アンドロイドレジスタンス――ヨルハ部隊などの最新のアンドロイド部隊が地上へ降下作戦を展開する以前より、月面の人類会議の指示により地上に派遣されたアンドロイド部隊の生き残りである。今や人類に代わり地球を跋扈する機械生命体たちを相手にゲリラ戦を展開しながら長い間戦い続け、その経験を活かして現行のアンドロイド部隊のサポートを遂行する彼らは、今や人類軍にとってはなくてはならない存在であろう。
一度は月に見捨てられ、それでも尚強靱な意志を糧に機械生命体相手に奮闘し続ける彼らに、銃を下ろすことを許される日は来るのか――それは誰にも分からない。
「こっちだ」
助けたレジスタンスの部隊の案内の元、ゼロたちは廃ビルの暗闇をくぐり抜けると、そこにあったのは廃墟を利用したキャンプ地帯が広がる廃墟都市の一角だった。彼らなりのユーモラスなのか、日光が降り注ぐキャンプ地の広場の中心には白い花がいくつも集まって咲いていた。
「レジスタンス、か・・・・・・」
それがここに来て、ゼロが一番最初に発した言葉だった。
建物廃墟や傾いたハイウェイなどを利用したキャンプで、鉄骨と白い布製のサンシェードを用いて立てられたテントが隅々に設置されたこの場所こそ、地上のアンドロイドレジスタンスが拠点するレジスタンスキャンプであった。
キャンプの中には修理中の機械や機材、古びた武器などが並んでおり、彼らなりのこの地での奮闘が多少なりと窺える。
「・・・・・・」
ゼロに抱えられている11Bは、周囲のアンドロイドたちから突き刺さる視線に居心地が悪そうに顔を顰めた。
その奇異の視線が向けられているのは自分ではなく、ゼロの方だったからだ。ゼロが助けたレジスタンスの部隊の1人が貸してくれた、普段彼らが纏っている深緑色のマントで損傷した義体に包みながら、11Bはその視線を一心に受けるゼロを見上げる。
気付いていないのか、それとも気にしていないだけなのか、ゼロは相変わらず無表情のままだ。何かを思う所がありげな先ほどの呟きも、結局のところ彼が何を思っているのか推察するには足らず、不安は余計に募るばかりだ。
――ああ、これが今の私の立場、か・・・・・・。
人類軍を抜け出した裏切り者――その肩書きは、人類軍からは半ば独立しているレジスタンスキャンプにおいても付き纏う。
そのことについては分かってたのだが。問題は、ゼロだ。
よくよく考えれば、裏切り者である11B以上にゼロはアンドロイドにとっては得体の知れない存在なのだ。
その証拠に・・・・・・。
――何だ、あの紅いのは?
――新しい機械生命体か?
機械生命体――その言葉を聞いた11Bはこの時だけは動かせない自分の今の体に感謝した。もし、今この身が万全ならば――怒りに我を忘れて斬りかかってしまうだろうから。
今、自分たちをここに案内してくれたレジスタンスの部隊でさえ、ゼロに疑いの目を向ける者が混じっている。
その中に混じり、1人ゼロに熱い視線を向けている女性型のレジスタンスについては、考えないものとした。
戸にも角にも、そのような様々な理由があって11Bはとても居心地が悪かった。とはいえ、せっかくゼロが作ってくれたチャンスを不意にすることは許されない。自分が裏切り者であることを悟らせず、なんとかして義体を修理してもらう。
バレたとしても、その時はゼロが守ってくれる――ならば、怖じ気づいている暇はない。
11Bはゼロが進む方向へ顔を上げ、決意を新たにする。
「帰りました、アネモネ姐さん」
案内していたレジスタンの1人が、傾いたハイウェイの下に立ったキャンプの中にいた女性に話しかける。
・・・・・・どうやら、この女性がここのレジスタンスの頭を務めるアンドロイドらしい。
「ご苦労だった。大変だったそうだな、みんな無事で何よりだよ。それと・・・・・・」
帰ってきた部下達に労いの言葉をかけ、その次に、アネモネ姐さんと呼ばれたアンドロイドが目を向けたのは、ゼロとそれに抱えられている11Bだった。
「君たちが、例の紅いアンドロイドと、負傷したヨルハの隊員。部下たちを助けてくれたこと、礼を言うよ。本当にありがとう」
部下たちと同様の白い衣服の上に、中東の民族衣装を思わせる丈の長いフードマントを着こなす褐色肌の女性が、優しい表情でゼロに礼を言う。
「ようこそ、レジスタンスキャンプへ。私はここら一帯のアンドロイドレジスタンスのリーダーを務めている、“アネモネ”だ」
よろしく頼む、と手を差し伸べるアネモネの態度は好意的だ。
「こちらこそ、助けてくれて有り難うございます。ヨルハ11号B型、11Bです。よろしくお願いします」
「・・・・・・ゼロだ」
自分を抱えているため手を差し伸べられないゼロに代わり、動く片手を差し伸べてアネモネと握手をする11Bは、これならばどうにか助かるかも知れない、と希望を抱いていた。
――だが、次のアネモネの発言で、その希望は崩れ去ることなった。
「それと――さっそくで申し訳ないのだが、人目につかない所で、君たちの事情を教えてくれないか?」
優しい顔から一転して、アネモネは真剣な表情で11Bとゼロに問いただしたのだ。
咄嗟のことに呆気に取られる11B、ゼロも表情こそ変えないものの、周囲に気付かれないようにフットパーツに魔素を充填していつでも脱出できるように準備していた。
そんな2人の雰囲気の感じ取ったアネモネが、2人を落ち着かせるために言う。
「安心してくれ。君のことは、ヨルハには
「・・・・・・え?」
その一言に、11Bは神妙な顔つきから一転して毒気の抜かれた表情になる。
その11Bの表情を見たアネモネは、ようやく確信した、と言わんばかりにため息を吐いて、説明を続けた。
「・・・・・・やはりな。新設されたばかりの部隊であってか、まだまだ青い。この程度の鎌かけに引っかかるようではな・・・・・・」
「あ・・・・・・」
しまった、と11Bは開いた口を慌てて押さえる。
だが、時は既に遅い。
アネモネは部下から連絡された時には、11Bの事情をある程度感づいていた。
連絡を絶ったヨルハ隊員とは別人で、これからその代わりに来るであろう2人のヨルハ隊員でもなく、負傷した体のまま地上に置き去りになっていたヨルハのアンドロイド。
そして、先日ヨルハが展開した第243次降下作戦――地上に派遣されたヨルハ部隊のアンドロイドの内、生き残って任務を遂行したのはたった2人だけだったという。
命を捨てて任務を遂行した2人であったが、既にバンカーにアップロードしてあった同一個体が復活し、連絡が絶たれた現地担当のヨルハ隊員に代わって再度派遣される予定であるとアネモネはヨルハの司令官から事前に聞かされていた。
つまり、あの降下作戦におけるヨルハの生き残りはいない筈なのだ。
にも関わらず、事前連絡もなしに来た、負傷したヨルハ隊員――つまる所、彼女は降下作戦中に撃墜された体を装って部隊を抜け出した脱走兵なのではないか、と。
かくして、11Bの反応からアネモネの推測は的中したわけだ。
「少し考えれば推測は容易い。先日ヨルハが展開した降下作戦――そして、何の連絡もなしに発見された、負傷したヨルハ隊員。ヨルハ機体11B――君は降下作戦中に部隊を抜け出した脱走兵だな?」
「・・・・・・ッ」
反論もできず、顔をしかめる11B。
さすがはアンドロイドレジスタンスの頭を務めるアンドロイド。隠し通せる程容易な輩ではなかった。
「ゼロ・・・・・・ごめん」
「謝る必要はない。それより・・・・・・」
――ここから出るぞ。
自分のミスでゼロが作ってくれたチャンスを逃すことになってしまうことに、11Bはゼロに謝るが、ゼロはそれは後だと言わんばかりにフットパーツを起動させてここから脱出しようとした。
11Bに非はない。ただバンカーとレジスタンスの繋がりが想定以上に深かった。ただそれだけのことなのだから。
だが、そんなゼロ達をアネモネは慌てて引き止める。
「待ってくれ!! 警戒させたのは謝ろう。11B、君の事情についてはある程度予測はついていた。その上で君たちをここに招いたんだ。それに、バンカーに連絡をしていないのは本当だ」
「え?」
「・・・・・・どういう事だ?」
フットパーツの起動状態を保ちつつ、ゼロはアネモネに問う。
このアネモネというアンドロイドの意図が分からない。11Bに鎌をかけて脱走兵と見抜いたと思えば、未だにバンカーに連絡していないという。
「さっきも言った通り。私は11Bの事情は察しているつもりだ。だから、その子のことはいい。義体が動かないというのならば、同じアンドロイドの仲間として直してあげよう。
問題は・・・・・・そこの紅いアンドロイド、君だ」
アネモネの真剣な眼差しが、11Bからゼロに移る。
ゼロを値踏みするような、警戒するような視線。
例え仲間を助けてくれた者であっても、そう易々と得体の知れない者に懐を許すことは、一組織を纏める者としては許されないのだ。
「助けられた部下の話では、君がアンドロイドであることが信じられないらしい。君は別地域を担当するレジスタンスを名乗ったそうだが、君のような者がいて噂にならない筈がないんだ。だが、そういった話は聞いたことがない。
ゼロ、君は一体何者なんだ?」
「・・・・・・」
アネモネの問いに対し、ゼロは表情を変えぬまま何も言わなかった。
何者と問われたこところで、旧世界の兵器らしい、としか答えられない。ゼロ自身さえそのことに確信を持てていない今、その問いにゼロが答えることは難しかった。
「・・・・・・すまない。部下を助けてくれた者を、疑うことはできればしたくないのだが、私たちにとってみれば、君はアンドロイドというよりかは――特異な進化を遂げた機械生命体と言われた方がまだ納得ができるんだ」
アネモネの発言に、レジスタンス全体が同意するように頷く。
ゼロに助けられた部隊の隊長も、申し訳なさそうな顔をしつつも否定しないまま顔を下げる。
「ッ、そんな事ないッ!!」
アネモネの発言に絶えきれず、ゼロに腕に抱かれていた11Bが無理矢理、身を乗り出して怒鳴った。
――どいつもこいつも、ゼロをバカに、バカにしやがってッ!!
「ゼロは旧世界の人間たちに作られたアンドロイドよ!! ポッドがそう言ってたんだから間違いない!! 工場廃墟の地下で眠っていたゼロを私がハッキングで目覚めさせたの!! ゼロは、動けない私を守ってくれた。あんな奴らとは違う。それに・・・・・・」
もう一度、11Bは息を大きく吸って、アネモネに向かって激情という言葉をぶつけた。
「アンドロイドだろうと機械生命体だろうと何だろうと・・・・・・ゼロはゼロなんだからぁッ!!」
ハァ、と息を上げて11Bはアネモネと、周囲のレジスタンスのアンドロイドたちを睨み付ける。その眼光たるや、レジスタンスのアンドロイドたちをたじろがせるには十分な迫力だった。
アネモネは呆気に取られたように口を開け、ゼロですら目を見開いたまま腕の中の11Bを見つめる。
暫しの間、乾いた風が吹き続けた。
「・・・・・・ふふッ、アハハハハハッ!」
先に沈黙を破ったのはアネモネだった。
腹を抱えて、おかしそうに、どこか嬉しそうに彼女は笑っていた。
全員が呆気に取られる中、笑いを堪えたアネモネは、再びゼロ達の方へ向き直った。
――少し、懐かしい気分になった。
性格も、見た目も違うのに、必死に
――2号、少し、この子をお前と重ねてしまったよ。
今はどこにいるのか分からぬかつての仲間に対して、アネモネは語りかける。
「11B、君の気持ちは分かった。だが、何も知らぬままでは我々も君たちを受け入れることはできない。落ち着いて君を治療することすらままならない。そこでだ――」
アネモネが隣にいた仲間に指示すると、テントの向かい側にあった廃墟ビルのドアが開いた。開いた電子式のドアの奥から見えたのは、簡素な作りの個室だった。
打ち放しの部屋にテーブルやラックなどが置かれた簡素な作りであったが、内部は空間を広く取っており、休息を取るには十分な空間と言えるだろう。
「ここに来る予定の担当のヨルハ隊員のため空けた個室だが、幸い彼らが来るまで時間はある。そこで――君たちのことを教えてもらえないか?」
開いた個室の方へ足を運び、アネモネはゼロ達の方へ振り向いて言う。
「我々とて、仲間を助けてくれた恩人を見捨てる程腐ってはいない。我々はバンカーと繋がってはいるが、組織としては独立している。
君たちの力になれるかもしれないが・・・・・・どうだ?」
優しく微笑みながら言うアネモネに、2人は思案する。
正直、彼らレジスタンスを信用仕切れてはいない。バンカーに連絡を取っていない云々も本当かどうか分からないのだ。だが、それは向こうも同じ事。
その上で、アネモネは歩み寄ってきた。
あの奥にある個室が、罠か、それとも安穏の空間となるか。
「・・・・・・行こう、ゼロ」
「いいのか?」
「ええ。あの人のことはまだよく分からないけれど、信用できると思う」
「・・・・・・分かった」
11Bがそう選択したのであれば、ゼロからは言うことはない。
11Bの選択を聞いたゼロは彼女を抱えたまま、アネモネの方へ歩み寄っていく。
「オレたちは、アンタを信用する」
「・・・・・・そうか、ありがとう。この部屋に入るのは君たちと私、そして私の仲間が2人だ。彼女たちは治療・メンテナンスに特化したアンドロイドでね。11Bを治療しつつ、君たちから話しを聞かせてもらうよ」
「・・・・・・分かった」
こうして、アネモネとゼロ、11B。
そして後から呼ばれた双子の姉妹型のアンドロイドが個室に入ることとなった。
簡素な空間に用意された二つのベッド。
元々、これから来る予定だった2人のヨルハ隊員用に用意された部屋の内、一つのベッドに11Bは寝かせられ、アネモネの仲間である双子の姉妹型アンドロイドから治療を受けていた。11Bを治療する双子のアンドロイドはデボル、ポポルという名前のようだ。
その隣には壁に寄りかかったまま腕を組んで治療を受ける11Bを見守るゼロと、出口の扉側に立つアネモネがいた。
「・・・・・・そうか。機密を知って作戦中に脱走。再起動した後、脱走ルートとして工場の地下エリアを目指すが、君の裏切りに感づいていた7Eと遭遇、負傷したものの機械生命体の部隊が乱入したことにより、なんとか逃げ延びる。機械生命体たちに追われながらも予定通り工場の地下ルートを通るが、最中に論理ウイルスの汚染が進み、どうしようもなくなった所で、ポッドの助言に従いゼロを発見。逃げ場がなくなった君は、ポッドに時間を稼いでもらいながら、ハッキングでゼロを目覚めさせた。
だが、目覚めさせたもののポッドは大破、君も動けない程のダメージを負うが、ゼロに助けてもらいなんとか逃げ延びた。
そこで待ち伏せていた7Eがゼロと交戦し、その最中に超大型の機械生命体が現れ、7Eは死亡。ゼロは君を守りながらも、単身で大型を撃破。
無事工場を脱出して、道中で偵察中だった私たちの部隊を助け、今に至ると」
治療を受けながらの11Bのこれまでの説明を、アネモネが簡潔にまとめ上げる。
人目につかないこの個室を選んだのは、これから新しい担当としてくるであろう2人のヨルハ隊員の目に11Bが映らないようにするためだ。
そうでなくとも、今現在このレジスタンスキャンプにはそれとは関係なく1人のヨルハ隊員が休憩所にいるのだ。
幸い、彼女は音楽に夢中であったために中心で起こっていた騒ぎに気づいた様子はない。
故に、脱走した11Bの存在がヨルハ側にバレる前に手を打つことが、この話し合いの目的だった。
「はい。それと、機密についてですが・・・・・・」
「ああ、そこについては触れないようにしておこう。おそらく、我々も知ってはいけないことだろうからな・・・・・・」
「ごめんなさい・・・・・・ここまでしてもらって」
目を伏せて謝る11Bだが、アネモネは手を振って「構わないさ」と返した。
「けれど、正直、信じられないわね」
11Bを治療しつつ、そう言い出したのはポポルだった。
「ポポルに同じだ。11Bには悪いが、まるでお伽噺のようだよ。信じろって言われても、そう簡単に飲み込める話じゃないな」
双子の妹の言葉に同意するデボルの言葉は、皮肉が込められつつも尤もな事だった。
まるで、ピンチになったお姫様と、そこへ颯爽と助けに来てくれた王子様のような、そんな都合のいいお話だった。
旧型であるデボルは、それをお伽噺と皮肉ったのだった。
――あたしたちには、そんな奴はいなかったっていうのに・・・・・・。
若干羨望の眼差しで11Bを見つめつつ、彼女の治療を続けるデボル。
そんなデボルの言葉に更に同意するように、アネモネは頷きながら話し合いを続けた。
「そうだな、直接見ていない私たちではその話を信用することができない。
・・・・・・そこでゼロ、君に一つ確認したいことがある」
「・・・・・・何だ」
アネモネはゼロへ向き合い、ある事を聞こうとした。
「君が戦った7Eだが、彼女の傍には11Bとは別に彼女の随行支援を担当するポッドがいただろう?」
――あの箱のような機械か。
ゼロは7Eとの戦闘を思い返し、7Eを射撃支援していた箱のような形の飛行体を思い出す。今までの話を聞く限りでは、自分が目覚める前の11Bにも同様の支援ユニットが付いていたそうだが、ゼロを目覚めさせる時間稼ぎ役を引き受けて大破してしまったようだ。
黙って頷くゼロに、アネモネは続ける。
「君は彼女に重傷を負わせたそうだが、彼女が大型兵器に潰される直前――そのポッドはどこにいた?」
「・・・・・・たしか・・・・・・」
思い返すゼロ。
突然現れた大型兵器と11Bを守ることで手一杯だったゼロだが、そういえば7Eに随行していたポッドの姿は彼女との戦闘以降見てはいない。
「・・・・・・分からない」
「なら、おそらく遠くで君と大型兵器の戦闘を観察していたと考えるのが自然だろう。君が大型を撃破する所も、おそらくは」
アネモネの言葉にハッとなったのは、未だに治療を受けている最中の11Bだった。
「という事は、バンカーは既にゼロの存在と戦闘能力を認知している可能性が高いってこと?」
「その通り。ならば、そこに光明があると私は考えている」
光明――その言葉に全員がアネモネに注目する。
「順序立てて説明する。まず、君とゼロのいった事が本当のことならば、7Eに随行していたポッドは彼女の死後も、ゼロの戦闘を観察していた可能性が高い。おそらくバンカーにも報告されているだろうな。
――つまり、機械生命体を破壊したゼロの有用性と危険性を、バンカーは把握しているんだ。大型兵器を単身で撃破した存在とあらば、バンカーも容易に手は出し辛いだろう。
即ち、11B。君はバンカーに対してゼロという強大な武器を保有しているということになる」
「武器って、ゼロは別に――」
「・・・・・・すまない、言葉の綾だ。だが現に今、ゼロは君のためにこうして動いている。ならばあながち間違いでもないだろう」
11Bに謝りつつ、アネモネはそこでだ、と続けた。
「機械生命体を破壊したゼロを見たバンカーのゼロに対する認識は二つだ。一つは――強大な戦闘能力を有していること。そして二つ目は、それは自分たちの味方になりえる存在か分からないということだ」
一つ目は確定要素。
二つ目は不確定要素。
アネモネが注目するのは、この二つ目の要素だ。
「この不確定要素こそ、11Bが生き残る道に繋がる。要するに、バンカーに対して、ゼロはアンドロイドの味方でも、機械生命体の味方でもなく――11Bの味方であることを証明すればいい。そうすることで、11Bに対して手を出しにくくする。11Bを失えば、ゼロがどのような行動に出るか分からないと認識させるんだ。
そのためには、何が必要だ?」
アネモネの提案する策に、ゼロ以外の全員が息を呑む。
確かに、これならば11Bが助かる道があるかもしれない。
アネモネの提案に、あっ、と気付いたように声を上げたのは11Bだった。
「ゼロが、私の味方であるという証拠を提示する。それが提示できる一番の方法は、私がゼロを目覚めさせたという証拠・・・・・・その証拠を持ってるのは――」
――ポッドしかいない。
その発想に行き着いた11Bに、アネモネは満足そうに頷いた。
「そうだ。君の随行支援を担当していたポッド。目覚める瞬間は無理にしても、君がゼロのプロテクトをハッキングする最中の映像は残っているかもしれない。つまり――ゼロが目覚めた場所に放置されたポッドの残骸――その中から、その映像データを抜き出す。それをヨルハに提示するんだ」
アネモネの説明に希望が沸いてくる11Bであったが、同時にある疑問が過ぎった。
――その作戦は、11Bがあくまでアンドロイド側であることで、さらにゼロが11Bの味方で在り続けることを前提とした策なのだ。
つまり――
「ゼロと一緒に、レジスタンスに入る――そういう事ですか?」
「そうだ」
「ゼロを交渉の材料として利用して、私の元へ縛り続ける、ということですか」
無言で頷くアネモネ。ゼロはあくまで11Bの味方。
そのゼロがヨルハ、ひいては人類軍にとって有用であると証明し続けるためには、一度は裏切った11Bが再びアンドロイド側に付くこと。
そしてその11Bの元へゼロを縛り付ける、そういうことだった。
「結局は、ゼロ次第ということになるな」
アネモネが言い終わると、全員が一斉にゼロの方を向いていた。
今まで黙ってアネモネたちの話を聞いていたゼロ。
これといった意見をしてこなかった紅いアーマーを身に纏うアンドロイドに、その意思を問う必要が出てきたのだ。
「ゼロ、私からも君に頼みたい」
ゼロの方へ一歩踏み出し、アネモネは頭を下げる。
「私たちレジスタンスは、機械ども相手に苦戦してきた。私たちがこうしている間にも奴らは数を増やし、進化を続けることだろう。
今までゲリラを展開して応戦してきた我々だが――正直、それが一杯一杯だったんだ。私たちにできるのは、私たちを見捨てた人類軍を支援して、情報を提供することだけなんだ。
その過程で、私たちは多くの仲間を失ってきた。
そこに――君が来た。大型兵器を単身で撃破する君が」
ゼロは黙ってアネモネの話を聞き続ける。
「我々は、仲間を救ってくれた君の力が欲しい。そして、君が味方する11Bが仲間に欲しい。仲間になれば、我々は君たちを家族として迎え入れよう。君たちの居場所になろう。
だから、どうか――我々に、力を貸して欲しい」
頭を下げるアネモネ。
思わず、11Bを治療する手を止め、騒然とするデボルとポポル。
レジスタンスのリーダーを務めるあのアネモネが、率先して頭を下げたからだ。
彼女からしても、ゼロはレジスタンスに欲しい存在だった。機械生命体の包囲網を全滅させたという報告から、彼が大型を撃破した瞬間を目にしてなくとも、それは変わらない。
全員が、ゼロの返答を待つ。
ここから先は、ゼロの選択に掛かっているのだから。
「・・・・・・一つだけ聞きたいことがある」
静かに口を開いたゼロが、腕を組んだままアネモネの方へ顔を向けて問うた。
「お前達は、なぜオレ達にそこまでしてくれる? 片や、人類軍を抜け出した裏切り者。片や、敵か味方かも分からない得体の知れぬ者・・・・・・そんなオレ達を、あんた達は何故助けようとする?」
ゼロの疑問は尤もなことだ。
アンドロイドである11Bはともかく、アンドロイドか機械生命体ですらない、自分自身ですら何者なのか分からない存在に対して、なぜ手を差し伸べようとするのかがゼロには分からなかった。
聞かれたアネモネは、「簡単さ」と笑って答えた。
「私たちは君という恩人を見捨てる程腐ってはいない。それに、君に助けられたということは、君を目覚めさせてくれた11Bにも助けられたということなんだ。
君が助けてくれなければ、11Bが君を目覚めさせなければ、あいつらはきっと帰ってこなかっただろう。その恩を返したい――それだけでは、駄目か?」
アネモネの言った理由に、ゼロは暫し思案した後――
「・・・・・・分かった。お前達の仲間になろう」
「ゼロ!」
決心したゼロだが、待ったの声がかかる。
11Bだ。
「・・・・・・いいの? 貴方をずっと利用し続けることになるのよ? 人類軍への交渉材料として・・・・・・貴方を、私の元で縛り付けることになるのよっ!? 貴方はそれでいいのっ!?」
話を纏めるならば、11Bは自分自身が生き残るためだけにゼロをずっと利用し続けることになる。
それは果たして、ゼロにとってはどうなのか。
「お前についていくと決めたのはオレ自身だ。それに――」
ちらり、とゼロはアネモネたちを一瞥する。
ゼロ自身も、11Bと同様にアネモネのことは信用していいと思ったのだから。
「ここの居心地も、存外悪くはなさそうだ」
最後にそう締めくくりながら、ゼロは悟ったように瞳を閉じた。
これ以上、自分から言うことはない。今言ったことが全てだと言わんばかりに。
こうして、2人はレジスタンスに加わる事となった。
時は暫くして、ゼロは自分が目覚めた工場廃墟の入り口の前に立っていた。
赤さびた鉄の表面で構成され、悠然とそびえ立つ工場廃墟の建物をゼロは見上げる。工場に入る直前、ゼロはここに来るまでのことを思い出していた。
『・・・・・・ポッドを回収しに行くのね?』
『ああ、時間がない。すぐに行く』
個室に残されたのは、治療を受け続ける11Bと、彼女の治療を担当するデボルとポポル。そしてゼロだった。
アネモネはレジスタンスキャンプの現場の指示に戻り、後はゼロが準備を整えて出発するだけだった。
『ゼロ、ポッドは本来私たちヨルハ機体の随行支援のためにあるものだけれど、もう一つ役割があるの』
『役割?』
『監視よ。随行支援対象が任務を放棄、または裏切りを行った場合、すぐにバンカーに連絡が行く。そういう役割も兼ねているの』
11Bの説明に納得がいったゼロであったが、同時にある疑問も沸いてくる。
――ならば、何故11Bはポッドを伴ったまま部隊から脱走したのか?
その疑問はゼロの口から出される前に、11Bが答えた。
『けれど、ポッドはバンカーからの役割を破棄して、私に着いてきてくれたの。私がヨルハに監視されないように、あの子は自身とバンカーの通信を閉鎖してくれた』
『・・・・・・』
『あの子は、私がロールアウトされた時から、ずっと一緒だった。私が無茶すれば、注意を促しつつずっと助けてくれて、気がつけば私もあの子に愛着が沸いてた。多分、あの子が役割を破棄しなくとも、私はあの子を連れていたと思う・・・・・・』
ずっと一緒だった。相棒だった。
いつしかポッドが損傷した時は、スキャナータイプに頼れない時は11B自身の手でメンテナンスをすることもあった。
いつしかポッドも11B以外からのメンテナンスを嫌がるようになり、必然とポッドと11Bの触れる機会は多くなった。時折、後輩の16Dから嫉妬の目線を向けられることもあったが、その時の16Dは可愛かったので尚よかった。
だが、そのポッドもゼロを目覚めさせる時間稼ぎのために、死んでいった。
ゼロは考える――おそらく11Bの言うポッドがいなければ、自分が目覚めることもなかったのではないか
『・・・・・・ごめんね、こんな話をしちゃって。気を付けてね、ゼロ』
『連れてくるさ』
『ゼロ?』
『データと一緒に、そいつもお前の所へ連れてくる』
――それが、オレが彼にできるせめてもの報いだろう。
そう言い残し、11Bは個室を去ってアネモネに挨拶をした後、工場廃墟へと足を運んだのだった。
かつて人類が兵器工場として建てたその建物は、今や機械生命体の手によって自分たちの仲間を増産する設備に成り果てている。
降下作戦によってその勢いこそ落ちたものの、この工場から機械生命体を完全に追い出せた訳ではない。
その工場を、ゼロは見上げる。
『こちらレジスタンスキャンプ。ゼロ、聞こえるか?』
声が聞こえた通信機を手に取ると、そこからアネモネからの通信映像が映し出された。
レジスタンスの通信機から、アネモネが連絡してくれたのだ。
『11Bのことは此方に任せてくれ。なるべくヨルハの目に届かない所に匿おう。だが、それでも彼女のブラックボックス信号を隠すことは難しい。できれば、早急にポッドを見つけ出して欲しい』
目標は、工場地下にある自分が眠っていたエリア――そこにある11Bのポッドの亡骸の回収。
レジスタンスキャンプに調査担当のヨルハ隊員が到着する前にそのデータを見つけ出し、更にその亡骸を11Bの元へ送り届けるのが、今回の任務だ。
「了解。
任務内容の確認を終えたゼロは、静かにそう言い放つと、工場廃墟の中へ飛び込んでいった。
――同時刻
バンカーから放たれた、二機の飛行ユニットが海の上を渡りながら――工場廃墟へ向かっていった。一機は黒、もう一機は隊長機の証である白色に塗り替えられた飛行ユニットだった。
『それにしても、どうして2Bのような戦闘モデルが調査を担当するんでしょうか? 現地調査なら、僕たちスキャナーモデルだけで十分なのに・・・・・・』
黒い飛行ユニットを操縦する青年のアンドロイドは、ヨルハ9号S型――9Sだ。先日の降下作戦において2Bと共にブラックボックス反応の共振による自爆を決行し、再び同一個体として復活したスキャナーモデルのアンドロイドだった。
『・・・・・・命令に文句を言わない』
『はーい』
隊長機に乗る女性アンドロイド――ヨルハ2号B型である2Bが諫めるように注意すると、9Sは気の抜けた返事で返した。
――それにしても・・・・・・。
9Sは、ちらりと己の横を跳ぶ2Bを一瞥した。
2Bもまた9Sと同じくブラックボックスの共振による自爆作戦を決行し、先ほど同一個体として目覚めたヨルハ機体であったが――むべなるかな、その当時の記憶を引き継いでいたのは2Bのみだった。
つまり、9Sのバックアップは2Bと合流する以前の記憶で止っており、
故に、9Sは不思議に思わざるを得ない。
――前の僕は、どうして自分よりも、この人のデータのバックアップを優先したんだろう?
そんな素朴な疑問が、ふと9Sの頭に過ぎった。
――この人と任務を共にすれば、それも分かるかもしれない。
これから調査任務を共にするであろう相棒に対して興味を抱きつつ、9Sは2Bと共に
――今回、彼らが与えられた任務は
一つ目は、地上にいるレジスタンスと合流し、情報収集すること。
そしてもう一つ――工場廃墟に現れた、“赤いイレギュラー”の調査。
侵入経路を確保したことにより、道中襲ってくる飛行型機械生命体の数は少なく、降下作戦中は脅威だったレーザー攻撃も今はない。
ジャミングされる恐れもないため、バンカーとの通信は良好だ。
そして、バンカーは最優先任務としてこの赤いイレギュラーの調査を2Bたちに依頼したのだった。
何故レジスタンスと合流する前よりも優先すべき事項なのか9Sには理解できなかったが、バンカーからの命令とあらば従うしかない。
こうして、この物語を紡ぐ役者が、工場廃墟に出揃おうとしていた。
出会いの時は、近い。
・・・・・どうしよう、アネモネさんがイケメンすぎて11Bの存在感が埋もれそう・・・ナントカシナクテハ