魔法少女あすみ☆マギカ ~Rainy Ambivalence~   作:Κirish

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第1話「わがまま過ぎるぐらいがちょうど良いのよ?」

 ──私──巴マミの自宅にて。

「……わたし、何も持ってないよ……?」

 怯えを孕み、泪で潤わせた瞳。上げられぬ声を絞り出す、か細い声。洋菓子を目の前にする子供の反応でなく、どんな目に遭ってきたかなんて凡そ浮かんできてしまう。

「えっと……お金……? とかなんて気にしなくて良いのよ?」

「あとで怒ったりしない……?」

「……食べものを粗末にしたりとかなら、怒っちゃうかもね」

 ……などと、かつての弟子の女の子の受け売りを、微笑みながら冗談じみた口調で。けれどそれすら──。

「ひっ……ご、ごめんなさ……っ」

「あっ、ち、違うの……! その、えっと……投げ捨てたりとかそんな事したらイヤよ? ってだけで、お残しは絶対許さないとかそんなのじゃなくて……」

 ──まったく堪らなく見ていられなかった。痛々しくて、抱きしめたくなる程だった。

「……ほんと……? 食べても、怒らない……?」

「うんっ。もちろん」

「……残しちゃっても、怒らない……?」

「ちょっと残念かなぁって思うけど、あとで私が食べちゃうから心配は無用よ?」

 考えなしにふざけた私も、いや、自分が悪いのは間違いないとしても。けれど──どうして、どうしてこんなになるまで放っておいたのか。誰も、誰一人としてこの子を助けてくれなかったのか。なまじ己が孤独を知っているだけに、私は歯痒さに奥歯を噛みしめる。

「……いただき、ますっ……」

 あむ、と小さいお口にシフォンケーキを運ぶ。今まで数人ほどはお茶菓子をご馳走した事はあれど、お口に運んでくれるだけでもこれ程安堵した事は今までに無かった。どうしても食べられないとなったら、どうしよう、と。

「っ……ぅあ、ぐす……っ」

 不意に、あすみちゃんの瞼に溜まる雫。嗚咽を漏らす声。不味かった? それとも腐っていた? あすみちゃん……! と、焦り駆け寄らんとし──。

「もっと、たべていいの……?」

 ──重症だった。だからこそ、もちろん──。

「遠慮しないで、ね?」

「……」

 あむっ、と。小さいお口でもう一口、二口……。

「……ぅん。うんっ……ぐす……」

「あすみちゃん……」

 これからも、もっと食べさせてあげなくては。食べる事すら許してもらえない──なんて、そんな世界だけじゃない、って。教えてあげなくては。

 

「──ごちそうさまっ」

 腫らした赤い瞼のまま微笑むあすみちゃん。私としても、この上なくどういたしましてと言う他ないわ。

「……ふぁ」

 欠伸を漏らしつつ、瞼を擦る。……夜も遅く、いや、遅すぎるかもしれない。魔女退治を始めた時刻からして、子供ならもう寝ている筈だった。あれから大分と過ぎたのだから、遅すぎもいいところよね。

「もうおやすみしなきゃ……ね?」

「え……」

 きょとんと、ぱちくりと目を向ける。

「……ここで寝ていいの……?」

「だって、お外で寝たら危ないじゃない?」

「でも……」

「ふふっ。気にしなくて良いの! これからの事なんて、明日でも……ううん。明後日でも、ずっと一緒に考えたらって思うんだから」

「……ぐすっ」

 家に帰るのが嫌な女の子。こんな時間に帰してしまえば、何されるかなんて。こんな時間でなくとも、家の中で何されるかなどと。

「ありがとうっ……。マミお姉ちゃんっ……」

「……ううん」

 ──でも、礼を言われる筋合いなんてないのかもしれない。謙遜なんて美徳じみた意味合いなんてない。それよりも、もっと……もっと奥底の。見たくない、目を逸らしたい自分の──。

「──さて! もう早く寝ましょうっ? 夜更かしは女の子の天敵だし、成長しなくなっちゃうぞっ」

「……うんっ!」

 美味しいケーキに温かくて甘い紅茶。そして久しぶりの柔らかなお布団。

「じゃ、また明日ねっ。あすみちゃんっ」

「おやすみっ。マミお姉ちゃんっ」

 夜もちゃんと眠らせてくれる。おやすみって言ってくれる。これが、何と言う事のない『幸せ』なのだろうか。子供が過ごすべき、他愛ない『普通』。ああ、なんて──。

 

「──くッだらない」

 

 灯りも消える中──小さくつぶやく彼女の声など、私には聞こえようもなかった。

 

◆◇◆◇◆

 

 ──自業自得。

 何かしらやらかせば必ず報いを受ける。このセカイに普遍する(コトワリ)とはこれこの四字しかないと、わたし──神名あすみは思ってる。たとえどれ程の理不尽に遭ったとしても、たとえどれ程の痛みを味わおうともそれには全てそこに至る理由(ワケ)がある。でもそんな理由は誰も知らない。虐げられたその人自身にしか──ううん、もっと言えば虐げられたその人自身にすら分からないかもしれない。でも理由のないモノなんてこのセカイには存在しない。あってはならない。

 ──その子が全て悪いの。その子が悪かったからこそ痛みを味わわされなきゃいけなくて、また報復を受けなくちゃいけないの。その子が悪かったからこそ虐げられなきゃいけなくて、また凌辱を受けなきゃいけない。その子が悪かったからこそ刑に処されなきゃいけないし、獣道に堕ちなきゃいけない。だから『理不尽』なんてこのセカイにはない。『理不尽』によって虐げられた善人なんて、この世界に在るはずもないんだから。

 ──そうして理由があればこそ、人間は安心できるのだから。そしてそれはこの結界の主も同じ。

「──甘い(臭い)

『耳を劈く』と言う表現があるなら、『鼻を劈く』なる言い回しがあっても良いんじゃないかしら? この魔女の住処(結界)に立ち込めるはおおよそ甘ったるい香りと言うにはほど遠くて、甘いのは甘いけれど蕩ける甘さでなく、グルコース(C₆H₁₂O₆)を直接味わうかのような刺激臭。

"Ansaig ewtoll hdco hecianf rnu eksä neess!"

 ああ、魔女(成れの果て)が何か喋ってるわね。

 身に余る願い(よくぼう)に魂までをも──もっと言えば魂レベルの売春を犯して獣になれ果てた魔法少女。獣が人類種と言葉を交わせないのと同じでその魔女の声(何が欲しいか)なんて人間に──いいえ、魔法少女になんて届くワケがない。

「かわいそう。そんな姿になって──」

 誰も人間を辞めたいワケなんてない。誰もが畜生に堕ちるなんてごめんだ。人間と言う名の支配種に生まれ落ちたからには、支配者であり続けたいのが人の性質(サガ)にして当然。

 でもね、わたしなら分かるんだ。

「──わたしになら、あなたの欲しいモノなんでも分かっちゃうんだよ? だからもう大丈夫っ……」

 わたしならこの魔女の声が聞ける。この子の名前も分かる。

 それに、きっとこの魔女も同じなんだ。獣に堕ちたくて願いを叶えた訳じゃない。魔法少女(わたしたち)と同じで、戦火に身を焼き尽くすに値する願いと引き換えにこの世界に来たのだから。

 

『この世でいちばんおいしい██████が欲しいのです』

 ああ、かわいそう。

『誰の話も聞かないし、誰のお願いも聞いてやらないのです! ███は、███のために。███だけのために!!』

 おかあさんに聞いてもらえすらしなくなった娘の声。そして慟哭。

『恩を着せるなら、後悔させられるなら、なんだってやるのです!』

 まさに理不尽。

 例え『理不尽』に虐げられようと、お母さんを護ろうとした。███が居なければ母は死んでしまう。ならば███が母を護ろう。魔女になど決して殺させてたまるもんか。それがこの娘の最期の矜持。けれど──

 もう、生きる甲斐など無くなったんだ。

 頼みの母はもう亡くて、『自己主張』すべき、『執着』すべき相手ももう居ない。──願いに殉ずる。それが魔法少女。だったなら『願い』無き魔法少女はもう、(魔女)に堕ちる他なんてないんだから……。

 

「……っ。あなたも辛かったんだね、Charlotte──」

 誰にも知ってもらえない魔女の真名。口にされると、魔女の瞳が少し潤った気がした。

 欲しいものは全部で絶対あきらめない。いっぱいいっぱいお菓子を生み出せるけれど、それでも一つ……ソレだけは作れないの。

「……これ、あげるね……?」

 手の平に乗せられた一切れのチーズケーキ。

 これこそがこの娘の願いの結晶。絶対に作れなくて、それでも諦められなくて、ずっとずっと執着していたかつての自分の残滓。

「欲しかったんだよね……? いっぱいお菓子あるけど、これだけ無いもんね……?」

 誰にも聞いてもらえなかった。誰にも届かなかった。けれどわたしだけが聞いてあげられた。魔女に堕ちた魔法少女の、心の底から欲しいモノ。

「んふふっ。遠慮なんてしないで……ね?」

 この娘はかつてこの為に願ったんだ。──『お母さんが一番おいしいと感じるチーズケーキ』。何で忘れていたのかな。何で作れなかったのかな。これほどお菓子に囲まれているのに。これほど『自己主張』の出来る天国なのに、なんで──。

「──さあ、食べて……」

 決して手に入らなかった『願い』を手にすれば、もう一度戻れるのかな。渇望した願いの結晶を今口にすれば、この娘はもう一度█████に戻れるのかな──。

 ──お互い不幸せで終わってしまったけれど、このチーズケーキを食べていた頃は幸せだったんだ。そんな在りし日々を夢見て願い(チーズ)を口にし──。

 

「──サヨナラ勝ちってねェ!」

 

 ──イチゴジャム。

 飛沫するは、赤黒いカタマリの混ざった粘液。

「──はははっ。あははははっ──!」

 振り下ろされるは鉄球。棘の成る鎖に繋がれた槌。

「やっぱり釣られてるんじゃないか! あははははははははっ!」

 ぐちゃり。ぐちゃり。じゅぶ。じゅぶ。音が拍子(リズム)良く立つ度、魔女が魔女でなくなってく。願いに堕ちた獣としての姿などそこにはなくて、肉塊でしかなかった。

「──一丁あがりっ!」

 そして魔女が最期に耳にしたものは肉が挽かれる音でなくて、飛散せしガラスが如く自らの世界が割られ、破壊される音だった。

 

◆◇◆◇◆

 

 そして、見滝原市立病院の屋上──。

「また酷くやってしまったね」

「──んふ♡」

 ぺろ──と。人差し指についちゃったイチゴジャムを舐め取り味わって、瞼を細めて蠱惑ぶった笑みをキュゥべえへと投げかける。ぬるりぬるりと。じっくり、粘り濃く、心を込めて。

「まったく、人間はいつだって理解できないものだよ。ここまで愉しんで魔女を狩る者なんて最近じゃあまり見かけたことがない」

「うん? 人間いたぶるの楽しくなぁい?」

 猫撫で声を猫モドキへと囁く。けれどこの猫モドキ、煽りも含んだ声色を耳にしたとて毅然とした態度で──。

 ──は、語弊があるわね。コイツには感情が無かったんだ。

 まるで機械のような態度を崩さない。

「そうじゃない。魔法少女は君たちと『同じ』だって、あすみは知ってるじゃないか。

にも拘わらず、どうしてそこまで過剰に虐げられるんだい?」

 あっけらかん、と。

 その『魔女』を造り出した張本人が何言っちゃってんのかしら。

 幼気な女の子を散々餌にし尽くしてきたクセに神様気取りなのかしら?

 ──まぁ、目につく魔法少女を魔女堕ちさせた挙句、その骨の髄までしゃぶり尽くしたばかりのわたしが言えた義理もない、か──。

 この白魚のように細い指を──ちょっとナルシズム入ってるかしら?──肉食獣が如く骨張らせながら、ちょっぴり悦に入ってみて──。

「──だから、『人間』いたぶるのって楽しくなぁい? って言ってるの分からないの?」

「僕が人間の事が分かるのならこの個体はきっと即刻破棄されているだろうね。感情とは僕らで言うならば精神疾患の症状の一つさ」

 結局異星人インキュベーターに喋る意味なんて無かった。それこそ壁に向かって喋ってるみたいに。

 わたしって興が乗り過ぎるのも困りものよね──。

 自嘲気味に両掌を上に向け、やれやれと手のひらで喋るかのようなサインを作る。

「だがあすみ、君は基本的に『人間』の不幸を嗜好とする者だったね。それならあの嗜虐的な振る舞いも十分道理かもしれないね」

「じゃあ回りくどい言い方しないでよ」

 人の不幸。

 インキュベーターのご指摘の通りわたしが何よりも好むモノ。そしてわたしの『原点(ネガイゴト)』とも言えるモノ。

『自分の知る周囲の人間の不幸』。この願いを一度(ひとたび)口にし、わたしは精神汚染魔法──Gvneurguinnreiサヨナラ勝ち──を手にした。洗脳に始め、読心、読みこんだ心を映し出す心象風景結界の具現、トラウマ抉り、強制絶望、催眠、催眠を応用した任意の生体器官の停止、人格改竄、意識のスイッチ(On / Off)、人間操作、未知の精神病罹患──と好きに心を弄繰り回せ、逆に精神病の治癒、洗脳解除──など、前述の魔法群を打ち消す事も出来る、『心』を持ち人並みの常識や倫理観を持つ相手ならば万能とも言える魔法。

 その対象は──人間はもちろん魔法少女に留まらなくて、もともと魔法少女であった魔女にさえ猛毒となり得るの。心を持ちさえすれば、存在するのかどうかはさておきその対象は『人間の心を持った人ならざる者』であってもいい。

「ところであすみ。せっかく見滝原に来たんだ。巴マミは洗脳しないのかい?」

「……はぁ」

 何度言ったところでこの珍獣には分からないわよね。

 おおよそ溜息と呼べるか怪しいほどの、あえて聞こえさせる溜息の様な声を珍獣に吐いてやった。

「わたし、洗脳なんて使った事あった?」

「魔法少女でないただの人間相手でなら、金銭を持って来させたりホテルの従業員全員を洗脳し我が家の様に住みついてるね」

 精神汚染魔法のお陰で普段の生活でも金銭や食事には困ってないどころか、そこいらの平均的な会社員よりもよほどゴージャスな暮らしが出来てしまう。魔法少女じゃないただの人間を洗脳するワケは、その道具として使うためだけの事。けれど──。

「わたしの『シュミ』には一度も使ってないわよね?」

「……そうだね」

「オーケイ」

 わたしのシュミ。それは人間を徹底的に虐め抜いてあげること。相手は面白そうだったら誰でも良いけれど、適当に目についたひとに取り入って、その人のトラウマ・罪悪感・恐怖……などなどを穿り抉り出して、徹底的に甚振り尽くしては発狂させて、やがては自滅させて廃人にまで追いやる。

 これがわたしの大っ好きなコト。

 そうして壊れちゃった人間は、あとは使い魔を魔女へと育てる為の餌にしか使えない。魔女を養殖してグリーフシードにして使い潰して、使用済みはあえてキュゥべえに処理させる──なんて事はしなくて、ポイ捨てみたいにその辺に設置してまた孵化させて人間を食べさせて──の繰り返し。こうしてわたしの魔力は無尽蔵と言っても言い過ぎじゃない。もともとわたしは物理攻撃はからっきしだったけれど、このグリーフシードのお陰でどこまでも無理が効いちゃうんだから物理攻撃も汎用魔法もカバーできている。

 ──でも本当にオイシイところはココじゃないんだから。

「だが分かって欲しいんだあすみ。僕は君の事をとても評価している」

「ん~? どう言う事かしらぁ? どーゆー風の吹き回し? スッゴいキモいんだけどぉ……?」

「君は『魔女を故意に作っている』からね。これは我々インキュベーターとしてとてもありがたい。宇宙の寿命をさらに伸ばしてくれたことに感謝するよ」

 魔法少女の強制魔女化。

 さっきの精神魔法群──特にトラウマ再起、心象風景結界、強制絶望──を使って他の魔法少女のソウルジェムの濁りを加速させ、故意に『孵化』させ魔女にさせる。あくまでも魔力獲得のための事務的な流れ作業……なんてものじゃなくて、愉しみ尽くしながら魔女を作ってる。

 やっぱりわたしの大っ好きなモノは──人の不幸!

 魔法少女の憎しみ・怒り・悲しみ・愛憎・嘆き・恐怖・絶望……等々を嗜んで、果てには『オモチャ』が壊れ逝くその瞬間──まさに魔女が産まれる時──わたしは瑞々しい絶望の味に最上の恍惚に悶え、身震いし、達しそうになって、さらにはグリーフシードとして骨の髄までしゃぶり尽くして、ひとりの少女の人生をわたしの為だけに消費し尽くす。

 その為に洗脳を使っちゃうなんて勿体なくて邪道極まりないと思わないかしら?

 おいしい『ココロ』にカプサイシンマシマシのデスソースを掛けるみたいに台無しにするなんてナンセンスよね?

 これこそわたしの『もう一つの魔力源』にして『美学』──!

「わたしはそれシュミでやってるのよぉ? あなたの為だなんて己惚れるんじゃないわよ。弁えてっ☆」

「やれやれ、随分嫌われたモノだよ」

「あ、これ罵詈雑言だってコト流石に感情ナシナシ気取りの厨二病クソケモノでもわかるんだぁ☆」

「君の願いを叶えたと言うのにひどいじゃないか」

「『幼気な幼女騙くらかして餌にしてるクセにひどいじゃないか』」

 口を小文字のオメガ(ω)のように形作ってやりながら、目の前の獣の口調を真似て煽ってやる。

「いやいや、君だって魔女を作ってるじゃないか」

「それはそれ、これはこれっ」

 もう水掛け論ね。

 やっぱこの獣とのレスバトルなど不毛の極み。

 こうしている間にも人間の心を味わって(食って)た方がすごくいい。

「じゃ、そろそろ姉御かっこ笑いのトコ戻るわね」

「あ、待つんだあすみ」

「何」

「気を付けた方がいい。この町には魔法少女が多い」

 だから何だって話よ。

 魔法少女が束になったってわたしに勝てるヤツなんて誰一人居ないんだから。

「今更なによ。わたしがどんだけ魔法少女食ってきたと思ってるの? ゆうに百人は超えてるわよ? 現に隣町でもすっごくすっごく美味しかったし──」

「いや、イレギュラーと言える魔法少女が一人いるのさ」

 ──へぇ。

 さっさとキュゥべえの与太話とはおさらばしたい、と辟易していたわたしの表情が移ろいゆくのを感じる。ぬちゃり、と粘着質に口角を吊り上げる音が聞こえる。

「彼女と契約した覚えは一切ないんだ」

「え? ケモノも痴呆になるの!? キモっ!」

「そうじゃない。そう言う個体は得てして破棄されるものだ。それはともかくとして、彼女の固有魔法も願いも未だ素性がつかめていない」

「いや単にお前が覚えてないだけ──」

「──そして一人の少女に執着している」

 遮るその言葉に高揚し頬が熱くなる。昂ってく──。

「──その子のコト、教えてっ」

「あぁ。イレギュラーの名前は暁美ほむら。そして執着している少女の名前は鹿目まどか」

「鹿目ってどう書くの? 必要の『要』?」

「いや、『鹿』に『目』だね」

「んじゃあほむらにシカメちゃん。で、執着って?」

「あぁ、鹿目まどかは前代未聞なレベルにまで素質を有しているんだ」

「あー、でも言って歴史上の英雄──例えば実は魔法少女だったジャンヌダルクとかよりもクッソ弱いんでしょ?」

 インキュベーターの魔法少女システムのおおよその概要は既に本人から聞いていた。各々の少女が素質を有し、優れた素質の者ほどエネルギーの質が良く、宇宙の資源として有用だとも。そして得てしてそういった素質を持つ魔法少女こそ歴史に変革をもたらす者が殆どで、言わずと知れた救国の聖女──ジャンヌ・ダルクも魔法少女であったと言う。けどこの国に、彼女レベルに歴史を変え得る者など産まれる余地がない。だからジャンヌに比べればどうせ大したことはなく、誇張気味に表現しているに過ぎないのだろうけど──。

「いや、それさえ凌ぐんだ」

 そうしたわたしの見立ては、その一言によりかき消される。

「──は?」

「彼女一人だけでも魔法少女にすれば、僕たちの役割はもう終わるんだ。この先の未来永劫、宇宙の寿命に悩まされる心配もなくなるんだ」

「──ジャンヌは最期どうなったんだっけ」

「火刑に処され、魔女となる事もなくその命を散らしたよ」

「あぁ魔女ったんじゃないのね。だったらジャンヌさえ魔女ってくれてれば今頃お前らも地球に居座ってなんてなくて──」

「いやタルトではまどかほど宇宙を維持し得ない」

 タルト。こいつはジャンヌダルクをたまにそう称す。けど……どうかしら? それ程の魔法少女なら──。

「……ん~」

 頬に人差し指を添え、首をかしげながら──ぶりっ子過ぎたかしら?──ちょっぴりシンキングタイム。

 ──それほどの素質なら、もしかして世界を壊してしまうのでは──?

「──どうしたんだい、あすみ」

「う~ん……」

 たぶんこの見立ては『当たり』。強い魔法少女だったなら強い魔女へと変貌する。なら世界最強の魔法少女となれば、世界最悪の魔女になるかもしれないのは当然。だったら──。

「……」

 この仮定はこいつには黙っておいた方が良いかもしれない。変に感付かれて『嗜好』の邪魔をされちゃ堪ったものじゃない。

「ま、大体分かったわ」

「あとそれから魔法少女狩りが一人いるね」

 まだ続くの……?

 危ないヤツばかりの街よね世紀末なの?

 でも、わたしだって人の事を言えないか。

「武器は鉤爪で、固有魔法は速度低下。周りの時流を遅らせ、相対的に高速移動を可能にさせる魔法少女だよ」

 疑似的な高速移動ねぇ……。

 視線を合わせて『トリガー』を引けなければ少し危ないかもしれないけれど、こっちには無尽蔵の魔力を使っちゃう物量物理戦法があるから心配無し。

「……じゃ、そろそろコンビニ寄ってから戻るわね」

「あぁ、巴マミの所にだね」

「あの姉御かっこ笑い、今頃わたしが居なくなってピーピー泣いてるわよぉ? 心配したんだからぁ~っ! きゃっ。て感じに絶対おせっかいぶちカマしてくるに決まってるわ」

「そうかい。それじゃあ今度のあすみの嗜好品はマミってワケだね?」

「……」

 これほど言ってもキュゥべえは分かってない。

「ううん、アイツ頂くのは最後にするわ」

「それはどうして?」

 巴マミ──マミおねえちゃん。少しだけ一緒に過ごしてみて分かった事があるの。それは──。

「アイツの顔、どんな顔してるか分かってるでしょう?」

「さっきも言った通り僕らには感情が無い、わからないよ」

「うふっ。なら教えてあげるわ……♡」

 半組みの腕。手の平に肘を乗せ、指をキュゥべえへと指し向ける。

「──傲慢」

「……ほう?」

「高い自尊心、他人より重要、魅力的になりたいという欲望。──賞賛をそれに値する者へ送ることの怠慢、過度の自己愛、ってところね」

「七つの大罪の一つとも言われるね」

「うんっ。わたしをアイツん家に誘う時の顔見た? ドヤってたわよ? 絶対わたしを憐れんでたわ。もう最っ高(最っ低)

「へぇ、それは分からなかったね」

 ただいま見滝原の外で目星をつけている魔法少女──優木沙々みたく、単に周りを下げてまで自分だけは強くなりたかった雑魚なら一日で消費してしまっても構わない。けれどマミおねえちゃんは違う。あのコの闇──とっても深そう。

「だから、最後にその愉しみはとっておくの」

 高らかに演説するかのように両手を広げつつ──。

「初めて味わう甘美とは、決まって感動するものよ? だから傲慢なアイツがわたし特製のビタースイーツを味わうところを想像すると、わたしはもう……もう……っ♡」

 金の睫毛に金の瞳。洋人形のような彼女の顔が絶望の涙と鼻水に汚れきるところを思い浮かべれば、これほどおいしいスイーツは他にないんだから……!

「まぁ確かにエネルギー収穫量は上がるだろうね。感謝するよ」

「……はぁ~~……」

 やっぱりキュゥべえに話してもダメだった。この嗜好、理解してくれるはずもないか……。

 

◆◇◆◇◆

 

 ああ、思ってた通りね。

「あすみちゃんっ……!」

 帰宅するや否や開口一番ふぎゅ、と抱きしめられた。

「こんな時間にどこ行ってたの!? 心配したんだからっ……!」

 いつからわたしは巴家の一員になったのかしら。心配される道理もないハズよね。──でも、そんな事言っちゃえば台無しになる。わたしはマミおねえちゃんに取り入らなきゃいけない。最後の最後にコイツの絶望を味わうために。

「っ……ご、ごめんなさ……ぐす……!」

 しゃくりあげながら涙を溢す。そんなわたしにマミおねえちゃんは、しまった──とばかりに瞳を見開き──。

「っ……! わ、私こそごめんなさ──」

「ひぐ…っ、あすみね……? マミお姉ちゃんにっ、お礼しなきゃ、って……」

「……私に……?」

「ケーキ、すっごくおいしかった……。あすみ、あんなおいしいの食べたの、初めてだったの」

「……っ」

 マミおねえちゃんの瞳がだんだんと潤ってくる。この潤い絶対溢さないんだから……とばかりに瞬きの回数が目に見えて増える。

「だ、だからっ、だからっ……! あすみ、マミお姉ちゃんの為にっ、コンビニで、ケーキっ、買おう、って……っ」

「……っ!」

 ぎゅ、と抱かれる体がいっそう締め付けられる。

「あすみちゃんごめん……っ。そんな事知らないで怒鳴っちゃって……。私なんかの為にお礼してくれるんだものね……?」

「っ……うん」

「許してくれる……?」

「っ……うんっ。ありがとうマミお姉ちゃんっ……。あすみ、うれしくてっ、だからっ……」

 ああ、ひどい茶番ね。

 ちょっと涙ぐんじゃったマミおねえちゃんのお顔が、これからわたしの正体を見て、絶望の涙に濡れる顔に変わろうなんて滑稽も滑稽よ。

 ──そうしてわたしを捨てるクセに。

「……ふふっ、ありがとうっ。お菓子も……ね?」

「あ……」

 ぱっ、と抱かれた体が離される。

 ようやく解放された。

 わたしの流した偽りの涙か、マミおねえちゃんの胸元が濡れてる。

「……はぁ、なんだか目が覚めちゃった」

「あ、えと……ご、ごめんなさ──」

「ううんっ。目が覚めちゃったついでにちょっとお腹が空いてたの。だから丁度良かったと思わない?」

「……」

 なんて白々しい。

 晩もかなり深過ぎる時間。こんな時間にお腹が空く筈ないじゃない。どうしてそんなにわたしに合わせてくるの?

 鼻に掛かり気味なこの声色も相まって、心底苛立ってくるわ。

 気持ち悪い……。

「……うん!」

「ふふっ、じゃあ食器用意してくるわね?」

 けれどこの女がチョロくて助かった。言い訳の末に不審がられて、わたしが不幸の使者だってバレたらどうしようものかと。

 まぁ、そうすればマミおねえちゃんのお味もここまで、と言う事で即刻イタダキマスしたところだけれど。

 存外、まだまだ闇が深そうで助かったわ。おねえちゃん……何でわたしの事をハナっから信じて、こうして心配してくれるのかな。

 

◆◇◆◇◆

 

「ま、マミおねえちゃんっ……。わ、わたしのケーキ……ど──」

「ん~っ! 美味しいっ!」

 何言ってんの? この傲慢お姉ちゃん。

 たかがコンビニの菓子が美味しいワケないじゃない。

 ぶっちゃけ馬鹿よね?

 おずおずと『わたしのケーキどうかな?』などと聞こうとすれば、わざとらしく頬に手を添える仕草で舌鼓を打つマミおねえちゃん。

「あすみちゃん、食べないの……?」

「あ、わたしは……その……」

 マミおねえちゃんの作るケーキ──正直かなりおいしかった──なら食べてあげても良いけれど、こんな安菓子食いたくもなかった。買ってくるんじゃなかった。

「マミおねえちゃんへのお礼だもん。全部食べてもらいたいな、って……」

「ふふっ。あすみちゃんすっごく優しいのね……。ありがとうっ」

「あ、え、そ、そんなことっ」

「でも……いっしょに食べた方がもっと美味しかったりするのよ?」

「え、う……」

「だから私ね? あすみちゃんと美味しくケーキ食べたいなぁ、なんて……」

 なんでこの人はこうも……気取ったクサい台詞が吐けるのだろう。わたし……おねえちゃんと出会って間もないのに、どうしてこうも入れ込めるの……。

「……」

「だめ、かしら……?」

 まぁ、食べてやっても良いわよね。

 後で苦悶の表情に彩られた顔を見れると思っとけば、悪くは無いわね。

「じゃ、じゃあ……いただきますっ!」

「ふふっ。召し上がれっ。って言ってもあすみちゃんが買って来てくれたものだけれどね……」

 あむっ、とその安ケーキをひとくち口に含む。にこにこと笑顔を浮かべるマミおねえちゃんの前で、わたしは──。

「……」

 舌打ちしそうになる。

 ああ不味い。不味いわねこれ。死ねばいいのに。

「美味しいっ」

「ふふっ。でしょ?」

「あむ……っ」

 ああ、もう。死ね。何でわたしがこんなの食べなきゃいけないの。

「えっと……そうだ、あすみちゃんっ」

「ふぇ……?」

「あすみちゃんのケーキに合う紅茶選んでみたの。あすみちゃんも飲んで?」

「……」

 マミおねえちゃんの淹れるお紅茶。

 わたし……正直マミおねえちゃんの作るケーキのほうは嫌いじゃない。でも──。

「え、いいの……?」

「ふふっ。私の前で遠慮なんてしちゃダメなんだからねっ?」

「……」

 舌を火傷しちゃわないように空気を含ませ、その琥珀色の液体を啜った。

 

 ──温かい。

 

「……」

「──あすみちゃん……?」

 

『あすみ。今日のお茶どうかな……?』

『あったかい……』

 あの時も、温かかったかな。冷えた体も、心も、『氷』を溶かしてくれたかな。

 

「──あったかい……」

「冷える夜にはねぇ、こうして紅茶を飲むと落ち着くの……」

「……うん」

「……あすみちゃんも分かってくれるの?」

 わかってたまるか。

 どうして? マミおねえちゃんのお紅茶を飲むと、頭の中がざわざわする。

「あすみちゃん……?」

「……あすみ、毎日マミおねえちゃんのお紅茶……」

「……」

「……ううん、なんでもない……」

 ……マミおねえちゃんのお紅茶なんて、大嫌い。

 何でか分からないけど、飲んだらすごくイラつくの。

 この香りも、温かさも……。

「──あすみちゃん」

「え……?」

「私……あすみちゃんの為なら毎日だって紅茶淹れちゃうんだから、もうちょっとわがまま言っていいのよ?」

「……」

 ウソだ。

 微笑みながらそう言って……わたしが本当のわたしを見せたなら、きっとおねえちゃんは罵るんだ。

 この裏切り者。

 お前なんて信じるんじゃなかった。

 この人殺し、って。

 だから、おねえちゃんがいつだってお紅茶を入れてくれるなんて──きっとない。

「……ありが、とう……っ」

「ふふっ。あすみちゃんぐらいの歳の子って、わがまま過ぎるぐらいがちょうど良いと思うの。だから……ねっ?」

「……うんっ」

 ……マミおねえちゃんなんか大嫌い。

 分かった顔して、わたしに取り入って。

 取り入られてるなんて事、気付きもしないで。

 

 ──いつか、絶対魔女にしてあげる。

 

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