北条の野望 ~織田信奈の野望 The if story~   作:tanuu

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税に関する話などは諸説あり、また内容も複雑なので、このお話ではかなり簡略化・単純化したり、俗説を採用して分かりやすくしています。その為、多少史実と合わないこともありますが、これはあくまでも"織田信奈の野望"の世界におけるお話であることをご理解の上、お読みくだされば幸いです。


第18話 居城

「という訳で引っ越しだ」

 

「ちょっと何を仰ってるのかわかりませんわ。何が"という訳で"ですの。前後の脈絡なくよく分からないことを仰るのは止めて下さいますこと」

 

「本日の評定にて、任地が決まった。武蔵河越城へ行けとの仰せであった。こちらのこの屋敷はそのままだが、我々は普段住まいをあちらへ移す事になる」

 

「最初からそう言ってくださればよろしいのに…」

「ま、それはさておきだ。いつまでも空き城にするわけにもいかん。早速明日出立だ」

 

「持っていくものなどほとんどありませんが、かしこまりました」

 

「よろしい。では、とっとと寝て明日に備える。まぁ、数日で着くだろ」

 

このままとっとと寝てしまった為、

 

「河越ってそんなに近かったかしら…?」

という兼成の呟きを聞いていなかった。思えば、河越城落城の報せは江戸の辺りで聞いたため、現地に行った事がなく、この時はいまいち距離感を掴めていなかった。

 

 

 

 

 

「遠い。遠いなぁ…」

 

現在は街道を北上中。綱成は二日後に遅れて来るらしい。小田原を出発してはや七日。何度も思ったが遠いなぁ…。進む速度がそんなに速くないというのもあるけれど、意外と遠かった。

 

「だから申しあげましたのに」

 

「聞いてなかった。すまん」

 

「普段は頭脳明晰ですのに、こういうところは詰めが甘いですわね」

 

「面目ない…」

 

小田原から河越までは現代の単位で直線距離約75キロメートルほどある事が発覚した。そりゃ時間かかるわな。馬をかっ飛ばしてる訳でもないし。知らず知らずに現代の感覚で測っていたようだ。反省しかない。早く脳内をこっち側にしなくては…。

 

「小田原との往復は無理ですわね」

 

「はい…そうですね…。氏康様に謝って普請方には後任を入れてもらいます。本当に何をやってるんだか…」

 

「それがよろしいかと思いますわ」

 

完全に普段との立場が逆転してる。悔しいが、今回は自分のミスなので仕方ない。素直に過ちを認めよう。次から気を付ければ良いのだ。戦においてこんなとんでもないミスをしなかったことを幸運に思うべきか。

 

「大体新たな事を始めるのに既存のものと二つ同時平行など不可能か出来ても心労で倒れることになるということがちょっと考えればお分かりになるかと…」

 

これは少し長くなりそうだ。このお叱りを甘んじて受け入れるとしよう。格好がつかない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ですから、次からよく分からない安請け合いをしない事です。お分かりですの?」

 

「はい…。よく骨身に染みて分かりました」

 

かれこれ一時間以上ずっと怒られていた。辛い。周りからの目線が痛い。

 

「まったく、貴方様に居なくなられたらわたくしはどうすればよろしいんですの。そこの辺りも考えて頂きたいですわ!以上です!」

 

「お話大変ありがとうございました。以後、気を付けます」

 

はぁ…。疲れた。でも、まぁ、悪気があってずーっと怒ってた訳ではないのだし。それに、注意してくれる人がいなくなったら終わりだ。イエスマンしかいない組織は腐敗する。それは歴史的事実だ。ここはむしろ感謝するべきだろう。

 

「ありがとう」

 

「へ?何を言ってらっしゃるの?色々言い過ぎておかしくなってしまわれたのかしら…」

 

普通に引かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから三日後、やっと河越の町についた。向こうに見えるのが河越城だろう。なんというか大きいな。小田原にいると感覚が狂うが、あれは十分巨大と言うにふさわしい大きさだろう。流石は武蔵の要衝にして扇谷上杉の元居城だ。町も大きいし、これはかなり良い領地なのではないだろうか。

 

城の縄張り自体も、渡された図面によれば複数の郭に大きな水堀。櫓や門、土塀もしっかりと存在しており、この城の昔の主の権勢や栄華が伝わってくる造りだ。上杉朝定以下扇谷上杉家の勢力は碌に戦わず城を捨てて逃げたらしいが、この城に籠られたら厄介だった。とっとと逃げてくれたのは運が良かったというべきだろう。

 

やることは多そうだ。大変だが、一つ一つ着実にこなしていくしかないだろう。先は長そうだ。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

河越城縄張り図

 

 

 

 

今、目の前にいるのはそこそこの数の配下たち。彼らは普段は城勤めの武士であり、非常時は農兵を指揮したりする侍大将である。

 

「私がこの度城主を拝命した一条兼音だ。よろしく頼む」

 

「「「「ははぁ」」」」

 

「こっちは勘定方並びに兵糧等蔵の物の取り締まり役、花倉兼成だ。もう一人、城代の北条綱成はもう数日したら来る。私の基本方針は氏康様と同じである。要衝、河越をまとめ、当家の発展の礎としようぞ」

 

「「「「はっ!」」」」

 

 

 

 

 

さて、挨拶も早々に何からやるべきか。というより、住む場所が広すぎて落ち着かない。河越城の本丸屋敷は普段住んでいる屋敷の何倍も広いんだが…如何せん今までこじんまりとした家だったのが急にこんな広さになっても困る。

 

元々敵の領地だったので、人(城勤めの武士)がいないため、小田原から何十人も連れてきている。そうしないと普通に仕事が終わらない。敵の領地だったからこそ、民衆の心を掴まねばならない。取り敢えず、民と武士お互いの生活に欠かせない食料について何とかせねばならない。この時代では食料とはつまりイコール税の事である。米が代表だが、米以外にも種類はある。例えば酒や木材、魚や特産品等だ。メインが米なのは疑いようもないが。

 

生産量並びに生産力を調べ、北条家全体の税の基準と合わせなくてはならない。北条家と言えば四公六民つまり四割を武士、六割を農民(この際の農民とは、各個人ではなく村単位)とするというものが一般的だが、おおむねその認識で正しい。

 

現代で聞きかじった話によれば、その概念は江戸以降の創作で、そもそも何割という概念が出来たのは太閤検地からだというが、どうやらこの世界はそうではないようだ。その方が楽だから良いけれど。

 

氏康様以前から税率はキチッと決められている。ちなみにこれは破格の安さのようで、他国ではもっと公の割合が高かったり、そもそもそんなきっちり決めないでガバガバに必要な分だけ持っていくというとんでもない所まであるらしい。酷いもんだ。ちなみに、不作だと税率が減ることもあるらしい。加えて、基本米を主な作物としている所は米しか回収しないので、税率のない副業がし放題のようだ。その為か北条家は領内の農民から絶大な支持を誇る。

 

また、中間搾取や二重搾取を無くすため、一度一括で税を回収した後、回収した分の税を更に半分に分けて小田原と各地の城や館に運ばれる。領主国人土豪の二重徴税は厳禁である。この農民に優しい政策にもキチンと飴と鞭の鞭に相当する部分があり、隠し田や税逃れ、それに伴う賄賂などは厳禁で、厳罰に処される。また、たまに追加で特殊な税が課されるが、別にそれもそんなに重くはない。

 

民こそ国家安泰の資本であり、彼らの安寧を妨げる不正は断固糾弾。それが統治の根本にある思想らしい。北条家の当主印の"禄寿応穏"はそれを上手く表した四字熟語だろう。意味は禄(財産)と寿(生命)は応(まさ)に穏やかなるべし。というものらしい。

 

 

何はともあれ、回収できる税の基本の量を出すためにも統計平均とかとらなくてはいけない。台帳があれば楽なのだが、残っているだろうか。普通は城を捨てる時に燃やすとかするのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああああああ」

 

廊下から悲痛なというよりかは発狂した声が聴こえてくる。声の主は近付いてきている。来るぞ来るぞ。そして襖が開け放たれた。

 

「落ち着け」

 

「これが!落ち着いて!いられますかぁぁ!」

 

「どうした」

 

「これをご覧になって下さいまし!」

 

叩きつけられたのは古ぼけた台帳。どうやら残っていたらしい。これが発狂の原因か。そんなにヤバイのか?

 

「…おお、なんというか、酷いな」

 

虫食いや破れはまだ許せる。ただ、どう考えてもそうはならんやろという数値やガバガバさの分かる測定方法。加えて、年代が古すぎる。これ、十数年前のだぞ。

 

農民だって人だ。有事は兵ともなるが、普通に病気や老衰でお亡くなりになる。十年やそこらが過ぎていたら世代交代が起こっている可能性も大だ。つまり、ここに書かれているデータは殆どあてにならない。こんなの残していきやがって上杉め。嫌がらせか?もし、このボロいのが現役だったのなら相当まずい気がするが…。データの修正からか。疲れるな。

 

「こんなのでどうしろと言うんですのぉーー!」

 

「分かった。分かったから落ち着け。早急に何とかする。近日中に検地を行うから鎮まれ」

 

「はぁはぁ…。あと、一つだけありまして。実は米蔵に上杉が持っていけなかったと思われる大量の米がありますの」

 

「…使い道は検討し次第伝える」

 

「お願い致します。それでは、先程は粗相をしました。申し訳ありません。わたくしは引き続き色々見て廻ります」

 

「頼む」

 

部屋を出て行くのを見送りつつ、対応を考える。前の君主の負の遺産オンパレードだ。勘弁してくれ。

 

「失礼致します」

 

「何か」

「近隣の幾つかの村の名主がお目通りを願っております」

 

「分かった。すぐ行く」

 

何しに来たのだろうか。ただの挨拶なら別に構わないが、そうじゃないと困るなぁ。まだ、領内の事を把握しきれてないからして、土地関連の争いとかだとどうしようもない。近日中に視察に行かないとまずいか。

 

 

 

 

 

 

そういう訳で、会いたいと行ってきた客人と対面している。眼前に平伏しているのは初老の男性が三人。取り次ぎの話では、近くの村の名主だと言うが。

 

「私が城主、一条兼音である。してお主らは何者か」

 

「ははぁ。まずはご就任おめでとうございます。我々は城近くの村の名主共でございます。他の村とも協議の上、代表として我ら三名が参りましてございます」

 

「そなた達の事は分かった。して用向きは何か」

 

「はい…まずはこちらを…」

 

代表の一人が黒い大きめの箱を差し出す。

 

「これは…何だ?」

 

「我々の誠意でございます。これで、何とぞ、お慈悲を下さいます用、お願い申し上げます。我らは旧領主の上杉家に食うものを持っていかれ困窮しております。何とかかき集めたそちらで、どうか…」

 

なるほど。有り体に言えば賄賂か。つまり、これを送るから何とかしてほしいという事だろう。

 

「前の領主にもこのようにしておったのか」

 

「以前は代官様に…」

 

上の思惑は分からないが、上杉家の組織の下の方は真っ黒だった訳だ。報告の蔵の米も無理矢理持っていったのだろう。滅茶苦茶な徴税に合っていたら賄賂の一つも送って見逃して欲しくもなるか。それに、こんな状態が何年、下手したら何十年も続いていたのか…。

 

「それは受け取る訳にはいかぬ」

 

「な、何ゆえでございますか!額面が足りぬと仰せであれば、何とか致します!」

 

「どうか…お願い申し上げます!」

 

「何とぞ。何とぞ。」

 

ふぅ、とため息をつく。どうしたものか。取り敢えず、こちらの意図として、領民が苦しむのは歓迎しない。税は正しく取らないと小田原から怒られる。怒られるで済めば良いが、最悪刑場の露だ。やりたいことは検地。しかし、検地は歓迎されない傾向がある。領民の協力がないとスムーズな実施は難しい。隠し田等は許されていないが、この様子だとおそらくあるな。それを申告してもらうには、対価が必要だろう。

 

ちょうど良い。さっきの話だと、他の村の名主とも相談して三人で来ているのだという。なら、ここにいない村の名主を集めることもできるだろう。そこで一気に説明会をするか。よし、それで行こう。

 

「そう怯えるな。別に額面が足りぬという訳ではない。それは如何様にして集めた金であるか」

 

「村々の残された蓄えを何とか集めたものでございます」

 

「ならば尚更だ。困窮した者より金など貰えぬ。それに、貰ってみろ、私の首が無くなる。本来なら送った者も斬首だが、村の者の為に行ったことである上に、この前まで北条の領地ではなかった事を鑑みて此度は不問とする」

 

「な、何と」

 

「代わりと言っては何だが、ここにおらぬ他の村の名主を集めることは可能か」

 

「勿論でございます」

 

「その程度ならば」

 

「三日以内に行えます」

 

「そうか。では、四日後に、ここに集めてくれ。頼むぞ」

 

「「「ははぁ」」」

 

戸惑いながらも帰って行った。その後蔵の米の在庫を見たが、大量にあった。これは小田原に早馬を送らねば。これの処遇に関しては思うところがあるのでその許可を貰いたい。

 

早馬は乗り継ぎをするので、一日以内につくだろう。後は許可を貰うのに二日。帰ってくるのに一日。大丈夫のはずだ。

 

 

 

 

 

 

期日は来た。返事も返ってきたし、万全である。眼前には前よりももっと沢山の人の姿がある。見事に集めてきてくれた。こちらが座ると一斉に頭を下げてくる。

 

「よく集まってくれた。まずは感謝する」

 

「もったいないお言葉でございます。して、我々は一体どういったご用件で呼ばれたのでございましょうか」

 

「今日呼んだのは他でもない。年貢の事である」

 

その言葉に、彼らの顔に緊張の表情が浮かぶ。この問題は日々の暮らしに直結しているのだからして、当然だ。

 

「さて、何から話すか…。まずは、今年の秋の分だが、全て免除となった」

 

「「「はっ…?」」」

 

「何か聴こえなかったか?全て免除だ。払わんでよい。上杉がお主らよりぶん取った米が大量に残っておる。見たところ、使われておらぬようだ。故に、それで払ったものとみなす」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「二つ目だが、検地を予定している。故に、それに協力してほしい。己の村にそれを伝え、検地の迅速な実施に手を貸して貰いたい。ただ、隠し田や不正があれば容赦なく裁くのでそれは覚悟せよ。三つ目、賄賂等はこれより一切禁止とする。我々は受け取らないし、お主らも贈ってはならぬ。私腹を肥やし、民を虐げ不正を行っておれば、問答無用で死罪だ。それはお主らも、例外では無いぞ。逆に、代官等から要求してきたのならば、速やかに申せ。事実ならば、即刻処罰する」

 

隠し田のところでは渋い顔をされたが、代官の不正を訴えられる制度は問題なさそうだ。と言っても、別に新しいことは言っておらず、全て相模や伊豆では行われていることである。

 

「検地を行い、翌年以降の年貢の量を定める。割合は総量の四分を我らに、六分をそちらにとなる。基本これで、未曾有の災害による不作・飢饉などの時は、減額される。この制度は北条がこの地を治める限り永久に変わることはない。たとい、私がこの城の主でなくなってもだ」

 

彼らの顔に喜色が浮かぶ。戦国時代ではやはりこの税制度はかなりの好条件なのだろう。

 

「それと、だ。上杉によって無理矢理集められた分は既に城内にあるが、検地を終え、払うべき量が定められて後、取りすぎている分を返却する。これは滅多に例なき事なれど、既に小田原より許しを得た決定事項である。各村で分けるように」

 

ざわめきが起こった。普通税金は返ってこない。それを返すと言い始めたのだから、インパクトはでかいだろう。勿論善意で言っているわけではなく、思惑もある。ここでインパクトのある善政と言える政策を示し、民心を掴み、要衝を完全に掌握するのだ。

 

「以上である。何か意見のある者は?」

 

「おろう筈がございません。これまでとは大違いの破格の待遇。感謝の極みでございます」

 

「そうか。では、これで話は終わりである。己の村に伝えよ」

 

「「「「「「ははぁ!」」」」」」

 

これでひとまずは大丈夫なのだろうか。これから検地を行って台帳の作成。それが完成し次第色々と出来るようになるだろう。商業についてもやらなくてはいけないし、城の増築や兵の募兵もしなくてはいけない。しばらくは休めなそうだ。小さくため息をついて、次の仕事について考え始めた。

 

 

 

 

 

領内の農村の代表者たちと会ってより数日、小田原よりようやく綱成がやって来た。

 

「や、やっと着きました…」

 

「氏康様は何か仰っていましたか。普請方の件はご迷惑をおかけしましたが…」

 

「まぁ、そうなるわよねと笑っておりました。これからは気を付けるように言っておきなさいと」

 

「あぁ、怒ってらっしゃらなくて良かった。年貢の件は」

 

「こちらも少し考えた後、仕方ないと承認されてました」

 

「こちらも問題無さそうですね。良かった良かった」

 

あぁ、これで私の首は繋がった。

 

「あー!それより先輩、今小田原城は大混乱でして!」

 

大混乱?何があったのか。頭をフル回転させるが、この時期に北条家に何らかの災害や問題は降り注がないはずなのだが。

 

「何があったか聞いても?」

 

「隣国、甲斐で政変です!」

 

…なるほど。納得した。

 

「陸奥守信虎が追放でもされましたか?」

 

「先輩?な、何でそれを知ってるんです?」

 

「いえ、以前武田家の方と少しお話を。予兆は感じてましたが、今ですか…。なるほど。それは大変だ」

 

「ともかく未曾有の事態に外交が動くと小田原はてんやわんやで…」

 

はぁとやっと一息つけた綱成を横目に、これからの展開を想像する。史実では、この後諏訪家の領土並びに高遠家の領土に侵攻する。その後は…。

 

意外と夜戦まで時がない。この世界では時の流れが速い。出来事と出来事との間はかなり短くなっている。猶予は後半年か、一年か…。そう考えた焦りからポタリと汗が一滴畳に落ちた。支配体制の確立を急がねば。甲斐の方角へ頭を向け、そう思った。




しばらく内政フェーズ&他国の視点です。

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