西暦5012年。
人類の華やかな歴史に突如、終わりが訪れた。
外宇宙からやってきた
生き延びた僅かな人類は月に逃げ延びることとなった。
西暦5024年。
衛星軌道上に敷設された基地群よりアンドロイドを使った反攻作戦が開始されたが、十数回による大規模降下作戦を経ても、決定的な打撃を与えるには至っていない。
この膠着状態を打破するために、私たちヨルハ型アンドロイド部隊は存在している。
だが、私は知っている。
その使命は、すべて偽りであると。
しかし、それだけだ。
真実に見せかけた偽り、偽りに見せかけた真実。
使命が偽りであると知った私は、逆に何が真実なのか分からなかった。
人間たちのことを恋しく思うこの感情も、アンドロイドとして埋め込まれた機能なのか、それとも己が生を重ねていく内に生じた想いなのかすらも分からない。
あらゆる真実が偽りに見え、偽りを真実と疑ってしまう。
ヨルハ部隊は間違っている。
では、逆に何が正しい?
私の知る世界は、今や荒廃した人類文明の跡と、そこに蔓延る
私が指導に当たった16Dに対するこの想いも、所詮は偽りでしかないのか?
私自身が持つものとは、一体なんだろう?
ヨルハが間違っていたのならば、私は、何だ?
私たちの存在は、偽りでしかないのか?
欲しい、真実が。
もっと安心できる、
内から湧き上がるこの衝動すら私自身から生じたものなのか疑問を持ちつつ、私はとある計画を企てた。
他のヨルハ部隊員が知れば愚かと笑うだろうが、それでも――どうせすべてが
だから、探しに行こう。
私が安心できる居場所を。私の存在意義を定める、偽りなき
計画は誰にも知られてはならない。
たとえその相手が愛しき後輩であったとしても、もう、嘘で塗りたくられたあの場所にいるのは、耐えられない。
バンカーにいる仲間たちに、罪はない。
それでも、真実を知ってしまった私は、これ以上バンカーを嫌いになりたくなかった。
真実を知ってからの私はひどく不安定だった。16Dにもひどいことをしてしまった。
今の私では、訓練以上に彼女を、仲間を、傷つけてしまうだけ。
だから死を装い、ヨルハから脱走する計画を企てた。
――2:13 経過
再起動完了。ボディチェックは各所に不具合。死を装うためならばこの程度の損害は仕方ないと割り切る。ポッドを介した通信機能は破壊済み――これでバンカーとの連絡は取れない。いよいよ後戻りはできなくなった・・・・・・これでいい。
偽りで塗りたくられたあの場所に、「私の死」という偽りを贈る・・・・・・この“偽り”は、いつまで続くのだろうか。
早く、
――10:03 経過
計画を再度確認。今回の任務は機械生命体が牛耳る工場廃墟にいる、目標の超大型兵器の破壊、および情報収集。私以外の任務参加者は7E、12H、2B、4B、そして隊長任務を務める1D。この内、12Hは
今回の出撃で撃墜された体を装い、通信を封鎖。彼らが無事任務を遂行できたかの確認も含め、そのまま工場廃墟の地下を通って脱出・・・・・・問題は本当に飛行ユニットを被弾してしまい、ボディユニットにダメージが出ていること。敵の長距離レーザーの威力が想定以上のものだったか。だが、まだ修復可能だろう。
――15:21 経過
少し寒い、センサーに不調があるらしい。
ポッドも早急な修復を推奨している。早く安全な場所へ逃げねば。
――20:43 経過
ウイルスの警告が出始める。感染しているのか、それともダメージによってシステムがおかしくなっているのか、不明。
ボディの修復も思いの外すすまない。
焦りが、出てくる。
――33:12 経過
視界にノイズが混ざり始める。まだ支障がないが、このままでは・・・・・・。
計画通り、工場廃墟地下エリアへ入り込むことに成功したが、機械生命体たちの攻撃が激しさを増している。
バンカーに戻りたい、16Dにもちゃんと謝りたい。
けど、もう後戻りはできない。私は進むしかない。
はやく、ハヤク、はやく、ミツケナイト。
そして――
現在――33:15 経過
◇
周辺の施設のほとんどが海に沈み、その海面から顔を出している巨大な工場廃墟。
かつては人類の兵器工場であったこの施設は、錆びた鉄の廃墟と化した今でも、機械生命体たちが再利用し、自分たちの仲間を増産している。
そんな工場廃墟の地下通路を疾駆する一つの人影があった。
特徴的な光沢を持つ銀髪に、その右手には一振りの鋼刀が握られている。
元々は似合っていたであろう黒い衣服はボロボロに破れており、その部分から露出した損傷した人工皮膚はとても痛々しい。
むべなるかな、彼女は人間ではない。
人類によって作られた人型の自立機械兵士――アンドロイド。自我や感情に等しい思考回路を持ち、また外見も非常に人間に酷似して作られているが、このような傷を負ってなおも常人ではなしえない速度で疾走する彼女の身体能力が人間からかけ離れていることは誰が見ても分かることだった。
だが、それでも彼女は万全ではなかった。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……‼」
激しく、リズミカルな吐息が絶えず口から吐き出される。
ダメージ、不安、ストレス、そして――謎のウイルス警告。修復の進まない
さらに、そんな彼女を追随する、謎の鉄の集団がいた。
鉄の集団の移動速度は彼女には及ばないが、ネットワークを介して連携し、確実に彼女を袋小路へ追い詰めようとしていた。
『ポッドより11Bに推奨:即座に安全な場所へ避難し、義体の修復と、11Bのシステムを汚染しているウイルスの除去』
「そんなの・・・・・・できるなら、すでにやってる・・・・・・!!」
彼女――11Bの後ろを追ってくる鉄の集団――機械生命体たちを機銃で牽制しながら彼女の逃亡を手助けする随行支援ユニット、ポッドの機械音声に対し、11Bは余裕のない声で返す。かろうじて気をもって返したその言葉にすら、覇気はほとんど籠もっていない。
本来、万能戦闘型モデルである11Bであれば、こんな機械生命体たちに苦戦することなどない。ましてや戦闘型アンドロイドならば、逃亡などもってのほかだろう。
だが、撃墜の体を装った際の想定外のダメージから始まり、あらゆる悪い状況が重なり、彼女はまともに戦闘できる状態ではなくなっていた。
ここまで膂力に任せて切ってきた機械生命体たちは数知れず、それでも彼らは死を恐れずに11Bを追い詰めていく。
「ハァ――早く、しないと――ヨルハからも、追手が・・・・・・!」
彼女をここまで追い詰めた要因は、彼女を追う機械生命体だけではない。
むしろ、11Bの追う追手のことを考えれば、彼らは11Bの逃亡を手助けする要因とも言えるだろう。
第三勢力として彼らが乱入することで、11Bはかろうじて追手から逃げ延びることができていた。
だが、今のこの損傷状況では、その要因すら彼女の敵に回っていた。
後ろから赤い球状のエネルギー弾が群れをなして11Bに襲いかかってくる。機械生命体たちの攻撃だ。
障害物を盾にし、時には右手の鋼刀で切り、彼女はその攻撃をいなす。
全ての攻撃をいなした彼女は身を翻し、反撃に転じた。
鋼刀をふるい、そのアンドロイドの膂力に任せて、機械生命体の鋼の体を強引に断ち切る。動きに精彩をかきつつも、彼女は確実に彼らを葬っていく。
――視界に、ノイズが入った。
「・・・・・・ッ」
同時に、ウイルスの警告メッセージも表示される。
先ほどまでの不調の大半が義体のダメージによるものであったというのに、いよいよ内側の不調も表に出てきたのだ。
その咄嗟の不調に、11Bは反応が遅れてしまい、彼女はその凶弾を受け入れてしまった。
『警告:ウイルス汚染度12%に上昇。また、ダメージ状況も悪化』
「くぅッ―――壊れろ!」
自らに随行するポッドの警告音声を尻目に、11Bは力を振り絞って鋼刀を振るい、最後に残った機械生命体の頭部に鋼刀を突き刺す。
赤い発光を放っていた機械生命体のアイカメラからその光は消え、機械生命体は息耐えた。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・アァッ」
ポッドが表示してくれているシステム汚染度のパラメーターを見て、11Bはさらにその焦りを加速させていく。
システム汚染度は、ポッドが警告していた通りに、すでに12%を超えていた。
――たった、10%を超えただけで、これだ。
「う、うぁ・・・・・・怖い・・・・・・」
すでに、11Bはまともに走ることすらできなくなっていた。
『警告:ウイルスを除去しなければ、ヨルハ機体11Bに深刻なダメージ』
「・・・・・・そん、な・・・・・・」
『報告:ウイルスは自己のアルゴリズムを高速で改変・進化しており除去は困難。推奨:早急なるウイルス除去の手段を模索、および実行』
淡々と自身の危機を報告してくるポッドに対し、11Bは憎らしさと、そんな相棒の冷静さに細やかな頼もしさを感じつつ、すこし、焦りを落ち着かせた。
こういうときこそ、「アンドロイドは感情を持ってはいけない」という規律を思い出す。
ヨルハ部隊はすでに捨てたが、こういう時こそ、感情に振り回されてはならない。
しかし、スキャナータイプのヨルハ隊員が傍にいない今、11B単独でなんとかしてウイルス除去の手段を見つける必要があるのも事実。
そして、そう都合よく見つかるわけもなし。
ポッドもそれは分かっているのだろう、それでも、あくまで11Bに助言をし、サポートするのがこの支援ユニットの役割なのだ。
「・・・・・・分かった。時間があるわけじゃない。ポッド、どこか敵性反応が少なく、ウイルス除去ができそうな場所はない?」
『検索・・・・・・報告:この通路を曲がった先を200m進んだ先に、敵性反応のない広場を発見。また、ウイルス除去の手立てとなるかは不明だが、膨大な魔素の反応が一つ』
その、聞き慣れない言葉に、11Bは思わず耳を疑った。
「・・・・・・広場・・・・・・魔素?」
なぜそんなものがあるのか甚だ疑問に思うが、進行していくシステム汚染度のパラメーターを見て、煩悶を抱く余地はないと判断する。
「・・・・・・分かった、そこへ行こう」
すでに汚染度が20%を超え、ノイズが増えていく視界に焦りを覚えつつも11Bはそれを押さえ、そこでウイルス除去を行う判断を下した。
ポッドの言うとおりに、目の前の通路を曲がると、その先は闇が広がっていた。
そして――その闇の奥に、一点の光が見えた。
「あの、光は――?」
気がつけば、自然と11Bの足は疾駆していた。
ウイルス汚染により時々ふらつきつつも、彼女はその光を目指す。
しばらく暗闇を進むと、ポッドが報告してくれた広場に出た。
その、広場の中心にあった、光。
そして――その光の中心に、“ソレ”はいた。
「―――――――――――」
その光景に11Bは思わず言葉を失ってしまった。
すでに、ウイルスに侵されている自分の視界にはノイズが溶け込んでいるというのに、“その存在”に対してだけは、“なぜか”ノイズが邪魔をせず、鮮明に認識することができた。
闇一色である広場の中心にある淡い光の下に、ソレはあったのだ。
そこにあったのは、朽ちた機械の人形だった。
赤い
しかし、まるで人間がそのままヘルメットを被ったかのような見た目の頭部パーツから覗かれるその寝顔は、あまりにも綺麗で、ソレを思わせることはない。
何より目を引くのはヘルメットパーツの下から溢れるように伸びる淡い金髪だった。
あまりに神秘的で、美しかった。11Bは己の危険なコンディションすら忘れて、その姿にただ見入っていた。
何が目的で作られたのかは分からない。
機械生命体でないことは確かだが、自分と同じアンドロイドだとも思えない。
ただ一つ、ハッキリしていることは、これがただの人形ではないということだけだった。
ふと、11Bの目にその人形の下にある台座に刻まれている文字が目に入った。
「“実験兵器0号”・・・・・・
この人形兵器につけられた型番であろうか。
しかし、それにしても0号という妙な型番に11Bはまたしても訝しげに眉を顰める。
疑問がつきない彼女の気持ちを察したのか、彼女のそばを浮遊していたポッドが音声を発した。
『推定:旧世界に製造されたアンドロイドもしくはそれに類する人型兵器』
「旧世界・・・・・・それって、つまり、これを作ったのは、本物の人間?」
――何故、そんなものがこんな機械生命体が蔓延る工場廃墟に、鎮座しているのだろう?
機械生命体の思考回路を理解できているわけではないが、それにしたってこんな代物を奴らがここに放置したままにするのだろうか?
・・・・・・そんな疑問は、人形に手を伸ばそうとした11Bの行動によって解消されることとなった。
「・・・・・・ッ!?」
手を伸ばそうとしたそのとき――その手は“ナニカ”に弾かれ、11Bの体は後方へ吹き飛んだ。11Bの視界から人形が外れ、途端にまた視界にノイズが襲いかかった。
それを不快に思った11Bは即座に重い体を起こして、その人形を視界に入れた。
再び、ノイズは消える。
「今のは、バリア?」
『魔素を利用した目視不可の封印プログラム。報告:魔素の供給源は、この機械兵器からのものと断定』
「自分で、自分を封印してるってこと?」
何故そうしたのは分からないが、機械生命体がこの機械兵器に手を出せなかった理由は判明した。魔素を利用した防護壁ならばいかな機械生命体であろうと触れることすら難しいだろう。
11Bは再び立ち上がり、鎮座する赤い機械人形を見つめる。
気付かず、11Bはこの赤い機械人形の虜になっていた。
11Bは知っている――人類は、既にこの世にいないことを。月面人類会議など、只のまやかしでしかないということを。
だが、ポッドの言うことを信じるのであれば、この機械人形は間違いなく当時の人間の手によって作られたもの。
11Bが求めてやまない、偽りではない真があるのだ。
今の11Bにとって、この“実験兵器0号”という機体は、数値では計れぬ魅惑な魔力を放つ代物なのだ。
この身を蝕むウイルスのことも忘れ、ずっと眺めていたいと、思うくらいには。
『報告:この機械人形に近づくと、ヨルハ機体11Bの中のウイルスの汚染度の上昇が緩やかになる現象を確認』
「・・・・・・どういう、こと?」
『不明:魔素を扱う技術が失われた現在では、原因の究明は困難』
ポッドの回答を聞きつつ、11Bは視覚センサーに表示されているシステム汚染度のパラメーターを確認する。
――確かに、先ほどより幾分か汚染速度が緩やかになっているような気がした。
今では、暫く待っても上昇値にほとんど変化が見られないくらいには。
11Bはこの鎮座する機械人形にますます興味を引かれ、吸い込まれるように見てしまう。
「よく分からないけれど・・・・・・時間は、稼げるってことでいいのよね?」
『肯定。しかし、依然としてウイルスの進行は続いている。推奨:早急なるウイルス除去手段の提案、および実行』
「そんなこと言われてもどうすればいいのよっ!?」
幾分か冷静さを取り戻した11Bであったが、依然として問題を解決できたわけではない。
ウイルスの汚染だけではない、義体のダメージも深刻とまではいわずとも、行動に支障が出る程度には負っているのだ。
ウイルスの進行速度が緩やかになったとはいっても、それはここにいる時だけ。
ここにワクチンプログラムのようなものがある様子はなく、ただ中心に壊れた機械人形が鎮座しているだけだ。
なまじアンドロイドだけに、冷静に状況を整理できるからこそ、11Bの精神は絶望の淵にいた。
「・・・・・・ごめんなさい。ポッドに当たっても、仕方ないよね」
『謝罪の意図が不明。ヨルハ機体11Bに説明を求む』
「・・・・・・こんな事に付き合わせちゃって、バカだよね、私って・・・・・・」
空中を浮く箱体を優しく撫でながら、11Bは消え入りそうな声でポッドに謝罪する。
ヨルハの仲間や、信頼する後輩である16Dにすら計画を打ち明けずに脱走した彼女にとって、このポッドは彼女が唯一計画を打ち明けたただ一機の相棒だった。
そんな相棒に、自身の茨の道に付き合わせてしまったことを、11Bは少し後悔していた。
『謝罪の意図が不明。当機はヨルハ機体11Bの随行支援ユニットとしてプログラムされている。11Bの行動の支援は当然の義務と定義づける』
「そう、だったわね・・・・・・」
少しだけ微笑んで、ポッドの機体から手を離す11B。
飛行ユニットが被弾したとき、この頼もしい相棒の損傷が少なかったのは不幸中の幸いであったと、11Bは改めて思った。
まだだ、と11Bは思い直す。
きっとあるはずだ、ウイルスをどうにかする方法が。
時間はそんなにない、だが焦るのも禁物だ。
努めて、冷静に、考えよう――
『警告:敵性反応多数』
しかし、相手はそんな時間を与えてはくれなかった。
ウイルスのシステム汚染度のパラメーターの減りが止まり、ポッドの警告により我に返った11Bは即座に目の前の赤い機械人形を視界から外し、顔を顰めて振り向く。
『アンドロイド、ハッケン』
『コロス、コロス』
『ハイジョ、ハイジョ』
『アンドロイド、コロス』
11Bを追ってここまで来たのだろう。
おまけにさっきより数が増えている。工場で増産されていた機械生命体が合流したのだろう。
赤い点眼を光らせ、機械生命体たちがこの広場に押し寄せてきた。
「そんな・・・・・・こんな所まで・・・・・・!」
『報告:ウイルス除去の手段の模索と、戦闘の同時遂行は困難。推奨:直ちに敵を殲滅し、模索の再開』
「・・・・・・分かった。ポッド、支援をお願い!」
『了解:システム、射撃支援モードに移行』
鋼刀を構える11B。
ある程度近い距離で立ち止まった機械生命体たちは、一斉に11Bに向けて射撃攻撃を開始した。
ポッドに射撃を任せつつ、11Bは鎮座する赤い機械兵器の背後に回り込んだ――正確には、その機械人形を囲む魔素の防護壁に。
――ごめんなさい、盾として利用させてもらうわ・・・・・・。
心中でこの謎の赤い機体に謝罪する11B。11Bの狙い通り、11Bを狙って放たれた機械生命体たちの射撃は、赤い機体を囲む防護プログラムによって弾かれていった。
一瞬、僅かの間に緩んだ敵の攻撃の隙間を狙い、逆側に回り込んだ11Bがポッドの射撃支援で機械生命体たちを牽制しつつ、片手の「ヨルハ制式鋼刀」をもって、戦闘の機械生命体を切り伏せる。
切り伏せた機械生命体の残骸を蹴り飛ばす、後方にいる機械生命体たちの機体へぶつけ、それを目くらましに、11Bは跳んだ、上へと。
元いた位置に射撃支援を続けるポッドだけを残し、それを囮に、上から機械生命体たちの陣形に切り込み、一閃。
容易く陣形は乱れ、11Bは続けざまに鋼刀で機械生命体たちの機体を断ち切っていく。
ウイルスの侵攻速度が緩まったことである程度の冷静さを取り戻していた彼女であったが、だからと言って上昇しなくなったわけではない。彼女の心中には焦りも加速しつつあった。
――ギリギリ倒せるとはいえ、思ったより敵機体たちの損傷が浅い。もう一本の腕も使えれば・・・・・・!
“追手”の攻撃により損傷した左手は使えず、ウイルス汚染度を減らしたところで義体そのものが受けたダメージは回復しない。
もっと、もっとハヤク、早く、敵を殲滅せねば――ッ!?
また、視界にノイズが走る。
『警告:ウイルス汚染度、30%まで上昇。推定:義体の酷使によるウイルス進行抑制機能の低下。推奨:適度なエネルギー消費での、速やかかつ、効率的な敵の殲滅』
「無理・・・・・・言わないでよ・・・・・・!!」
よろめく11Bの隙をついて肉薄してきた前方の機械生命体を咄嗟に切り払い、11Bは後退する。
再び進行するウイルス汚染。
徐々にだが、各種システムが思うように機能しなくなっていく感覚を11Bは感じた。
視界に混ざるノイズ、義体をほとばしる寒気。
焦りは加速し、恐怖へと墜ちていく。
「あ、あぁ・・・・嫌だ・・・・・嫌だぁ・・・・・・!」
再び表示されたシステム汚染度パラメーターが、再度上昇する。
汚染度は、既に34%を超えていた。
『報告:11Bのメンタル異常を検知。今のままでは戦闘中に各種システムがウイルスに完全に掌握される危険性あり。警告:このままでは、死ぬ』
「いや・・・・・・言わないで・・・・・・!!」
ぎこちない動きで鋼刀を振るう。
隙だらけの彼女に飛びかかる機械生命体たちをポッドが牽制し、彼女はその機械生命体を鋼刀で断ち切るが、その間にもウイルスは確実に彼女の体を蝕んでいく。
そんな11Bの射撃支援を続けながら、ポッドは思考する。
――このまま11Bに戦闘をさせては、彼女は完全にウイルスに侵される。
――たからと言ってこの場を離脱してウイルス除去の方法を模索しようにも、ここから離れれば漂う魔素によるウイルス抑制の恩恵を受けられず、余計に感染を早めてしまうだけだ。
つまり、どちらも有効な手立てではない。
ポッドは、思考する。
11Bが、少しでも長く、生きながらえる方法を。
戦闘支援だけでは、もはや限界。もうひとつナニカあれば――
ならば――。
『ポッドより、11Bに提案』
「・・・・・・・・・え?」
『当機はこれより、ヨルハ機体11Bに、ハッキングインターフェイスへのアクセス権限を付与する。推奨:アクセス権限を取得した11Bによる、この機械兵器への電脳空間へのダイブ。プロテクトプログラムを解除し、修復、再起動させ、此方の戦闘を肩代わりさせる。その間に、ウイルスプログラム除去の手段を模索』
「そ、そんなことって・・・・・・」
『推定:スキャナーモデルではない11Bのハッキング能力では、現在のウイルス汚染進行速度を考慮に入れると、外部からの妨害なしを想定しても、成功確率は0.01%未満。提案:これ以上成功確率を下げないためにも、当機はハッキング中の11Bの防衛支援に回る』
「・・・・・・バンカーは、スキャナータイプ以外のヨルハ隊員のハッキング行為を禁止してる筈じゃ」
『肯定:バンカーへのウイルス感染のリスクを考慮し、スキャナータイプ以外のハッキング行為は強く禁じられている。逆説:既にヨルハを抜け出した11Bがバンカーに戻ることはないと仮定すれば、バンカーへ感染が広がるリスクはないに等しい』
「何よその屁理屈・・・・・・!」
ぎこちない動きで機械生命体を切り捨てつつ、11Bは再び淡い照明の下で鎮座する機械人形を見る。
・・・・・・既に8000年以上もの時を経てその機体はボロボロだというのに、未だに強い力を感じる。おまけにこの機体の近くにいると、ウイルスの進行が多少とはいえ抑制される現象。
間違いなく、強大な力を持つ存在であったことは間違いない。もしかしたら、強力なウイルス抗体プログラムも保有している可能性もある。
ポッドはこれを再起動させるというのだ。
成功する確率は極めて低い。もし成功しても、彼が味方になってくれる保証はない。
正に、万に一つも無い希望。
それに、一つ懸念もある。
「・・・・・・それだとポッド、貴方が・・・・・・!」
『肯定:11Bがハッキング作業を実行する間は、当機が単機で敵性反応の迎撃を遂行』
「無茶よそんなの! ここで貴方が壊れたら私は――」
どうやって生きていけばいいの。そう叫ぼうとした11Bであったが、それを遮るようにポッドは言い放つ。
『結論:それしか方法はない』
「っ! ・・・・・・分かったわ」
断言するポッド。
実際にそれしか方法はないのだろう。
逃げ道はなく、そもそもこの損傷具合ではこの数の敵から逃げることは困難だということは、ポッドも11Bも同じ結論に至っている。
ならば、万に一つに満たない可能性であろうと、賭けるしかないのだ。
「ポッド、お願い」
『了解:ヨルハ機体11Bへのハッキングインターフェイスへのアクセス権限を付与。当機はこれよりハッキング中の11Bの防衛支援に回る』
「了解。・・・・・壊れないで」
『回答:その保証はしかねる』
「私も、壊れないから、貴方がいる限り、絶対――」
『・・・・・・了解:可能な限り善処』
遠回しにそれは叶わないというポッドの言に、11Bはこれ以上耳を貸すことはなかった。
鎮座する機械人形に手を
スキャナータイプの義体ではない11Bにハッキングの経験は皆無だ。機械生命体からのハッキング行為を受け、退けた経験はあれど、自分から仕掛けた経験はない。
ましてやこれから侵入する電脳空間は、アンドロイドでもなければ、機械生命体でもないまったく未知の領域のもの。
11Bは、覚悟を決めた。
鋼刀を床に突き刺し、手放した手を鎮座する人形に向けて翳す。
意識を、ダイブさせる。
――ハッキング、
気がつけば、11Bは真っ白な箱のみで形成された広大な迷路の中にぽつん、と一人立っていた。
この純白の世界において異質な黒いブロックや、この電脳空間に迷い込んだ自分を追い出さんとする黒い球状の防衛機能をなんとか破壊しつつ、どこかにあるあの赤い機械人形の封印プログラムを探し続ける。
しかし、何処を彷徨えどそれらしきものは見つからず、11Bには理解できない頑強な防護壁のみが並ぶ空間の中を延々と探し続けることとなった。
『・・・・・・ポッド』
途中、寂しくなったのか、無意識にそう呟いてしまったその時。
ポッドの声が聞こえた。
『ザザッ、お呼びですか・・・・・・ザザッ・・・・・・11B』
「ポッド!?」
外の11Bの義体を機械生命体たちから守りながらも、電脳空間をさまよう11Bをモニタリングしていたのだろう。どこからか聞き慣れた相棒の音声が、反響して響き渡る。
しかし、何故だろうか、音声にノイズが混ざっている。
自分の中のウイルス汚染度が進行してしまっているのか・・・・・・それとも、まさか・・・・・・と思い立った11Bは冷や汗を掻く思いでポッドに語りかける。
「ポッド、どうしたの!? 外の状況は!?」
『ザザッ・・・・・・11Bの義体と・・・・・・う機に、ダメージ・・・・・・蓄積・・・・・・推奨:・・・・・・早急なるプロテクトの・・・・・・ザザッ解除・・・・・・』
「ッ、早くしないとッ!?」
外でポッドが必死に戦っている――その事実を改めて認識した11Bはハッキングの速度を速めようとするが、見つからない。
何処を探せど億劫になるほどの防衛システムと妨害ブロックの羅列に突き当たるだけで、まったくたどり着ける気配はなかった。
そんな焦燥に駆られる11Bだが、次に聞こえたポッドの報告によりそれは更に加速することになる。
『ザザッ・・・・・・警告:・・・・・・体のダメー・・・・・・・よりウイルス汚染速度上昇・・・・・・現在・・・・・・60・・・・・・セント』
「ろくじゅ・・・・・・ッ!?」
ポッドの音声から聞こえた汚染度の数値に驚愕するやいなや、電脳空間にいるはずの11Bの意識にすら、その影響は出てきた。
実体のない電脳状態の筈なのに、押し寄せてくる不快感。まるで
「あ・・・・・・がぁ・・・・・・ッ」
『報告・・・・・・当機の損傷率・・・・・・ザザッ・・・・・・70%を突破・・・・・・飛行状態の維持・・・・・・困難・・・・・・ザザッ』
「そん、なぁ・・・・・・お願い、まだ、持ってて・・・・・・!!」
『さら・・・・・・う告・・・・・・ザザッ・・・・・・当機の損傷・・・・・・90%を突破・・・・・・射・・・・・・衛シス・・・ム・・・・・・ザザッ、破損・・・・・・』
「いや、いやぁ・・・・・・!!」
電脳空間の中、11Bは一人孤独に必死に拒絶の声を上げる。
そんなこと、あっていい筈がない。
「お願い・・・・・・もう少し・・・・・・もう少し持って・・・・・・!!」
『・・・・・・ザザッ・・・・・・了解・・・・・・』
ポッドに必死に懇願を繰り返しながら、11Bは電脳空間をかける。
先の不快感が更に増す。
ウイルス汚染が進行しているのだろう。
おそらく、既に70%は進行が進んでいる。
だが、そんなことを気にしている余裕はない。外の相棒を一刻も早く助けるためにも、11Bは電脳空間を駆け抜ける。
そして、ある領域の防衛システムも退けた先に、妙なモノを見つけた。
プロテクトに関するプログラムか、と11Bは急いでソレを手に取る。
すると・・・・・・。
――ウイルス抗体プログラム、入手。
――全ウイルス、除去完了。
そんなメッセージが視界に表示された。
「・・・・・・あ、れ・・・・・・?」
急激に、先ほどまでの不快感がなくなっていく感覚に、11Bは唖然となった。
電脳空間でやるのもおかしな話であったが・・・・・・慌てて自身のコンディションをチェックしてみる。
そして――慌てて視界の隅にあったシステム汚染のパラメータ表示を覗き込む。
そこには、汚染度が0%と示されていた。
「あ、あぁ・・・・・・!!」
喜びで、どうにかなってしまいそうだった。
11Bが睨んだ通りに、この機械兵器はウイルスに対する抗体プログラムを保有していたのだ。
「ポッド、ウイルスがなくなった! ウイルスの汚染度が0%になったわ! 早くこの空間から・・・・・!!」
『・・・・・・ザザッ、推、奨・・・・・・このまま・・・・・・ハッキングを継続・・・・・・予定通り・・・・・・プロテクトの・・・・・・解除を・・・・・・』
「・・・・・・ポッド?」
『当機は後・・・・・・・・・15秒で機能・・・・・・停止。また・・・・・・11Bの義体のダメージも深刻・・・・・・機械兵器の・・・ザザッザザッ・・・プロテクト解除を・・・・・・ザザッ推奨・・・・・・ザザッ、ザザッ、ザザッ』
秒刻みにポッドの音声のノイズが増えていくことに、11Bは顔を青ざめる。
『・・・・・・ザザッ、ポッドより・・・・・・ザザッ・・・・・・ヨルハ機体11Bへメッセージ――――11B、どうか、生きて――――』
そして・・・・・・ついに、ノイズしか聞こえなくなった。
何が起こってしまったのか分からず、ぽつんと立ち尽くす11B。
本当は分かっていた。
だが、受け入れられない。
――自分の相棒の、死を。
「う・・・・・・」
嫌だ。
嫌だ、イヤだ。
――まだ、何も見つけていないのに。
――一緒に、来てくれるって言ってくれたのに。
――こんなの、聞いてない。
――こんなの、間違ってる!
コンナイツワリダラケのセカイ ゼッタイニマチガッテル
「あぁ・・・・・・アアアアアアァァアアァァァアアアァアッッ!!!!」
間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる
11Bは最早何も考えられなかった。
己が電脳空間にいることすら忘れ、ただひたすらに目につく防衛プログラムを破壊して回る悪鬼と化した。
それがどんなプログラムで、どんな情報で、どんな役割なのかすらも、11Bにはどうでもよかった。
手当たり次第の破壊行為。
そして・・・・・・幾重もの防壁に囲まれたプログラムを目の当たりにし、それも例外なく破壊せんと、鬼のように壊し続けた。
壊して、毀して、請わして、乞わして、コワシテ――やがて、防壁を破壊しきり、そこに手を触れて――
――プロテクト、解除。
――ハッキング、完了。
光が、爆ぜた。
爆ぜた光と共に、11Bの意識は電脳空間から現実の義体へと戻る。
そこで、最初に見たのは――悠然と佇む、紅い影だった。次に目にいったのは、そのヘルメットの下から零れるように伸びる、黄金の光を反射する長髪。
月のような淡い光を放っていたその金髪は、太陽のような黄金の輝きをもってその質感を取り戻し、鋭利な刃物を思わせる。
靡く金髪と赤いボディが相まって、燃え盛る炎と錯覚してしまうほどに、それは独特の美しさを放っていた。
「……きゅ、旧世界の兵器が、蘇った……?」
信じられず、復活した彼の横顔を見上げる。静かに佇む紅い影は、暗闇を埋め尽くす機械生命体の群れを見渡す。そして――
「――あ」
傍で彼を見上げていた11Bを、見下ろした。
紅い戦士に見つめられた11Bは、彼の瞳が何も映していないことに気付いた。深淵を孕んだ瞳はひたすら暗く、深く、一寸の光も宿してはいなかった。目覚めたばかりの彼には、今の状況が把握できていないのだ。
その何も映さない目が恐ろしく、深く、見ているだけで深淵に吸い込まれそうな恐怖を感じた11Bは、もうまともに動かせない義体を思わず引きずり後ずさってしまう。
そして、ナニカに、ぶつかる感触。
その何も映さない目から逃れたかったのも相まって、11Bはそのぶつかったナニカに振り返った。
「ポッド……?」
そこには、物言わぬ残骸と化した、自分の相棒だったものが転がっていた。
呼びかけても返事はなく、11Bはようやく己の相棒の死を認識する。
あっさりと――電脳空間にいた時では信じられないくらいに、すとんと、胸の内にその事実が収まった。
そして、その事実を受けいれた11Bは、損傷し、焼け爛れ、まともに立てなくなった己の体を見下ろす。
そして、全てを諦めようとして――
――11B、どうか、生きて。
できなかった。今では動かぬ残骸と化した相棒の、最後の言葉が脳裏に過ぎった。
「た、助けて・・・・・・」
気が付けば、11Bはそんな言葉が出ていた。
恐怖を押し殺し、再び己の見下ろす紅き影を見上げた11Bは、影に懇願する。
まるで、神に祈るかのように、己の生への渇望を吐き出す。
「お願い、助けてっ‼」
ダメージによって破壊されたゴーグルの下から涙を流す瞳が曝け出される。その状態で、震える喉の肉を力一杯振り絞り、11Bは金髪を靡かせる影に懇願した。
「・・・・・・」
紅い影は何も言わない。
表情一つ変えない彼に対し、11Bはまともに動けなくなった己の義体をビクビクと震わせながら、待つことしかできなかった。
しかし、その想いが通じたのか。
突如、紅い戦士の伸ばされた手が、11Bの視界に入る。
驚く11Bの視線が向ける先には、「下がっていろ」と言わんばかりに自分に制する手を向ける紅い戦士の背中があった。
そのまま傍に突き刺さっていた11Bの「ヨルハ製式鋼刀」を引き抜き――彼は、蠢く機械生命体の群れに向かって駆け出した。
これは、
To be continue・・・・・・
・この作品のゼロ
ロクゼロ世界のゼロではなく、NieR世界出身のゼロ。つまりレプリロイドじゃない。「実験兵器0号」という名称から、大体の出自は察しがつく筈・・・・・・?
・オメガ
オメガとゼロの関係はNieRのテーマにも通ずるものがあるので、なんとかして出したい。できるだけ本元の設定に近くするが、ゼロと同様にNieRの世界観に沿った設定にするつもり。