていく。

 

 グリーンはもう心が折れてしまった、カントー地方にめずらしくもない「元」ポケモントレーナーのひとり。

 

 その彼が立ち直るには、あるひとりのポケモントレーナーとの出会いを待たねばならない。

 

 

 

◆ トキワのもり ◆

 

 

 

 トキワのもりは 永久(とこしえ) の森。

 うっそうと生い茂った森は日光をさえぎり、昼間でも夜をあざむくほどの暗闇に包まれている。

 

 樹木と草むらにおおいつくされたトキワのもりには、虫ポケモンや鳥ポケモンが多く生息しており、レベルも低いことから、むしとり少年などがよく出入りしている。

 

 くしゃ、とグリーンが草むらに踏み込むと小気味よい音がした。

 

「……様子がおかしい」

 

 鳥ポケモンの鳴き声もしなければ、草むらにひそむ虫ポケモンの気配もない。

 普段なら、騒がしいとまでいかなくても、そこかしこにポケモンの鳴き声がするというのに。

 

「トキワのもりでなにが……?」

 

 この森は平和だ。これまでなんの問題もなく、太古の昔から変わらない姿でいつもそこにある。

 それが今や森を異変がおおいつくし、きな臭い気配が漂っている。

 

「……いけるな、リザードン」

 

 グリーンが腰のベルトに手を伸ばす。

 ぱち、とボタンを外せば、相棒のリザードンがモンスターボールの中で武者震い。

 

 ここへはオーキド博士の依頼で、つまり‶おじいちゃん〟の手伝いでここに来た。

 おじいちゃんっ子のグリーンには、ここで逃げる選択肢はない。

 

 すでにポケモントレーナーを引退して腕が衰えたとしても、グリーンはU-15リーグの優勝候補とうたわれた名トレーナーだった。

 野生ポケモンに遅れはとらない。

 

 一歩、また一歩と草むらを踏みしめる。

 野生ポケモンは出てこない。

 

 いつもならすこし歩いただけで飛び出てくるのに。

 呼ばなくても勝手に出てくる、あのうっとうしさが今は恋しい。

 

 周囲に気を配る。

 

 風もないのに動く草むらはないか?

 樹木の後ろにうごめく影はないか?

 

 手慣れたもので、トレーナーをやめたというのに、体に染みついた動作は自然と繰り出せる。

 

 がさっ。

 

 草むらがうごめいた。風もなく。

 

「いけ、リザード──」

 

 両手が、草むらの中から突き出された。

 肌色の腕。

 人間の手が、降参するポーズで草むらから突き出ている。

 

「──ン……!?」

 

 振りかぶった腕をなんとか押しとどめ、モンスターボールを投げずにすんだ。

 

「ま、まってください」

 

 弱々しい声が草むらの奥、両手の下から聞こえる。

 

「なにものだ!」

 

 グリーンは念のため、まだボールを手にしている。

 もし悪人トレーナーが不意打ちを仕掛けてきても対応できるよう。

 

「と、とおりすがりのポケモントレーナー、です……」

 

 両手をあげて敵意がないことを示しながら、草むらからひとりの少女が立ち上がった。

 

 フードの少女。

 

 赤いキャップ。

 赤いジャケット。

 

 トキワのもりの暗闇でさえまばゆい、赤。

 

「……?」

 

 グリーンは首をかしげた。

 この服装にはどこか覚えがある。

 

「な、なにかいってくださぃぃぃ……」

 

 両手をあげたままの少女はぷるぷると震え、今にも泣きだしてしまいそう。

 

 よくみれば少女の背後にはオレンジ色のポケモンが隠れているから、おそらくポケモントレーナーらしい。

 

(ポリゴンフォン……いや、スマホロトム、か?)

 

 グリーンはそのポケモンを、ガラル地方に遠征した時にみたことがある。

 その時はドラゴンタイプのジムリーダーが、スマホロトムに自分を撮影させていたはず。

 

 服装には見覚えがあるけれど、グリーンの知っている「彼女」とは性格が似ても似つかない。

 

「お前、《チャンネルRED》のフォロワーか?」

 

 ポケモンバトル配信者、RED。

 トレーナーの中で話題になりつつあるポケモンバトル配信者のひとりで、彼女を真似て後を追う(フォロワー)トレーナーは少なくない。

 

 トレードマークは赤いキャップと赤いジャケットに、耳に傷のあるピカチュウ。

 

 そのヒロイックなバトルスタイルにはたくさんの視聴者が魅了され、新進気鋭のトレーナーとして注目されている。

 

 なのだけれども、

「そ……そういうものです……」

 まだ両手をあげたままの少女は、《チャンネルRED》のフォロワーと呼ぶのもはばかられてしまうような、あんまりにも頼りない様子。

 

 このチャンネルだけではなく、フォロワーというのは調子に乗って押し出しが強いものだが。

 

「ほんとうにポケモントレーナーか?」

 

 むしとり少年でも、パラソルおねえさんでも、ポケモンだいすきクラブ会員でも、トレーナーというものは自信がある。

 そもそもの話、自分の腕と育てたポケモンを信頼していなければ、バトルの場に出ようなんて考えない。

 ましてや今のトキワのもりの入り口には、立ち入り禁止の札が立っている。

 

「こ、ここ、こんなのでもポケモントレーナーです……」

 

 たしかによく見れば、少女の腰にはモンスターボールをおさめるトレーナー用のベルトがまかれ、ポケモンのはいったモンスターボールが待機している。

 

 なんの飾りもないモンスターボール。

 

 一番安くて、一番普及している、フレンドリィショップで店売りされているモンスターボール。

 10個買えばプレミアボールが1個ついてくる、上が赤くて下が白い、あのモンスターボール。

 

「子どものお使いじゃないか……!」

 

 少女はグリーンよりも何歳か年下だろう。

 12歳か、そこらへん。

 

 モンスターボールを使って、スーパーボールのような上位機種や、ダイブボールのような特殊機種を持っていない。

 

 スーパーボールはジムバッジをひとつでも持っていると、フレンドリィショップで買えるようになる。

 

 そうなるとモンスターボールしか持っていないこの少女は、ジムバッジはひとつも持っていないし、トキワジムが休止中なことを考えると、ニビシティまでいけない初心者ということになる。

 

 家族に旅に出してもらえないか、実力がないか。

 またはその両方か。

 

 一番道路ならともかく、今のトキワのもりにいてはいけない。

 

「よくみればその……スマホロトムか? こいつはバトルできないだろ。さっさと引っ込めて、家に帰れ」

 

 スマホロトムはレベル1にもみたない。

 スマートフォンとしての機能があっても、バトルに回す機能はない。

 

 少女はぐっと息を吞むと、

「いや、です」

 これまでになく、はっきりと否定した。

 

「なんだって?」

 

「この子がいないと、ダメ、なんです」

 

 様子が変わった少女に、グリーンが眉をひそめる。

 

「だからなんだ? そいつにゴローニャの弱点が突けるのか? ギャラドスと打ちあえるのか?」

 

 オーキド博士からのメールには、トキワのもりにいないはずのポケモンが、ゴローニャやギャラドスがいると書いてあった。

 スマホロトムで、相手はできない。

 

「いいえ。でも、この子がいれば立ち向かえます」

 

「バトルもできない、たかがスマホロトムだぞ!」

 

「スマホロトムだからこそ、です!」

 

「ばかをいうな!」

 

「嘘 じ ゃ な い ッ !」

 

 少女の叫びに、グリーンがわずかに気圧される。

 

 ぎゅっ、とこぶしを握りしめ、きっ、と年上のグリーンをにらみつけている。

 

 勇気がなければこんなことはできない。

 ただの癇癪ではこんなことはできない。

 

「……ふん」

 

 グリーンが体をひるがえし、少女を置いてけぼりにしようとする。

 

(なんだ? こいつをみていると心がざわつく……!)

 

 おどおどしたところも、はっきりとものをいうところでいえるところも、やたらと「赤」を使うところも。

 

 いらいらする。

 

「相手していられるか……!」

 

 この場は無視して、少女が無茶しないうちに調査を終わらせる。

 そう考えてグリーンが歩きだす。

 

 瞬間。

 

 トキワのもりが揺れた。

 

 大きく揺さぶられた樹木から木の葉が散り、枝が折れるほど。

 人間は立っているのも難しい。

 

「ゴローニャの〝じしん〟──」

 

「──〝じしん〟じゃない」

 

 狼狽したグリーンの推理を、少女が否定する。

 

 その通りだ。

 

 ポケモン技の〝じしん〟なら、一度じゃなくて何度も揺れる。

 今の揺れは一回だけ。

 

「〝じしん〟じゃなきゃ、この揺れはなんだ……!?」

 

 普通のポケモンにこんなことはできないはず。

 

 ある公式試合でみた、カイリキーの〝ちきゅうなげ〟でサイドンがリングに叩きつけられた時も、ここまで揺さぶられることはなかった。

 

 しかもここは森だ。リングのような狭いステージじゃない。

 

 少女がフードを下げた。

 

「ギャラドスだ」

 

 たったひと言そうつぶやくと、スマホロトムが彼女の周囲を舞う。

 

 グリーンが少女を振り返れば、もう自信がなさそうで引っ込み思案な様子はない。

 

 人が変わった。

 なにかのスイッチが入っている。

 

 凛と森の奥を、モンスターボールを握っている。

 

「ばかな、ギャラドスほど狂暴なポケモンだって、トキワのもりを揺らせるもんか!」

 

 ふたたび、揺れた。

 

 膝から倒れそうになるほどの振動。

 

 森の奥からふたりに向かって、樹木がなぎ倒される音がする。

 

 サイホーンの〝じならし〟でも、ニドクインの〝だいちのちから〟でも、バンギラスの〝じだんだ〟でもない。

 

 じめんタイプの技で縦方向に揺らしているのではなくて、ポケモンがこちらに向かって技を繰り出した余波で揺れているのだ。

 

「お前は逃げて、ポケモントレーナーを呼んでこい……おい、なにをやっている!?」

 

 グリーンの警告も無視して、少女は赤いスマホロトムに指示を出している。

 

 ここはすでにいつものトキワのもりのような、ピクニックにうってつけの場所ではない。

 そんじょそこらのトレーナーには立ち入ることさえ許されない、危険地帯だ。

 だというのに、この背の小さな少女は言うことを聞かない。

 

「まだ、ここでやることがありますから」

 

 赤い帽子のツバを後ろに回し、動きやすいよう赤いジャケットの前をあけた。

 

「やる気か……!」

 

「やる気です」

 

 ポケモンバトルを。

 

 そう、ポケモンバトルだ。

 

 この世界を、ポケモンを『ゲーム』としてプレイした人間なら、絶対にやりたいことを。

 

(なんだ、こいつ……!)

 

 それをグリーンは知らない。この世界の人間だからだ。

 

 振動。

 

 震源はごく近い。

 

「ちぃ……尻拭いはしてやる、好きにやれ!」

 

 引く気がないやつを無理やり引きずっていくより、好きにやらせて自爆したところを回収するのが一番面倒が少ない。

 

 おそらく少女は、バトルになると性格が変わるタイプなのだろう。

 グリーンもそういうトレーナーを何人も見てきたことがある。

 それまでところりと様子が変わり、爆発力を見せるタイプのトレーナーを。

 

「もういけるね、ロトちゃん」

 

 スマホロトムは少女にひと撫でされると、にやりと笑ってくるくる回る。

 

『3!』

 

 スマホロトムがホログラムでカウントダウンを開始。

 

「……aaaaaAAAAAAAAAAA!!!!!!」

 

 すぐ近く、しかし木でさえぎられて視界のきかない闇の奥から、凶悪なポケモンの雄叫びがこだまする。

 

 少女はそれさえ聞こえていないのか、目をつむって上を向き、体から力を抜いて、深く息を吸う。

 

『2!』

 

 カウントダウンは続く。

 

 長いポケモンの尾が木を薙ぎ払い、樹齢を重ねた大きな木を小枝のように散らし、森の奥から躍り出る。

 

「ギャラドス……トキワの地下貯水湖から出てきたのか!」

 

 グリーンの声も、少女には届いていない。

 

 顔をうつむかせて、目をつむったまま深く息を吐く。

 

 ギャラドスは侵入者のふたりを舐めるように見まわし、手近な標的の少女に狙いを定める。

 

「GYAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!」

 

 耳をつんざき心を凍りつかせるギャラドスの大喝。

 

 並みのトレーナーとポケモンなら、逃げることすらできない大音声。

 

『1!』

 

「くっ……!」

 

 グリーンでさえも、腕で顔を守る必要があるほど。

 

 だが、少女は微動だにしない。

 

 スマホロトムも、不敵な笑みを崩さない。

 

(なぜだ……どうしてここまで落ち着いていられる……!?)

 

 少女は深呼吸をおえて、モンスターボールをベルトから外す。

 

「いけるね、────?」

 

 ボールの中のポケモンから元気のいい返事が返ってきたのだろう、少女がこくりとうなずいた。

 

『配信、開始!』

 

 

 

 

 

 

「ピカチュウ、きみに決めた!」

 

 

 

 

 

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 少女が、《RED》がモンスターボールのスイッチを押し、投げる。

 

 ギャラドスとレッドの間で開いたボールからポケモンが飛び出す。

 

「ピッカァ!」

 

 葉っぱを口にくわえ、耳に傷のあるピカチュウ。

 堂々と胸を張り、腕を組んで不敵にほほえむ。

 

 グリーンはこのピカチュウを、この女の子を、このコンビを知っている。

 

「お前が……《RED》……!」

 

 赤い帽子のつばを後ろに回し、赤いジャケットの前を開いて、耳に傷のあるピカチュウがトレードマークの。

 

「こんな美少女でおどろいた?」

 

 にひー、と笑う彼女は、先ほどまでの姿は一変して、自信に満ち満ちている。

 

「AAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!」

 

 ファンサービスを続けようとしたレッドをギャラドスが鳴き声で邪魔をし、自分に注目を集めようとする。

 

「トキワのもりから失礼するよ。今日の相手はギャラドス! でもなんだか調子がおかしいね。から~いきのみでも食べちゃった?」

 

 スマホロトムは彼女に近づいて横顔をズーム。

 続いてカメラをパンしてギャラドスを見て、怒り狂ったポケモンのいかつい面構えを配信。

 

 こんにちはー!

 ピカニキの毛並みええやん

 レベル差えぐくね?

 Kibana_sama_241

 \2,000

 負けたらケーキでも食ってこい あと、さっさとジムいけ

 いうて4倍弱点だろ

 いのちのたま持ってたらきちぃわ

 野生でもってないでしょ

 

「ごめん、まだ遠くに行っちゃダメって約束なんだ! ……ピカ!」

 

 レッドの指示を受け、

「ピカ……チュウ!」

 ピカチュウは〝でんきショック〟をくりだす!

 

 でんき技。

 タイプ一致。

 ギャラドスはみず/ひこう。

 

 4倍弱点!

 

「GYAAAAAAAAAAAA!?!?!?!?!?!」

 

 隔絶したレベル差があってもタイプ相性は無視できず、ギャラドスのビル三階建てに匹敵する巨体がたじろぐ。

 

 ぐるりと目を回したギャラドスは首を振りまわして頭にかかったもやを払い、長い体でとぐろを巻いて力をためる。

 

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!」

 

 突進。

 限界まで押しつぶしたバネのように弾けたギャラドスが、一直線にピカチュウを狙う。

 

 ギャラドスの〝かみくだく〟だ!

 

「間に合わない!」

 

 グリーンが叫ぶ。

 

 ギャラドスのすばやさ81、ピカチュウのすばやさ90。

 種族値では勝っていても、あきらかにギャラドスの方がずっとレベルが高い。

 

 ピカチュウが強力なでんき技(〝10まんボルト〟)ではなく、はじめから覚えているでんき技(〝でんきショック〟)を使ったことからも、それが分かる。

 

「間に合う! 〝かげぶんしん〟!」

 

 ヴ、とピカチュウの輪郭がぶれはじめ、何匹もの分身が四方に散る。

 

 一目散に逃げるピカチュウが二匹。

 石につまいずてごろんと転ぶピカチュウが一匹。

 真っ直ぐ走ってギャラドスに向かってくるピカチュウが一匹。

 

 ギャラドスは迷わない。

 どれを狙うかは分かり切っている。

 分身がわかれる前の本体と同じ方向に走って、うっかり石につまずいた間抜けだ。

 

 ガチン。

 

 ギャラドスの大口がピカチュウをとらえ、天高くすくいあげるように体を伸ばし、岩をも嚙み砕く咬合力で咀嚼。

 

 ガチ、ガチ、……ガチン?

 

「GYaaaaaa……?」

 

 ギャラドスが首をかしげる。

 これまでにおおくのポケモンを〝かみくだく〟でほうむってきた。

 

 おかしい、なにかを噛んだ気がしない。

 

 ギャラドスがピカチュウの影分身に噛みついた!

〝かげぶんしん〟からの〝でんこうせっか〟だ

 申し訳ないがグロNGなので

 配信BANされちゃうからね

 

「ピカチュウ!」

 

 本体は、ギャラドスに真っ直ぐ走ってきたピカチュウだ。

 長い長いギャラドスの体を駆け上り、眼前に躍り出る。

 

 ピカチュウは〝でんこうせっか〟を、〝かげぶんしん〟しつつ繰り出していた。

 

「ピッカァ!」

 

 尻尾の一撃がギャラドスの顎を打ち据え、かちあげる。

 

「Aッ!?!?!?!?!?」

 

 勝利を確信して油断していたところへ、顎に一撃。

 無防備な脳を揺さぶられたギャラドスはたたらを踏むように後ずさりして倒れかけ。

 

 踏ん張る。

 

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!」

 

 咆哮。

 ヒットポイントは半分も削れていないのだろう。

 

「レベルが違う……!」

 

 絶対的なレベル差が響いている。

 自然な動きで石につまずく分身を作れたように、レッドのピカチュウもよく育成されてはいるけれど。

 だがギャラドスはそれ以上だ。もしかしたら、セキエイ高原から流れてきた強力な野生ポケモンかもしれない。

 

 ピカチュウは行動を終えた。

 

 次はギャラドスの手番だ。

 

「GYAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!」

 

 大喝とともに大口をあけて力をためる。

 

 水の球。

 

 それも湖の水をすべて球体におさめたかというほどの、巨大な球。

 

 何度も何度も巨体を縮めては伸ばし、縮めては伸ばす。

 そのたびに球体が大きくふくらんでいく。

 

 予備動作に力をためているだけで、かたかたと周囲の地面が振動して肩に重力がのしかかってくるほどのパワー。

 

 みずタイプの究極技。

 

 ギャラドスの最強技、街を焼き尽くすとまでいわれる〝はかいこうせん〟に並ぶ技。

 

 ほんとうなら覚えないはずの技を、このトキワのもりが異変に包まれているのと同じで、なにかの異常な理由があって使えるようになっている。

 

 〝ハイドロカノン〟。

 

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!」

 

 ギャラドスが脇の噴出口から体内にたくわえた水を吐き出し、反動をおさえながら発射。

 

 はじめは狙いが甘く、周囲の木々をかすめただけでなぎ倒しながら、ピカチュウに狙いを定めていく。

 

 地面は抉れ草むらは吹き飛ばされ、大樹さえも小枝めいて折り、森を蹂躙。

 

「くっ……!」

 

 たまらずグリーンも、ピジョットを繰り出して空に避難。

 空中にいてさえも、余波で鳥ポケモンがまっすぐ飛べなくなるほどの衝撃。

 

「レッドは、ピカチュウはどうなった!?」

 

 あたりは〝ハイドロカノン〟で吐き出された水流に〝だくりゅう〟めいて押し流されて、今なお大量の水が渦を巻き、岩や樹木が渦の中で翻弄されている。

 

「あれでは助からないか……っ」

 

 気に食わないやつではあったけれど、見殺しにできるわけもなく、殴ってでも家に帰すべきだった。

 ピカチュウ一匹でこれだけ善戦できたのだから、トレーナーとしての将来も有望だったろうに。

 

 勝負あったな

 え? これ通報した方がよくない?

 生きてる……?

 配信はじめてか? 力ぬけよ

 REDはここからが強い

 

 〝ハイドロカノン〟の渦潮の中で、きらりとなにかが光った。

 

「なんだ……?」

 

 渦の中に、なにかがいる。

 影のようなものが、岩や樹木に混ざって、泳いでいる。

 

「AAAAAA……????」

 

 ギャラドスも、グリーンとピジョットも、そしてスマホロトムも、目を凝らす。

 水の中でおぼろげだった輪郭がしだいに形をもちはじめ、その姿がはっきりとしてきた。

 

 人間がひとり。

 ポケモンが一匹。

 

 赤を基調としたファッションのトレーナーと、黄色いねずみを思わせるでんきポケモン。

 

 

 

 

 

 

 

 

▼ ピカチュウ の なみのり !

 

 

 

 

 

 

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「ピカァ!」

 

 〝かげぶんしん〟の応用で作ったサーフボードを駆り、ピカチュウは華麗に濁流を乗りこなす。

 荒波の流れを読み切り、波と波の合間を縫って、水流のトンネルをぬけた。

 

「ピカチュウ──」

 

 〝かげぶんしん〟のサーフボードが消え、技の準備動作にはいる。

 

「──〝ボルテッカー〟!」

 

 ピチューをタマゴからかえさないと覚えない、でんきタイプの特別なタマゴ技。

 

 全身を電撃でつつみ、自分の命をかけてまで突撃する、強力な一撃。

 

 威力120。

 タイプ一致。

 ギャラドスはみず/ひこう。

 

 4倍弱点!

 

「ピカ……チュウッ!」

 

 渦潮の凶悪な濁流を〝なみのり〟で乗りこなすことで生まれた突進力をそのままに、体についた水滴を蒸発させるほど強力な電撃。

 

「Aッ!?!?!?!?!?!?!?」

 

 それがギャラドスの顎を打ち上げる。

 突撃された衝撃でガツンッと殴りつけられ、全身が伸びきるほど天高くかちあげられた。

 その無防備な巨体を電撃が駆け巡り、体の内側までを焼く。

 

 すでに〝でんこうせっか〟で顎を打たれ、脳をゆさぶられていたギャラドスは耐え切れず、地面が振動させるほどの巨体が後ろに倒れて。

 気絶。

 

 ぴよぴよとギャラドスの頭の上を星が回っている。

 

 〝ひんし〟だ。

 

 なみのりってこういうことできたんだな

 ぼくのラプラスでもできるかな

 かいぱんやろう

 ¥450

 まぐれでもうまく避けられてラッキーじゃん

 

 まぐれじゃない。

 それをグリーンは理解していた。

 

「〝でんこうせっか〟でギャラドスを怒らせて、大技を誘ったのか。最高のタイミングで〝ボルテッカー〟を叩きつけるために……!」

 

 バトルがはじまった瞬間から勝敗は決していた。

 レッドとピカチュウの作戦勝ちだ。

 

 ありえない、とグリーンがつぶやく。

 けれど、目の前でほんとうにおこったことだ。

 

 おそらくジムバッジをひとつも持っていないであろうトレーナーが、たったひとりと一匹で、熟練のトレーナーでも難しい相手をくだした。

 

 グリーンがつばを飲み込んだ。

 

 まさか在野にこれだけの才能が埋まっていたなんて。

 

 それもトキワのもりの近くに。

 

「じゃーねー、みんな。次の配信の予定は、いつも通り予定は未定! SNSの告知を見逃さないように!」

 

 満面の笑みをうかべて手をふるレッドを最後に、配信が終わった。

 役目を終えたスマホロトムは彼女のバッグにおさまり、ピカチュウもモンスターボールにかえる。

 

 んー、と気持ちよさそうにレッドが背伸びした。

 

「お前は、だれだ……?」

 

 《RED》は配信者の名前だ。

 グリーンは本名が知りたい。

 

 もしかしたらどこかのリーグで戦ったかもしれない。

 もしかしたらどこかの野良試合でみたかもしれない。

 

 くるりとジャケットをひるがえしたレッドが、グリーンをみすえた。

 

「ぼくは、レッド──」

 

 それはグリーンも知っている。

 出身地はどこだ? ハナダシティか? セキチクシティ?

 

「──マサラタウンの、レッドだ」

 

 同郷。

 

 グリーンはカントー地方各地で修行して、ヤマブキシティに進学したから、いつも家の中にいた年下の少女を知らない。

 

 引っ込み思案で、おどおどして、うつむき加減だった少女を。

 

 ここからレッドの伝説がはじまり、止まっていたグリーンの時間が動き出す。




▼ TSレッド(12)

・概要

 主人公にしてピカチュウ使いの配信者。
 最近の悩みは「スマホロトムの契約プランが家族割りだから通信量制限がきびしい」こと。
 たまに通信量をつかいすぎて通信速度制限で配信できず、お母さんに叱られている。

 新進気鋭のトレーナーとして注目をあつめているけれど、ジムバッジをもっていないなどのちぐはぐさから「企業がアイドル候補をごり押ししているのでは?」と思われることがしばしば。

 最近、おもったよりも身長がのびなくて、牛乳をいっぱいのんではお腹をいためているらしい。

▼ オーキド・グリーン(15)

 原作ライバルにしてすご腕のポケモントレーナー。
 この世界線ではトレーナーとしてのプライドを砕かれたことが理由で、原作よりもだいぶ柔らかい性格になっている。
 
 むかしは勉強をおろそかにするほどポケモンに熱中しても、まわりはなにも言わなかったのに、ヤマブキシティに進学してからは、勉強がどうこうとうるさくなっているのが悩み。

 勉強の気分転換とお小遣い稼ぎにおじいちゃんの研究の手伝いをしている。
 なおそのせいで出会った女の子の配信にドハマりした模様。

 原作からの付き合いだからね、しかたないね。


▼ 暴走したギャラドスちゃん(メス)

 トキワのもりをはぐくむ地下貯水湖であそんでいたら、なんとか団につかまって改造され、ほんとうなら覚えないはずの技を無理やり覚えさせられて、トキワのもりで大暴れすることになった。

 いったいどこのロケット団のしわざなんだ……!
 

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