魔法少女あすみ☆マギカ ~Rainy Ambivalence~ 作:Κirish
あの夜──わたしが保護されてからしばらく日がたって。
「ふわぁぁ……」
ちょうど朝ごはんが出来るころ、間の抜けた
そろそろマミおねえちゃんが学校の用意をする頃かな。
「……はれ……、あすみちゃん……?」
回らぬ呂律と共に、瞼を擦り。
「あっ、マミおねえちゃん……。おはよ……」
「……もうっ。あすみちゃんひとりでやらなくて良いって言ってるのに……」
こうして、いちいち要らない気遣いしてくる過保護なマミおねえちゃんがすごく嫌い。
わたしはこう見えて、おかあさんから料理は一通り教わってるの。
マミおねえちゃんに止められる筋合いも、気遣われる筋合いも、心配される筋合いもないんだから。
それとも──。
「……わたし、ごはんつくっちゃだめ……なの……?」
「……っ!」
瞳を潤わせながら上目を遣ってやった。こうすればマミおねえちゃんの反応がパターン化されるのよ。ほら……、たちまちマミおねえちゃんは『しまった』とばかりに口をおさえちゃってる。
「そ、そうじゃないのよ? で、でもあすみちゃんだけに煩わせる訳には」
「……やっぱり……作っちゃダメなんだ……」
「っ……! いいえ……、いいえっ! 私と一緒に作りましょうっ?」
「……! うんっ!」
単純ね。
すごくチョロい。
マミおねえちゃん、わたしの言う事なら何でも聞いてくれそう。
またしばらくして朝ご飯の時。
「えっと、おねえちゃん」
「あすみちゃん」
「「ど、どうかな?」」
「あっ……」
「あ……」
今日の朝食はマミおねえちゃんとわたしで作ったの。
でもどうして「お味はいかが」程度でハモっちゃうかな……。
「うんっ、おいしいよ……?」
「うふふっ。私も言おうとしてたところなの」
「あ、あすみもなのっ。あすみも、マミおねえちゃんのごはんおいしいって」
「あら、今日はあすみちゃんも作ってくれたのに?」
「ううん、マミおねえちゃんも作ってくれたからっ……」
わたしの言葉に背筋を撫でられたのか、頬を桜色に染めながらマミおねえちゃんは──。
「うっ、褒め過ぎよ?」
「ほ、ほんとだもんっ……」
「ふふっ。じゃあ、ありがとうっ。でも、もしお口に合わなかったりしたら直ぐに言うのよ?」
また気遣いなのかな。
それとも謙遜なのかな。
わたしマミおねえちゃんのそう言うところ、気持ち悪いの。
「ううん。マミおねえちゃんのお菓子も、お料理も、すっごくおいしい」
言った傍からまた褒め過ぎと、口を開こうとするマミおねえちゃん。でもわたしは──。
「──あすみ、ずっと独りだったから──」
多少入れ込んでくる奴は、騙して取り入った人間や魔法少女にも居たけれど、おねえちゃんみたく親身になり過ぎるほど接して来る人なんて今まで居なかった。
こうして誰かといっしょにご飯を食べた事なんて、おかあさんと以外なんて──ほとんど居なかったんだ。
「……大丈夫」
ふぇ……? と声が零れ出る。
わたしの髪の毛に、マミおねえちゃんの白魚のような指を持つ手が乗せられ──。
「もう独りぼっちじゃないもの。だって私がついてるから……」
「……おねえちゃん……」
「もしかして、私じゃ迷惑かしら……?」
「……」
すごい迷惑。
正直、マミおねえちゃんを次の嗜好として選んだのは失敗だと思ってる。
それぐらいマミおねえちゃんが大嫌い。
だから、大嫌いな人についてもらうなんて……わたしは──。
「……ううん、嬉しい。あすみうれしいよ……?」
ぱぁ、とマミおねえちゃんの表情が晴れる。
「よかったぁ……」
「ありがとうっ。マミおねえちゃん」
「ふふっ、私こそ、ね……」
本当、意味わかんない。
なんでそこまでわたしに入れ込めるの。
まだ会って数日も経ってない子供なのに、なんで?
「……っと、いけない……」
時計へと移るマミおねえちゃんの視線。そろそろお出かけしなきゃの時間かな。
「マミおねえちゃん、学校の時間……?」
「あ、うん……。……ごめんなさい、今日もお留守番頼めるかしら?」
「うんっ」
学校のお時間なら、さっさと出ていってほしいな……。
「……頼んでおいて言うのもなんだけれど、毎日お留守番って大丈夫だった……? 寂しくなんてない……? 何なら私、少しぐらいあすみちゃんと一緒に居ても……」
……この人は何で、こうも過保護なんだろう。
「あすみ、ちゃんとお留守番できるよ……?」
「でも……」
「それからっ。あすみね……? マミおねえちゃんには学校楽しんで行って欲しいの……」
「……」
憂うマミおねえちゃんの表情が、わたしの胸をすごくざわざわさせるの。
だから、早く出てって欲しい……。
「……ありがとうっ、あすみちゃん」
「えへへ」
またあの夜の時みたく、ぎゅ……と体を、マミおねえちゃんの体全身の抱擁で締め付けられる。
ちょっと息苦しいかな……。
「じゃあ、行ってくるわね?」
「うんっ、いってらっしゃいっ」
──そして、独りになった部屋で。
「──はぁ、ダルい。やっと出てったわねェあの姉御……」
我ながら白々し過ぎるわね。
そのうえ彼女に『ありがとう』だなんて──どんなギャグだと言うのか。
口に出しひとりごちるわたしへ──。
「それは本心かい?」
いつの間にか傍に座っていたキュゥべえ。いつだってこの獣は神出鬼没。神出鬼没にして残機無限。どれだけ潰しても甲斐なんて無くて、ただ生体サンドバッグを一個使い潰す以上の意味なんてない。
けど、それよりも──。
「……なんの用よ」
「いや。人間の感情とは本当に分からないものだな、って思ったんだ」
何が言いたいの──。
『僕らにも感情を与えてくれないか』とキュゥべえ自身と契約を交わすつもりなのかしら。
そんな軽口じみた悪口をぶつけてみても──。
「それは勘弁願いたいね。遠慮したい以前に、僕らが僕ら自身と契約は出来ない。ルール違反なんだ」
「ふーん……」
やんわりとお断り申し上げられてしまった。
「ところであすみ」
「んー?」
「──君は独りでいるとき、何かとマミに悪態をついているようだね?」
「……」
──それも独り言として、とも。
キュゥべえが言うにはわたしの演技力は歳不相応に優れてる。相手の求める人物像をまるで自らの振る舞いに上書き──憑依させるが如く演じる事ができて、それだから人間関係を渡り歩くにも苦労はしなかった。今までそうやって幾多もの人間のみならず魔法少女をシュミに費やしてきた。証拠隠滅もオールオッケーで、突如としての神隠しの裏に神名あすみアリ──なんて誰も気付ける筈なんてなくて、また魔法少女から見てもおおかた魔女に食われでもしたんじゃないかしらと結論付けるしかない。そんな演技力をキュゥべえに称賛されるも──。
「僕の気のせいならば良いのだけれど──」
と前置きし──。
「──マミとの朝食、満更でもない様に見えたんだ」
感情を宿さない、ルビーが如き瞳であすみを見抜きながら──。
「──」
わたしはここ最近、目立った不快感を催した事なんてない。せいぜいマミおねえちゃんのおせっかいさを馬鹿にしてココロの中で毒づいたり、マミおねえちゃんが大っ嫌い──たっぷり甚振り尽くしてからグリーフシードにしてやりたいと心中毒づいた程度。けれど今感じているものは違う。言い知れない不快感がわたしの首筋を撫でる。
「──キュゥべえさぁ」
「なんだい?」
「今ここでツブしちゃったらさぁ……あとで掃除大変なのよ? マミおねえちゃんにバレないよう、血痕をちゃぁ~んと拭き取らないとねっ」
うふふっ。と姦しく、唇に人差し指を添えつつ可憐さを醸し出してみつつ。
「そうだね。それで?」
「うんっ? まだ分からないのぉ?」
「──潰されない内にキエロと言ってんの」
表情の消えるわたし。感情のない獣も、色の失われた表情から不都合を感じたのか──。
「やれやれ、分かったよ」
「うんっ。消えてっ?」
「あぁ、そうさせてもらう」
吐き捨てるように──とは言っても感情のないキュゥべえにはいささか語弊がある──、そそくさとわたしの前を退散するキュゥべえ。
煽りにだけ来たのかな。
せっかくの食後の余韻も台無しだ。
お口直しでもしない限り、この機嫌が晴れそうにもない。
「……はぁ」
マミおねえちゃんとの生活が満更でもない──ですって?
冗談は止して。
「……ああ、気色悪い」
わたしはマミおねえちゃんみたいな、さも正義ですと言いたげなあの態度が大嫌い。
──いや、大好き。
ああして己が正義こそ全て──でしかないヤツが
それはそうとマミおねえちゃんが帰ってくるまでにはだいぶと時間がある、だから──。
「──ちょっと
──可愛い可愛い後輩たちとの、学校の屋上でのお昼ご飯の時。
「え~っ! なんでよマミさん!」
「さ、さやかちゃんそんな事言っちゃ…!」
「あ、え、えとごめん……」
「う、ううん、いいのよ」
この子の元気な性格を表す天色の髪の少女、美樹さやか。そして包むように温かな優しさを表すような淡い桃色の少女、鹿目まどか。使い魔に襲われているところをかつて私──巴マミが助けた、大事な大事な後輩になり得る少女たち。──否、後輩になり得た少女たち、と言った方が適しているのかもしれない。と言うのも──。
「で、でも何で突然魔法少女体験ツアー中止なのマミさん……」
魔法少女が如何なるものか、その目で体験してもらうべく二人を連れまわりながら魔女を狩り続けていた。だがそれも今日で、今日を以て中止とする事を宣言し、落胆にも落胆を重ねられている。私は思えばいつだって死地を踏んできた。そしてまた、あすみちゃんを死地から救った。──否、救った気になっていた。魔女に食われず済んだとしても、もはや居場所などどこにも残されてなどいなかった。
──本当に、それだけ?
あすみちゃんの保護。ツアーの中止の理由としては十分で、変に誤魔化し、嘘をついたりする必要もない。だけれど、それだけか。それだけなのだろうか。私はどこか、胸中に重みじみたしこりを抱いた気がしたか、もしくは『ソレ』を見て見ぬ振りをしているのか。今は考えたくはなかった。──考えれば、自分の『深淵』を知る気がする。そうすれば、私と言う正義の味方は『終わってしまう』ような気がした。
「……それって警察に言った方が良いんじゃ」
「私もそう思ったけど、あの子すっごく怖がってるの。『また捨てられる』って……」
「え、じゃあそのあすみちゃん。まさか虐待……」
「ええ、恐らくは。あの子、ケーキ食べるのだって怯えながら遠慮してたのよ……? 本当に食べて良いの? って……。それに魔女に襲われたのに夜遅くに、お礼のケーキだって買ってきてくれるぐらいで……」
「そ、そんな……っ」
小さい悲鳴をあげる鹿目さん。続いて美樹さんも──。
「ひどい……! なんでそんな良い子がそんな目に遭わなきゃいけないの!? ひど過ぎる!」
「えぇ、だからあの子にはきっと私が必要なんだと思うの。こんな私でどうにかなるなんて、わからないけど……」
「ううん! わたしマミさんが居てくれた方が絶対良いとおもいますっ!」
「鹿目さん……」
「まどかの言う通りですって! もし事案とかで通報されたらあたし等ぜったい証人になりますから! マミさんがやましい事なんてする訳ないって!」
「み、美樹さん……あはは……」
事案通報案件はともかくとして、子守を理由にどうにか中止を受け入れくれそうで良かった。安堵が私の胸中を撫でる。受け入れてもらえた事で、今日の所は踵を返すことにした。
「……ごめんなさい。鹿目さん、美樹さん……」
なぜ謝ってしまったのか。もちろん、中止について。けれどそうではない。自らの『闇』を恥じるが如く、見られたくない自分を恥じるが如く絞り出る謝罪。それがどう意味したのかは、『最期の夜』までずっと分からなかった──。
逃げる逃げるうつけ者。
走る走るとんま。
尻振って後ろを見せるその少女。
まるでピエロのよう。
「ッはぁ……! はぁ……ッ! はぁ……!?」
絶え絶えな息は白く湿り、肩を上下に遊ばせる。
逃げられるとでも?
「っガ──ぁう──!?」
コイツの立つ地面──路地裏の薄汚れた地面が金属に抉られ、陰気に空気を染め上げる砂埃──そして破片と共に地に伏す。
強いものだけを従える魔法少女の名はどこへやら──。
さぁ、見せてよ。その固有魔法──。
「っく──!?」
黄土の色した魔法陣描くコイツの青き瞳がわたしを射抜く。
「──今、何かしたかしらぁ?」
蠱惑的に首を傾げてみるわたし。
ちょっと
クソピエロ──優木沙々のお顔はたちまち蒼くなりたじろいで──。
「な、何でッ……! なんで効かねえんですかッ!? わたしの魔法──!?」
唾を振り撒き癇癪起こす。栗色の髪は汗まみれの額に張り付いている。
──強者操作魔法。
優木沙々の固有魔法。自らが強いと認めたモノを己が手中に収める洗脳魔法。その対象は魔法少女のみならず魔女にさえ及び、たちまち強者のココロは沙々の意のままに染め上げられる。けれど──。
「フフフッ──! 何故でしょう? わたし、間違いなくお前みたいなクソ陰キャピエロよりもすっっっっごく強いのに……ねぇ?」
「──ッ! ホザいてんじゃねぇよ! このクソガキ──ッ!」
欠けた六角形を描くような巨大な杖をわたしに大きく振りかぶる。挙動が丸見えな事それよりも──。
「な──!?」
──物理攻撃でなら、わたしに勝てると思ったの?
左腕でその打撃を受け止める。
正直今のはかなり効いた。多分腕の骨一本まるごと折れちゃってると思うの。
──魔力の無駄遣いを出来ない、普通の魔法少女だったなら──ね。
「──くヒ──!」
痛覚なんて遮断すれば効いてないのと同じこと。魔力消費量が莫迦にならないけれど、わたしには無尽蔵の蓄えがあるものだからノープロブレム。
さて──。
「っあぐ──!?」
クソピエロの腹に一発、至近から砲弾が如き強烈な鉄球を一発くれてやった。コンクリートの壁にめり込み、無様に破片を撒き散らす。
正直彼女の能力は強力かつ厄介で、捨て置くには惜しかった。
でも──。
「さっきわたしのこと『クソガキ』って呼んじゃったよねぇ?」
「──!?」
「うん。それが証拠っ☆」
目ん玉引ん剥いてわたしを見上げる。その蒼い瞳には、口角を吊り上げ嘲嗤うわたしの顔が映っている。
「──アナタの固有魔法は洗脳」
一歩一歩、と……。
「く、くるな……!」
「け・れ・ど……♡ その対象が強者
そしてまた一歩とにじり寄る。
「くるな……! くるなぁッ!」
「強力無比な魔法なのに、いったん相手を『弱者』だと見ちゃえばその魔法も──」
「来るなっつってんですよッ! このツ█ボがッ!」
苦し紛れか、差別罵倒語と共に黒く靄の掛かった球体をわたしの顔面目掛けて投げつける。
でも──。
「──なあに、これ? 使用済みのグリーフシードか何か? でも──いいの? こんな弾わたしにあげちゃって?」
眼前で手の平でキャッチ。
その様子に「ひっ──!」なんて喉から間の抜けた風の抜ける音を鳴らしつつブルつく沙々にゃん。
ああそのお顔──! 堪らない──!
やっぱりじわりじわりと慄然すると共に尊厳が削ぎ落とされるコの顔って芳醇な味わいがあるのよ……!
「そして操れちゃうだけじゃないんだぁ……。何考えてるかも目を見れば分かっちゃうし、何ならココロに猛毒を仕込む事だって出来ちゃうんだから……♡」
「は……ど、毒……?」
「──そ。わたしが植え付けておいたんだぁ……♡ 現にオマエは無意識下でわたしを弱者だと見ちゃってるの。だからお前の魔法も、もはやEDなワケ。あっ、これダブルミーニングねっ☆」
「──!」
法悦に指を舐めずるわたしを前に、汗の雫がもう止まない沙々にゃん。
ガタガタと震えあがるのが何と愛おしいこと愛おしいこと……♡
ああ……♡ もうすぐよ……♡
「ぁぁああっ来るなっ。来るな……! 来るなぁあっ……! っぁぁあああっ……!」
「ふふフフフっ……♡」
その惨め、その恐怖。
ああ、なんて愛おしいこと。
もう一歩一歩……と。
この一歩こそ、優木沙々の絶望までの道のり。
「──さて、そろそろ食べごろかしら……♡ さっき言ったわよねぇ? 魔法少女って実は魔女だった、なんて……」
「──!」
下顎をせり出し、引き剥き過ぎて目玉が飛び出そうな程に見開き、蒼いを通り越し黒く染まり始める顔面。
「ねぇ……♡ 今どんな気持ちなの……? 『自分より優れた者を従わせたいです』ってすごく汚いオリジナル笑顔を披露しながら折角願ったのに、自分
黒く、黎く──。
宝玉が染まりゆく。
自分だけは強くなれずに、いつまでも有無を言わさず従わせるしか能のないその魔法。
でも自分がチカラを奪われちゃえば、こうして新たなる強者に蹂躙されるのみ。
「魔女になるなんてイヤだァア──ッ!!」
黒く深い絶望の靄に穢れ逝く
「あハっ!」
希望虚しく、パシッと平手で
「あ──」
怖気に狂い、叫声をあげたさっきまでの沙々にゃんはどこかしら?
ごはんを取られた犬猫のように、叩き落とされたソウルジェムを呆然と眺める。
──魂を握り潰して死ねるなんて、叶えてあげないんだから。
まぁ──コレがまさか魂だなんて、思ってもみないでしょうけど。
「──アナタはこれから魔女になるの。散々オマエが家畜扱いしてきた魔女になるの。家畜になんて堕ちることなく、人間のまま死ねるだなんて思わないで欲しいなぁ……♡」
「──あ──ああ──ッ」
表情はもう真っ黒。ガタガタを通り越してガチガチと、歯と歯が小気味よく擦れ合う音を立たせ、震える足がジャリジャリとアスファルトと擦れ合う。
「──ねぇ、家畜」
叩き落とされた魂は、もはや一片も透き通ってなんかなくて──。
「──これがわたしのサヨナラ勝ちよ」
──穢れ切った魂は、絶叫に破裂するかの様に破片と共に燃え尽きた。
最後に紺碧の瞳へ写るは、その口を裂かんとばかりの笑みを浮かべた
「──うフっ」
たっぷり唾液をまとった舌を唇で舐め擦る。
「ごちそうさま……♡」
こうして愉しんだ後はいつだって陶然。
湿っぽい吐息として静かな余韻を燻ぶらせる。
「沙々にゃんの人生、なかなか美味しかったよ……♡」
首を可愛く傾げて──ちょっとぶりっ子だったかしら?──合わせるわたしのおてての中には、彼女の紋章付きのグリーフシードが収められていた。
──やっぱりコレよね。
コレこそ魔法少女システムの醍醐味。
宇宙の為だの正当かつ公平な取引と豪語するキュゥべえはいけ好かないけど、こればかりはキュゥべえに感謝しなくては。
鮮度の良い魔法少女の絶望の味とは、どれも皆それぞれ違った佳味なもの。
今回の優木沙々もクソピエロと称するに相応しく、他の人の家畜化を願ったけれども自分が家畜に堕ちちゃう……と言う文字通り道化者として滑稽なお味だった。
まさに自業自得にして因果応報。
こうして『不幸の使者』として力を振って人ひとりの人生を消費し尽くす度に、このセカイにはまだまだ『不幸』に溢れていて、ああ──またわたしは『不幸』を知らしめる事が出来ちゃったんだ、と悦楽に酔いしれる。
わたしはまだまだ『不幸の使者』として、このセカイの愉楽を尽くせるわ……♡
「……はぁ♡ 達しそう……っ♡」
でも、『不幸』なんてまだまだこんなものじゃない。
もっともっと、色んな人に知らしめていかないと……。
その為にも次は──。
「──見滝原中学、見物してみようかしら」
マミおねえちゃんを頂くための下ごしらえをしないと、ね。
「じゃあ私はお稽古がありますので」
「うん、頑張ってね」
翡翠色の髪の乙女──志筑仁美。いくつもの習い事を掛け持ちしているからか、何かと忙しく、何かとあたし──美樹さやかと、まどかとの時間が合わない事も多々ある。そして、今日は──
「あ、っと……ごめんまどか、今日は──」
「また上条君?」
にこっと笑いかけてくるまどか。それはどこか、恋人との待ち合わせなのかと茶化すようで──って言ってもまどかはそんなノリしないよね。
「へへっ、そんな所だね」
……と誤魔化し気味に言っておく以上の事は言えないってば。恭介──上条恭介はただの腐れ縁で、それ以上の意味はない。決してない。──筈なのだ、と、改めて自分に言い聞かせる。──分かり切った事を言い聞かす必要なんて、あるのかな──。
「じゃあまた明日っ、さやかちゃん」
「おう!またね!」
まどかとの別れ際の、変わらぬ日常を当然が如くとするその言葉。変わらない『またあした』がいつまでも続けば、どれほど良かったのかな。この時のあたしは、まだ気付きようもなかった。また気付かなかった事はもう一つ。恭介の話をする時に、習い事に赴くべく先に立つ少し離れた仁美に振り返られ、こちらへと視線が投げかけられていたことも。
「……よしっ」
頬をぺちん、と軽く叩いて自分を奮い立たせる。単に友達の見舞いに行くだけの事に、そこまでの気合が必要な事自体おかしいかもしれない事には、気付かないのか気付かないフリをするのか、はたまた何となくではあるが考えたくもなく──。
「わっ!」
「う──!」
何してんのあたし? 馬鹿なの? 自分の馬鹿さ加減を呪ってしまう。勢い立たせたつもりでさらに考え事をしていた最中、自分よりも二つから三つ周りも年が離れてそうな幼い女の子に正面からぶつかってしまうだなんて。
「だ、大丈夫!? ケガない!?」
あたしは平均した女子に比べて背丈はちょっとばかし高めだと思ってる。なのに頭いくつか分も見下ろさなければ顔が見えそうにない女の子相手にぶつかって、下手すれば無事ではないかもしれない。尻もちをつく銀髪の女の子へと、すぐさま体を落とし──。
「──」
──ギロォッと、少女の引き剝いた銀の瞳が臙脂色に染まる。
「──え────あ────」
頭の中を、金切り音に占められる気がしながら、あたし──の──意識──
──────────────────────。
──────────────────────。
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──────────────────────。
──────────────────────。
「──あれ? あたし今なにしてたんだっけ……」
どうにもボンヤリしちゃってる。こうなる前までの記憶が無い。今こうして気付く前の。今こうして尻もちをつく事となる前までの──。
「──って! なんでコケてんのよあたし!?」
たぶん躓きでもして気絶しちゃってたのか、しばらく気を失ってたのか。けど──。
「え? うーん……?」
尻もちをつく前に比べて時計の針はそんなに進んでなくて──寧ろ一分も経っていない。なら、三十秒前後気絶してたのかな。
「あ~! あたしってホントばか! スカートも汚しちゃったじゃない!」
こういう度に自分のガサツさに度々嫌気が差す。女らしくもなく、まどかや仁美以外からは男子からもテンションが男子っぽい女として扱われる始末。
──もっと女の子らしかったら、あいつに振り向いてもらえるのかな。
ふと過る泡沫が如き思い。
「……あーもうっ。何変な事考えてんのよあたし」
恭介は単なる腐れ縁。誰がなんと言おうと腐れ縁。特別な意識などないのだ。
「あ~ばかばかばかばかあたしほんとばか! さっさと病院行っちゃえもうっ~!」
頬をぺちんと叩いての覚悟はどこへやら、半ばヤケになりながら病院の自動ドアに踏み込んで行く。
「はいっこれ!」
「──」
CDのジャケットを眺める少年──恭介は、かつて天才ヴァイオリニストだった。けれど不幸にも事故で現在入院ないし治療中であり、あたしはこうして毎週のようにお見舞いにCDを持ってきてる。
「いつも本当にありがとうさやか、レアなCDを見つける天才だね」
「あ、あはは~。きっとまぐれだよ。うん、まぐれ」
どこか照れ臭く、髪をかきつつ、視線を斜め上に投げかけながら誤魔化す。
「この人の演奏はすごいんだ本当に。本当はスピーカーで聴かせたいとこだけど病院だしね」
「へぇ~、そんなに……」
なんつー白々しさなのあたし。
恭介の演奏を聴くたび、そして恭介の好みの音楽の話を聞く度に音楽についてそれなりの知識はつけていた。CDを見つけたのもまぐれでなく、あたし自ら恭介の趣味に合えるよう吟味し、また演奏者についてもリサーチ済みだった。
「聴いてみるかい?」
「え、でもイヤホン……」
「ほら、片方」
「え……えぇぇ……」
頬どころか耳たぶまで真っ赤にしながらいそいそと恭介に肩を寄せ、片イヤホンを嵌めて──。
「じゃあまたねっ恭介!」
「あぁ、またねさやか」
恭介の個室を背に踵を返す。背にした以上は、彼から今の表情を見られる事もなく
「うふ、ふふふ……っ。また恭介に喜ばれちゃったよ~」
零れる笑みがやみそうにない。喜んでもらえるのなら、どれほど自費でCDを買い与えても構わない。いつかまた彼の演奏を聴けるその日まで、少しでも喜んでもらえるよう。
「次、なに買ってあげよっかなぁ……うふふふふ~」
その様子を看護婦らに微笑ましそうに眺められながら、止まぬ笑みと共にスキップじみて小走った。
──その様子を、ヘドロの様に粘着質な笑みと共に向けられる──『銀の瞳』に射抜かれていたとも知らず。
「……はぁ」
止まぬ溜息。──最近、毎日ずっとそうだ。僕──上条恭介は、呼吸自体が溜息と化しているのではないかとばかりに、溜息の頻度が増えつつある。と言うのも──。
「……悪気はないのは分かってるけど……」
僕にとってヴァイオリン演奏とは『解放』だ。自らの手でヴァイオリンを弾きたいと言う『欲求』を、演奏を以て『解放』する。魂の浄化と称しても良き事だろう。だがどうだ。毎回のように美樹さやかはCDを持ち込んでくるではないか。すなわちそれは『欲求不満』。今この腕でヴァイオリンを弾く事などままならない。それどころか、満足に動きすらしない。今の所看護婦には『大丈夫』だとは言われているが、薄々と、布が水分に染め上げられるが如く不安に染まっていった。
──もう、治らないんじゃないか。
──もう、弾けないんじゃないか。
もはや弾けずの体となったにも拘わらず、音源と言う形で『欲求不満』が募り続ける。
──ああ、弾きたい。今すぐに弾きたい。
されどその『欲求』を今すぐにでも『解放』したいのに、この腕では無理だ。なのに『欲求』ばかりが日々募る。自分はいつまで、コレに堪えられるだろうか。数秒ぶりの再度の溜息をつこうとし──。
「すみませーん」
小気味よいノック──2回──と共に、聞きなれぬ声が呼び掛けられる。鹿目さんでもなく、もちろん先ほど帰ったばかりのさやかでもない。どうぞ? と上がらせて──。
「ふふっ」
「……えーっと……?」
自らよりも二つ周り程は年下であろう、やわらかなボブカットをした銀の髪の少女の姿が。もちろん見覚えなどない。
「き、君は、だ、誰かな……?」
「……」
ぽすっと傍らに、ベッドに座り、無言のまま、尚も僕の顔を凝視したまま──。
「……きヒ──」
「──!?」
金属を切るかのような、漏れる笑い声に、ヘドロのように黒く粘り濃い笑顔。全身の毛穴が開き、鳥肌が立ち、全身の肌に虫が這うかの如き寒気を覚えた時にはもう遅く
「──ぐ────あ────」
頭の中を『音』に
「──フフ、うふふフフ──!」
にやつきが止まらない。
零れる笑みが溢れ出ちゃう。
今日は二人も記憶を覗いちゃった……!
肩や恋する健気な乙女──美樹さやか。以下ミッキー。どうもマミおねえちゃんと関わりがあるらしく、愛しの彼──上条恭介クンの亡き腕の為に契約しようか検討中、と言ったところ。それに最強の魔法少女候補──鹿目まどかとも幼馴染な様子。この子については今は保留。それにもう一人幼馴染として志筑仁美──以下ワカメ──なるお嬢様の存在も確認できた。ミッキーは感付いちゃいないけれど、恭介クンの話をされた時のワカメのあの表情……。まさしく恋するメスの顔そのもの。
これも興じり甲斐があるかも。
そしてもう片や腕を奪われし悲運の天才ヴァイオリニスト──上条恭介クン。彼はまだ恋愛感情なんてモノ知らなくて、それどころか彼にとってのヴァイオリン演奏とはまさしく
さて、オナニーを禁じられた男の子はどうなっちゃうのかな?
もちろん、その欲求に耐え切れず
「彼は既に不幸──だ・け・ど……♡」
余計なことを思いついたとはまさにこの事ね。
わたしの頭の中に、タイプライターの打鍵音が小気味よく立つ。白紙に刻み込まれゆくシナリオ。悲劇にして喜劇。わたしの得意とするジャンルのストーリー内容に──。
「アハッ☆」
この零れる笑み、せき止められる訳がないよね──!?
「──はぁ、今日はハズレね」
土曜登校の半ドンの晴天の下、溜息と共にひとりごちる。昼の魔女探しに収穫は無し。経験則として、日中に魔女が出没する事は頻度的にほぼ有り得ないものの、しょせんは経験に基づいたものでしかない。不安や猜疑心ある所に魔女はあり。故に真昼に魔女が現れたとしても不思議ではない事。溜息はついたものの、魔女なんて居るに越したことはなく、寧ろ収穫が無い事も喜ぶべきだ。ソウルジェムが濁ったその先に何があるかは未だ分からないけど、おおかた魔法が使えなくなる事だろう。魔女が途絶え、ソウルジェムが使えなくなる。そうすれば魔法少女はお役目御免となり、少し寂しい気もするけれど、魔女も魔法少女も居ない世界の方が、きっと今の世界より心地の良いはず。魔法少女も魔女も、本来居ない方が良い。そこへ──。
「──あら? あれは──」
燃え盛る紅蓮の炎が如き髪色の、ポニーテールの少女。加えて、翡翠の髪を二つ括りにした、あすみちゃんよりも更に1~2歳は離れているだろう幼き少女。緑髪の方は存じ上げないけど、片方の真紅の髪の少女は──。
「佐倉さん──!?」
「げっ!? うわ!? マミっ!?」
眉を眉をハの字に歪めつつ、露骨に嫌そうな態度をとる少女──佐倉杏子。かつて私の弟子だった少女。弟子だった少女にして──私の影。最後の時まで、彼女の苦しみを分かってやれる事など無かった。愛しき家族の為に願い、その身を戦場へと捧げた優しき少女。けれど、家族は彼女を置き去りに、地獄の炎に焼かれながらこの世を去った。それが自らの願いが齎した呪いであり、自らが家族を殺めたようなモノ。罪悪に混じる自棄に放たれた、弟子としての彼女の最後の言葉──『事故で家族が死んだオマエと、家族を殺しちまったあたしとじゃ全然違う』。そんな事はない。そんな事はなかった筈。愛する家族の為に願った優しき少女が、自らの手で殺めたなど有り得ない。その手を引っ張ってでも、私が面倒を見てやるべきだったのに、その手が払われてしまった。払われた手を、尚もつかんでやるべきだった。彼女は罪悪感に押し潰され、きっと壊れてしまったのだ。壊れきってしまい、今では利己的な──使い魔に人が食われるのを是とする──魔法少女へと変わってしまった。
──だからって、見過ごせない。
その手をつかめなかった事は、今でも私の後悔。──いえ、つかめたとしても迷惑だったのかもしれない。彼女にとって私は『友達』でもなんでもなく、ただの一『師匠』でしかなかったのかもしれない。そんな口うるさい師匠に匿われたとして、おせっかいで迷惑この上ない事だったのかもしれない。けれど、それが魔女や使い魔を見て見ぬ振りして、今日も誰かの大切な人の命を奪って良い道理になどならない。だから──。
「──どうしてこんな所に居るのかしら?」
「──チッ。ウゼ──」
舌打ち混じりに、悪態をつかれる。曰く彼女の狩場──風見野──の魔女が枯渇し、故に見滝原にまで再び赴いたらしい。だがこの町を、利己主義の魔法少女として乗っ取るつもりなら、そうはさせない。
「──そう」
「──ンだよ。またあの時みたいにヤろうッてのか」
一触即発。互いに互いが、今にも点火させんばかりに、そのオーラを滾らせる。往来のここでは不味いか──裏路地に誘導すべきか。だが今度は、以前の様な生ぬるい──助けるための闘いになどなりはしない。互いに互いを
「キョーコをいじめるなぁ~っ!」
──翡翠の少女が割り込んだ。
スカートに小さな手がかけられ──。
「──は」
「あ──?」
バッと勢いよく捲る。はためく私のスカート。
「きゃぁっ!?」
「お、黒じゃん」
何が黒よ。下着なんて人に見せた事なんて一度もない。突然の思わぬ攻撃にボンっと、焼きあがるように頬どころか耳たぶまで熱くなってしまった。
「キョーコをいじめるやつはゆまがゆるさないんだからっ!」
「ちょ、やめ……っ! やだぁ!」
「お~良いぞゆま。もっとやってやれ」
「佐倉さんっ!? あなたこの子にどう言う教育を──ってやめてぇっ!」
「このこのこのこのこの~!」
何度も何度もカーテンのようにはためかせられる。スカートはカーテンじゃないわ。もう一度。スカートはカーテンじゃないわ! 黒いショーツを覗かせる為なんかじゃない。
──もうスカートじゃないボトムにしようかしら。
そうすれば下着を露出させられる事なく済むだろう。ただし、佐倉さんのようにホットパンツは少しばかり恥ずかしく、また少々太めの太腿──お菓子の量減らさなきゃ──ではそれはそれで恥ずかしいので、そう言った類のモノはナシね。
「あ~もうそのぐらいにしてやれ」
──あなたが煽ったんでしょ!?
そう怒鳴りつけたくもなったけれど、なんだかもう馬鹿らしい。拍子抜けた。
「でもキョーコ……!」
「あー大丈夫大丈夫。イジメられてなんてないよ」
「でもゆまの願いは──!」
「──あぁもう!」
ガシっ、とその骨張り気味の手のひらを、ゆまちゃんの髪にのせてあげて──。
「ンな事ぐらいわかってるから心配すんな。な?」
「もぉ~!」
少々雑めに撫でてあげる佐倉さんだった。
「──ふふっ」
「ンだよ。何か文句あんのか」
どこかホッと、安堵が胸を撫で下ろす。別れ際同様、口調こそ悪態にまみれてしまって、もうあの頃みたく私を『マミさん』と呼んでくれも恐らくはしないよね。けど──。
「ごめんね? お邪魔だったみたいね」
「あ~良いって良いって」
「む~!」
かつての佐倉さんの妹──モモちゃんぐらいだろう歳の子を、同じ魔法少女として潰し合うのでなく、面倒を見れるぐらいには、利己主義者になんてなりきってなどいなかった。
──よかった。やっぱり佐倉さんは佐倉さんなのね。
あの時のようにかつての妹を世話する佐倉さんを重ねてしまったのか、もはや利己的な魔法少女・佐倉杏子──などと言う印象は、とっくに拭えてしまった。
「良かったら昔みたいにまた遊びに来てみない?」
「はあ?」
「はあ~?」
佐倉さんの真似をするゆまちゃん。世話をするにしても、もう少し教育を怠らないで欲しいと思わなくもない。
「えっと、私ね? 丁度ゆまちゃんの少し上ぐらいの子と出会ってね? 一緒に住んでるの」
「はあ、そうかい」
近頃の噂通りの利己的魔法少女だったなら、きっとここで『甘ったれてんじゃねえぞ。魔法少女が馴れ合うな』などと言われそうでもあったが、興味など無さげに、ぶっきらぼうに流される。本人もこうして幼い子供と共にしてるだけに人の事も言えないのか、はたまた少し『丸く』なったのかはさておき。
「だから、四人でお茶するのも悪い話じゃないと思って……。ゆまちゃんともお友達になれるかもしれないし」
「まぁ考えといてやるよ」
──佐倉さんが良いって言ってくれた──!
表情がぱぁっと晴れる気がした。喧嘩別れしてしまった事が心残りだった。けれど今ではこうして、お茶会に来てくれる程にまで。
「あ、か、勘違いすんなよ!? ぜってー行く! なんてヒトコトも言ってねぇからな!? あくまで考えといてやるだけだぞ!? ソコんトコ勘違いすんなよ!?」
「すんなよ~!」
「うんっうんっ……! ありがとう佐倉さんっ」
「ばッ……あぁもう! 帰ろうぜゆま! こいつうぜえ!」
「うぜ~!」
「ふふっ。またね佐倉さんっ」
ゆまちゃんの手を繋ぎ、背を向けながら若干ぞんざいげに手を振り返す佐倉さん。それでも──。
「……はぁ。佐倉さん……っ」
──よかった。
安堵の溜息混じりに、『考えといてやる』が拒絶よりもどれほど嬉しかった事か。もう一年ぶり程だろうか、佐倉さんと共に紅茶とケーキを味わうのは。
「あ、いけない!」
家できっとあすみちゃんがお腹を空かせている。こうしてはいられない。魔女探しも済ませた事だ、即刻帰宅をせねば。
私の手料理を頬張りながら、あすみちゃんが──。
「──マミおねえちゃんのおともだち?」
「……とは言っても、そう呼べるかどうか……」
確かに、私としては友達と呼びたい。けれど当人の佐倉さんにはかつて『マミさんは友達って言うより──』と返された。私と彼女を繋ぐものは飽くまでも師弟関係でしかなくて、言わば戦いでしか繋がれなかった。今でももう、単なる旧知の仲以上のモノではない筈。この家に来てくれるかもしれない。そう喜んだにしても、浮かれすぎだったのかもしれない。
「……大丈夫っ。きっと来てくれるっ」
「あら、どうして?」
キョトン、と首をかしげる私に。
「マミおねえちゃん、優しいんだもん……」
優しい……? 私自身をそう思った事なんて一度もない。寧ろ自分はもっと──。
「優しいなんてそんな──」
「ううん、優しいっ」
「──なんか、おかあさんみたいで──」
──おかあさん。
お友達を通り越して『おかあさん』。あすみちゃんが失ってしまった家族の一員。
「……もうっ、まだそんな歳じゃないのに」
「ご、ごめんなさ──」
「ううん──」
ああ、なんて愛おしい。ぎゅっとあすみちゃんの小さな身体を抱きしめて──。
「わわっ……」
「むしろ嬉しいっ」
「……やっぱり、マミおねえちゃん優しいよ……」
「ふふっ、もうっ……」
「……」
愛おしい愛おしいあすみちゃん。けれど──。
「ねぇ、あすみちゃん」
「うん……?」
「明日ね、大事なお話があるの」
「え……?」
そろそろ明かさなくちゃいけない。自分が『おかあさん』などとはどれほど程遠い人となりか。『正義の味方』ぶった自分がどれほど『嘘』に塗れていたのか。
「あすみちゃんと私の、とっても大切なお話なの」
「う、うん……」
私は決して褒められた人間なんかじゃない。けれど今明かすのはどこか怖い。だから明日。まだ──まだ心の決心がついていない。一晩明けて心の整理をつけてから、あすみちゃんに明かしてしまおう。
──幻滅、されるのかな──。
「ふふっ。だから今日はもうお休みねっ」
「……明後日は……?」
大事な話。それは捨てられる事。明日を過ぎればきっと話のあとに捨てられてしまう。あすみちゃんは、そう思ってしまっているのか。今まで、捨てられることばかりだったのか。なら──。
「うーん。明後日は学校だから……」
「……っ」
「……ちょっとぐらいサボって、あすみちゃんと居るのも良いかもしれないわね」
「わぁ……!」
ぱぁ、とあすみちゃんの表情が晴れる。けれどまた遠慮しがちに──。
「っ……、で、でも、マミおねえちゃん、わるいよ、そんなの……」
「ふふっ、冗談よ。……でも、意外と悪くないかもしれないわ」
「……あすみの為に、無理しないでね……?」
「うふふっ。はいはいっ……」
これから私はあすみちゃんと共に居る。その為に自分の事を明かす必要がある。もし幻滅されれば──いいえ、幻滅されようとも見捨てて良い道理にはならない。幻滅されるのなら陰ながら守れば良い話。そして何より忘れられなかった。
──あすみちゃんの涙は、きっと私と同じ。
誰に頼る事も出来ないままずっとひとりぼっち。ケーキや紅茶ひとつ頂くのにさえ、許しを乞う程に弱りきった女の子。ずっとずっと、涙にその瞳を潤わせた女の子。
──放っておけるわけないじゃない。
怖くて怖くて泣いてしまうのなら、その涙のイミを変えてあげなくちゃいけない。嬉しくて泣いてしまえる程の涙に、変えてあげなくちゃいけない。この子にはまだ、いつだって輝かしい『未来』が残されている筈。ならばその未来、なんとしてでも守り通さなくちゃいけない。強がりなんていらない。そんなウソ偽りなんて、悲しさや、寂しさしか産まないから──。
『──なんか、おかあさんみたいで──』
『……もうっ、まだそんな歳じゃないのに』
『むしろ嬉しいっ』
「──チッ」
何でわたし、あのとき『おかあさん』なんて口走ったの?
昔に幻滅された弟子を誘ったは良いけれど、来てくれるか不安になってしまってたマミおねえちゃん。
彼女をいい感じに調子よく持ち上げて『ノせてやる』だけで良かった。
でないと、その二人の魔法少女に来てもらえなくなる。
来てもらえるなら、ソイツらも今まで通りわたしが『愉しんで』あげるに越したことはない。けど──。
『おかあさん』ですって?
わたしにとって、おかあさんとはただひとり。片親になろうとも、最後までありったけの愛情を注いでくれたあの人ただひとりだけなんだ。わたしが色んな人の不幸を嗜む魔法少女になっても、あの人に対する愛情だけは変わらない。今までも、これからも──。だから、誰も『おかあさん』になんてなり得ない。なってはいけない。『おかあさん』の代わりなんて、このセカイに在りはしない。
しない──ハズなんだから……。
「──まぁいっか。アドリブだけれど図には乗せたわよ」
現にマミおねえちゃんにまた抱きしめられちゃった。
自分をおかあさんだなんてカン違いしちゃって、目の前のわたしに庇護欲も母性も掻き立てられたに違いない。
上から目線のその欲望、その傲慢、その闇こそわたしの糧。
内に秘めるその闇をマミおねえちゃん自身に気付かせ、そして知らしめて思い知らせなければならない。
わたしは──わたしとおかあさんを見捨て去ったこの世の中を、決して許しはしない。マミおねえちゃんには、その為の礎になってもらうんだから。
「やぁ、神名あすみ」
ああ、真夜中のマンション屋上にて音もなく隣に座るインキュベーター。
「どうもクソ淫獣」
「またひどい言われようだね」
「だって事実だもん。クソはクソよ。調理して食えとか無理でしょ。クソは料理してもクソでしょ? 身の程弁えなさいよクソ」
「やれやれ……。で、どうかな? 何かわかったかい?」
おおかた鹿目まどかおよび魔法少女狩りについて掴んだか、と言う事。こちらの情報を、あわよくばまどか契約の為に役立てたい。そんな魂胆。
「ミッキーとワカメがなかなか良さそうよ?」
「うん?」
ああ、首を傾げる淫獣って何でこうも
「……美樹さやかと志筑仁美」
「あぁさやかか。彼女も人並みには魔法少女の素質があるね。だが志筑仁美にはない」
「ふーん……」
わたしは鹿目まどかの契約に協力してやるつもりは毛頭も無い。寧ろその逆。けれど、ミッキー周りの破滅には興味があって──。
「……素質のないコとの契約って──できる?」
「出来ないことはないよ。エネルギーの質が悪いから、僕らとしてはあまり進んで契約したくはないね。強いて契約を取り付ける必要もない訳さ」
「じゃあさ──」
そのシナリオの全貌をキュゥべえに明かした。
ミッキー本人どころかミッキー周辺を破滅させ、あの子自身も凄惨な破滅に追いやられると言うステキな──ビターチョコレートの様にほろ苦く甘ったるいシナリオを──!
「──うん。悪くはない案だ」
「でっしょお~?♡ コレでシカメも狼狽えるわよ♡」
「まったく、本当に人間と言うのは──いや、感情と言うのは分からない事だらけだ。あとシカメじゃなく
キュゥべえが言うに、サンプルにしてきた魔法少女の中でもわたしは極めて稀な例らしい。と言うのも、キュゥべえの正体そして目的を知ってなお協力的で居られた者など、かつてたった一人しか居なかったらしい。余談だけれどその子は、魔女の姿までをもキュゥべえを模した物と化す程にキュゥべえフリークだった様子。──とは言っても、わたしの協力は見かけ上で──だけれど。
「人間の倫理観で言うと、惨い──が当てはまるんだろうね。まったく、よく思いつける物さ」
「当然よ。融通利かなすぎるクソ淫獣とは違って感情を持つ人間だからこそ思いつくモノってのがあるのよ?」
「一理あるね。基本的に僕らは嘘を吐くのはルール違反なんだが、あすみの言うその方法でなら少なくとも『嘘』にはなり得ない。お手柄だよあすみ。これで鹿目まどかの契約はきっと目前の物となるだろうね」
バーカ。
……と、心の中では舌を出しあっかんべ。
わたしの目的としては今の所は幸せなミッキーの破滅と、ただでさえ不幸な恭介クンの更なる苦悶。
鹿目まどかの契約なんてハナから考えてない。
「……」
「あすみ? どうしたんだい?」
ミッキーのビジョン越しにわかったこと。それは鹿目まどかの人柄。彼女はきっと、自らの事は勘定には入れてない。いつだって誰かの為、人のためと先々に口よりも体を先に動かす。わたしにとっては、そんなヤツなんて堪らなく『つまらない人間』としか言いようがない。マミおねえちゃんは大嫌いな人間だから、出来るだけ出来得る限りの苦しみを与えた末に魔女に堕としたいけれど、鹿目まどかには正直関わりたいとすら思わない。もし鹿目まどかに取り入ってお友達のフリをして、今まで通り他の人間や魔法少女に対したのと同じくありたっけの虐待に遭わせて、そしてその末にわたしの正体を明かしたとしても、鹿目まどかみたいな人間は多分それでも許してくれる。けれどそのワケは同情するか情が芽生えたから、もしくはわたしに愛を抱いたから──なんてものじゃない。むしろそっちの方がまだ『マシ』。
そんなヤツ、いる訳ないけれどね。
でもヤツの場合は『誰に対しても慈悲深い』。誰に対しても優しく、自分のコトは決して勘定に入れない。それはきっと慈悲深き乙女と称せば聞こえは良いものの、その実は『狂人』に近い。どうしてそうにまでなり果てたのかは存じない事だけれど、大した悲劇的な過去もなく女神が如き慈悲深さであろうものなら天然ものの狂人と称すに他ならない。
わたしは人並みの常識や倫理観を抱いた奴らが自分の
それはそれとして──。
「──ねぇ肥し」
「僕は肥料ではない」
「いいから。そう言えばジャンヌの最期は火刑よね。どうだった? すごい喜劇だった? 怨嗟の呪詛を吐き散らしながらイっちゃった?」
「そんなことはない。『
「──は」
なによそれ。
信じられない。そして興ざめにも興ざめさせられる話。彼女は自らの国にその身を捧げ、戦争へと身を投げた。にも拘わらず最期に待ち受けていたのは、悪魔と交信せし魔女と断定され、薄汚い権力者に嬲られ、つまりは国に裏切られた末に凄惨なる死を遂げたもの。この世全てを恨み尽くした挙句、本当に魔女として災厄を振り撒いてやらんとしてもおかしくはない話。けれど──。
すべてに感謝をしながらこの世を去ったですって?
誰も、誰をも恨みなどしなかったと言うの──?
「──もうジャンヌダルクの話はしないで」
「わけがわからないよ。あすみ、君が切り出した話じゃ──」
「痴呆だけじゃなく難聴にでもなっちゃった? うるさいって言ってるのが分からないのかしら? とにかくジャンヌの話は金輪際禁止ね。わたし、ジャンヌダルクと言う人物がとっても嫌いなの。その在り方も、その心も──ね」
キュゥべえが言うにジャンヌ──タルトは故郷を兵たちに襲われ全てを失い、我が国に同様の悲劇が訪れないよう『フランスに光をもたらす力』を求めて契約を交わした。悲劇的な少女と言えばそう言える。でもわたしはその結末に納得はいかない。一切納得してない。絶対に認めない。最期の断末魔と共にありったけの怨嗟と怨讐を振り撒きながら本当に魔女と化して、散々に魔女と罵った連中への復讐を遂げたのならどれほど痛快だっただろうか。どれほどの
なのに──なんでやらないの?
全然意味が分からない。
オマエは復讐すべきだったんだ。
復讐し尽くして、自分を嬲った連中を永久の呪いに沈めてやるべきだった。ジャンヌダルクの伝説なんて、まったくもって退屈だ。もう二度と聞きたくなんてない。
「やれやれ、分かったよ」
一方で鹿目まどかには、どうもジャンヌに類する悲劇を経験した事は無さそうだ。と言うのも、ミッキーのビジョンには小学校の頃から鹿目まどかが写っていて、つまりは幼馴染であることが確定してる。何の変哲もない『普通』な人生でしかない。
そんなヤツが何で最強の魔法少女の素質を?
これじゃあトラウマの抉りようがないじゃない。
でも魔法少女としては最強になり得る。トラウマを味付けとして植え付けたとしても、ジャンヌ以上の素質だったならトラウマ如きで魔女化するかも怪しい。
これは下手に触れない方が良さそうね。
触れるにしても鹿目まどかをダシにミッキーを破滅に追いやるための道具として使う以上の域を出ない方が良いかもしれない。
どうして素質の高い魔法少女はどいつもこいつも『わたしの理解外』にあるの?
あんな奴ら、頂くにもこっちから願い下げよ。
考えるだけでも虫唾が走る。
「しかし、あすみがまどか契約の計画を立ててくれたのは感謝してるんだが、残念ながらそれでも懸念すべき事はあるんだ。大抵の子なら二つ返事なのに、まどかはそうじゃない」
当然。かつてのわたしみたいに──もう他に頼れない、誰にも頼れない、後は掴む藁だけ。そんな娘ばかりを狙ってコイツは契約を交わしに来るけれど、鹿目まどかは違うもの。
「じゃあ契約せざるを得ない状況作っちゃえば?」
「と言うと?」
「いっそ周りの人間皆殺しにするとか、そしたら変化あるんじゃない?」
「いやいやそれはだめだよ。僕が直接手を下すのはルール違反だ」
「異星淫獣キュベ太郎の癖にヘタレねぇ」
そんな事わかってる。インキュベーターを煽る以上の意味はなかった。
「じゃあいっそ誰かにシカメの周辺人物皆殺しにする様頼んじゃえば? あ、でもそれはわたしが計画言っちゃったわよね、さっき」
「いや、そんな直接的な方法じゃきっと無理だろうね。あすみの計画の方なら上手くいくだろうけれど」
また何かヘタれた事があるとでも?
ルール違反とか今のとかクドクドクドクドと!
あまりにのっぴきならない淫獣に若干苛々したところで──。
「暁美ほむらだ」
「あぁこの前言ってたイレギュラー……。オマエが契約した覚えないとか言って痴呆ぶちカマしちゃったアレね?」
「この前まどかの所へ行こうとしたらまた暁美ほむらに個体を潰されたんだ。勿体ないじゃないか!」
またか。
「ちょっとトロ過ぎない? きゅ~べ~ってそんな足遅かった?」
「そうじゃない。どうも僕の行動を全て知り尽くしているかのようだ」
「言い訳お疲れさまっ」
最凶最悪の魔女を産んじゃいけない。
一度知れば誰もが考えそうなこと。でも魔法少女の真実なんて知ってるヤツ、インキュベーター以外にはわたしを除いて殆ど居る筈もないけれど。
そして魔女化の真実を知ってる事そのもので情報通を名乗れる程のはず。
「最強の魔法少女さんに産まれられるのが邪魔なのかな~」
「いや、どうもそうじゃないらしいんだ」
「ん?」
「『まどかは私が守る。契約なんてさせない』って僕を攻撃したんだ」
──甘いものが食べたくなってきた──。
先ほどまでは吐き気が胃酸と共に込み上げてきてはいたものの、今では物欲しげに煮えたぎる。
「……へぇ」
空腹とは食事に於ける最高のスパイスなの。
それも皿に乗せられるは魔法少女の絶望。
こんな甘苦しそうなデザートを前に、どうして食欲に堪えれば良いの?
その香りにその味を想像なんてすれば、口も吊り上り眉も垂れ下がり蕩けちゃいそう……!
暁美ほむらは鹿目まどかの契約を望まない。つまりは魔法少女の末路を恐らくは知ってる。世界滅亡を避ける為でもなんでもなく、文字通り『鹿目まどか』を守るため。聞くに真夜中の街が静まり返る時間での出来事で、一晩中眠ることなくキュゥべえにストーキング──もとい鹿目まどかにストーキングして、一体一体丁寧に淫獣残機を狩り続ける。
そうまでして鹿目まどかの契約を拒むのなら、個人的にご執心なのは間違いない。
暁美ほむらは鹿目まどかの魔女化阻止のために戦っている。毎晩魔女相手でなく、インキュベーターを相手取って──!
「っはぁ──たまんないッ……! すっごい美味しそう──ッ!」
「それじゃあ暁美ほむらをグリーフシードにするつもりかい?」
「愚問ね。そんなに美味しそうなヤツ、頂くほかないわ。素質もヘボいんでしょ?」
「もちろんまどか程じゃないね。だが気を付けた方が良い。彼女の固有魔法は謎に包まれている」
「それなのよねぇ~」
逃げ足の速いキュゥべえを、一体ずつ容易く葬れる程の力。いざ暁美ほむらの前に立てば、訳も分からない内に一方的に狩られる──せっかく隠した、わたしのソウルジェムの位置まで特定されて砕かれる可能性だってある。
「……う~ん、あとでいっか」
「賢明な判断だと思うよ」
暁美ほむらについてはひとまず保留。
ヤツの人となりや態度を観察してからでも遅くなんてない。
誰でも本人の意識しないところに見られるクセ──頭を掻いたり汗を掻いたり──が突破口になり得る事なんていくらでもあるんだから。
人伝いに聞いた話だけをあてにして飛びつくほど、わたしは早計ではないつもり。
鹿目まどかやジャンヌダルクだけは聞いているだけで苛ついて自分を保てそうにないけれど、それらは例外。
「それから困ったことに、僕は鹿目まどかの傍にあまり着けなくなってしまったんだ」
鹿目まどかより大切な事がこの淫獣にはあると?
「なんで?」
「この前言ってた魔法少女狩りさ」
黒き鉤爪使いの魔法少女。
「僕としては、魔法少女が魔女へと至らないままその命を散らすのは避けて欲しいんだ。せっかくエネルギーを得られる筈だったのに、もったいないじゃないか」
「じゃあほっとくのって?」
「いや、そうもいかない。ひとりの魔法少女が死んでしまうごとに、どれだけエネルギーの損失があると思っているんだい? 加えて、美国織莉子と言う魔法少女が居るんだが、彼女は魔法少女の素質を持つ者の存在がわかるらしいんだ。だから彼女の言う通り、契約を必要としている者の元へも赴かなければならなくて──」
あぁコイツ……意外と馬鹿なのね。
「それいつの話?」
「どちらも最近から頻発してる話だね」
「ならほっといたら?」
「え、でも……」
「対して金も持ってない雑魚い客相手にしてばっかで、上客逃してどうすんのって話なんだけど?」
恐らくその美国織莉子と魔法少女狩りは繋がってる。そして美国織莉子とやらも魔法少女の行く末を知ってる可能性は大いに有り得る。と言うのが、キュゥべえが以前ほど鹿目まどかの傍に居られなくなった事と魔法少女狩りはほぼ同時期。加えて美国織莉子の素質サーチ──なのかな……?──と言うキュゥべえも把握できてない妙な魔法によって、新たな素質アリの少女の所へ向かわざるを得なくなって、鹿目まどかの元から離れる事となる。これは美国織莉子もまた鹿目まどかの契約阻止が魂胆のハズ。けれど暁美ほむらと同じく鹿目まどかを守る為かどうかはいま一つこの場限りの情報からじゃ分からない。もしかすればわたしと同じように、いざとなれば首を撥ねさえすれば良いとも考えてるかもしれない。
「……あれっ」
「どうしたんだいあすみ」
そこまで浮かんで過った話。
鹿目まどか、狩れなくない?
美国織莉子が鹿目まどかの敵サイドで且つ契約を阻止したいと仮定するなら、あの子を直接今すぐ殺せば良い話。けれど美国織莉子はそうしない。もしくはできない。やるとすれば、すばしっこいキュゥべえを一瞬で葬れる実力の暁美ほむらと真正面から戦うハメになってしまう。だったら美国織莉子を何らかの方法で葬り去る事も容易くて──。
「……あー……。ま、とにかく美国織莉子は多分陽動ね」
「なるほどね」
ま、いっか。
こうしてキュゥべえには美国織莉子の魂胆の仮説をばら撒いてやった。もうこれで陽動は効かない。
あとは実力不明な邪魔者共には潰し合ってもらって一気に一掃されてくれたら都合の良い事この上ないもの。
そいつらを『味わう』ことが出来ないのが残念でしょうがないけれど。そうして皆斃れてくれたら鹿目まどかをわたしが殺害する。
──次の日。
今日のマミおねえちゃんは日曜で学校はお休み。
朝ごはんの余韻に紅茶を嗜んでる。
流石に拘ってるのか、紅茶の味自体は悪くはない。
悪くはない──はずだけど──。
「今日も紅茶が美味しいわね」
「うんっ」
「ふふっ」
温かい。
そしてこの温かさがとても不愉快だ。
いまさら溶かすべき凍てついた心なんて、わたしにはない。
この温かさこそが、マミおねえちゃんのおせっかいさを表すかのようで気持ち悪い。
「どこ行こっか?」
「マミおねえちゃんの行きたい所なら、あすみどこでもいいよ……?」
「ふふっ。そういう返しって一番困っちゃうのよ?」
「ご、ごめん……」
「ううん、どこ行こっかなぁって迷っちゃうの」
どこでもいいわよもう。
心底興味がない。
思い浮かぶ筈も無い。
だからマミおねえちゃんに任せたって言うのに……。
改めて『そう言う返し』をわたしに投げかけないで欲しい。
ウザかった。
「じゃ、適当にお散歩でもしましょうか」
「うんっ」
──公園にて。
「ん~っ、良い天気ねぇ」
「だねっ」
雲一つない晴天。
澄み切った天色の空。
でもわたし、本当のところは雨の方がいい。
これほどまでに天が輝かしかったとしても、黒き『夜』は必ずそこにある。
どこに居ても、いつまでも。隠し通すなんて出来ない。
この天上天下で同じ空の下、今日も誰かが他人を嘲り貶めている。
このセカイの『業』とは、この青い空ごときで掻き消し誤魔化すなんて無理な話。
ならわたしは、そんな嘘偽りの空なんかじゃなく、いっそ空には泣いてくれていた方が心地良い。
「ねぇ、あすみちゃん」
「なぁに?」
「……昨日言ってた、大事な話なの」
ああ、今日がそうだったよね。
マミおねえちゃんの言う『大事な話』。
昨日は明後日以降も傍に居てくれる……みたいな事言ってたけど、おおかたマミおねえちゃんの親戚にでも放り投げて捨てる、って話をしたい所かしら。
なら結局マミおねえちゃんも、奴らと同類ってワケよね……。
「……」
……潮時かな。
話の内容次第じゃ、今日でマミおねえちゃんの命日としよう。
おねえちゃんのケーキを食べられなくなるのは少し残念だけれど、きっとマミおねえちゃん自身の方が美味しそうだから、それはそれでもう良いかな……。
「……あすみちゃん」
「……うん」
「あなたが居てくれて……本当に良かったと思ってるの」
「え……」
何を言ってるの、コイツ。
「私もね、ずっと独りぼっちだったの……」
私『も』。
マミおねえちゃんは、わたし『も』独りぼっちだって思ってるって事。
おねえちゃんに何がわかるって言うの?
本当の『独りぼっち』なんて知らないくせに……。
「この前みたいにね……? あすみちゃんを助けたときみたいに、魔法少女として色んな人を……魔女や使い魔に殺されそうな人たちを助けてまわって、ずっとずっと戦ってきて……。それで正義の魔法少女であり続けるんだ、って意気込んでたの」
そんなことする魔法少女、今までマミおねえちゃん以外にあんまり聞いた事ないよ。
もちろん、正義のヒロインごっこに悦に入るコだって何人も居た。けれど魔力の採算が取れなくなって、いつしか苛烈なグリーフシード争奪戦に身を投じるしかなくなった。ごっこ遊びじゃなくなって、みんな使い魔程度なら見逃すか人間を食って魔女へと肥えるのを待つかする。
マミおねえちゃん、あなたは馬鹿よ……。
それも、すごく大馬鹿よ……。
「──でも、それも少しだけ……ううん。私、だいぶ嘘ついてた」
ほら見て。正義の味方なんて務まる筈が無かった。
正義の魔法少女として年単位で生き延びられるなんて有り得る筈が無かったもの。
だからマミおねえちゃんも、そこらの連中と変わんなくて──。
「私ね? 本当はとっても怖かったの……」
──は。
「怪我もするし、恋したり遊んだりする暇もなくなっちゃう。無理してカッコつけて、それでも怖くって……。でも誰にも相談なんて出来なくて。だから毎日、夜には一人で泣いてばかり」
ぽつりぽつりと、懺悔するかの様に溢されるおねえちゃんの言葉。
──なにそれ。
『正義の味方』って怖かっただけ……?
『ごっこ』じゃないって言うの……?
「けど、それでも戦わなくちゃいけないの」
「……どうして」
分からない。マミおねえちゃんが何を考えてるのか理解できない。
──この人まさか、
そこまで過って、わたしの眉間がかりかりともどかしさに震える。
「──私の責任だから。あのとき……お父さんとお母さんを助けてって願えば良かったの。でも私……っ、『助けて』ってだけ願って見捨てたの……。私がお父さんとお母さんを殺したの……!」
『同類』なんかじゃなかった。
いたって『普通』の人間だった。
『普通』に『幸せ』で。『幸せ』から堕ちたおねえちゃん。
「……それからはこの公園で、魔女に食べられちゃう男の子を助けようとした。でも駄目だった……。おめおめと逃げて、また見捨ててしまったの。見捨てる事で、私だけが生き延びてしまったの」
「マミおねえちゃん……」
「どうして……? お父さんお母さんにも……あの子にも。ずっとずっと幸せな未来が待ってたはずなのに、なんで身勝手な私だけ生き延びるんだろう、って……。あの子の悲鳴が、断末魔が……今でも耳に残ってるの……」
「……おねえちゃんは勝手なんかじゃ──」
「ううん、とっても身勝手。だから私は贖わなきゃいけないの。もう誰も目の前で死なせはしない、って。もっともっと色んな人を助けるんだ、って」
やっぱりマミおねえちゃんは大馬鹿。
『家族』なんて、血がつながってさえいなければ、すぐに霧散する曖昧で脆い絆にしか過ぎない。それにその男の子だって見ず知らずの他人。
どうしてこの人は、自分だけでも生き延びられて良かったなんて思えないの?
「……」
それに、なんでわたし……ここまでムキになってるの?
いつもみたいに、軽く嘲笑えば良いのに。
胸がざわざわする。すごく気持ち悪い。
「──でも、命だけ救ってもダメなの。心も救わなきゃいけないって思ったの」
「え──」
心……?
ココロを侵す呪いの魔法少女を前に、そんな戯言を──。
「命だけ助かっても、その後もひどい目に遭うんじゃ意味がないの。そんなこと知らんぷりなんてしちゃったら、見捨ててきた今までと変わらないんだから……!」
「──それって──」
「うん……。あすみちゃん、あなたの事よ」
助ける?
マミおねえちゃんが、わたしを?
「いっしょに居る時間がとても楽しくて、温かくて、心地よくて……。でも、あすみちゃんはきっと……今までずっといっぱいいっぱい傷ついてきたの」
「……」
「……ごめんなさい。わかったような口利いちゃって……」
「う、ううん……」
「でもね? あすみちゃんみたいな他人を想ってくれる子が不幸な目に遭うなんて、見てて堪らないの」
「で、でもマミおねえちゃん……。わたしとずっと居たら新しいお父さんがきっと追いかけてきて、マミおねえちゃんの迷惑にっ──」
……あのゴミ共はもう既に居ない。
だから追いかけて来るなんて嘘。
でも、例え追われるとしても──マミおねえちゃんは傍に居てくれると言うの?
「ううん、全然迷惑なんかじゃないの。それに追いかけられたとしても、きっと後からなんとかできるから。あすみちゃんがひどい目に遭ってからじゃ遅いもの……」
「……っ」
「だから、どうかあなたを守らせて欲しいの。この私に……。迷惑とさえ思わなければだけど──ううん、迷惑だって思ってくれても、陰ながら守るって言う事もきっとできるから……」
いつになく、あすみを見据えるマミおねえちゃん。
冗談、よしてよ……。
あすみがひどい目に遭ってから?
だったら何で、あすみが『こうなる』前に助けてくれなかったの?
もう、何もかも遅いよ……。
『──そんなわがままな子供のためなら、どこまでも頑張れちゃうんだから……』
まただ。
またあの人の──温かくも儚げな声色が脳裏に浮かぶ。
あの人とマミおねえちゃんは関係ない。
あの人はわたしにとってのたったひとり。
何で──どうしてマミおねえちゃんに優しくされると、あの人が過ぎるんだ。
「──いいよ」
「──!」
見開かれる、マミおねえちゃんの瞳。
「あすみ、ずっとずっと頑張ってきたマミおねえちゃんの居場所になりたいな……」
「……あすみちゃん……」
「守られるばっかりなんじゃなくて、マミおねえちゃんの助けになるの。魔法少女じゃなかったとしてもマミおねえちゃんと一緒に居る事ならできるよ……? ずっと……マミおねえちゃんに『おかえり』って、言ってあげる事ならできて──」
その先の言葉は、温もりで遮られた。
わたしの小さな躰が、全身で抱くマミおねえちゃんの温もりに包まれる。
「ありがとう、あすみちゃん……っ。こんなダメな私といっしょに居てくれるって……」
「……マミおねえちゃんはダメなんかじゃないよ。おねえちゃんの事、悪く言わないでよ……」
「でも……っ」
「でもじゃないっ。マミおねえちゃんがあの時居てくれたから、わたしは今ここに居るの。だからわたしのほうがありがとう、って……」
「っ……、あすみちゃん……!」
瞳が潤み、目頭を押さえるマミおねえちゃん。
「……マミおねえちゃん、大好きっ」
「うんっ……。私も……!」
──そうだ。
マミおねえちゃんは傲慢な女なんだ。
マミおねえちゃんは『おかあさん』なんかじゃないんだ。
マミおねえちゃんは所詮は魔法少女なんだ。
ああ、まったくひどい茶番だったことね。
本人も言ってたんだ。身勝手極まりない女なんだって。
それに『独りぼっち』が怖いなんて大ウソ。マミおねえちゃんは独りぼっちが心地良いんだ。愉しいんだ。キモチ良いんだ。そうして悲劇のヒロインを気取って陶酔するのが堪らなく快いんだ。
抱きしめられてお顔は見られてないから良いけれど、愉悦に嗤い、自分の口が裂ける音が聞こえそう。
ああ駄目……っ! 堪えてわたし……っ!
傑作にも程がある……!
何だ。いつも通りマミおねえちゃんを嗤えるわね。さっきまでのわたしがどうかしてたんだ。
マミおねえちゃんはいま、きっとわたしに依存しきってる。それも
だったら話は早い。
その麻薬となったわたしに裏切られ、身も心も滅ぼすシナリオに沈めてあげる。
じわりじわりと……丹念に、念入りに殺してあげる。
このセカイに偽物の優しさで塗りつぶすなんて出来ない『不幸』があるって事、思い知らせてあげる──!
「あっ! マミさん!」
「あら……」
割り込まれる姦しい声。
いつだっけ、病院で一人走りするまでに快活だったあの声は──。
「やっぱマミさんじゃん! こんちわっす!」
「えへへっ、こんにちはマミさんっ」
ミッキーとその親友──鹿目まどか。そして世界最強の魔法少女候補にして──最凶の魔女の卵。
未だ契約していない一般人相手──それも最強の魔法少女候補相手なら、先の考察の通りならわたしのシュミには合わないだろうけれど、やっぱり是非一度は覗いてみたい。
でもやめましょう。マミおねえちゃんにバレちゃう。
魔法少女相手なら記憶を消し去ってやる事も、出来ない事はないけど簡単じゃない。今ここで台無しにしてやるぐらいなら雌伏の時ね。
「えっと、そっちの女の子って……」
「あ、もしかしてマミさんの言ってたあすみちゃん?」
「わたし、鹿目まd「残念! 美樹さやかちゃんでした!」
鹿目まどかに被せるように割り込むミッキー。
「ちょ、ちょっとさやかちゃんっ!」
「はっはっは!」
ああ五月蠅い。
困り笑顔のまどかに笑うミッキー。
申し訳程度に横から「わ、わたし鹿目まどか。よろしくねっ」と、わたしの身長にまで体を落として名乗られる。
名乗られなくても、ミッキーのビジョンを通してあなたの事も知ってるわ。
「……ん~?」
「……?」
同じくわたしに視線を合わせて、じろじろと凝視してくるミッキー。
何こいつ? わたしの真似でスキャニングするつもりなのかしら?
おぉこわいこわい……。
「──あすみちゃん、どこかで会った?」
「……はあ?」
「え?」
おっといけない。
「ご、ごめんなさい……覚えて、ないの……っ」
「……」
自らの脳裏を見やるかのように、しばし視線を上方向に投げかけるミッキー。
「でっすよね~! ごめんねごめんね!」
無駄に勘が鋭いって所?
ウザったい……。
もしかして記憶を消せてない──と、一瞬このわたしとした事が動転してしまい、声として表れてしまった。
けれど、思いのほかバカっぽくて助かった。これが他の魔法少女──例えばマミおねえちゃん辺りだったなら、巻き返しなんて正直言って無理ゲーだった。
でもあまり舐めちゃダメな様ね。
馬鹿には変わらないけど、恐らくはコイツ自身が覚えてないにしても、わたしが一度ミッキーに会った事がありそうだとは察しはした筈。だからミッキーの前であまりチャチなウソはつかない方が身のため。ついたとしても誤魔化す手段を最大限に用意のうえじゃないと好ましくはない。
「それじゃ、あたし等まどかと出かけて来るから!」
「マミさん! あすみちゃん! また会おうねっ!」
「えぇ、またお茶しに来てね」
こんなアホっぽいヤツとお茶なんて飲みたくない。
マミおねえちゃん余計な事しないで。
そんな邪悪なる心中を明かす訳にもいかず「う、うんっ、バイバイおねえちゃんっ」と媚びを売っておく。
「……さて、お家帰りましょうか」
「うんっ」