TSレッドは配信者   作:モーム

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「マサラタウンに さよならバイバイ」 Part.1

◆ ここは マサラ タウン ◆

 

マサラは まっしろ はじまりのいろ

 

 ここからすべてがはじまった。

 ある男の子が、「おとこのこが 4人 せんろのうえをあるいている」そんな映画をみているところからはじまった。

 

『ポケットモンスター 赤・緑』がはじまった場所だ。

 

 その家の居間では、テーブルを3人の人間が囲んでいる。

 

 マサラタウンという田舎であることを考えても、内装は品よくまとまった落ち着いた雰囲気があり、住人の穏やかな人のよさを伝えてくる。

 

 お茶請けのケーキは口当たりがよく、甘すぎなくて食べやすい。

 紅茶も丁寧にいれられたもので苦すぎず、ケーキにとてもよくあう。

 

「レッドのお母さん」

 

 グリーンが口火を切った。

 

 このお家にはお茶をしにきたのではない。

 ボールの中でリザードンがせっつくくらいには居心地がよくて長居しすぎたが。

 

「なんでしょう、グリーンちゃん?」

 

 レッドのお母さんは、カオリという。

 田舎のほんわかしたお母さんらしく、いつもぽわぽわしたところがあって、彼女の前ではグリーンのような年ごろの少年もちゃん付けになる。

 

 すぅ、とグリーンが息を吸って、

「彼女を……レッドを、(オーキド博士の研究所の助手として)旅に連れていく許可をください」

 爆弾を投下した。

 

「ひゃっ」

 

「あらぁ~」

 

 爆発に耐えきれずレッドはかたまってしまう。

 

 カオリはといえば、困ったように頬に手をあてながらも、微笑みを隠せていない。

 

「わたしの娘を、(将来を約束した彼女として)旅に連れていきたいのね?」

 

 いつもまぶたを伏せているタレ目をキラリと光らせて、カオリがグリーンに問う。

 今までポケモントレーナーとして旅にも出さず、引きこもりがちだった彼女に寄り添って、だいじに育ててきたのだ。

 そんじょそこらの馬の骨にはやれない。

 

(最近は外で遊んでくるから、油断できないわ……)

 

 年ごろの女の子が、ポケモンと一緒にマサラタウンの外まで出かけているのだから、どうしても心配になる。

 約束で「ピカチュウと一緒にいるなら、トキワのもりまで」と決めているけれど。

 

「レッドは(ポケモントレーナーとして)頼りになります。彼女なしで(トキワのもりの異常などを調べる)旅をできません」

 

 間違ってはいない。

 ただ、せめてそのかっこの中を話してほしい。

 

「レッドは(彼女として)頼りになって、この子がいないと(彼女と離れると、すごく寂しくて)旅ができないのね……」

 

 だいたい間違っている。

 かっこの中をカオリが話せばその間違いに気づけるのだけれど。

 

「ぐ、グリーン、お母さん……」

 

「レッド、ここはオレに任せてくれ。これはお前のお母さんとの話しあいなんだ」

 

「そうよ、レッド。母親として引くわけにはいかないわ」

 

 グリーンは、レッドが自分から勇気を出して「旅に出たい」と言おうとしていると勘違いしている。

 

(こいつはバトルをしていない時は、周りに流されるおとなしいやつなんだろう。それでお母さんの言うことを聞いて、これだけの実力があるのに旅に出ていないんだ)

 

 あまり間違いではないが、答えがあっているとはいえない。

 旅に出ていない理由のひとつは、たしかに母親との約束なのだけれど、本人の性格もおおきな理由なのに。

 

 カオリは、レッドが自分から勇気を出して、母親に内緒で作った恋人と「旅に出たい」と言おうとしていると勘違いしている。

 

(この子がやっと自分からやりたいことを見つけたのよ。お母さんのわたしが、グリーンちゃんをしっかり見極めなくちゃ)

 

 そこまで間違っているとはいえないのだが、このまま声に出したところで誤解は解けそうになかった。

 たしかにお母さんの立場からすればあたりまえの疑問なのだし。

 

(ちがう……ふたりともぜったいに勘違いしてる……!)

 

 そのことに気づいているのはレッドとピカチュウだけだった。

 

 グリーンがどんな性格をしているかは、昨日、ギャラドス戦のあとに根掘り葉掘りと質問をされたから、あるていどの予想は立てられている。

 

 母親のカオリの性格はいうまでもない。

 レッドがこの世界に転生してきてから12年、ずっとそばにいて、ピカチュウよりも長い時間をともにすごしてきた。

 

 そう、レッドは転生者だ。

 

 現代日本で『ポケットモンスター』シリーズに親しんだことのある人ならわかっていただけると思うけれど、ポケモンと旅をしたいにきまっている。

 

 だけれども、こう考えたことがある人もいるとおもう。

 

「野生ポケモンや、悪いトレーナーに負けたらどうなるの?」

 

 カオリの言葉に、もの思いにふけっていたレッドは、びくりと震えた。

 

 昨日のギャラドス戦ほど危険なバトルはそうそうないが、ポケモン世界の旅には危険がつきものだ。

 悪の組織はどこにでもいるし、ダンジョンで手持ちすべてが力尽きることだってあるだろうし。

 

 運悪くポケモンの技が当たってしまうこともあるだろう。

 悪いトレーナーにわざと技を当てられてしまうかもしれない。

 

 負ければお金をとられるだけですまないことだってあるかも。

 

 カオリはそういう話をしている。

 母親として、とても当然の疑問だった。

 

 ギャラドス戦だって、ピカチュウが〝なみのり〟を覚えていなければ、巨石すらも砕く〝ハイドロカノン〟でトレーナーごと濁流に押し流されてしまっただろう。

 

 そうなれば命も危ない。

 

「いえ、こいつは、レッドは負けません」

 

 グリーンははっきりと告げた。

 

 彼は確信している。

 まだ成長しきっていないピカチュウ一匹で、ジムバッジをひとつももっていないトレーナーが、高レベルの凶悪なギャラドスを倒したのだ。

 

 それもラッキーなまぐれ勝ちではなく、相手の打つ手を読みきったうえで完封勝利した。

 

 幼いころからきびしいトレーニングを積んだエリートトレーナーにも、こんなことはそうそうできやしない。

 

 それを、こんなカントー地方の田舎に住む、修行をしたわけでもない少女がやってのけた。

 

(十年に一度の、いや、もっとすごい逸材だ)

 

 マサラタウンのなんてことのない女の子で終わらせるにはおしい。

 こんな才能を埋もれさせていいはずがない。

 

 ある種の使命感がグリーンをつきうごかしている。

 彼は一度、絶対的な実力差に敗北して、絶望して挫折した人間だ。

 

 レッドなら、勝てる。

 どこまでだっていける。

 

「信じられないわ」

 

 ぴしゃりとカオリがはねつける。

 

 レッドが思わず、ひゃ、とびっくりするほど強い口調で。

 

「どうしてですか? お母さんも、レッドのつよさはわかっているでしょう?」

 

 グリーンは一度みただけでレッドの実力を見抜いた。

 それほどまでに華麗で、鮮やかなバトルだったから。

 

 一度みただけでこうなのだから、親子としてずっと一緒にいた母親はもっと知っているはず、とグリーンは考えていた。

 

「いい、グリーンちゃん? この子はね──」

 

「お、おかあさん……」

 

「──ポケモンバトルなんて、したことないのよ。させる気もないわ」

 

 そんな、ばかな。

 グリーンはのどがつまり、その言葉を口にできなかった。

 

 これだけの才能が埋もれていたのには、理由があった。

 

 親だ。

 

 この世界で、子どもにお遊びレベルのポケモンバトルもさせない親は多くいる。

 そんな親にとってポケモンバトルは、「だいじな家族を戦わせるようなもの」と考えれば、気持ちはわかってもらえるとおもう。

 

 だけれど、ポケモンバトルはそれがすべてじゃない。

 

「……レッドのお母さん」

 

 グリーンは、ポケモンバトルで挫折した人間だ。

 つまり、一度は夢を追いかけた。

 ポケモンバトルの面白さは、楽しさは、喜びは、並みのトレーナーよりもずっとよくしっている。

 

「ぐ、グリーン……きょ、今日のとこは……」

 

 あうあうと困り果てたレッドが仲裁しようとするが、カオリもグリーンも引く様子がない。

 

「もしレッドがオレに勝てたら、どうします?」

 

 それしかない。

 あのレッドのバトルをみせれば、だれだって魅了できるはずだ。

 そして強さも伝わる。

 

「レッドがグリーンちゃんに? 無理に決まっているじゃない」

 

 グリーンはマサラタウンの有名人だ。

 あのオーキド博士の孫で、しかも将来を有望視されていたポケモントレーナー。

 カオリでさえグリーンのバトルをテレビごしに何度もみているから、その高い実力を理解している。

 

「こいつは勝ちます。絶対に」

 

 あまりにもグリーンが強く出るから、

「…………」

 カオリはレッドに視線をむける。

 

「な、なに……?」

 

 肝心のレッドといえば、椅子の上にちぢこまってちいさくなっていた。

 

(この子、いったいなにをやってきたの?)

 

 このごろレッドが外で遊んでいることはカオリもしっていたけれど、もしかしてポケモンバトルをやっていたのでは、とようやく気がついた。

 

 それだけでここまでグリーンは強く出ないだろうから、なにをやらかしたのかと考えをめぐらせる。

 

「オレが負けたら、レッドのいうことをひとつ、叶えてあげてください」

 

 旅に出してやれ、とはいわない。すぐに受け入れられるとは思えないからだ。

 だからまずはひとつ、いうことを叶えてもらう。

 それでレッドが「旅に出たい」といってくれれば、万々歳。

 

「いいわ。もちろん、この子にそんなことができればだけれど」

 

 ここまでグリーンに強く言われれば、カオリも興味がでてくる。

 なにもない田舎で話題や娯楽にもうえているのだし。

 

 なにかの気晴らしにはなる。

 

「え、えっと、あの……」

 

 バトルしていいの? そういいたそうに、レッドが母親をおそるおそるみあげる。

 

「ええ。一回だけよ」

 

「や、やった……!」

 

 レッドはバトルできる嬉しさから、おもわず人前でちいさくガッツポーズしてしまい、そのことに気づいて一瞬だけかたまり、すぐちいさくなってしまった。

 

「……はぁ……」

 

 グリーンはいまでも、このレッドの性格の変わりようについていけなかった。

 だけれど、あの戦い方をみせられれば、どんな言葉をつくすよりもずっと効果的だ。

 

 一度だけでも、レッドのポケモンバトルをみせつければ、それで充分。

 




▼ カオリ

 この世界線のレッドの母親。
 生まれも育ちもマサラタウンの、カントー地方ではあまり珍しくない田舎の母親のひとり。

 スポーツと同じで、子どもがポケモンバトルをやるのを応援する大人もいれば、怪我をするから危ないといって止める親もいる。

 このひとはそういった、子どもを心配する素朴な母親のひとりだ。

 なおとても綺麗でスタイルもよく、娘も将来はかなり有望で(メモはここで千切れている)

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