TSレッドは配信者   作:モーム

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御三家をどれにするかで何時間も悩む、あると思います。


「フシギダネって ふしぎだね?」 Part.1

 オーキド研究所がどこにあるか、人によって答えが違う時はある。

 マサラタウンの中にあるという人もいるし、マサラタウンの郊外にある森の中にあるという人もいる。

 

 どちらも正解で、だけれど両方ともすこし違っていた。

 

 マサラタウンの一角にあるのは、各地の研究機関との連絡や来賓をむかえるための建物で、そうおおきくはないけれど、郊外の一戸建てとしてどこにだしても恥ずかしくない建物。

 

 森の中にあるのは、オーキド博士がポケモンを研究するための本格的な研究所で、その立地からは考えられないほど先進的な設備が整い、いくつもの革新的な成果がここから生み出されてきた。

 

「……ふえー……」

 

 レッドも、森の中の研究所をはじめてみる。

 

 年に一度か二度はオーキド研究所がサマースクールなどを開き、一般の見学者にちょっとした講座をやることがあるけれど、それはマサラタウンの中にある建物で行われているから、ここに近づいたこともない。

 

 静かな場所で都会の喧騒と縁がないといえば聞こえはいいけれど、交通の便をはじめとして都会の研究所より不便だから、なぜ天文台でもないのにこんなところにあるか、みんな不思議がっている。

 

「さて、レッドくん」

 

 そんな研究所の門口に、オーキド博士のやさしい声がひびいた。

 ポケモンのタイプによる分類を提唱した、世界に名だたるポケモン研究の権威で、彼の名前を知らないポケモン関係者も、なにかの形で世話になったことのない関係者もいないといってもいいくらい。

 

 テレビでもおなじみの白衣と、動きやすいフィールドブーツ。

 

「ひゃい」

 

 レッドのがちがちに緊張した姿に、肩に乗ったピカチュウはため息をつく。

 いくらおとなしい時のレッドでもおかしな様子であるけれど、こればかりはどうしようもない。

 

 ちょっとした聖地巡礼と、テレビのむこうで何度となくみてきた有名人と話しているのだ。

 こうなると、緊張と高揚感でどうにかなってしまいそう。

 

「ほんとうなら10歳の誕生日にここへ来てもらう予定だったのじゃが、まぁ、2年くらいはヤドンのお昼寝みたいなものじゃ」

 

 マサラタウンにこどもがほとんどいないこと、また(グリーン)の紹介で人が来るなんてことは今までなかったことで、いつも以上に好々爺の色がつよくなっている。

 

 オーキド博士に招かれて研究所のおくへとすすめば、立派な研究室があった。

 

「……わぁ」

 

 いったいどれだけのポケモントレーナーが、こうしてポケモン研究所に招かれたいと夢にみたことだろう。

 カントー地方のマサラタウンに生まれ、オーキド博士から図鑑とポケモンをもらう。

 

 あこがれの場所に、あこがれのシチュエーションで立っていた。

 

 レッドが感慨にひたっていると、ピカチュウがあのほっぺたをうりうりと尻尾でおしこんできた。

 

「ご、ごめんよ……」

 

「ピカ」

 

 この相棒から目を離してはいけない、その決意をあらたにしたピカチュウだった。

 

「みほれるのはまだはやいぞ? まだまだ序の口じゃからな」

 

 レッドにはなにをやっているか見当もつかないほど複雑な数式、読み方すらわからない専門用語、はじめてみる文字で書かれた外国の本、用途の推測もできない精密機械。

 

 何人もの研究者があわただしく話して、机にかじりついて資料を読みこみ、モニターの忙しなく変わっていくデータとにらめっこしていた。

 

 わかるのは、すべて「ポケモン」のことを扱っている、ということだけ。

 

 知恵と知識の殿堂。

 オーキド研究所の心臓に、レッドはいる。

 

「……はぁ」

 

 おもわず涙ぐんでしまったレッドが、ハンカチでくしくしと涙をぬぐう。

 嬉しさと、あこがれと、いろんなものが胸のうちを渦巻いている。

 

「……?」

 

 視線を感じてレッドがまわりを見回してみれば、研究員らの見守るようなあたたかい視線がむけられている。

 

 作業の合間に片眉をあげてみただけの人もいれば、クリップボードの資料を読むふりをして様子をうかがっている人や、談笑しながら笑みをむける人に、レッドと視線があうと手を振ってくる人もいた。

 

 後輩がむかしの自分たちのように感慨にひたっているのを、先輩たちがなつかしむようにながめている。

 彼ら彼女らも、今のレッドとおなじような思いをして、夢を追いポケモン研究家になったのだ。

 

 後輩のレッドとしてはとても嬉しいけれど、すごく照れて顔が赤くなってしまう。

 

「どこにしまっておいたかのぉ。最近はマサラからトレーナーはでなかったから、必要がなくて取り出さなかったものじゃから……」

 

 最近とはいうけれど、ここ5年ではグリーンをふくめて3人だけだ。

 それでもグリーンは小学校にあがる前からもトレーナーとして活動していたから、このオーキド研究所から巣立っていったトレーナーはふたりだけということになる。

 

「はて……むかしはここに入れておいたのじゃが……」

 

 ここでもないそこでもない、とオーキド博士がいろんな棚をあけては閉め、引き出しをのぞいては閉めるけれど、なかなかみつかりそうにない。

 

(もしかして、すごく整頓が下手なの?)

 

 レッドもピカチュウと目をあわせて、そう疑わざるをえなかった。

 ほんとうにこの人が近代ポケモン研究を整理整頓して金字塔をうちたてた、あのオーキド博士なのか、と。

 

 近くで作業していた研究員がやってきて、

「博士、もう図鑑はないですよ」

 そういうと、ポケモンセンターの回復装置によくにた機械をゆびさす。

 

 ボールにおさめられたポケモンを調査するための機械だけれど、自然環境では実験しにくい状況でポケモンがどんな反応をするか確認するため、ボール内でいろんな状況を再現することができる。

 

 他にも、ポリゴンやロトムのような電子的なポケモンに、電話や図鑑の機能を増やせばどうなるか、など。

 

「へ? ああ、そうじゃったな」

 

 数年前まではずっとカントー図鑑は専用の機械だったから、どうもスマホロトムの図鑑機能にはうといらしい。

 いやーまいったまいった、オーキド博士はそういいながら機械をいじりにいった。

 

「……もう、電子辞書みたいな専用の図鑑はないんですか?」

 

 レッドはてっきり、そういう図鑑をもらえると思っていたからか、すこししょんぼりとしていた。

 専用の図鑑をかざして、ポケモンのデータを登録することで、リストを埋めていく喜び。

 やっぱりスマホロトムのアプリかなにかよりも、そういう専用の図巻でやってみたかった。

 

「そうじゃのぉ。むかしと違って今は、ポリゴンフォンにも入れることができるし、カントー地方は調査がすすんで、ああいうしっかりとした機械を使うチャンスはもうないのじゃよ」

 

 とくにカントー地方は図鑑が使われるようになった最初の地方で、オーキド博士や彼の協力者が精力的に活動していたこともあって、いまは特別に図鑑をつくるほどデータ収集にこまっていない。

 

「そう、ですか……」

 

 しょぼん、とレッドのアホ毛が元気をなくしてたれさがった。

 

「ピ?」

 

 ピカチュウと、いつのまにかジャケットのうちポケットから抜け出してきたスマホロトムは、どうしてレッドがしおれているか分からず、おたがいに顔をあわせる。

 

「それではレッドくん。どうして図鑑がひつようか、かんたんな授業の時間じゃ」

 

「ロトムちゃんはこっちにおいで。ジバコイルの電気はたべたことないでしょう?」

 

 スマホロトムに図鑑機能をダウンロードするあいだ、オーキド博士の授業。

 ロトムはといえば、カントー地方ではめずらしいジバコイルの電気をたべられる(というよりも、バッテリー充電)ときいて、おとなしくついていった。

 

「図鑑がひつような理由……ポケモンを調べるためじゃないんですか?」

 

 たしかゲームやアニメでは、そういう理由で図巻をもったトレーナーが送りだされていたような、とレッドが考える。

 

「それもある。じゃが今では、『ポケモンの能力や技の威力をトレーナーにおしえる』ことが第一じゃな」

 

 ポケモンの研究もだいぶすすんで、おおざっぱにポケモンの身長と体重、さらにはポケモンがつかう技のだいたいの威力まで基準が整備されている。

 とはいえ個体差もおおきいから、図鑑機能でわかるのは「おそらく、これくらい」まで。

 

 20年前にはもう、そういうことができるようになっていた。

 いまではおおよその値をその場で割り出すことも可能になっている。

 

「……むかしは研究の手助け。今はトレーナーのサポート?」

 

「そうなる。おおきく役割がかわっての、専用の図鑑をつくるよりも、ポリゴンフォンやスマホロトムによる補助がおもな仕事じゃ」

 

「でも、むかしは図鑑をもっていたトレーナーが、図鑑でポケモンのデータをとって、研究所におくっていたんでしょ?」

 

「むかしは、じゃな。手当たり次第になんでも情報がほしかったからの。いまは専門の研究員や、信用できるトレーナーの仕事になっているのじゃ」

 

 さまざまな地方でおおくのトレーナーたちによる総当たり的な調査は功を奏して、たくさんの貴重な研究材料があつまった。

 けれど、いつも貴重な機械をばらまいてそんなことができるわけではないし、みな素人だからミスもおおい。

 

「そうですか……」

 

 それでもレッドにとっては、目の前にたらされた好物のあまいりんごを、かじりつこうとした寸前に「やっぱりなし」とうばわれたような気分。

 

「さて、おつぎはポケモン……なんじゃが」

 

 いわゆる御三家とよばれるポケモンたちがいる。

 ポケモンというゲームをはじめてから、最初に相棒としてえらべる三匹のポケモンのこと。

 ゲームの顔ともいえるポケモンであり、冒険をともにしてふかく愛着がわくことから、ひとつの特別な枠にいれられるポケモンたち。

 

「なんじゃが?」

 

 どうもオーキド博士の歯切れがわるい。

 

「いつもなら、ヒトカゲ・ゼニガメ・フシギダネの3匹を用意してまっておる。おるのじゃが」

 

 初代御三家、もしくはカントー御三家ともよばれる、とても有名な3匹のポケモンたち。

 

「おるのじゃが?」

 

「2年前、きみのために用意したフシギダネがおるのじゃ。……おったのじゃが」

 

「……おったのじゃが?」

 

 ここにきて過去形で話しはじめた。

 雲行きがあやしい。

 

「……先月、にげられてしまったのじゃ」

 

 わずかな時間、レッドはオーキド博士のことばを理解できなかった。

 レッドがこくりと小首をかしげる姿は愛らしいけれど、数秒とたたずに、かたまったまま静かに瞳に涙をためはじめた。

 

 オーキド博士は、フシギダネが逃げたことを告げてから5秒後には、相棒を泣かされたと勘違いしたピカチュウ怒りの〝でんこうせっか〟により、研究所の床にしずむこととなる。

 




 次回、フシギダネ捕獲回。
 ヒトカゲはグリーンの手に渡り、ゼニガメはなんかこうあれですよ、ブルーとかいう泥棒猫が盗っていったんですよ。知らんけれど。

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