魔法少女あすみ☆マギカ ~Rainy Ambivalence~   作:Κirish

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第3話「お昼寝っていいことって、わたしおもうんだ」

「あすみちゃんっ」

「うん……?」

 昼に入る頃。

 マミおねえちゃんの『大事な話』の日からしばらくして。

「そろそろお腹空くわよね。何食べたい?」

「……ケーキ」

「ふふっ。すっかり遠慮しなくなっちゃって……」

「えへへ」

 もしもマミおねえちゃんは魔法少女でなかったら、多分わたし専属のケーキ職人奴隷として雇ってあげない事もなかった。

 人柄としては大っ嫌いだけど、ケーキ作る能があるなら、使い潰す為に傍に置いておくのも悪くはないわよね。

「でもダメよ? お昼はケーキじゃなくてちゃんと食べないと。まだまだ育ちざかりなんだから」

「む……」

 余計なお世話よ。

 今まで散々な目に遭ってきたのだから、今ぐらいは好きなモノを好きなだけ食べさせてもらいたい。

「ふふっ。ケーキは逃げないんだから……ね? いつでも作ってあげちゃうんだから、大丈夫よ」

「……マミおねえちゃんがそう言うなら」

「あら、おねえちゃんのごはんはお嫌いかしら?」

 知ってるかしら、おねえちゃん。

 そう言うの、意地悪って言うのよ。

 それも、ごはんもそこそこ美味しいだけにすごく意地悪。

 現にすごく意地悪げに微笑むマミおねえちゃん、鬱陶しい……。

「……大好き。おいしいし……」

「ふふっ。ありがと」

「……」

 あぁ、今日はケーキは無しなのね。

 たまにはそんな日があってもしょうがない。

 むしろそもそも毎日食べられる方がおかしかった。

 じゃなければ、いつの日か尿にまで甘い香りが漂いそう。

 そうなれば……魔法少女だし誰かに治癒魔法でも掛けてもらえば、多分治せない事も無いとは思うけれど。

「えっと……」

「……」

 あらいけない。

 困惑するマミおねえちゃん。

 わたしがすこし不機嫌だったの、伝わっちゃったかもしれない。

「……食後のデザートに食べちゃいましょうか」

「えっ、ケーキ!? マミおねえちゃんのケーキ!?」

「ふふっ。そんなに食べたがってるのに、お預けしちゃうのもかわいそうでしょう?」

「わぁい!」

 それってあなたも食べたいだけよね?

 心の中でのこの毒づきをいっそ吐き散らしてしまおうかしら……と度々過ったけれど、もう喜ぶフリの声で掻き消す事にした。

 実際、僥倖的に喜ばしい事ではあるけれど。

 殺す前に出来るだけマミおねえちゃんのケーキは味わっておきたかった。

「マミおねえちゃんマミおねえちゃん早く帰ろっ。ケーキっケーキっ」

「はいはいっ。もうっ……ふふっ」

 あれほど大っぴらに告白してきた、か弱き意地っ張りな乙女としてのマミおねえちゃん。

 でも──まだそれでも続きそう。

 花香る、綿のような温もりと共に抱擁するかのような母性的な優しさが。

 

 そうしてマンションの部屋の前にて、まさぐった鍵を差し込んだ時のこと。

「──」

「……マミおねえちゃん……?」

 瞳が見開かれる。

 誰にも聞こえないように、わたしにだけ聞こえるようにマミおねえちゃんが囁く。

「鍵、開いてる──」

「え──」

 単に物盗りか、それとも奇襲(アンブッシュ)か。

 前者ならマミおねえちゃんを予め魔法少女だと知った上で以外有り得ないにしても、こんな露骨な形跡を残す馬鹿が果たして居るのか甚だ疑問なところ。

 おおかた後者よね。

「……大丈夫、マミおねえちゃん……強いもんっ! だから泥棒さんなんかに、絶対負けないもんっ……」

「……ありがとう、あすみちゃん」

「えへへっ」

 別にお世辞でもなく、単なる物盗りが相手じゃなく並の魔法少女が相手だとしても、マミおねえちゃんが負ける所なんて想像はつかなかった。

 初めて出会った日に繰り広げられた魔女との戦闘を見るに、ナルシズムにして寂しがりの裏返しからか舞踏会の様に魅せつける戦法を取っていた。つまりは余裕がある事が伺え、余程の油断が無い限りはそうそう負ける相手なんて居ないハズ。居るとすればチート固有魔法を持つ奴か、もしくは──。

 わたしよね。

「でも絶対に私の傍から離れないで。いいわね?」

「……うんっ」

 わたしの背丈にまで体を下げ、両肩に手を添えて言い聞かせるように囁かれる。

 そしてマミおねえちゃんも、どうも魔法少女による奇襲を考えない事もなかったみたく、むしろ慎重にも慎重を重ねていた。と言うのも──。

 ──うわ、コイツわたしに何か仕掛けた。

 一瞬の仕草と視線から見逃さなかった。

 わたし……心を弄りまわす魔法少女だから、そう言う機敏には敏感なの。

 おねえちゃんのわたしに向ける視線が、一瞬だけどわたしの背後へと逸らされた。

 マミおねえちゃんの固有魔法はリボン操作──は名ばかりで、実際の所はもはやリボンを用いた偽装魔法の域に近い。

 単にリボンで拘束するのみならずマスケット銃まで錬成するわ、他に何をでっち上げられるか分かったものじゃない。

 理論上はワイヤー状にまで細めて敵を切り裂く事だって可能だろうし、そもそも不可視にして気付かない内に相手とリボンで接続しておく事も恐らくは可能。

 いま仕掛けたリボンについては、もしわたしに危機が及べば仕掛けたリボンが瞬時に盾代わりの何かに変化するか、繋いでおいたリボンでわたしを安全圏へと引っ張るかぶん投げるか──と言った具合かしら。

 正直、用意周到過ぎて流石にわたしも舌を巻く──を通り越して総毛立つぐらいにはドン引きしてる。

 とは言っても、いざ拘束されたとなれば手足の一か二本は犠牲にして逃れて、多量のグリーフシードにモノを言わせて生やせば良いから怖くはないけれど、ここまでの魔法少女は他にあまり見たことがない。

 それにしても、おねえちゃんはきっと良かれと思ってるのだろうけど、わたしに仕掛けられたリボン……わたしの行動範囲を狭められたみたいで──さながら金縛りに遭ったみたいで窮屈でしょうがない。

 他者の束縛。

 案外マミおねえちゃんの本質はそこにあったりして……?

「じゃあ、入るわよ──!」

「うんっ!」

 正直単なる物盗りであっては欲しかった。

 魔法少女による一般人への圧倒的暴力。それが済めばきっとこの掛けられた護身用リボン魔法からは即刻おさらばできるから。

 そうこうしている内に扉が風斬る音と共に開かれる。

「さぁ出て来なさい! 侵入者!」

『外敵』へそのマスケットの銃口が向けられ、でもそこに居たのは──。

「よう、邪魔してるよ」

「おね~さんこんにちは~」

 燃え盛るような真紅のポニーテールでいてケーキを素手で頬張る少女と、翡翠の髪の小柄な少女。

「はっ!? え!? さ、佐倉さん!? ゆまちゃん!?」

「へへっ」

「……はぁ~っ。びっくりさせないでよもうっ……」

 ふーん、こいつらが……。

 歯茎を見せたいたずらな笑みの杏子を前に、へたり込み溜息と共に肩を落として変身を解かれる。同時にわたしに掛けられた護身用のリボン魔法も解かれた。

 あぁ良かった。邪魔過ぎよもう。死ね。

 でも、相手さんから来てくれるとはね……!

 まだ見ないコイツらの持つ特有の『不幸』の味を想像するに心が躍る。新たに(まみ)えた魔法少女は、わたしからすれば全てが喜劇(悲劇)を奏でる楽器のよう。

 此度はどんな音色で鳴いてくれるのかしら。

「そんなことよりダメでしょ!? 勝手に入ったりなんかしちゃ!」

「うっせ。マミのガードがガバいだけだろーが。な~? ゆま」

「ふふん。キョーコのスゴわざ、おもいしったよねっ」

「……あぁもう……」

 蟀谷に手を当て深いため息をつくおねえちゃん。でも、そんな事よりも──。

 杏子、今わたしの指見たわね。

 その意図は同業者なら露骨に分かりやす過ぎると言うもの。

 けど抜かりはないの。こうして誰かに人畜無害な少女として寄生してる時には指輪(ソウルジェム)は装着してないもの。かと言って肌身離れないように細工はしてあるし、また爪に刻まれた紋章もマニキュアで消してある。

 ま、突如アセトンぶっかけられるでもされない限りバレる心配はそうは無いわね。

「おいマミ、お前ガキなんて連れて──」

「シー……っ」

「──!」

 見開かれる杏子の紅い瞳。マミおねえちゃんの視線も時折わたしへと向けられる。

 本人を目の前にしてナイショ話(テレパシー)かしら。良い度胸よね。

 陰口とかではない事は確かだけれど、こうも露骨に目の前でわたしに聞こえない話をされれば、もどかしさが鼻を撫でてあまり愉快じゃない。

「……はぁ~。わァったよもう。お人よし過ぎんだろ」

「あら、佐倉さんもそうでなくて?」

「ばッ……。ゆまはそんなんじゃないよ。あたしのケジメなんだよ」

「むっ、またキョーコをいじめるの……?」

「いいえっ。佐倉さん優しいねって」

「でしょ~?」

「おいコラゆま~!」

「きゃっきゃっ」

 杏子からは恐らく魔法少女が子守りをするな、など。でもマミおねえちゃんからおおよその生い立ちをバラされた、と言った所かしら。と言うのも──。

 憐れんだわね。

 同情の視線は今まで何度も目にしてきた。可哀相な少女を演じ、そして今度はそんな視線を向けてきた連中を可哀相にしてやった。今の杏子の目、まさに連中と同じ瞳をしてるわ。

「それと佐倉さんっ。このケーキは没収ね?」

「あ゛っ! おいマジかよ勘弁してくれよマミぃ~」

 不貞腐れながら尚もロッキーを煙草の様に咥え始める杏子。

「あっ! それも没収っ!」

「えぇ~! マミそりゃないよ~! クソぉ~!」

「いいえっ許しませんっ。これからお昼ご飯なんだから我慢しなさいっ」

「え? メシ食わしてくれんの?」

「せっかく来てくれたのに、何も無く帰すなんてひどいわよ。食べていって頂戴ね。あと今度からは侵入なんかじゃなくちゃんとした形で来ること! いいわね?」

「メシか!? メシなんだな!? おいゆま! メシ食えるぞやったな!」

「わぁい!」

 この子、ひょっとしてストレス旺盛?

 食に貪欲だけれど、かと言ってお行儀が良い訳でもない。

 汚く食い散らかす事で行き場のない衝動を発散しているの、きっと。

 ストレスのない魔法少女なんて寧ろ探す方が難しくて、そもそもキュゥべえに選ばれて魔法少女となる連中なんて、どいつも如何にもしがたいストレスを抱えるヤツに限るんだから。じゃなきゃエネルギー源にはならない。

 ただひとり、わたしが種を撒いておいた素質のないあの子だけは除いて。

 

 そしてマミおねえちゃんはご飯の支度に行った。千歳ゆま──猫ガキで良いか──も先に台所へと興味津々で駆け寄ってって、わたしもマミおねえちゃんを手伝いに行こうとした時の事。

「よぉガキ」

「あ、こ、こんにちは……っ」

 誰に向かって物言ってんのこの狂犬。

 よし、今からこいつは狂犬呼びね。もしくは駄犬。

 彼女からしてみれば自分より二から三歳は年下の子は全てガキなのだろうけれど、こうも面とガキ呼ばわりされると少し癪に障る。

 わたしはガキと称するお前なんかにひれ伏すんじゃなく、寧ろお前こそが不幸の使者・神名あすみに降伏するのよ。

「お前名前なんだっけ」

「……神名あすみ、っていうの……」

「へぇ、あすみねぇ。とりあえずコレ食うかい?」

 またもやロッキー。マミおねえちゃんに奪われたんじゃ……?

「へへッ。マミのヤツも馬鹿だよな。ああなる事ぐらい予想してんだよ」

 没収される前提で備えていた狂犬。変な所で用意周到なのね……。

 それはそれとしてこれが彼女なりの歩み寄りの一環なのだ、と。

 けれどロッキー? シケ過ぎてるわね。

 わたしは半分駄菓子みたいな菓子なんて好きじゃないの。味がチープ過ぎるから。

 と、罵ってやる訳にもいかなくて……。

「あ、ありがとう……っ」

「残さず食えよ~」

 ポリポリと前歯で噛み進めてゆく。

 うんっ! 不味いこれっ!

 どうしてこんなモノをタバコ感覚で咥えてられるのかしらぁ……?

 ふやけたりしないの? あなた味覚大丈夫?

「しっかしお前も災難だよな。マミの奴に拾われるなんてさぁ」

「どうして……?」

 きょろきょろ、と。辺りに誰も居ない事を確認する狂犬。

「マミの奴ってさ……」

「う、うん……っ」

「……ガミガミうっせえ姉貴みたいだろ?」

 ……姉かどうかはともかくとして、言いたい事はすごくピンとくる。

 マミおねえちゃんっておせっかいで、さっきのケーキ食べる食べないなんかも変に説教臭くて、そのうえちょっぴり意地悪だったりもした。

 やっぱり付き合い長いからなのか、マミおねえちゃんにピッタリ当て嵌まる表現に、頬が緩んで笑みが零れてしまう。

「ふふふっ」

「あ、分かるよな?」

「えっと……、どっちかって言うとおかあさん……? みたいな……」

「あ~言えてるよな! やるじゃんあすみさぁ!」

「えへへ」

 あ……。

「ん? どうしたあすみ?」

「あ、え、えと……っ」

 狂犬の背後に居るの。

 でも狂犬自身は気付かないまま。

 ちょっと放っておいてやってみよう。

「ンだよ? しっかし言えてるよなマミが母親みてえって。けどやっぱあたし的にはガミガミうっせえ姉貴だけどな! あははっ!」

 なおも背後に忍び寄る影に気付かない狂犬。そこへ……。

「誰かガミガミうるさいお姉ちゃんですって?」

「げッ!? マミ!?」

「もうっ。佐倉さんなんて知らないんだから! 今日はお昼抜きよ」

「はあ~!? ちょっと待ってくれよマミ~! そりゃ横暴じゃんかよ~! 大体あすみはどうなんのさ~!? こいつもお前の事『えっと、おかあさんみたい……っ』って言ってたのにさあ~!」

 当て擦りにわたしの声をしおらしく真似られる。けれど正直全然似ても掠りもしてなくて、まさに嫌がらせ以上の何物にもなってない。

 こちらにまで罪を被せないでほしい。

「ガミガミうるさいとまでは言ってないから良いのっ。ね~あすみちゃん」

「うんっ!」

「あ、テメ、あすみ裏切りモン!」

「て言うか佐倉さん? あなたずっと私の事そう思ってたの?」

「あ~うっせえな! クソウッゼエいけ好かねえ先公ババァとかよりかは良いだろ別に! とにかくマミは姉貴ポジな!? いいな!?」

「え……」

 ぽかん……と、不意にお口が開かれて。

「……でも、私のこと単なる師弟関係だって……」

「あ? そんな事一度も言ってねーし。大体マミいつまで師匠ズラしてんのさ、鏡見とけよ。も~アンタそんなガラじゃねえってハイハイ」

「……」

 流れる少しの間の沈黙。

 仄かに桜色に染まる頬。

 けれどその色は、恥じらいや憤怒なんかじゃなくて……。

「……うふふふふっ」

「は? え? ま、マミ? どうした?」

 瞼を閉じながら零れる笑み。

「佐倉さんっ」

「は、な、なんだよ気色悪い」

「今日はいっぱい……いっぱい食べてってね? 残しちゃイヤよ?」

「あ、い、いや言われなくてもそのつもりだけど……ってか昼飯抜きってさっき……どうしたんだオイ」

「うふふふふっ。なんでもないっ」

「え、あ、あぁそうかい」

「ふふっ。……ありがとう、佐倉さんっ」

「お、おう……?」

 エプロン姿のまま台所へ、小気味よく小走りして戻ってくマミおねえちゃん。

「……な、なんだったんだあいつ」

「さ、さぁ……?」

 不機嫌だったのが、打って変わっていきなり小躍り気味なマミおねえちゃん。

 でも、今のでハッキリと分かった事があるの。

 マミおねえちゃん、多分コイツの事もとても大切な子だって事が。

 そして狂犬にしても、聞いていたよりはまんざら険悪でもなさそうと言う事も。

「……わたしマミおねえちゃん手伝ってくるねっ」

「はあ? ンなの全部マミにやらせときゃ……ってゆま居ねえじゃん。アイツどこ行きやがった」

「ゆまちゃんならマミおねえちゃん手伝いにいったよ!」

「あぁ? あ~もうアイツ……」

「お手伝いしないの杏子おねえちゃんだけになっちゃうねっ」

「あ~クソっ! わかったよやりゃいいんだろやりゃ!」

「ふふっ」

 少しだけ風見野をリサーチした事はあるけれど、正直言って今の狂犬は聞いていた通りの利己的な魔法少女・佐倉杏子のイメージからは少しばかり掛け離れてる。

 妹分を手にしてから、些か丸くなったって所かしら。

 だからこそ、味わい甲斐がある。

 マミおねえちゃんの大切な子である狂犬。狂犬の大切な子である猫ガキ。

 まずは猫ガキから……といってしまおうかしら。

 順番に徐々に狭めてくように大切な人の命を奪い、マミおねえちゃんを憔悴させる。

 そしてわたしに頼りっきりになったマミおねえちゃんの顔面を蹴り飛ばす。

 どうしてか狂犬の固有魔法は不明だし、猫ガキの方も多分最近魔法少女になったばかりだから情報もつかめてない。

 それとなく下調べしておかなくっちゃね……。

 

 そしてご飯の出来上がり。メニューはオムライス。理由はお子様が多いからとの事。

「あら……?」

 不意に眉を顰めるマミおねえちゃん。

「あ? どうした?」

「えっと、もしかして味付け間違えちゃったかしら……って」

 マミおねえちゃんに限って料理の味付けを間違えるなんて有り得ない。

 ここしばらくの間、マミおねえちゃんの手料理に実際に舌鼓を打っていたわたしからしてもそれは流石に保証できる。

 現に狂犬だってこう言ってるの。

「そうかぁ? フツーにウマいと思うんだけど。な~ゆま?」

「あぐあぐあぐあぐ」

 特に猫ガキは久々のおいしい手料理だったのか、我を忘れてがっつき頬張ってる始末。

 あれだけロッキーのジャンキーにされちゃこんな温かいご飯、美味しいに決まってるわ。

「ゆまちゃん食べ過ぎよ?」

「ぅぐ!」

「あ、おい詰まったんじゃねえか?」

「もうっ! だから言ったのに……ほらこれ飲んでっ」

 喉を鳴らし、つっかえた食物を水と共に流し込む猫ガキ。

「ぷは……。おねえさんの料理が悪いんだもんっ」

「え、えぇ……? そんなに不味かった……?」

「おいしくって……」

 バツ悪そうに俯く猫ガキ。

「もうっ。うれしいけど、ちゃんとお行儀よく……ね?」

「は~い……」

 優し気に叱るその姿。まさに一家のおかあさんみたいで……。

 そんなマミおねえちゃんが、今度はわたしに気を掛ける。

「えっとあすみちゃん……美味しい?」

「……」

 まず特筆すべきは、舌の上で蕩ける玉子かな。固過ぎず、また適度に液状にまでは柔らかすぎず、玉子本来の甘味が舌を包み込む。ライスはオーソドックスにチキンライスではあるものの、わたしとしてはオーソドックスだからこそ舌を唸らせるには難度があると思ってるの。基本的な味付けはケチャップだろうけど、不思議と食べていて飽きない。

「……あ、あすみちゃん……?」

「……おいしいねっ」

「よかったぁ……。何か今日失敗したかと思ったの……」

「ううん。マミおねえちゃん失敗する訳ないから……」

「っつかコレでヘタこいたってんなら他の奴どうなるんだよ、なあ?」

「おねえさんありがと~」

「ふふっ。どういたしまして」

「えへへ」

 トマト本来の酸味を感じ、また別に旨味も感じる。バターかな。そして具材を炒める際に多分オリーブオイルを用いたか。ここまで詳細にマミおねえちゃんに言ってやりたい気もしたけれど、ここまで饒舌に話せば不審がられもするかもしれないから、簡単な感想だけ言っておいた。

「……こんな楽しい食事、なんだか久しぶりって感じがするの……」

「アンタあすみと食ってたんじゃないの?」

「そうだけど、なんだか『家族』みたいって……。お父さんとお母さん、まだ居てくれた頃のこと思い出しちゃったなぁ……」

「……マミ」

 どこか遠くへ見やりつつ、微かにその瞳を潤わせるマミおねえちゃん。

「……あー、えっとな、マミ」

「うん……?」

 バツ悪げに、気まずげに頬を紅潮させ視線をマミおねえちゃんから逸らす杏子。

「その……さ、毎日ってワケには流石にいかないけどさ。たまにメシ食いにだけ来るぐらいならしてやっても良いぞ。……多分」

「え……、泊まってってもいいのよ……?」

「いや、そりゃ流石にちょっと悪いっつーかなんつーか……」

「ううん、私ぜんぜん良いわよ……?」

「いや、でもさぁ……」

「じゃあゆまちゃんはどう?」

「うんっ! ゆま、もっとおねえさんのお料理食べてみたい! おいしいし!」

「それじゃあ決まりねっ」

「おいテメっ! ゆま使うとかセコいぞお前!」

「うふふふふっ。お姉ちゃんの言う事は聞いておくものよ?」

「お前ウザ姉貴扱いにキレてたろーが!? 都合良い時だけ姉貴ぶりやがって」

「だってお姉ちゃんって呼ばれちゃったんだもの。呼ばれちゃった以上、これからはお姉ちゃんとして佐倉さんを教育しますっ」

「うわウザ! これならメシ食いに来るなんて言うんじゃなかった! 勘弁してくれえ~!」

「うふふふふっ」

 戯れ合うその姿は、さながら本当の姉妹──『家族』そのものだった。

 けれど──。

「……」

「……あすみちゃん?」

『わだかまり』を抱えつつも、純真な子供として振る舞う。

「うん、わたしも泊まってって欲しいかな。杏子お姉ちゃんに」

「いやお前の家じゃないだろココ」

「あら、あすみちゃんはもうこのお家の一員なのよ? ね~あすみちゃんっ」

「えへへっ」

 わたしが一員。

『家族』の一員。

『家族』。

『家族』。

『家族』──。

 

 食後のデザートを終えて──。

「ふぁぁ……」

「マミおねえちゃん……?」

「ぅ……うん。食べすぎちゃったのかな……。ちょっと眠くって……」

 特製オムライスにケーキに紅茶。満腹も満腹にならない筈のないメニューだった。そして真昼も午後三時。眠くなるにはちょうど良い時間。

「佐倉さんは……?」

「えと……っ」

 わたしが指で指し示す先には──。

「……ぐぉ~……」

「……すぴー」

 二人揃ってソファの上で眠りに落ちる杏子とゆま。

 涎が滴る程に綻びた表情には危機感も無く、まるで母を前にする赤ん坊のよう。

「……もうっ。ちゃんと……お布団で、寝なきゃ……」

 時折かくん……かくん……と首を揺らすマミおねえちゃん。

 折れるまい、と支える首の力が睡魔を堰き止めているのかも。

「えっと、マミおねえちゃんっ……」

「ごめん、なさい……。お姉ちゃん、しっかりしてなきゃ、なのにね……っ」

 重い瞼は今にも閉じられそうで。

 潤う瞳はもはやわたしを見てなくて。

「……おなかいっぱいでしあわせ。お昼寝はその証拠って、おかあさん言ってたもん」

「……ふふっ。そうかもね……。あすみちゃんの……良い、お母さん……っ」

 さぁ、ふわっと浮いてしまいましょう。

 声の聞こえない、海の底へと沈むように。

「えへへっ。だからお昼寝っていいことって、わたしおもうんだ……」

「ぅ……ん。そう、……ね。あすみちゃ……」

 嫌な事も何もかもを忘れて。

 夢の世界に──。

「おやす、……み……」

 深く、深く、どこまでも深く。

 真綿に温かく包まれる眠りの心地。

 すー……。すー……。と眠るマミおねえちゃんの表情。

 心底の安心に身を委ねる少女の姿する洋人形のよう。

 そんな洋人形を眺めるわたしは──。

「────きヒ──」

 その口は端まで引き裂かれ、狂笑の色を浮かべてた事だろう。

 マミおねえちゃん、日々凝ったケーキを作っているからか確かな舌なのかもしれない。

『味』に気付いた時には流石に蟀谷に汗の雫を垂らしそうにはなったものの、佐倉杏子の舌が馬鹿寄りおよび千歳ゆまの舌がまだ子供だった事により『味』がバレずに済んだ。

 もちのろん自分のオムライスには『仕込み』なんてしてない。

 また魔法由来の仕込みなんてする筈もない。

 魔力でバレてしまう。

 そこいらの精神科医と薬局を洗脳して調達した睡眠導入剤を使ってやったわ。

 にしても──。

「──なにが『家族』よ」

『家族』。

 それは血がつながっているだけの他人。

 わざわざ口にしないと保てない程に脆く、罪人を縛り付ける縄が語源たる『絆』にも満たないハリボテの関係性。

 わたしのお父さんだってあのザマだったんだ。

 そのうえコイツら、血も繋がってすらいないんだ。

「──フフ、あハハ──」

 ああ、そう──。

 マミおねえちゃん、そう言う人間だったんだ──。

 特段、『家族』なのはわたしじゃなくても良い──。そう言う事よね?

「家族が出来たと思った? でも残念──」

 そっちがその気なら教えてあげる。

『家族』ってのは、とても温かくて優しいモノ──だなんて限らないって事を教えてあげる。

 もっと──もっと醜い『家族』だって居るって事を、その身を以て教えてあげる。

「──結局オマエは独りなんだ」

 わたしの前で『家族』ごっこをしたこと、どこまでも悔やんで欲しい。

 偽りの幸せに頬を綻ばせたこと、どこまでも悔やんで欲しい。

 お前たちがそうして見て見ぬ振りをしてる間に、わたしは──。

 ──わたしたちは──。

「……さぁて、まずはオマエよ」

 

「──千歳ゆま」

 

◆◇◆◇◆

 

 おいしかった玉子。

 おいしかったあかいご飯。

 おいしかったオムライス。

「……ぁれ……」

 ゆま、食べすぎちゃったのかな。

 ふんわりふんわりと、柔らかいお布団の中で眠っちゃったみたい。

 それでね。お外を見るとね……?

「……ふぁ」

 もうすっかり暗くなっちゃった。

 夜になっちゃった。

 ゆま、どれだけ眠っちゃったんだろう。

 それにここは? ここはどこ?

「ぁ……」

 そうだった。

 マミおねえさんのお家。キョーコがゆってた。

『マミのメシ食いに行こうぜ』って、キョーコがゆってた。

 だからゆま、キョーコとマミおねえさんと、おいしいおいしいオムライスを食べたの。

「……うんっ」

 眠ってしまうまでのこと、よく覚えてない……

 ゆま、ちゃんと『ごちそうさま』ってゆったかな……?

 ゆま、キョーコからゆわれたもん。

 おいしいもの食べた時には『ごちそうさま』って、きちんとゆわなきゃダメだって。

「おねえさーん。マミおねえさーん」

「……」

 とてて、とマミおねえさんに走っちゃう。

 おねえさんは台所でお皿をあらってて。

 でも……、ゆまのほう、見てないの。

「ぁ、あのっ、マミおねえさんっ」

「──なに」

「……っ」

 おねえさん、忙しいのかな。

 お皿、洗うの邪魔しちゃったのかな。

 ゆまの方を見ないで、ずっとずっとお皿を洗ってる。

「オムライス、おいしかったよ……?」

「それで」

「っ……。ご、ごちそうさま、って……ゆま、ゆってなかったと、思うから……」

「……そう」

「うぅ……」

 ……やっぱり、邪魔だったんだ……。

 ゆま、マミおねえさんの邪魔しちゃった……。

 マミおねえちゃん、怒ってるかな……?

 怒ってるよね……?

 怒られちゃう、のかな……。

「……」

「うぅ……っ」

 マミおねえさんにごめんなさいしなきゃ。

 忙しいのに、お話しちゃったこと、ごめんなさいしなきゃ。

 だから、ゆま──。

「……ゆまも手伝うっ」

「いい。私一人でやれるもの」

「で、でもっ、ゆまっ、マミおねえちゃんの邪魔しちゃったもん……」

 マミおねえさんに、ごめんなさいするの。

 お皿のおてつだいして、ごめんなさいの代わりになるの。

「……じゃあこれお願い」

「……! うんっ!」

 ゆま、お皿洗うのはじめて。

 ママには、洗わせてもらえなかったから……。

 ゆまが邪魔だ、ってゆわれて、お皿すら触らせてもらえなかったから……。

「んしょ、んしょ……っ」

「……出来たらここに置いておいて頂戴」

「う、うんっ……」

 ゆま。頑張るもん。

 マミおねえさんに、ごめんなさいできるように、お皿洗い頑張るもん。

「で、できたよっ!」

「……じゃ、ここ置いて」

「は、はいっ」

 もっともっと頑張るからっ。

 お皿あらい、頑張って、ゆま、マミおねえさんにごめんなさいって。

 ごちそうさまって──。

「……次これ」

「ぅ、うん……」

 けど、お皿は──。

「あ──」

「──!」

 マミおねえさんの手から離れてしまった。離れたお皿がおっこちて──

 

 ──おさらが、ゆまの、あたまに──。

 

「ぃ、やあぁっ!」

 ゆま、後ろにこけちゃった。

 お尻をついてこけちゃった。

 さっきまでゆまが居たところにはガシャンと。お皿が地面にぶつかってめちゃくちゃになっちゃった。

 避けなかったらゆま……、今頃あたまは真っ赤になって血だらけで──。

「……」

「ぁ、ぁあっ……!」

 避けなかったら、ゆま今頃、あたまが真っ赤になって、血だらけで、でも──。

「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ……!」

 ゆまが悪いんだ。

 ゆまがお皿をちゃんと持たなかったから。

 ゆまが、ちゃんとしなかったから……!

「──いい加減にして」

「ひっ……!」

 怒ってる。

 マミおねえさんに、怒られる。

「お皿ぐらい満足に持てないの?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ……!」

「ねぇ、どうなの?」

「ぅ……ぐす、ぅ……うわああああああん……!」

 ゆまが、ちゃんと持たなかったから。

 ゆまがゆわれた通りにしなかったから!

 マミおねえさんを怒らせちゃった!

「泣いてちゃ分からないでしょう。ねぇ、どうなの? 満足に持てないのに、どうして手伝うなんて言ったの?」

「ぐすぐす……っ、っひ……ぅ……!」

「──どうなのッ!」

「ひッ──!」

 ごめんなさい……!

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!

 ごめんなさい……っ!

 ごめんなさいっ!

「ま、マミ、おねえさ……ごめ、なさ……っ」

「……気安くお姉ちゃんだなんて呼ばないで」

「え……っ」

 ま、マミおねえちゃん……?

「あなたにお姉ちゃんだなんて呼ぶ資格無いの。なんでかわかる?」

「……っ」

 分からない……!

 分からない分からない分からない!

 ゆまぜんっぜん分からない!

「私のね……? 大切な妹ってね……? 佐倉さんだけなの」

「……!」

 キョーコ……?

「今まで、ずっと今まで私……佐倉さんとはお友達になれなかったんだ……って、ずっと泣いてたの」

 キョーコはそんなのじゃない……!

 キョーコはマミおねえさんのこと、お友達じゃないなんてゆわないもん……!

「でもね? あの子はね……? こんな私をお姉ちゃんみたいって言ってくれたの……。お友達なんかじゃなくて……私たち、それよりもずっとずっと大切な、家族なんだって言ってくれたの……!」

 ほ、ほらっ!

 キョーコは優しいもん!

 マミおねえちゃんのこと、お友達よりも大切ってゆーもん……!

 

「──アナタはどうなの?」

 マミおねえさんがゆまを睨む。

 ずっと、ずっと嫌な……冷たい目でゆまを見るの。

 涙なんて、ぜったい流れそうにない程冷たい目──。

「ゆまちゃん。佐倉さんから何も言われてないわよね? 『妹』ですらないわよね……!? もちろん、ゆまちゃんなんて『妹』じゃないわ」

「っ……!」

 ゆま、キョーコの……お友達よりも『大切』じゃないの……?

「『妹』ですらないんだから、軽々しく私の事お姉さんだなんて呼ばないで……! お姉ちゃんって呼んで良いのは佐倉さんだけなの……! あなたなんかよりも、ずっとずっと付き合いの長い佐倉さんだけなのっ! 身の程を弁えてッ!」

「っひ──!」

 ぁ……ぁああぁあああ……!

 ぁあぁあぁあああああっ……!

「おいマミッ!」

「っ……!? 佐倉さん……!?」

 キョーコがマミを怒った。

 キョーコがゆまのところへきてくれた。

 キョーコが助けてくれる!

「テメエ……! ゆまに何言いやがった!?」

「っだ、だってこの子お皿落としちゃってっ……!」

「皿ぐらいまた買えば良いだろうが! なんでそこまで怒鳴り散らすんだよ! おかしいぞマミ!」

「……私が、おかしい……?」

「あぁそうだよ! 相手はまだガキだぞ!? あたし等よりどんだけ下だと思ってんだ!? 誰に怒ってんだよ!? なぁ!?」

「っ……」

 キョーコも怒ってる。

 マミに怒鳴り散らしてる。

「……元はと言えばあなたのせいでしょう?」

「はあ!? 何言って──」

「あなたの教育が悪いから、ゆまちゃん皿すら満足に洗えないじゃない!」

「ばッ──!?」

 違うの。

 ゆまが悪いの。

 ゆまが、ママのお皿洗ったことなかったから。

 ゆまがヘタクソだったから。

 だから、キョーコは悪くないの……!

「テメエ──! 言って良い事と悪い事があんだろうが! こいつはな、こいつは満足に皿さえ洗わせてもらった事が──!」

「じゃあ貴女が洗わせれば良かったじゃない」

「ンだと──!?」

 ──やめて。

「それとも何? またロクでもない物しか食べさせてないから洗う必要が無いって訳? またハンバーガー? それともジャンクフード?」

「──テメエ」

 ──やめてよ……。やめてよ……!

「……あたしだって、コイツに手料理の一つや二つ作ってやりたいさ……。でもな、でもなぁ……。母さんに、教えてなんてもらったこと──」

「私が教えたわよね。なんで作れないの」

「ッ……!!」

 もう──もう──っ!

 

「もうやめてよぉっ! ケンカしないでよぉっ!!」

「っ!? ゆま……!」

「静かにしなさい。これは私と佐倉さんの話で──」

「ふざけんな。コレはもともとテメエがゆまを怒鳴りつけたからの話だろうが!」

「キョーコっ、やめて──」

「もとはと言えばあなたの責任でしょう!? 子守りのひとつも出来ないで、どうして連れまわしてるの!?」

「あぁもういいよ! あたしの勝手にすっからよ!『妹』ひとり躾られやしねえクセに、何が姉だクソッタレが!」

「っ──! ま、待って──!」

「こんなゴミみてえな家、二度とおさらばだっての!」

「まって佐倉さんっ!」

「じゃあな! クズが!」

 怒ったキョーコが、玄関のドアを蹴って閉じて──。

「っぁぁ……ぁぁああああああっ……! 佐倉さん……っ! 佐倉さんっ……!」

 ドアの向こうのマミ、泣いちゃってた。

 ずっとずっと大きな声で泣いちゃってた。

 

「ったく……。くそったれがくそったれが。大グソッタレが……ッ!」

 ガシャン! とキョーコが道のゴミ箱を蹴り倒す。

 中身のカンが全部散らばってしまう。

「きょ、キョーコぉ……っ!」

「……っはァ。大丈夫。もう大丈夫だからな。あんなゴミみたいな奴、もう二度と会わなくて良くなったからな?」

「ぅ……うん……」

 ──ゴミ。

 違うの。

 マミはゴミじゃないの。

 悪いのはゆま。

 ちゃんと育たなかったゆま。

 だからキョーコは悪くない。

「ふぇ……っ」

「ど、どうしたゆま!?」

「キョーコっ、ゆまのっ、ゆまのせいでっ、マミおねえさんのっ、いもーとじゃ、なくなっ……うわぁあぁあんっ……!」

「……っ、ゆま……!」

 キョーコに抱きつく。

 キョーコが抱きしめてくれる。

 キョーコのお腹濡れちゃった。

 ゆまの涙で濡れちゃった。

「ごめんな……。そんな思いさせて、ごめんな……っ」

「ぇぐっ……。うぅ……。ぐす……」

「……大丈夫だ。今度はあたしが育てる。ゆまをちゃんと一人前に育ててやっから」

「ぐす……。ほんと……?」

「あぁ! だからさ? お前が大人に育ったらさ、またマミと一緒に住もうぜ」

「わぁ……!」

 ゆま、キョーコのために頑張る……!

 早くオトナになってまたマミはキョーコのおねえさん!

 仲直りできるようにゆま、もっともっと頑張るから……、だから……!

「……よろしくおねがいしま~すっ!」

「おうおう! その調子その調子! ンじゃまずは……っと」

 キョーコとゆまの最初のトレーニング!

 ゆま、頑張るよ!

 キョーコの宿題、どんとこいだもん!

 

「──あっちのコンビニでさ。食いモン取ってきてくんねーかな」

 

「──え」

「あ?」

 キョーコが、ゆまに『万引き』しろってゆった。

 ゆまに、物を盗めってゆった。

「で、でも、キョーコっ」

「何だ」

 ゆま、キョーコに『万引き』するな、って。

「……あー、そういやあたしお前に言ったっけな。まだ背伸びすんなって。勝手にはしゃぐなって」

「う、うんっ……」

「──でもな、今がその時なんだよ。早く一人前にならなきゃダメなんだよ」

「あ……」

 一人で生きてく方法。

 やっと、やっときたんだ。

 キョーコが真剣にゆまを育ててくれる時が……!

「ンじゃ行ってこい! あたしここで待ってるからな?」

「う、うんっ!」

 キョーコにご飯をあげるんだ!

 キョーコにおいしいもの食べさせてゆま一人前になるんだっ! 

 だから──だから『万引き』しないとっ……!

 

 そして、キョーコがいつも居るコンビニに着いたの。

「えっと……んと……! あった……!」

 キョーコがいつも食べてる、キョーコがいつも大好きな『ロッキー』。

 チョコがついててカリっとしてて、キョーコに食べさせてもらった思い出の味なの。

 ゆま、キョーコが好きなロッキーが一番好き!

「……っ!」

 お店の人にばれないように。ゆまの服の中に隠して見つからないようにしてっ。

「……っっ!!」

 今すぐにお店から逃げる! やった……! これでゆまは一人前っ! キョーコの大好きな大好きなおかしを届けて、ゆま……またキョーコとマミをいっしょに住ませられるの! マミはキョーコのおねえさんになって、それで──。

「──お客様」

「──!」

 だれかが、ゆまの腕をつかむ。怖い声で、ゆまを呼ぶ。ふりかえるとそこには──

 

「お金を払──」

 

 店員さんが。ゆまの腕をつかむの。

 掴んだ腕はとても熱くて、腕が火傷しそうで──。

「──卵、乱、蘭♪」

 お顔はガイコツさんみたいで、髪は二つぐくりで、その目にはお顔があって、ゾンビのようなお顔をした魔女だった。

「っい……いやぁああっ!! いやだっ! はなしてっ! ごめんなさいっ! やだぁっ!」

「濫、爛、嵐──♪」

「やだぁ! いやぁあっ! いやだぁあああっ!」

 その魔女は、キョーコをいじめた魔女。

 キョーコの手足をなくして、だからゆまは契約したの。

 キョーコを、今すぐキョーコを治してって……!

「ひぃっ──!」

 手足があつい……!

 いたい、あつい、いたい、やだ……! あつい……!

 あついあついあついあついあついあついあついあついあつい!

 やだぁあっ! ゆまの、ゆまの手足がっ……!

「っぁあ──ぁあああああああああッ!」

 このままじゃ、ゆまも、ゆまも手足がっ、キョーコ、キョーコみたいにっ……。

「──すけ──て──」

 キョーコっ……! キョーコぉ……! ──キョーコっ!

「──たすけてぇっ!!」

 

「ォラッ!」

 赤い声と一緒に赤い光がみえたの。

『光』が魔女をやっつけるの。

「乱──!?」

「ったく、見て『濫』ねえよ……」

 キョーコだ。

 キョーコが助けに来てくれた。

 キョーコがゆまを守りにきてくれた!

「──よく見とけ。コレが一人前の戦い方ってのをさァ!」

 それからは、キョーコすごいんだよ……!?

 びゅんびゅん飛び回って、じゃらじゃらくさりで魔女をしばって、とにかく、赤い光にしか見えなかった!

 キョーコ、やっぱり強い……!

「──ふゥ。一丁あがりってな」

「わぁ……!」

 魔女をやっつけて、黒い球──グリーフシードもゲット。キョーコはやっぱり、ゆまとちがってオトナなんだね……!

「──さて」

「──!?」

 でも、キョーコが見るの。

 

 ゆまを、ギロッ──と。

 

「ひっ──!」

「……ゆまさぁ。あたし言ったよな? 食いモン取ってこいってさ」

「ぁ……ぁあっ……!」

 キョーコに……。

 キョーコに怒られるっ……!

 っぁあ……ぁあああっ……!

「ご、ごめんなさっ──」

「しかもこれロッキーじゃん。あたしは言ったよな? 食いモン寄越せってさァ」

「っひ──!」

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ……!

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!

「っやだ──やだ、キョーコぉっ……! ゆまっ、ゆまのことっ、き、きらいにならないでっ……!」

「っはァ~……」

 声に聞こえる溜息をつくキョーコ。

 キョーコ、ぜったい怒ってる……。

 いやだ……、いやだよ……。

「何で菓子取ってくるんだよ。何で食いモンじゃねえんだよ。何でメシじゃねえんだよ」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい──」

「ごめんなさいじゃないんだよ、なあ? あたし腹減ってんだよ。なあ? なんでメシじゃねえのかって聞いてんだよッ!」

「っぁああああああああああああああっ……!!」

 きらわれるキョーコにきらわれるおこられるすてられるキョーコにすてられるきらわれるおこられるキョーコにキョーコにすてられるきらわれてきらわれたおこられたすてられるキョーコに──。

「──大体さぁ──」

 ──キョーコが、槍を腕にあてる。

「キョーコ──!?」

 そして、その槍を──。

「ひぃッ──!」

 ぶしゃぁっ。って。

 赤い水がとびちった。

 飛び散って……キョーコの……キョーコ──のうで──が──。

「やだ──やだやだやだやだやだぁっ! やだぁっ!!」

 キョーコの腕が、また無くなっちゃった。

「なんでっ! なんでそんなことするのっ! キョーコっ! なんでっ!」

「あ? 何キャンキャン叫んでんだウゼエ。っつかよ。魔法少女ってさ──」

 

「──魔法少女って、こう言うモンだろぉ……?」

 

 そうゆってキョーコが嗤った。

 歯をみせて、ハサミで切り裂いたみたいに。

 お顔の端まで、口が裂けていて。

「──ぁ」

 血が噴き出る腕の切り口から伸びたの。

 うでが、グググっ、と。

 ニュルんっと。無くなった腕がすぐに、元通りに──。

「へッ。どーよ。魔法少女のカラダってベンリなモンだよなァ? こうやってすぐに治せんだしさァ?」

「──ぁ──ぁあぁ──!」

 やめてよ……。やめて……!

「あ? ンだよその目は? ウザってーなオイ……」

 やめてっ!

 キョーコがキョーコを傷付けないでっ!

 すぐ元通りに治せるからって、痛い思いしないでっ!

「ッつかよ? オマエの願いなんだっけか?」

「ゆ、ゆまの願いはっ」

「あー。あたしを助けるんだっけ? 手足もがれたあたしを?」

「う、うんっ! ゆまのねがいっ。 キョーコをたすけ──」

 

 ──あ。

 

「──っ。っっ……」

 魔法少女のからだだったら。手足がなくなっても、すぐなおせる。

 じゃあ、じゃあゆまのねがいごとって──

「──ハハッ! ナニ? 今更気付きやがったっての?」

「──ぁ──ぁぁ──っ」

「あぁ、そうだよゆま。魔法少女は最悪こうやって治るんだ。脳味噌シェイクされても、ありったけの血を引き抜かれてもな。だからさぁ……ゆま」

 

「──お前の願い、無駄だったんだよ」

 

「────」

 ゆま──おねがいしたいみ、なかったの──?

「この通り、手ェ千切られても無事だったんだよ。何なら腕だけじゃねえ、脚も試してみっか?」

「──ゃ──」

 ──やめて──

「っし、ンじゃ次はっと。根本から足を──」

 ──やめて──!

「見てろよー? ゆま。また血ぃ噴き出るぞー? 魔法少女のカラダがすげえベンリだっての、教えてやっからよ、もっと」

「やめてよぉっ!」

「──ア?」

「キョーコ! なんでそんなことするのっ! 魔法少女でも、ぜったい、ぜったい痛いよ! なんでっ! こんなっ……!」

「何言ってんだオマエ。て言うかさあ? あの時もさあ?」

 

「──あの時あたし、ガチで痛かったんだけど?」

 

「──キョ──コ──」

「オマエがもっと早く契約してくれりゃ、あんな痛い目見なくて済んだかもなァ……?」

「────」

「ま、どの道魔法少女だし、死ぬってこたァないけどよ」

「キョ──コ──」

「……なあ、何でお前まだいんの?」

「え──」

「だってさあ、オマエさあ……願い無駄っつったろ。お前要らねえんだよ。早く消えろよ」

「────キョ──」

 ゆま──無駄──?

「そうだ無駄だ。オマエなんか、居ても居なくても同じだ」

「無駄……? ゆま……役立た……ず……?」

「あぁ、役立たずだな。居ても同じ居なくても同じ。ならあとは役に立たないって言うしかないよね」

 ──ゆま────役立──たず──。

「──────」

「────お?」

 ゆまが──『黒』くなっていく──。ゆまが──ゆまのこと──わかんなくなってく──。ゆまじゃ──ないみたい──。

「──アハッ! すっかりソウルジェム濁りまくってんじゃねえか! こいつは丁度良い! あたし腹減ってたんだよなぁー!」

 ──ゆま──食べられちゃう──の──? キョーコ──に──たべられ──て──。

「なァ? 知ってっかァ? ソウルジェムってさァ──濁り切るとよ──」

 ──ゆま──黒くなっちゃう──と──。

「──魔女になっちまうんだってよ! コイツは傑作だよナァ!?」

 ────ゆま──まじょ──に──。

「ンでからさァ! オマエがグリーフシードになっちまってさァ! あたしの魔力になるってワケだ! アハハハハハハッ! すげえ得だよなァ!? メシにも困らねえってさァ!? すげえよなァ!?」

 ゆま────キョ──コの──ごはん──に──。

「──魔女になれよ」

 ──ま──じょ──。

「さっさと魔女になっちまえよ……! そしてあたしの腹ァ満たしてみろよ! 捨てられたくなきゃあなァ!?」

 ────────。

「あたし腹減ってんだよさっさとしろよ──! それが役立たずのオマエが出来る、唯一のお手伝いだろうが──! テメエがあたしに嫌われない為の『一人前』ってヤツだろうが──!」

 ────────。

「──ハハッ。もう食べごろだな。ウマそうなグリーフシードだろうな。あぁ!」

 ──ゆま────もういい──よ──。キョーコに──キョーコに──食べられ──て──。

「さぁ──千歳ゆま」

 

「──サヨナラ勝ち、ってね」

 

◆◇◆◇◆

 

 ──蒼白。

 巴マミ──いや、彼女のみならず佐倉杏子までもが、珍しく顔を蒼くしていた。

 仄かにつかみ取った二つの気配──そのうち片方は恐らく千歳ゆま──を追うにあたり、私──暁美ほむらは彼女達に協力を求めた。

「どこだ──!? どこだぁッ! ゆまァッ!」

「あすみちゃんっ……! ゆまちゃん……っ!」

 ビルからビルへと飛び乗り、街の夜空を駆け巡る。

 千歳ゆまが魔法少女であるならば、巴マミと佐倉杏子にとっては十二分に心強い。

 彼女だけは魔女化の真実に堪えられる。

『──いつかは今じゃない』。

 あの一言で、美国織莉子らを葬るべく魔法少女達は再び奮い立ち上がった。

 故に千歳ゆまを失う訳には決していかない。

 ワルプルギスの夜を斃し、この無限回路から逃れられる突破口となり得るのだから──!

『暁美さんっ……! あすみちゃんは!? ゆまちゃんは!?』

 テレパシーで連絡を取り合いながら千歳ゆまおよび神名あすみを捜索する。

 ──神名あすみと言う子供が何者かは知らず初耳で、巴マミの同居人と言う事しか分からない。

 ソウルジェムによる魔力探知は『パターン』で判定する。

 有り体に言えば、前述の通り気配とも呼ぶべきか。

 まばゆく光るアメジスト色をした宝石──私のソウルジェムが二つの気配を濃く嗅ぎ取った。

 一つは千歳ゆま。かつてイレギュラーにして悪夢の時間軸にて、一度だけ千歳ゆまのパターンは把握しその時の気配も全て覚えている。

 だがもう一方は正体不明。

 そして『首謀者』たる美国織莉子ではない。

『気を付けて。千歳ゆまと、もう一人居るわ』

『誰──!?』

『私にも分からない。この気配は初めてよ──』

『クソ──っ! 最近話題の魔法少女狩りか!?』

『いいえ──。それとも違う──』

 ましてやその手駒である呉キリカでもない。

 全く未知の、初めて遭遇する魔法少女──。

 美樹さやか、巴マミに佐倉杏子。千歳ゆまに美国織莉子に呉キリカ。

 この六者は既に種が明かされており、私の固有魔法──時間操作──で先手を取る事も容易い。

 だが『カンニング』が使えない。

 美国織莉子と魔女化した呉キリカと同様、初見では時間操作が通用しない可能性だってあり得る。

 リスクをとるべきか、それとも千歳ゆまを見捨てまどかを救うべく生き永らえるべきか──。

『あっちの廃工場よ。行きましょう』

 千歳ゆまを生かしまどかを救う戦力にする。

 その為なら多少のリスクなど上等で度外視してやる。

 けれど覚悟とは裏腹に、どうしても脳裏にてフラッシュバックされる忌々しきイレギュラーの記憶。

 すべての事が上手く運ばれていたとしても、救世主を自称する大罪人共の手一つにより、まどかの命が容易に刈り取られる。

 久方ぶりに再び(まみ)えるであろうかもしれないその存在に、私の額にこんな序盤では珍しい珠の汗がまとわりつく。

 

 ──廃工場前。

 いたるところの金属が汚くオレンジに錆び付き、鉄の香りと、煙のように埃臭い香りが鼻をつく。

 恐らく十数年は人の手など加えられておらず、稼働した気配もない。

『砂時計』を止めるスイッチにも気を配り、何時でも瞬時に時を凍らせる準備も出来ている。

 現代兵器の照準に狂いもなく、時を止めさえすれば相手のソウルジェムを瞬時に撃ち抜ける。

 私の前に、おおよそ魔法少女の敵など居ない。

 ──美国織莉子と魔女化した呉キリカ。奴らを除いて。

「──佐倉杏子。行くわよ」

「おう──」

「あすみちゃん、ゆまちゃん──! 無事でいて──!」

 怒りに奥歯を噛みしめる佐倉杏子に、目尻に球の涙を溜め、彼女の『家族』の安否を祈る巴マミ。金属の扉を蹴破り、轟音と共に奥へ奥へと突き進む。そこには──。

 

「ぁ──ま、マミ──おねえ──ちゃ──っ──!」

 傷だらけで流血すらも見られる、その小さな躰をガタガタと震わせ、アンモニア臭のする水溜まりを作り、ズボンにシミを作る銀髪の少女と──。

「────────」

ソウルジェムがひどく黒く濁り、その瞳に虚空を映す千歳ゆまの姿だった。

 

◆◇◆◇◆

 

 おねえちゃん達が来る少し前──数分前までのお話。

「……あーあ」

 せっかく良いところだったのに、わたしのソウルジェムが眩い銀に輝き、三人もの気配がこちらへと急接近してきてる事を示していた。

 タイミング的にはマミおねえちゃんと狂犬に間違いはない。

 でも最後の一人が予想付かない。

 ミッキーは未だ契約してない筈で、キュゥべえと共謀して仕込んだ『種』はまだその時じゃない。

 魔法少女狩りって線も多分無く、と言うのも多分あの一派は鹿目まどかに執着してる。

 もちろん優木沙々なんかじゃない。あの子はこの前頂いたばかり。

 そしてましてや糞猫こと千歳ゆまでもない。

 現にコイツは今まさに目の前で『孵化』しようとしていたんだ。

 このまま美味しく千歳ゆまの命をグリーフシードとして根こそぎ刈り取ろうと思ったのに──。

「──じゃあ暁美ほむら?」

 消去法ではそうなるけれど、コイツもコイツで鹿目まどかに付きっきりだから有り得ない……筈。

 もし有り得たとしたら、鹿目まどかを守るとは言いつつも言うほどの『ガチ』ではない事が伺える事になってしまう。

 少なくともまどかを取り巻く難攻不落の要塞──ではなくなる。

 何せ手段を選ぶタイプの人間(・・・・・・・・・・・)と言う事になるからだ。

 けれど依然と正体不明のイレギュラー。

 固有魔法不明。

 キュゥべえを瞬時に刈り取るその戦法。

 全てがヴェールに包まれ、出来れば『表情』を見るまでは敵対する事を避けたいその人。

「──こんな時に鬱陶しいわね──!」

 捨て猫の魔女となるのか。

 はたまた化け猫の魔女となるのか。

 それとも衣装のソレはお飾りで、ジレンマ(・・・・)()る泪の雫を散らす異形(Pistis)か。

 如何にその姿を『(マジョ)』へと変えるのか。

 その啜る苦く甘い蜜の味を想像しては胸を躍らせてたところだったのに。

 生殺しもいいとこよね──。

「──Gvneurldeuknブラックアウト.

 パチン、と小気味良く指を鳴らし千歳ゆまの意識を閉ざす。

 これでわたしがスイッチをオンに入れない限りは糞猫が再び目覚める事なんてない。

「さて──」

 ステージに立つはわたし。

 主役はわたし。

 いつだってそう。

 なら、主演はいつだって迫真の演技で振る舞わなくちゃいけない。

 割れたまま放置された窓ガラスの破片を手にして──。

「ッぐ────!」

 定規で線を引くが如く、腕に赤いライン(切り傷)を引く。

「く──ッぁ──グ──!」

 声をあげなきゃいけないほどの痛みなんて無い。

 痛覚なんて遮断しちゃえばいい。

 続いて太腿、指、ふくらはぎ──と、小さな小さな躰のいたる所へ自分から傷を刻み込んでく。

「っく──きもちわるい──」

 痛みはないけれど、痛み無くして血に溢れるなんて……。

 却って得も言えぬ不快感に、わたしの頭の中を唾液蓄え穢れた舌で舐め擦られる。

 それはそうと、聞くに奴の武器は鉤爪。

 そしてスピードタイプ。

 ならば魔法少女狩りの仕業だと思わせれば良い。

 瞬時に多量の切り傷を負わせる事なんて造作もないはず。

 また、同じくして──。

「アハハ──アハハハハ──!」

 千歳ゆまにも斬り傷を刻む。

 魔法少女狩りに見せかけるために。

「あははははッ! 楽しい……! 楽しいよぉ……! 糞猫のカラダ、みるみる内に赤くなっちゃう……! まだこんなに幼いのにねぇっ!?」

 赤い飛沫がわたしを昂らせる。

 わたしはココロの死──ココロが燃え尽きるその瞬間こそが美味しいけれど、こうしてカラダを甚振るのもそれはそれで心地良い。

 これで悲鳴をバックミュージックに出来たなら、どれほど爽快だったのかな。

「──これで──フフッ──!」

 これで彼女らの目に飛び込むは、昏倒した千歳ゆまとひどく怯えるわたし。

 誰にもわたしの手によりゆまが魔女化寸前にまで追いやられたなんて、気付くわけがない。

 わたしの気配はマミおねえちゃんにも、佐倉杏子にも知られてなどいないのだから。

 そして近々に齎されるは千歳ゆまの絶望。

 妹分を失った佐倉杏子の魔女化連鎖。

 家族を喪ったマミおねえちゃんは、その亡骸を抱え──。

 

『佐倉さんっ──! ゆまちゃんっ──!』

 

 ──どうして?

 鮮明に、幻視するかのように映し出されるビジョン。

 佐倉杏子とゆまの亡骸を抱きしめ、涙に喘ぐマミおねえちゃん。

『どうしてっ──、ねぇ、どうして──!』

 温もりを失った佐倉杏子の頬に、大粒の雫がこぼれ落ちる。

 それでも、冷えた皮膚が涙を癒してくれる事なんてない。

『もう一回、姉貴って呼んでよ……! もう一回、私のケーキ食べてよ……!』

 あるのはかつて佐倉杏子とゆまだったモノの、残り香だけ。

『っ……嫌よ……っ! 嫌……っ! 嫌嫌嫌嫌っ……嫌ぁっ……!』

 

「……」

 わたしはその為に戦ってる。

 もとよりコレこそが目的だった。

 マミおねえちゃんの嘆きこそわたしの糧となる。

 だから『いま幻視したモノ』こそ自らが心の底から望むモノよね。

 でも──だったなら、何でこうも──。

 こうもわたしをイライラさせるの。

 求めていた喜劇の筈なのに。

 想像するに、鼻先がツンと痛み、今すぐにでも堪らず瞼をぎゅっと瞑りたい気分──自分の知らない不快感がわたしを苛む。

「──フフッ。いいえ、まだだ──まだよ」

 糞猫を甚振ってた時の事を思い出せば良い。

 捨てられるなんて恐れてた、滑稽な子供のあの泣き声と悲鳴を。

 それがどれだけわたしを昂らせた?

 それがどれだけわたしを悦ばせた?

 それがどれだけわたしを愉しませた?

 そう、その感覚。

 胸から全身へと沁み込んでく陶酔感──!

 美酒に酔い痴れるかのようで、なんと夢見心地。

 またセカイを不幸と定義できた。

 その優越感をいつまでも忘れちゃいけない。

 ──もはや誰も、わたしを止められない──!

 白魚が如き白き細い指を、獣の様に骨張らせ、天高く捧げるが如く両手を挙げ──。

「──フフッ、さぁみんな──」

 

「──狂宴を始めましょう──!」

 

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