ヤーナム産ロクデナシ共、日本へ渡る 作:そら豆
と思いましたが、人類が吃驚するほどしぶといのはAC系だけだろうか…デラシネ世界、どの程度人間の生存圏が残って居るのかな…。
甘い癖に嫌味のない香りがさらりと流れ、目を開ける。
あの『お』うどん……だったかという物を出す屋台での、少年の反応を受けて本当に香の配合物を変えたらしい。どこぞの誰かの影響で、こいつの匂いが変わったのは、どうも面白くない。
一瞬もし次出会う事が有れば、あいつの顔面に腐り爛れた死血をなげつけてやろうか……と考え、まるで自分が子供に嫉妬して居る様に感じて、ぞっとする。そもそも相手が
だれであれ、これに関して嫉妬だなんて可能性を思い浮かべるだけで悍ましい。
乗り込んだ段階では緋色の夕焼けが見えて居たが、走り出して間もなく日は落ち、暗い車内に灯った明りが僅かに窓の外を照らし、すぐにぼやけて過ぎていくばかりだ。
どこに焦点を合わせても、振動ばかりが体内に響いて気分が悪く必死に目を閉じて振動から意識を離そうとしていた。
「……本当に寝てるのか?」
いつ寝て居るんだこいつ、と思う程行動時間が異様に長いツレだが、宣言通りに席に着いて早々に目を閉じ、身じろぎせずに人形の様に座っている。こいつにしては良心的なことに、切符の改めまでは起きて、こちらの分もまとめて処理したが、その後数秒で現在の状態だ。
この国の座席全般に言える事が、高さが低く少し足が窮屈そうだが、一切動いて居ない。死んでないか、これ、と僅かに不安になる程動かない。
どうも座したまま眠って居るのは、体を捨てた頭のイイ連中の様で、あまりいい光景ではない。
普段口にする事の7割理解出来ない、トンチキな事ばかりだが何か会話して居れば気も紛れるだろうかと思ったが……起きる気はないらしい。
まあいい。
いつもの如く目立つ様相できょろきょろされるよりはマシだ。目を開けて居ると、また胃の中が混じって気持ち悪くなって来たので、先ほどと同じ様に目を閉じる。
ここ暫くは寺、仏教とやらの聖堂だろうか? の『しゅくぼう』とやらに居座りそこの聖職者達と散々問答を繰り返していた。そして奴らは朝が早い。それに合わせていて、自分も些か寝不足なのかもしれない。血を入れ続ければ、食事も睡眠も不要だったりするが、眠れるのならそんな無駄使いをする必要もない。
自分も眠れば気分の悪さを意識せずに済むだろうか。
目を閉じて、教会の狩人だった時分にもさっぱり信心は無かったが、気を逸らせる為だけに頭の中に文字列を思い浮かべる。ボウズ達がやっていた、しゃきょうのように思考を静かにさせたい。
聖血を得よ、祝福を望みよく祈るなら拝領は与えられん、拝領は…………。
すっと目を開ける。自分が『悪夢』の中に居る事に驚く。帰る心算の無かった故郷……とも些か異なる。
隠し街の只中ではない。
からーん、からーんとあちこちで気の振れた女が鳴らす鐘の音や、我々を呪う声もなく、しんとする中に赤子の泣き声がひっそりと届く。蒙の啓けていない自分にさえ、その声が届く。ぞわりとしながらも、どこか懐かしい空気が満ちた場所。
だがそれと同時に、自分は絶対に訪れる事のない領域。
メンシスの悪夢の更に奧、メルゴーの高楼。
紛れもない、悪夢の只中。
目覚めよう。
何故突然、ヤーナムに引き寄せられた悪夢に巻き込まれたかは分からないが、ただ事ではない。いつまでもこの悪夢に居るべきではない。
早く、目覚めなくては。
「見た事の無い狩人、いや人攫いだ。お前、なんでこんな所にまで居るんだ?」
気配無く、ぞわりと背を震わせる声が掛けらた。ゆっくりと、操られた様なぎこちない動きで振り返る。
なんのことはない。薄暗い空の下、ごく一般的な狩装束を纏った狩人がいるだけだ。獣狩りの短銃に、ノコギリ鉈を下げた、お手本の様な獣狩りだ。
だが言ってしまえば、何故そんな獣狩りがメルゴーの高楼にまで入り込んでいる。
良く居る獣狩りであろうそいつは、ただ、まるで『悪夢』そのもので有るかのような気配を纏っていた。
そいつの黒衣の中から覗く、清い月光が凝った様な蒼い目に見つめられると、全身の血が逆流し、ぐたぐだと沸き立つ様に暴れる。
心臓が痛い位に弾む。
だめだ、アレはいけない。ただの狩人ではない。腕の無い人攫い風情の自分に、勝ち目はない。
「お前……ヤーナムの外で会ったか?」
ぞっとする人型の悪夢が、ぽつりと呟いた。
くそ。殺された。
想定の通りに、あっさりと殺された。なんだあの気味の悪い狩人は……。
都合の悪い現実を、これは悪夢だったのだと言い聞かせ目覚めをやり直すのが狩人共の業の一端だ。
紛れもない悪夢の中で、血に酔った者とも違う、悍ましい狩人に殺されれば尚の事。こんなものは夢だとすぐさま否定してやる。
しかしあいつ、ヤーナムの外で会ったと言ったが自分にはあんな得体の知れない目をした人間に覚えはない。確実にヤーナムへ向かったと分かるのは、ロクデナシと言葉を交わした病人が唯一だが、顔などさっぱり覚えても居ない。
厭にこびり付き、未だに心臓を跳ねさせる存在からなんとか意識を引き剥がす。
「なんだ、これは」
現実を見回して首を傾げる。どの座席の人間も皆、眠って居るのか妙な体勢に崩れながらも身動き一つしない。
妙な薬品か、ひとならざるモノの存在を疑いたく成る景色だ。
ツレも穏やかに眠り続けている。急に悪夢に引き込まれたという、異様な事態だと言うのに。引っ叩いてやろうかと思うが、口を噤み小賢しい糞人間性が一切出てこない、ただ純然たる好みの顔を見ていると振り上げた手を下ろすしかない。
こちらと違い、純然たる『夢』を見て居るのか、薄っすらと微笑んでいる。が、こいつは悪夢の中でも愉しそうにキョロキョロとして居そうだ。
しかし……、本当に顔の作りだけは最高だ。現状を忘れてまじまじと見つめる。
というか、見惚れる。
自分が抉り、損なわれた右目に包帯の上から触れる。厚くまかれているため、見た目には眼球が欠落して居るようには見えないが、指を這わせぐっと力を込めれば指が眼窩に沈み込んでいく。義眼を嵌めていないせいで、周囲の筋肉が落ちて来たとは当人の申告だが確かに押し込む際に肉を押し広げる感覚があった。
その指先に伝わる感覚に、こびり付いた悪夢もじんわりと剥げていく。
この美しい顔を損なったのは自分で、以降誰もこのクズの両目が揃い完璧だった頃を、何人も知る事ができないのだという考えは、何とも言えない優越感とぞくぞくとした想いが沸き上がる。
……いや、流石に大丈夫か? いくら眠っているかと言っても眼窩に包帯の上から無理矢理指を突っ込んでも起きないものか?
もともと頭は大概におかしいが、ちゃんと痛覚は有った筈だ。いや、あるのか? 自己申告で痛い事は痛いと言って居たが、かなり怪しい。
流石におかしい。
今度こそ叩き起こそうと、手を振り上げた瞬間、周囲の空間が蠢く。
まるで悪夢が這いだしてきたようだ。メンシス学派の作り上げた、悪夢と変わりない。継ぎ接ぎ塗れの肉の内側に居る様ではないか。
無機物だった筈の車両の内側に、生々しい肉の塊が蠢きのたうち回る。
振り上げた右手は咄嗟に、寝こけているクズの仕込み杖を掴みとった。それと同時に、騒々しい音と凄まじい勢いで何者かが走り込んで来た。
実に顔面も声量も騒々しい男だ。
━━━
黒い変な形の帽子と一体化した、複雑な文様の面。
困った様にしながらも、ほんのりと笑った口元だけが見えている。
「残念ながら、私達は夢に関しての研究は遅れて居ました。認めはしませんでしたが、きっと、メンシス学派の方達の方が進んでいたと思うんです」
沢山の刺繍を施した値も嵩も張りそうな白い衣装を、どろどろと血に汚しながら祈る様に組んだ黒手袋の両手には、湾曲した奇妙な形の刃物を握っている。
「不思議ですね? あの子は私がヤハグルへ遊びに行く以前には既に死んで居ました。この子は気が狂い、実験台の上で終わりました。ええ、確かです。覚えています。孤児院時代は、ベッドが隣でそれなりに仲が良かったんですよ。生体解剖に立ち会って、検体を保存する手伝いをしまいした」
くすくす、と顔は定かでなく男とも女とも判別出来ない何かがこつりと黒い靴を鳴らして歩み寄って来る。
「あの黒衣の方は、使い物に成らなくなったので私と先輩で処分しました」
穏やかな言葉のまま、ごろごろと床に転がる死体との思い出を語りながら近寄って来る人物には、恐怖しか感じない。
こんな事態は初めてだった。
想像した事もないような、全く馴染みのない景色の中。
何故夢を見ている筈の当人が目前に居るのか、夢を夢と理解して、知人である筈の人間を片っ端から刺し殺し、血まみれでにじり寄って来るだろう。
殺さないで……、震える小さな声でそう言うのが精いっぱいなのだ。
とうとう微笑む口元が目前に迫る。
手にはまだ、赤黒い血に濡れた刃物を握っている。ぺたりと石の冷たい床に傍り込んだ太腿に、生温い血の雫が落ち悪寒が駆け上がる。
「そんな事、しませんよ? 貴女日本の方ですよね? なぜ『こんな所』に居るのですか? この夢は誰の物ですか?」
背の高いその人は屈み込み、面で遮られた筈の視線を合わせる。ついでの様にねじくれた、薄い刃も首筋に添えられる。皮膚に直接、沢山の人間の混じり合った血が伝う。
なぜ、こんな恐ろしい目に遭わなければいけないのだろうか。ただでさえ、不幸だったのに……せめて夢の中で位幸せでありたいと願ったのはそんなに悪い事だったのだろか?
2人ほど可哀想なモブちゃんが、ヤーナムの悪夢に巻き添えで引っ張り込まれしまいました。
何週目だか分からない上位者狩人がうろつくメルゴー高楼or派閥とか全て投げ捨てて知りたい事は知りたいヤーナム産ロクデナシと実験棟、どっちがましなんでしょう。
それと魘夢さん、見た目はくっそ好みなんです。虐めたいタイプに可愛い。