ヤーナム産ロクデナシ共、日本へ渡る 作:そら豆
国という単位で見て居れば、故国は確かに栄えた先を進む勝ち組なのかもしれないが、自分達が実際に生きた故郷は完全に時代に取り残されていたのだと感じる。
時代……というか、最早現実から遊離していた。むしろ現実を放り捨てて居たのかもしれない。
厚さの無い急造の街でさえ、こんなにも明るく華やかだ。
夜間に灯る品の無い明りは消え、新しいばかりに輝く街の中に居るとどれ程自分達は人の世から乖離して居たのかと身に染みる。
今だって、ちょっとした飲食をだす洒落た店の中に居る自分に違和感を抱く。仕掛け武器を握り獣の血肉を浴び、敵対する狩人と対峙し、人々の悲鳴と呪詛の木霊する夜に潜んだ時の、あの空気を懐かしく思い起こしてしまう。
図太い神経を持つツレは、そんな事を思案する事は無いのだろうか、と視線を向ける。なんの了承も得ずにつれ出したのは自分だが……。人の多さに顔を顰めはするも、気後れ無く存在して居る奴だ。
「……それ、止めないか?」
並べられた甘味を前に手を合わせ、指を絡め祈るツレに顔を顰める。それがナニに対する祈りかは分からいが、見ていて不愉快になる。
こちらの苦言に、目元を緩めて笑って見せた。
「こんなものは、形だけですよ。ただの見栄えです。意味も信仰も特に無いのでお気になさらず」
お気になさらず、とは言うが気になるから言葉にしたのに。というか仮にも聖職者を名乗っておいて信仰は無いのか。
「それにこの国の人も、食事の前に何か唱えていますよ?」
こいつは変に頑固でその行動を強制するのは難しい。諦めて当てつけの様に溜息を吐いたが気にした風もない。
そして妙に深いカップに注がれた……緑色の茶へ口を着ける。熱くないのだろうか。冷ましたくてもソーサーは無く、自分は何も手を着けずにただツレの顔を眺める。
相変わらず、顔だけは非常にいい。
食い入る様に、じぃっと見詰めて居たせいでその微妙な変化に気づく。何かに気づいたらしく、僅かにピクリと眉が動く。
「どうした?」
「いえ……。鐘の音がした気がしたんですが……」
茶器を置き、首を傾げる。
鐘……狂女の鳴らす物か、狩人の使う次元を越える音か……どちらにしろ、こんな所で聞えて嬉しい物ではない。
自分には聞こえなかったが、時々妙なモノを視ているような奴だ。
「すいません。次元を越える音に関しては、再現しようという試みも失敗しているので、あまり詳しくないんです」
「……そうか」
何の異変も感じ取れなかったので、そうとしか答えられなかったが、改めてもう少し気を張るべきだと認識する。
正直、凡人でしかない自分には上位者だなんだと言われるよりも、実際に相対する機会と直接的に危害の及ぶ敵対す狩人の方が脅威に感じてしまうのだ。
━━━
ころーん、からーん、と小さな鐘の高い音が響いた気がしてハッとする。
「どうかしたのか?」
ぐるりぐるりと景色の変わる屋敷の中、手を繋いだ小さな幼い『男の子』が炭治郎を見上げて小首を傾げて見せる。
灰色の髪を後ろへ撫でつけた、洋装の男の子。
蒼白い月光が凝った様な、青い、生気の無い瞳が、真っすぐと。
この子は……誰だ?
「いや、大丈夫。何でもないよ迢ゥ莠コ」
そうだ。何を考えて居るんだ。この子は迢ゥ莠コで、屋敷に入る前に出会ったではないか。
「そうか。なら良いんだが」
妙に硬質な言葉で此方を気遣う様にするが、その表情が動かない。
握った小さな手も、酷く冷えて居る。自分も恐ろしいだろうに、年上を気遣う素振りを見せる。その小さく冷たい手に、早く子の子が探す……探す? この子は何を探しているんだ?
いや、違う、この子は……兄を……?
「……やはり駄目か。まあいい。大人しく夢に帰るとしよう」
何か、得体の知れない物が腹の底から這い上がる気分、何とか現状を飲み下そうとする努力がぶつかりあい臓腑が混ざる様な気味悪さを感じる迢ゥ莠コが、するりと炭治郎の手の中から逃れ、てくてくと距離を取る。
「待って……!」
言い知れぬ不安を感じたが、『小さな子供』がこんな所を一人で歩むのは看過できず、呼び止め、手を伸ばす。
だが、その影はあっと言う間に離れて行く。足音も無く、何の、生き物としての臭気すらない、人の形をしたナニカは遠のく。
「ああ、そうだ貴公。気を付けたまえよ。繝、繝シ繝翫Βの謔ェ螟「が漏れだして居る。ロクデナシ共だ」
くるりと、長身の『男』がこちらを振り返り、それだけを一方的に告げ、消える。
「お兄ちゃん!?」
狼狽し、涙声になった『女の子』の声で意識が戻る。炭治郎の腕にしがみ付く様にした、今にも涙を零しそうな女の子。
誰だろう、この子は……一瞬浮かんだ疑問に間髪入れずに音が浮かぶ。『てる子』。ああ、人の理解できる音、答え。
おかしな事は何も無かった。手を繋いで居たではないか。
早く、この子の兄を見つけなくては。
━━━
幾夜、幾十、幾百……何度夜を走り、何度介錯に身を委ね、朝日に照らされ、悪夢に囚われ、成り代わり、進み、可能性を宿し、進み、狩って、狩って、狩って、狩って……。
白い月の照らす夜空の下、白く清い花の中に立たずむ美しい人形の腕から、赤子に毛が生えた程度の幼子が、はっとしたように、飛び出し白い花を蹴散らしながら駆ける。
「狩人様……?」
駆ける幼子の背が伸び、成人を形どり、片足が欠け、一瞬バランスを崩すがくるりと体勢を立て直すうちに、五体が揃い、美し人形へ向き直る。
「なあ人形、私は、誰だ? というかコレ何回目? 俺ってば何度夜を繰り返すんだ? ああそれより聞いてくれ、血晶が……温かいんだよ!! いやそれは良い。獣を狩らなければ。殴り続ければ死ぬんだ。つまり素手でも殺せる。そうだろう。ああ、また、またあの子を救えなかった……! 家族を殺したのも私だ……! ……? 何だったか……僕は次こそこの悪夢を終わらせ夜明けを……夜明け? 俺は、目覚めた、はず?」
ころころ変わる口調、表情、歪む記憶。
それを数度繰り返した後に、狩人は何か一つに思い至った様にすん、と黙り込む。
「……あいつ、月の香りと言っていたか……?」
忘れていた。病に侵され揺らぐ生命に焦りだけを抱いた記憶。ヤーナムを訪れる以前の失われた記憶の断片を見つける。
視点が上がり、視野が広がり、蒙が啓けた結果に認識した。
ヤーナムの悪夢の断片が、漏れて居る。
穢れた獣、気色悪いナメクジ、頭のイカれた医療者共。そいつらは全て殺さなければならない。忌々しい上位者共も、全てだ、全て! こんな狂った土地に蔓延るモノ、全て殺すべきだ! どんな耗弱で、取るに足らない存在だとしても、この悪夢が生んだものは、全て消し去るべきだ。
激烈な狩人がそこまで思考し、再び精神がぶれる。
「そうだ……聖杯ほろ」
狂気と殺意に揺らいだ視線がすっと上がり、晴れやかな顔をする。
ついでに着衣を全て脱ぎ捨てる。
「人形ちゃん! 今日こそ、今日こそ出る気がするんだ……!」
元気に聖杯儀式を始める狩人に、人形はこてり、と首をかしげながらも、いつも台詞で狩人を送りだす。
「いってらいしゃいませ。狩人様」
この世界の狩人様。
ちょっと前、素手で獣を殴る楽しみに目覚め、そこから数回夜を繰り返し、現在数百回目の獣狩りの夜。
ロクデナシ共が、ヤーナムから抜け出し好き勝手して居る間も彼或いは彼女は夜を繰り返し続けて居ます。