コズミック・イラ異聞 厄災を翔ぶ者達   作:STASIS

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第十話 分たれた道

≪やめろキラ! 僕達は敵じゃない!≫

 

 後衛を置き去りにする勢いで前進したストライクの正面モニターは、自機と同速で追従して来る真紅のMSを大写しにしていた。GAT-X303イージス……キラのかつて親友、アスランが乗る機体。

 先行しすぎだ、勢いを落とせ、としきりに訴える後続の通信を無視して前進したキラの前に、まるで示し合わせたかのようにイージスは現れた。アスランは短距離通信でキラに呼びかけ始めると、そのまま散発的に攻撃の真似事をするだけで、ひたすら同じ事を訴えていた。

 

≪同じコーディネイターの君が、なぜ僕達と戦わなければならない! なぜ地球軍に居る! なぜナチュラルの味方をするんだ!?≫

 

 一言、一言がキラの心に突き刺さる。アスランは親友だ。その事実に違いは無いし、キラもまたコーディネイターだ。地球軍に味方する義理は確かに無い。けれど。

 

「僕は地球軍じゃない! でもあの艦には仲間が、友達が乗ってるんだ!!」

 

 だから、キラはトリガーを引いた。流石に直撃コースを狙う事は出来なかったが、ライフルなどの武装や頭部などに狙いを定めてはトリガーを引く。

 

「君こそ何でZAFTになんか! 何で戦争したりするんだ!?」

 

 やり場のない怒りを込めて、キラはストライクを突撃させた。思った通りにアスランは後退してストライクを躱そうとする。構えた盾に思い切り蹴りを入れてやると、それを足場にしてキラはアークエンジェルへ急いだ。

 

 ストライクの進む先で、別の敵機がアークエンジェルに攻撃を仕掛けていた。しかも、敵はアスランのイージス同様、ヘリオポリスで奪われたG兵器……ストライクと同等クラスの性能を持つ敵だ。アスランの存在に気を取られ過ぎた事で、早くもストライクはアークエンジェルから引き離され、メビウスとストライクとの連携は断ち切られている。後方を守るカスケードと、二機で編隊を組み直したとは言えメビウスだけでは支えられない。

 

「まずい、アークエンジェルが……」

 

 だが、アスランはすぐさま機体の体勢を立て直すと、手にしたビームライフルを遂に撃った。ストライクの鼻先をビームが掠め、キラは背筋が凍るような思いと共に振り返った。

 ビームが過ぎった時、キラが感じたのは直撃による死の恐怖では無かった。理不尽な現状に対する、ただひたすらに湧き出る怒りだ。

 

 僕はただ、あの艦を、あの艦に乗っている人達を護りたいだけなんだ。僕にはそうするしか選択肢は無かったし、そこに君を撃つ理由など無い。なのにアスラン。君は何も分かっちゃいない。どうしても僕をここに引きつけようとする。そうする事で君の味方がアークエンジェルを墜とせると言うのか。僕を殺したくは無くとも、アークエンジェルの僕の友達はどうなっても良いって言うのか? そう言うなら──!!

 キラは再びライフルをイージスへと向けた。狙う先は……腰部左右に設けられたエンジンの付け根。どうして君は、どうして、君は──っ!?

 

 直後、その自分の考えにこそ恐怖した。今、自分は何を考えていた? 今照準したその狙う先に何があった? キラは乱暴にライフルの向きを変え、翡翠色の光条が明後日の方向に飛び去る。

 

≪キラ……っ≫

 

「あ、アスラン……」

 

 ライフルを無造作に向け合ったまま、二機はそれ以上の動作の一切を停止した。戦場には似合わない静寂が二機を包む。背後でアークエンジェルと敵機が銃火を交わしているのに、ストライクもイージスも慣性に身を委ねたまま微動だにしない。

 

「──戦争なんか嫌だって言ってた君が、どうしてヘリオポリスを……?」

 

≪状況も分からぬナチュラルどもが、こんなものを作るから……≫

 

「ヘリオポリスは中立だ! 僕だって! でも、あの艦では僕しかこの機体を動かせないって言う! そして僕が戦わないと、僕の友達は──それでも良いって言うのか、アスラン! 皆を見捨てろって言うのか! アスラン!」

 

 アスランは言葉に詰まったようだった。動きが止まったままのイージスに背を向けようとするも、アスランは問いかける。

 

≪けど、キラ、それは僕と…………俺と敵同士になって、ナチュラルの味方をするって事なんだぞ。それがどう言う意味を持つか、分からないのか? キラ! そうなったら、俺は──≫

 

 その二人の会話を、無神経なアラートが引き裂いた。戦場で動きを止めた敵機を見過すようなパイロットなど存在しない。アークエンジェルを攻撃していた筈のGの一機……GAT-X102デュエルが、ストライクに向けてビームライフルを放ちながら接近して来ていた。

 

「こいつっ……!!」

 

 ストライク、イージスの両機が即座に反応し、飛来するビームから距離を取る。消極的なアスランとは違う、本気の殺意を持ったデュエルがストライクを追い掛けて来る。キラはアークエンジェル側にどうにか機体を持って行こうとしつつ、ビームライフルで迎撃を試みた。だが、当たらない。まるで見透かされているように……いや実際見透かされているのだろう。ひょい、ひょい、と事もなげにビームを回避し続けるデュエル。その上でデュエルの放ったビームは的確にストライクの至近を掠めており、幾つかはシールドで防ぐ他無かった。

 

「こ、この! 当たれ当たれ当たれ!!」

 

 最早無我夢中でトリガーを引く。だがただの一発もデュエルに有効打を与える事はなく、デュエルはストライクとの距離を徐々に詰めつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、問題はこのカスケードでどうやってGを相手取るか、だが……」

 

 ジークの駆るカスケードのお相手は、GAT-X103バスターだった。頭部メインカメラにフットボール選手のようなスリット入りカメラガードを備えた、ベージュとモスグリーンに彩られた機体だ。

 肩にミサイルランチャー、両脇に抱え込むようにして二種類の火砲を保有するバスターは見た目の通りの砲狙撃タイプで、現状敵方に奪われたGの中で最も危険度の高い機体である。長射程火器を保有するバスターのキルゾーンは、恐らく現存するどのMSよりも長く、それでいてバスター自身全MS中最強の攻撃力を誇る。こちら側の目的がアークエンジェルの防衛である以上、このバスターをフリーにしては不味い。まず間違い無く、その火砲で艦橋なりエンジンなりを撃たれる。故に、ジークは未だ遠いバスターをロックオンすると、カスケードを全速で前進させながらライフルを連射した。

 

 高速で飛来するMS用射撃兵装の弾頭といえど、秒速数キロのレベルで複雑に飛翔する物体にそうそう当たる物では無い。最初の数発を、バスターは難なく回避した。それでも尚、ジークは狙いの甘い弾をバスターに送り続ける。当初こそ真面目に回避していたバスターだったが、やがて大袈裟な回避行動の必要性の無さを悟ったか、或いは実体弾の攻撃が自機に通用しないと理解したか、段々とバスターの動きが単調になって行く。実際に一発だけ肩口を掠めた砲弾は、バスターの外装に何らダメージを与えられていなかった。悠々と弾幕を潜り抜けて射撃ポジションに付いたバスターは、背部と腰部から伸びるアームを器用に変形させ、二門のランチャーを接続。超高インパルス超射程狙撃ライフルによる長距離狙撃の姿勢を取った。

 

「──取った!」

 

 次の瞬間バスターの頭部センサーガードに直撃弾。無力な筈の攻撃が、バスターの姿勢を大きく崩した。

 カスケードの装備したロングバレルライフルは、レールガン構造を採用した事で砲弾の威力と弾速が強化されている。これによって既存のMS用通常火器よりも高い攻撃力を発揮可能だが、威力と引き換えに電力チャージの為の時間が要求される。

 これをカバーする為にカスケードのライフルにはモードチェンジの機能が備わっていた。即ち通常モードと、連射性能を重視した低出力モード。ジークはここ一番のタイミングで、ライフルを低出力モードから通常モードに切り替え、本命の一発をフルチャージで放っていた。

 PS装甲の破壊までは至らなくとも、フルチャージ射撃による着弾の衝撃は非常に強烈だ。しかも、それを不用意に直撃で受けたのだ。並大抵の衝撃では無い。如何に対衝撃性能の高いG兵器であろうと無事では済まず、バスターは大きくのけぞった。

 バスターの直掩に付いていたGAT-X207ブリッツが即座に反応した。慌ててバスターのカバーに回ろうとする黒い機体の脇を一瞬の差ですり抜けて、ジークは細身の実体剣アサルトシュナイダーをすれ違い様に抜刀。無骨な複合金属製の刃をひっくり返ったバスターの胴体に叩きつけ、バスターの後背に回り込んだ。

 

「これで斬れるフェイズシフトでもあるまいが……っ!」

 

 基本的に、カスケードの性能ではGとの近接戦闘には耐え切れない。故にジークが取れる戦法は、今のようにフェイントを咬ましつつ一撃離脱戦法を狙うか、延々と距離を取ってスラスターや武装の破壊を狙い続けるかの二択しか無い。そして、正規軍それも特殊作戦に従事出来るような精鋭パイロット相手に、同じ手はそうそう通用しない。ジーク側の乏しい手札からは、既に一枚が喪われている。

 

「アークエンジェル、ストライクの方はどうか」

 

≪健在です。現在イージス及びデュエルを抑えています≫

 

 当初ストライクには、前方から迫るイージスと、出来ればもう一機Gを引き付けるように支持していた。可変機構による機動力と複列位相エネルギー砲“スキュラ”による火力を持つイージスは、バスターに次ぐ第二の要注意機体だ。ストライクが初手から護衛のメビウス二機を置き去りにしてイージスと接敵したのは予想外だったが、イージス、デュエルの二機のGを相手取る事自体は想定通りだ。最も、その後ストライクがアークエンジェルから離れるようにして戦っているお陰で、メビウス隊は最早ストライクの援護には回せなくなってしまったが。

 

「デュエルがそちらに行くか……メビウス隊、ジンの方は抑えられそうか?」

 

≪ギリギリですがね!!≫

 

≪なら良い≫

 

 半ば悲鳴のような返答に、投げやりに返答する。それでも、二機のメビウスはアークエンジェル後方から迫っていたジンハイマニューバを良く抑えていた。

 ハイマニューバの突撃力を自由にした場合、アークエンジェルの対空迎撃を強引に潜り抜けられる可能性がある。ただ、所詮はジンだ。危険度は最も低い。アークエンジェル自体、ジンの一機や二機程度を撃退するだけの武装は備えている。

 当初の予定ではストライクとメビウス二機でもってイージスとG一機を抑え、ジークがバスターともう一機Gを抑え、ジンはアークエンジェル本体の武装で迎撃する想定だった。だが実際にはストライクとメビウスの連携が崩れ、Gの相手などとても務まらないメビウス二機はジンに当てるしか無かった。そしてデュエルは孤立したストライクを落としに掛かり、ブリッツは攻撃を受けたバスターを無視して、アークエンジェルに突貫していた。

 

 ブリッツを追おうとするカスケードの前にバスターが立ち塞がる。バスター側が対艦攻撃機の役割をブリッツに譲り、カスケードを抑える役割へとスライドしたのだ。バスターの対装甲散弾砲に足止めされて、カスケードはブリッツを逃した。

 

「ちっ……ストライク、アークエンジェルから離れ過ぎだ! 戻れるか?」

 

 ストライクへ呼びかけるも、応答が無い。キラ・ヤマトにとっては流石に初めての本格的な宇宙戦だ。恐らく目の前のデュエル、イージスの相手に手一杯で余裕が無いのだろう。それ以上に、距離が段々と離れ出した事でNジャマーの影響が強まり出し、徐々にストライクとの電波状況が悪化し始めていた。明らかに危険信号だが、現状ストライクの救援へと回せる戦力は存在しない。

 

≪ブリッツ、急速接近!≫

 

 ブリッツの放つビームが、アークエンジェルの装甲を叩いた。G兵器のビームライフルは本来ならば艦艇の装甲に甚大な被害を与えるであろう兵装だが、現状アークエンジェルは平然としていた。アークエンジェルの外殻を構成するラミネート装甲は、ビーム兵器の着弾を受けた際にそのエネルギーを熱に変換し、装甲全体へと拡散、ダメージを抑える特性を持つ。これによりビーム兵器に対する高い防御力を誇るアークエンジェルだったが、それも散発的に着弾する敵艦砲射撃を想定したもの。仮にブリッツがアークエンジェルに取り付いて装甲の一点突破を試みた場合、耐え切れる保証は無い。

 

≪ゴッドフリートを使います! 左ロール角30、取舵20!≫

 

 それでも、アークエンジェルは粘った。艦前方、脚部状の構造体から迫り上がる二門の二連装砲塔──高エネルギー収束火線砲“ゴッドフリート”。アークエンジェルの主砲として君臨するそれの射角は、砲塔全体に細かく配置された多数の可動部のお陰で見かけ以上に広い。ブリッツにとっての唯一にして最大の対艦兵装であるランサーダートを一気に放ったブリッツだったが、そのランサーダートは異様な曲がり方を見せたゴッドフリートの砲火によって溶解した。極太の火線に照らされたブリッツは強引な突撃には出ずに、消極的とすら取れる散発的射撃を繰り返した。

 上手くジンやデュエル、バスター等を直掩機が抑えられている為、アークエンジェルとしては単機のMSのみを狙う形となった。お陰で“ヘルダート”、“コリントス”等のSAM(艦対空ミサイル)も残らずブリッツを狙える。ブリッツは艦底部へ回り込むなり何なりでどうにか火線から逃れるが、対艦攻撃の切り札であるランサーダートを使い切ったブリッツでは、アークエンジェルを単騎で沈められるだけの決定力を得られない。

 

 全体としては、ZAFT側は思うように攻め込めて居ない。どちらかと言えばアークエンジェル側の思惑通りに戦闘が進行していた。だが、これもいつまで続くかは分からない。カスケード自体、単機でバスターを抑えられる保証は無く、本来三から五機で当たるべきMSに二機で対抗せざるを得ないメビウス隊の負担も大きい。そしてストライクも、今やデュエルの猛追によって通信可能圏外へと追い散らされつつある。いつ、何処で状況が動いても不思議では無い。

 

「いつまでも保つ物ではない。そろそろ頼むぞ、フラガ大尉……!」

 

 だが、現実に状況が変化した時、起点となった場所はアークエンジェルの周辺ではなかった。

 

 アークエンジェルの進路上の一点が、不意に光った。それが爆発の光であり、その先に居たのはZAFTのナスカ級である事を、その場の多くの人間が即座に理解した。

 

≪メビウス・ゼロより入電! 作戦成功、これより帰投する、との事です!≫

 

 無線越しに歓声が上がるのが聞こえた。密かに先行していたムウ・ラ・フラガ駆るメビウス・ゼロが、上手く前方を塞ぐナスカ級に一撃を加えたのだ。作戦の第一フェーズは、これで完了だ。

 

≪機を逃さず、前方ナスカ級を撃ちます。特装砲、展開!≫

 

 アークエンジェルの“前足”の“蹄”がゆっくりと展開し、格納されていた巨大な砲門が姿を現す。陽電子破城砲“ローエングリン”。先のヘリオポリス崩壊の直前、秘匿区画に閉じ込められたアークエンジェルの進路を塞ぐ隔壁を容易に撃ち抜いた、アークエンジェル最強の武装が牙を剥こうとしていた。

 

≪ローエングリン一番、二番、斉射用意!! 照準、前方ナスカ級!≫

 

≪陽電子チェンバー臨界。マズルチョーク電位安定。発射準備完了!≫

 

≪各機はローエングリン射線上より退避!≫

 

≪──発射(てェッ)!!!≫

 

 弾くようなナタルの号令。瞬間、血のような赤い稲妻がアークエンジェルの砲門から放たれた。プラズマの渦が複数のデブリを巻き添えにして宇宙空間に裂傷が如き光景を生み出し、ナスカ級へと迫る。アークエンジェル艦橋クルー、MS、MAのパイロット達全員が見守る中で、ローエングリンの咆哮はナスカ級の右舷を大きく抉った。

 

≪命中、確認! ナスカ級は本艦進路上より離脱!≫

 

≪アークエンジェルより全機へ通達。作戦は成功。アークエンジェルは最大船速でアルテミスへ向かいます。全機、速やかに帰艦願います≫

 

 ノエルの指示に、カスケードとメビウス隊は即座に動いた。母艦の片方が致命的損傷を被ったZAFT側MS隊はこれに即応出来ず、メビウスとカスケードはあっという間に戦域を離れ、加速を始めたアークエンジェルへアプローチを開始した。

 

 だが、ストライクだけは、デュエルとイージスに阻まれてアークエンジェルに近付く事が出来ずにいた。

 

「ストライク、完全にガードされているな」

 

 望遠映像でストライクを確認したジークは呟く。既に後方の敵ローラシア級からは撤退信号が発せられていたが、デュエルはそれを気に掛ける素振りすら見せない。味方機の執心ぶりに流石に動揺したか、バスターとブリッツは援護に入るでも離脱するでもなく、中途半端な距離を保って味方機を見ていた。唯一、イージスがデュエルを追っている。デュエルの援護なのか、或いは前のめりな味方機を制止する為か。

 

≪あれじゃあパワーが持ちそうに無いわ≫

 

 メビウスαのコルネリアが言った。彼女の言う通り、ストライクは迫り来るデュエルに対し必死にビームを浴びせていた。自身のビームがただの一発も敵機に当たらない現実を前にして焦ったか、ストライクが更に乱射気味にライフルを撃つ。あれでは如何に高出力バッテリーを搭載したG兵器であろうと、エネルギーが保たない。

 

 その予測は、早い段階で現実となった。ある一瞬を境に、ストライクのビームライフルの銃口から伸びる筈のビームが途切れた。望遠映像の中で踊るストライクの手元、微かな粒子が漏れ出るだけとなったライフルにジークが気付いたその瞬間、ストライクの機体から彩りが消えた。ビームライフルの連射によりバッテリーのエネルギーを使い切り、遂にフェイズシフト装甲を維持するだけのエネルギーが捻出不可能となったのだ。

 ストライクは攻撃能力と防御能力を一度に喪った。こうなった以上、最早ストライクに反撃能力は無い。ジークはアークエンジェルの頭上を通過すると、そのままカスケードの進路を変え、ストライクの元へと動いた。メビウス隊もすぐさま後に続く。

 

≪まずい……アークエンジェル、援護を──≫

 

≪無理だ。下手に撃てばストライクに当たる≫

 

 コルネリアの声に、メビウスβのパイロットが冷静に指摘する。彼らの向かう先でデュエルがストライクに迫り、ストライクは必死に逃げた。だがその先に待ち構えるのはジンハイマニューバ。ジンの火線で動きを封じられたストライクにデュエルのサーベルが迫る。

 その刃がストライクの装甲を捉える直前、別の物体がストライクを襲った。赤いMA……高速強襲形態に変形したイージスだ。四肢を前方に伸ばしたような姿勢のイージスはストライクを後背からがっちりと掴み、一気に離脱を開始した。

 横あいから一気に掻っ攫うその動きは、まるでストライクをデュエルから守ったようですらあった。

 

≪ストライク、捕獲されました……≫

 

 悲痛な声が無線から漏れた。例えアークエンジェルが無事に味方の下へ辿り着いても、GATシリーズ最後の一機であるストライクを喪っては何ら意味が無い。ジークは歯噛みしてロングバレルライフルを構え、イージスの進行方向を撃つ。後続のメビウスβも同じようにリニアガンを撃ち始める中で、メビウスαだけは編隊から離れ、ストライクの方へと一気に加速した。

 

≪おい何してる、コルネリア! 一人で──!≫

 

「──メビウスβ、αの後ろに付け」

 

 突然の変化にも動じずジークはそう指示して、カスケードを減速させた。三機はメビウスαを先頭にした直列陣形で、ストライクの下へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をするんだ、アスラン!」

 

 がっちりと捕獲されたストライクのコックピット。流れ込んで来るイージス側の無線によって状況を理解したキラは、アスラン機に流れ込むZAFT機からの罵声が途切れたタイミングでアスランに呼び掛けた。

 

≪このままガモフへ連行する≫

 

「ふざけるな! 僕はZAFTになんか行かない!」

 

 コントロールスティックを無秩序に動かす。だが幾らもがいたところで、胴体部を完全に固定されたストライクにはどうする事も出来なかった。後背からエールストライカーごと掴まれるような状態に陥っている為、ストライカーをパージして逃げる事も出来ない。

 エールストライカーの推力ならイージスに対抗出来るか。一瞬そう思ったキラだったが、ステータス画面を確認するとそれも望み薄であると早々に理解した。エールストライカーのフレキシブルスラスターはイージスの胴体とエールストライカー本体に挟まれた結果下向きのハの字状に固定されており、これを吹かした所で微かに仰角の力を与えるだけだ。大推力のイージス相手では僅かな嫌がらせ程度の効力も発揮出来ない。

 

≪いい加減にしろ、キラ!!≫

 

 強い口調でアスランが言った。その語気にキラがたじろぐと、通信画面のアスランは唇を噛み締めて目を伏せた。

 

≪でないと、俺はお前を撃たなきゃならなくなるんだぞ≫

 

 キラは答えに詰まる。

 考えてみれば、ZAFTの正規の軍人であるアスランが仮にも敵パイロットであるキラに対して何度も呼び掛ける事自体普通ではない。あの生真面目な性格のアスランの事だ。上官の許可を得ずにやっているとは考え辛い以上、呼び掛け自体は許可を受けていても限度が厳しく指定されているのかも知れない。

 即ち味方に引き入れられないのなら、アスラン自身が撃たなければならない、と。

 

≪血のバレンタインで母も死んだ≫

 

「なっ……レノアおばさんが……?」

 

≪俺は、これ以上……≫

 

 そう言われて、遂にキラはコントロールスティックから手を離した。アスランの母の死を知り、アスランの事情を悟った今、キラにはもう、ここから逃れようという気力が出せなかった。

 

 しかし。全てを諦めた瞬間、突然二機を強い縦揺れが襲った。

 

≪キラ君!!≫

 

「その声、コルネリアさん!?」

 

 全速で突っ込んで来るMAメビウス。リニアガンの乱射がイージスの装甲を叩いていた。

 

≪その子を、離しなさい!!≫

 

 回避行動に入ったイージスを、メビウスは執拗に追う。だがその機動はあまりに直線的であり、他のZAFT機からすれば恰好の標的であった。ブリッツが、バスターが、デュエルが一斉にビームを放つ。三方から放たれたビームはメビウスαの両舷エンジンをもぎ取り、続いて命中したビームがメビウスの胴体を貫いた。

 

「コルネリアさん!!」

 

≪キラ君……逃げ……!!≫

 

 何も出来ないキラの前で、メビウスの胴体が火を噴いた。胴体内部の爆発によりメビウスの胴体は内側から爆ぜ、メビウスはささやかな火球へと変化した。直後、弾け飛んだコックピットブロックから人の形をした物が飛び出し、それを爆炎が覆い尽くした。

 

≪かな……りあ……≫

 

 それが、コルネリア・スプラウトの最期の言葉であった。

 

「そ、そんな……」

 

 次の瞬間、爆炎の向こうから新たな影が飛び出して来た。メビウスβとカスケードだ。デュエルやバスター達は二段構えとして突っ込んで来た敵機に対応し切れず、二機の味方機は一斉にイージスに襲い掛かった。

 

≪坊主!≫

 

 更に逆方向から飛来する影。それは、ナスカ級への攻撃を完了した帰路にキラの窮地を知り、そのまま大急ぎで駆け付けて来たムウのメビウス・ゼロだった。三機の集中砲火を浴びたイージスの姿勢が崩れる。そこに、カスケードが迫り来る。

 

≪ストライク、全力噴射でアークエンジェルへ向かえ!≫

 

 ジークがそう叫んだ瞬間、カスケードの頭部が光り、その姿形を変化させ始めた。角ばったカメラユニットと形容出来る本体が上下に割れ、展開する装甲と装甲の継ぎ目から光が漏れ出る。獣の顎のように開いたその場所から現れたのは一対のデュアルカメラアイを持つフェイスパーツだった。同時に人で言うなら両耳の辺りから、折り畳まれていたブレードアンテナが伸びる。

 変形完了した姿は多少、いやかなりゴツゴツとしているとは言え、ストライクやデュエル等、ガンダムのそれに非常に近かった。G兵器の試作パーツを多数組み込んだカスケードが、フルスペックを発揮する為にリミッターを解除した状態。その全力を以って叩きつけられたアサルトシュナイダーの一撃が、イージスの腕部を関節からへし折った。

 

≪ぐぅっ!? ……この……っ!≫

 

 損害を受けたイージスは変形を解除し、カスケードから距離を取った。だが、ビームライフルを持つべき右腕は完全に死んでふらふらと垂れ下がっている。解放されたキラはスロットルレバーを押し上げると、アークエンジェル目掛けて全速で離脱する。デュエルが尚も追い縋るが、アークエンジェルのゴッドフリートがそれを許さなかった。

 

 遂に、デュエルも諦めて撤退を開始した。バスター、ブリッツ、ジンハイマニューバが後に続く。最後にイージスが名残惜しげにストライクを見つめたが、やがて彼も反転してローラシア級の方へと飛び去る。

 

「アスラン……っ」

 

≪ほら、帰ろう≫

 

 カスケードに腕を掴まれて、ストライクはアークエンジェルの艦橋前の甲板上に降り立った。後方を振り返っても既に敵機の機影はごく小さな光点でしかなく、最早周囲の星々と見分けが付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ほら、坊主。終わったんだよ」

 

 気付いた時、キラは既にアークエンジェルの格納庫内に居た。ストライクは元通りハンガーに収まって、フェイズシフトも落ちている。恐らく自分で操作した結果としてそうなっているのだろうが、キラの頭からその記憶は抜け落ちていた。コックピットに入って来たムウが、まるで接着剤でくっつけたように操縦桿から離れてくれないキラの手をゆっくりと解く。

 

「良くやったな。上出来だったぜ」

 

 フリーズしていた脳が動き出し、消えていた記憶が蘇る。アスランと会って、ZAFTに来るように言われ、それで──。

 

「こうして、艦も無事だ。お前の仲間も、俺達も。お前のおかげでな」

 

「無事……?」

 

 そうじゃない。僕達はすでに一人喪っている。そう言おうとするキラを、ムウはストライクのコックピットから引っ張り出した。

 

「連中は撤退したし、アルテミスはもう目と鼻の先。ひとまずは大丈夫、って事だよ」

 

 

 アークエンジェルの周囲を、MAが取り囲んでいる。ムウ曰く、アルテミスから出迎えに来た防空隊の機体だろう、との事だった。特にああしてリニアガンを二連装に改造した機体は、現状アルテミスにしか配備されていない、とムウは渋い表情で説明していた。

 パイロットスーツを脱いで軍服姿──サイやカズイ達と同じ青色の年少兵用──に着替えたキラは、ムウやジーク共々帰還報告の為に艦橋へと向かう道中、窓の外に映るそのメビウスの姿を見た。あの薄紫色の機影を見ると、否が応でも先の戦闘でキラを守る為にその身を晒し、そして帰って来なかった人のことを考えざるを得ない。

 

「……あの」

 

「ん?」

 

「コルネリアさんの事は……」

 

 未帰還だったコルネリアのMAに割り当てられていたハンガーは、今は空っぽのままになっている。元々空きのハンガーの方が多かったから違和感はあまり無い、という事なのか、整備員達は気にする様子も無かったが。

 

「あまり気にするな」

 

 ジークは冷淡とすら言える態度で言った。

 

「気にするなって、でも、僕のせいで──」

 

「その先は言わない方が良い。あの女とて、お前にそんな顔をさせる為にあそこで飛び出した訳ではあるまい」

 

「それに、気にしたってお前に出来る事は何も無いだろ?」

 

 横からそう言ってキラの肩を叩いたのは、もう一機のメビウスに乗っていた男だった。出撃前のコールで、確かスアメルとか言っていたような。

 

「考えちまうのは分かる。けど、結局戦場に出たパイロットが生きるか死ぬかってのは、そのパイロット自身に責任が行くもんなんだ。あいつはお前を守る為に最善だと判断した行動を取って、結果として死んだ。そこにお前の絡む要素は無いよ」

 

「だからまあ、寝る前にありがとう、とでも念じておく程度にしておけ。でないと今後がキツいぞ」

 

 慰めるような響きを微かに乗せて、ジークが言った。

 

「今後って……また僕が戦場に出る前提なんですか」

 

「出ても出なくとも、さ。あまり死人に関心を持ち過ぎると、その死人に引っ張られるぞ」

 

 人の死と隣り合わせに生きる人間の、言ってしまえば軍人らしい割り切りなのだ、とキラは理解する。納得できる出来ないは別として、彼らの会話はそこで途切れた。艦橋へ繋がるエレベーターホールまで来た時、上層から降りて来たエレベーターに乗っていたのは、カナリアと呼ばれていた少女だった。キラを含めた四名が、一斉に表情を強張らせる。

 

「あ」

 

 カナリアはふわ、とエレベーターから出て来ると、キラの前に降り立った。ちっちゃい、と感じる程の身長差で、カナリアはキラを見上げて来る。

 

「あの、コルネリアさんはどうしました? 上の人に訊いても答えてくれないのですが」

 

 ほら来た、と言った表情をジークとスアメルが浮かべる。暫しの沈黙の後、助け舟を出そうとするムウを遮って、キラは答えた。

 

「死んだよ」

 

「…………しんだ?」

 

「僕を庇って、ビームに撃たれた。僕の、せいで」

 

 そう口にした。口にすると、途端にどっと罪悪感が襲い掛かって来る。

 あの時、僕がイージスに捕まっていなければ。デュエルを上手く捌けていれば。ビームライフルを上手く使えていれば。

 いや、それ以前に僕がアスランの存在を知って先行し過ぎなければ良かったんだ。 それとも、アスランの言葉に早く頷いていたら良かったのか? それとも、それとも──考えれば考える程後悔が湧き出て来る。先程言うな、とジークが忠告した意味がキラにも良く分かった。

 

「そう、ですか」

 

 逆に、言われたカナリアの方は変に冷静に事実を受け止めていた。膝をついたキラを、カナリアが逆に見下ろす姿勢になる。

 

「ごめん。あの人、君の知っている人が死んだのは、僕のせいだ。僕がもっと上手くやっていれば、あの人は──」

 

「大丈夫です。貴方のせいじゃありません」

 

 え、と声が漏れ出た。キラよりも遥かに小さなこの少女の方が冷静に事実を受け止めていた。カナリアはまるで犬でも宥めるかのように、キラの頭に手を乗せた。殆ど大型犬を撫でるかのような光景だった。

 

「それよりも、ありがとうございます。貴方が頑張ってくれたから、私達はまだ生きています。貴方のお陰で、みんな守られたんです。大丈夫です。貴方のせいじゃありません」

 

 目頭が熱くなる寸前で、キラは冷静さを取り戻し、そして困惑した。待ってくれ、何だこの状況。何で僕はこんな小さな……いやまあ同年代だが……子に撫でられて居るんだ? そして何で僕はその言葉に安心を覚えようとして居るんだ? あれ? あれ……?

 

「……民間人は、こんな所に居るべきではないな」

 

「あう」

 

 ひょい、とカナリアの後ろ襟をジークが摘んで持ち上げる。気恥ずかしさを覚えながら立ち上がるキラの前で、ジークはカナリアをやはり野良猫でも扱うかの様な感覚で引っ張って行く。

 

「すまない、先に行っておいてくれ。コレを民間人の中に放り込んで来る」

 

「あ、ああ……了解」

 

 ジークが立ち去ってすぐに、アークエンジェル全体に微細な振動が走った。なんですか、と尋ねるキラに、他の船が接舷した感じかな、とムウが答えた。

 

「多分、アルテミスからの臨検だろう。向こうからすりゃ、こっちは艦籍登録も無い艦だからな…………なあ、キラ」

 

 ムウがキラの肩にいきなり腕を回した。何するんですか、と抗議する間も無く、ムウはキラの耳元に顔を近付け、小声で言った。

 

「報告は俺らでやっとくからさ。お前急いでジークを追っ掛けて、二人でMSの起動プログラムをロックしといてくれ。お前ら以外、動かせないようにな」

 

「へ?」

 

「今すぐに、だ。頼むぜ」

 

 意味深な言葉を残して、ムウ達は艦橋へと上がって行ってしまった。不穏な予感を覚えつつ、キラはムウの言葉に従って、ジークの後を追いかけた。

 

 

 彼の言葉の意味を、キラはすぐに理解する事となった。

 

 アークエンジェルは、アルテミスに入稿した直後、武装したMAや兵士達に取り囲まれてしまったのだ。


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