TSレッドは配信者   作:モーム

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「少女と石とロケットと」 Part.2

◆ ニビジム ◆

 

◆ ジムリーダー タケシ つよくてかたい いしのおとこ ◆

 

 ジムに挑戦する方法はさまざまだ。

 ある試練を突破しないと門前払いされるジムもあれば、いつでもだれでもウェルカムOKなジムもあるし、あらかじめ予約しないとジムリーダーに挑戦できないジムだってある。

 

 このニビジムは、予約すればだれでも挑戦できるという、カントー地方ではオーソドックスなジムだった。

 

 だれでもとはいうけれど、悪質なトレーナーは出入り禁止であるし、普通のジムリーダーは多忙で外出もおおいから、有名レストランとおなじくなかなか予約もとれない。

 

 しかしセキエイ・ポケモンリーグの推薦状をはじめとして、しかるべき人からのくちづてがあれば、すこしの便宜をはかってもらうこともできる。

 

 たとえば、オーキド博士の推薦状とか。

 

 といってもいつでも使えるフリーパスというわけではなくて、推薦されたからといって手加減されるはずもなく、ちょっとした気持ち程度の品。

 

「……あんまり混んでなかったけど」

 

 だがニビジムの予約は簡単にとれる。

 19時の予約は、電話ひとつでとれた。

 

 ジムリーダーがバトルをつうじてポケモンを育てることに熱中しているからどんなレベル帯の挑戦者も大歓迎であるし、ニビシティは平和だからポケモンが暴れてジムリーダーが鎮圧に駆り出されることもなく、例外的に留守もすくない。

 

 ニビジムの中は石垣につつまれていた。

 バトルフィールドにはおおきな岩がいくつも配置されており、うまくつかえば盾になりそうだ。

 

「……はー……」

 

 それをみて、レッドはふかい感慨にひたっていた。

 夢にまでみた舞台にたち、念願のジム戦に初挑戦するのだ。

 

 もうすこしだけこの気持ちを味わっていたかったけれど、これからもっと楽しいバトルが待っている。

 

「あ、あの、19時から予約したレッドです」

 

 はやくいきなさいとせっつくピカチュウに従い、レッドが受付に声をかけた。

 

「レッド様ですね。トレーナーカードを提示していただけますか?」

 

「えーと、これでお願いします」

 

 スマホロトムのトレーナー補助アプリを起動して、トレーナーカードをみせる。

 名前・ID・獲得バッジ数などを記録するセキエイ・ポケモンリーグが発行しているカードで、ポケモントレーナーの身分証といってもいいだろう。

 

「獲得バッジ数は0、手持ちはピカチュウとフシギダネ。申告どおりですね」

 

 ポケモンリーグ子飼いのポリゴンZがカードを製造・加工することによって偽造は不可能に近く、見栄を張るために獲得バッジ数をかさましして下駄をはくこともできない。

 

「あの、このジムは配信しても大丈夫ですか?」

 

「配信ですか? 問題ありませんよ」

 

 硬派なジムになると公式戦の配信は一切禁止なところもめずらしくなかった。

 ニビジムはかなりオープンなところであるから、こういうところはだいぶ緩い。

 

「よかった……。ありがとうございます」

 

 受付に会釈をすると、レッドはバトルフィールドまですすむ。

 

 一歩、また一歩とすすむたびに、全身にはりつめた緊張感が心地よい高揚感に塗りかえられていく。

 

(ジム戦だ。人生はじめての)

 

 ゲームのジム戦ではなく、ポケモン世界のリアルなジム戦。

 舞いあがるような戦意が体中をめぐって火照りはじめる。

 自然と背筋がのびて、無意志にこぶしをにぎり、足取りも堂々としたものになっていく。

 

 今日は観客が大勢いた。

 

 土曜の夜7時であるから暇な人物もおおく、ジム戦をひとめみようとおおくの人がニビジムを訪れていた。

 ジム横のフレンドリィショップで買ってきただろうお菓子やドリンクを手に、レッドを品定め。

 

「あの子、どこまで戦えるかな」

 

「バッジを持っていないんだろ? それなら、まぁ、ジムリーダーも手心をくわえてくれるんじゃないか」

 

「でも肩にのせてるのはピカチュウだぜ。相性が悪い」

 

 おもいおもいのコメントをのこしながら、見覚えのないトレーナーのバトルを楽しみにしていた。

 

 レッドがフィールドの端に、挑戦者のスタート位置につく。

 グローブをきちんと手にはめているか、ブーツの紐はゆるんでいないか、ボールをおさめたベルトは固定されているか。

 念のためにチェックして、すべて問題なし。

 

 天井の照明が点灯。

 

 一瞬、目がくらむほどの光量を舞台に投げかけて、レッドが片目をつむる。

 

「よくきたな、新人トレーナー!」

 

 フィールドの向かい側に、だれかが立っている。

 ライトに目がなれていないからよくみえないけれど、レッドはそれがだれかみえなくとも知っていた。

 

「おれはジムリーダーのタケシ、硬い意思のいわタイプ使いだ!」

 

 ざわ、とレッドの心が波打つ。

 テレビのむこうで、マサラタウン生まれの主人公と旅をしていた人が、目の前にいるのだ。

 

「うちのポケモンたちはたくましく我慢強い。それでも立ち向かってくるか!?」

 

 たしか手持ちはイシツブテとイワーク。

 タイプ相性でいえばピカチュウが不利でフシギダネが有利。

 全体的に不利ではあるけれど、フシギダネで倒しきることも可能な範囲。

 

「……ぼくはマサラタウンのレッド。ジムリーダーに挑戦します」

 

 レッドは胸をそらして声を張り、正面からジムリーダーをみすえる。

 弱気はみせない。

 堂々と、自信たっぷりに。

 

「負けるとわかっても勝負に出るか、ポケモントレーナーの性だな!」

 

 これはマイクパフォーマンスだ。

 レッドもそれを分かっている。

 

「ぼくが勝って、グレーバッジもいただきます」

 

 だから、不敵に笑って挑発した。

 負けた時のことを考えると足元がふらつきそうになるけれど、それをおくびにも出さない。

 

「いい心掛けだ。かかってこい、挑戦者!」

 

 ジムリーダーのタケシが勝負をしかけてきた。

 

「やれるね?」

 

 レッドがボールの中のフシギダネと、ジャケットから飛び出てきたスマホロトムに話しかける。

 

「……!」

 

「~♪」

 

 フシギダネはボールをかたかたと震わせて戦意をあらわにし、スマホロトムは配信の準備を終えた。

 あまり興奮しすぎないように深呼吸をして、スイッチを入れる。

 帽子のつばをうしろにまわし、ジャケットの前をあけて、ボールを握る。

 

 

 

 

 

 

「フシギダネ、きみに決めた!」

 

 

 

 

 

▶ ▶❘ ♪ ・ライブ
 
 ⚙ ❐ ▭ ▣ 

【#ポケバト生放送】今日はニビジムに挑戦!

 4,251 人が視聴中・0分前にライブ配信開始
 
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 チャンネルRED 
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 チャンネル登録者数 7.3万人 

 きみの声援がぼくの力!

 

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 こんばんわー!

 ピカニキの毛並みええや……フシギダネやんけ!

 告知から飛んできました

 Akagi_Team_Galactic

 ¥50,000

 まぁ、ジムバッチもってないならジムリも手持ちは弱いのでくるでしょ

 いわタイプにくさポケモンか

 無言赤スパチャおじさん?!

 生きていたのか!?

 

「おじさんいつもありがとう! おかげで通信プランを家族割から高いのにかえられたよ! あとおこづかいは大事にね!」

 

 挨拶は大事だ。

 とくにスパチャを投げてくれる視聴者と、身内には。

 

 しかもこの無言赤スパチャおじさんは、ふらりとあらわれてはコメントをのこさず、ただ上限金額の5万円だけをなげていく。

 だれか分からないしレッドもはじめは困惑していたけれど、いまはこのチャンネルの名物視聴者として愛されている。

 

「配信者か……だからといって、手は抜かん! いけ、イシツブテ!」

 

「ィィィラッシャイ!」

 

 繰り出されたイシツブテがにぎりこぶしを打ちつけ、硬い石同士がぶつかりあう硬質な音をひびかせる。

 若い個体なのだろう、ごつごつとした体で鼻息をあらくしていた。

 レッドはイシツブテ合戦をしたことがないけれど、うっかり踏みつけてしまってから、イシツブテのげんこつの硬さは身をもって知っている。

 

「フッシー……!」

 

 フシギダネもつるを振るって負けじと士気を高めていた。

 彼がバトルするのはゴースの一戦と、二番道路の腕試しくらい。

 だがレッドとフシギダネがコンビを組むのに不足はない。

 

「バトルスタート!」

 

 審判が高らかに宣言し、ゴングが鳴った。

 

 トレーナーはふたり同時に駆けだし、おのれに有利な場所と間合いをはかる。

 

(このレベル帯のイシツブテは、〝たいあたり〟か〝ころがる〟くらいのはず)

 

 レッドとフシギダネは距離をとり、イシツブテの物理技を警戒。

 離れれば離れただけ〝はっぱカッター〟のリーチの長さが活かされると考えて。

 

「甘い、〝いわおとし〟!」

 

「ィィィィイイイイ!!!!」

 

 フィールドにおかれた岩をイシツブテがつかみ、たくましい両腕に筋肉を浮かびあがらせながらひろいあげ、投擲。

 岩をボールにした剛速球。

 

「〝つるのムチ〟でたたきこわせ!」

 

「フシャー!」

 

 フシギダネがつるをそらして力を溜め、弾けるようにしてムチで岩を迎え撃つ。

 おおきな岩を砕ききることはできないけれど、力強いムチの一打は軌道をそらす。

 

 地面に叩きつけられ勢いをそいだ〝いわおとし〟をフシギダネは避けたけれど、まきあげられたフィールドの砂で即席の煙幕ができあがった。

 

「……どこ!?」

 

 砂ぼこりの煙幕にきえたイシツブテの姿をレッドとフシギダネは見失った。

 できあがったばかりの砂煙はまだまだ色濃く、左右を見まわしても相手の姿はみえない。

 

 けれど、スマホロトムと視聴者たちにはみえていた。

 

 フシギダネちゃんうしろー!

 コメントみてないの?

 バトル中にみるのは失礼だろ ズルになるし

 

「ラッシャイ!」

 

 イシツブテが〝ころがる〟で煙を突き破り、フシギダネめがけて一直線に突進。

 

「ダネッ?!」

 

 猛スピードでぶつかってきたイシツブテの硬い体にフシギダネが打ちあげられ、石垣に衝突。

 〝ころがる〟のダメージはそれほどないが、障害物との接触は手痛い。

 

 フシギダネが立てなおった時には、すでにイシツブテは煙にまぎれていた。

 

「フィールドをうまくつかうことを忘れるな、タイプ相性だけがバトルのすべてじゃない!」

 

 タケシの声は届くが岩と石垣に反響して、どこにいるか探ることはできない。

 

(これがジム戦。これがジムリーダー)

 

「ふふっ」

 

 おもわずレッドが笑みをこぼす。

 たのしい。

 強いトレーナーとポケモンとの、歯ごたえがあって、簡単には勝てないバトル。

 これが好きなんだ。

 

「おいで、フシギダネ!」

 

「ダネ?」

 

 レッドが走る。

 彼女の考えは分からないけれど、フシギダネは素直に従ってレッドを追う。

 

 砂煙をぬけた。

 目の前には石垣。

 振り返って、場外を背にする。

 

 おおきく外周をまわるようにころがるイシツブテが、岩陰にみえた。

 

「〝はっぱカッター〟!」

 

「フッシー!」

 

 何枚もの草の刃が地面をなめるように飛び、イシツブテの周囲に突き刺さる。

 

 ナイスショット!

 まぐれなんじゃない?

 

「ラッシャ……?!」

 

 5枚まで避け余裕の笑みをみせたイシツブテの顔面に、斜め上から曲線を描いた鋭い草のカッターがあたった。

 最初の数枚はフェイントで、本命から目をそらすためにわざと狙いを甘くしていたのだ。

 

 はげしい回転移動中に真正面から顔に苦手なくさタイプの技をうけてしまい、二度三度と地面を跳ねたイシツブテは石垣にあたって急停止。

 

 〝ひんし〟だ。

 

「やるな。だがここまでは小手調べだ。行け、イワーク!」

 

 タケシが〝ひんし〟のイシツブテをボールに戻し、イワークを繰り出す。

 

「GOAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!」

 

 岩石で組み上げられた巨体が大喝。

 鼓膜をやぶるのではないかというほどの咆哮にレッドが耳をおさえ、フシギダネが立ちすくむ。

 声の響き方が視覚化されて目にみえると錯覚してしまうほど。

 

 これだけおおきなポケモンなら、このジムの中でイシツブテのように逃げ隠れはできないだろう、とレッドがふんだ。

 

「〝つるのムチ〟だ!」

 

「ダネェ!」

 

 フシギダネがムチを振るい、イワークの岩の肉体を叩きつけようとする。

 とぐろを巻くように長身を動かして、イワークがつるをよけた。

 

「おもったよりもすばやい……!」

 

 それだけではなく、蛇めいてたくみに岩の間をぬうことによって盾につかっていた。

 

「いわへびポケモンの名は伊達じゃない。いくぞ、〝ロケットずつき〟!」

 

 ふたたびイワークがとぐろを巻く。

 ごりごりと岩石の肉体がきしむ音が聞こえてくるほど、長くおおきな体に目いっぱいの力を溜める。

 

 爆発。

 

「GOAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!」

 

 聞くものの体が動かなくなるほどの雄叫びを響かせ、イワークが突撃。

 ロケットのような猛スピードになれていないフシギダネは目で追えない。

 

「フシ──ッ!?」

 

 すくいあげられるようにして、イワークの頑強な頭部の頭突きをうけたフシギダネが弾き飛ばされ、岩に叩きつけられた。

 ロケットブースターを思わせる強力な突撃力と、岩石の頭部で繰り出される頭突きは、〝ロケットずつき〟の名にふさわしい。

 

「フシギダネ……っ、よくがんばった」

 

 ねぎらいのことばをかけながら、〝ひんし〟になったフシギダネをレッドはボールに戻す。

 のこるは、ピカチュウだけ。

 

 タイプ相性は最悪だ。

 パワーのある巨体にはうかつに近づけず、かといってでんきタイプの技はほとんど通じない。

 

 けれど、ここであきらめるのは、《RED》じゃない。

 これまではタイプ相性にまかせたチュートリアルだ。

 

 ここからが本番。

 これからがほんとうのジム戦。


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