ヤーナム産ロクデナシ共、日本へ渡る   作:そら豆

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目的地

 人の行きかう只中に、周囲から浮いた二人組が居た。

 黴臭さ漂う古臭い恰好な上に、双方ハッキリと顔の見えない怪しげないでたちだ。その片方が都市の汚れた空気に顔を顰め咳をした。

 

 

 

「コホッ、空気が悪いですね」

 

 大勢の人間が行きかう通りの片隅の、喧騒の中でツレがぼやく。その掻き消されそうな呟きは自分だけ届いた。

 

「あんな糞田舎と比べればな。いや、確かにこれは酷いが」

 

 まあ、アレはアレで咽かえる様な悍ましい臭気に満ちた都だったが。と内心でのみ付け加える。しきりに咳を繰り返す、自身より僅かばかり背の高い顔を伺う。

 本来こいつの目元は見えない事の方が多いが、今は半分だけ見えている。包帯に覆われる事を免れた、色素の薄い左目がちらりと此方を見返す。

 

「……それよりお前体は大丈夫か」

 

「ええ。おかげさまで。あちこちぼろぼろで、結構辛いです」

 

 悪びれもせずにけろっと言ってのける言葉に顔を顰める。その気に成れば直ぐ治せるものを、何故そのままにしているのかと訝しむ。

 狩人でなくても、こいつなら輸血でどうにでもなるだろうに。

 

「せっかく君が連れ出してくれたのに、ありがたみがないでしょう?」

 

「ふざけてるのか」

 

 いえ? と、くすくすと笑いながら首を傾げて見せる。

 

「それよりこれからどこに向かうんですか? 私、あまり人の多い所は得意ではないんですが」

 

 片目が無いせいか、無駄に首を巡らせきょろきょろと周囲を観察する。

 

「おいやめろ。唯でさえ服装で目立ってんのに、どうしようもない田舎者みたいだろ」

 

 実際田舎者だが。

 かつては医療で栄えたのだろうが、今はすっかり寂れている。呪いが満ちて怨嗟が満ちて、狂気が満ちて……。

 

 だから次の『夜』が来る前に逃げ出した。

 自分とツレが、その狂気の一端を担って居るのも理解して居る。それでも自分はこいつを連れて逃げ出した。もっと正確に言えば、攫ってきた、だ。

 この同行者に離反や、教会を捨てる意思が有ったかは分からない。ただ死ぬしかない奴だったのだから、こいつの意思なんか無いも同然だろう。

 

 理由なんか知らないが、離反した奴は以前にもいた。それでもヤーナム自体からの逃亡なんて話は聞いた事ない。

 そして自分はそれをやった。都会で馴染む様な流行りの服なんて用意する暇は無かった。それでもツレの重いばかりの聖布を剥ぎ取り、奇妙な目隠し帽子を投げ捨て、まだ一般市民的に見える服を着せれたのだから、褒めて欲しい位だ。例えそれがヤハグルに攫われ憐れな死を遂げた死体から剥いできた物だとしてもだ。

 

 ただそんな努力も虚しく、隻眼に包帯濡れに成っても同行者は無駄に顔が綺麗だった。腹立たしい程に顔がいい。顔が良い上に無駄に背がある。そんなのが子供みたいにきょろきょろして居ては悪目立ちするに決まってる。

 

「だって、視野が狭いんですよ。どこかのどなたかが抉っていったので」

 

 不貞腐れた様に、当てつけの様に、わざとらしい表情を作る。

 そんなわざとらしい表情でも、それを言われると弱い。自分が糞のようなロクデナシの自覚は有るが、罪悪感くらい感じる。無論、相手の顔が好み過ぎるせいだ。

 

 ある意味惚れた弱みである。

 因みに顔はくそほどに好みだが、人格面に関して自分より質の悪いロクデナシだと認識して居る。

 

「それで、どこに行くんですか?」

 

 顔さえ好みでなければ躊躇なく殺していた奴が、可愛らしく小首を傾げる。金色の細い髪が揺れるだけで綺麗とか卑怯だ。

 

 そして残念ながら自分にはその答えは無かった。

 完全に勢いの様な形で、こいつを失いたくないが為に逃走して来たのだ。多少衣服や所持品に気を回す事は出来てもそれ以降は何も考えて居ない。

 

「特に予定が無いのなら私行ってみたいところが有るんです」

 

 何も考えて居なかった事を瞬時に察したようで、遠慮も何もなく提案される。空の彼方に星の兆しを探していた類の人間が、どんな非現実的かつ御伽噺の様な場所を所望するかと若干身構える。

 

「興味深い文献を読んでから、ずっと気になって居たんです。日本」

 

 出て来たのは遠く離れた極東の国の名前だった。

 

 

 

 思い立って即行ける様な距離でも無かったが、何の目的もないので取り敢えず日本を目指す事に成った。

 その過程で、まあ、いろいろあったが割愛する。

 

 気に成った事と言えば、どう見ても怪しげな、人目を憚る様な黒フードの旅人がヤーナムと『青ざめた血』について尋ねて来た事だろうか。頭は良い筈なのに、頭おかしいツレはご丁寧に悪夢蔓延る古都への道を示してやっていた。

 奇跡の様な医療を求め、外からやって来る奴は一定数居たが、どうせロクな目に遭わない。余命僅かな病人への追い打ちだ。今抱えた病が癒えても、あの閉塞的な街の排他的な人間と獣の病に怯える事になる。

 

 自分には一切関係ないが。

 そんな事よりも問題はこの顔だけは良い同行者だ。

 

「あまり怪しげな人間と親しくするなよ」

 

 育ちの良すぎる世間知らずなお嬢ちゃんの様に、些か警戒心が足りない。否、訂正しよう。好奇心のままにあんな恰好で隠し街まで下りて来た様な奴だ。警戒心が大分足りない。自分以外の何者かにいいようにされては面白くない。

 

「君がそんな事を言うんですか?」

 

 きょとん、とばかりの本当に不思議そうに尋ねられぐうの音も出なかった。

 狩人を名乗るのも烏滸がましい人攫いには返す言葉もない。そして一応自分はこいつに怪しい人間と認識されていたことが発覚した。少しショックだったが、普通あれだけの事をされて『怪し人間』止まりなのは異常だ。やはり顔しか良い所がない。頭おかしい。

 

 まあ、そんな程度である。

 他に強いて上げるなら、日本へ渡る準備をする間に、少々人を捕まえたりツレが加工した所、切り裂きなんたらの再来だのという噂が広まった程度だ。

 後は、例のツレが星空色に発光する軟体生物等をこっそり飼って居た位だろうか。そんなのもの連れ出していいのか、と驚いて聞けば、

 

「バレたら先生や先輩方に殺されそうですよね」

 

 と呑気に笑って居た。ならば問題無いだろう。自分達はもう遥か遠い極東の国へ向かうのだ。二度と帰る事はない。

 

 ツレの気分次第では有るが……。 

 

 

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