「政府がこの異常気象の要因と言われていますが、多くの企業がこの意見を肯定し、批判を繰り返しています。」
「政府がこの異常気象の要因と言われていますが、多くの企業がこの意見を肯定し、批判を繰り返しています。」
耳元のラジオから、ノイズ混じりのニュースが聞こえて来る。
今日の天気は雨。
明日も明後日も、その次も、ずっと雨だ。
違法に増幅させられた無線通信機の電波が、意味の無い天気予報から声を奪う。
真っ黒に塗りつぶされたような曇天からは、墨みたいな雨が降り注ぐ。
薄汚れたレインコートを洗い流し、ブーツで水たまりを蹴りながら、戦車のような除水車を避ける。
乾いた道路の上を歩きながら、除水車の優しい後ろ姿を眺め、古い歌を口ずさんでいた。
「I'm singing in the rain......」
雨に唄えば。
雨以外にも天気があって、天気予報がパッチワークみたいにちぐはぐだった頃の歌。
ずっと昔の歌なのに、最近のラジオではこの歌が流行っている。
それはきっと、どこかの誰かがあの映画を観て、雨でびしょ濡れになったあの男の人を羨ましく思ったからなんだろう。
傘を指して歩き、体や服も濡れて、顔に雨粒を招き入れて、気持ち良さそうにしてたあの人。
昔の人は、降り注ぐ雨も芸術的に感じていたのだろうか。
ただ商談をしに行くためだけに、命の危険をもたらすこの雨に?
と、そこまで考えると、頭を振って思考を切り替えるように、自分自身に促す。
昔の人は昔の人だ。
私は今を必死に生きなくてはいけない。
さしあたっては、商談相手のオフィスへと急がなくてはいけない。
いくらレインコートを着てようとも、酸性雨と黄砂をいつまでも防いでいられるわけもないのだから。
雨を避けるように、そして近道をするために、薄暗い路地裏に入る。
ここなら屋根があって濡れないし、横暴な除水車も通らない。
その代わり、ガスマスクをつけないと病気になっちゃうような、つまり、黄色っぽい霧がかかってたりするから、少し怖いけれど。
歩きづらい軟化プラスチック製の長靴の、独特な足音が路地には響き渡っている。
いつの間にかラジオのノイズは消え、ついでになにも流れて来なくなった。
薄っすら聞こえてくるのは聞き慣れた雨音と自分の呼吸音だけで、自分の心臓の鼓動ですら聞き取れそうだ。
流れる血潮は、太陽にかざせなくなって、元気がなさそうだ。
ふと、誰か他の鼓動を感じたような気がして、そっと後ろを振り返る。
すると、そこには少女が居た。
陶器のように白く美しい肌を持った、恐ろしい少女が。
ガスマスクをつけずに、雨の中傘も持たずにここに居るのは、よっぽどの狂人か怪物だけだろう。
狂人は大凡逮捕されているので、恐ろしい怪物なのだろう、と、妙な働きをした思考回路は、そう答えをはじき出した。
その子は、今どき珍しい、古臭くも大人しく、シンプルなデザインをしたステッキを手に、アコースティックギターのように優しい声色で、歌を歌い出した。
雨に唄えば。
私が聴き入っていると、その子はステッキを振り上げ、ものすごい力で振り下ろした。
ちょうどガスマスクに命中し、破損したそれは、私の肺に直接、光化学スモッグを叩き込んできた。
ごほごほと咳は止まらなくなり、次第に息も上手くできなくなって、酸素を失った私の体は、自然と崩れ落ちた。
◇
少女の意識は、目の前の鏡にあった。
少女の裸体を映し出したそれは、美しくも継ぎ接ぎだらけの肉体を褒め称えるようだった。
「ああ、今日も私は生きてるわ!雨に濡れても、霧を吸っても、肌を継ぎ接いでいるから生きていられるの。貴女はまっさらね。肌は白いし、心は純粋だもの!貴女、時計じかけのオレンジは観た? 観ていないでしょう? 私はあるわよ。だって、こんなにも自由だもの!」
この少女は何者だろうか、そして自由とはなんのことなのだろうか。
それは、雨に濡れることのできない女性には決してわからないことだろう。
人は、人という人形を操る。
「継ぎ接ぎだらけの人形はすてられちゃうのよ。けれど、だからこそ手に入る自由もあるの。」
「さあ、私と一緒に自由になりましょう?」
耳を切り開いた少女は、耳小骨に埋め込まれたラジオをつまみとる。
血まみれの指で秘部をそっとなぞり、妖しく、しかし悲しげに、美しく微笑んだ。