ヤーナム産ロクデナシ共、日本へ渡る 作:そら豆
屋台に一人置いてきてしまった禰豆子を迎えに急いでいると、妙な香りが漂ってきた。それは間違いなく、あのうどんの屋台からだが……今までに嗅いだことの無い不思議で……何だかもわりと纏わりつき絡みつくようなものだ。臭い訳ではない筈なのに、ぞわりとどこか不安になる。不快ではないのに、落ち着かない気分になる。そしてその他の全ての匂いを覆い隠す様な、粘度が有る様に感じる。
正体の掴めない物に、少し眉を潜めながらも屋台まで戻って来た炭治郎は、離れて居る間に増えて居た二人の客に驚く。
どう見てもこの国の人には見えない上に、ちんまりと座る妹と比べると大きさがおかしい。物凄く大きい。
始めて出会う異国の人間、緊張しながらも突然走り去ってしまった事を店のおじさんに謝罪する。が、なんだか妙に機嫌が良い。
ぺこぺこときっちり腰を折って謝罪する炭治郎に、悪いと思ってくれてんなら問題無いと苦笑している。
そうして居ると異人さんの片方、足首まで隠す丈のスカートで、屋台の前に置かれた椅子では高さが足りず膝を立てる様な不安定な体勢で丼を持った片方が、こちらに気づき顔を上げる。
人間の肉が許容できる限界に挑んだ、とでもいう程の美貌である。しかし右目に怪我を負っているのか、厚く包帯が巻かれ全てを伺う事が出来ない。
そんな人物が小首を傾げて、声をかけてきた。
「こちらの子のお連れさんですか?」
そうです、と頷く。そうすると心底申し訳ないという表情を作り、しっかりと向き直る。
あの、不思議な香りの出所がその人だと気づく。ようやく、気づく程の空気さえ浸食する香りが異質なのだ。小さな身動きでもわりと圧迫感の有る香りの動きが変わり、咳き込みそうになる。
しかしそれは失礼な事だと思い、ぐっと息を詰めて堪えた。
「君が頼んだおうどん、私が先に頂いてしまいました。割り込む形になってしまい、申し訳ありません」
ほぼ白髪とさえ言える、極淡い金髪の人物が流暢すぎる日本語で謝罪する。
確かに、頼んだうどんも放って来てしまたっが……ちらりと店主さんへ視線を向ける。この異人さん達が丁度自分と入れ違いやって来て、丁度出来上がって居たうどんを、早く食べたいのでそれでいい、と代金を払ったらしい。
そしてずいい、と店主のおじさんが新しい一杯をさし出す。当然、食べるんだろう? という良い笑顔だ。圧が凄い。
若干急ぎ気味で、うどんを啜り始めた所でふと気づく。妹が随分と静かなのは、またうとうととしている為かと思ったが掌の上の何かをじぃっと見詰めて居た。
それは、見て居ると正体の掴めない不安感が這い寄って来る癖に『とても綺麗だ』という思考が、脳に割り込んでくる鱗の無い魚……とも違う何かだ。
そんなものが禰豆子の手に収まって居る。
「ああ、それですか? 女の子は可愛いものが好きかと思ったので」
一人置いてけぼりになって居た彼女を喜ばせようとしたのだろうか……。ただ、その……。
「かわ、いい……?」
可愛いのだろうか?
きらきらと真冬の星空の様な光を宿した、大きなナメクジ……? がうぞぞと頭? を上げ不思議そうに自分を見下ろす禰豆子を見上げて居る。
可愛いの、だろうか……?
「可愛いでしょう?」
『洗脳をやめろ。それは一般的に気色悪い』
ずっと黙っていたもう一人、不審者然として、丈の長い黒い上衣に顔を伏せた人物がぼそりと日本語とは違う言葉で呟く。何を言ったのか分からずに見返してしまった。
「この人は、あまり日本語が分からないんです。ふふ、おいで」
禰豆子の手の上で困った様にゆるゆると揺れて居た、柔らかな生き物を摘まみ上げ自身の膝の上に乗せる。
「えっと……ありがとうございました」
何とか、胸やけに似た症状を起こす香りの隣でうどんを完食し禰豆子の手を引いて立ち上がる。自分が不在の間妹の面倒? を一応見て貰っていた形になるその人にお礼を言う。
「いいえ。私子供好きですから」
人を噛まないので、良い子ですね。子供は可愛くて好きですが、昔ブーツごと踵を齧らてしまってとても痛かったんですよ。
そんな、良く意味の分からない事を言いながら、くすりとひとつ笑って隣に腰掛けた黒い人物と異国の言葉で話初めてしまった。
それ以上その人たちと何かを話す事はなく、少し離れた路地の角にさした人影に気づきこちらから話す掛ける理由も時間も無くなってしまった。
━━━
「ひょっとして私、においますか?」
何故そうも、手袋を着けたうえで箸を器用に使えるのかと、睨みつけるように見つめていた手の主が憮然と呟く。
確かに、先ほどの少年は表情や態度に出さない様取り繕って居てが、何とも言えない居心地が悪そうにしていた。
ずっと隣に居ると良く分からないが……、どうだろうか。
隣に座るツレの肩に顔を寄せ、すー、と息を吸う。
「いや。臭くはないぞ。獣除けの香と……いい匂いがする」
慣れ親しんだ獣除けの香、その中にどこか清々しい匂いがする。……あまりにも似合わない。こいつの実態を知って居る身としては、こんな清らかな香りを纏っているのは何らかの皮肉だとしか思えない。
確かに、少し強く、食事時にはそぐわないかもしれないが嫌な匂いではない。
「乳香を混ぜて居るので、その香りでは? ……この国の方に馴染みが無い様でしたら、変えてみましょうか」
そう言えばこいつは獣狩りの夜でなくても、少し変わった良い匂いがした。人間性最悪なくせに……何だか腹が立つ。
「おいおい、いちゃつくんなら他所でやってくれ」
上手く箸を使えない事も重なり、現実逃避の様に顔を埋めたまま何とも言えない香りを吸って居たら屋台の主人に何事か、声を掛けられる。
強い声ではないが、他所へ行けと言われた気がする。確認する様にツレの顔を見る。無音で厚さのある麺類を食べ進めながらも、通訳はするらしい。
「睦合うなら別の場所でやれ、だそうです」
「むっ……」
告げられた言葉に、咽、伝わらなだろうが違う! と必死に屋台の主へ抗議した。誰がこんな顔しか取り柄の無いクズと……!
こっちの気も知らずに、人骨と白檀と……などと呑気にも香の調合を考えて居る。
箸も器用に使いこなすツレは既に完食済みだった。腹が立つ。
━━━
昨夜の襲撃から時間が経ち、再び日が暮れた。
珠世と愈史郎は早々にこの街を去るべく、日中には準備を整え陽が沈むのを待って居た。出来るだけ人目に付かぬ道を選びながら歩んでいた時だ。
くん、と袖を引かれ慌てて振り返った背後に大きな人影が居る。
黒く丈の長い外套の、真っ黒いフードを目深にかぶった明らかに怪しげな人物が、ちょいっと珠世の着物の袖を引いたのだ。
顔を隠す為か、深く被ったフードでも背が高いせいで見上げる形になり、二人からはその顔が見える。
服装と同じ黒い髪に、色の強い鼈甲の瞳。異国の人間だと分かる彫の深い顔立ちを、少し困った形、あるいは何かを訝しむ様に顔を歪めていた。
昨日の今日で、警戒しない訳ないが、続く言葉に面くらう。
「医療者? ……輸血、理解する? 友達、が、に? 輸血いる。人血、扱える?」
違和感のある発音で、子供の様にたどたどしい言葉で尋ねる。
ぶつ切れの単語と、終始疑問形では有るがどうやら『あなた達は輸血を行える医者か』と尋ねている。そして『友達』が輸血を必用としているらしい。
「確かに私は医者ですが……何故……?」
何故名乗ってない、この薄暗い裏通りを背後から声を掛け……輸血の話など出したのだろうか。この人物の故国では『輸血』はすでに一般的な医療行為なのかもしれないが、この国では大々的に言える物でもない。それを、一体どこから聞きつけ、どうやって接触して来たのか……という疑問と不信感が沸き上がる。だが、それとは別にこの人物の友人の事も気に掛かってしまう。
あまりにも不審すぎる出で立ちでは有るが、縋る様に袖を握る手に不憫に思う気持ちが僅かに沸いて居た。言葉に不自由な状態で、友達に輸血が必要な様態と成ればさぞ不安だろう。
「……んー……、この国の言葉すこし、難しい……友達は理解すごい」
んー、と唸り目を瞑り、言葉を絞り出そうとする。そうしながら何とか告げたのがそれだ。
どうやら此方の疑問が、まず理解出来なかったらしい。
「話てほしい。友達は理解できる」
「お前! いい加げっ!?」
いつまでも無遠慮に、着物の袖を掴んで足止めし、要領を得ない言葉で珠世を困惑させる見るからに怪しい風体の人間に愈史郎がとうとう痺れをきらす。
手の先まで真っ黒な、手袋を着けたその手を叩き落とそうとした。
が、叩き落とす以前に黒い異人は振り下ろされた愈史郎の手首を掴む。少年と青年の間の、見た目だけは頼りない細い腕をがっしりと捕まえる。
その力が、尋常ではない。
異国の人間の大きな体格を考慮しても、それは異常だった。
振り払うどころか、引き抜く為に力んでも、相手の腕は一切ぶれない。愈史郎の腕を掴んだまま、中空でがっちりと固定されている。
「おねがい。友達に……のとこ? 来て」
「ま、待ってください……!」
お願いなどと言いながら、此方の話など聞かずに踏ん張る青少年(に見える)を問答無用で引きづって行く。当然抵抗をしているのにだ。
余りにも想定外の出来事に、一瞬呆けてしまった珠世も慌てて後を追わざる負えなくなった。
次回は医療者達の異文化交流。
今日の捏造
獣除けの香、主原料人骨説
アイテムとして無いから仔細は分からいけど、オドン教会火の灯ってる壺?(モニターが小さいので見間違いの可能性も)を割ると人骨らしき物が出てくるので、あれがそうなのか?と思っています。
獣が炎を嫌がるなら、すっかり皮膚も肉も焼けた後の良く乾いた骨を焚いたら嫌がるのではないかな?
人は沢山死ぬだろうし、予防的に処置されたものも使えればエコだね!!
人骨では無いですが、良く乾燥された鹿の骨をノコギリで切断する事態が有ったのですが、舞う骨粉と摩擦で上る生ぬるいにおいは独特で、私はちょっとうぇってしました。