魔法少女あすみ☆マギカ ~Rainy Ambivalence~   作:Κirish

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第6話「わたしのこと、大嫌いにさせてあげる」

 ──ブラウン管に映し出された、かつてのあすみ。

 母の亡骸に寄り添い、声を引き裂く慟哭をあげるあすみ。

 伯父に█され██に██れ、髪飾りごと尊厳を踏み躙られるあすみ。

 教師と学校のクソガキ共に嬲られるあすみ。

 そして──父親に捨てられたあすみ。

「──ざけ──な──」

 体の芯から震える。

 体の芯から絞り出る。

 体の芯から湧き起こる。

「ふざ──けるな──」

 憎しみに震える。

 憎しみに溢れる。

 憎しみが沸騰する

「ふざけるなァッ!!」

 魔女(ケダモノ)ごときがわたしを識るな。

 魔女(ケダモノ)ごときがわたしを視るな。

 魔女(ケダモノ)ごときがわたしを嘲るな──!

「殺す! 殺してやる──!」

 よくもあすみを視たな──!

 よくもあすみを識ったな──!

 よくもあすみを嘲たな──!?

「っははは──あははハハハははハハッ!!」

 機材を破砕する音。

 ガラスのモニタが破れる音。

 真空管が破裂する音。

 全て──全てを鉄球で磨り潰す。

「あはははハハハハはハはハハハハハ!!!」

 ジューサーのようにオマエを粉々に砕いてやる。

 一片も残らず、跡形なく潰してやる──!

「よくもッ! よくもあの時の──あの時のお話をッ──!!」

 魔女(ケモノ)の原型が失せてく──。潜むKirsten中身も、Elly外箱ごと粉砕される。

「死ね!! 死んでしまえ!! 殺す!! 殺してやる!!」

 まだだ。まだ足りない。

 コイツには死んでもらわなくちゃいけない。

「あははははははははは!! 雑魚の癖にわたしの心を見透かして!! 死ね! 死んでよ!! 早く死んでよ!! ねえ!?」

 原型を失せているとしても、とっくに死んでいたとしても、コイツだけは許さない。その肉片一つ残さないよう、粉砕に粉砕しなければならない。

「ははは!! あははははは!! ハハハヒヒッヒイヒヒイイヒイ!!」

 いつしか肉の潰れる音さえ聞こえなくなり、響くは硬く岩の様なコンクリートの音。

「はははははははははははははははははははは!!」

 視界が紅い。あの時のように──父親に捨てられ、()った時のように、視界の淵が紅く染まる。

 わたしの怒りはこんなものじゃ治まらない──!

「死んで! 死んでよ! 死んでよおっ!!」

 もっとだ──もっと!

 例え肉片の音が鳴り止もうとも、コンクリートが砕かれる音しか聞こえずとも、この魔女だけは生かしちゃいけないんだ!

 わたしを見透かした大罪人なんだ!

 魔女の(ケダモノ)クセに!

 ケダモノ(魔女)のクセに!

 潰してやる!

 潰してやる!

 潰して潰して潰してやる! 

「も、もうやめなよ!!」

 誰かがわたしにしがみ付く。

 ふざけるな。

 わたしの処刑を辞めさせるなど万死に値する──!

「ッなせェ!! ハナセぇっ!!」

「もう魔女居ないんだよ!? 何してるのあすみちゃんっ!」

 魔女が居ない?

 何を言っているの?

 この小うるさい声は美樹さやか?

 何故オマエがここに居るの──!?

 何故わたしの邪魔をするの──!

「落ち着いて! お願い落ち着いてって!」

「離せ!! 離せ離せ離せ!! 離せェァッ!!」

 オマエになんてこの魔女は渡さない!

 この魔女はわたしが殺す!

 わたしだけが殺さなくちゃいけないんだ!

 わたしを見透かした罰だ!

 それはこの世界でどの罪よりも重いんだ!

 世界を『不幸』で染め上げるべき、神の名を欲しい儘とするわたしに向けて良い狼藉じゃない!

 わたしが裁かなければならない!

 わたしが殺さなくちゃいけない!

 誰にも殺させない!

 わたしだけが殺す!

 殺す!

 殺す!

 殺してやる!

 殺させろ!

 殺させろォァッ!

「だめっ! 離さないっ! 今のあすみちゃん、見過ごす事なんて出来ない!」

 見過ごせ──!

 黙って指をくわえて見てろ……!

 ねぇ……!

「っなせェ……! っはナセぇ……!!」

「落ち着いて……。お願い、落ち着いて……」

 わたしはいつも落ち着いてるんだ──。

 わたしはいつも残忍なんだ──。

 わたしはいつだって『不幸』の使者なんだ──。

「っな、して……。離して……っ」

 なのに──ねぇ。

 どうして邪魔するの──。

 どうして誰もがわたしを見てくれないの──。

「っ……ぅ、ぅうう……!」

「あすみちゃん……」

 わたしだけが苦しいのに。

 わたしだけが踏みにじられてるのに。

 わたしだけが全部失ったのに──。

「っぅ、ぅぁ、ぁああ……!」

 なんで、あすみだけが悪いの──?

 なんで、あすみだけがこんなに泣いてるの──?

 なんで、あすみだけが泣かなきゃいけないの──?

 

「っぁあああああああああああああっ──!!」

 

◆◇◆◇◆

 

「……ぐす」

 涙に濡れた鼻を啜る。

 屈辱よね。こんな青二才──ミッキーの見てる前でギャン泣きしてしまうなんて。

「ほっ。やっと落ち着いてくれたぁ……」

「……ごめんなさい」

「ははっ、いいっていいって」

 困り笑顔で手の平をひらひらとはためかせるミッキー──美樹さやか。良くも無いし、落ち着いてもいない。あんな狼藉──わたしの全てを、そしてあの██を見透かす狼藉を働かれ、落ち着いてられるわけがない。

「ッ! あすみちゃん隠れてっ──!」

「ふぇ……?」

 白亜のマントにすっぽりとおさめられてしまう。ミッキーが振り向いた先には──。

「美樹さやかに──。──神名、あすみ──!」

 常日頃からの無表情はどこへやら。無色を保てずに奥歯を噛みしめ下瞼を怒りで震わせるほむらちゃんの姿。

「ふ、ふん! 遅かったじゃない転校生!」

 彼女のビジョンで見た通り、特にミッキーに対してだけは不仲も不仲らしい。その様まさしく犬猿で、出会うや否や罵詈雑言が飛び交っても普通と言えようそのお仲。

「美樹さやか。あなたソイツがどう言う奴か──」

「は……? アンタこんな小さなコにまで敵意を向けるの……? 流石に頭おかし過ぎじゃない──!?」

 眉を吊り上げ憤った表情が、今では蒼く唇も震え波打つ。怒りと言うよりは、有り体に言ってドン引きに近い。

「……っ!」

 苦虫噛み潰すような表情を浮かべながら、ほむらちゃんはその姿を消し去った。時間を凍らせ、いつものように逃げおおせたのだろう。

「……ふぅ。あすみちゃん、大丈夫……?」

 ざまあないほむらちゃんの惨めな逃走。善意の方向音痴とも言うべきミッキーの正義感。

 さぁ、せいぜい憎しみ合ってよ。

 ギャン泣きのお口直しとも言える喜劇っぷりに、今すぐにでも笑みが零れそうだ。

「……うんっ」

 か弱き乙女らしく、消え入るように小さい声で頷いた。

「けどまぁ、辛かったらあたしに言ってよね? どうやら治癒魔法がすんごい得意みたいだからさっ、あたし!」

「ありがとう……」

 けどすごい嫌。

 何かミッキーに頼るのだけは──治癒されるのだけは『負け』な気がして、今にも食道にまでゲロがこみ上げそう。

「しっかしまさかあすみちゃんも魔法少女だったとはね~」

 ……は?

「でもまぁマミさんに付きっ切りだったから当たり前よね~。うん、これからはさやかちゃんもついてるから、どしどし頼ってくれたまへ! あははっ!」

 ──マズい!

 マミおねえちゃんにバレる──!

 わたしが魔法少女だって事──!

 焦燥感にわたしの首筋を撫でられながら──。

「──言わないで」

「ん? どしたの? って言うか何を……?」

「やだぁ……! 言わないでっ!」

「わっ、ちょ……!」

 ミッキーのお腹に抱き着きながら上目を遣う。丁度涙に潤っていた所だ。この濡れた瞳でこう言う視線を使われればひとたまりもないハズだ。

「わたしが魔法少女だ、って……マミおねえちゃんに言わないで……!」

「えぇっ!? 知らないのマミさん!? でも何で──!?」

 何で?

 いざそう問われても少しの間ぐらい考えあぐねる。

 最悪、瞼を赤く腫らしながら『とにかく言わないで』と誤魔化すのもいい。この馬鹿相手なら十二分に通用する手法だろう。こんな小さな娘相手に殺意を向けるほむらちゃんは気でも違っていると言わんばかりに、あれほどの敵意を向けていたミッキーだ。わたしみたいな小さい娘の言う事にはきっと弱いに違いない。

 ──そうだ。ほむらちゃんだ。アイツを使えばいい!

「──ほむらお姉ちゃん」

 ミッキーの蒼い瞳が開かれる。

 いいぞ。取り込める──!

「わたし、ほむらお姉ちゃんからずっと狙われてるの!」

「っ……、アイツ……ッ! なんでそんな……ッ!」

 怒りに拳を握りしめ、布と布が擦れる音──白いグローブの擦れる音がする。

「だ、だからね……? わ、わたしが魔法少女で、ほ、ほむらお姉ちゃんに狙われてる、って……マミおねえちゃんが知っちゃったら……ま、マミおねえちゃんにっ、も、もっと迷惑……掛かっちゃって……っ!」

「で、でもこのままじゃきっと良くないよあすみちゃん! そ、そうだ……! あたしとあすみちゃんとマミさんで転校生をやっつければ──!」

 まったくもうこの馬鹿は──!

 少し──いや少しどころじゃない、かなり見誤った。失敗したとばかりに頭を抱えたかった。ミッキーが予想以上に馬鹿だった。人が嫌だと言ってる事にズカズカと性善説と共に土足で乗り込むその根性は流石過ぎる。わたしの魔力パターンは、わたしを襲った襲撃者の一味としてマミおねえちゃんに知られてる。よってあの人の前で変身するなど決して許されない。それに魔法少女だとバレたうえで、あの人の前で変身なんて一切しない──なんて手法も恐らく取れない。変身するのが怖いし戦いたくないと誤魔化したとしても、どこまでもお節介な彼女の事だ、きっと必殺技を叫ばせながらトレーニングを課すに決まってる。そこで襲撃者イコールわたし、つまりは自作自演なのだと魔力からモロにバレる。こうなったらこの馬鹿には、涙目を向けながらとにかく拒んで誤魔化す方が効果的だ。この手のヤツにはいくら論理で諭しても無意味だ。感情論が大事だ。

「やめてっ!」

「なんで──!」

「もうマミおねえちゃんに嫌われたくないっ! 捨てられたくないっ!」

「──けど!」

「お願いっ! 言わないで! マミおねえちゃんに言わないで! やだ! もう嫌なの! わたし、もう誰にも捨てられたくないの! だから……だからっ……! ぐす……うわぁあぁあんっ……!」

 これでダメならもう知らないっ☆

 ミッキーもろとも巴家の連中全員皆殺し直行だ。単にグリーフシードが四つぐらい増えるだけのこと。

 ──あ、そうしたら多分ほむらちゃんに殺されるか。

 でもその時はまどかを契約前に洗脳して、わたしのラジコンとしてほむらちゃんを切り刻んでもらえば良いか。流石にまどかを前にすれば、ほむらちゃんもガチモードで戦闘に応じるなんてしない筈だ。まどかだけは傷付けたくない。まどかとは戦いたくない。変身もしないまま、生身のまどかに目ん玉をくり抜かれ脳を切り刻まれるんだ。マミおねえちゃんやミッキーみたく治癒魔術が得意……と言う訳でもない。いくらジェムが無事で即死はせずとも、完全復活までには幾分かは猶予(タイムラグ)がある。その隙を突いて生身の未契約まどかにほむらちゃんのジェムを砕いてもらえばいい。

「──分かった、約束する」

 あ、やった。関門突破した。

 少々無理やりだった感じは否めないものの、これでマミおねえちゃんに魔法少女バレする事も無くなった。

 って事でさっきのシナリオはボツね。

「っぐす……ほんと……?」

「当然だよ……。そんなにも嫌がってるのに言える訳ないじゃん。だから絶対マミさんにも言わないって約束するっ」

「……!」

 ぱぁ、と晴れる笑顔を向けてやった。

 こう言う子供らしい表情を向けてやれば満足よね?

「あたしとあすみちゃんだけの、二人の秘密なんだからね!」

「ありがとうっ! さやかお姉ちゃんっ!」

「っははっ! さやかお姉ちゃん、かぁ」

「だ、だめだった……?」

「ううん! 何か気分いいわ! うん! お姉さんになんでも頼ってくれたまへ!」

「うんっ!」

 煽てれば即刻調子に乗るこのテンション。些か口の堅さには信用性が欠けそうにも見えるけれど、契約前にコイツの記憶を覗いた限りでは、イメージに反して案外口が堅くもある。けれど、いざ敵意を向ける相手──例えばほむらちゃんなんかだと感情的になり過ぎるきらいもある。よって口の堅さについてもやっぱり疑わしい。

「……あすみちゃん……?」

 あ、やば──。

「う、ううん! なんでもないよっ?」

「そ、そう……?」

 それに一見して馬鹿っぽく見えるものの、特有の油断ならなさがある。

 ──嘘には敏感、と言う事。

 勘の鋭いコイツ相手に長期戦は無謀。

 さっさとグリーフシードにしてしまったほうが賢明ね。

 

◆◇◆◇◆

 

 ──ああ、またこの展開なのね。

 扉を開くや否や──。

「あすみちゃんっ……!」

 開口一番「どこに行ってたの……!」と抱きしめられる。胸の中に「ふぎゅっ」と鼻が埋まり、窒息しそうなまでの圧迫感が温もりと共に顔を覆う。

 なんだか久しぶりな気分。

 時間にして一日も経ってない筈なのに、こうしてマミおねえちゃんに抱きしめられるのが久方ぶりな気分。今まで長い夢を──悪夢を繰り返していたようで、温かく抱きしめられちゃうなんて本当に久しぶり。「っごめ、んなさい……っ」としゃくりあげながら言おうとすれば──。

「あ、あたしが連れまわしたんだよね~! 遊びにっ!」

 ミッキーに割り込まれ、マミおねえちゃんの暑苦しい抱擁が解かれてしまった。「チッ」と思わず舌を打ちそうになるも、どうにか堪え飲み込んだ。

「……」

 ……マミおねえちゃんの体温。こんなに温かかったっけ……。

「けど美樹さん、最近物騒だから……」

「あぁ、その事なら大丈夫ですって。ほら」

 若干得意げな(ドヤ)顔を浮かべつつ、嵌められたアクアマリンの指輪──ミッキーのソウルジェムを見せつけられ、マミおねえちゃんが見開く。

「だからこれからはマミさんと一緒に頑張っちゃいますからね~! あたし!」

「……」

「……あ、あの~? ま、マミさん?」

 口に指を添えながら少しの間一考するマミおねえちゃん。『あたし何か滑っちゃったかな~あはは』とばかりに自嘲的な笑みを浮かべる気まずげなミッキー。

「──なら、美樹さんの耳に入れておかなければならない事があるの」

「と、言いますと……?」

 そうしてミッキーは「こっちに来て」と奥へと招き入れられ──。

 

◆◇◆◇◆

 

「っ……ゆま。いい加減、目え覚ましてくれよ……」

 クソ猫──千歳ゆまのソウルジェムにグリーフシードを添えつつ、なおも介抱する狂犬──佐倉杏子。

「な、にこ、れ……」

 先ほどまでのお調子乗りとは一転し、意識なくして苦しむクソ猫の姿に、開いた口に手を当てて顔を青くする。

「……暁美さん一派の手でこうなったの」

「なっ──!」

「しかもこの前、あすみちゃんにまで銃を向けたのよ……!?」

「……」

 信じられない……と引き剥かれる目。クソ猫の元へと駆け寄り──。

「お、おい! 何しやがる!?」

 蒼の魔法陣にクソ猫が包み込まれる。

 ──治癒魔法。

 この前ほむらちゃんのビジョンで垣間見た、恭介クンの腕と引き換えに得た固有魔法。その威力は全治三か月の傷を瞬時に癒す程だけれど、クソ猫の持つ四肢切断を瞬時に治癒する程のモノには及ばない。

「ダメよ美樹さん! 治癒術を掛けてもゆまちゃんの目は覚めないわ!」

「で、でも! やってみないと分からないじゃん……!」

「いいえ! 何度もやったわ!」

「けどあたしの魔法なら──!」

「何時間も掛けたわ! けど何も変化はなかったの!」

 ようやく無駄だと分かったのか、苦虫を噛み潰しながら蒼に輝く手を放す。

「今は無駄な魔力を使う猶予は無いの……」

「……無駄、なんてひどいよマミさん……」

「ご、ごめんなさい……。けど今はとにかくソウルジェムの維持が必要で、あのままじゃ美樹さんも──」

「え──? 濁れば魔法が使えなくなるだけなんじゃ……」

「なら、今のゆまちゃんを見てみなさい」

 振り返るその先には、ソウルジェムを胸に今もなお眠り続ける姿。黒い靄はヘドロのようにこびりつき、澄まれる事は無い。

「──死ぬの……?」

「えぇ、きっと──」

「……」

 肩が上下に、わなわなと震え出す。

「──許せない……!」

 息も上がり、満面を朱に注ぎゆき──。

「許せないよこんなの! マミさん! あたしも戦うから!」

 暴発する砲のごとく、その怒鳴り声が空気を震わす。

「骨が折れるわよ……? グリーフシード集めも──」

「それでも、こんな事見過ごせるワケなじゃない! なんで──なんでこんな子達までこんな目に遭わなきゃいけないの!?」

「グリーフシードの争奪戦って所ね……」

「だったら猶更許せないよ! こんな子達まで殺してまで自分だけはそれで良いつもりなの!?」

 やっぱりほむらちゃんメモリーの言う通りね。

 一度でも第一印象を敵として固定した者に対しては一切の容赦がない。それはミッキー最大の悪癖でもある。これでもうミッキーの中でのほむらちゃん観は、ロリをもグリーフシードの餌とする悪逆非道の最低最悪魔法少女として固定されてしまった。

 うふっ、ざまあみろ♡

 わたしに歯向かうからこうなるのよ。

 せいぜい指くわえて、この世全てを不幸に沈めるその様を見ていなさい?

 ……と言いたい所だけれどやっぱナシ。

 さっさと別の世界線へ引っ越して欲しい。

「あんな奴らからこの街も! 恭介も! まどかやあすみちゃんやゆまちゃんも! そしてマミさんも絶対守ってみせるんだから!」

 声高らかなる正義の魔法少女宣言。致命的に魔法少女に向かない女の子──ミッキー。果たしてこの子がどこまで保てるか、是非わたしを心行くまで愉しませてね──!

「おい、あたしは?」

「……誰だかわかんないけどアンタも」

「お、おう……」

 ……狂犬の一言により、宣言はしまらないものに終わった。

 

◆◇◆◇◆

 

 あたし──美樹さやかが、魔法少女としてのあすみちゃんと出会って次の日。

「そっか、退院はまだなんだ」

「足のリハビリがまだ済んでないしね。ちゃんと歩けるようになってからでないと……。手の方も一体どうして急に動くようになったのか、まったく理由が分からないんだってさ。だから、もうしばらく精密検査が要るんだって」

「……恭介自身はどうなの? どっか体におかしなとこ、ある?」

「うーん……、まだやっぱり腕がよく動かない、かな……」

 てっきり、願いの力ですぐに治るものなんだって思ってたのに。

 やっぱりいくら魔法少女の願いと言ってもすぐに完治! ……なんていかないか。

 恭介の演奏、やっぱり聴けるにはもう少し掛かっちゃうのかな。

「……さやか?」

「あ、う、ううん! なんでも……」

「……昨日寝る前までは、元通りに動いてた気がするんだけどね」

「え……」

「ううん、きっと気の持ち様だね。いきなり動くようになったから、もしかしたら弾けるかも……なんて勘違いしただけかもしれない」

「そうなんだ……」

 でも、なんで……?

 あたし、確かに願ったのに。

 恭介の腕を治してって。

 恭介の演奏をまた聴きたいって。

 やっぱり、一字一句違わず願うべきだったのかな。恭介がまた演奏できる程に腕を治して欲しいって。曖昧な言い方だったから、こんな半端に治っちゃったのかな。

「……ごめん、さやか。もう少しだけそっとしておいてほしいんだ」

 ──だったらあたし、これじゃあ恭介に──。

「……うん……」

 ……ううん。

 邪な事考えちゃダメ。

 あたしはあくまで、恭介の演奏をまた聴きたいだけ。

 それ以外に、ないんだから──。

「……ごめんね、恭介」

「さやか……?」

 治った筈なのに、どこか空気が重苦しい。

 恭介を背に、病室の扉を閉じた。

 

 ──また、あの瞳に射抜かれてるとも知らずに。

 

◆◇◆◇◆

 

 恋心を取るか友情を取るか。常々板に挟まれていました。抜け駆けをするなど以ての外。ですが今日ばかりは──上条君の腕が治ったとお聞きし、私──志筑仁美は病室へ足を運ばずにはいられませんでした。が──。

「……さやかさん……」

 遠目から見るにも伺える沈んだ表情。さやかさんの顔色を一目見た時から、上条君の容態は依然と芳しくないことは悟れました。病院の方々から話を聞くにも『また少しずつ動かなくなってきている』との事。このままでは……また昨日までのように腕が動かなくなり、今度こそバイオリンの演奏など夢のまた夢に葬られてしまう。

「上条君……」

 お慕いする方の為に何かしたい。けれど、自分如きでは現状何か出来得る事などありません。何も出来ないままと言うのに、どの顔をお下げして上条君にお会いすれば良いのか。先程まで治ったとお聞きして舞い上がっていた自身が恥ずかしくなる程に。

「……傷心の隙に取り入るなど、人の道から外れてますわ」

 完治した暁には、この恋心を諦めずに先ずさやかさんに宣言する。そうしてさやかさんと彼が結ばれれば、却って諦めがつくと言うもの。ですが、だからと言って傷だらけの上条くんと私が結ばれようなどと、決して許されざるべき行為。寧ろ、入院中ずっと寄り添っていたのはさやかさん。さやかさんにこそ上条君と結ばれる権利があります。けれど、お慕いするこの気持ちは諦めきれない。でも──。

「……仕方ありません。私の出る幕なんて、無かったのですわ……」

 叶わない恋を前にするなら、せめて友情を取りたい。こんな状況で宣戦布告など、獣道を歩む者のする事。私はそんな獣には堕ちたくはない。涙を呑みつつ、踵を返そうとした時──。

「──君が、志筑仁美だね?」

 少年とも少女ともつかぬ声でいて、はたまた大人とも子供ともつかない口調。聞き覚えの無いその声の主へと、私は振り返り──。

 

◆◇◆◇◆

 

 ──それから数日後。

 みんなが眠りこけ、夜も深く更ける静やかな屋上にてわたし──神名あすみは──。

「えーっと? 残るわたしの獲物は──」

 マミおねえちゃん、狂犬、捨て猫の餓鬼。そしてミッキー。あとは──。

「……うーん」

 美国一派はもうどうでもいい。キュゥべえ曰く、素質膨大のまどかを狙ってるだけでしかなく、わたしに危害を加えて来ることはどうも無さそうだ。あとはこの前考えてた通り、ヤンデレズイレギュラーストーカーにしてロリ虐殺悪逆非道魔法少女ことほむらちゃん辺りに処理してもらうか、もしくは美国織莉子に処理されてしまえば良い。

 そして今は、そんな事よりも──。

「──キュゥべえ」

「何だい?」

「えっ。呼ばれたらすぐに来るって何? わたしをストーキングしてるの? キモっ!」

「わけがわからないよ」

 ……と、茶番はここまで。種を撒いておいた『例の件』についてそろそろ聞いておこう。本来素質がそれ程高くはないとみなされた魔法少女の契約に纏わるあの件だ。

「ワカメの契約どうなってるかな? イケた?」

「あぁ。どうにか取り付ける事は出来たよ。もちろん素質は高くなくエネルギー源としては期待できないけれどね。一個体としては如何せん効率が悪すぎるんだ」

「ふぅん。とか言いつつ結構やるじゃない」

「当然さ! まどかとの契約に結び付くと思えば、強ち徒労とも言い切れないよ。二つ返事と言う訳にはいかなかったから、少しは苦労したけれどね」

 キュゥべえにとっての魔法少女に向いている者。それは合理的に考えずに感情だけで目の前の契約を取る女。そう言う奴こそエネルギーの質が良く、宇宙の寿命を延ばすのに最適だと言う事。志筑仁美はそう言った連中からは少々外れているのか、キュゥべえの言う通り即座に契約と言う訳にもいかない事は想像に易い。だから──。

「それで? 言われた通り誘導はつけたんでしょうね?」

「もちろん」

「で、契約内容は──」

「事実上、美樹さやかの物とほぼ重複していると言っても間違いではない」

「はい上出来。クソケモノの癖にたまには役に立つわね」

 確かにミッキーの願いは叶い、恭介クンの腕は完治していた筈だった。けれど、次の日には恭介クンにはわたし自ら赴いて仕込んでおいてやった。マミおねえちゃんは学校に行ってて且つ狂犬がグリーフシード狩りに行ってる隙に『自分の腕は動かなくなる──』と、催眠術の応用で心の毒を仕込んでおいた。この呪いを解くには術者であるわたし直々に解いてもらうか、上条恭介の腕を治して欲しいと願うしかない。これで恭介クンの腕が動かないと言う状況が嘘偽りなく作られ、ワカメ──志筑仁美が『上条君の腕を治して欲しい』と願える状況が完成したと言う事。あとはキュゥべえの報告通り。

「これで万能の力で再び腕を治せる頼みの綱は消え去った訳ね。うふふっ」

「上条恭介と深く接点を持つ者は他に居ないからね。あとはあすみが言った通りにしてくれれば、まどかの契約まではすぐそこだ。ありがとうあすみ」

「まぁ害獣の力が無かったら、これからの劇も観れなくなっちゃうわよねぇ……。今回ばかりは礼を言ってあげてもいっか」

「いやいやとんでもない」

 魔法少女と化したミッキーとワカメと恭介クンで愉しむ気はあろうとも、依然とまどかまで魔法少女にするつもりはない。所詮はキュゥべえに動いてもらうための方便に過ぎず、今も心の中では『バーカ♡』と罵ってやってる。

 さて。じゃあさっそく三馬鹿の様子でも──。

「ところであすみ。千歳ゆまの事なんだが──」

「なによ」

「やはり、気のせいでは済まされないと思ってね。どうしてグリーフシードにしないんだい?」

 ──戯けた事を。

 当然、繰り返して言いつけた事に他ならない。

「……マミおねえちゃんが食われたら、興醒めしちゃうから」

「いやいや、マミが食われる心配はないさ。彼女はそこまで弱くはない。それに杏子もついているんだ。あの二人に勝る素質なんて彼女には無かったんだ。僕としても、織莉子に言われて仕方なく契約しただけなんだ」

 確かにそう。マミおねえちゃんがあのクソ猫如きに負ける筈が無い。あえて負けるとするなら、何らかの要因で調子に乗って元・百江なぎさ──お菓子の魔女ことCharlotteに頭から食われて脱落するぐらい。寧ろあのチーズガキが相手だったとしても、油断さえしなければ突破は出来る筈。

「もう充分じゃないかな。グリーフシードにしてしまえば、連鎖的にマミや杏子だって魔女となるさ」

「言った筈よ。マミおねえちゃんは最後にするって」

 マミおねえちゃん。この見滝原の魔法少女の中でも大っ嫌いなひと。見てくれだけ優しくしてるくせに、悲劇のヒロインぶってる自分が心地良いだけ。だからわたしが正体を明かせば、きっとその化けの皮も剥がれる。だからいっそう、わたしと言う麻薬に依存しきった末に苦しんで死ぬところが見たい。その為にはもっと、もっと長引かせなきゃ──。

「それが分からないんだよ、僕には」

「──どうして」

「現状を見るに、これ以上マミに希望が湧く兆しはない。それこそあすみがゆまに掛けた魔法を自ら解かない限りはね」

 ──何?

「けれどそれだとあすみにとっては本末転倒だ。絶望させる為の事と言って解呪を施すならば、むしろ希望そのものを与えてしまうんだから」

「……何をアホな事を。そんな事するワケないじゃない」

「だろうね。今の状況のまま行けば寧ろゆまも消え、そして連鎖的に杏子も消える。彼女はゆまに佐倉モモの面影を重ねている節がある。二度も『家族』を失えば、その魂を穢れさせるに他はなく、あとは絶望するしかないんだ。少なくとも希望と絶望の差は今の時点で頭打ちになっていると考えられるよ」

 長々と──。

 感情なき異星人と嘯かれるけれど、どうしてか──時たまににご高説に酔ってる風にも錯覚してしまう。

 今だってそうだ。

 コイツはきっと、自分の言葉に酔っている。

「それはあくまでもお前の価値観よね」

「だが君の嗜好にも沿わない筈だよ?」

 ──理解できない。分からない。何が言いたい?

「言うなれば、幸せの絶頂にいるマミを奈落へと導くのが君の嗜好だ。けれど実際はどうかな? 今のマミは幸せかい?」

「……」

 ──今日も無理に『正義の味方』を張り続けている。

 未だ昏睡状態の千歳ゆまの為に、その命を擦り減らし続けている。学校もサボる事なく、帰宅よりも前に魔女探しに赴く。いいえそれだけでも、ましてやクソ猫の為だけじゃない。性懲りもなく使い魔すらも狩り、命散らし逝かんとする人々を助けに回ってる。その中で『家族』の安らぎを得る事もなく、あすみと狂犬と居ても常に極限状態。

「違う様だね? もちろんさ。ゆまも復活せず、そしていずれは杏子も消えてしまうんだ。やはり残されるは真なる絶望だ。これ以上希望と絶望の差異を大きくする事は不可能だ。──ただ一つを除いては、ね」

「──」

 ──やはり、コイツは悪魔だ。

 確かに、言おうとしているその方法でならマミおねえちゃんは魔女になり得る。

 けれど、それは絶対に認めない。

 考える事すら許さない。

 考える事もしたくない。

 さっさとコイツを黙らさないと──。

「いいえ、まだよ。まだミッキーとワカメが残っている。更なる死体を燃料にすればマミおねえちゃんだって──」

「自らの運命を恨み、魔女と化す。結果は杏子が消えるのと変わらないと思うね」

「言っとくけど、わたしは絶望こそが希望なの。まさかわたしの願い──忘れた訳じゃないよね?」

「『わたしの知る周囲の人間の不幸』──だったね。もちろん忘れる筈も無い。その願いを灯火にして宇宙を生き永らえさせるのが僕たちの役目だからね」

「なんだ、分かってるじゃん……! だったらわたしが絶望するなんてありえない。人間──ううん、人間に限らず心をもつ知性体がこの世に存在する限り、わたしの魔女化なんてありえない。もちろん魔力切れだって。だって──ほら、こんなにもグリーフシードがあるんだから」

「あぁ、そうだろうね。だから今一度、君に問いたいんだ」

 

「──君にはまだ、良心が残っているんじゃないか」

 

「……」

 わたしに、良心──。

「……巴マミに佐倉杏子、そして千歳ゆま。彼女達がグリーフシードと化す条件はもはや整い過ぎているんだ。けれど君は、賢明にそれを阻止している風にしか見えない。さっき言った通り、僕と利害が一致するのかと思えば節々に不可解な点が多数見受けられる。僕は君が一体何をしたいのかが分からないんだ」

 良心──全て置き去りにしたモノ。世界に見捨てられ、悪意に踏み躙られ尽くしたわたしが、侵食するチカラを以て『不幸』で塗り潰すべき忌まわしき心。

「──僕の勝手な憶測で済まされるのなら良いんだが、どうも僕の憶測通りにしか考えられない。だから君にはまだ、彼ら人間で言うところの良心──と言う物が残っているんじゃないかな?」

「……」

 ──莫迦莫迦しい。

 やっぱり異星人──いいえ、異星獣に人間の価値観なんて理解不能。融通の利かないキュゥべえとは違い、感情を持つ人間だからこそ考えられる蜜の味の『不幸』がある。

「──あーあ。ほんっと下らないわね。まるっきり分かってないんだから」

「どうしてだい? この推論に間違いはないと思うんだけど……」

 前にも思ったことだけれど、無表情ではあるものの、さも人間のように首を傾げる獣ってどうしてこうも気色悪いのか。

 わざわざ獣如きが人間サマの真似事などしなくても良い。

「決まってるわ。わたしはね? ただ絶望するの見てグリーフシード食べてはいおしまいっ☆ ってのがスキなワケじゃないの。虫螻(ムシケラ)の様に足掻き這いつくばるのを見たいだけなの」

「そうかい? 今も十分に足掻いているじゃないか」

「いいえ──まだよ。今のアイツらの不幸はまだどん底じゃないわ」

 今よりももっと──もっともっとだ。もっと苦しんでもらわなきゃいけない。己が業にその身を──果てはその骨の髄まで焼き尽くされてもらわなきゃいけない。魔法少女の──マミおねえちゃんの泣き声に悲鳴。それらをバックミュージックに啜る紅茶()ケーキ()の味を想像すると涎が滴り頬が落ちそう、蕩けそう。至大至高の甘美を想像し、味を帯びた唾液を噛みしめ、骨張らせる拳を握り潰し──。

「──奈落で這いずり回ってこそ、よ」

「……」

 しばしの沈黙に耽る淫獣。

「はぁ……」

 そして溜息をつくキュゥべえ。感情など無いのだから、わざわざ溜息をつく必要なんてないのに。

「まぁ、そんな所だろうとは思っていたよ。結局僕の推論は外れてしまったようだね」

「当然ね。人間には人間じゃないと分からない所があるのよ、おバカさん?」

「どうやらその様だ。失礼するよ」

「しっしっ」

 折角興に乗っていたと言うのに台無しだ。わたしは音楽を聴き耽る最中に人の話し声で割り込まれるのが大嫌いなタイプの人種だ。はたまた映画鑑賞中に、マナーの悪い客に携帯を開かれた灯りのせいで、没入感を掻き消される感じと喩えても良い。キュゥべえの茶々入れはまさにその手の不愉快をもたらした。興醒めも興醒めだ。

 ──さて、お口直しに──。

「悲劇の天才バイオリニストの所へ行きますかっと……」

 ミッキーとワカメの『不幸』、是非とも口にするべく──。

 けれどそんなわたしを射抜く獣の視線には、最後まで気付かず終いだった。

「あすみ。君には感謝しているんだ。今まで効率的に、魔女を産む為に働いてもらった」

「──けれど鹿目まどかが現れた以上、もう時の終わりは近い」

「美樹さやか、佐倉杏子、巴マミ、千歳ゆま。彼女達の絶望と共に、僕は望みたいんだ──」

 

「──神名あすみの絶望(希望)を──」

 

◆◇◆◇◆

 

 ──夜明け前の病院。

 灯りと言える灯りは殆ど無く、ところどころに薄暗い非常口の緑のライトで照らされるのみでしかない。

「──フフフっ」

 ここに来る前にあらかじめ『工作』はしておいた。恭介クン一人が騒いだところで、誰も駆けつけて来るなんて事はない。その病室だけが空っぽであるかのように、患者もスタッフも含めて全員の認識を改竄しておいた。そのうえ眠らせた。

「……こんばんはぁ~……♡」

 囁くような小声と共に病室の扉を開ける。見えるは恭介クン。恭介クンの病室なのだから、当然だけれど。

 けれどつれないわねぇ。

 こうしてせっかく挨拶をしてやってるのに、起きてくれもしないなんて。

 だったら、まぁ、しょうがないっか。

「フッ!」

 その瞬間、わたしの拳が恭介クンの腹へとめり込む。

「ごばぁッ──!?」

 きりきりと腹部が痛むのか、押さえながら辺りをキョロキョロと見まわす。

「な、なに……!?」

「うフっ。改めましてぇ……こんばんはぁ♡」

「き、君は──!?」

 ほんっとつれない男よねぇ?

 この前病室で会ったばかりなのに……。

 まぁ、その記憶もわたしが消しちゃったんですけど。

「──きヒッ!」

「ひっ──!?」

 ダメね。笑いが止まらない。

 多分、わたしの口角は今ひどいことになってる。

 口裂け女みたいにひどく裂けているに違いない。

 この子の行く末を思うと可哀相(滑稽)可哀相(滑稽)で堪らない──!

 (笑い)が溢れてくる──!

 そんなわたしの笑みに、本能的に恐怖したのか彼は──。

「こ、このっ──!」

「──Lvlearf止まれ.

「──ッ!?」

 立ち上がろうと支えた腕から、体が崩れ落ち──。

「ぁぐ──ッ!?」

 そのままベッドからゴロゴロと、岩を転げ落とすような音と共に派手に床へと落下する。

 可哀相だけれど、災難はこれだけじゃないわ。

「──な、んで──」

 ようやく『変化』に気付いた彼。

「ふふふッ──どうしたのかなぁ♡」

「さ、さっきまで動いてんだ……!」

「あらぁ?」

「どうして、な、なんで──ッ! なんで僕の腕──また動かないんだ──!?」

 血の気が引き顔は青白く、額に纏わる珠の汗。己の片腕を見る目は引き剥かれ、血に走る。

「な、なんで、な、ど、どうして──! どうして──ッ!?」

「うふふふふフフふッ──!」

『今度こそ僕の腕が治った──』。あなたはそう思ったかもしれない。

 けれどその有頂天からの急転直下こそ、まさにわたしの嗜好──!

 狼狽えるその姿にわたしは、甘ったるい電撃に撃たれたかのように体の痺れが止まらなくなるの……!

 立っていられなくなるの……!

 胸中から脳天へと脳内麻薬が電撃の様に浸透するこの陶酔感──!

 死んじゃいそうになるくらい良い……♡

「ねぇ……♡」

「ひっ──!」

「あなたにとってのバイオリンってなぁに?」

 片腕はもう実質捥いだ。

 ならば次は心までダルマ同然にして逃げられなくしてやる。

 最期は芋虫のように這いずるしか出来なくしてやる。

「く、くるな──! くるなぁっ!」

「わたしが当ててあげるわね……♡」

「くるな! こないでくれ! うああっ! 誰かぁっ!」

 チビりそうな程に体は震え、動かない片腕と共にズリズリと尻もちをついて後ずさる恭介クン。

 さながら胴体を捥がれた蟻っころみたいでかわいい……♡

 でもダメよぉ?

 病院の奴ら、全員わたしが眠らせてるもの──!

 誰もオマエなんかの助けになんて一人っきりも来やしないんだから……!

「──バイオリンとは、あなたの生きる意味。言うなればあなたの魂そのもの。つまりあなたがバイオリンで、バイオリンがあなたなの」

「──!」

 瞼のみならず瞳孔をもカッ開く恭介クン。

「け・れ・どぉ……♡ もうそれオシマイっ」

「──ぁ──ああ──っ──!」

 ガタガタと、開幕のドラムのように耳障りに震える足の音。

 カチカチとエナメル質が擦れ合い震える歯の音。

「もう、二度とアナタの腕は動かない」

「ぁあああっ!? ああああっ!?」

 その体の震え、もう痙攣のレベル。

「──うふッ♡ もう二度と、その輝かしい音を奏でる事は出来ないの」

「ッァアア──ヒィ──!!」

 最後は念入りに、じっくり……ゆっくり……ねっとりと。心を込めて、心の刃を差し込み擦り込んであげる。

「だ・か・らぁ……♡ もうあなた、人としてもね──」

 そして恭介クンの最期の瞬間。刃で心の骨を断つわたしは達しそうになる。

 

「──死んでるわね。何せもう二度と動かないもの」

 

「ッァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 夜明けの日の出と共に、少年の張り裂けた断末魔が木霊する。

 上条恭介のココロの灯火は、今日を以て鎮火された。

 

◆◇◆◇◆

 

「っふフふ、ク、フハ、アハはははハハハ……っ」

 またひとり絶望へと追いやった。

 またひとり心が死んだ。

「─────────ッひィ! 駄目っ、笑いが止まらないっ! ほんっと止まらないっ! 助けてっ!」

 人間が壊れる瞬間って何であぁも美しいのか。

 精巧なカラス細工を地面に叩きつけ、砕け散った色とりどりのダイヤモンドダストを眺めるかのよう。

「ほんっと最高ね──! ほんと! 最初に覗いちゃったみっきーを絶望させる為、とも最初は思ってたけれど、恭介クン一人でも充分噴飯モノよぉッ! あぁオカシいっ! 契約前のみっきーを覗いてよかったぁ……! 契約後だと記憶消しきるまでは厳しいものね!」

 そして破砕されたガラスは、もう二度と元には戻れない。

 たった一瞬の美しい瞬間を目の当たりにする為だけに、人ひとりのカタチを消費する。

 なんて──なんて冒涜的で背徳的なの──!

「──と、言うところでみっきーのトコ行きますかぁ」

 もうワカメも契約済。よって天才バイオリニストの腕を、彼周辺の女共の手により復活させる事なんて不可能。何せわたし特製のココロの猛毒で動かなくしているのだから。動かすには、わたしに無理やり解呪させるしかない。

「──さぁ、やってみせてよ。出来るのなら──」

 全部全部、わたしが全部悪い? 

 いいえ、違うわ。

 どいつもこいつも身に余る『幸せ』を知らずに手にしているオマエ等が悪い。

 所詮は自業自得にして因果応報。

 何もかもを見て見ぬ振りするオマエ等全員が悪い。

 恭介クンならバイオリンなんてものを魂──わたしたちで言えばソウルジェムにした時点で間違っていた。

 他に『幸せ』を見出せば、まだ『幸せ』で救われたかもしれないのに。

「まぁその場合、別の『幸せ』を消費しちゃうけど」

 さあ、明日のミッキーの反応が楽しみね。

 涙の海に溺れて死ね。

 

◆◇◆◇◆

 

 あたし──美樹さやかが契約し、魔法少女になってからしばらくして──。

「ッはなせ! 放してくれよぉっ!」

「お、落ち着いて上条くん! しっかりして……っ!」

「はなせえ!! はなしてよぉぉおおっ!!」

 ──なんで、こうなっちゃったのかな。

 あたし、何か間違えちゃったのかな……?

 病院へ足を踏み込むや否や金属を切るかのような──ううん、バイオリンの弦がはち切れそうな程の悲鳴をあげて暴れる恭介の姿があった。

「落ち着くんだ上条くん!」

「うわああああああ! 放せ! 放せぇぇええっ!」

「クソッ! 鎮静剤を!」

「うむ!」

 白衣の先生が恭介の体に注射針を刺し込む。薬剤が恭介の血管を通し、体に浸透し──。

「っはなせええええええええええッ!!」

「先生! 鎮静剤聞いてません!」

「何故だ……。どう言う事なんだこれは……」

 なおも暴れ尽くす恭介だった──。

 

◆◇◆◇◆

 

 途方に暮れながら、おぼつかない足を一歩一歩踏みしめながら道を歩く。

「……」

 看護師さんの立ち話を聞いてしまったんだ。恭介が何でああなったのか、って。

『気の毒よねぇ、あの子も……。せっかく奇跡的に腕が治ったと言うのに、また呪いの様に動かなくなったなんて……』

 ──やめて。

『しかもそれ、原因不明の精神疾患なんでしょう? 本当に気の毒でならないわ──』

 ──やめてよ……!

『今度こそ治る見込みもないし、ねぇ……?』

 ──やめてよ!

 恭介を憐れむな!

 恭介をそんな目で見るな!

 恭介を──恭介を──!

「……馬鹿だ、あたし」

 そもそも憐れんでたのは、あたしだった。

 良かれと思ってなけなしのお金でCDを買ってあげていた。けど、思えばそれがそもそも間違いだったかもしれない。もしかしたら恭介、弾けない曲なんて聞きたくなかったのかもしれない。だから『治して』なんて願っても意味が無かったんだ。半端だったんだ。あたしが恭介を追い詰めたから。あたしが癒してあげられなかったから。だからあたしがまた恭介を不幸にさせてしまったんだ。もう、ありがとうなんて言われない。そして『それ以上のコト』も、きっと言われなくて──。

「──って、何考えてんのよ……あたし……」

 あたし、ほんと嫌な子だ──。

 

◆◇◆◇◆

 

 それに、嫌な子って思っちゃうのはそれだけじゃなかったんだ。

「──ん?」

 すぐ遠くにヨロヨロとおぼつかない足で揺らぐ影。その娘は──。

「──あすみちゃん!?」

 ただ事じゃないのは影だけ見ていても分かった。すぐさま駆け寄るや否やあたしの腕の中に崩れ込まれる。

「さ、さやか……おねえちゃん……」

 酷いケガだった。全身が擦り傷だけじゃなく切り傷のみならず孔の様な傷にまみれていて、血が固まってくれる事を知らない。考えるよりも先にあたしの手を楽譜混じりの天色に輝かせ、あすみちゃんの体に治癒魔法をかけてあげた。紅い切り傷がみるみる内に塞がってく。

「っふぇ……、怖かった……っ!」

 この街に蔓延るこんな事する連中なんて決まってる……!

 転校生──暁美ほむらだ!

 奴と魔法少女狩りが組んであすみちゃんをまた傷付けたんだ!

「また転校生なの──!?」とあすみちゃんに聞けば、やっぱり涙を啜る声と共に頷いてくれた。

 あいつ、こんな幼い子相手に大人げないって思うどころか、自分のやってる事を冷酷無比とも思わない訳──!?

「それでね……? ほ、ほむらお姉ちゃんがね……? さ、さやかお姉ちゃんにお話が、あるって……っ」

 涙でつっかえる喉から言葉を絞り出すあすみちゃん。

 あたしに話……?

 極悪人がどのツラ下げてあたし等に話があるってのよ?

 上等じゃない!

「──分かった、あたし行くよ! いつまでもこんな真似絶対許せないもん! あすみちゃんも絶対に守ってみせるから!」

 初陣はあすみちゃんに取られちゃって、これでいよいよ本当の初陣。しかも相手は魔法少女──!

 ちょっと怖くて手の震えが止まらないけれど、あたしにはマミさんも居る。あと佐倉杏子……? って子も居るし、あすみちゃんだって居てくれるんだ。百人力なのは間違いないよ。あんなひどい連中相手に、正義の魔法少女チームが負けるわけがない──! そんな自らを奮い立たせるあたしに、あすみちゃんがニコッと微笑んで言ってくれたんだ。

「──ありがとう」

 けれど、その笑顔はどこか違和感があって──。

「──あ……れ……?」

 前々から薄々とは思ってたけど、あすみちゃんと話していると偶に『何かが変』と突然感じるタイミングがあるんだ。

 ──どこか、張り付いた笑顔に錯覚してるようで──。

「──ああもうっ!」

「さ、さやかお姉ちゃん……?」

 雑念を振り払うために首を振ってると、あすみちゃんに顔を覗き込まれた。憂いを秘めた瞳に、今にも泣きだしそうな幼い女の子の顔。

 やっぱり、あすみちゃんが変だなんてありえないじゃない……。

 こんなあたしを今も心配してくれる子なんだ。そんな幼いながらも優しい子だ、ウソなんてつく筈ないんだから。

 あたし、やっぱりすっごい嫌な子だ。

 嫌なあたしを今すぐにでも忘れたくて、あすみちゃんに「大丈夫」って伝えてから待ち合わせの場所を聞いて──。

「よしっ! あすみちゃんっ橋行くよ!」

「あ、待って! さやかお姉ちゃんっ!」

 転校生が待つらしい、高速道路の人気のない橋の上に突っ走った。

「──うふッ……♡」

 

 ──あすみちゃんの、その視線にも気付かず。

 

◆◇◆◇◆

 

 私──暁美ほむらにとって、これほど腸が煮えくり返る魔法少女も他にそうそうは居ない。美国織莉子や呉キリカについては、彼女にどう言う正義があってどんな目的でまどかを殺害したか何て知らないし知りたくもない。

『あなたは何故こんな戦いを挑んだの?』

『──わたしの世界を守るためよ』

 そう言い遺し、微笑みながらその真珠色の魂を散らせた。彼女達には彼女達なりの正義があっただろう事は推測に難しくはない。

 ──だが、コイツだけは違う。

「やっほ。メンヘラヤンデレズストーカーさん★」

「神名あすみ──!」

 前述の通り、真なる目的は知った事ではないが──曲がりなりにも『救世』なる正義を掲げて私に挑んだ美国織莉子とは違い、正義なんてあるはず無く以ての外で、コイツは明確な悪意をもって私を嘲笑いに来ている。ただ己の嗜好が為だけに──!

「おっとぉ? こんな往来で殺し合いなんてできないでしょお?」

「──っ」

 両手の平を広げながら煽られる。時間を止めて弾丸の雨を降らせれば、この前みたいに動きだけを止めるのは容易い。けれどその後はコイツの体を解体し、ソウルジェムの位置を特定する必要がある。だが私の魔法──時間停止──は触れているものになら効果を及ぼさない。常々私が拳銃やマシンガンやロケットランチャーを好む訳はそこにある。コンバットナイフや日本刀等の近接用の兵器で渡り合おうものなら、時間停止が解かれてこちらの足元を掬われる。ましてや殺し慣れているであろう神名あすみ相手ならば、体の一部を欠損させてでも、その刃を手の平で掴み取りながら私の体にしがみ付く事は予測に難しくはない。ならば無駄に時間停止を消費してしまう事を惜しんで正攻法で挑みコイツを惨殺しようものなら、私は一瞬で幼女惨殺凶悪犯・暁美ほむらとしてこの見滝原じゅうに名を轟かせてしまう。警察に追われながらでは、まどかの護衛にあまりにも支障が出てしまう。時間停止を使えば捕まる事はありえないものの、その前にワルプルギスの夜へのストック分が底を尽きてしまう。自分の奥歯がガキリと軋む音と共に歯がゆさを噛みしめながら、変身準備を解いた。

「ミッキー──おっと失礼。さやかお姉ちゃんがアナタにお話があるらしいわよ?」

 そんな事の為に、私に接触して来たのか。

「私には関係ないわ。どうせあなた何か企んでるんでしょう」

 ハコの魔女の結界に出遅れた際、遭遇した美樹さやかの反応は──芳しくないどころか最悪だった。顔を青ざめさせながらマジ〇チ扱いをされてしまった。絶対にロクな事を吹き込まれてない。一度(ひとたび)第一印象が芳しくなければ、容赦なく敵意を向けて来るのが美樹さやか。神名あすみが居らずとも、今周回も巴マミのせいで最初の時点で芳しくない印象を持たれていたのは自覚できている。だがもう無理だ。汚名返上なんて出来ない程に悪名を着せられている。そんな彼女にわざわざ好き好んで接するなんて、時間も魔力も無駄としか言いようがない。

「あらぁ? そんなコト言っちゃってイイの?」

「えぇ」

「やだぁ薄情者~♡」

 語尾を間延びさせた俗にいうぶりっ子的な態度を着込みながらの煽りは、心底私をイラつかせる。まどかを救う事以外に何も感じない機械であろうとはしているものの、コイツの声も態度も眉を痙攣させるには充分の不快感を含んでいる。薄情者? まどかをこの手で殺めてしまった私に今更薄情者なんて罵倒した所で全くの無意味なのが分からないのか。恐らくは私の記憶を全て覗いた癖に──。

「何とでも言うが良いわ」

「け・れ・どぉ……♡ それが放っておくワケにもいかないんじゃなあい?」

「くだらない。あなたと相手している暇なんてないわ」

 無駄にした物が時間だけで良かった。踵を返そうと神名あすみに背を向け──。

「──鹿目まどか」

「──!」

 どうしても、あの子の名前を出されれば全てが止まってしまう。首だけをコイツに振り向けば──。

「あなた鹿目まどかを救いたいんでしょ? もし美樹さやかに何かあっちゃったらさぁ……?」

 毎度の事ながら『くヒッ──!』と黒板をひっかくかの様なノイズじみた引き笑いを鳴らされつつ──。

「……」

「どうしたのっ? はやくミッキーのトコ行かないと! まどかが契★約ってしちゃうよ!? んっ!?」

 言われたとおり、高速道路上にかかる人気のない橋に向かう他なかった。

 

◆◇◆◇◆

 

 出迎えた美樹さやかの反応はまさしく予想通りだった。対面するや否や──。

「転校生ッ! あたしお前なんか絶対に許さないッ!」

 血走った眼を向けられながら、唾を飛ばされるかの様な勢いの怒号に耳を震わされた。

「あすみちゃんもゆまちゃんもあんな目に遭わせて──ッ! まだあんなに幼いんだよ!? 血も涙も無いの!?」

 あぁ、やっぱり──。

 神名あすみの方は事実にしても、私が千歳ゆまをも手に掛けようとしたと思いこまれている。あの時屋上へと駆け込んできた巴マミと佐倉杏子にもきっと同じ事を吹き込まれている。

「違う……」

「いいや違わない! アンタは鬼よ! 悪魔よッ!」

「私は千歳ゆまをやってない! 誤解よ──!」

「何が誤解なんだ! だったらなんであぁなってるの!?」

 私、案外甘かったのかもしれない。まどかを救う以外の事はどうでもいい、って切り捨ててきた筈なのに。私自身すら切り捨てた筈なのに。鬼だの悪魔だの呼ばわりされて、謂れのない罪に罵詈雑言を受けて、流石に黙ってはいられなかった。

「千歳ゆまは神名あすみに眠らされてる! そして神名あすみの傷は、恐らくは自傷行為で──!」

 嗚呼──。

 美樹さやかの誤解なんて解き様もないのに、何で私はここまで声を荒げて必死になっているのか。

「ア、ン、タ、ねぇ──ッ!」

 肩をわなわなと震わせ、歯を軋ませ、握った拳は今にも血に滲みそうで──。

 巴マミに殺されかけたあの時間軸(三週目)にて、インキュベーターが私達を騙しているなどと聞く耳も持ってくれなかった美樹さやかだ。そんな彼女が、私の弁明など聞く筈も無かったのは分かっていただろうに──。

「そんな支離滅裂な話があってたまるか!」

 そればかりは美樹さやかに同意したかった。

 こんな支離滅裂な話があってたまるか──と。

 どうしてこうなったか?

 寧ろ私が聞きたいぐらい。

「アンタを絶対に倒す! いや──殺してやる! お前だけは絶対居ちゃいけないんだ! アンタを消して絶対にあすみちゃんもゆまちゃんもどっちも助けるんだから!」

 血が昇った以上、もう彼女を止める術なんて一つしかない。

「──しょうがないわね」

 いつもの通り、時間を止めて気絶させた上で適当な所に放っておく。恐らくは私を付け狙うだろうけれど逃げ続ければ良い。けど、そこに予想しなかった子が現れて──。

「待ってさやかちゃんっ!」

「まどか──!?」

 美樹さやかと同じく私も目が開く。

 まどかがどうしてこんなところに──!

「──ッ!」

 ──神名あすみね。

 まどかにまでここの事を吹き込まれたのだ。

 汚物の分際でまどかに接しようなどと──!

「邪魔しないでよ! まどかに関係ないでしょ!?」

「ダメだよ……! こんなの絶対おかしいよ! 話し合えばきっと分かり合える筈だよっ! やめてっ!」

「うるさい! これはまどかの為でもあるの! だから退いてよ! そいつを──そいつを倒せない!」

 他の魔法少女とは違って今の所まどかにだけは敵意を向けられていない。──とは言ってもまどかは敵意なんて持つ事には縁が無く、何事にも理由がある筈と積極的に飛び込んでくる性分の持ち主だ。その優しさには今でも涙が溢れそうで、実際に私はそんな彼女に救われたからこそ今も心臓の鼓動が止まらない。だからこの子だけは魔法少女にしてはいけない。誰よりも優しいまどかを、魔女になんてしてはならない。けど──。

「さやかちゃんごめんっ!」

「──!?」

 美樹さやかのソウルジェムがまどかに奪われ──。

「えいっ──!」

 高速道路へと投げ込まれた。

 ──これは不味い──!

 私はすぐさま盾に手を掛け、時間を凍らせてソウルジェム(美樹さやか)を追い求めた。車から車へと飛び移りながら──。

 

◆◇◆◇◆

 

 もう目も当てられない惨状だった。

 戻って来た頃には、美樹さやかの肉体とソウルジェムのリンクはやはり切れていた。魔力を頼りにどうにか捕まえられたジェムを美樹さやかに返還したところで、インキュベーターの口から無情にもその真実が語られてしまった。

 ──私達魔法少女のカラダは抜け殻で、ソウルジェムと化した私達が操っているだけと言う事を──。

「そ、んな──」

 膝から崩れ落ち、地面に力なくへたり込む美樹さやか。

「むしろ感謝こそされるべきだと思うよ。心臓を破かれてもありったけの血を抜かれても生きてられる、便利な体にしてあげたんだから」

「ふざけないでよ……! それじゃゾンビじゃないあたし達っ!」

「わけがわからないよ。どうしてそんなに魂の在り処にこだわるんだい?」

 この獣共(インキュベーター)はそう言うモノ。酷いとさえ思うなんて有り得ず、人の価値観など一切通用しない異星獣。何もかもを奇跡の正当な対価だと言い張るのみ。コイツ相手に言い争っても仕方のない事。

「それじゃあ、今日の所はここで立ち去るとするよ。暁美ほむらに個体を潰されては堪ったモノじゃない。じゃあね」

 インキュベーターが姿を消す。残された私達は──。

「さやか、ちゃん……」

 消え入りそうに小さな声を掛けるまどか。それに美樹さやかは──

「……っ!」

「さ、さやかちゃんっ!」

 悲痛な呼び声を背に、どこかへ走り去ってった──。

 

◆◇◆◇◆

 

 ああ、またなのね。

 美樹さやかが走り去ってから少しして。あの子があぁなってしまった──魔法少女の真実の一片を知ってしまった以上、もう健全に生存する事自体が望めなくなる。今までと同じく、遅かれ早かれ魔女へと身を堕とすだろう。せめてまどかをお家まで送り迎えしようかとも思ったけれど、まどかも美樹さやかを探しにそこら中を走り去って行ってしまった。本当は気絶させるなりして、時間を止めてる隙に家へと帰すなりするべきなのだろうけれど、私はまどかにそんな事はしたくない。まどかを守る為とは言え、まどかに少しでも危害を加えるような事はしたくない。考えるだけで手の震えが止まらなくなる。もう『夜明けの雨』のあの時みたいに、まどかを傷付けたり──殺めたりするのは二度とごめんだ。

「……まどか……」

 だったならせめてまどかの意思は尊重してあげたい。契約しない限りは──だけれど。美樹さやかを探させてる間にもキュゥべえと接触せぬよう、いつも通り監視はし続けるけれども──。

「──なんだ、こんなところに居たのか」

 ──迂闊だった。

 何故気付かなかった。黄昏ている場合などではなかった。背後より掛かる女の声──聞き覚えがあるにもある。恐らく私を狩りに来たのだろう。

 いかなる手段を以てしても、私に触れられる訳にはいかない。

 時間を止められると言う優位性は、何時だって誰にも明かさずに保たなければならない。でなければまどかをまた喪ってしまう。

 救世を誓ったあいつらの時のように──!

 我ながら煩わしい長髪を靡かせながら、くるりと背後を振り向き──。

「──貴女は──」

 

◆◇◆◇◆

 

「ッひィ──────っハひ────────ッ!!」

 助けて。

 誰か助けて。

 引き笑いが止まらない。

 金属をカッターに掛けたような声が我ながら耳障り。

 自分の耳にも響いちゃう。

「ま、まど、ま、まどかが、まさか、あんな素っ頓狂なアドリブに出るとは──ッ」

 苦しい。

 苦し過ぎる。

 苦し過ぎて最高よ──!

 笑いに笑い過ぎて、肺にまで空気が到達してくれずに苦しい。

 いつかは訪れる恭介クンの死により絶望を遂げるとも思ったけれど、まどかがミッキーの本体を投げ捨ててくれたお陰で舞台はより予想だにしない喜劇へと変わってくれる──! 

 期待に胸を躍らせながら、わたしは『その時』を心待ちにした──。

 

◆◇◆◇◆

 

 あたし──美樹さやかがゾンビだったなんて事が発覚して、次の日。

「……話って何よ」

 今日はあたしの親友──志筑仁美にバーガー屋へと呼び出されている。

 ──なんかもう、色んな話がどうでも良くなっちゃった。

 周りから聞こえてくる声も、なにもかもがあたしを素通りしてく。

 心ここにあらずって、こういう事を言うのかな。

 あたしが人間を辞めてまで恭介の腕を治したのに、恭介を追い詰めてたせいなのか半端にしか治らなかった。ううん、今ではもう二度と動かなくなった。きっと恭介は、今も病院で看護師さん達に取り押さえられながら暴れてるに違いない。もう──全てが元に戻らないこの惨状に、あたしの心はどこか遠くへと消え失せてった。

 ──この石ころこそがあたしだもんね。心なんてなくても、しょうがないよね。

「──ずっと前から、上条恭介君の事をお慕いしてましたの」

 あぁ、そっかぁ……。仁美もそうだったんだ……。

「んで。告白するっての?」

「──明日の放課後には」

「へぇ……」

 不思議と動揺しないあたしが居た。あーあ、恭介の奴も隅に置けないなあ……って。仁美みたいな才色兼備なお嬢様に惚れられるのも道理なんだなぁ、って。

 ──けれど、それ以上に──。

「──ってんの──」

「さ、さやかさん……?」

 今はどちらかと言うと、仁美──いや、コイツへの怒りすら感じるんだ。怒りってのは、転校生に対してみたく導火線に点火された爆弾の様に爆ぜるものだとばかり思ってた。けれどこの怒りは違う。『氷』なんだ。あたしの(ココロ)が、怒りによって氷へと変わった。恭介が今どんな目に遭ってるのか。やっと治ったと思った腕がまた二度と動かなくなっちゃって、今じゃ病院で鎮静剤を打たれてて──。そんな恭介を知って、なおもそんな話をしているの? コイツは?

「知ってんのって聞いてんの。恭介が今どんななってるかって……」

「と、言いますと……?」

 とぼけるその仕草が非常にイラついた。

 あたしらしくない──。仮にも仁美は親友の筈なのに──。

「恭介、また腕が動かなくなっちゃったんだ」

「え──」

 ああ……、とぼける仕草は素だったんだ。

 翡翠の瞳を見開いて、口をぽっかりと開けながら言葉を失う仁美。

「それで自暴自棄になっちゃって、もう壊れちゃってるんだ……」

 あんなになっちゃった恭介、一体誰が治せるって言うのさ……。

 誰かに願われても、すぐ動かなくなっちゃうんだから。追い詰められきった恭介(あたしの罪)を、一体だれが救ってくれるって言うのさ……。

「──ならば、なおさら上条君を支えなくてはなりません」

 はあ? と口溢してしまいそうだった。

 奇跡に頼りすらしても、恭介の腕が治ることはついぞあり得なかったんだ。

「今の私にはそうする(すべ)があります」

「……そう」

 我ながら、何ら感情のこもってない冷え切った受け答えだったと思う。

 仁美程度で、恭介の何を支えられるって言うのさ……?

 魔法少女とはなんら関係なくて、ましてやキュゥべえなんて見えもしない仁美で何が出来るって言うのさ……?

「けれど、あなたも私の大切なお友達ですわ。出来れば抜け駆けも、横取りもする様な事もしたくないんですの」

「……はあ」

 溜息とも了承ともつかぬ返事。

 もう……どうでもいいんだ。あたしも仁美も、恭介を救うなんて出来ない。ましてやあたしは──。

「丸一日だけお待ちしますわ。さやかさんも後悔のない選択をなさるよう──」

 そうして仁美は踵を返した。

 ああ、もうホント何もかもがどうでもいい……。けれど、そこへ──。

「あっ! さやかお姉ちゃんっ!」

 舌足らずで甘やかな声色の子に呼び掛けられる。

 ──ああ、あすみちゃんか……。

「どうしたの? お顔が暗いよ……?」

「……うん」

 こんな話、子供にしても仕方ないや。昼ドラの様なドロドロとした恋愛事情なんて、子供に言っても理解なんて出来るワケない。それに、大人げないし仕方がない。意味がない。

「えっと……、だったらわたしと一緒にご飯食べよっ? わたしのぶんもあげちゃうもんっ」

「……」

 その優しさが今は辛いんだ。あたしに優しさを向けられる資格なんてない。

 ──あはは。あれだけ仁美にシンと冷える怒りを抱いてたのに、もしかしてあたし罪悪感感じちゃってるのかな。

 すごい身勝手で笑えるよホント……。

 それに──。

「……ごめん、一人で食べてて……。あたし、ちょっと一人になりたいんだ……」

 あすみちゃんの顔を見てると、きっとまた『変』って思ってしまう。

 もう嫌なんだ。

 あたしが何か悪い気持ちを抱くなんて。

 悪者になるなんて──。

「……ごめん、なさいっ……」

 俯くあすみちゃん。

 ああ、やっぱあたしって最低だ。

 自分可愛さに、またこんな小さい子供までも傷付けちゃった。

 でも、今はそうしないと堪えられない。

 ごめん──ごめんね、あすみちゃん。

「気にしないで。それじゃ……」

 もう今は誰とも会いたくない。

 仁美の話も終わったんだ。

 このバーガー屋を離れる事にした。

「──っヒハッ!」

 ──そんなあすみちゃんの笑い声なんて、届きもしないまま。

 

◆◇◆◇◆

 

 あれから帰路に就いたミッキーの後を追ってみれば──。

「仁美に恭介とられちゃうっ……! なのにあたし何もできないっ……! ゾンビなんだもんっ……!」

「さやかちゃんっ……!」

 声を潤わせながら涙に頬を濡らすミッキーに、目じりに涙の雫を溜めながら優しく抱擁する鹿目まどか。

「こんな身体、で、抱き締めてっ、あげられない……っ! 触れる事、なんて、っ、できな、い……っ! キスなんてっ……! っっぁぁああっ……!」

 馬鹿な奴よねぇ──!

 噴飯モノよ──!

 ミッキーはワカメの契約を知らない。だからただの人間を相手にしてると思い込んでしまっている。人間を辞めたゾンビの自分じゃ、才色兼備の人間サマなんて相手にならない──と頭っから思い込んで塞ぎ込んでいる。だからバイオリニストを手にする事なんて出来やしない。一方でワカメは自分が人外なんて気付かぬまま、ミッキーを煽りに煽り散らした。

 まさに雌の獣同士の熾烈な醜い争い!

 人外対人外の滑稽なサーカスでしかないのよ──!

「よし……! そのまま自滅しちゃえばいいのよ! ミッキィッ──!」

 

◆◇◆◇◆

 

 僕──上条恭介にとってヴァイオリン演奏とは『解放』──のつもりだった。

 けれど違ったんだ。

「ハ、はは……は」

 精も根も尽き果てた。乾き切った無彩色の笑みが零れ逝く。

 もう一筋の光すら指し込まれやしない。

 僕の心はこの闇夜の様に、光の無い世界なんだ。

 ──いいや、心あるなんて自称する事がそもそもおかしいんだ。

 烏滸がましいんだ。

 ──僕はもう弾けないんだ。

 ──僕はもう死んでるんだ。

 ──僕はもうゾンビなんだ。

 僕がバイオリンで、バイオリンが僕なんだ。

 バイオリンを失った僕とは、即ちただの抜け殻だ。

 そこに生きる意味の一切が無い。

 弾きたい欲求に焦がれてた──なんて思ってた頃がどれだけ愚かしかった事か。

 ゾンビが欲求なんて持つ筈ないのに──。

 ──僕は、もう要らない存在なんだ。

 誰からも必要とされない。

 きっとさやかも僕をバイオリンの演奏装置だと思っているんだ。

 だから毎回の様にCDを持ってきたんだ。

 僕はCDの様に弦の音色を奏でる機械なんだ。

 でも、もうそれもお終いだ。僕の腕は二度と動かない。

 二度と弦を震わすなど出来ない。

 お父さんにお母さん、それにさやかにその音色を聴かせる事なんて出来やしない。

 ──なら、死んでも同じだよね。

 僕はもう壊れた機械なんだ。

 壊れてる事は死も同然なんだ。

 なら、死んでも同じことなんだ。

 だって、死んでる様な物なんだから──。

 こうして生きているフリしたまま生きて、こんなに辛いのなら──。

「もう、死ぬしかないじゃないか──」

 一歩一歩と近づいて()く。

 病院の屋上の淵が、さながら川岸かの様に思えた。

 川面に足を踏みしめてしまえば、僕はきっと今よりも幸せなセカイへと()けるんだ──。

「──お父さん、お母さん。そしてさやか。今まで世話になったね。もう──僕は居なくなるんだ」

 僕の役目は、もう終わったのだから──。

「──さようなら。みんな──」

 そして僕は、闇へと身を投げた。

 この夜の様に重く深く──底のない闇へと──。

 

◆◇◆◇◆

 

 美樹さやかの騒動から数日経って。

「……恭介」

「さやかちゃん……」

 まどかに心配される、虚空を見上げる美樹さやかの姿。おおかた志筑仁美から宣戦布告を受けたのだろう。けれど美樹さやかは、自分が人間ではないとして志筑仁美になど太刀打ちできないと思っている。

 ──だから魔法少女には向かなかったのよ。

 この一件により、恐らくはこれからもその魂を穢れさせ続ける事だろう。彼女の契約を巴マミが誘発しなければ、甘酸っぱい恋物語としてその幕を閉じた筈。

 ──けれど、事態は思っていた以上に残酷だった。

「──早乙女先生……?」

 次は数学の授業の筈だ。ここに居るべき者は、中肉中背の冴えない眼鏡の男性教師の筈。英語の教科担当にして担任の早乙女和子先生が居るべき時間ではない。

「──皆さんに、お知らせがあります」

 その違和感に、胸をザワザワと執拗に触れられる様な胸騒ぎを覚えた。やがてはその触覚がテレビの砂嵐(ノイズ)の様に音を立たせ、焦燥感として私を苛む。

 ──やめて──やめろ。その先を言わないで。

 永遠にも似た──聞きたくないけれど、されど聞かずにはいられない一時のもどかしさ。そしてやはり──感じ取った不穏は現実となった。

 

「──上条君が、遺体で発見されました」

 

 後頭部を後ろから殴られた様な鈍痛を錯覚した。

 ──上条恭介が死んだ──。

「──え──」

「──あ──っ──?」

 馬鹿な。何故──!

 もちろん私だけではない。その理解不能な文字列に美樹さやかは口を開き、志筑仁美も絶句している。

「……っ…………っ!」

 上条恭介が死んだ。

 頭が理解しただろう頃には志筑仁美は嗚咽を漏らし──。

「っぁ……ぁああ……!ああああっ!!」

 美樹さやかは慟哭をあげた。

「ば、かな……っ!?」

 騒然となる教室の中、私は呆然と立ち尽くすしかなかった──。

 

◆◇◆◇◆

 

 更けた夜の描く、星の見えぬ寒空の下。

 ──かつて上条君の入院なさっていた病院の屋上。

 それにして上条君の死に場所。

「……来てたんだ、仁美」

 おぼつかぬ足でフラフラと揺らがせながら、私──志筑仁美へと寄せるさやかさん。

「──えぇ」

「……」

 交わす言葉無きまま、屋上を通り抜ける風に肌を冷やす。己が所業を思えば、文字通り紡ぐ言葉など有りはしませんでした。

 ──そんな沈黙を破ったのは、さやかさんの方でした。

「──見てよ、これ。とっても黒いでしょ。あたしの魂なんだって、ハハっ……ウケるよね……」

 ──それは、かつて天色をしていた宝玉。

 自嘲に笑うさやかさんのキモチを表したかの様に、この闇夜の様に深く黒く染め上げられていました。

「……さやかさんも、でしたか……。私だけかと思っていました」

『……は』と呆気に取られるさやかさんに、私もその穢れきった宝玉()を差し出し──。

「──なんだ、仁美もそうだったの」

 どこか……安堵にも似た色の溜息に混じるさやかさん。

「なんか……さ。分かっちゃうんだよね」

「……」

 返事も頷きもする事なく、彼女の話を黙って待ちまして。

「もうあたしたち、終わりなんじゃないかって」

「……」

「もう抜け駆けとかそう言うの、どうでもよくなっちゃったね。恭介……居ないんだし」

「……ですわね」

 ──うらやましさ。

 否定など決して出来はしない程に、確かに私の心の中に淀んでいました。

 上条君と共に在れる、さやかさんの存在が──。

 ──そんな羨望、とっくに捨て去ってしまえれば良かったですのに。

「これ、黒くなりきったらどうなるんだろうね……。どんな終わり方(死に方)するんだろうね……」

 さやかさんの魂──彼女は確かに、先ほどこの宝玉をそう言いました。己が業を表すかの様に、底など見えない程に深く穢れ切ったその魂。なら──。

「魔女になる──とかでしょうか」

「あは。なんかそれっぽいね。意外と当たってるかも」

 特に取り乱すと言う事もなく、なおも自らを嘲笑いながら肯定するさやかさん。──男の子の様に元気でありながら、その実は誰よりも繊細な女の子。彼女の自嘲癖は昔から見てもいられませんでした。自嘲する事で本来の繊細さを隠さずともよろしいですのに。

「……なんか、もう……どうでもいいや。二人で全部めちゃくちゃにしちゃおうか。だって、希望と絶望って──差し引きゼロなんだから──」

 自棄になった彼女の魂はもう既にひび割れて、その絶望(魔女)を吐き散らそう、と。涙に濡れた瞳を私に向け──。

「あたしって、ほんとバカ」

 その(タマシイ)を、爆風と共に燃やし尽くしました。

 

 女の子の悲鳴。

 魔物の雄叫び。

 どれともつかぬ劈く音色と共に、人魚の様な姿をした魔女がこの世界に顕現して──。

「──まさに、その通りでしたわね」

 私達、なんと愚かしい運命だった事でしょう。穢れ切ったさやかさんの魂から産み落とされた物とは、まさしく魔女その他なりませんでした。

 ──思えば、私の所為なのかもしれません。

 胸に燻ぶる羨望を捨てきれぬどころか、少しでも上条君を救う事が出来る力が己にはあると思い上がり、剰えそれがさやかさんを絶望に追いやってしまいました。

「──うふふっ。感じの悪い女ですこと、私──」

 嗚呼──。

 さやかさんの自嘲癖が移ってしまったのか、己が魂も燃え尽きようと言うのに笑みすら浮かんでくる私。

 ──そうですわ。こんなに──こんなにも感じの悪い性根の悪い女、まさしく魔女と言えましょう。これを魔女と言わずして──。

「──何と、言うのでしょうか──」

 なるべくして堕ちる獣道(魔女化)。最期に聞いたその音とは、宝玉()が砕け散るものでした──。

 

◆◇◆◇◆

 

 グリーフシードを新たに二個手にした。

「──ック、ふふふ! フフフフフ!! アはははははハハハハアハハハハあッ!!」

 深夜の病院に、劈くわたしの高らかな笑いが木霊する。

 美樹さやか、志筑仁美、そして上条恭介。一挙に三つのガラス細工がダイヤモンドダストに還る。またわたしは、その人ひとりずつの人生を消費し尽くした。

「アホよ! お前ら全員絶対アホよっ!」

 恭介クンの腕を再び潰したのはわたし──神名あすみ。けれど腕なんて有ろうとも、遅かれ早かれ恭介クンはその命の意味を見失っていたに過ぎない。

 ──ううん、元より命の意味なんて無かった。

 バイオリンを(ソウルジェム)とするならば、その存在の脆さは魔法少女──魔女共も同然。わたしは、その魂が如何に脆いかと言う事を知らしめてやったまでの事。己が業に魂を焼き尽くした恭介クンその者自身が悪い。こうして自滅する人間を見る度に『ああ──わたしは間違ってなかったんだ』とこのカラダ──ココロ全てに染み入る。

「ミッキーとワカメもクソアホよっ! 恋愛なんかに魂燃やしちゃって! 自分の股間が為にその命を散らしたとか傑作よもうっ! アハハハハハハハハッ!」

 この世界に『愛』など在りはしない。あるのは性欲を体良く言い繕った『恋』なる戯言のみ。そしてわたしはかつて、その性欲によって穢しに穢しに穢された。いくら恋慕だのと綺麗に装飾しようとも、その汚らわしさと悪臭は決して隠せはしない。

「アハハハハハハハハハハハハハハハッ──!」

 その汚らわしさを以て、あのクソ伯父やロリコンの客共と同じように身を亡ぼすなど、愚か以外に何と呼べば良いのか──。 そしてミッキー。お前はわたしの復讐の邪魔を──箱の魔女を殺す邪魔をしたのが運の尽き。

 あそこで邪魔さえしなければ、もっと優しく殺してあげた事でしょうに──。

「──ざまあみろ……♡」

 胸にて未だ沸騰が止まらない余韻を噛みしめようと、瞼を閉じ──。

 

『っ……美樹、さんっ……! ごめ、なさい……っ!』

 ──なんで、マミおねえちゃんなの。

『助け、られなくてっ……ご、めなさ……っ……!』

 ──なんで、マミおねえちゃんがそこに居るの。

『……っ……ぁぁああっ……!』

 ──なんで、マミおねえちゃんの慟哭が聞こえるの。

 

「──」

 たまらず舌を打ちつつ視界を開ける。思い浮かぶはミッキーとワカメの間の抜けた最期の表情だった筈なのに。瞼を閉じてみれば、美樹さやかの亡骸を抱えて涙に頬を濡らすマミおねえちゃん。

 おかしいな。今わたしは最高にハイだった筈。

 自業自得にその身を焼き尽くす(サマ)を眺めた時の、血が沸騰するかの様な高揚感は忘れられないハズだった。なのに──。

 ──どうして、こんなにも昂れないの。

 ──どうして、こんなにも高揚できないの。

 ──どうして、こんなにも虚しいの。

 きっと、もっともっと甚振り足りなかったんだ。

 もっと嬲りに嬲り尽くせば、こんなに白ける事も無くて──。

 ──ううん、わたしは充分愉しんだ筈。

 だから今こうして、二人の魔女を潰してサヨナラ勝ちだった。

 なのに、なんでこんなに虚しいの──。

「──やぁ」

 聞くに飽きた少年の声。

 ──なんだ、キュゥべえか。

 ただでさえ白けているのに、何の用なのかしら。

「二人ともグリーフシードにした様だね。この前の僕の推論はどうも勘違いだったようだ」

 お手柄だよ、と嬉しくもない美辞麗句の称賛をくれるスペースケモノ。はいはいどーも……とあしらうも、今日のケモノは求められてもいないのによく喋る。

「この調子で他の子達も頼むよ。巴マミに佐倉杏子。これで鹿目まどかの契約に持ち込めるんだ」

「──もう帰っていいよ」

 何かもう、今日はコイツに高説してやる気分も無い。とにかく独りになりたかった。雑音も無く、ひとりで──。

「いつもは語るのに、わけがわからないよ。それにしてもあすみはすごいね。なんたって君は──」

 

「──僕らと違って、人間の気持ちが分かる(・・・・・・・・・・)のだから」

 

 その機械音(エラーメッセージ)は、わたしの視界を赤に奪った。

「──は──」

 ──なによ、それ。

 わたしが──この神名あすみが、『不幸』の使者が、人の気持ちを理解出来るですって……?

「──れ──」

「うん? どうしたんだい? あす──」

「帰れッ──!」

 気分じゃなくとも、いつものように高説してやれば良かったのに。なのにわたしは、喉を張り裂かしてまで追い払いたかった。

「……やれやれ。分かったよ。それじゃあね」

 ──良かった、すんなり帰ってくれた。

 消えてくれてありがとう。

「……なんか、やな気分……」

 キュゥべえは消えてくれたけど、この胸のわだかまりは消えてくれない。何故今になってマミおねえちゃんを思い出しちゃったのかも。何故マミおねえちゃんのこと、こんなにも気になるのかも──。

 

◆◇◆◇◆

 

 マミおねえちゃんのお家。

「……ただいま」

「……あすみちゃん……」

 心配してくれたのかな……。

 どこか切なげなお顔のマミおねえちゃんが出迎えてくれた。

 あすみのお顔──晴れない表情から察してか、いつものように「どこ行ってたの」と駆け寄って抱き寄せられる……なんて事も無かった。

 ただ、その眼差しを向けてくれるだけ……。

「……また勝手に出ていって、ごめんなさい……」

「……ううん。あすみちゃんが無事なら、それでいいの……」

 やっぱり嫌だった。

 なんでかは分からないけれど、マミおねえちゃんがわたしを気遣う度に胸が締め付けられる。だからマミおねえちゃんの気遣いが、わたしにとっては一番嫌だった。

「……お紅茶が飲みたいな……っ」

「……」

 そして、なんでこんな事口走ったのかも分からない。

 わたしは、マミおねえちゃんのお紅茶が大嫌いだった。

 今でも大嫌い。

 あの香りも、温かさも、全部全部大嫌い。

 なのにマミおねえちゃん、いつも飲ませてきたんだ。

 わたしの大嫌いなお紅茶、お菓子と一緒に飲ませてきたんだ。なのに──。

「……今日は冷えたものね。待っててね……? すぐ淹れてあげるから……」

 わたし、なんでマミおねえちゃんのお紅茶が飲みたいなんて──。

 

◆◇◆◇◆

 

 今はゆまの介抱は佐倉杏子に任せながら、三角形のガラスのテーブルをマミおねえちゃんとあすみとで挟んで──。

「どうかしら……」

「……」

 ああ、やっぱりお紅茶が飲みたいだなんて言うんじゃなかった。

 マミおねえちゃんのお紅茶、とってもマズいんだもの……。

「温かい……っ」

「うん……。こうして寒い夜に啜ってると、心まで解れる気がするの……」

「……」

「ふふっ。あすみちゃんもこの感じ、好きって言ってたわよね……」

 ……大っ嫌い。

「……本当、いつでも言ってね……? いつでも淹れてあげるの、本当なんだから……」

 伏し目がちに頷くあすみに微笑むマミおねえちゃん。

 お紅茶も、マミおねえちゃんも大嫌い。

「──ねぇ、マミおねえちゃん」

「うん?」

「なんで、マミおねえちゃんってそこまで優しいの」

「えっ……?」

 鬱陶しいほどに優しい。

 この家でわたしの欲しい物全部くれるし、わたしが勝手にどこか行っても責めないし──心配はされるけど。

 それに、今日もお紅茶だって淹れてくれた。

 マミおねえちゃんに黙って、勝手にどこか行ってたのに──。

「……あすみがわがまま言っても、マミおねえちゃん文句ひとつも言わないから……」

「えっと、紅茶のことかしら。だったら前に言ったわよね……? 私、あすみちゃんの為なら毎日だって紅茶を──」

 そうじゃない。そうじゃないの……。

「……っ」

「あすみちゃん……?」

 静かに首を振って、マミおねえちゃんの言葉を掻き消す。

「マミおねえちゃんがあすみを守るからって、約束してくれたのも覚えてる」

「……えぇ」

「でも、なんであすみなの? マミおねえちゃんって、さやかおねえちゃんとまどかちゃんとも仲良かったよね……? なのに、なんであすみの為に……?」

「……」

 返事が無い。言葉に詰まり、しばらく黙りこくってしまうマミおねえちゃん。

「……マミおねえちゃん、大好きだよ? あすみ、マミおねえちゃんに優しくしてもらうの嬉しいの……。それに、マミおねえちゃんがあすみの事大好きでいてくれてるのもすごく分かるの……。ごはんもおいしいし、ケーキもおいしいし、お紅茶も温かくておいしいし……。色んなところからマミおねえちゃんの『大好き』が伝わってきて、あすみすごく嬉しいんだよ……?」

「あすみちゃん……」

「でもね……? マミおねえちゃん──」

 

「──あすみが魔女だったとしても、大好きでいてくれる……?」

 

 え……。と、マミおねえちゃんの目が見開かれる。

「……それって、どう言う──」

「あすみ、もしもすっごい悪い魔女で……誰も彼もが、あすみを悪いって。あすみだけが悪いって罵るの。だから、あすみがもしも魔女だったとしても──」

「っ……! あすみちゃんは魔女なんかじゃないっ……!」

 ううん……!

 あすみ、多分魔女よりもいっぱい人を殺してる……!

 だからっ……!

「もしもだからっ──!」

 マミおねえちゃんの言葉を遮って──。

「……お願い、マミおねえちゃん……。答えて……。あすみ……もしもいっぱいいっぱい人を食べちゃう魔女だったとしても、マミおねえちゃんは大好きでいてくれるの……?」

「……」

 お紅茶を啜って、なおも黙りこくるマミおねえちゃん。

 ──そうだよね。答えられる訳ないよね。

 それに……ここでマミおねえちゃんが『大好き』って言ってくれるなら、ぜったいうそだ……って言ってやるんだから。

「……人間のフリをする魔女なんて見た事ないけど、もしもで言って良い……?」

「……うんっ」

 本当のあすみを見て今まで罵らなかった人間なんて誰ひとりとして居なかった。

 泣き叫びながら、怒りに身を焦がしながら、呪詛を撒き散らしながら、みんな……みんなみんな魔女の餌になるか、魔法少女なら魔女になった。

 だから……あすみを『大好き』なんて言ってくれる人は、みんなうそつきなんだ。

「──私もね? あすみちゃんの『大好き』が伝わってくる度に、すごく嬉しく思うの……。色んなものをおいしいって言ってくれて、こんな私を頼ってくれて……。あすみちゃんが私を『大好き』でいてくれてるの、すごい分かるの……」

「……うん」

「だから私、そんなあすみちゃんのこと全てを嘘だと思えないの。だからまず、あの時『大好き』って言ってくれたのは嘘だったの……? って聞いちゃうと思う。もしも本当だって言ってくれたら、私……あすみちゃんのこと、魔女だったとしても大好きなままでいられると思う」

「……もしウソだったら……?」

「……きっと泣いちゃいながら戦うと思うわ。泣いて、泣いて、泣き腫らして……。嘘だったとしても、あすみちゃんのこと忘れられなくなっちゃって……っ」

 ──ああ、マミおねえちゃんも『ウソツキ』だ。

「……あすみのこと、殺しちゃうんだね……」

「あ、えっと……、もしも悪い魔女だったら、よ? でも……もしもあすみちゃんが魔女だったなら、良い魔女も居るんだなって思っちゃうわ」

「……なんで」

「だってあすみちゃん、誰ひとり殺してなんてないから……。それで私を大好きって言ってくれるのなら、例え魔女だったとしても私が守るの」

 誰ひとり殺してない──か。

 あすみのこと、やっぱり何も分かってないんだね……。

「やっぱり、正義の魔法少女だから……?」

 強迫観念からなる、あまりに不純な正義感。

 それは純粋な正義の為なんかじゃなく、かつて見殺しにしたと言うトラウマからなるもの。

 わたしは、その正義の魔法少女サマにいつか裁かれて──。

「……そんな良いものじゃないわよ。私」

「え……?」

「私、実は正義の味方なんかじゃないもの」

 ──どう言う、こと……?

 わたし、トラウマから正義の味方で居続けてるって思ってた。

 責任から正義の味方をしてるって思ってた。

 正義の味方をしているうちに、ずっと……ずっとずっと辛くなって──。

 そんな正義の味方に見せかけた、悲劇のヒロインで居る事が心地良いんだって思ってた。

 なのに、正義の味方なんかじゃない……?

 じゃあマミおねえちゃん、(なに)であすみを裁こうと……?

「……どういうこと? って思ってるでしょ?」

「あ、え……と、その……」

「ふふっ、でもごめんなさい……。今はまだ言えないの。でも、いずれ話すから……。──ゆまちゃんが助かってから、ね」

 ……ゆまはこの後、まもなくして死ぬ。

 だから、マミおねえちゃんが話してくれることなんて永遠に──。

「悪ィ。そろそろ……マミかあすみ」

 佐倉杏子に割り込まれる。ゆまの看病を代わってもらう為に。

「ごめんなさい佐倉さん。お疲れさま……」

「……ンじゃ。行ってくる」

 ベランダの窓から飛び立ち去り、佐倉杏子がグリーフシード稼ぎに出かけた。

「じゃ、ゆまちゃんの介抱しましょうか」

「うんっ」

「ゆまちゃん、絶対助けましょうね。それで今度もみんなで集まって、ゆまちゃんお目覚め祝いのケーキを食べるの!」

「……うんっ!」

 やっぱり、マミおねえちゃんのお紅茶を飲んで良かったのかもしれない。

 今日の最後に、ゆらゆらと揺らぐわたしは定まったんだ。

 マミおねえちゃんは──やっぱり『ウソツキ』。

 わたしが正体を見せたなら、きっとマミおねえちゃんはわたしの事を悪者だと罵るんだ。

 だから──。

 

 ──わたしのこと、大嫌いにさせてあげる──。

 

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