ヤーナム産ロクデナシ共、日本へ渡る 作:そら豆
一人称で進めている狩人という名の人攫い
狩人と名乗るは烏滸がましい、ロクデナシの人攫いという自覚が有るが別段だからどうした?というスタンスの人間。
学者先生の考えている事は分からない。ヤーナムに住んでただけの普通の人。
ヤーナム基準の普通のつまらない狩人。そこまで強くは無いが、ちゃんと生き抜けてはいる。
ツレの気分次第では、異臭満ちる故郷に帰る可能性もある、と言ったが前言撤回だ。二度と長距離の船旅などしたくないので、もう帰らない。
病も、血も、獣の焼ける臭いも、不気味な儀式の空気も慣れればどうという事は無いが、海の臭いと揺れは無理だ。
腐った病死体の浮く下水でも吐いた事は無いのに、船旅で数度吐いた。
自分が海上で顔色を悪くして居る間、同行者は複雑怪奇な仕組みの日本語を覚え、海面をのぞき込んではナニカに話しかける奇行にはしり、蒼白い軟体生物を船上で遊ばせていた。
山間部の古都に比べれば、まあ、賑わいと新しさが有るが重厚感にかけるどこか張りぼての様に感じる日本に着いた際、二度と船旅などするものかと誓った。磯の臭いはもうたくさんだ。
日本に来たい、と言った当人は全く当てが有る訳ではなかった。たった数語、発音や自分達の使う言葉に当てはまるモノのない『リュウイン』などと言う物に興味を抱いただけらしい。なんだその行動力は。
異国からの船が着く様な都会でも、更なる情報や記録も知識人も見つからず、少し移動すればあっと言う間に田舎という有様の国だったが、ツレはがっかりした風も無く、興味深そうにあちこち見て回り出した。
海を渡る以前にも色々あったが、日本に来てからもいろいろ有った。再び割愛するが。
人の多い欧州的な風情もある街では、排他的なヤーナムと違い毛色の違う異邦人でもそれなりに接してくれるらしい。内面やその思想は兎も角、お綺麗な顔に人懐っこく笑い、お行儀よく言葉に不自由もない同行者は現地人をたぶらかし、丸め込み、寝床などに不自由はしなかった。
ある時ふらりとそいつを見失ったと思えば、大金を引っ提げて戻って来た。何をしてたと疑い混じりに聞けば、『子供を治療したらもらいまいした』と宣う。
まだ何も言って無いのに『大丈夫ですよ?』と付け足され、尚更嫌な予感がしたのでそれ以上問い詰めるのは止めた。
そんな、割愛せざる負えない『諸々』のお陰で少々不便では有るが好き勝手にこの『旅行』楽しんでいたのだが、現在自分は夜闇に紛れるヤハグルの黒衣で木々の間に一人潜んでいる。
正直な所、自分は頭がいい方でもない。だから教会上層のお偉い方がいったい何を考えているのかさっぱり分からないし、政治的な物も疎い。それなのに何故ヤハグルで人攫いなんぞやって居たかと言えば、楽だからだ。
教会と医療者への不信感が高まる中、獣狩りを続けるのに辟易し、プロセスはどうでも良いから、どっかの誰かが早々に答えを見つけて、どんな形でも終わらせてくれ、と考えた結果メンシス学派へついた。
そこが一番答えに近い気がしたからだ。
辿り着く過程なんかはどうでもいい。どんな悍ましいモノでも。
一応は教会の狩人では有ったが、敵対派閥の間者の抹殺やら拉致やら拷問やらに勤しんで居たせいもあり、腕の方も微妙だ。
そんな微妙な腕の自分を一人夜陰に放り出し『人血が欲しいので、適当な人間捕まえてきてください』などとツレは言う。
曰く、鎮静剤の残りに余裕が無いので自作する、との事だ。その臭気やどろりと絡みつく舌ざわり、胃が震える名状し難い味に察しては居たが……本当にそういう原料だったか……。
この国では血を施すなんて事はしない様で、ではどうするかと言えば、適当に捕まえて絞り取る。という結論に至ったらしい。
目的の為に他人を踏みにじり、それに全く悪意が無いのだから質が悪い。本気で知識も技能も無い人間より、自分達の様な人間が探究を続ける為に使った方が有意義でしょう? そう思って居る顔だ。そこに疑問も何もない。本心からそう思って居る。完璧なヒトデナシである。
しかし顔が好みだから仕方ない。
遠い異国の見ず知らずの誰かの人生と、極論、自分に依存するしかない馬鹿みたいに好みの顔面の人物なら、後者を選ぶ。
そんな訳で、薄っぺらい街から外れた山の麓で、闇に紛れる例の格好で潜んでいる。この先にも人の暮らす小規模な集落があり、日中大きな街で用事を足した類の人間が急ぎ足で通る。
そして稀に、家に帰り付けないそうだ。恐ろしい山の獣に食られるらしい。
腹をすかせた野生動物でも、闇の中に潜ん居るのかも知れない。『獣』に比べれば可愛い物だろう。微妙な腕の狩人でも、その程度対処できる。
そういった事故が起きる場所ならありがたい。今さら自分が一人攫った所で騒ぎにはならないだろう。
相手は狩人でも獣でもない。気配を殺し、背後から忍び寄り殴り付けるなり絞め落とすなりすればいい。一応、という様に握った仕込杖でその辺の人間を穿っては、連れ帰るまでにどれだけ血が抜けるか……。出来るだけ静かに事を済ませたいので、発砲音の響く左手の武器は置いて来た。そもそも輸血液に限りがある状態で、馬鹿みたいに血を抜きたくはない。水銀弾の消費が早いのだ、あれは。
じっと身をひそめ、人が持つ灯りが近づくのを待つ。もともと人攫いでは有るが、何とも言えない気分だ。
「こぉんな夜中に悪だくみしてちゃ、鬼に襲われても文句いえなぃガポァッ……!」
唐突に背後から掛かった声に驚き、咄嗟に地面に食いこむ様に有った、人の頭蓋骨程の石を持ち上げ振り返り様に相手に叩きつけてしまった。骨が爆ぜた軽い感触と、血巡りの良い肉を力強く打った聞き慣れた音と、愉快な声がする。
人なら当然持つであろう灯りばかり探して、周囲への気配りを疎かにしていたことを悔いる。ヤーナムを出てから大分経つが、幾ら何でも気を抜きすぎだった。
しかしなる程。銃を使えず鈍器で殴る愚鈍な狩人が居たらしいが、これは静かでそれなりに良いのかも知れない。自分の様に真っ向から獣のと絶ち合う事を放棄した、狩人くずれには。
なんて現実逃避も程ほどにする。
自分が一人位攫っても構わないと思った様に、噂を隠れ蓑に強盗でも働こうとする輩が居る可能性もあるだろう。かけられた声は此方を嘲笑う、小馬鹿にした調子が含まれた居た。そう考えれば間違いなく、こいつはその類だ。自分が襲う側、搾取する側だと思って居る。
そもそも良くもまあ、明らかに不審な、人目を避け潜む自分に声を掛けたものだ。
「くっそっ! この野郎……!」
顔面を押さえ、のたうち回って居た暫定強盗が何事かを言って飛び起きる。ツレが使わない様な音なので、恐らく品の無い罵声か何かだ。
そういった類の言葉をあいつが覚えるとも思えないので、貶されたのだとしても自分がその意味を知る事はないだろう。
そんな事はどうでもいい。
問題は飛び起き、飛び掛かってきた目の前の生き物だ。
手応え的に一瞬殺してしまったかと思ったが、元気に呻いて居るのだから、砕いたのは顎や歯だけかと判断した。しかしそれも間違いで、衝撃や音の通りに頬骨から眼窩、右の額ががガッポリと陥没している。衝撃に引っ張られ裂けた顔面の皮が目前で塞がり再び肉を覆う。空気でも入れる様に、ゆっくりとだが、凹んだ額が盛り上がり始める。潰れなかった片目に凶暴性がぎらついている。
人ではない。獣だ。
では、どうするべきだ?
飛び掛かって来たのを思わず腕を出して、掴み合う形になってしまい、掴み合って睨み合う。仕込み杖を振り抜きたいのだが……、死ぬだろうか? あいつは人間が欲しいと言ったが、コレはどうなのだろう。
殺して良いのだろうか? ヒトを揶揄う様な事をする獣だ。
暗闇は慣れている。その中で見ても瞳が蕩けている様子や、良く見る半獣染みた風体でもない。ほぼ人と変わらないのに獣のそれよろしく俊敏で、強靭だ。そして明確に、人を襲うそぶりを見せる。生命力は高そうなのに、そこまで固くはない。
そのうえで、思考に固まるこちらの顔を見て、何を思ったのか愉快そうに大口を開けて笑う。獣を前に驚いて怯んだ無様な狩人にでも見えたのだろうか。
あんまりにも人間臭い。これで獣だと言うのなら、それはとても恐ろしい。
取り敢えず、あいつと同じ隻眼に成ったのが腹が立つので、無事な方の下眼窩裂に潜り込ませる勢いで仕込み杖を握った拳を叩き込んだ。
おまけ
少し先に発生したかもしれない会話。
無惨とアンナリーゼ様並べたら血族に名を連ねた狩人様たちに殺されそうなのでやめた。
「なるほど。つまりその、鬼舞辻さんという方は日本のアンナリーゼ様という感じなのでしょうか」
「あんな……穢れの女王か」
「アンナリーゼ様ですよ?」
「……」
「その方も赤子が欲しいんですかね?」
「いや、絶対違うだろ。話聞いてたか?」
「分かります。私も赤子欲しいです」
「おい」
「孕めませんけど」
「おいっ! ……お前子供の作り方分かって言ってるのか?」
「馬鹿にしないでください。それくらい、知っていますよ。月か近づくいて選ばれると赤ちゃんができるんですよ」
~(特定の条件の人は)絶対孕ませる上位者さんだって好みはある~