ある学生の軌跡 作:ウルサスに救いを
蓄音機のやりくりとか色々難しいんじゃァ………
休日―――少年の姿があるのは、殺風景極まる自室だ。
武器と最低限の代物しかない部屋で、簡単なイメージトレーニングをするのみのシュトルムは、延々湧き上がって来る不快な思考を振り払うように、弾を抜いた銃で、ボウガンで、或いは鞘に収まった剣を使って、動きを洗練しようと試みる。
「この感じ、間違いなくいるわね………開けなさ―い」
「………」
Wの声を全力で無視していると、盛大にドアが吹っ飛ぶ。咄嗟に片手で殴り砕くと共に凍り付いた矢先、ドン引きした様子のアブサントとグムに、笑うWの姿。それと、扉の残骸に目を向けてから、シュトルムは額に手を置き、盛大な溜息。
「弁償請求されたら、アンタに回すからな」
「あら、素直に出てくればよかっただけなんだけど?」
一切悪びれぬWの背後で、二人が息を呑む。
嗜好品の類すらないそれは、あまりに異質。素人目に見ても、重症なのは明らかだ。
「二人が龍門に出かける、ってことだから、暇なアンタが一緒に行ってあげなさいな」
「あぁ?なんで………ったく、せめて開ける前に言えっての」
「居留守使おうとしてたくせに」
「………」
全力で顔を顰め、無言で着替えを片手に退散。その姿が消え次第溜息を吐き、Wはひらひらと手を振り、踵を返す。アブサント、グムも部屋の様子から彼女の助力の理由を察し、表情を曇らせる。大切な友人が、慕っている相手がこの惨状となれば、当然の反応だろう。
「これって………」
「私としても、あの子に壊れられると都合が悪いの。悪いけど、頼むわよ」
それだけ口にして、その場を後にする。あくまで、Wとシュトルムの関係は知人程度のものでしかない以上、深入りしてやる義理もない。やるのなら、付き合いのある人間の方がいいに決まっているのだから。
「悪い」
その言葉と共に現れたシュトルムは、ロドスの制服に身を包んでいた。
アブサント………ゾーヤが馴染み深い昔とは大きく異なる表情に顔を歪め、しかし直ぐ頭を振り、微笑みと共に手を取る。明確に表情を変え動揺するシュトルムだが、すぐさまグムにもう一方の手を取られ、ウルサス二人の怪力で引き摺られていく。
その気になれば簡単に振り解けるのだが、心の奥底で引っかかりを覚え、それができない。結局のところ、喪うのが怖いからと繋がりを軽んじる姿勢を見せたところで、根本は少年でしかない。寧ろ、喪うのが怖いからこそ、喪った痛みに耐えるのが辛いからこそ、他者との繋がりに飢えていたところを、無理矢理抑え込んでいたのだ。ボロが出るのも当然である。
「お前ら二人だけか?」
「うん。ズィマーお姉ちゃんとリェータお姉ちゃん、ロサお姉ちゃんは訓練で、イースチナお姉ちゃんは一人で龍門の方に行ってるって。それで、お兄ちゃんを誘おうと思ってたら」
「私も誘おうと思ってたから、折角だし、と思って呼びに来たの」
グムが屈託なく笑い、アブサントも微笑む。完全な私情で交流を断っていたシュトルムの心を、罪悪感に由来する鋭い痛みが襲い、表情が一層険しく歪む。直ぐに表情はもとに戻ったものの、その一秒程度の変化から彼が抱え込んでいる事を察したのか、グムが少しばかり強めに手を握る。
「グム?」
「大丈夫だよ。お兄ちゃんが辛い時は、グムたちが頑張るから!」
何よりも、辛い言葉だ。その優しさが、却って彼を追い詰めてしまう。
「………そうかよ」
シュトルムはその苦しみを表に出さぬよう気を遣い、しかし無愛想に口を開く。自身の振る舞いが彼女を傷付けてしまう、とわかっていても、無理にでも距離を置いておかなければ、自分が耐えられないから、こうせざるを得ない。そして、その自分本位な振る舞いが、更に彼を傷付ける。
表に出さぬよう振舞っているが、幼馴染と言える程に付き合いのあるアブサントには、薄っすらとながらバレている。しかし、彼女にそれをどうにかする術は現状なく、せめていい気分転換になるよう祈り、出掛けるしかない。
「とりあえず、服買わないとね」
「それくらいなら」
「ある、っていうのはナシだからね?」
有無を言わさぬ圧に閉口したシュトルムは、大人しく二人に手を引かれ、龍門へと向かう。
目的は、彼の私服などの購入。複数の物品の購入を目的とする為、行先は自然と複数施設が合体した、大型のショッピングモールへと決まった。チェルノボーグでも利用した事はあったが、ここはウルサス帝国ではなく龍門。内容から何まで、大きく異なる。
「おっきい………!」
「大きい、ってのもあるが広いな………気質の違いかね」
「かな?ええっと、服は………」
アブサントが案内板と睨めっこする中、シュトルムは配置と視界に入る凡その空間から、素早く状況を把握。高い風のアーツへの適正に由来する認識能力の高さに加え、姉と異なり方向音痴のケが無いお陰ですんなりと情報を飲み込んだ彼は、アブサントとグムの手を取り、二人が目的としているであろう店へと向かう。
「こっちだ」
「わ、ホントだ」
「ねえねえ!はやく見よ!」
グムが颯爽と駆け出し、服の物色に移る。着る本人以上にはしゃいでいる様子に密かに安堵を覚えると共に、自身の好みと合致するかどうか、とシュトルムが頭を抱える。溜息と共に並ぶ服へと目を向け、視線を彷徨わせる。
その反応に驚いたアブサントは続けて微笑み、しかしある事実を思い出すや否や、真顔に。
「………どうしよう」
ここ暫く、支給された服以外着用していなかった為、すっかり忘れていたが。
この幼馴染、両親がわざわざ服を買い揃える程度には、センスが壊滅的なのである。
******
「思ったより買ったな………」
「えへへ~」
「合う服が多くて、つい」
仲良く苦笑する二人に呆れつつ、彼は予想以上に買い込まれた衣類を収めた、複数の袋に目を向ける。シュトルムが零すようにかなりの数を買い込んだわけだが、特に気にした様子はない。寧ろ、その表情は普段より幾らか穏やかですらある。
「で、次はどうすんだ?」
「うん、次は………え?」
アブサントが驚き振り向けば、逆に訝しそうな目を向けられる。
「お前らが誘ったんだし、まだ行きたい場所あるんだろ?荷物持ちくらいならするぜ?」
「ありがと。それじゃあ、」
「それじゃあ、あそこ行こあそこ!」
グムが二人の手を引き、喜色を隠さず走り出す。困惑を隠せぬシュトルムに対し、アブサントは緩む頬を隠さず彼の手を取り、グムと共に足取り軽く進んでいく。わずかながら、彼女のよく知る本来の彼が戻りつつあるのだから、その喜びも当然のもの。
結果、グムが選んだまた別の服飾店へと踏み入る事となり
「なあ、俺はお前らの着せ替え人形じゃないんだが?」
「だって、レナートに任せてると、悲惨なことになりそうだし」
「それはひどくねぇか?」
「おじさんとおばさんに、どれだけ愚痴られたと思ってるの?」
さり気無く本名で呼ばれている事に気付かぬまま、シュトルムは目を逸らす。
この男、顔は悪くないのだが、如何せん強面寄りの為、結構モノを選ぶ。だというのに、如何せん感性に対しセンスが壊滅的通り越して破滅的であり、選ばせた代物に関しては満場一致で『これはナイ』だった程………要は、当人に選ばせては、いけないのである。
「とにかく………えっと、グムちゃん?」
グムが持ち寄ったソフト帽を前に、アブサントが首を傾げる。
「これ、お兄ちゃんに似合うと思うんだ」
「似合うか?」
それを受け取り被ってみれば、帽子の色と切れ長に釣り気味の紅い三白眼といった要素が綺麗に噛み合い、見事に似合っている。似合っているのだが………雰囲気が、完全に堅気でない人間のそれである。
「なんか、映画で見た怖い人みたい」
「マジかよ」
「うん、結構こわい」
アブサントが揶揄い半分で肯定すると、シュトルムは微かにショックを受けた様子を見せる。強面を気にしている、なんて柔な感性の持ち主では無いが、それはそれとして、やはり辛いものは辛い。特に、グムがやや引き気味であることが、妙に心に突き刺さる。
「買うの、やめるか」
「えー?似合ってるし、いいと思うけどなぁ」
「こわいっつわれると、そりゃヤになりもするわ」
感情豊かな姿に懐かしさを感じつつも、そう感じてしまう環境をどうにかする必要があることを再認識するアブサント。グムもまた、シュトルムの感情豊かな振る舞いを喜び、抑えることをやめて、彼を振り回している。
「でも、ズィマーお姉ちゃんたちに見せて、びっくりさせてみたくない?」
「驚くか?」
「いきなり見せたら驚くよ!」
悪戯っ子のように笑うグムに、つられてシュトルムの頬が緩む。帽子を脱いで買い物籠に放り込んでから、続けて別な帽子に手を伸ばそうとして
「「いや、それはない」」
全力で、二人に否定される。無言でその帽子を元の場所に戻した彼はあからさまに肩を落としており、その様子に二人が軽く噴き出す。これまでは、極限状態と精神状態不安定といった極端極まる状況下の彼しか見ていなかったからこそ、グムにはありのままの姿が新鮮であり、アブサントには懐かしく、双方にとって確かな成果であると言えた。
「とりあえず、レナートに合いそうなのは私たちで選ぶから。グム、手伝って」
「はーい。それじゃあ、お兄ちゃんこっち!」
「え?」
「え、あ、ええ?!」
グムがシュトルムの手を引き店の奥へと消え、アブサントはぽかんとそれを見送る。
「懐かれてるんだね」
素の彼をよく知っているアブサントが納得するように頷き、微笑を浮かべる。明るい姿を見ることが出来るだけでも、心にかかっていた靄が晴れていくのを感じる。自身も両親の死を引き摺っている自覚はあるが、彼は二度目。その痛みは、推し量る事すら難しい。
だからこそ、安易な言葉で慰めるのではなく、少しでも気分転換をして貰いたかった。それくらいしか出来る事が無かったからこそ、ああして明確な成果が出ているのが、嬉しいのだ。自身の知る、レナートという少年に戻ってくれたことが、何よりも喜ばしいのだ。
「ねえねえ、これどう?」
「まあ、いいと思うが………ああうん、被れってことな。ちょいと待て」
そんな会話を耳にしながら、アブサントはずらりと並ぶ服へと視線を巡らせた。
今回はお休みさせていただきます………なう知恵熱………オーバーヒートですだよ