ある学生の軌跡   作:ウルサスに救いを

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ざっくり後日談的な感じとなります。
そして、本編としては申し訳ありません、これで終わりです。
まあ、私のモチベ次第で蛇足が続く訳ですがね!


『ゼオン』様、『タツタ』様、『モノクロー』様、評価ありがとうございます!
そして改めて、今日この時までに評価を下さった皆様に、最大の感謝を!


地獄を脱して

「………まさか、気付かれてたとはね」

 

 ロドスのオペレーターたちに護衛され、チェルノボーグ外れから外部へと脱するべく移動するウルサス人学生の一団。それを見下ろし、白のクランタは立ち去った青のウルサスを目で追い、嘆息する。

 

「多分、マンティコアやレッドにも気付いてるかな?あの人も厄介事を押し付けてくれたね」

 

 隠密に兎に角長けた同僚を思い浮かべながら、あからさまに嫌そうに零す。

 暗殺者でもある彼女にとって、潜む者を即座に見抜くグローザは天敵中の天敵だ。なにせ、騎士の甲冑を容易く砕き貫く矢を片手間に掴み、弾き、吹き飛ばす暴威そのもの………要は、攻撃そのものが通じないのだから。

 

「けどまあ、あの子………肉親かな?予測は間違ってなかったみたいだし、結果オーライかな」

 

 彼女の今の雇い主が危惧したのは、チェルノボーグの動乱にグローザが加わった理由。例えば、それが彼女の肉親などであったとして、それが万一死亡するなどが起こってしまえば、最悪チェルノボーグのドクターは疎か、ロドスのCEOをはじめとした数多の犠牲が出ていただろうことは確実。

 

 事実として、我を忘れ暴走したかつての夜、小さな町一つが消し飛んだ。もし、最後の肉親であるレナートが死亡していて、その亡骸を目撃するなどしてしまえば、歳月と共に力を増したアーツの暴走により、チェルノボーグという都市そのものが消し飛んでいた可能性まであるのだ。

 

「………仕方ない、ちょっと本気で護衛しとこ」

 

 ここから先、不慮の事態で死亡となり、グローザとロドスが敵対しては叶わない。拠点が移動都市であるロドスでは、圧倒的極まる破壊力を持つ個のグローザとの相性が悪すぎる。自衛手段が幾らもあるとはいえ、対応できるオペレーター自体が非常に少ない為、リスクは排除する必要があるのだ。

 

 仕事が増えたことに溜息を零しつつも、白のクランタはしっかりと弓を構え、任務を開始した。

 

******

 

 そして、時は流れ。

 

「ッ!」

「………ッ!」

 

 訓練室を、縦横無尽に駆ける二つの影。赤と青の対照的な二つの色は幾度となく交錯し、鋭い攻撃の連続が交わされる。その度、青い影―――青髪のウルサスの動きが鈍るのに対し、赤いフードのループスは欠片も速度を落とさぬまま、攻勢を増していく。

 

「この短期間でレッドにあそこまで食い下がるか………姉が姉なら、弟も大概だな」

 

 チェルノボーグの惨劇から救助された後、ロドスのオペレーターとなる事を志願した学生たちの一人。感染者の傭兵を姉に持つ少年の動きを観察し、レッドと呼ばれたループスの上司である人物、ケルシーは感嘆とも呆れとも取れる言葉を零す。あくまで訓練とはいえ、長い訓練を経た熟練を相手に、短期間で喰いつけるに至る学生となれば、当然その異質さは際立つ。

 

「シュトルム………ウルサス帝国の言語に則った意味でも、別の意味でも噛み合う名だな」

 

 コードネーム『シュトルム』、本名レナート。グローザを名乗る傭兵に似て、並外れた身体能力と優秀なアーツ適正を併せ持つ逸材であり、他の学生たちより格段に早い段階でオペレーターとして前線にて活躍を収めた傑物………難点もありはするが、素質は突出している。

 

 そして素材の優秀さは、現在の訓練風景からも容易に見て取れる。

 

「チィ………ッ!」

「っ!?」

 

 アーツユニットによる、暴風のアーツ。仕切り直し、とするにはあまりに凶悪な破壊力を秘めたそれを上手く受け流し、レッドは床を転がる。起点である為にその影響が希薄なシュトルムが強襲するも、練度の差から軽々捌き切り、そのまま関節を極め叩き伏せる。

 

「………勝ち」

「ああ、敗けだ敗け」

 

 力任せに振り払えぬよう、しっかりと極められたシュトルムは大人しく敗けを認め、溜息。

 

「まだまだだなぁ、ホント」

「シュトルム、強い。ただ、まだ足りてない」

 

 何が足りないかと言われれば、やはり経験だろう。元が学生である以上、幾らあの地獄を潜り抜けたとはいえ、荒事の経験値としてはたかが知れる。なにせ、暴徒たちの大半が元一般市民であり、腕っ節だけでどうにかできてしまう相手ばかりだったのだから。

 対し、レッドは、ロドスのオペレーターの多くは、訓練を積んだ、或いは戦場で経験を積んだ熟練が大半。柔よく剛を制す、剛よく柔を断つというように、今の彼ではどちらも中途半端であり、純粋な身体能力という剛は熟練の柔に制され、付け焼刃よりマシ程度の柔はあっさりと断たれてしまう。

 

 一応、相応の戦果を挙げてこそいるものの、それも相手がレユニオンの暴徒だったお陰。他の熟練オペレーターたちの活躍を目の当たりにしたからこそ、こうして明確な格上に手合わせを願い、少しでも上に至ろうと足掻いているのだ。

 

「はぁー………」

「訓練はこれで終わりだ。大人しく休んでおくといい」

 

 ケルシーに告げられ、シュトルムは軽い調子で敬礼を返す。それと共に関節技が解かれ、自由の身になると共に立ち上がり、軽く肩を回す。大きく伸びをして、そのまま訓練室を抜けた彼を待ち受けていたのは、同じくオペレーターに志願した仲間。

 

「また敗けたか?」

「ああ、敗けた敗けた。綺麗に敗けたよ」

 

 ソニア改め、ズィマーの問いに笑って答える。悔いを感じながらも、しかし清々しい笑顔だ。

 

「そうかい。その様子じゃ、残念会はいらねぇ感じか?」

「だな。つか、食堂はちょっと………」

「あー………」

 

 シュトルムの弱点を知るズィマーが同情気味に零し、苦笑する。

 

「グムの料理、食えねぇな」

「そっちはまあ、上の方で振舞ってくれてるし」

 

 ウルサス学生自治団………チェルノボーグを脱した一団の多くは、ロドスの一員として日々働いている。戦闘オペレーターとして活躍する者はごく一部だが、他の面々は事務員などといった後方要員として貢献しており、ロドスへの滞在を続けている。

 そして、そんな彼らがロドス上部に得られた拠点では、食堂とは別にグム………ラーダが手料理を振舞うなどして、時折皆の労いを行ってくれているのだ。そして、体質から食堂の利用に難があるシュトルムにとっては、グムの手料理を食べる数少ない機会でもある。

 

「ああ、それと」

「仕事か?」

 

 ズィマーの表情が引き締まり、静かに頷く。

 

「ああ。明日からだけどな」

「あいよ」

 

 言葉少なく了承を伝え、外を目指し歩を進める。当然様々な職員とすれ違う中で、互いに一番会いたくないだろう相手と遭遇することに。不幸中の幸いがあるとすれば、ストッパー足り得る人物が存在してくれている事か。

 

「げっ」

「いきなりご挨拶だな、おい」

「そうよ、アレックス。流石に、出合頭にその反応はダメ」

「う………」

 

 白髪のウルサス―――アレックス。またの名を、レユニオン幹部、スカルシュレッダー。現在捕虜状態の人物であり、姉ミーシャの同伴がある時のみ、行動を許されている身でもある。姉の身柄を求め龍門で大暴れした犯罪者であるのだが、恐るべき速度で頭角を現したレナートがケルシーの護衛に選ばれ、ついでとばかりに戦線に投入された結果、可愛そうなくらいボコボコにされ、こうして無事(?)姉と共にロドスで治療を受けているのだ。

 そして、加減なしにボコボコにされたことで、憎悪を通り越して軽い苦手意識を植え付けられてしまった次第である。武器を全て破壊された挙句、自爆覚悟の奥の手すら許されず、マウントでタコ殴りにされてしまえば、そりゃ苦手にもなる………恐怖まで行かないのは、腹立たしさが強く残っているからか。

 

「何故お前が居る」

「訓練帰りだよ。喜べ、ボロ敗けだぞ」

「嫌味か?」

 

 全力の喧嘩腰で睨み合う中、ミーシャは呆れ気味に苦笑を浮かべ、アレックスを軽く小突く。

 

「ダメだよ、アレックス」

「でも………」

「シュトルムさんも、そういうのはダメですよ」

「ハイハイ、っと」

 

 アレックスから敵意が薄れ次第、シュトルムも手を引く。今となっては、ただの八つ当たりでしかないと自覚できている分、クールダウンもそれなりに早くなっている。それでも何故かと聞かれれば、姉に助けられた、と宣いながら、姉を慕うもう一人とは全くの別ベクトルに爆走してしているせいか。

 

「で、そっちは何だ?検診帰りか?」

「お前には関係ない」

「そうかい」

 

 変わらず険悪な空気を隠さぬアレックスに対し、シュトルムはそれだけ返す。ミーシャが軽く頭を抱えていると、彼女と共に検診を受けていたもう一人の元レユニオン幹部が

 

「なんだ、騒がしいと思えばまたお前たちか」

「う………」

「フロストノヴァか。ってことは、そういう事か」

 

 フロストノヴァ―――レナートの姉、グローザを姉と慕う女性だ。彼女もまた感染者であることから、ロドスに身を置いて以来定期検診を欠かさず受けており、それなりに馴染んでいた。

 

「全く、お前たちは………」

 

 呆れる彼女を余所に、シュトルムはそそくさと退散。学生自治団の拠点へと駆け足で戻る。

 

「お帰り」

「ただい………ああ、うん、ただいま」

 

 そして、寛いでいたゾーヤことアブサントの言葉に思わず首を傾げながらも、しかしそのまま返す。穏やかな空気の中、元々部外者であった彼女もいつの間にか馴染んでおり、シュトルムもまた、ちょっとした集会場となっている部屋の片隅、彼女の隣へと腰を落ち着ける。

 

「どうだった?」

「敗けたよ、敗け。やっぱ、強い人にゃ届かないわな」

 

 笑えば、アブサントも軽く笑い、しかし冷静に口を開く。

 

「目標が高過ぎるだけだと思うけどね」

「そうか?」

「だって、お姉さんが目標なんでしょ?」

「まあ、な」

「流石に、一人でスノーデビルの人たちを助けた人は遠すぎると思うなぁ」

 

 グローザの所業を口にして、シュトルムと共に苦笑を浮かべる。

 その所業は、同じ人間なのかと疑いたくなるようなモノばかり。少なくとも、熟練揃いの精鋭部隊であるスノーデビルと交戦していた謎の部隊を一人で虐殺、というのは、アーツ能力の汎用性と奇襲力、殺傷力の高さを加味しても恐ろしい。

 

「それに、今でも十分強いよ、キミは」

「そうは思えないけどなぁ………」

 

 そう零し、椅子へと体重を預ける。その表情は、これまでと異なり浮かない様子を隠せない。

 

「うん、強いよ。だから、焦らないで」

 

 友人の身を案じるアブサントだが、その言葉の裏には、遠くに行かないで欲しいという願いが隠されている。どんどん実力をつけていく彼が、このまま自分たちの手が、力が及ばないところに行ってしまうのではないか、と密かな恐怖を抱いているのだ。

 

「………まあ、焦って潰れちゃ、元も子もないか」

 

 その恐れにこそ気付けなかったものの、彼女のお陰で無意識の焦りを薄っすらと認識したのか、大人しくそう口にする。それから少し沈黙が続いたかと思えば、軽い伸びの後立ち上がり、幼馴染でありよき友人である少女へと振り返る。

 

「何飲む?」

「それじゃあ、ハチミツドリンクでも」

「勘弁してくれ」

「ふふ、冗談だよ」

 

 軽口を交わし、穏やかな時間を過ごす。

 

 

 

 これは、地獄を生き抜いた者たちが得た平穏の一つ。傷は消えずとも、友に笑える仲間がいる、些細な、しかしかけがえのない幸せの中で、彼らはコードネームという新たな名を以て、新たな道を進んでいくのだ。




・レナート/シュトルム
ロドスに救助されたのち、前衛オペレーターとして志願。短期間でめきめき腕を上げた。
コードネームは突撃を意味する語で、転じて楽観視し安置に留まらず、如何なるときでも突貫することを心掛けるべく名乗った。また、ウルサスでは馴染みの無い意味が彼のアーツと噛み合っており、どちらの意味でも通じている。

物理強度、生理的強度、戦場機動において『卓越』評価を受けている上、戦闘技術に関しては恐るべき速度で磨きがかかっており、龍門入り直後にはケルシーの護衛として抜擢、そのまま初陣に投入される程。その結果、レユニオン幹部スカルシュレッダーの無力化、及び拘束に多大な貢献を見せた。
反面、アーツに関しては、単純な出力は姉以上を実現できながら、本人の制御能力不足から評価は『優秀』止まり。

体質から、購買周辺や食堂へは立ち入れないのが密かな悩み。
匂いだけでダウンしてしまう為、時には廊下でぶっ倒れる事も………

・スカルシュレッダー(アレックス)
・ミーシャ
・フロストノヴァ
本作生存組。スカルシュレッダーは物理でボコボコにされ無力化、ミーシャも怒るより先に軽く引いたお陰で、不要な争いは起きず終了。フロストノヴァに関しては、グローザが単独でアレコレ手を回した末、部下たち共々無事保護と相成った。

アレックスに関しては、シュトルムと顔合わせ次第睨み合う仲で、ミーシャは基本仲裁役。
当のフロストノヴァだが、『姉』たちと友好を深めつつ、残念な方向に爆走中。


・グローザ
活躍をダイジェストで語られた主人公の姉。
弟と比べ純粋な戦闘技術は皆無なのだが、身体能力と桁外れに小回りの利くアーツにより、怪物の如き実力を発揮。フロストノヴァ旗下の部隊やらを単独で救う序でに、色々と引っ掻き回した。

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