北条の野望 ~織田信奈の野望 The if story~   作:tanuu

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今回は扇谷上杉家の話です。


第35話 鳥籠の鳥を愛した人

 河越城で上杉連合軍に大勝した北条家は戦後処理を実施。その後祝宴が開かれ、街も城も大いに賑わった。そして、軍勢は帰還。河越城は平穏を取り戻しつつあった。

 

 そんな河越城では降将であり、一条兼音に命を救われた上杉朝定の処置が行われていた。

 

 

 

 

 

「これより、この河越城に住むこととなる扇谷上杉家当主・上杉朝定だ。立場は私の与力であるが、まだ戦働きは不可能であろう。その為しばらくは教育期間を置く。彼女の存在は今後の北条家の領国経営において非常に重要なものとなる。丁重に、とまでは行かないが普通の暮らしを送らせてやるように」

 

 広間には困惑が広がる。それもそうだろう。数日前まで敵だった、しかもその大将の一人だった少女が包帯姿で頭を下げている光景を見て、平静でいられる奴はなかなかの変人だろう。

 

 綱成は目頭を抑えながら何やら唸っているし、兼成はどういう訳か笑っている。

 

「納得いかないこともあるかもしれぬし、困惑しておるだろうが、どうか頼む。上杉家は怨敵だが、真に大事なのは北条家の繁栄。その為ならかつての敵ですら利用せねばならぬのだ。近々古河公方は鎌倉へ移る。それが完了し次第都の将軍に使者が送られる。その使者が将軍に述べる文言の内容が許可されれば、朝定は新たな関東管領に就任する。これの意味は言わずともわかるな?」

 

 この言葉に納得したのか、一同静かに頭を下げた。

 

 幕府の復権を望む足利義輝が将軍だったら危なかったかもしれないが、今の将軍は弱腰の足利義晴。困窮しているとも聞くし、金を送れば承認するだろう。そうすれば、上杉憲政は逆賊。堂々と上野を征伐できる。加えて従わない勢力は関東管領と鎌倉公方(旧古河公方)の名の下に戦争を吹っ掛けられる。もっと言うなら越後の軍神の正当性も減るだろう。伝承通り、義と正当性を重んじる人間ならこの展開に苦悩するはずだ。義はともかく、圧倒的な正当性がこちらにはある。もっとも、私は上杉謙信の人間性をそこまで評価していないので、何とも言えない。それに、実際の謙信がどんな人物かわかるまでは安易な推測は危険だろう。依然、警戒と対策は続けるべきだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日が経ち、二名の人物が城を訪ねてきた。一人は松山城城主・上田能登守朝直。官吏風の細身の男だ。もう一人は大槻城城主・太田美濃守資正だ。風貌は戦国武将らしい筋骨隆々である。この二名は援軍もなく、これ以上の抵抗は不可能と判断した。難波田憲重は死に、主である上杉朝定が降伏したことは知れ渡っていた。ともすれば、いち早く降伏することで自らの勢力を保たねばならなかった。加えて、死んだ憲重の願いは主・朝定の安寧であったためそれを叶えなくてはならない。このような経緯を経て、両名とも数騎の手勢と共に河越城にやって来たのだ。

 

 

 

 目の前の二人の男は、深々と頭を下げている。一応、朝定も横に椅子を持ってきて座らせている。彼らの主はまだ朝定だ。北条家への臣従を誓っていない以上、現在の力関係をはっきりと目に見える形でアピールする必要があった。

 

「この度は、私どもを受け入れていただき、誠に感謝の極みであります」

 

「朝定様を処刑することなく、生かしていただいたことは、旧家臣団を代表して御礼申し上げます」

 

 朝直と資正は口上を述べる。

 

「両名とも、よくぞ参られた。私が河越城城主にして、北武蔵の鎮圧司令官・北条氏邦様の代理として貴殿らの対応を務めさせていただく一条兼音である。まず両名に問いたいのは、ここにこうして参ったという事は、当家に恭順する意志ありと見てよろしいか」

 

「いえ、扇谷上杉家が未だ存続している以上、私どもの主は朝定様でございます。裏切るわけには参りません」

 

「なるほど、それはごもっとも」

 

 こう来たか。まぁ、これは予想通り。そう簡単に裏切っては沽券に関わる。大義名分はまだ大きな力を持っている。関東武士は武勇を重んじるが、正当性や大義名分もまた重んじる。

 

「扇谷上杉家がこの先どのように扱われるかによって、我らの行動も変わります」

 

「そう簡単に膝を屈しては関東武士の名折れ。いざという時には貴殿を斬ってでも朝定様をお救いするまで」

 

 資正が殺気を放ってくる。当の朝定は無表情。

 

「まぁまぁ、そう興奮なされるな。では、お望み通り扇谷上杉家の扱いを言おう。端的に申せば、扇谷上杉家は関東管領になる。こちらには古河公方・足利晴氏がいる。彼に都への書状を書かせ、現関東管領の上杉憲政の罷免と新管領として上杉朝定の任命を公方にやらせる」

 

「なんと…」

 

「朝定様が…関東管領?」

 

 信じられないような顔で二人は驚きを露わにする。

 

「当然、都合の良い事ばかりではない。有体にいえば、彼女には我らのこの城で過ごしてもらう。申し訳ないが、傀儡だ。しかしながら、これは蔑ろにするという訳ではない。北条の扇谷上杉家に対する恨みは深けれど、それは水に流し関東の新秩序の形成に尽力するまで。彼女にはその象徴になってもらう。もし両名がここで我らの軍門に下ったとしても面目は保てよう。形式上は上杉朝定に仕えるということにして、内政軍事に関してはこちらの方針に従ってもらうこととはなるが、そう悪い相談ではあるまい。こちらでしっかりと一人前の武将として教育もしよう。扇谷上杉家は存続できる」

 

「これならば、扇谷上杉家の立場も守れるか…。加えてこの処置ならば我らも…」

 

「……」

 

 思考を口にする朝直とは対照的に資正は無言で瞑目している、心情的には納得しづらいところがあるのだろう。

 

「あまりこういう事は言いたくはないが、ここで貴殿らが反旗を翻すと、もっと言えば北武蔵の平定が上手くいかない場合彼女の立場がどうなるか…。私は外様故に上杉に恨みはなけれど、宿老の方々はそうではない。彼らを説得するのには骨が折れるのです」

 

「ふむむむ…」

 

「……」

 

「朝直、資正」

 

 ここで不意に朝定が声を発する。

 

「北条は私を殺さず、受け入れた。死を与えず、生きる道をくれた。私は、北条で生きていく。二人にもそうして欲しい。……私はもう、鳥籠には戻らない」

 

 最後の言葉に二人の顔が一瞬だけ悲しげに歪む。ここにどうもすれ違いがあるのかもしれない。少し、聞く必要があるかもしれない。ともかく、彼女の言葉に二人は腹をくくったようだ。

 

「これよりは、北条家の軍門に下りましょう」

 

「こちらも同意する」

 

「よし。無駄な血を流さずに済みそうだ。配慮に感謝する。これより貴殿らの領内に代官を送る。また、領土縮小は無し。その代わりに今後の武蔵統治のために尽力せよ。当然、外征時には兵を出してもらう。よろしいか」

 

「「承知」」

 

「よろしい。朝定は下がってくれ。少し、両名と内密な話がある」

 

「はい」

 

 少し怪訝そうな顔をしつつ、彼女は私の自作の松葉杖を突きながらゆっくりと退出していった。足音が聞こえなくなったところで顔に疑問を浮かべている二人に再度声をかける。

 

「ここからは別にお家のことでも何でもない。少し楽にしていただいて結構。少し個人的な疑問があったので、少し残ってもらった」

 

「はぁ」

 

「…」

 

 胡乱げな視線を向けられる。

 

「疑問と言うか聞きたいことなのだが、朝定のことだ。彼女は私に降伏するときこう言った。『鳥籠の中で、死にたくない。どんな目にあっても、空を飛びたいの!お願い、お願い。私に、自由を教えて…!』とな。それで噂通り、扇谷上杉家は家臣によって主・朝定は傀儡と化していたと思っていた。だが、様子を見る限りどうもそうではなさそうだ。それで、真実を知りたいと思った。彼女は自分が傀儡として閉じ込められていたと思っている。聞かせてはくれまいか」

 

 両名は沈黙する。二人は小さくアイコンタクトをしあう。どう話すべきか迷っているように見えた。結果、朝直が話すことになったようだ。

 

「…そういう側面があったのは事実でしょう。ですが、亡き憲重様も我らも、決して朝定様を蔑ろにして専横するつもりなどございませんでした」

 

「では、朝定は傀儡などではなかったと?」

 

「我らの心の内ではそのつもりでした。結果的にすれ違ってしまいましたが…」

 

「元々我らと朝定様は良好な関係だったのだ。まだ、先代の朝興様が生存されていた頃だが」

 

「先代様がお亡くなりになられた際、朝定様は心をとても痛められてしまったのです。憲重様も我らも、それを見ていることが出来ず、どうにか苦しみを減らして差し上げようとなるべく政務に関わらせぬようにしていたのですが、どうもそれが朝定様には閉じ込められているという風に感じられてしまったのでしょう。気付いた時にはもう、我らの間柄にはどうしようもない壁が存在していました。それをどうしたらよいのか、我らにはわからず気付いた時には朝定様はまったく笑わなくなっておいででした」

 

 悲しい背景が少しずつ見えてきた。思いやり故のすれ違いなのだろう。

 

「憲重様は心より朝定様のことを考えておいででした。河越城を取り返そうとやっきになっていたのも、朝定様に安息の地であり、亡き先代様との思い出の残るこの城にいて欲しいと考えたからです」

 

「死ぬ間際まで朝定様のことを考えていただろうな。あのお方のことだ。不器用な方だったよ。それでも、朝定様への愛は本物だったはずだ」

 

 嘆息するように朝直は言い、資正は亡き難波田憲重のことを悼むように言葉を続けた。二人の目には光るものがある。

 

「そうか…。よく話してくれた」

 

「いえ、どうか、朝定様をよろしくお願いいたします。我らには見せることのできなかった世界を朝定様に見せて下さい」

 

「頼む。あのお方にはきっとわれらでは気付けぬ才があるはずだ。それを開花させてやってほしい」

 

「お任せあれ。助けると決めた時より覚悟はしている。さて…両名とも本日は泊まっていかれるとよい。ささやかながら宴を設けましょう」

 

「かたじけない」

 

「感謝する」

 

「それと、半刻ほど経ったら使いを送る。その者がある場所へ案内する。ついて行ってくれ。暗殺とかではないから安心してくれ」

 

「承知しましたが、いったい何処へ」

 

「行けば分かる」

 

 疑問を抱きつつ、両名は頭を下げて退出していった。少し、朝定と話さなくてはいけないな。ここまでする義理はないが、聞いた以上は何かしてやりたいと思うのが人情だ。それに、このまま一生すれ違ってしまっては亡き難波田憲重が浮かばれない。小さく息を吐きながら、立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 包帯を巻いた足を引きずりながら、ゆっくりと杖をついて廊下を歩く。あまり会いたくない顔を見たせいでイライラしていた。今更なんなのだ。そんなに私を閉じ込めておきたかったのか。朝直と資正の顔が悲しげになったことを思い出し、余計にイライラした。

 

 与えられた部屋に戻ると、椅子に座った。足が治るまで地べたには座れない。情けなくて悲しかった。襖の向こうから声がした。

 

「入るぞ。いいか?」

 

「はい」

 

 私を助けてくれた兼音様がその顔を覗かせる。助けてくれたというのもおかしな言い方だけれど、他の北条家の将に会っていたら私は問答無用で殺されていただろう。だから、私は幸運なのかもしれない。兼音様はどこか困ったような顔で部屋に入っていた。

 

「少し、行きたいところがあるのだが、良いか」

 

「はい。何処へでも」

 

「そうか。では掴まれ」

 

 そういって兼音様は私を抱きかかえる。まるで赤子のような抱き方だったけれど、不思議と嫌ではなかった。腕の中で揺られながら景色を見れば、城の屋敷を出てゆっくりとどこかへ向かっている。ゆらりゆらりと揺れていると少しずつ眠くなっていき、気付けば目を閉じていた。

 

「着いたぞ」

 

 その言葉に目を開け、辺りを見回す。ここは、多分城下の寺。そしてここは墓地だった。目の前には一つの墓石。そこには扇谷上杉家之忠臣難波田憲重之墓と書かれていた。

 

「ここって…」

 

「そうだ。難波田憲重の墓だ」

 

「なんでこんなところに私を連れてきたのですか。私は…!」

 

 強い口調で兼音様に突っかかる。やりきれない思いが渦巻く。嫌がらせかと思った。

 

「この人にずっと縛られていたのに…か?」

 

「……そうです」

 

 そこで兼音様はふぅとため息を吐く。そのため息の意味が分からず、睨む。

 

「この人は、本当にお前を縛っていたのか?ずっとずっと産まれてこの方ずっとそういう風に扱われてきたのか」

 

 何を言っているの、と戸惑う。

 

「朝直と資正より話を聞いた。彼らはお前を閉じ込める意思などなかったと言っていた」

 

「だったら、だったらどうして!」

 

「守りたかったんだそうだ。先代の遺児でまだ幼少だったお前を守るためだったんだ。不器用な彼らはそうする以外に策を思いつけなかったんだ」

 

「うそ、そんなの嘘っ!」

 

「嘘じゃないさ。お前はどうやってあの混迷極まる本陣から逃げ出した?あのままあそこにいたら、うちの綱成に斬られていたと思うが。死んだ難波田憲重は死ぬ間際に綱成ではなく、全く違う方角を見続けていたと綱成から聞いたぞ」

 

 そんなこと、信じたくなかった。確かに憲重には助けられた。でも、それは義務感からのはずだ。違う、違うんだ。兼音様は勘違いしている。訂正しようとしたところを遮られた。

 

「義務や忠誠じゃない。だったらどうしてこんなものを懐に入れたまま戦っていたんだ。いままでこれの意味は分からなかったが、先ほどやっとわかった。彼は、お前との思い出を大事にしていたのさ」

 

 差し出された紙には、大分色あせた墨の線。辛うじて人の顔に見えなくもない。それを見て一気に昔の忘れかけていた記憶を思い出す。遠い遠い昔の古ぼけた思い出。

 

 

 

 

 

「これ、これあげる!」

 

「おや、五郎様。これは…顔の絵ですかな」

 

「うん!のりしげのかお!かいたの」

 

「ははは、拙者ですか。ふむ、大分男前に描いて下さいましたな」

 

「じょうずでしょ!」

 

「ええ、ええ。お上手です。この憲重、一生の宝でございます…」

 

 

 

 

 

 

 

 どうして忘れていたんだろう。あんなに楽しかった日のことを。死の間際までこれを持って、こんな落書きを本当に一生の宝にして、最期の時まで持っていたなんて。こんなもの、何度だって描いてあげるのに。もっと上手い絵を、何度でも。でも、もう、かなわないんだ。だって、だって…!

 

心はいっぱいになって、涙があふれてきた。

 

「愛する故にすれ違ってしまったのさ。どうしようもないほど悲しくて、誰も悪くなんかない。彼の行いは褒められたものじゃないかもしれないが、優しさゆえのものだったのだ。だからこそ、救われないな…。ただ一つ言えることは」

 

 そこで言葉を区切りながら、兼音様は私のぼやけた視界の中でこう言った。

 

「どれだけ嫌われ、疎まれていても、彼はお前を愛していたよ」

 

 もう限界だった。あふれるものを抑えられなくて、物言わぬ墓石にしがみつく。腕と足の痛みなど、気にならなかった。 

 

「憲重、憲重ぇ!ごめんなさい、ごめんなさい!私がもっと、しっかりしてたら。賢かったら。あなたの想いに気付けていたら…!あなたは死ななかったかもしれないのに…!あんな絵なんて何度でも描いてあげるから、また、私と、話してよ!もう、嫌ったりなんかしないから!」

 

 その私の肩に手を置きながら、兼音様は呟く。

 

「もう死者は蘇らない。けれど、愛する人はたとえ冥界からでも、お前を見守っているんだ」

 

「ああああああああああっ!」

 

 抑えられない涙と叫びを墓石にぶつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 叫びながら泣いている朝定を見守る。

 

「朝定様!?」

 

「貴様、何を!」

 

 泣き声を聞きつけたであろう朝直と資正が走ってくる。丁度予定通りだな。凄い剣幕の二人に無言で墓石を指さす。

 

「これは…」

 

「あのお方の、墓地…」

 

 二人は言葉を失いながら、視線をさ迷わせる。そして、朝定の握りしめていた紙を見つけた。

 

「これは…昔、見せられました。これは儂の宝だと。何度も何度もしつこいほどに」

 

「ああ、よく覚えてるぜ。よく眺めてたよな…」

 

 この紙と朝定の様子で二人は何があったのか察したらしい。長年のすれ違いは、今終わったという事に。

 

「心より、感謝申し上げます」

 

 こちらに背を向け、口元を抑えながら嗚咽を殺して朝直は言う。資正はグッと拳を握りしめ、こちらを見据えた後、手を地について深々と頭を下げて

 

「すまない。そして、感謝する」

 

 と言った。それを見た後くるりと背を向ける。ここに私は不要だ。語らうべきはあの三人なのだから。彼らを背にしたまま黙って手を振る。

 

 

 

 

 

 

 

 朝定はあの二人が回収してくれるだろう。万が一にもあり得ないとは思うが、その万が一に備えてこの寺は忍びが警護している。しかし、朝定も要人だ。専用の護衛が必要だな。そんな事を考える。

 

「あーあしかし、慣れないことはするもんじゃないな」 

 

 寺の門前で一人呟く。

 

「なかなか粋なことをなさいますね」

 

 いきなり現れた段蔵にやや驚くが、最近は慣れてきてしまっている自分がいることに気が付いた。慣れとは怖いものだ。

 

「なに、少し気が向いただけだ」

 

「そうですか。では、そういう事にしておきますね」

 

 含みのある笑みを浮かべる彼女を横目でチラリと見る。

 

「是非、そうしてくれ」

 

「御意」 

 

 金色の瞳が楽しそうにこちらを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に何から何まで、ありがとうございました。このご恩は一生忘れません。これより、この上田能登守朝直、誠心誠意励んで参ります」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

「ほら、あなたもですよ」

 

「分かっている。太田美濃守資正。これより朝定様と共に北条家の発展に尽力しよう。命をかけてでも、礼は返す」

 

「期待している」

 

 二人から礼を受け取る。宴ではあの後どうなったかは聞かなかった。聞かずとも、どうなったかは様子からわかるし、何より聞くべきではないと思ったからだ。今は朝定も一緒に見送りをしている。これが、関係がどうなったかの何よりの証拠だろう。

 

「それでは朝定様、兼音殿、またお会いしましょう」

 

「それじゃあな」

 

「ええ。次お会いできるのを楽しみにしております」 

 

 頭を下げて、二人は馬に乗り、供の数騎と共に駆けて行った。地平線の果てに見えなくなるまで、朝定とそれを見送る。

 

 

 

 

 

 

 

「兼音様」

 

 不意に朝定が呼びかける。

 

「なんだ」

 

「私、ずっと間違ってました。私のいた鳥籠は冷たくて固くて暗いと思ってました。でも、本当は私が気付けなかっただけで、そこには暖かさもあったんですね」

 

「それに気付けたのなら、難波田憲重も浮かばれるさ」

 

「はい。…私はずっと逃げ出したいという気持ちから外の世界を知りたいと思ってきました。でも今は、前向きな気持ちで外を知りたいと思うのです。兼音様、どうか私に、世界を教えてください」

 

 暗い顔をして、人形のようだった彼女の瞳はいつしか輝きを放っていた。そこにあるのは好奇心か、それとも別の何かか。それは分からなかったが、とても輝いていた。ここまで変わるか、と驚きつつも子供の成長とはそんなものなのだろうと親のような感想を抱く。

 

「辛いことも、苦しいこともたくさんあるぞ」

 

「覚悟はしました。私は、もっと広い世界を知って、そしていつか憲重にも話すのです。きっと憲重が見ることのなかった光景を。その為に私は、今生きているんです。生きてる者の勝手な言い分かもしれませんが、それが、私が憲重にできる恩返しだと思います」

 

「そうか。ではよろしい。私の知識、叩き込んでやろう」

 

「よろしく、お願い致します」

 

 そう言ってぺこりと頭を下げる朝定の頭をポンポンと撫でる。

 

「さ、帰るぞ。やることは多いんだ」

 

「はい!」

 

 少しづつ治りつつある足を動かしながら、朝定は歩いていく。それを一歩後ろから見守る。鳥籠に囚われていたと思っていた姫は今、真実を知り、そして飛び立った。その行く末は誰も知らないが、もしその未来を想像して語るのなら。

 

 きっと大空を舞っているだろう。美しく、雄大に。鳥籠の鳥を愛し続けた不器用な誰かに見せるように。

 

 そう、思ったのだ。


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