音声記録-彼が告白した罪-   作:まむれ

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音声記録-彼が告白した罪-

 おやドクター、僕に会いに来るなんて珍しいね。普段は彼女たちばかり追ってるじゃないか。うん? ああごめんごめん確かに語弊のある言い方だったね、君は男だって追いかける。

 っとと、ごめんごめん。で、その顔はただお話しに来たって訳でもなさそうだけど。

 

 ああそうか、チェルノボーグでの事を僕は話してなかったね。……もうすぐ一年になる。うん、もう、話してもいいかな。僕の罪を、懺悔を、聞いて欲しい。

 

 


 

 

 当時の僕はまあ絵に描いたような貴族だったよ。父母から学び、書物や先達から教えを請いて帝国に尽くそうとした特権階級のお坊ちゃまだった。平民は我々が守るべき存在であると同時に、明確に我々より下であると見下していたし普段は貴族に尽くすべきだと考えていた。

 

 それが崩れたのが、あの日。感染者の集団が大挙し、圧倒的力を以て都市を陥落させたあの事件。まあ、酷いものだったよね。けど最初は楽観視していたんだよ。僕はアーツを使えるし、もしものためにと小型のユニットを隠し持っていたからね。それでも集められた生徒は貴族も平民も怯え切っていたし、実力行使せずともなんとかなると考えている者が大多数、もちろん同じ考えだった。なにせ交渉材料には事欠かないのが貴族と言う身分、しかも高名な家系のナターリア様までいるともなれば、ね。

 

 けど、二つある食糧庫の一つで火災が起きた時に全て終わった。僕達を見張るレユニオンはそれだけで食料や医薬品の補充なんてしない、何百人と居た学生たちは飢餓の未来を恐れ、まず貴族と平民で分裂した。更にそこから無数のグループへ。貴族の方は、ナターリア様が居たお陰で最初はなんとかなった。

 

「平民に、貢献してもらうべきではないか?」

 

 僕はその時どんな顔をしていたか、今でもわからない。貴族の一人が言った言葉が本当に理解出来なかった。こういう時に平民を守る義務があるからこそ、貴族は普段から平民を顎で使い、無礼を見過ごさなかったのではないのか?

 それでも結局、僕は集団に従った。食糧庫を占領し、救助が来るべき時まで耐え忍ぶ。帝国のために平民より我々貴族が生き残るのが正しいと本気で信じて。あれほど胸に刻んだ矜持を、言い訳して現実から目を逸らして耳を閉じて、捨て去った。

 

 これが僕の一つめの罪。

 

 地獄だったよ。守るべき存在をこの手で傷付けて生き残るための食料を奪う。幸運だったのは、高い実力を買われてナターリア様の護衛役に選ばれた事。眠れない夜に起きる口実が出来たのは僕にとっても都合が良かったからね。

 それを何日も続ければ隈はとんでもないことになるし、日中ふらふらしてて充血した目で護衛対象に近付く存在を誰かれ構わず睨み付けていたら流石に寝ろって言われちゃって。ナターリア様も、その蒼い瞳を細めて、寝なさいって命令してきたくらいには危ない状態だったと思う。

 

 そしたらどうなったかって、寝てる間にある平民が襲ってきてその拍子に最後の食糧庫が焼けちゃった。明日食べるものにも困窮する末期状態。それでナターリア様の名声も、生きたいって欲望の前には無意味になって貴族たちもバラバラになった。夜だから良く見えたんだろうね、朝になったら平民たちもいよいよ進退窮まって、貴族たちを襲い始めた。

 普段から抑圧されてきた平民達、この事態に食べ物を独占した理不尽、ナターリア様の麾下から離れて自由に生きた貴族たちを見て来たんだから、平民の怒りもちょっとはわかる。だから僕はナターリア様を守るために頑張った。着いて来た仲間の背中を押して囮にし、信じられないものを見る目を向けて来た仲間に背を向けてナターリア様を連れ、平民から搾取した糧品で飢えをしのぐ。

 

「あなたは、どうして」

「ナターリア様、僕の事はどうにでも思ってくださって構いません。ですのでどうか──」

 

 貴方様はそのままでいてください。

 

 平民と貴族、そんな肩書きなんてなんの意味もなくなった世界で、僕はなおそれに縋り続けた。ナターリア様を守ることで僕は精神を保った。謂わば彼女を利用した。

 

 これが二つ目の罪。

 

 段々手加減出来なくなった。炎のアーツは襲撃者を平等に返り討ちにし、手に入れた食糧は全て彼女に回した。僕は別の方法で飢えを凌ぐ。

 そして、冬将軍と相対したんだ。勝ち目がない事は解りきっていたから、最初から両手を挙げて投降したよ。

 

「ムシの良い事を言っている事は承知している」

「ああ?」

「どうか、ナターリア様だけは見逃してくれないか」

「……」

「僕はまあ、死にたくないけど生きるってなると冬将軍に付いて行くことになるだろうし、男の僕が居ては不安だろう?」

「……チッ興ざめだ。別に構いやしねえよ。アタシ達はそんなやわじゃねえし、どうせ校外に行くには他の生徒と協力しなきゃいけねぇからな」

「いいのかい……?」

「死にたいって顔してる貴族サマの言う通りにするなんざ、虫唾が走るんだよ」

「貴女の慈悲に心からの感謝を」

「そんなんじゃねぇ、せいぜい働けよ、キゾクサマ」

 

 運が良かったんだろうね、いじめっ子が嫌いだったズィマーが、ナターリア様と僕を見逃すどころかあまつさえ庇護下に入れるなんて。ほとんどが平民だった集まりに入った僕は、皮肉にも再び“貴族”になれた。戦闘になれば積極的に前へ出て、平民を庇って傷を負う事もあった。だってそれが僕の義務だったから。大所帯ではないけど少人数ではない人員で校内を『散策』して、いつの間にかいなくなってたレユニオンに気付いて学校の敷地から足を出した。

 そこにあったのはまた地獄だった。僕達が天災を生き延びたのは全くの偶然で、不幸だったと思うよ。瓦礫の山と炎と時折死体。校内の方がまだマシと思えるレベルの混沌で、やっぱり救助は来なかった。

 普段僕達を守ってくれていた軍警察が僕達に拳銃を向けた時、僕の世界はまた別のものへと変わった。

 

 僕は誰だ?──ウルサス帝国の貴族だ。

 貴族とはなんだ?──平民を使役し、有事には守るべき者だ。

 チェルノボーグは?──……ウルサス帝国ではなく暴徒に占領された無法地帯だ。

 

 見覚えのある顔もあった。でも僕はウルサス帝国の貴族で、背後に守るべき平民達とナターリア様がいて、ここは『ウルサス帝国ではなかった』から襲ってくる敵は全て焼いた。

 それから、グムちゃんには沢山助けられた。最年少なのにあの状況下でも笑って僕達を元気づける健気さは、何度も折れかけた僕の心をその回数だけ救ってくれた。夜に眠れなかった僕が、彼女が僕の背中を頼りにしてくれた時はぐっすりと眠れる程に。

 

 でもねドクター、駄目だったんだよ。ロドスを恨むつもりは毛頭ない。憎むべきは助けてくれなかったウルサス帝国だって、頭では解ってる。それでも、もっと早くに来てくれたらって何度も思う。

 

 放浪何日目だったかな。学校から持ってきた食糧が尽きた。

 

 革靴を煮込んだスープなんて初めて食べた。そこいらに生えていた草の焦げ跡だって奪い合いになりかけた。この時に集団はまた分裂して数を減らしていたんだ。最終的に、ナターリア様と僕、ズィマーとグムちゃんにアンナとロザリンだけ。彼女達から男の僕が排斥されなかったのはきっと、率先して戦っていた功績だからだろうね。

 ただここからがまた長かった。食べ物はなくなった、廃墟を漁っても出てくるのは極稀にしかない、周囲には生存者の小さなコミュニティが雨後の筍のようにある。

 

「皆、ご飯見つけて来たよ」

「オマエ、どこでこんな」

「よく食べろよ、ラーダちゃん」

「ありがとう、お兄ちゃん!」

「ほら、ソニアも」

「質問に答えろよ!」

「ソニア!」

 

 今まで戦闘以外じゃ声を荒らげていなかった僕が、初めて声を上げた。その時はグムちゃんも身体を固めて僕を怯えた目で見てたし、ナターリア様達は不安げに僕とズィマーを交互に見て悩んでいたかな。

 

「僕は貴族で、唯一の男だ。君達を守る義務が──いや違うな、僕は君達を守りたいんだ」

「んだよ、それ」

「僕はこういう方法しか思いつかなかった。だから、ごめん」

「アタシには何の相談もなく、そんな勝手に決めるのかよ……クソッアンナの気持ちが今なら良く分かるぜ」

 

 三つめと四つめの罪がこれ。

 

 拾った物資は全て仲間へ、もちろん僕は学校に居る時と同じ手段でお腹を満たした。

 そうして無数のコミュニティを潰していくうちに他の生き残りは僕らから逃げるようになり、安全にはなったが逆に食べ物が手に入らなくなった。

 

「これしか、ないんだ」

 

 だから率先して僕が行動に移した。冷たければ駄目、温かければ良し。源石を避けながら瓦礫と灰塵の世界で僕らは生きた。皆が食事の度に絶望を抱きながら、それでもなおと捨てきれない希望に縋って命以外の全てを捨てて歩き続けた。

 

 ある時、単独で散策している時に僕が襲ったコミュニティの残骸達が仇討ちだと奇襲を仕掛けてきてね。なんとか応戦するけど多勢に無勢、物資を囮にしながら致命傷は避けていたんだけど。肩のところからこう、ぱっと斬られちゃって地面に落ちかけたのを慌ててキャッチした僕がまず思ったのが、『勿体ないなあ』だった。その次に激痛。慌てて自分のアーツで焼いたのは咄嗟の事ながら上出来だったかな。

 ああうん、心配しなくてもその後なんとか敵は撒けたよ。そうじゃないと僕は今ここにいないだろう? とかく、命からがら皆のとこへ話していた時間よりずっと遅く、血だらけで帰ってくるもんだから皆が泣いて慌てていたのが僕には嬉しかった。

 

「すみません、しくじりました……」

「おま……アンナ! 包帯と消毒液! ラーダ! フライパンにありったけ水入れろ!」

「無茶はしないという約束だったでしょう……!」

「ああ、ナターリア様、生きて帰ってこれましたから」

 

 本当に、ナターリア様は泣かずに苦汁の表情で僕の手を握ってくれまして、貴族の義務を果たせている充実感が心地よかった。全身の痛みも勲章だと思えば平気……というには酷すぎましたけどね。

 とにかく地面に寝かされて、治療されれば安堵して意識を失うのがなんとなくわかっていたのでナターリア様の手を振り払いましてね、横に置いてあるものを指したんです。

 

「……これ」

「は?」

「温かいし“間違いなく新鮮”だから」

「な、何言ってんのか自分でわかってんのか?」

「この状況下では、もうどうにもならないんですよ」

「明日にでも助けは来るかもしれないだろ!」

「確証はありません。どうせなら、僕は全てを貴方達に捧げたい」

「なんでだよ、最初は散々邪険にしてきたのに、なんでそんな」

「僕が、貴族だから──だから、だから、だから──食え、平民……」

 

 ズィマーの顔をしっかりと見つめて、昔の様に傲慢な表情を出来るだけ浮かべて、その時の彼女の顔は今でも覚えてる。この世の全てに絶望して、それでも瞳の真ん中だけはそうするのが最善だと理解して、そんな自分を嫌悪しながら歯を食いしばって僕をじっと見る。やがて小刻みに震える手で僕が指した物資を掴むと、一人でやろうとしたのかナイフを取り出して、その横からグムちゃんとナターリア様が一緒に手を重ねて、解体して一口サイズに刻んで、僕は怪我をしていたから代わりにアンナが火を起こして、ロザリンが後始末。

 皆が一息ついて、さあ食べようとなったけど口元までは皆持って行けたみたいだけどそこから食べるってふんぎりが中々つかなかったらしくて。グムちゃんがボロボロと声を殺して泣いて、皆でグムちゃんを抱きしめたのは美しい光景だった。

 

「食べよう、食べてアタシ達は生き残るんだ」

 

 そう言って、ズィマーは食べてくれたよ。続いてナターリア様が、アンナが、ロザリンが、最後にグムちゃんが僕の裾をぎゅっと握りながら。そしたら安心して眠っちゃった。

 

 次起きたら知らない男が数人いるから、反射的にアーツを使ってしまったのは今でも悪かったと思ってるよ。その時の、ロドスのオペレーターさん達は笑って許してくれたけど。

 

 ドクター、僕はね彼女達にそれを強いたんだ。あの時なら絶対に断らないと分かっていたから。僕が意識を失う前に強く思った事がわかるかい?

 ……これでやっと僕も本当の仲間になれる。

 だからまあ、その後救助が来たなんて知った時は『これから』だったのに、って思っちゃったんだよ。あの地獄が終わったのに、一瞬でもそんなこと考えてしまったんだ。

 

 ドクター、聞いてよ。ロドスに拾われて幾ばくか経つと、ズィマーとグムちゃんはやたらと僕を気に掛けるようになったでしょう? あれ、罪悪感なのさ。僕の言うことを無視していれば、不自由にならなかったかもしれないと本気で思っている。腕がスッパリと斬られちゃった時点で何も変わらないはずなのにね。

 ナターリア様が僕と目を合わせてくれないのもそう。校内から救助されるまでずっとずっと僕が守って来たから、そのせいで疲労が蓄積してあんなことになったって勝手に背負ってる。アンナとロザリンはどうかな、話さなくなっちゃったからよくわからないや。

 

 ドクター、僕はそれが凄い嬉しいんだ。強気で強情なズィマーがふとした拍子に見せるあの痛々しい顔、他の奴には見せられねぇって弱音を僕だけに見せてくれた時、幸福感に包まれた。とんとんって背中を叩いてやって、もっと吐き出していいよって何度も言ってあげた。ズィマーと僕はお互いがお互いを守って来たから、それが今でも続いてると思うとね。

 

 グムちゃんが寝る前に僕を部屋に連れていく事がある。その時決まってアンナとズィマーは微妙な顔をして。それで寝る時はグムちゃんの左右は二人で僕は隅っこなのさ。いや僕が行く意味なくないって思ったけど、きっと習慣になっちゃったんだろうね。向こうじゃ僕が夜寝れる時はずっとグムちゃんが背中を掴んでくれていたから。まだその癖が抜けてないと思うと、やっぱり嬉しい。

 

 ん? あー、そうだね、話している間ずっとそうだったからドクターの疑問に答えよう。

 ズィマーとグムちゃんだけコードネームで呼ぶ理由はね、そうすると彼女達の顔が歪むからなんだ。アンナもロザリンもナターリア様も、僕は一度たりとも彼女達のコードネームを呼んだ事がない。でも二人に関しては、ずっとコードネームで呼ぶ。そうすると、許してくれって言いたそうにする。向こうに居た時のように名前で呼んでくれって目で言ってくる。

 

 でも駄目だ。僕はとくに二人を利用して矜持を保っていたし、必要以上に自分を追いやって結果的に傷付けた。そんな存在が、ロドスに救われて貴族でなくなった僕がどうして二人を名前で呼べる?

 そんなことはない、とドクターは言うけどそうじゃないんだ。二人と僕との間にすれ違いがあるのはとっくに解ってるし、それについて言葉を交わせばすぐにでも解決すると知っている。

 

 ドクター、これが一番の罪さ。僕はね、そうやっていれば二人はずっと僕を心の中心に置いてくれるからと誤解をわざと放置している。

 いずれは気付くだろうね。ズィマーもグムちゃんも、賢い子で本当は僕がいなくても生き延びる事が出来たはずだから。だからドクター、その時まで内緒にしてくれないかな。

 そして二人が心の底から軽蔑してくれたら、僕はやっと救われると思うんだ。あの時のお前は間違っていたんだってね。

 

 

 

 

 

 




気が向いたらウルサス組視点書く
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