ヤーナム産ロクデナシ共、日本へ渡る 作:そら豆
人間か疑わしい速度で進行しつつ、周囲の肉塊を切り刻んできた騒々しい男は、見つめる此方の存在に気づき少しばかり驚いた顔をした。
何か話かけられる前に、例の紙片でも叩きつけようかと思ったが、そんな間も無く忙しく蠢く肉を切り伏せ過ぎていく。
「すまない! 説明をしている時間はないのだ!」
例の千景に似た変形機構のない得物と、ルーン文字より複雑な模様の入った装束がちらりと目に入った。
何か通り過ぎざまに言われたが、過り様では殆ど聞き取れない。語数的にこの現状の説明はされて居ない筈だ。
ただ聞いた者へ『何だか大丈夫そうだ』と思わせる、自信と力強さの宿った笑みだ。意図は伝わるが、どうも故郷では見ないタイプの人間にぞわぞわと寒気を覚える。
急に湧き出して来た、奇怪な肉塊どもは僅かに蠢いているだけで積極的に這い出して来る様子はない。切り刻まれ、修復するのに時間が掛かるのだろうか? 良く分からない生き物だ。獣の類なのか、ツレの可愛がってるナメクジの親類か、または『オモチチャン』のような失敗作にも劣る塵か。判別出来ないが、棺箱から溢れ出たモノよりはまだ可愛げがある。
うぞりとバラバラに断たれた断片が蠢くのを、仕込み杖で貫く。大した広さの無い車内では変形させて振り回す訳にも行かない。周りに障害物が多すぎる。薄っぺらな人間の肉でも、一枚壁に成れば目標に達するまでに勢いが削がれる。
まあ、良いか。広範囲を打ち払えなくとも、自衛が出来れば問題ない。別に儀式に必要な人間でも、実験材料でもないのだからご丁寧に確保しておく謂れもない。
それにしても他人の仕掛け武器など、使うものじゃない。うぞうぞにじり寄って来る肉を突き払い、打ち据えながらため息を吐く。
いっそ油でも撒いて火を着ければいいのではないだろうか? 走行中の汽車から飛び降りた事はないのでどの程度の損傷を覚悟すべきか見当もつかないが、悪夢の中で出会ったあの不気味な狩人と対面するよりはマシだろう。
他の人間の焼死なんかは仕方ない。ツレが起きて居れば勿体ないと喚きそうだが寝てる奴が悪い。
いつ終わるのか分からない、単調な殺戮作業が面倒になり火を放つ算段をし始めたあたりで、またあの騒々しい奴が片刃の剣を振るい駆け抜けていく。
以前見かけた時はぞろぞろと居たのに、今夜は一人で全て請け負って居るのだろうか。ご苦労な事だ。
なんとも忙しい様子だが、それで居て辺りに転がる邪魔な人体への損傷は全て阻止している。最初期の教会の狩人の様に、狩に誉や名誉なんかを幻視しているのだろうか。
前にも思ったが、鬼狩り共は真っ当過ぎる。やはりあれではロクな死に方をしない。仕掛け武器など使って人間性を誇示してやっと、人を見失わい程度の殺戮の方が生き易い。
現に自分は人攫いなんぞをしながら、こうも健全に人間をやっている。
荷物を漁り、油壷を見つけ出してぶちまけ様とした所で、ガクリと体勢が崩される。
突然の衝撃に、咄嗟にツレを抱き寄せて庇う。主に頭部。
何が起きたのか分からないが、ツレの存在意義位は死守してやる。そして乗り物などというのはやはり害悪だ。船以来の吐き気を覚えた。
ヤーナムの血を入れ、内なる獣性を押し込めてその力だけを利用して居る奴らは、獣程でなくとも総じて頑丈だ。腸引き摺り出されようが、頭をたたき割られようが、死ぬその瞬間までは抗い続ける度し難い連中だ。そんな存在なのだから、走行中の汽車が不自然に弾み横転しようが無傷だ。抱えていたツレもだ。
周りはそれなりに被害が出ている。この惨状なら一人、二人攫って行けそうなものだが、必要としている当人が現在荷物状態だ。この場で血だけ抜いていこうにも、自分にその手技はない。
━━━
空気を侵食し、全てを覆いつくし、圧し潰して隠してしまう形容しがたい香りが、血も鬼のにおいも塗りつぶして流れ出してくる。
それには覚えがあって、重たい頭をちょっと捻じってそちらを見た。
横転した汽車の窓から、黒い背の高い影が更に背丈のある人間を担いで出てくる所だった。僅かに距離はあるけれど、不可思議な落ち着かない気分にさせる正体の掴めない臭気と、洋装にしても少し変わった格好に間違いなく、あの時浅草の屋台で会った彼らだと分かった。
確かあっちの人は日本語があまり話せないと言っていた。にこにこと穏やかに流暢に会話をしていた方の人は、怪我でもしたのか半ば引きずる様にして担がれている。
しっかりと言葉も分からないのに、こんな事態に巻き込まれて、同行者が怪我を負って居ればどれだけ心細いだろう。
あんなに背の高い人を代りに支える事は、今は出来ないけれど少しでも事情を理解して居る自分が声を掛けなければと炭治郎立ち上がる。
何とも形容出来ない全てを覆い塗りつぶす、粘度の高いにおいに以前と同じように息が詰まるが、何とか飲み込んで声を掛ける。
「大丈夫ですか? どこか怪我でも……」
胡乱なものでも見る目で見られる。あの一瞬だけの交流では、記憶に残らなかったのかも知れない。訝しむ視線のまま、雑に担いで来た人を背に隠す様にする。
警戒されて居るのがひしひしと伝わる。
「……怪我、は、ない。あなた、が怪我はある」
あの時は終始顔を伏せてたので始めてみた顔だが、人に寄っては怒っているように見える表情をしているが、こちらの負傷を心配しているのも……あるのだろうか?
完全に知らない人間という訳でもなく、少しは事情を知っているからそんなに警戒しないでも大丈夫だと伝えようとし、世界が震える気配がした。
凄まじい戦闘の余波ではない。
周囲全てを金縛りにしてしまう様な、激しい戦いを繰り広げている二人さえ硬直させる。
世界の膜が震えて軋んで割れた。
割れたそこには何もない。なにも存在しない。空気の流れが途絶えている。
何も感知できないという事実が恐ろしい。
世界の中に、別次元のモノが割り込んで、認識出来ないせいで『無』を形成している。本来無い物を感じるなんて、おかしな事起こり得ない。
あり得ない筈の『無』を知覚して、あり得ないモノを認識して、全身の血が逆流し湧き出してしまいそうな程に体がその現実を拒否している。
「Amygdala……」
胡乱気にこちらを見ていた人が、同じように『無』が鎮座する辺りへ視線を向け、聞いた事もない音を呟いた。
━━━
船や汽車といった、人工物の駆動とは明らかに違う振動。地震や地崩れの衝撃に近いような……大きな存在が動いた衝撃。
横転した車両を跨ぐように、巨大な何かが居る。
いや、何かではない。自分の目に映る事はないが、この視線は知っている。その存在は伝えられている。物心ついた頃から石で形作られた姿見ている。
「アメンドーズ……」
ヤハグルに馬鹿みたいな程居た奴らだ。
未知の
そんな連中の名を呟けば、少しだけ面識のあった子供が、強張った表情のままに問いかける様な視線を向けて来る。
だがそんな目をされても自分もあれらが何なのか、説明しようがない。そもそも見えない。
こいつも見え……てるのか?
確実に視線が、アレが居るらしき方向へ向けられ、異なる次元に存在する未知のモノに触れた、真っ当な人間の顔をしている。恐れ、混乱、驚愕、そんな所だ。
何故そんな者が突然こんな遠く離れた、極東の国に現れるんだ。何故、が全く分からない。先ほど見た悪夢に何か関係があるのか。残念ながら、思想無く言われるままに人を攫い、邪魔者を殺していた自分には何も分からない。抱えたロクデナシなら理解できるのかも知れないが、このクズ未だ眠り続けている。使えない。本当にお前は顔だけだな。
なにかを自分で思考しなければいけないのは、相変わらず苦手だ。
それでも良く分からない物から距離を取る位の当たり前の行動はする。そこにいる奴が、こちらに敵意を向けるか個体なのかは分からない。それなら、彼方に認識される前に離脱しよう。
くそ、嵩張るなこいつ。体に厚さが無いから、そこまで重くは無いが背丈がある分持ち運ぶのはとことん向かない。
「まって! あの辺りに良くないって……日本語分からないんでしたよね!?」
あの子供が、アメンドーズの居る辺りを指し示し何か訴える言葉を発するが、知った事ではない。見えはしないが、大体の形は分かりあれに近づくつもりはない。
ぞっとする様な空気が揺れて、先ほどから騒々しくやり合っていた奴らの片方、時々いるほぼ全裸に素手の変人が不自然に宙に浮く。
一瞬の驚愕の息の音と、すぐさま自身を空中に捕えた何かを振りほどこうと藻掻いて……ぐしゃり、と大量の血しぶきを降らせ、消失した。
じ、とアメンドーズが出現したらき場所を見詰めるが、当然何も映らずしかし気配も見当たらなくなっている。
派手に脱線した汽車の周辺に点々と存在する人間は呆けた様に呆然とした後に、各々が騒ぎ始める。
他に悍ましい者共の気配はしない。
突然襲い掛かろうとする獣も、血に酔った連中も、正気を失った狂人も居ない。何だか見覚えの有るちいさい獣面が騒いで居るが、あれはほぼ無害の生き物だ。
ふ、と一つ息を吐いて逃走の為に肩に担ぎ上げて居たツレを下ろす。
「ロクデナシ。お前、そろそろ起きろ」
こういう『理解不能』な事はお前らの領分だろう、と非難がましい口調で呼びかけるが、反応がない。手を放せばそのまま、地面に投げ出されてしまうだろう。
「……おい?」
無駄にデカイ体を立ったまま支えておくには集中が切れて、ずるずると地に座り込みながら、相変わらずお綺麗な顔を覗き込むが、目を開く様子がない。
御大層な襟元を乱雑に寛げ、首を掴む。脈はある。
「トンチキ聖職者! 起きろ! ……おい!」
数度程躊躇った記憶があるが、今度こそ手を振り抜いて顔面を引っ叩くが、それでも覚醒しない。嫌な焦燥を覚え、もう一撃入れる。
中々の騒々しさを広げていた中に、平手打ちの音は良く響き、数人の視線が集まる。
心臓を吐き出しそうな気分の悪さに急き立てられてて、人目を集めているのも構わずにもう一発鋭い音で引っ叩いた。
あの子供に止められなければ、次は拳で殴って居た。
━━━
何という惨めな悪夢、だ……。
散り散りにほどけていく中での思考に他人の言葉が割り込む。
それなら、やり直せばいいじゃないですか。
悪夢だと言うなら、目覚めをやり直せば良いんですよ。貴方の言う通り、これは悪い夢だったのだと否定すればいい。
気色悪いほどに、穏やかな声がする。
そうですねぇ、物理的に脳に血で刻んでみましょうか。脳、どこですかね?
大丈夫ですよ。きっと。貴方は僅かにでもヤーナムの神秘に触れ、我々の業に触れたんですから。
今際に居る『生命』を目前に、憚る事なく嬉しそうな声が聞こえる。
「目覚めをやり直して、素敵な悪夢で目覚めましょう」
朽ち逝く仮にも人格を有した物体を切り開き、掻きまわす手に人らしい温かさなど皆無。
堪えかねた様に感極まった様に、ずっと欲しかった玩具をやっと手に入れた子供の様な、混じりっ気なしの歓声が世界を埋める。
重く生臭くきな臭く、泥濘の汚泥染みた悪夢が覆いかぶさる。その中へ呼び込もうとする何者かが居る。既に悪夢に浸かりきり、囚われて居ながら愉しそうな何者かだ。
「ああ、楽しみです! 獣の分際で『夢』を持つ生物だなんて、どんな結果を示してくれるのでしょう! これからの実験が待ち遠しいですね!」
今しがた目前に迫っていた『死』や、絶対であった筈の鬼舞辻無惨よりも薄ら寒い『ヒトの思考』から外れたナニカに囚われてしまったのだと認識した。
その後の猗窩座さん
「うわ! なんか瀕死の裸族素手狩人っぽいものが出た! 何だお前! 輸血液どうした! という僕も輸血液ないけどな! ルドウイークぱいせんとステゴロしてて使いき、おい! どうした! 死ぬのか! 死ぬなー! クリモトの遺子的な人! 秘儀! 直輸血! 大丈夫ダイジョブ! ちょっとへその緒混じってるだけの血だ!! 狩人一人に含まれる三本目のへその緒の成分はへその緒三本分なんだぜ!」
「お目覚めですか? 眷属様」