剣姫の弟の二つ名は【リトル・アイズ】   作:ぶたやま

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気晴らしに書きました。
もう一つの番外編の別バージョンです。
よかったら読んでやって下さい。


ただ、本編やもう一つの番外編とは違って、超絶不定期更新になると思います。




番外編その2
番外編その2 第一話


「………………」

 

 アイズ・ヴァレンシュタインは、とある一室の前に立ち尽くしていた。何やら神妙な面持ちで扉を見詰めており、普段は能面に近い顔から流れる冷や汗が、彼女の心境を物語っている様である。

 

 無論、そうする事を目的としている訳ではない。アイズはこの部屋に用があって来たのだ。より正確に言うのなら、この部屋の主に。

 

 しかし、いざ扉をノックしようとしても、伸ばした手が力を失ってしまう。

 何度も、何度も何度も何度も。

 手の甲が扉を叩く直前で、目的を忘れたかの様に宙を彷徨う。すべては、アイズが緊張している所為である。

 

 彼女の尋ね人は、マシロ・ヴァレンシュタイン。正真正銘、アイズの血の繋がった弟だ。もう何年も口を利いていない、冷え切った関係値の弟。そんな相手が扉を挟んだ先に居るのだから、躊躇してしまうのも無理はないだろう。

 

 けれど、今日は彼の12歳の誕生日。

 アイズはどうしても、直接『おめでとう』と伝えたかった。

『そんな事でわざわざ来たのか』と、弟には怪訝がられることだろう。仲の悪い相手の為にどうして・と。きっと、他の団員達も同様の反応を見せるに違いない。

 

 それでも此処にやって来たのは、アイズがマシロの事を溺愛しているからだった。矛盾している様だが、事実である。諸事情により接触を最初に断ったのは彼女からだったが、その愛情は年単位の膨大な空白期間を経て、寧ろ肥大化していると言えよう。最近では触れ合いたい欲が抑えきれなくなり、真夜中に忍び込んで添い寝をするという問題行為を繰り返している程なのだ。それも、週一というふざけたペースで。

 

 それ程までに想っている相手が生まれ落ちた日である。

 例え変に思われても、会いに行きたいと思うのは自然な摂理だった。今回の接触が、少しでも関係を改善するキッカケにならないかなと密かに期待しつつ、アイズはようやく腹を括る。ひとつ深呼吸をし、コンコンと扉を叩いた。

 

「シ、シロ……くん。いる……?」

 

 控えめな声を部屋に向ける。けれど、当然と言わんばかりに返事はない。時刻はまだ午前5時半だ。正直、普通に寝ていて気付かれていない可能性は十分にある。しかし、アイズは極限まで視野が狭まっていた。

 

 皆が活動をし始める常識的な時間だと、彼を捕まえられないかも知れない。かと言って、いつもの様に真夜中に忍び込んで起こす、という選択肢が論外であることも流石に分かっていた。加えて、いの一番に自分が声をかけたい欲も少なからず存在していて……。

 

 だから、こんな常識外れの時間に訪問してしまったのだ。正直あと1時間遅らせていればまだ『常識的な時間帯』の範疇に収まったと思うのだが、そこは『一番に自分が』という気持ちが先走り過ぎてしまった結果だろう。

 

 けれど、やはり時期尚早だった様だ。一切物音を立てない室内の様子からもソレが伝わって来る。

 

「シロくん……?」

 

 泣きの一回。

 おそらく、他の団員達もまだ夢の中だろう。無暗に大きな音は立てられない。これで反応がなければ諦めよう。そう心に決め、ノックをした瞬間だ。

 

「ひゃっ⁉」

 

 一秒にも満たない間の後、悲鳴のような声が聞こえて来た。ドア越しなので確かな事は言えないが、アイズはそれに違和感を覚える。女の子のように聞こえたのだ。弟は近年、意図して低めの声色を作っているので今のとは一致しない。それとも、寝起き故に素の声が出てしまったのだろうか……。

 

 等と考察していると、布が擦れあうかの様な音が忙しなく鼓膜に届き出した。時折何かにぶつかるような音も聞こえて来る。慌てているのは確かな様だ。声もおかしいし、もしかしたらトラブルでも発生したのかも知れない。

 

 そう思い至ったアイズは、早朝であるも忘れて必死に扉を叩き始めた。

 

「大丈夫⁉ 中で何かあったの⁉ 開けるよ⁉」

 

 すると、即座に部屋から返答がある。

 

「ま、待って! あけるから、ちょっと、まって……!」

 

 明確に放たれた制止の声。

 それは、確かに弟のものである様だった。他の者が聴けば、別人の女の子と判断するだろうが、根っこの声帯は同じだとアイズは確信する。中に居るのは弟。それが確定したのは良いが、どうして声色を作り忘れる程慌てているのかは、依然として不明だった。

 その疑問を解消できずにいると、ゆっくりと部屋の扉が開き始める。

 

「……!」

 

 全開には成らなかった。

 半分にも到達していない。

 その小さく開かれた扉の隙間から姿を覗かせたのは、小山のように隆起した掛布団。

 否。掛布団を頭から被った、小さな子供だった。

 

 本当に小さい。

 弟も大概小柄だが、それ以上である。頭頂部が、ドアノブの高さにさえ届いていない。掛布団の大部分は床に垂れており、明らかにサイズが合っていない事が窺える。ドアを開くために伸ばされた腕は短く、掌は2つ纏めて片手の中に納まりそうだ。不安げに歪められた大きな銀目(・・)は、か弱い小動物を想起させる。

 

「あ、あの……だれ、ですか?」

 

 女の子とも男の子とも分からぬ子供の小さな口から、そのような質問が飛んできた。此方を恐れているような素振りだ。

 

―――弟の部屋から出て来た謎の子供。

 

 本来であれば、それだけでアイズに特上の警戒心を抱かせるに余りある。事マシロのこととなれば、相手が年端も行かぬ子供かどうかなど関係ない。

 

『お前は誰だ』

『何故此処にいるんだ』

『弟とはどんな関係だ』

 

 そして『弟は今何処に居るのか』。それら諸々を、鬼の形相で問い質していた筈だ。

 

 けれど、アイズはそういった詰問は一切行わなかった。代わりに、なんの前触れもなく子供へ両手を伸ばす。別に攻撃という訳ではない。ガシリと掴んだのは、全身を隠している掛布団だった。アイズはそれを熱心に剥ぎ取ろうとする。

 

「え……? やめ、やめて……!」

 

 子供は必至に抵抗した。それこそ、泣き出してしまいそうな形相で。

 けれど、彼我の差は圧倒的だった。

 

 子供の全身が、あっけなく白日の下に晒される。

 子供は服を着ていなかった。上も、下も、何もかも。完璧に産まれた時の状態。まるでお風呂にでも入っていたかの様に、銀色の髪の毛(・・・・・・)含め全身が濡れており、身体には石鹼の泡がついている。

 

 わざわざ掛布団に包まって出て来る訳だ。そして、必死の抵抗も頷ける。布団が取っ払われてしまえば、この通りスッポンポンの姿をお披露目する事になるのだから……。

 

 そう納得しつつ、アイズは子供の身体を舐めるように見渡した。とても既視感のある姿だ。饅頭の様に白くもっちりした肌にも、天使を思わせる銀髪にも、宝石と見紛う銀の瞳にも見覚えがある(・・・・・・)

 

 羞恥に駆られ、今更前を隠すように両腕を交差し始めたが、もう遅い。既に、全てを視た(・・・・・)。そして、こんなふうな反応にも覚えがある(・・・・・)。信じがたいが間違いない。

 

 ()を目撃した瞬間から雄叫びを上げ続けているアイズの本能も、こうして過去の記憶と照らし合わせて確認した特徴さえもそうだと(・・・・)高らかに告げている。

 

 ならば、如何に荒唐無稽であろうと、アイズは直感を信じよう。

 この子は、間違いなく―――在りし日のマシロ・ヴァレンシュタインだと。

 

「そ、その……あんまり見ないで……」

 

「……!」

 

 ゼロ秒と言ってしまいたいぐらいの秒数でそこまでの思考を展開していたアイズは、自らが弟だと断定した幼子の弱々しい要望に正気を取り戻した。

 しかし、そんな物は直ぐに手放す事となる。

 

 【剣姫】の瞳に飛びこんで来た銀髪の子供は、眉をハの字に顰め、細めた両目に涙を滲ませていた。頬はロキの髪の色の様に色づいており、口元には握り拳が添えられている。

 

 その姿を認めた瞬間、アイズの中で何かが弾けた。そして、正常な判断ができる精神状態ではなくなった。だから、この時の行動は、後に振り返ってみても、アイズ自身、正当性を見出す事が出来ない。しかし、半狂乱状態というのは得手してそういうモノなのだろう。

 

 アイズは懐かしい弟の両脇に両手を突っ込み、ガバッと持ち上げて引き寄せた。俗に言う、『抱っこ』の状態だ。石鹸の所為で肌が滑る。気を抜くと落っことしてしまいそうだ。そんな事は許されないと、彼女は殊更気を引き締めた。

 

「い、いや……放して! ハダカなの……!」

 

「あぶないよ? ジッとしてて?」

 

 銀色の頭を自身の鎖骨付近に押し付け、頬で毛並みを堪能する。この間も、嫌がる子供の声は耳に入っていたが、敢えて無視した。それ程までに熱心に、小さくなった弟の温もりを噛み締めていた。

 

 ……無論、どんなに容姿が似ていたとしても、先ずは『幼き日のマシロに良くにた別人が本拠内に忍び込んだ』という、可能性を疑うべきである。どれだけ理屈を並べたとしても、『マシロの肉体時間が巻き戻ってしまった』より『マシロに瓜二つの別人』の可能性の方が、圧倒的に確率が高いのだから。故にアイズの行動は、客観的には『浅慮』だと誹られて然るべき暴挙なのだが……。

 

 弟の事となれば、この姉が超次元的嗅覚を発揮するのも、また事実だった。そして、運命の悪戯か、都合よくそれを証明する者が現れる。

 

「なんや、物音する思うたらアイズたんかい。男子部屋の区画におるなんて珍しいなぁ。てか、ナニ抱えてるん?」

 

 ロキだった。

 関西弁なる方言を操る胡散臭い女神。自分達の主神。

 それが、奥から此方に近づいて来る。まだ仄暗い廊下には、彼女の朱色の髪はよく映えた。

 

「あ、ロ―――」

 

「ロキ……? ロキ⁉ たすけて、ロキ!」

 

 途端、アイズを遮って、小さなマシロが過剰な反応を示す。そして、これでもかとい程の大暴れを始め―――本来であれば逆立ちしても逃れられる筈のないLv.5の拘束から抜け出すという奇跡を引き起こした。万に一つでも落下させる事を嫌ったアイズによって、床に降ろされる形で開放されたのだ。

 

「し、シロ……⁉」

 

「は? ちょ、ええぇ⁉ 裸の子供ぉ⁉ どないなってんねん⁉ まさか自分、どっかから攫って来たんやないやろな……ってか、マジでなんで全裸やねん!」

 

 駆け寄って来た銀髪の子供へ反射的に手を差し伸べつつ、ロキは驚愕を顕わにする。流石の彼女も、瞬時には理解が追い付かない様だった。まあ、自身の眷属が真っ裸の子供を抱きかかえている所を目撃したのだから、無理もない話ではある。

 

「ロキ! ロキぃ! あの人がね……急に部屋にきておふとんはがしたの! ハダカだから嫌だったのに、むりやりぃ……!」

 

「そ、そうかぁ。そら、大変やったなぁ。んで? 自分ダ―――」

 

 レや? ……という台詞は喉に詰まった。

 『それでね』と続ける銀髪の子供に、あまりにも強すぎる既視感を覚えた為だ。ロキは彼の背中を摩りながら、改めてその姿を見定める。糸のように細い目を、珍しく見開きながら。

 

 そして、数秒後、神は理解を得た。この子供の正体。そして、なぜアイズが彼を抱っこしていたのかを―――。

 

「自分……、マシロか?」

 

「……? うん。なんでそんなこと、聞くの……?」

 

 鼻水を啜りながら銀髪の子供はキョトンと頷いて答える。まるで、自分がロキに認知されているのが当然の事とでも言いたげに……。

 

 女神は目を細めた。

『嘘』は吐いていない。

 つまり、少なくとも、この子供自体は、自身をマシロ・ヴァレンシュタインだと認識しているという事。ロキを知っている事からも、瓜二つの同姓同名の別人……というオチは考えづらい。そして、神としての勘。何より、あのアイズ・ヴァレンシュタインが、『弟』だと認識している点を踏まえれば……。

 

 彼をマシロ・ヴァレンシュタインだと断定するのに、そう時間は掛からなかった。

 

 無論、今のマシロはここまで幼くも小さくもない。つまり、目の前にいる子供は、『過去のマシロ』という事になる。年齢はおそらく7歳程度。一般的な外見年齢に当て嵌めるなら5歳ぐらいだろうが、小柄なマシロの事だ。2歳ぐらいは上に見ていた方が良い。

 

 どうしてこんな事態になっているのかは流石に皆目見当も付かなかったが、とにかく、マシロだと分かれば問題ない。ファミリアに仇なす可能性を秘めた知らぬ子供ではないのだ。存分に、宥める方向へと舵を切れる。

 

「すまんなぁ、マシロ。びっくりさせてもうたなぁ」

 

「うぅ……」

 

 ロキは、ヒクっと嗚咽を漏らすマシロの頭に手を乗せ、優しく撫で始めた。ゆっくりと、手の動きに合わせて呼吸を整えられる様に。その甲斐あってか、目に見えて彼は落ち着きを取り戻していった。しかし、直ぐに平穏を乱す声が乱入する。

 

「シロ……? なんでロキに抱き付くの??」

 

「アイズ。ええから、とりあえずマシロん部屋から毛布持ってき」

 

「お姉ちゃんはコッチだよ? ほら、早くこっちに―――」

 

「アイズッ‼」

 

「……⁉」

 

 ロキの思いがけない大声に、アイズはようやく正気を取り戻した。縋る様に主神に引っ付く弟の怯え切った瞳を見て、姉はやっと自身の暴走を自覚する。罪悪感でいっぱいになりながら、早急に床に落ちている毛布を拾って差し出した。

 

 それを奪う様に受け取ったマシロは、即座に身体に巻き付ける。『寒かったんだね』という見当外れな解釈は、もうしない。無論、それもあるだろうが大部分は違う。恥ずかしかったのだ。何しろ全裸だ。当然である。状況が逆だったら、アイズだって同じ反応を見せるだろう。

 

 隠すべきところを隠したマシロに、アイズは羞恥心と憤りの籠った瞳を向けられる。ぷっくりと膨らんだ頬の所為で可愛いという感想が勝るが、それを表に出すのは不誠実というものだろう。アイズは膝を折って誠心誠意謝罪した。

 

「ご、ごめんなさい……! 怖かったよね……? キミがあまりにも可愛くて、つい……」

 

「かわいくないもん。男だもんっ」

 

「あう……ぁ」

 

 腕を組みながらプイッとそっぽを向く幼い弟に、アイズは悶える。

 ついでにロキも。

 

「いやいやいやいや、そらムリあるで、マシロたん。どう見ても可愛エエもん」

 

「ロキまでそんなこと言う……」

 

「唇尖らせたトコも可愛エエなぁ。じゃあ、そんなこと言うウチのこと、キライになってもうた?」

 

「きらい……じゃないけど」

 

 そこまで会話を発展させると、ロキは愉しそうに矛先をアイズへと変えた。

 

「じゃ、このキレイな金髪のお姉さんは?」

 

「きらい!」

 

 ツーンと、両頬をこれでもかと膨らませながら幼マシロは即答する。瞬間、アイズが真っ白になったのは言うまでもない。そんな姉に対し、ロキは白々しい言葉を吐いた。

 

「あちゃ~、ついにアイズたんも嫌われてもうたかぁ。ま、流石に全裸抱っこはなぁ」

 

 

「……? なんでお姉ちゃんのなまえが出てくるの? お姉ちゃんは大好きだよ?」

 

「ホント⁉」

 

 その台詞を聞いた瞬間、石灰の塊と化していたアイズが復活する。ギラギラ目を輝かせて、顔と顔が密着しそうな程に距離を縮めた。故に、マシロの小さな手にグイグイと押し返されてしまう。

 

「なんでヘンタイさんが反応するの⁉ ボクが好きなのはお姉ちゃん! ヘンタイさんじゃないの!」

 

「えへへへ」

 

「だから、なんでよろこぶの……⁉」

 

「アヒャヒャヒャヒャ! なんでやろなぁ⁉」

 

 拒絶しているのに身を引くどころか嬉々として頬擦りをしてくるアイズに、マシロは酷く困惑した。両者の認識のズレからこのような状況になると予見し、的中した光景を存分に楽しんだロキは、ここでようやく事態の鎮静化に取り組む。

 

「マシロ、そのお姉さんの顔、よーく見てみ?」

 

「え?」

 

「エエから、変態って色眼鏡は一旦外して、フラットに見てみるんや」

 

「う、うん……」

 

 ロキの言葉に従い、渋々ながら視線を向けるマシロ。アイズも空気を読んで、一定距離まで顔を離し視界に収まる配慮を見せる。見詰められ、頬の緩んだアイズは普段の凛としたイメージからはかけ離れているが、幼マシロにとっては、その方が馴染み深かったらしい。まだ半信半疑の様だったが、それでもキッチリと言い当ててきた。

 

「……もしかして、アイズ……お姉ちゃん……?」

 

「そうだよ、アイズだよ……!」

 

 感極まったアイズは、今日、何度目とも知れない抱擁を繰り出す。

 

「う、うそだっ⁉ だって、お姉ちゃん、こんなにお姉さんじゃないよ? もっと小さいよ?」

 

「そら、自分とこのアイズたんはそうやろなぁ。多分、まだ11歳ぐらいやろ?」

 

「……? 自分とこのって?」

 

「ここで衝撃の事実判明や! マシロ、実はここ、未来の世界なんやで⁉」

 

「………????」

 

 驚愕! というよりは、言葉の意味を飲み込み切れていない様子の幼いマシロに、ロキは立て続けに質問をぶつけた。

 

「今、自分いくつなん?」

 

「な、7才……」

 

「おお、ウチの見立て通りやん! んじゃ、自分は5年前の過去からここに来たゆう事やなぁ」

 

「へ?」

 

「だから、ここは5年後の世界なんや。アイズは今16歳。そら、えらい別嬪さんのお姉さんにもなっとるわ」

 

「…………」

 

 マシロは、胡散臭い宗教の勧誘を聞いているような顔になる。見るからに信じていない。まだ7歳とは言え、荒唐無稽な事を言われている自覚はある様である。とはいえ、ロキもこのような反応は想定していた。如何に素直な時期のマシロとは言え、分別が付かない訳ではないのだ。というより、無条件で相手の発言を信じ込むのと素直な事は、完全に似て非なる物。前者は単なる考えなしだ。年相応に思考する力があるからこそ、マシロは戸惑って訝しんでいる。

 

「信じられん?」

 

「だ、だって、そんなの……」

 

「じゃあ、聞くけども、今マシロんことを抱きしめとる姉ちゃん、改めて見てアイズ以外に見えるんか?」

 

「え? それは……」

 

 その指摘に、幼いマシロは押し黙った。

 思った通りという顔を、ロキは浮かべる。

 

「ムリやろ? 一度アイズって認識してもうたんや。幾ら理性が違うと叫んでも、本能が理解してもうてる。外見の面影だけやない。匂い、仕草、声、雰囲気。全部が全部、アイズたんやってなぁ」

 

 ロキは確信を持ってその様に告げた。何も根拠のない自信ではない。神の勘などというズルイ言葉で片付けるつもりもない。マシロがアイズをアイズと認識し始めてしまっている事は、誰の目から見ても明らかだった。何故なら―――。

 

「それに自分……もう全然抵抗してへんやん」

 

「………あ」

 

 ロキの指摘に、マシロは呆けた声を漏らした。

 それは青天の霹靂といった感じで、自分でも気付いていなかった内心を言い当てられた・とでも言いたげな反応だった。この時代のマシロだったら、きっと羞恥心から反発していただろう。12歳にもなって姉からのスキンシップを拒まないのは格好が悪い。そういう思いが、根底にある筈だ。けれど、この小さなマシロは違う。

 

「そっか……。そうだね」

 

 俯き加減で呟いた。

 かと思うと、むくりと顔を上げた。視線の先では金目とかち合う。アイズが懲りずに破顔する……前に、マシロは釘を刺した。

 

「あとで、やっぱり別人でした・とかナシだからね?」

 

「……? うん……?」

 

 ズイッと今度はマシロの方から、顔を近付けた。アイズは言葉の意味こそ呑み込めていない様だが、嬉しそうである。大好きな相手の方から近づいて来てくれた。警戒心の強い小動物が懐いてきてくれた様な感覚なのかも知れない。次の瞬間、マシロが『にぱっ』と笑った。それはそれは、たいそう嬉しそうな満面の笑みで。

 

 そして、「えい!」と、マシロがアイズへとダイブする。

 

 

 

「………‼‼⁉ ~~~~~~~~~~~‼‼‼ ♡〇△□―――‼‼」

 

 

 

 端的に言うのなら、マシロの方から抱き着いた・というだけの話だ。本当に何てことない。散々アイズから抱擁していたのだから、姉弟の抱き合うこの形は皆が見慣れたモノだろう。

 

 だが、それは第三者目線の話だ。

 当事者……アイズの視点ではそう単純な話ではない。

 

 天使のように可愛い弟が、自分の意志で抱きついてきてくれた。コレが意味する事は、想像以上に大きかった。勿論、如何ともし難い愛情を一方的にぶつけられる事に不満はない。現状、アイズはそんな独りよがりさえ満足にできない状態だったのだ。それを考えれば、抱きしめられるだけでも僥倖というもの。

 

 ……しかし、やはり、好きな相手から愛情を向けられるのは良いモノだ。流石にソレを疑う余地はなく、向ける愛より受ける愛の方が特別に感じるのは人として当然の事。無論、仲違いする前のマシロに抱き付かれる意味は、あまりない。それは、現在のマシロとの関係とは切り離されており、今のマシロ(・・・・・)から愛を向けられるのが一番ではある筈だからだ。

 

 けれど、時代は違えど、マシロはマシロ。不足した弟成分を補うには余りある相手である。寧ろ、慣らしという意味では昔のマシロの方が遥かに適切であろう。

 

 何故なら―――。

 

 

「あ、そうだ。おねえちゃん……さっきは『ヘンタイ』とか言ってごめ……って、あれ? お姉ちゃん⁉ お姉ちゃん!」

 

「う、うへ……うへへへへ…………」

 

 抱き付かれても不思議ではない過去のマシロ相手でも、アイズは絶頂のあまり昇天してしまったのだから……。

 

「謝らんでエエで、マシロ。変態はその通りやから……」

 

 きっと、こんな姿を目にしたら、世の男共の方が仰天するだろう。こんなのは俺達の天使じゃないと、理想と現実の差に発狂するに違いない。

 

 幸福感のあまり、笑顔を浮かべたまま気絶した【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの醜態を目の当たりにして、ロキは頭を抱えながら呟いた。

 

 





お読み頂きありがとうございました!

続くかどうか分からないので、ちょろっとチビマシロの補足情報を載せておきます。





マシロ・ヴァレンシュタイン(5年前)
種族:ヒューマン
年齢:7歳
身長:111cm
体重:18㎏
レベル:― (【神の恩恵】なし)

備考:アイズとの関係が悪くなる1年前。基本的には姉にベッタリだが、流石に周囲の目(特に同年代)が気になり出し、一緒に寝たり入浴したりには違和感を覚え始める。姉とは異なり、モンスターを倒したいという願望は薄く、冒険者になりたいとは思っていない。ホーム内で過ごすことに抵抗がなく、ヒキニート気味の生活を送っていた。
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