どうやら俺には興味がないはずだが、何故か俺のところへやって来る。
なんでだ?
ある日、俺たちの長年に及ぶ幼馴染の関係は崩れた。
七月を迎えようとする今、青一色の空から降り注ぐ太陽の光は、本格的な夏がやってきたことを実感させてくれるくらいに強い。うっすらと汗も滲む。
そんな昼下がり、俺、仰木一功、は自宅で一人ゴロゴロしていると、突然インターホンが鳴った。しかも、連打しやがってる。マジでうるせぇ……。
俺はゆっくりと立ち上がり、玄関へ向かう。こんな迷惑極まりないことをしてくる奴は、あいつだけだった。
「そこにいるのは分かってるぞ、良佳」
ドアを開けると、案の定そこにはやはり見慣れた茶髪ポニーテールな美少女の幼馴染がいた。
宝石のようなエメラルドグリーンの瞳。陶器のように白い肌。やや幼さが残るが整った顔立ち。モデルと言わんばかりのスタイル。そして、その溢れんばかりの生命力を感じる元気な雰囲気。
そいつは俺が玄関から出てきた瞬間、にひひっと顔を綻ばせる。嬉しそうに目を細める表情は、まるで無邪気な子供のようだ。イラッとしていた気分も、その顔をみると毒気をぬかれたようにしぼんでいく。
俺はわざとらしくため息を吐いて、目の前の幼馴染、楠木良佳、に声をかけた。
「インターホンを連打するのはやめてくれって、何度も言ってるだろ?」
「えー、でもかずちゃんしか今日はいないでしょ♪」
「あのな、俺だけだったら連打していいのかよ」
「YES、マム!」
そう言っておどけながら、勝手に家の中に入っていく良佳。なんかむかつくし、母親じゃねぇし。
「待て。お前今日梅田とデートじゃなかったか?」
「うん」
良佳は俺の問いにあっけらかんと答える。俺は嫌な予感、もといほぼ確信を持ちつつも、一応聞いておくことにした。
「じゃあ、なんでこんな早く帰ってきてんだよ」
「んー? つまんなかったから!」
その明確な理由に、俺は肩を落とす。……これで何度目だ。
俺の幼馴染はモテる。良佳の美少女っぷりは小中と学校中を轟かせており、それは今の高校でも同じだった。
スポーツ万能だし、誰に対しても気兼ねなく平等に接するし、ノリはよくて優しいし、笑った顔なんかはもう太陽みたいにまぶしい……という評判だ。
実際は結構テキトーでマイペースなやつなんだけども。
まあ、モテることには変わりないので、告白された数も凄い。先輩、同級生、後輩、果てには違う学校の生徒から告白されたことだってある。勿論、それだけアタックされれば、彼女も彼氏を作らないわけがない。
しかし、なぜか彼女は長続きしなかった。冷める理由も大雑把で、相手が可哀想になるくらいだ。
俺たちは一緒にリビングに入ると、良佳はいつも座っている椅子に腰掛ける。
「昼飯も食わずに別れてきたのかよ」
「うん」
「すげぇな。逆に感心するわ」
「だって、いきなりカラオケだよ? しかも、下手くそなラブソングを延々と聞かされたからね……」
「それは……、おつ……」
「なになに、元ライオンズの投手?」
「こりゃまたずいぶんマニアックな」
「マニアック言うな!まぁ、梅田くんとはもう別れるつもりだし」
笑いながらひとしきり語ると、真っすぐな眼差しで俺を見つめてきた。……ってこいつまさか。
「そんなことより今日のお昼! 今日のお昼はなに~?」
そう言って目をキラキラ輝かせて、前のめりに聞いてくる良佳。
「なんで俺が作ることが確定してるんだよ。自分の家で食えよ」
正直、ご飯を作るのがだるい。
「だって今日はお母さんに、お昼いらないからって言っちゃったし。いいじゃん」
自分の服の裾をギュッと掴む良佳。こいつが服の裾をギュッと掴んだ時は、なにを言っても言うことを聞かない。
小学生の時にいじめっこを注意して、喧嘩にまで発展した時から、最近だと捨てられていた子猫を飼いたいと親にお願いしていた時まで。
こいつは自分がしたいと思ったら、それを実現するためになんでもするやつだ。それがいい時に作用する時もあれば、悪いことに作用する時もあるけど。
「分かったよ。作ればいいんだろ、作れば。……じゃあ、そうだな」
彼女が目を輝かせながら身を乗り出し、俺の一言を待っている。
「ピーマンがあるからチンジャオロースにでもしようかな」
「うげぇ……」
さっきまで目を輝かせていた良佳が、苦虫を噛み潰したような表情になる。こいつピーマン嫌いだからな……。だからわざと言ったんだけど。
「別に食べなくてもいいぞ。今日はやめとくか?」
俺がそういうと、良佳は頭を抱える。
「……分かったわよ」
顔をあげた良佳は口を尖らせながらも、渋々といった感じでOKする。まさか嫌いなものでも食おうとするとは思わなかった。
ちょっと嬉しい。やっぱりチンジャオロースはやめてあげるか。
「冗談だ。肉を使った料理を作る。ピーマンは入れないでおいてやる」
「ほんとっ!? やったー!!」
良佳は椅子から立ち上がって、バンザーイ! と言いながら、両手を広げて何度も上げ下げする。
「わーい! かずちゃんの料理美味しいんだよね~。いやあ~、かずちゃん大好き~! 愛してる~!!」
良佳の言葉に思わずドキッとしてしまう。
……待て待て、なに動揺してるんだ俺。調子のいいことを言ってきてるだけだろ。
平静に。冷静に。表情を崩すな。ニヤけそうになるな。
こいつにだけは悟られたくない。悟られたら、この関係が壊れてしまうから。だからバレるわけにはいかない。
俺が、楠木良佳を好きなことは。
いかんいかん。雑念を振り払うように、台所へと向かう。冷蔵庫をあされば牛、豚、鶏と一通りの肉はある。安い時に買い貯めをし、小分けにして冷凍してあるためそこは問題が無い。
そうして、冷凍庫から鶏の胸肉を取り出す。袋に入ったままレンジへ放り込んで解凍する間に、他の材料を探すべく野菜室などをあさっていく。肉だけでは少々寂しい。一応野菜も摂りたいところだし、そろそろ使っておきたいと思っていたパプリカを手にした。
俺が良佳を好きになったきっかけはない。覚えてないだけかもしれないが、気づけば好きになっていた。
ただこの恋心に気づいたのは、よく覚えている。初めて彼女に彼氏が出来たと報告された時だ。
幼稚園のころから今まで一緒で、いつも一緒にいて当たり前。俺はどこか慢心していたのかもしれない。きっとずっと俺はこの幼馴染とずっと一緒にいるんだ、と。
しかし、現実はそんなに甘くなかった。
中学、高校と上がっていくにつれて、綺麗になっていく彼女。そんな彼女から、断り続けた告白をついにOKした。と告げられた時、ボロボロと足元が崩れ落ちていく感覚がした。いつまでも俺の横にいると思ってた存在が、実はそうじゃなかった。
良佳ことを太陽みたいと評するやつがいるが、本当に的を射ていると思う。
だって、お前が俺の隣からいなくなると思った時、世界が闇に染まったかのように真っ暗になったから。
そして、そこで初めて気づく。その日の夜は人生の中で、一番泣いたと思う。
もう彼女とこれまでのように料理をつくってあげたり、一緒にゲームしたり、一緒に夜ふかししたり出来ないと悟った。
しかし、ここで誤算が生まれる。
なぜか良佳はこれまでと変わらない感じで、俺の家にきたり、彼氏とのデートよりも俺との約束を優先したりしてきたのだ。
俺はその変わらない態度に動揺する。勿論、流石に彼氏を優先したほうがいいとか。俺の家にくるのは良くないとか、何度も注意した。
「えー、でもかずちゃんと会えないのはやだよ。だって幼馴染だからね!」
けれど、彼女は最終的にそう平然と言ってのける。わけわからん。
彼女の言葉に思わず嬉しくなった。泣きたくなった。そして最後に、がっかりした。がっかりかーい。
良佳にとって俺は、いつまでたっても、どこまでも幼馴染で。それ以上でもそれ以下でもないと、そう言われた気がしたからだ。
そういう理由もあって、俺は良佳が彼氏と別れたあとでも告白することはなかった。
せめてこの関係性が崩れないよう、この思い、墓場まで持っていこう。幼馴染以外になれないなら、諦めてしまえばいい。
「いい香り♪」
良佳の声で我に返る。俺は肉を削ぎ切りにして、熱し薄く油を敷いたスキレットの上に置く。一緒にパプリカも入れて肉の表面が白くなる程度に焼くと、上に塩を振る。最後に白胡麻を多めに乗せて、小袋に入った香辛料を一つまみ振ってからトースターへ放り込んだ。
「こんなもんでいいかな」
焼かれていく肉とパプリカ。俺は火を止めて、鍋敷きを置いたテーブルの上へ乗せる。いい焼き加減になったそれを皿に盛り付ける。
「おーい、出来たぞー。……って、なんつーカッコしてんだおい」
振り返ると、鼻歌を歌いながら良佳はソファに寝そべって、スマホをいじっていた。かなりだらしない格好で、ちょっと下着が見えそうになっている。
俺は顔をそむけながら、小さくため息をつく。こういうところも、全然俺を男として意識してないからなんだろうなあ……。
あくまで幼馴染。だから気を遣わないし、遣う必要もない。別に気を遣ってくれなくてもいいけど、ここまで露骨だとちょっと傷つく。
……というかいい加減気づけよ。
「おい、聞いてるか? 昼飯出来たぞ」
「んにゃ? あ、出来た?」
良佳はバッと起き上がると、目を輝かせてこちらを見てくる。丼ぶりを。
「おう、出来たぞ。ほら、もってけ」
「わーい! かずちゃん愛してるー!」
「……ほんと、お前はこういう時だけ調子いいよなー」
「えー、そんなことないよー。かずちゃんだから調子がいいんだよー?」
「……なんだよ、それ」
「まあまあ。とりあえず、早く食べようよー! 冷めちゃう冷めちゃう~」
そう言って急かしてくる良佳。仕方ないので、俺は肉炒めを運んで、椅子に座る。すると、彼女はいつも座っている定位置ではなく、俺の隣に座りなおしてきた。
「おい。なんで隣にきた」
「んー? 気分かな」
「はあ?」
「今日はなんだかかずちゃんの隣で食べたい気分なの。別にいいでしょ?」
「……別にいいけどよ」
俺がそういうと、良佳はパアッと顔をほころばせる。
しかも、更に椅子をこちらに近づけてきた。おかげでお互いの肩がくっついてしまう。
「お、おい。なんだか近くないか?」
「んー。そうかもねー」
「わかってるなら離れろよ。食べにくいだろ?」
「そう? ……私は別にそうでもないけどなー。ダメ?」
「……勝手にしろ」
「やったー!」
そういうと良佳は、遠慮なく自分の肩を俺に押し付けてきた。彼女の柔らかい腕の感触に、思わず思考が乱されそうになる。
気にするな……! こんなのペットに懐かれてると思えば、可愛いもんだろ……! 今は食事に全集中だ。俺は無心で肉炒めをかきこんでいく。
うん……今日の肉炒めも中々の出来だ。むっちりした強い弾力のそれに歯を立てる。噛むことでジワリと漏れ出る肉の風味。それに潰されたことで立つ胡麻の香りと、舌を刺激する花山椒の風味がジワリと漂ってくる。
ふと、チラッと横にいる良佳を見る。彼女は満面の笑みで肉炒めを頬張っていた。
よかった。今回も口に合ったようだな。……なんて思っていると、ふいに良佳がスプーンをこちらに向けてきた。
「かずちゃん。はい、あーん」
「……なにやってんだ、お前」
「えー、わかるでしょー? 食べさせっこ!」
「いやいや、そういうのは違う食事を食べてるカップルがやることだろ。食ってんの同じ肉炒めだし、そもそも俺たちは」
「あー、もううるさいなあ。さっさと食べてよっ」
「もがっ!?」
強引にスプーンを口の中に入れられた。なすすべなく俺は良佳が食べていた牛丼を食べてしまう。
「……お前、危ないだろ」
「ごめんごめん。で、どう? 私のほうが美味しい?」
「……別に。同じだ」
嘘だ。
なんだか良佳からあーんしてもらった牛丼は、俺が無心で食べていた料理より美味しく感じた。
なんかほのかに甘い香りもしたし……、というか間接キスだし、これ。俺が顔が熱くなるのを感じていると、今度は良佳は口を大きく開いて「あーん」と迫ってきた。
こいつ……まさか……。
「俺にもやれってか?」
「うん。やってあげたのに、お返ししてくれないなんて平等じゃないでしょ?」
「まあ、それはそうだけどよ……」
流石に恥ずかしかった。というか、今日はどうしたんだ。いつもはこんな積極的に甘えてきたりしないのに……。
俺の心を乱さないで欲しい。そっとしておいて欲しい。
でも、良佳は本気のようだった。だって、服の裾をさっきよりも力強く握りしめていたからだ。
「はあ……分かったよ。やればいいんだろ?」
「わーい! かずちゃん太っ腹ー! ぶよぶよー!」
「ぶっとばすぞ。……ほら、いくぞ?」
俺は肉炒めをすくい上げると、彼女の桜色の唇に自分がさっき使っていたスプーンを近づけた。そしてゆっくりと彼女の口の中へ押し込んでいく。
なんだか不思議な気持ちだった。メンタル強すぎだろ。いや、このドキドキ感が幸せなんだろうけどさ。
「ど、どうだ? 美味いか?」
「……うんっ。普通!! わー!! 嘘ですごめんなさい美味しかったです!!」
俺がわざとらしく手を上にあげると、良佳はペコペコと頭をさげてきた。こいつ、ホント適当だよな……。まあ、そこが魅力だったりするんだけどさ。
「というか、なんでいきなりこんなこと提案してきたんだ?」
「んー……なんかね。梅田くんとのデートが酷過ぎてさ。ちょっとかずちゃん成分が欲しくなったんだよね」
「だからってな」
「えー、粘膜接触だなんて。流石むっつりスケベ大魔神」
「誰もそんなこと言ってねえ。むっつりじゃねえし」
「えー、でもさー。この前わたしの裸見た時興奮してたじゃーん」
「あ、あれは事故だって何回も言ってるだろ! つーか、興奮してねえよ!」
あれは事故だ。目を覚まそうと風呂場に向かったら、あいつが先に風呂に入ってたんだ。気づかなかったんだ。だから事故なんだ。
って何度も説明して、謝ってもこいつはニヤニヤと笑って聞き入れようとはしなかった。
あれ以来、よくこいつからこの件をからかわれるようになって辛い。
……ちなみに割と興奮しました。
出てるところはでてるし、すらっとした手足、腰のくびれとかが脳裏について離れない。もう小さいころの幼馴染の体のイメージとは、かなりかけ離れていて、衝撃でした。はい。
「えー、ひどーい! そこは興奮してよー!」
「するかよ。小さいころから何回裸見てると思ってんだ」
「この~。……こうなったらもう一回見せてやろうか!」
「おいやめろ! 脱ごうとするな! むっつりスケベ大魔神でいいから、落ち着け!」
日常のくだらないやりとりをして、時間は過ぎていく。うん。やっぱりこいつと食べる食事は、どんな高級なディナーよりも美味しくて、楽しいと思う。
やっぱり今の関係を崩したくないな。と強く思う昼下がりだった。
昼食を食べ終わり、俺は食器を洗っていると、ふいに良佳が声をかけてきた。
「ねー、美奈子から聞いたんだけどさー。かずちゃん、中西さんと別れるのー?」
「……おう」
女子の情報網怖っ!ちなみに中西さんとは俺の彼女のことである。幼馴染に彼氏が出来たあと、俺は彼女を作ることにした。この鬱屈した気持ちもどこかへ吹き飛ぶかもしれないと思って。
しかし、現実はそうじゃなかった。
他の女の子を知れば知るほど、良佳と比べてしまう。そのたびに、好きって気持ちがどんどん大きくなり、俺はどんどん泥沼へとハマって言ってしまった。
すると、そんな俺の気持ちを相手の女の子は察したようで、怒らせたり、悲しませてしまう。
ホントは私のこと好きじゃないんでしょ、とか。
良佳さんと一緒にいる時のほうが楽しそうだね、とか。
あんたは幼馴染と彼女どっちが大切なのよ、とか。
言われてきた数は数知れない。そして、長続きせずにすぐ別れてしまう。彼女たちと良佳を比べて、勝手に失望する。
うわの空でいると、突然後ろから柔らかくて、温かい感触がする。良佳が抱きついてきたのだ。思わずドクンと心臓が跳ね上がり、一瞬で顔が熱くなる。
「……なんだよいきなり」
「んー? いやー、彼女と別れて落ち込んでいるだろう君を慰めようと思ってねー」
上機嫌な声色でそう言って、さらに力強く抱きしめてくる良佳。
「ウソつけ。ただ面白がってるだけだろ」
「えー? ほんとだってぇ~。あー、いいにおい」
そう言って良佳は、俺の頭に顔をうずめて、匂いを嗅ぎ始めた。
「やめろ」
「やだー。かずちゃんいい匂いなんだもーん」
「いい匂いって……」
俺はガクッとずっこけそうになる。
「私この匂い好きだもん」
「はあ……勝手にしろ」
わざわざ邪険にする理由もなかった俺は、そのまま皿洗いを続行する。しかし、中々うまく洗えない。邪魔ということもあるが、手が震えてうまく動かせなかった。
俺はこんなに動揺してるのに……こいつはほんと……。なんだが深く考えると悲しくなってくるので、無心で皿を片付けていく。
そうして数分だったところで、俺は皿をすべて洗い終わった。
「お、洗い終わった?」
「おう」
「じゃあ、ゲームしよー!」
「分かったから、いい加減離れてくれ」
あんまりくっつかれると、ほんと色々と我慢できなくなりそうだ。
「やだね。ほらほら、かずちゃんの部屋に出発、進行! なすのおしんこー」
そう言って良佳は俺に抱きついたまま、俺を後ろから押し始める。てか、春日部の五歳児リアクション、要る?
きっと良佳の中では、俺は昔の幼いころと同じイメージなんだろう。だからこうやって恥ずかしげもなく、変わらぬ距離感でスキンシップをとってきているんだと思う。
やっぱり幼馴染はどこまでいっても幼馴染なんだな。そう実感して、俺は良佳に押されながら階段を登っていった。
「わー! 負けたー!!」
「よし。これで同点だ」
「もう一回! 次は勝つからー!」
俺たちは格闘ゲームで対戦していた。今のところ、10戦やって5勝5敗。全くの互角だった。
俺と良佳は昔からよくこうやって一緒にゲームをしている。そのため、互いのプレイスタイルやら、戦術、思考などは手にとるようにわかるのだ。なので、毎回どんなゲームで対戦してもいい勝負になる。
こいつとの勝負は単純に好きとか、そういう感情を抜きにしても楽しかった。次のバトルが始まると、不意に良佳が声をかけてくる。
「そーいえばさ。さっきSNSで、堀内先輩に告白されたんだけどさー」
彼女の言葉を聞いた瞬間、俺はちょっと手元が狂ってしまった。そのせいで良佳の攻撃をうまく防げず、必殺技をモロに食らってしまい、1セットを先取されてしまう。
「あらあら~? どうしました。らしくないですなぁ~」
「うっせ。いきなりそんなこと言われたら動揺するに決まってんだろ」
いつまで経ってもこの報告には慣れない。良佳は誰かにアプローチをかけられると、決まって俺に相談してくる。梅田の時もそうだったし。
その度、俺はその男がいいヤツかダメなやつか調べて、それを良佳に伝えている。気乗りはしないのだが、せめて理想の彼氏を見つけて幸せになって欲しいからな。
「へぇ~? なんで動揺してるのかなぁ~? ん~?」
良佳は俺の言葉を面白がって、ニヤニヤと問い詰めてくる。なんか適当に言って、ごまかさなければ。
「俺が彼女と別れたばっかなのに、お前がすぐそうやって彼氏作ったら焦るだろ、普通。正直、ちょっと悔しいし。負けたみたいで」
「……ふーん。あっそ」
「なんだその顔は。なんか言いたいことでもあんのか」
「別に。で、どうなの? 堀内先輩って」
俺は堀内先輩のことを思い出す。部活の先輩だからよく知っているつもりだ。
サッカー部のキャプテンとして周りから人望もあり、顔もイケメンで女子からモテる。かなりお世話にもなった。正直、彼なら良佳を任せてもいいと普通に思ってしまう。
「別にいいと思うぞ。かなり良い人だし、イケメンだしな」
あまり男子を褒めない俺がそう伝えると、良佳はやや沈んだ声になり、そのままお互い黙ってしまう。沈黙を破ったのは良佳からだった。
「ねえ……、そうやってさ、なんで毎回助けてくれるの?」
「え?」
「だっておかしいじゃん。なんで、私のためにわざわざ調べたりするの?」
良佳はそう言いながら、やけくそみたいに必殺技をうってくる。なんだからしくないな、と思いつつそれを必死にすべてガード。
「それは、あれだよ。お前に幸せになって欲しいからだよ」
「……ふぇ?」
ゲームに集中しすぎていたからか、俺は本来なら口にするはずもない、素直な気持ちをポロッとこぼしてしまっていた。やべぇと思う暇もなく、彼女の必殺技はまだ続いており、俺は必死にゲーム画面に集中する。
「腐っても、お前は俺にとって大切な人だからさ。お前のためだったらなんでもするよ」
そう言い切ったところで良佳の必殺技が出し終わる。すると、なぜか彼女のキャラは、ピタッと止まったまま動かなくなった。
これはチャンスだと思った俺は、一気に技を畳み掛けて瞬殺する。
「よっし! 第2ラウンドとったぞ! ん?」
そこで俺はさっき自分が言った言葉を、頭の中で繰り返す。
あれ、俺なんてさっき言った……?
お前に幸せになって欲しい?
お前のことが大切?
……やっば。口が滑っちまった。
すると、急に隣からぷっと吹き出す音がした。
「あっははは! な、なにそれ。私のことそんな風に思ってたんだ! く、苦しい……!」
横を向くと、そこにはそっぽを向きながら、腹を抱えている良佳がいた。
「わ、笑うなよ」
「ごめんごめんっ。でも、おかしくって……」
そうやって笑われること数十秒。落ち着いてきた良佳が口を開く。
「そっかぁ~。かずちゃんは私に幸せになって欲しいんだぁ♪」
「……そうだよ。悪いかよ」
「いんや。悪くないよ」
そうしてまた訪れる沈黙。第3ラウンドのゴングが鳴る。しかし、どちらのキャラも動くことはない。ただひたすらに、ゲームの軽快なBGMが部屋中に鳴り響く。良佳は未だにそっぽをむいたまま、腹を抱えて固まっていた。
「おい。いつまで腹抱えてんだ。もう3ラウンド目始まったぞ」
「ねえ……かずちゃん」
「なんだよ」
良佳は顔をぐるんと俺に向けてきた。これまで見たことのない、とても真剣な表情で。
「もしもの話だけどさ。20歳を超えてもお互い独り身だったら、……私を、幸せにしてくれる?」
その言葉に俺は固まる。それって、もしかしなくても……そういうことなんだろうか。
もしそうなんだとしたら、俺は。
「お前……。それって、もしかして」
「うん、具体的には月に20万は欲しいかな!」
俺の言葉を遮るように、良佳はおちゃらけた笑顔でそう言ってきた。……ジョークかよ。人の心を弄びやがって。
「やるかアホ。自分で稼げ」
「えー! 話が違うよー!」
口を尖らせて抗議してくるこいつを無視して、俺は無防備な良佳のキャラに必殺技を叩き込む。KOと画面に表示されたところで、良佳はおもむろに立ち上がった。
「あー、がっかりした。私トイレ行ってくるね」
がっかりしたのはこっちだ。なんて言葉を飲み込んで、俺は送り出す。
……それにしても、大笑いされた、か。
ちょっと、いや、結構ショックだな……。
俺がどれだけあいつの事を思ってたとしても、やっぱり俺は彼女にとって特別な存在にはなれそうにはない。
「はあ……、なんで俺はあいつと幼馴染なんだよ……」
そう一人こぼした愚痴は、誰の耳に届くことなく消えていった。
私は早足でトイレへ駆け込む。これ以上かずちゃんと一緒にいたら、きっと誤魔化しきれなくなるから。
さっきは思わず冗談をいってごまかしてしまったが、あの言葉は本心からだった。
「……かずちゃん。私の幸せを願うならね、サポートをして欲しいわけじゃないんだよ……」
私はそういってため息をつく。
私はまだまだ精神的にも子供で、ようやく一人でなんとか立てるようになっただけで、まだまだ独りでは歩いていけない。
……でも、かずちゃんは、どう思ってるんだろう。
そうして今日も二人はすれ違っていく。
そして、時は流れ、成人式を迎えた俺と良佳。
同窓会的な飲み会も終わり、二人して帰路につく。
「今日は楽しかったね!」
「ああ、久しぶりに皆と会えたしな」
「久しぶりって言っても卒業して二年ぶりじゃん。そんな久しぶりな感じしないよ」
「まあ、確かにそうだな」
がっしりホールドし続ける良佳を振りほどこうと、居心地悪そうに俺は何度も身体をよじるも、ニンマリした表情で離してくれない。
「……それにしても、結構みんな付き合ってたりしてる人多かったね」
「ああ、確かに。俺の友達も大学で、彼女作ったりしてたな」
「羨ましいよねー。私たちなんて全然恋人なんて出来ないもんねー」
あの後、良佳は堀内先輩の告白を振った。てっきり告白を受けるもんだと思っていたので、俺はかなり驚いた記憶がある。
それだけではない。あれだけ彼氏を作っていたのに、あれっきり作らなくなったのだ。
そして、俺も中西さんを最後に彼女を作ったりしなかった。別に良佳を意識してのことではない。ただ単に俺がモテないだけだった結果だ。
「お前は作らないだけだろ。なんでもう彼氏作らなくなったんだよ」
「えー、だって可哀想じゃん。私だけ先に進んじゃったら。それにかずちゃんのほうが一緒にいて気が楽だしね」
良佳が魅力的な笑顔で微笑む。そして、この幼馴染の関係は今も続いている。高校はずっと一緒のクラスで、卒業してからは、違う大学に進学したってのに。なんかここまで来ると笑えてくる。
それでも俺はこいつに告白することが出来なかった。この腐れ縁を壊してしまうことに怯えていたからだ。
「あー、そういえば中西さんなんだけどさー。堀内先輩とラブラブだったよね」
「ああ、アレは俺もびっくりしたな……」
「ちょっとムカつく」
「ムカつく言うな」
「でも……幸せそうだったなあ……」
空を見上げ、どこか遠い目をする良佳。
「ねぇ、かずちゃん。あの時の約束覚えてる?」
「ん?」
「20歳になってもさ……幸せになってなかったら、私を幸せにして欲しいって」
「……あったなそんなこと」
「あれさ……、あの時は恥ずかしくて誤魔化しちゃってけどさ。……実は本気だったんだよね」
「……え?」
「いい加減こんなところでうじうじしてたら、なにも始まらないって」
そう言って良佳はピタリと足を止めた。寒風が絶え間なく吹き抜ける。
「ね。かずちゃん」
「……おう」
「私たち、独り身だよね」
「そうだな」
「いい加減さ。私たちもみんなみたいに幸せになってもいいと、思わない?」
どういう意味だ? と聞き返す前に、良佳は口を開く。
「かずちゃん。私は、かずちゃんのことが、好き。幼馴染として、じゃなくて、一人の男性として……好き」
震える声で。途切れ途切れになりながら。必死に言葉を紡ぐ。
「こんな……大雑把で、だらしなくて、自分勝手な女だけど……。ずっと……おばあちゃんになっても、かずちゃんと特別になりたい」
そう言って良佳は頭を下げ、手を伸ばしてくる。
「だから……付き合って、下さい」
霞む景色。鳴り響く鼓動。震える手足。彼女の言葉を理解するのに、数十秒かかってしまう。脳みそがうまく働かない……。
俺は良佳の手を取り、ゆっくりと深く深呼吸する。
「……俺も、好きだ」
「……え」
「気が狂いそうな位に好きだ。お前に彼氏が出来た時、死ぬほど泣いたくらいに好きだ。お前が彼氏と別れた時、踊りそうになるくらいには好きだ」
そう言って俺は話を続ける。
「こんな幼馴染でよければ。お前を幸せにしたい。いや、してみせる」
「そ、それって……」
「ああ、付き合う……いや、結婚を前提に付き合おう」
俺がそういうと、ぽろりと良佳の瞳から涙が溢れた。
嗚咽を漏らしながら顔を覆う彼女を、俺は優しく抱きしめ、頭をなでた。
「……これって夢じゃないよね……? ほんとにかずちゃん、私のことが好きなんだよね……?」
「ああ好きだ」
「幼馴染としてじゃないよね……? ほんとうに好きなんだよね?」
「ああ……」
「嬉しい……」
寒い冬の風が吹く中、俺たちはひたすらに泣いて、抱き合って、お互いを温めあった。
そうして俺は後ろを振り返り、良佳を見つめる。万に一つ、良佳と一緒になったのを後悔する日がいつか訪れるかもしれない。
でも、そんな日は来なくていい。
夜も深まり、この場所にも心地よく変わった風が吹き抜けていた。
いかがだったでしょうか。
一功の最後のモノローグではgetwildが流れるイメージで、なんか凄い事を成し遂げたような雰囲気を醸し出してみました。
告白しただけじゃないか!と思われるかもしれませんが、彼、すごいことを成し遂げたんですよ! たぶん。