SaGa Frontier2 レーテ侯伝   作:水城悠理

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私はレーテ侯が幼少のみぎりにお仕えしたが、あの方は堂々と城を抜け出してしまう。
最初の失踪の時はすわ誘拐かと騒がれ、無事発見されたときに理由を訊ねると「ちょっと外の空気を吸いに」だった。
私を含めて、王城の近衛も侯を見つけることができなかったので特別な叱責を受けることはなかった。
これが続くにつれて、人々はまたかと、騒ぐことも少なくなった。
ある時、侯にどうやって我々を撒いたのですかと訪ねると、『君達はアニマを信頼しすぎている』という答えしか返ってこなかった。
当時の私には侯の仰ることが理解できていなかった。

「ノール年代記」サンド伯ジョルジュの記述より抜粋


1227年 王子の出奔

サンダイル歴1227年

 

 

写真など無い時代、貴族や商人など裕福な家では記念として絵を残すことが習わしだった。ここサンダイルでもそれに変わりはない。

 

今日は先月生まれたマリーの出産を記念して、フィニー王家は朝から休みを取りながら家族6人でモデルになっていた。

 

「記念とはいえ、これだけの人数を描かなければならないとは画家の人も大変だ」

 

ギュスターヴ12世にとって4番目にして初の女子であるマリーの誕生は、公人としても私人としても大いに彼を喜ばせた。

 

長男であるギュスターヴがフィニー王家、次男であるジャンが妻の実家であるノール侯家を継ぐのがほぼ確定しているが、三男のフィリップは国内に領地を与えるか、どこかに養子、または婿養子として送り込まなければならない。

 

その点娘であるマリーは条件の良いところに嫁がせればいいという気分的には些か楽な立場だった。将来は、母親であるソフィーに似ればさぞ美人になるだろうと期待でき、父親としても鼻が高い。

 

「ところで、ジャン。お前はまた城を抜け出したそうだが、場内の警備に問題があるということか」

 

次男のジャンは、ギュスターヴ12世にとって悩みの種であった。品行方正な兄ギュスターヴに比べて、その弟はとにかく落ち着きがない。本の虫であり、芸術に関心があるので内向きかといえばそうではなく、度々城を出て、周囲のものの顔を青くしている。

 

「秘密です。それに危険な場所だと思ったらきちんとジョルジュに同伴してもらいます」

 

ジャンの側付きであるジョルジュは、将来のノール侯であるジャンのためにノールから派遣されてきた騎士の一人で、彼の父はノールの重鎮であるサンド伯である。側付きの中では17と一番若いが、腕は確かなのでジャンが外出する際は同伴することが多い。

 

「そうか・・・お前が街を見て平民の暮らしがどのようであるかを知る機会があることはいいことだと私は思う。ジョルジュには苦労をかけるがな」

 

「確かに色々と困る方ではございますが、仕え甲斐のある方ですので」

 

フィニー王であるギュスターヴ12世とノール侯ソフィーの婚姻によって、息子であるギュスターヴ13世を両方の統治者にすることも考えたが、双子であった為にギュスターヴにフィニー王家を継がせるべく譜代の家臣を、ジャンにはノール侯国から来た家臣を付けていた。

 

ノールの家臣団は、同君連合となった形式的には妻であるソフィーの配下である。譜代の家臣と外様の家臣をフィニーをという一つの枠に入れるのは息子たちの世代の課題になるだろう。

 

できれば自分が生きている間にオートを降し、その圧力を持ってシュッドを降したいものだが息子が初陣を飾る頃までは内政に務めるべきだろうと考えていた。

 

 

 

「ジャン君、君が才能があるのは分かりますがあまり悪用して欲しくないのですが」

 

「ちょっとしたイタズラです。アニマをコントロールをしてちょっと認識をずらす程度のかわいいものじゃないですか」

 

サンダイルの人間は他者を見るとき、目で視認しているとともに、アニマで相手を確認している。ここでいうアニマは気配みたいなものだが、サンダイルの人間はアニマをもって他者を識別することが常識であり、術不能者でもアニマは持っているので人は術不能者を認識できるが、逆に術不能者は一般人を目視でしか認識をすることができない。これは日常生活はともかく、戦場などでは致命的であり、盾ぐらいにしか使えないといわれる所以だった。

 

では、ジャンがどうやって王城から抜け出しているかというと、アニマを周囲に溶け込ませて認識しないレベルまで気薄にしているのである。ジャンの知識にあるサソリの技術の真似事だが、相性が良かったのかサソリもどき程度には使えるようになっていた。もちろん分かる人間には分かるもので、教師であるシルマールには認識されていたし、かくれんぼをしても兄であるギュスターヴには簡単に見つかってしまう。

 

「それで、ジャン君は何をしてるんですか?」

 

「今お店ではどんなものを扱っているのかとか、各地からの特産品の値段とかですね。そういえばツールって大抵がナ国からの輸入なんですが、どうして自国で大々的に開発しないのでしょうか?」

 

「確かに制作に簡単なものは自国で開発していると思いますが、機構が複雑なものは技術先進国であるナが圧倒的だからです。実物から解析しようとしても難しいですからね。ツール職人が徒弟制であることも大きいでしょう。ラウツホルプや夜の街では独自のツール制作技術も高いことは高いですが、生産量や地理的条件などで大量には捌けません。国土の4割が荒野や砂漠であるナ国にとって、ツールは国家事業でもあるのです」

 

「なるほど、ではフィニーからは麦などを輸出しているのですね」

 

「干物なども人気ですね。国土が広いので生魚を食べられる地域はそれほど多くありませんから」

 

「術で凍らせて運んだらどうですか?」

 

「南大陸は熱いところは本当に熱いので、それ専用のツールでも考えない限りコスト的に無理ですね。加えて街道の整備なども考えなければならないでしょう」

 

ここで交わされた話は当時のシルマールにとっては雑談程度の話だったが、ジャンにとっては金にも等しい情報だった。

 

兄は鉄という技術で根を張るなら自分はツールという技術で根を張る。ジャンと兄の直接的な関わりは7年しかないが、おそらく自分が同じ場所にいれば疎まれるだろう。

 

正直、シルマールの弟子という立場ならどこでも生きられるが、ギュスターヴと対立、あるいは彼の覇業に巻き込まれれば破滅しかない。ギュスターヴは王ではあるが政治家としては今一であり、義弟予定のケルヴィンは平時なら名君でいられるが、彼が本格的に政治の表舞台に立つのは非常時であり、生まれ持っての政治家であるカンタールに勝てるわけがない。おそらくフィリップは政治家になれると思うが、救えるのかどうか。

 

このように考えれば自分はナ国で力を蓄えて北方開発に向かうのがベストだろう。

 

「来月はファイアブランドの儀式大丈夫でしょうか」

 

「ギュスターヴ君ほどのアニマの持ち主なら大丈夫でしょう」

 

シルマールはギュスターヴが内包するアニマの巨大さを超感覚で認識していた。ジャンもそれを認めていたが、それは絶対に空けられない箱に入っているものだと諦念していた。

 

前者は儀式が失敗するなど思っていなかったが、後者は失敗することを前提に今後に想いを馳せるのだった。

 

 

 

ファイアブランド継承の失敗はその場にいた者を通じて翌日にはテルム全域に広がっていた。ギュスターヴと生母であるソフィーが王城から去ったのはそれから3日後のことである。まだ5歳のフィリップは突然の出来事に混乱していたが、ギュスターヴの双子の弟であるジャンは平静を保っていた。もっとも、ここ一ヶ月間は「外出」を控えていたが。

 

「お呼びでしょうか父上」

 

父であるギュスターヴ12世、そして先日継承に失敗したギュスターヴの弟であるジャンの2人だけが、虚空に浮かぶファイアブランドを納めた継承の間にいる。いつもは疲れなどを顔に見せない父王が、心労か心なし顔色が良くないとジャンは思った。

 

「私が言いたいことは分かるな」

 

「嫌です。剣は2年後にフィリップに継がせてください。私が成功すれば母上は戻ってこられますが、ギュスはどうするのです」

 

「命令だ」

 

「剣が拒絶しますよ。クヴェルに意志があるのか知りませんが破壊されたくないでしょう」

 

ジャンは笑いながら、ダムで調整していた水量を一気に解放するように、自分の中に抑えていたアニマを絞り出す。術法も使っていないにも関わらず空気が振動した。過剰なアニマに反応したのかファイアブランドが赤く輝き炎を吹き出す。それは容量以上に水を注がれた皮袋が破裂する光景に似ていた。

 

「止めよ!」

 

父親の声を聞くと同時にアニマの奔流は収まり、ファイアブランドは通常の状態に戻っていく。やがて継承の間は静けさを取り戻した。

 

「ジャン・・・お前は」

 

「私も母上とギュスターヴに付いていくとしましょう。そうですね母恋しさに出奔したとでもしてください。フィリップがフィニー王になるのなら、私はノール侯として戻りましょう」

 

ギュスターヴ12世が脳裏に浮かんだのは、ノールに支配されるメルシュマンという自分が望んでいない構図だった。

 

「…ギュスターヴに済まないと」

 

「分かりました」

 

ジャンは継承の間を後にすると、その場にはフィニー王の象徴であるクヴェルとその主だけが残された。ギュスターヴ12世は歴史に取り残される自分を幻視し、それを否定するように首を振った。

 

 

 

「フィリップ」

 

今日も大好きな母と兄は帰ってこない。何かあったのだろうと心配する日々のフィリップの部屋をもう一人の兄であるジャンが訪れたのは夕暮れ時だった。

 

「ジャン兄様」

 

「いいかフィリップ、俺とギュス、母上はちょっと遠くの国に行かなければならなくなった。兄としてマリーのことを守ってやれよ」

 

「どうしてですか? ぼくも連れて行ってください」

 

「ダメだ。お前は跡取りとして立派に勉強しなさい。そうすればいつか母上やギュスと会えるから」

 

「本当に?」

 

「フィリップ、俺ができないことを言ったことがあったか?」

 

フィリップにとってギュスターヴは絵に描いたような立派な兄であるが、ジャンはどこか掴みようのない人だった。それでも街に遊びに行ってきた帰りにはおみやげをくれるし、何でも知っている子どもながらに自慢できる兄だった。だからジャンの言うことは信じられる。しかし彼と兄が再会するまで10年を費やすことをこの時のフィリップは予想もしなかった。

 

この約束はフィリップの人格形成に影響を与えると共に、ジャンにしてみれば生きている内に弟達と母を会わせなければならない――歴史の流れを変えるきっかけでもあった。フィリップの部屋を出て自分の部屋に向かうと扉の前にジョルジュが正装で立っていた。3年くらいの主従であってもお互いに言いたいことぐらいはわかる。

 

「ジョルジュ、色々迷惑をかけて済まなかった。これからはフィリップを支えてくれ」

 

「畏まりました。我が君」

 

「俺は忠誠に値しないと思うよ」

 

「ですが、約束は守る方ですから。できるのであれば剣を交わすことがないように祈っております」

 

そしてジャンは用意していた鞄を部屋から持ち出し、部屋を後にした。騎士は全てを捨ててでも幼き主に仕えたいという願望を抑え、主が見えなくなってもなおその場から動かず、頭を垂れ続けた。

 

彼こそ主命に従って騎士としてノール侯フィリップ1世ならびにフィニー王フィリップ2世を仕え、メルシュマン史における歴史的一級資料として知られるノール年代記を残すサンド伯ジョルジュである。

 

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