ヤーナム産ロクデナシ共、日本へ渡る 作:そら豆
このお話は、ヤーナム産のロクデナシ共のせいで『原作』なんて認識しないその世界の人たちがそれが最善だと選んだ結果、原作と並べると不幸になる。そんな感じに着地すると思います。
重篤な、それこそ今後の生に影響を及ぼす傷を負いながらも炎柱煉獄杏寿郎の奮闘により、列車の乗客に死者は出なかった。
いや、正確に言ってしまえば、自殺一名、未だ眠り続ける者が二名居た。
後に鬼に唆された者の一人だと判明した、何かに酷く怯えた男性は、何も無い虚空を見て或いは周囲の人間を見て呻いた。
「見てる! あの瞳が見てる! 見るな、見るな、見るなぁあ!」
かと思えば、頭を抱え蹲り空気を劈くような絶叫を上げる。他の視線に『見るな』と叫びながら、彼は自身の眼球を掴みだし投げ捨てる。常軌を逸した行動に、恐怖が伝播したのか身を引く者、訳も分からず恐怖の根源を無くす為に自傷行為をする当人を止めようとする者で掴み合いに発展するが、『狂人』は止まらない。空に成った眼窩に尚も指を突き立て、己の脳を穿り出す。
「居るんだ! 頭の中にあの脳味噌が居て、まだ見つめてくるんだ!」
理解出来る人語として、それを最後にその人物は息絶えた。自身の頭の中から穿り出した、しっとりと湿った艶やかな脳を握りしめて、血だらけの顔面を恐怖に引きつらせた形のまま死んだ。
それに比べれば、まだ目覚めない二名は『平和的』だ。
なにせただ眠っているだけなのだから。
一人は衆目の前で己の脳を掻き出し自殺した男と同じく、鬼に唆され鬼殺の隊士の夢は入り込んだ女性で、もう一人は……恐らく異国の聖職者、らしい。
らしいと言うのは、眠り続ける異邦人の同行者は曖昧な日本語しか話せず、多少面識があったらしい炭治郎が必死に宥めて、根気よく尋ねた結果、何とか拾えた言葉を統合した為だ。
そんな曖昧な理解度だが、負傷した炭治郎が顔を真っ青にしながらも会話を試みなければ、駆けつけた隠が数人殉職していた可能性もあった(言葉の通じない黒い同行者が現状を理解できないままに、近づいた数人を警戒し掴みかかりそのまま投げ飛ばすなどしている)。
そうして日本人離れした大きな体格に違わない馬力で、少々暴れた異邦人はふぅ……と息を吐きようやく落ち着き、危い意思疎通でもって現状を説明し、やっとで理解してくれたようだった。
ただでさえ、鬼に起因する理由であれば眠り続ける人間を放り出す訳にもいないのに、周囲と意思疎通が難しい異国の者を眠り続ける人間共々放置するのは、余りに人心がない事は出来なかった。
当人には終始、威嚇する様な視線と空気を醸しだしていたが。
随分と背丈のある眠り続ける同行者を運ぶのに手を貸そうとした者は、秒で差し出した手を叩き落とされた上に、射殺さんばかりの琥珀色の目で凄まれ完全に腰が抜けた。
負傷者として一緒に蝶屋敷へ担ぎ込まれた炭治郎くらいしか、野生動物よろしく威圧し続ける黒くてデカイ異邦人に話しかけられなくなる程だった。
結構な傷を負っている炭治郎が治療後も『安静に!』とのお達しを受けつつも、不安で堪らないのであろう異邦人へ声をかけ続けていた。
「…………エヴァ」
呼びかける名前だけでも、というある種の熱量に根負けした様に、はぁ……と大きく息をついてぼそりと、小さく告げられた。
溜息よりもずっと小さな声の名乗りだ。
「エマさん?」
「エ、ヴァ」
目を眇め面倒くさそうにしながらも、自身の口元を指さして先ほどより少し大きく、ゆっくり言い直す。
「エバさん!」
ようやく知れた名前を、屈託なく呼びかける炭治郎を胡乱気に一瞥にして黒づくめの人間は視線を逸らす。
逸らした先はあの人間の限界に挑んだかのような、美しい人の寝顔。
「心配、ですよね」
そんな言葉も聞こえない程に、ただその人だけを見詰めている。
横に置かれた小さな香炉から、例の形容しがたいにおいが常に香り、全てを塗りつぶして匂いから人の機微を拾う事は出来ない。それでもエバが物凄く心配している事は、誰が見ても分かる。
きっと、とても大切な人なのだ。
「エバさんにとってかけがえのない人なんですね」
もういいだろう、とばかりだったエバが僅かに首を捩じって不思議そうに、問う様な視線を向ける。
「えっと……大事……、宝物……うーん。とっても、好き?」
「すきは! 違う!」
言い換えてみた言葉は伝わった様だが、すぐさま叩きつけるように否定された。たぶん、ここまでで一番声量が大きかった。
そして炭治郎はそれを照れ隠しと判断した。
胡蝶しのぶは寝台を挟み、むっすりと黙り込み俯き、ひたすら眠り続ける人間の顔を見つめる異邦人に、どう話始めるかを思案していた。
つい先ほどまで、素性どころか名前さえ分からなかった異国の人間だ。炭治郎の努力により、名前だけは判明した相手だ。しかも眠り続ける同行者へ、並々ならぬ執着を抱いて居る。
救護の為にと同行させる事はできたが、同行者が眠り続けるに至っている現状をどう説明するべきか……。
などと悩み鬼の説明から始めたのだが、暫く小首を傾げて話を聞いて居たかと思うと、突然『理解する』と口を開いた。
「獣と呼ばれる、鬼に似ているモノ、が、居るました。病です、故郷に……多くある。です」
「病……。鬼とは少し違いますが、その認識で大丈夫です」
鬼も、ある意味血液を媒介とする病なのかもしれない。継ぎ接ぎの言葉を統合するに、獣を狩る事を生業にする職業もあるそうだから、この異邦人の感覚で理解して貰うなら、それで問題ないだろう。
むしろ『ニンシキ』という単語が伝わらず、伝わる簡素な言い回しを数度繰り返す事に時間を取られてしまった。
そして驚いた事に、血鬼術に関してもあっさりと頷く。
「理解します。女医に聞いた、ます。ケキジツという。神秘に似て……違い、不思議のもの」
「女医、ですか?」
たどたどしい日本語の中で、首を傾げる。
鬼殺隊には当然女性も、少ないながら居る。ただその中で『女医』と呼ばれる程に医学に精通している者が、しのぶ以外に居るか、と成ると驕りではなく客観的視点でも思い当たる者が居ない。
だが関係者以外に、鬼血術の説明を他者に行る医療者の存在と成ると、眉を潜め首を傾げる事になる。
そして日本語に怪しい所があるエバでは、その人物について尋ねる事も難しい。
「医療者、のにおい、あなたと同じ、えー、けはいが存在しました。ので、女医と呼びます」
疑問形での繰り返しを理解したのか、その様に続ける。
鬼殺隊に属しては居ないが、鬼に詳しい医療者がどこかに居るらしいという事が発覚した。ふと、那田蜘蛛山で見つけた『痕跡』が思い起こされる。
そちらも大変気にはなるが、仔細を聞くには余りにエバの言葉では心もとない。
それにもう一つ尋ねなければいけない事がある。
突然消失した上弦の鬼について。
死んだのならばそれに越した事は無いが、そうすると今度は上弦の鬼を一瞬で消し去る『何か』の存在が問題になってしまう。
誰も何も視認できないモノを、この異邦人は知っている様な反応をしたという。
「横転した汽車の近くに鬼を消したものが存在したそうですが、それがその、獣ですか? 人の目には見えないという血鬼術を持ったような……」
そこまで言葉を繋ぎ、少し質問が複雑だったかと、相変わらず俯いたままの表情を覗き込む。
「獣ではない。この国の言葉での、言い方? ありません。獣は神秘に……遠い? 神秘は私、は見えません」
エバは言葉を探す様に眉間に皺を寄せた。
故郷での獣とは異なる、と断言しながらも『それ』が結局何なのか『見えない』とは、獣ではない『何か』をエバ自身も説明は出来ないという事なのか、発言の意図は今一つくみ取れない。
「……」
完全に黙り込み覗き込んでいたしのぶの目をじっと、暗澹たる琥珀色が見返す。
これ以上どう尋ねるべきか一瞬思考し、問いかける。
「……お連れの方なら何か分かりますか?」
「オツレ」
数度繰り返したエバの知らない単語が出た時の反応をする。いくつか類似する言葉を理解できる物が見つかるまで並べる続けるという作業が必要になるのだが、今回は簡単だ。
向かい合った二者の間で眠り続ける人物だ。
「この人なら、見えますか?」
そっと眠る人間の肩に手を置き、もう一度ゆっくりと尋ねる。
「見える。理解して、語ると、はず」
即座に触れていた手をどかされたが、確かに見える。と頷いた。
事情を聞くにも説明しようにも、言葉の壁により意思疎通も危うい中、それ以上の聴取を諦めていた。
一度、しのぶが任務で空けている間に水柱の冨岡義勇が訪れ、エバに何かを尋ねようとしたらしいが、何一つ会話に成らなかったと聞いている。
その常に同行者の傍に座り続け、三日ほど食事や睡眠もとろうとしないエバは現在炭治郎の再びのおしに負けてようやく同行者の傍を離れて行った。
寝台の横に置かれた小さな香炉には、相変わらず火が入っているのか柔らかいが何処か重さの有る香りが漂っている。乳香に近いが、何か特別な調合がしてあるらしい。
エバは『獣除け』と言って居たが、この国の鬼には効果が無いともう一度伝えた方が良いのだろうか? あるいは効果よりも、彼らの宗教的な側面が強いのだろうか? その場合は、なかなか止める様に言うのは難しいだろう。
件の聖職者は相変わらず眠ったままだが、視界の端で同時に運び込まれていた女性がゆっくりと起き上がるのが見えた。
「…………?」
酩酊したような、ふわふわした動作でその女性は体を起こし、辺りを見回す。確かに視線が通った筈なのに、そっと近づいたしのぶにも気づかず、何かを探す様に視線を彷徨わせている。
「どこか、身体におかしな所は有りませんか?」
すぐ傍で声を掛ける人間に視線は一切向かない。
きょろきょろと首を左右へ振った後に、ぱっと顔を綻ばせて先程まで頭を預けていた枕を持ち上げる。まるで赤子でも抱く形で、大切にそっと抱く。その上であやす様に揺すって見せる。
「かわいいあかちゃん、うふふふ、かわいい、きれいなきれないな子。か、かわい、かかかわいい星の蟄あの邯コ鮗励↑螽倥?讒倥↓縺九o縺?>縺九o縺?>襍、縺。繧?s」
「……私の声が聞こえますか……?」
えへへ、えへへ、と心底幸せそうに笑うそれは不自然に顔を引きつらせ、幸福なのだ僥倖なのだと自身に言い聞かせる歪さを持っている。
歌う様にしながら、決して脳に意味を持って伝わらない言葉吐き枕を抱きしめあやし続け、一切その他のものへ意識を向けない。
原因が分からない為に、何の手立てもない。
完全に世界の全てを切り捨てたその様子は、既に向こう岸の人と言ってしまっても過言ではないだろう。そっと肩に触れ、声を掛けるしのぶの存在にも気づきはしない。
自傷を始めるそぶりが無いことが、唯一の救いだが……。
どうするべきかと思案し、小さくため息をついた所で、布が擦れ合う音がする。音源を辿り、最後まで眠っていた聖職者へ視線を向けた。そちらの方も目覚めたのかと、未だに枕をあやす女性へ意識を向けつつも、もう一人の様子を確認する。
「目が覚めましたか?」
「……マリアさん? 珍しいですね、貴女が私達に話しかけてくるなんて……」
うっすらと目を開いた人物が、同じくぼんやりとした口調で何者かの名を呼び、億劫そうかつ呑気に寝返りをうち、再び布団に鼻先まで潜り込んでいく。
「すいません、私最近寝不足で……他の子にお願いします」
まさかの二度寝の体勢だ。
だが数秒も置かずにがばりと起き上がり、ほんの少しだけ隻眼を見開いて辺りを見回した後に、傍らに立って居たしのぶへ目をやる。
有り余る背丈の為、ベッドに上半身を起した状態でしのぶと視線が合う。
「先程私は日本語を発していましたか?」
「ええ。とってもお上手な日本語でしたよ」
常に顔を伏せ続ける同行者と比較すれば、気味が悪いほど流暢に言葉を発している。ましてや、寝ぼけた中でまで明確に異国の言葉で返事をしていた。
前例二人と異なり、不安定な様子はない。
「そうですか」
やはり日本語でこくりと頷く。
そしてもう一度、神妙な顔で思案する様にして一つ頷く。
「……ふ……ふふふっ! 駄目でした!
不可解な眠りの中からたった今覚醒したのだとは思えないほど、とても静かに落ち着いて居たのものが、急に声を上げて笑いだす。
両手で口元を覆い、まるでとっておきの内緒を堪える童女の様に喜色満面に屈託なく笑う。
「でも、でも、でも、ねえ、聞いてください。マリアさん、わたし、ほんの少し取っ掛かりを見つけたかもしれないんですふふふっ」
不可解な眠りから目覚めた者は、気が狂い自傷の末に死んだ。何を、とははっきりとしないが止めなければという思考が巡る。
目覚めたばかりの異邦人は、興奮しきった様子でがしりとしのぶの両肩を掴む。確かにえげつない程の体格差があるが、それを抜きにしたって尋常でない程の力が籠る。
「教会は、アレを『魔物』と呼んで上位者と認めなかったけれど、でもでも、夢がっ」
がぼっと重く湿った音が、意味の分からない事を捲し立て続ける人物の言葉を遮って喉の奥から響く。そして一拍も置かない内に音を飲み込んだ血が大量に吐き出された。
一体何の要因か、片方しか眼球の嵌らない両目や、耳からさえ、まるで頭蓋の中で脳が爆ぜたかの様に、止めどなく血を流す。
「ふふふっ! たのしみで、す! ええ……! とても!」
未だしのぶの肩を掴みながら、心底嬉しそうに、無邪気に笑って見せる。
そこには狂気の色が広がって居た。
本名だとは言ってない
なんの、とは言わないゲージの長さ
人攫い ▽━━━━━━━
ロクデナシ ▽━━━