魔法少女あすみ☆マギカ ~Rainy Ambivalence~ 作:Κirish
──また、ダメだった。
私──暁美ほむらは、次なる時空へと降り立っていた。結論から言うとなれば前周回──神名あすみ時空での結果は散々なモノに終始した。見捨てる事となった巴マミはおろか、佐倉杏子に千歳ゆまも行方を晦ました。美樹さやかのみならず志筑仁美までもが魔法少女となり、全て神名あすみに喰われた。残る魔法少女はただ一人──私のみ。そして──。
『──また逃げるつもりなの』
美国織莉子の魔の手からまどかを守れる者など、自分ひとりしか居なかった。救世などとは名ばかりの、大罪を犯すべく暗躍していた救世一派のタネはもうバレていた。私の時間停止と対等に渡り合えるとは笑止、未来予知と速度低下を組み合わせているに過ぎない。よって彼女達の討伐自体には、初見の時に比べて苦戦はしなかった。が──。
「──ッ」
あの時と違う事。それは私に味方が誰一人として居なかった事。前述の通り私が神名あすみを葬った事により、恐らく巴マミは魔女化。佐倉杏子と千歳ゆまは行方不明。美国織莉子らと対等に渡り合う──それはまどかの護衛を度外視すれば、と言う事。最善は尽くした。──いいえ、私はいつだって最善を尽くしている。まどかを精一杯に守りながら救世一派を迎撃していた。けれど──。
「──なんで。どうして──っ」
結果は言うまでもない。芳しくば、そもそもこの場には降り立ってはいない。あのまま美国織莉子らを、まどかを守りきりながら討伐出来ていたなら、きっとまどかは普通の平和な世界に生きる女の子としての人生を歩めていた筈。その為には、あの場には巴マミに佐倉杏子、そして千歳ゆまが戦力として要ったのだ。こうなったのも全て──。
「──神名あすみ」
美国織莉子と呉キリカに次ぐイレギュラー。キュゥべえから聞いた通り、自らの苦しみの為に他者を喰い散らかす悪魔──否、餓鬼畜生だ。巴マミを蝕んだ超危険因子。奴までをも救おうなど愚の骨頂。絶対に不可能。そして経歴で言えば、あの歳にして巴マミや佐倉杏子と同じぐらいのベテランと言っても過言ではない。それだけに救う術が見当たらない。何故なら彼女にとっては、希望こそが絶望なのだから。
──ならば、もう消すしかない。
彼女の性格上『夜明け』の為に戦ってくれるとは到底──思えない。
そして彼女の存在は、決して許してはならない。彼女さえ居なければ、今頃まどかは──。
──いつもと変わらぬ夜。カチリ──と歯車を小気味よく作動させ、世界をモノクロに染め上げ凍て付かせる。そんな世界で動ける者はたったひとり──私だ。やる事成す事はルーティンワーク。幾重にも弾丸の幕を張り、魔女の命を刈り取るのみ。硝煙を残り香に結界は解かれ、即さま現実世界へと──夜の公園へと塗り
「……」
視界の端に映る者。チラリ──と視線を移せば──。
「……っ……うぅ……っ……、っひ……ぅ……!」
震える膝を抱えながら、声を漏らしつつ泣きじゃくる銀髪の少女。魔女結界に巻き込まれ、あわや使い魔に喰われんとし、星の数ある『犠牲』に身を堕としそうになっていた者。──だが、彼女の名は──。
「──神名あすみ、よね」
か弱き少女の姿をした、糸を張り巡らせし女郎蜘蛛。前時間軸に於ける巴マミはコイツの
「──」
それも、この時間軸を以て未来永劫に
世界は再びモノクロに沈む。
コイツの脳は粉々に砕いて意識を奪い、カラダを解体してソウルジェムを探し出し、タバコの灯火を躙り消すが如く踏み躙ってやれば良い。このような人気のない夜の公園でなら、問題も無かろう。
──そして、巴マミが神名あすみと出会うことはもう二度と──無い。
「──さようなら。『
静寂に染まる世界の中──火薬の炸裂する音が、虚しく響き渡った──。
──繰り返す。私は何度でも
「っはぁ……! はぁ……っ! ……っはぁ!」
背を向けて、息を切らし、懸命に逃げ惑う女の子。傷だらけで、グリーフシードも恐らく底を尽き、体の至る所から赤黒い血が滴っている。走るこの娘とは対照に、私は歩いてこの娘を追う。
「っやだ……! やだぁっ! だれか……だれかぁっ!」
こんな夜に誰も居ない。
こんな夜遅くに誰も来ない。
こんな夜の世界じゃ誰も助けてくれない。
「ひっ……!」
行き止まる魔法少女。打ち止まる
「っ……やめてよ……! 私が何したって言うのっ……!」
──ううん、何もしてない。何もしてないのよ……?
あなたはただ、願いを叶えただけ。
自分勝手な私なんかと違って、その尊い願いを胸に戦ってるだけ。
「っ……ふふっ……」
頬に伝わるこの雫──私の、どこまでも汚い涙。
私に泣く資格などない。
私に涙を流す資格などない。
私に──今更この娘を想う資格なんて無い。
銃口を突き付け──涙を流しながら微笑む私は、きっとこの子には気狂いにでも見えている事だろう。
でもね──?
「──優しく──」
「は……」
「せめて──優しく、優しく
──誰も、自分が魔女だなんて知りたくないよね──?
「──いやああぁぁっ──!」
少女の甲高い悲鳴が最後まで響く事は無く、電源を落とされたTVの様に断ち切られた。──その
「────」
パキン──と、
「────…………」
薄汚れた路地裏の壁へと、ドサリ──と力なく尻もちをついてへたり込む私。
今日もまた──私は
いつだってこの感覚には慣れない──慣れる訳がない。
「っ……ぅぐ……っ! ひ……ぐ……うぅっ!」
冷え切った皮膚した目の前の娘のみならず、目に浮かぶは──希望を抱いて一生懸命戦ってきた筈の、数多の眠る魔法少女──そして
「……っごめ……なさっ……! ごめっ……なさい……っ! っう……ぅぅ……っ!」
この旅路はいつまで続くのだろう。
この殺戮はいつまで続けるのだろう。
この業苦はいつまで私を苛むのだろうか。
──いいえ。これはきっと、私への罰なのだから──。
──
今日もまたここに──オレンジの薔薇の花束を抱えて来てしまった。
「──……」
──あすみちゃんが眠る場所。
あれから私──巴マミは、ここで眠ってしまったあすみちゃんを毎日弔っていた。あすみちゃんの魂の残滓──グリーフシードは暁美さんに持ち去られてしまったけれど、あすみちゃんは──ここに眠ったから──。
「──あすみちゃん……」
あのあと佐倉さんにゆまちゃん──二人とも行方が分からなくなってしまった。多分──また見限られでもしたのだろう。どこまでも甘くて、どこまでも弱くて、そしてどこまでも自分勝手な私は、きっと愛想をつかされたんだ。一度捨てられてしまった私が、二度もあの子達に一緒に居てもらえるなんて──無かったんだ。
それに──。
「──私ね。今日もまた助けてあげたのよ……?」
時を経て──今では高校生となった私。けれど今、あまり褒められない仕事をしている。と言うのも──。
「……あすみちゃんみたいに──魔女の運命へと囚われた娘を、また助けてあげたの……」
──魔女は魔法少女。
──魔法少女は魔女。
私達魔法少女はソウルジェムを穢れ切らせたとき──いつか魔女へと身を堕とす。そして、あすみちゃんがそうだった。
「……っ、あすみちゃんっ……、……ひぐ……うぅっ」
最期のあすみちゃん──肩を寄せ合って、私をおかあさんみたいって言ってくれたあすみちゃん。あの光景が、今でも目に焼き付いて離れない。──いいえ。あの光景だけは、忘れたくない。あすみちゃんは、確かにここに居たんだ。あすみちゃんは最後の最後に──本当のあすみちゃんとして、私に笑顔を向けてくれた。
でも──。
"Iamsu ah Imma noanhece ot oihss in uirki n ad─!!"
魔女になってしまうの、とても苦しかったんだと思う。じゃないときっと──あんな悲鳴あげないだろうから──。
"Ngeom en... Imma noanhece... Oihss in uikraanre et..."
──あんなに弱々しく、泣いて死ぬ事もないんだろうから──。
「っ……ごめんね……。ごめんね……っ……」
死ぬときはせめて──微笑みながら死にたいよね。人間のまま、なんでもない幸せに包まれながら温かく死にたいよね。だからね……あすみちゃん……。
私──もうあすみちゃんみたいに死ぬ子、誰一人として見たくないの……。
「……っ。っっ……」
だから私は今──隣町にまで遠出して、魔法少女を魔法少女のまま死なせてあげてるの。魔女になる苦しみを味わうその前に、魔法少女として──苦しむことなく優しく殺してあげてるの。──それが、今の私の仕事。
「……ぇう……っ、……ひぅっ……!」
それでも私は、人を殺してる事には変わりはない。死にたいなんて思ってしまう娘は居るかもしれない。でも殆どの娘は死にたくない筈。けれど──どちらも本質的には同じ事かもしれないのに、生きたいなんて常々意識する娘は、そうそう居ないのかもしれない。あの娘たちは、死にたいだなんてきっと思ってなかった。きっと死にたくなかった。もっともっと生きたかった。
──いつだって
「っ……ぁぁああ……っ! ぅぅ……ああぁぁっ! ごめんなさいごめんなさいっ……! ごめんなさいっ……うぅっ……!」
生きたいあの娘達で積み上げられた死体の山に、私は立っている。山の頂上で、こうして膝を抱えながら噎び泣く。
──もういやだ。もう死にたい。
されど、生きたいと思った事が私の『
『あすみの分も、生きていてほしいな──』
あすみちゃんが最期に私へ残してくれた、たった一つの
「待っててね……あすみちゃん……、それまではごめんなさい……っ」
今すぐにでもあすみちゃんに会いたい──穢れきった涙を流しながら、今日もまた──あすみちゃんの居るこの場所へ花束を捧げる。
花言葉は『絆』──そして『幸多かれ』。
橙薔薇の花束を照らすは、真夜中の澄み切った冬の大空に大輪の環を灯す、十二月の月光だった──。
「おかあさんっ!」
「うんっ、なぁに?」
「どうかなっ? 似合ってる……かな……っ?」
ひらりと切なげに靡くヴェールにフリル──ウェディングドレスに身を包むあすみちゃん。そのお顔は、ちょっと照れくさそうに──はにかむ笑顔。胸いっぱいの薔薇の──愛情たっぷりのブーケを抱えるあすみちゃん。明るく自由奔放なオレンジ色をした薔薇の髪飾り。その花言葉は──『絆』に『信頼』に──『幸多かれ』。幸せいっぱいに彩られるあすみちゃんのふんわりとした柔らかな髪は、かわいらしくも麗しい。
「えぇ、すっごく綺麗よ……。あすみちゃん……」
「えへへっ、ありがとうっ……!」
はにかむ笑顔から、満面の笑みへ。目じりにちょっとだけ涙を溜めながらも笑むそのお顔は、まるで太陽みたいに眩しかった──。
──この笑顔の為に、私は今日まで生きてこれたんだ。
「──じゃあ、あすみ行ってくるね?」
ふわっと馨しく散らす花弁雨の中、私に背を向けるあすみちゃん。
「えぇ、行ってらっしゃい」
自分は『普通』かもしれない。
けれど、その『普通』を好きでいてくれる子なんて、実はちょっと珍しい。
あすみちゃんは『普通』を好きでいてくれる。
そして『普通』を好きでいることを、とても大事にしてくれる。
そんな大事な人から『大好き』が伝わってくる事こそ、最上の幸福。
──産まれてきてくれてありがとう。
──こんな私を想ってくれてありがとう。
──あすみちゃんに会えたこと、この世で一番の幸せだと思ってるわ──。
だから、私は──。
「あすみちゃんならきっと、幸せになれると思ってた……!」