ある学生の軌跡 作:ウルサスに救いを
本作の学生自治団組ですが、原作より幾らかマシな環境の為、やや耐性低めです。
図書室………ドアを開けた瞬間、中で何があったかを語るかのような悪臭が解き放たれる。
「「………ッ!」」
レナートが袖で口元から鼻までを庇い、ロザリンが何かを堪えるように口元を抑える。
「ロザリン、少し外にいろ」
「ご、ごめ………ッ」
バリケード代わりの本棚を音を立てぬよう少しずつ破壊。そうして中の光景が露わになると共に、背後の呻きが耳に届く。慌て気味にドアを離れた彼女から放たれる異音を意識から外し、現状学生自治団内部で最も多くを殺している少年は部屋へと踏み込んでいく。
まず目に入ったのは、千切られ散乱したページの数々。それを握り締める者から、不自然に傷つき欠損し、モノによっては更に惨たらしい死体まで………密室という環境故に籠った悪臭からグロテスク極まる現場までもが合わさり、吐き気を催す光景を生み出しているのだ。
ロザリンの同行を強く後悔しながらも、レナートは惨劇の中へ踏み込んでいく。
「………こりゃ、ひでぇな」
極度の飢餓の中、何があったかなど想像に容易い。しかし、場所が悪すぎた。
「あ、ありそう?」
「厳しそうだな。連中、片っ端から本のページやらを食ってたみたいだ」
「ペ、ページを!?」
「そりゃ、何も無いんだからな」
バリケードとして利用されたことで、本棚の配置は無茶苦茶に。そのせいで目当ての本棚の場所の記憶が役に立たない上、片っ端から本を引き出され、ページを引き千切られているせいで目当ての本が無事かも怪しい。予想しておくべきだった自体に頭痛を覚えながらも、死体置き場での就寝によりある程度耐性がついていたレナートは、一人比較的状態がマシな代物を探し、タイトルを確認していく。
「駄目だこりゃ」
「そ、そんなにか………」
「どこにどの棚があるか、もさっぱりになってるからな。骨が折れる、程度じゃ済まねえぞ」
苦々しく顔を歪め、表紙を確認した本を室外に放り投げる。
「あ、アタシも」
「いや、いい。流石に………ッ?!」
テリトリー内の死体処理をしていたロザリンでさえ、耐えられない程の惨状だ。流石に彼女にそこまでの負担を強いる訳にはいかない、と引き返そうとすれば、レナートの方を掴み、図書室へと押し入るように踏み込む。無理をしているのは明らかであるが、切羽詰まった様子はただ事ではない。
「おい、ロザ」
「探すぞ。アタシは、」
「ならちょいと待て」
「大丈」
「吐いたヤツが何言ってんだ。いいから、ちょいと外で待ってろ」
「そ、それは忘れてくれよ!」
ロザリンを無理矢理外に押し留め、レナ―トは奥へと進む。力任せに適当な隅の床をぶち抜き穴をあけて、そこへと可能な限り死体を放り捨てる。可能ならば悪臭もどうにかしたいが、カーテンでギリギリ内部が見えていないだけの為、窓を開けるのは不可能。よって、我慢せざるを得ない。
「ったく………臭いは無理だが、見た目は多少マシになったぞ」
「わり、手間かけた」
「そう思うなら無茶は控えろっての」
顔色悪いのは、多少とはいえマシな環境に置かれていたお陰か。死体を処理しても尚、凄惨な光景の名残が広がるものの、それでも惨たらしく損壊した死体が無いだけで大分違う。依然として顔色は悪いままながら、多少マシになった様子のロザリンは意を決して踏み込み、血で濡れた床を踏み締め、視線を彷徨わせる。
「どこにどういう本がとか、覚えてるか?」
「いや………ただ、本棚にラベルがある筈だ。持ち上げるから、確認してくれ」
「あいよ」
レナートが片手で本棚を持ち上げ、ロザリンが一つ一つ確認していく。アンナが見たという内容からして、医学系と当たりをつけた二人はそれ系の参考書があるだろうジャンルの棚を探して歩を進めていき、広い室内を隅々まで探して回る。
「っと、これだ!」
「ってーと、この近場か。俺が散ってる方探すから、お前は棚頼む」
「おう!」
先程の様子からしっかりと配慮しつつ、レナートは血やらで汚れた本を手に取り、調べていく。中身が千切られている物でも、レナートは多少残存したページの内容を探り、千切られ方次第で虱潰しにページを読み漁る事を強いられる。対し、そういった労力まで考慮せず割り振られたロザリンは無事な本の大まかな概要から即座に有用性の有無を確認できる為、かなりハイペースに分別を進めていく。
「っと、それっぽいのが書かれてんな」
「お、あったか?」
「今確認すっから、終わったらもう一度確認頼む」
「ああ」
雑にボロボロの本を捨て、ロザリンの手にした本へと視線を移す。内容を確認し終えた本を受け取り次第、改めてその内容に目を通していく。予め、それらしい見出しのページを開いて渡されたお陰ですぐに内容を把握でき、頷き次第ソレを返し、戻る準備に入った。
「戻るぞ。それで問題無い筈だ」
「あれ?何冊かあった方がって」
「この状況で一冊あるだけ儲けモンだ。それに、お前も長居は勘弁だろ」
ロザリンの手を引き、図書室を出る。
窓から身を隠すという手間により、時間がかかりながらも無事戻れば、幸いにも何かがあった様子もなく皆が待機しており、二人は安堵と共にソニアへと発見した本を手渡す。一冊しか無い事から、皆なんとなく凡そを察したものの、それでもやはり尋ねる者は居る。
「一冊しか無かったのか?」
「死体置き場より酷い中での長居は勘弁したかったからな。不満なら、俺が探してくるが」
「どんなだったんだよ………」
「片付けて貰って大分マシになってっけど、アタシは二度目は勘弁願うぞ、マジで」
本気の滲む声に誰もが納得し、多少の不満はあれ凡そ納得となった。
そこからは、本の内容確認。無事(?)アンナの知識が真実と証明され、次の問題に。
「それはいいとして、どこで保管するんだよ」
「誰かがこっそり食べたりしたら………」
「とはいえ、この本の通りなら多く食べると、そのまま死ぬらしいのですぐわかると思いますが」
さらりと冷たいことを口にするアンナにヒヤッとしながらも、一行はちゃんと話し合い続ける。
「ってーと、これまでで一番食ってた俺が別室待機がいいのか?」
「だな。信じちゃいるが、かといって任せっきりもダメだし」
「まあ、別に俺は食い過ぎても文句言わないけどさ」
「けど、流石に………なあ?」
ソニアは信頼しているものの、他はやや割れている。この状況であれば当然であり、納得こそあれ不満など抱かない。寧ろ、信じてくれる者が居るだけでもありがたい、とまで思ってさえいたほどだ。
「それじゃあ、俺は休んでっから」
「それは構わねえが、死体置き場からは引き上げろ。もう誤魔化す必要もねえんだからな」
「はいよ。んじゃ、撤収して適当な部屋に行っとくぞ」
「好きにしな」
その返答を聞き届け次第、軽い引っ越しの為死体置き場に向かう。
といっても、持ち出すようなものは一つだけだ。
「わりぃな、おやっさん。返せるのは、もうちょい先になりそうだ」
血で汚れ、あちこち傷付いた軍事警察の制服………制服に比べ強度に優れるという長所を考慮した打算もあったが、それ以上にこれ以上汚されることを無意識で拒んだ末、手元に置いた恩人の遺品だ。所有者を示す勲章等は亡骸と共に葬ってあるものの、この軍服は打算的な意味合いに加え、包囲網の者たちの恨みを買っているだろうことから外出できないことが重なり、返すことが出来ずにいるのだ。
「………さて、どの部屋にするかね」
丁寧に畳んだソレを抱え、彼は移動先の選定に移った。
******
誰もが寝静まった深夜。学校の設備の自動点灯も、内部の生存者が扱う灯りもない中、暴徒と化しチェルノボーグを襲ったレユニオン・ムーブメントの包囲網………汚れた白の粗雑な装束で統一されたその場所に、異質な色彩が加わった。
「メフィスト、これはどういうことだ?」
「どうって、見てわからないかい?あいつら、内輪揉めしたんだよ!」
楽しそうに笑う少年から注意を外すことなく、暗い灰色と蒼の装束を纏う一団の長は視線を移す。その先の狙撃手は無言を貫くが、それだけで凡そを察し、あからさまな溜息を零すこととなった。
「もういい。ここからは、我々が引き受ける」
「へぇ………ここは、僕が」
「
殺気立つ蒼の一行を前に舌打ちし、メフィストと呼ばれた少年は兵を動かす。
「覚えてろよ」
「お前が、ボスの地雷を、踏み抜いて無ければな」
さっさと行け、とばかりに手を払い、蒼軽装部隊の隊長はメフィスト隊をかき分け進む。
数ではメフィスト隊の半分以下であるが、ファウストが本来の役割を遂行できるポイントに陣取っていない事も加味すれば一方的に殲滅される程の戦力差があるのだ。それに加え、彼らを束ねるボスが出張れば、戦闘は虐殺にまでランクダウンする。
故に、退くしか出来ない。不用意な手を打てば、理不尽なまでの暴力で消されるのだから。
「………感謝する」
「構わんさ。お前さんの事情も理解してるつもりだ………が、まあ、目に余るのも事実だな」
ファウストからの感謝に苦笑の気配を零すも、続けて齎された情報に空気を引き締める。
「それと、居たぞ」
「ッ、マジか!?」
居た………その情報一つで、彼らの目的は半ばまで達成されたようなものだ。
「本当に助かる!おい、ボスに報告!急げ!」
蒼ヴェンデッタの叫びを受け、軽装部隊は一気に慌ただしくなる。
「重装連隊、包囲網再構築だ!シールド二枚で備えとけ!」
「医療班急げよ!あの馬鹿がやらかしてんだ、絶対必要だぞ!」
現状の戦力を動かし、警戒と包囲を強化しつつ、必要と思われる者たちに招集をかける。純粋な質で上回りこそすれ、数で劣る以上包囲は大雑把にせざるを得ない為、突破のリスクを高める代わりに死傷のリスクを低減する方向に切り替え人員の配置を切り替え、改めて高校外周へと散開させる。
その頃、夜闇に包まれたチェルノボーグの市街地。
警戒と共に街を駆ける少女は、不意にかけられた言葉に息を詰まらせた。
「学生さんが、こんなところで何してるのかしら?」
「っ?!」
咄嗟に飛び退いた少女の視界に映ったのは、血の如く苛烈な赤の瞳。それと対照的な、見覚えのある色彩の髪に目を見張る間もなく、謎の息苦しさに喘ぐ。
「はっ、あぁ………っ」
「全く、どこの誰だか………天災に巻き込む気?」
どれだけ空気を吸い込んでも、肝心な酸素が取り込めない。そのことに思い至る時には既に手遅れで、視界はどんどん霞んでいく。膝を着き、徐々に迫る二つの色彩へと手を伸ばした彼女は、同じ色彩を持つ友人の名を口にしていた。
「れな、と………!」
それを最後に視界が暗転し、少女………ゾーヤの意識は途切れる。
その最後の声を聞き届けていた影は数秒沈黙してから、溜息と共にその体を担ぎ上げる。
「あの子のお友達だったのかしら?これは、帰す前にあの子のトコ連れてった方がいいかしら」
素早く近場の建物の壁面を駆け上り、争乱を示す光が点在する街を一望。大きく視線を動かし夜のチェルノボーグを確認した彼女は、上着のポケットから取り出した地図を広げ、たっぷり十数分睨めっこした後、仲間との通信を行った。
「ごめん、ペテルヘイム高校ってどこだっけ?」
ロザリン無理の理由は、察していただければ幸いです。