「……フッシー……」
旅にでたい、とフシギダネはおもった。
お気に入りの丘はよくわからない機械でおおきな塔をつくるためにつぶされて、仲間たちはトキワのもりの奥深くに消えていき、塔をつくった人間たちや手伝いのポケモンたちも、気がつくとただのひとりもいなくなった。
いまは屋上でひなたぼっこをしても、一緒にあざやかな花粉を飛ばして景色を彩らせる仲間たちもいないし、いたずらしてくるコラッタやポッポもどこにもいない。
「……ダネ……」
ここが草原ならば根を張って老いていくのもよかったかもしれない。
1匹でのんびりと野原に座りこみ陽光に瞳を細める。
わるくない生き方だ。
けれど、
「フッシー」
だれもいない
〝はっぱカッター〟で暇をつぶそうにも、この塔のてっぺんに的あてで狙えるようなものはなければ、下までつるをつかって降りていくのもひと苦労。
かといって
むかし、渡りのピジョットや風に運ばれてきたワタッコに、とおい土地の話を聞いたことがあった。
陽気がまぶしい常夏の島々、山頂から火を噴く山、想像もできないほどおおきな街。
いつか見てみたい。
この〝マサラのむら〟と森しかみえない塔の外へでて、旅をしてみたかった。
「ダネダネ」
けれどもフシギダネの生態に「たびをする」というものはない。
ポケモンの生息地がほとんど決まっているように、生息地をはなれて旅をする種族はすくなく、この場所から去っていったフシギバナたちも、このようによほどのことがなければ生息地をはなれることはなかっただろう。
一匹だけでは〝ひんし〟状態になればたすかる手だてはないから、そうなればトレーナーの手持ちになるくらいしか選択肢もないのだ。
「フシャー」
だけどもこんなところにまでくるトレーナーなんていないし、〝マサラのむら〟までおりていっても、エサをもらえるだけで捕まえてはくれなかった。
すこし前、といってもフシギバナの長老のいう「すこし前」だから、春を20回ほどさかのぼったころは、フシギダネはもっと旅にでやすかったらしい。
毎年フシギダネやフシギソウがこの丘にあつまってくると、どこからか不思議な白い服をきた老人がやってきて、今年からポケモントレーナーになるこどもの相棒にしたいと誘い、何匹かのフシギダネを説得してつれていったそうだ。
「ダネエ」
〝セキエイのやま〟で修行にはげむ仲間や、〝カロスのまてんろう〟で工事手伝いをやる仲間、〝ミアレのみやこ〟で花屋の用心棒をやる仲間。
1番道路出身のピジョットがいろんな仲間の近況をとどけてくれた。
丘の仲間たちで若いものたちはかれらのうわさ話ばかりを気にかけて、いつかは自分もと夢をふくらませたものだった。
「……フッシー」
旅にでたい、とフシギダネはおもった。
急なおもいつきではなく、ずっと胸にひめてきた、ひそかな夢。
いつかは、と思う。
いつになるかはわからないけれど、いつかはかなえたい。
そんな淡い夢。
フシギダネのうしろ、
「おお、ほんとうにフシギダネがのこっておったとはのう」
優しくあたたかい老人の声が、フシギダネの耳朶をうつ。
聞いているとおちついて眠たくなってきそうな、とてもおだやかな声色だった。
「フッシー?」
ぴしゃり、とフシギダネが〝つるのムチ〟でコンクリートをうち、威嚇しながらためつすがめつ老人を眺める。
彼の特徴は、むかしフシギバナの長老に聞いた「不思議な白い服をきた老人」とよくにていた。
「そこのきみ」
老人は威嚇するフシギダネのふところに一瞬でもぐりこみ、たやすく抱きあげてしまう。
「ダネ!?」
あまりのすばやさにフシギダネは〝つるのムチ〟で払うことも〝はっぱカッター〟でおどかすこともできなかった。
フシギダネはまるで赤子のように抱きあげられてどうすることもできず、あわあわと前足と後ろ脚を空中でばたつかせている。
老人はこどももかくやのきらきらと輝く瞳で興味津々にフシギダネを見つめ、じっくりと観察している。
あふれんばかりの旺盛な好奇心が、いまにも爆発しそう。
「マサラタウンのトレーナーと、旅をしてみないかね?」
淡い夢が叶うときがきた。
ずっと胸に秘めてだれにも話したことのない夢が。
もう無理なものだとあきらめて、なんどもなんどもため息をこぼしてきた夢を。
けれどもそれは2年がたっても叶うことなく、裏切られたと感じたフシギダネは、研究所から脱走することとなる。
「フッシー!」
フシギダネが〝つるのムチ〟でコンクリートをうち、レッドを威嚇する。
ひとなつっこい種族ではあるけれど、彼は一度人間に裏切られたと思っているから、今は狂暴なポケモンと変わりない。
レッドが近づこうとするものなら、すぐにこうげきしてくるだろう。
今でさえ、ちいさな八重歯をむきだしにしてうなっているのだ。
「ゴースと、フシギダネ……」
レッドは前をフシギダネに、後ろをゴースに囲まれている。
ピカチュウ以外にほとんど手持ちはなく、二匹ともこの少女に敵意をもっていた。
大ピンチ。
フシギダネはかつて人に捕獲されたポケモンだけれど、こうして脱走するほど気性が荒くなっていた。
でも、まだやれることがある。
「きみが、オーキド研究所のフシギダネ」
レッドがやさしく話しかける。
何年も前に、オーキド博士がこのフシギダネへしたように。
「フシャーッ!」
フシギダネが〝つるのムチ〟で威嚇する。
しなやかなムチは鋭い音をたててコンクリートの破片を飛ばすほど。
これでひとの体をたたかれたら、骨の一本二本は折れてしまいそう。
「待たせてごめん」
それでも気にせず、レッドがフシギダネに近づく。
ここまでやってくる間に、彼にどんなことばをかけようかと考えていた。
「ダネ……!」
フシギダネの〝はっぱカッター〟の鋭い刃がレッドのほおをなでる。
日の出よりも赤い血が帯のようにながれた。
あついものがほおをながれていく感触に、少女がこぶしをにぎりしめた。
「ほんとうは、ずっと前に君を迎えているはずだったんだ」
けれど、ダメだった。
幼いこどもにはどうしようもない理由と、親としてまっとうな理由が重なって、フシギダネと旅にでることはできなかった。
後悔と罪悪感にさいなまれて胸が張り裂けそうになりながら、レッドが歩をすすめる。
背筋をのばして、一歩一歩。
「フッシー!」
まだ近づいてくるレッドに八重歯をむきだしにして脅すけれど、彼女はまだとまらない。
「やっと夢が叶うはずだったのに、ぼくが裏切ったんだ」
だれかが悪いわけでもなければ、悪意があって今の状況になったわけでもないけれど、オーキド研究所でフシギダネの詳しい話を聞いてから、ひと言でも謝りたかった。
ほおをながれる赤い血が黒いインナーをぬらす。
「ダ、ダネ……」
適当に追い払おうとしたのに、この人間はどんどん押しよせてきて、フシギダネはたじろいだ。
やっと諦めがついて、忘れようとしていた夢を、この人間は思い出させてくる。
また夢をみてもいいのだと、そう思わせてきた。
「トレーナーが、ぼくでよかったら」
んぐ、と思わず喉がつまってしまいながら、声を震わせる。
断られたらどうしよう。そう考えるだけでレッドは泣きそうになる。
ただでさえ配信かバトルしていない時は臆病な小心者だというのに、なけなしの勇気をふりしぼった。
この世界に生まれてからずっと、いつかはと夢見た旅の第一歩が、フシギダネが、目の前にいる。
「……!」
そのフシギダネはといえば、彼も瞳に涙をたたえていた。
オーキド博士に聞いていた女の子が目の前にいるのだ。
この子と旅にでるのじゃぞと教わっていた女の子が、待たせてしまったことを謝りながら、また夢をみようと誘っている。
これ以上この子にしゃべらせてはいけない、とフシギダネが泣きそうなほどぐちゃぐちゃになった頭で考えた。
「一緒に、旅をしよう!」
レッドが小柄な身と喉をふるわせ、こぶしを握り締めて叫ぶ。
ちいさな体で、おおきな夢を。
涙声で叫んだことばがひびき、フシギダネの耳朶と心を打った。
フシギダネが〝はっぱカッター〟を放つ。
山なりの曲線を描いた鋭い刃がレッドの首にかかった。
さくりと薄皮をそいだ刃はレッドの背後へ飛んでいき、
「shaaaaaaaaa!!!!!!!」
うしろからトレーナーを狙っていたゴースのガスの体をちらした。
無理にひなたへでて消耗したゴースは〝はっぱカッター〟で気体をまきちらかされ、たまらず
「フシギダネ……?」
レッドが肩越しに逃げ去るゴースをみてから、フシギダネにむきなおる。
そこには、自分に負けず劣らず涙目のちいさなくさポケモンがいた。
自分が母親に「旅にでたい」と叫んだ時とおなじくらい、ほとんど泣いてちいさな体をふるふると震わせ、けれども精いっぱいの勇気をふりしぼっている。
「フッシー」
フシギダネはつるをのばし、レッドに差し出す。
おそるおそるといった様子で、彼女を信じたいけれど、はねのけられることを恐れている。
だから。
「行こう、フシギダネ」
しっかりと握手した。
本人(と本ポケモン)たちは力強くにぎっているつもりでも、ふたりとも泣きそうになっているからほとんど力は入っておらず、くさポケモンのつると人間の手だからうまく握手できてもいない。
けれども、本人(と本ポケモン)たちはそれで十分だった。
たがいに一度は夢をあきらめ、そしてふたたび歩みだそうとしているものたち。
もうことばはいらない。
目をみて、手をにぎって、それで十分。
「やれるね?」
「ダネ!」
なにもモンスターボールで捕まえなければいけない理由はない。
古代神代のトレーナーたちは、モンスターボールもなくポケモンと暮らしていたのだ。
レッドとフシギダネは、すでにトレーナーと手持ちポケモンといって問題ないだろう。
(〝はっぱカッター〟と〝つるのムチ〟はみた。まだレベルが低いし、ほかにつかえる技はないかも)
トレーナーとしての本能から、無意識のうちにレッドが手札をかんがえる。
おそらく〝やどりぎのタネ〟もおぼえているだろうけれど、耐久にすぐれたポケモンや交代できる状況ならともかく、フシギダネの一手をつぶすほどの技ではない。
スマホロトムの図鑑機能をつかっても、フシギダネはゴースに対してほかにつかえそうな技をおぼえていなかった。
「こっちがちょっと有利、かな」
ピカチュウのこうげきでゴースのヒットポイントはけずれているはずだけれど、フシギダネがどこまでやれるかもわからないから、まだまだ油断できない。
「shaaaa……」
「フッシー……!」
ゴースはペントハウスの日影から牙をむきだしにして、どうやってこの即席コンビをなぶってやろうか舌なめずり。
フシギダネはざわざわと背中のタネとムチをざわめかせ、レッドの指示があればすぐにでも技を繰り出せるようにしている。
夢にまでみた、トレーナーの指示をうけてのバトル。
このフシギダネが高揚しない理由がない。
「sha!」
先手をゴースがとった。
〝ふいうち〟
目にみえないほど薄めていたガスをかきあつめ、にぎりこぶしの形にして、フシギダネのあごを打ちあげる。
「ダ、ダネ……!?」
あごへの衝撃で脳裏に星をちらしたフシギダネが頭をふって正気をとりもどす。
どこまでやれるか分からない状況で、先手をとられたのは痛い。
けれど、まだ巻き返せないわけでもなかった。
「〝はっぱカッター〟!」
レッドがペントハウスを指さし、フシギダネに指示。
指し示されたままに鋭い草の刃をとばし、コンクリートを斬りさく。
いくつものブロックに切り分けられたペントハウスはたやすく崩れおち、ゴースの本体を押しつぶそうとする。
「shaaaaaaaaaaaaaaa!?!?!?」
落ちてきたひとつのブロックになぐりつけられたゴースは悲鳴をあげて、太陽のしたにとびだして難をのがれ、じりじりと照りつける陽光に顔をしかめながら、フシギダネとそのトレーナーを狙おうとする。
「〝つるのムチ〟!」
日光に目がなれず瞳を細めるゴースがたじろいでいるうちに、たたみかける。
細くともしなやかで長いムチがはためき、ゴースの本体を叩き落とそうとした。
けれど、
「shaッ」
ゴースは危険を察知してガスの体をうすめて姿を消す。
「……っ」
ゴースが消えて、びくりとレッドがたじろぐ。
これで背後から襲われてから10分とたっておらず、生々しい恐怖が背筋をなめあげる。
これで3回目だ。
ここまで多用するということはよほど自信があるのだろう。
そして、どれだけ有効であるかは、レッドとピカチュウがその身をもっておもいしっていた。
「フシギダネ、ぼくにむけて〝はっぱカッター〟だ」
だけれど、これで3回目だ。
そこまでされれば、次にどうでてくるかわかる。
「フシャ……!?」
けれどもフシギダネはどういうわけか納得がいかない。
自分を狙えという指示を聞けるほどの信頼関係を、まだつくれていないのだ。
「信じて」
だから、しっかりとフシギダネの目をレッドが見つめ、怖くてにぎったこぶしを震わせながら、優しく言い聞かせた。
「──フッシー!」
フシギダネの〝はっぱカッター〟が飛ぶ。
ついさっき彼が斬りさいたレッドの首とほおの傷からはまだ鮮血がだくだくと流れていた。
「────ッ」
刃が首にとどく寸前に、レッドがすばやく横にとびのく。
レッドを狙っていた草の刃は虚空を切り、
「shaaaaaaaaaaa!?!?!?」
ガスをあつめて本体をあらわにしたゴースを切り刻む。
背後から〝おどろかす〟でレッドを仕留めようとしたゴースの思惑はトレーナーに見透かされ、罠にはめようとして策に溺れた。
「フシ、ギダネ、〝つるのムチ〟」
受け身をとれずしたたかに体をうったレッドが、喉をつっかえさせながら命じた。
「ダネッ!」
〝つるのムチ〟が宙をなめるようにひるがえり、よくしなったムチがゴースの本体をとらえる。
「shaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!」
なにかが砕けるような音を響かせ、あまりの衝撃に目を回したゴースがコンクリートの床を何度かはねて屋上から落ちていった。
これであのゴースも、しばらくは過激ないたずらをつつしむことだろう。
ゴースがおとなしくなれば、このバトルタワーの廃墟ものどかなロケーションになるかも。
「はぁ……」
はりつめた緊張がとけたレッドが、ぺたんと女の子座り。
あほ毛もこころなしか垂れ下がっており、とても疲れた様子。
肩はずっしりとおもく、全身から力がぬけた。
赤いジャケットや黒いインナーもぼろぼろで、真っ赤な帽子もピカチュウの電撃ですこし焦げている。
空をあおげばうっすらと夕焼けの気配が山のむこうにみえ、郷愁が胸の奥に忍びよる。
「フッシー」
そんなレッドの肩に、フシギダネがつるでそっとふれた。
なにかを欲しがって、物欲しそうにレッドをみあげている。
「……ぼくと、仲間になってくれますか?」
レッドが赤いジャケットのうちポケットから、予備のモンスターボールをとりだした。
ウェストバッグにいれておいた10個のモンスターボール(とおまけのプレミアボールが1個)とは別にもっていたもの。
フシギダネのヒットポイントはまだまだ
普通にポケモンをつかまえるなら、バトルでもっと弱らせて、動けなくなったところにボールを投げるのが一般的なセオリー。
しかし、ポケモンをつかまえる方法はそれだけじゃない。
レッドがモンスターボールを差し出す。
「フシャー」
フシギダネがこくりとうなずいた。
短い前足をもちあげて、モンスターボールのスイッチを押す。
ボールに吸い込まれたフシギダネはあばれることもなく、かち、かち、とモンスターボールは音を立てるけれど、普通にポケモンをバトルでつかまえる時とちがって、中のポケモンが抵抗していることを示すボールの回転はなかった。
ボールが完全に密閉された硬質な音がひびく。
捕獲、成功。
はじめて少女が自分でポケモンをつかまえた。
ほんとうならだれかの手で捕獲され、手渡されるはずだったポケモンを、自分の手で。
初勝利を刻んだバトルとおなじくらい、なにものにも代えがたい貴重な経験。
「これから、よろしくね」
レッドが持ち上げたボールの中をのぞきこめば、フシギダネが鳴声を発して答えた。
フシギダネ捕獲編はここまでとなります。
お読みいただきありがとうございました。
TSレッドを読み返していたら、日間ランキング一位にのったお礼を忘れていたことに気づきました。
これもひとえに、皆様にご支援とお力添えいただきましたおかげです。
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次回はニビジム編の予定となっております。
それでは、よろしくお願いいたします。