魔法少女あすみ☆マギカ ~Rainy Ambivalence~   作:Κirish

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償還の物語 -Redemption-
第7話「どこまでも哀れな子だった」


 在りし日の、夕焼けの温かな赤い光に包まれたある日の事。

「──この写真って?」

 手に取る写真立て。そこには、ウェディングドレスに身を包む幸せそうな笑顔を浮かべた女の人の姿があった。

「……それね、お父さんとおかあさんの結婚式の写真なの」

「へぇ~っ! これおかあさんなんだぁ! おかあさんきれい~」

「ふふっ。ありがとうっ」

 そんなおかあさんの微笑みは、この花嫁姿のおかあさんみたいに……太陽みたいに眩しかった。

「あすみ、おかあさんみたいになりたいなぁ」

 ふわっと馨しく散らす花弁雨の中、溢れんばかりのブーケを抱きかかえるおかあさん。

 白き薔薇の髪飾りに相思相愛、純潔、深い尊敬と共に彩られるおかあさんの白銀の靡く髪は、息を呑む程に麗しい。

 あすみもこんな『幸せ』の中で皆に喜ばれて、あすみも喜びたい。

「その前に良い人、見つけないとねっ」

「……いいひと……」

「あすみの事をどこに居ても、どこまでも想ってくれて幸せにしてくれる人のことよ」

 おかあさんを『幸せ』にしてくれる人──お父さんみたいな人……。

「あすみ、できるかな……? たいせつな人、見つかるかな……?」

「ふふっ。あすみならきっと大丈夫よ」

「どうして?」

「だっておかあさん、あすみが良い子だって誰よりも知ってるものっ。良い子ってねぇ、いつの間にか惹かれてしまって……好きになってしまうのよ。この子と一緒に居たいって。朝起きてもその子の事が忘れられなくって、そしていつの間にか日常を共に過ごせられるって程に思ってしまうの」

「……」

 あすみは自分のこと、とくべつ良い子だと思ったことなんて無かった。

 ただ毎日が楽しかっただけ。

 学校ではたくさんのお友達と一緒にあそんで、お家ではおかあさんを手伝ったり、いっしょにおいしいご飯作って食べて、お菓子も食べて、夜が怖かったらおかあさんに抱きしめてもらって。

 あすみにはそれが『普通』だったの。

「……ピンと来てないみたいよね?」

「うんっ……」

「えっとね、その……もし自分の事良い子だなんて思い浮かばなくてね? 自分なんて『普通』なんだって思ったりしちゃっててもね? その『普通』を好きでいてくれる子なんて、実はちょっと珍しかったりするのよ?」

「……!」

 あすみの思ってることを当てられてしまった、ちょっとビックリした。

 おめめが開いたのを見て、おかあさんは「あっ、やっぱり?」なんて……手をお口に当ててくすくすと笑ってしまったり。

「な、なんでわかったのっ!?」

「何年あすみのおかあさんやってると思ってるの? あすみの考えてる事ぐらい顔に書いてあるわよ~?」

「うぅ~……!」

 どうしてかちょっとお顔があつくって、お顔をぺたぺたと触ってしまう。

 でも──。

「……えへへっ」

 お顔はあついけれど、どうしてかイヤじゃない。

 やっぱりおかあさん、あすみの事なら何でも分かってくれるんだ。

 そんなおかあさんだからきっとお父さんも好きになって、今のあすみが感じてるみたいに、この胸を撫で下ろす安心感が温かくて心地よかったんだ。

「──だからね、そう言う『普通』を好きでいてくれる人の事をあすみも大事にしてあげてね? 言葉になんてしなかったとしても、大事な人から『大好き』が伝わってくる程嬉しいことなんて他にないんだから……」

「うんっ!」

「よしっ。じゃあこれからあすみはねぇ……そんな人の良いお嫁さんになって、それであすみみたいな可愛い赤ちゃんを授かって、幸せな家庭の中で過ごすの」

「むっ」

 おかあさん、あすみの事赤ちゃんだなんて言った。

 あすみは大人だもん。

「あすみ子供じゃないもん」

「ふふっ。ごめんごめんっ。でも可愛いのは事実なの~っ」

 そう言っておかあさん、急にあすみの事を抱きしめてくる。

 ちょっと苦しいけど温かくって、おかあさんの花の様な香りに包まれてて、くすぐったくって──。

「っわ! おかあさんっ!」

「ふふふっ! あ~なんでこんな可愛いんだろあすみって~! よしよしよしよし」

「もう~っ!」

 あすみの頭をわしゃわしゃと、ちょっと雑めに撫でてくるの。

 雑だけど……でも、これも何でかイヤじゃなかった。

 こうやってぎゅって抱き寄せられて、おかあさんに頭撫でられるのすごい好きだった。

 おかあさんの細くてきれいなおててがあすみに触れるの、嬉しかったんだ。

「──だからね、あすみ。私は信じてるの」

 

「あすみならきっと、幸せになれるわ」

 

◆◇◆◇◆

 

「……」

 在りし日の、大好きな大好きなおかあさんの夢。『花嫁』の事を忘れていたなんて事はなく、むしろずっとずっと心の奥深くに刻み込まれていた。けれど度々思い出して胸にこびりついて離れない……なんて事はなく、普段から思い浮かべる事なんて無かった。なのに──。

 ──どうして、こんな夢を今更見るの。

 マミお姉ちゃんのお紅茶を味わったから? ──違う。

 マミお姉ちゃんの優しさに触れたから? ──違うよ。

 マミお姉ちゃんに抱きしめられたから? ──断じて違う。

 違うのなら、何でこうして自分に言い聞かせるの?

 ──マミお姉ちゃんは『ウソツキ』と言う大罪人だから。人間は皆、自業自得にして因果応報にその報いを受けなきゃいけない。己が抱える業に焼き尽くされ、その命をわたしの為に消費され尽くさなければならない。

 ──でも、わたしは何回同じことを思っているの?

 それが人間である以上の当然の摂理なら、改めてこうして思い返す必要もない。ミッキーにワカメに恭介クンも、やっと自分の『不幸』に気付いたまでの事。だからこそ業火に焼かれてその命を散らした。すべては自業自得。

「……四時か」

 変な時間に目が覚めたものね。未だ夜が明けてすらいない。朝であるにも拘わらず闇夜のように深く暗く、布団から体を出せばたちまち体温が奪われてく。それに、起き抜けの口の中とは毎度の事不愉快だ。

「……水でも飲も」

 

◆◇◆◇◆

 

『今週は、全国的に雨が降る恐れがあります。ゲリラ豪雨に注意し傘を忘れない様に──』

 テレビが薄暗やかに暗闇を灯す中──。

「っん……」

 キンと冷えた水が、乾燥のこびり付いた喉を流し潤す。粘性に塗れた口はすっかり元通り。

 そこへ──。

「……起きてたか」

 同じく変な時間に目が覚めてしまった佐倉杏子。

「ぁ、お水……飲むよね……?」

「悪ィ」

 ゴクゴクと、喉を鳴らして口内を潤す。

 早いとこベッドに戻らなきゃ。

 今は誰とも話す気なんてなかった。誰にも話しかけられたくもない。狂犬に無駄話をされる前に、もう一度深い眠りにつきたいんだ。真綿の布団に包み込まれ、静かな水の中に沈むように──。

「──なぁ、あすみ」

「うん……?」

 遅かった。こうして少しでも口をきいていれば、どこかで眠気を掻き消されてしまうのが常だ。だから口をききたくなかったのに……。

「今から付き合えるか」

「え……」

「時間は取らせやしないよ。ちょっくら散歩に出るぐらいだからさ」

 少しでも、どころじゃなかった。今から長話を──こんな日の昇らない冷え切った早朝の内に、散歩へ付き合わされる。流石に『寝たい』とは言いたかったけれど──。

「……うんっ。いいよ」

 ちょうどマミおねえちゃんに心底嫌われようと思ってたところだった。そろそろコイツ辺りを狩って、『家族』を失ったマミおねえちゃんを絶望させる。目の前でわたしに裏切られて──だ。いつもとやることは変わらない。

 ──これで、良いんだ。

「じゃ、決まりだな。あたしはもう支度出来てる」

 すなわち、ハナっからわたしに話があるつもりで接触を図ってきたと言うこと。まさかコイツ如きにわたしの正体なんて知られてはいるまい。けれど、少しだけ鼻につく不穏の香りに胸がざわつく。とは言っても、いくら不穏だったとしても、コイツ如きにわたしに敵う筈もない。もしもの時もやっぱりいつも通り。

「……わかった」

 今日が佐倉杏子の命日。

 オマエの死こそが、マミおねえちゃんへの手向けだ。

 

◆◇◆◇◆

 

 雨が降りそうな、湿気を含んだ香り漂う──そんな朝の街中にて。

「なぁ、あすみ」

 淀む静けさを破ったのは杏子だった。

「……何」

「お前さ、早朝の空気ってどう思うのさ?」

 なによこいつ。

 そんな話をしたいが為にわたしを呼んだのか。実に下らない。

「──好きだよ」

「へぇ」

 これは本当。生活音も、排気ガスの吹き出る音も、臭いも、全てが静まり返る早朝の道中。世界にはわたしたったひとりしかいない──佐倉杏子が隣に居なければ、そんな優越感を感じられていっそう心地良かったはずなのに。

 それに、今朝の天気予報で言ってたっけ──。

 陰湿な湿気と鉛色の空が、早朝をより闇へと深める。けれど──。

「そんな話がしたくてわたしを呼んだんじゃあ……ないんでしょう?」

 一瞬、凍ったように沈黙の時が流れ──。

「──あぁ、そうだよ」

「だったら──」

「あぁ……まぁ、そう早るな。もう少し付き合え」

「……うん」

 

 見滝原からも少し外れてきた。どちらかと言えば風見野に近いだろうか。生活臭や音も感じられなくなり──とは言っても、早朝だからそんなモノはないけれど──人が住んでる気配も段々と薄れてきた。

「──あたしのコト、オマエに話したことあったっけ」

「……」

「……あぁ、無えよな」

 杏子本人からは、未だ語られすらしていないんだ。知っていた方がおかしい事。

「あたしさ、家族皆殺しにしちまったんだよ」

「……え」

「っハハ。薄情なヤツだろ? まったく、何回もイヤになったさ」

 そう言って自らを嘲笑う。──本人にはそんな意図が無くても、たった一人の家族共々世界に見捨てられたわたしからすれば、嫌味にしか思えなかった。

「……マミは違ぇって言ってくれたけどさ、違わないんだよ。父さんのキモチも分かってやれないで、独り善がりの願いを押し付けた。だから悪いのは全部あたしなんだよ」

「……」

「……どうやって殺したか、聞かねえのか?」

 聞かないのか、も何も──あらかた知ってる。残念ながら、わたしは『おかしい』方だ。杏子が家族を殺してしまったワケも何もかも、全てゆまの記憶から聞いている。だから、そんなわたしからすれば全てが消化試合。もちろん、そんな事を悟られるワケにもいかなくて──。

「なんで殺したの……?」

「……あぁ、そう来たか。まぁいいや。親父は教会の者でね。毎日のように新聞読んでは真剣(マジ)に悩むような、優し過ぎる人だったんだよ。今みたいな新しい世界を救うには、新しい信仰が必要だ──ってな」

「……うん」

「だから親父……ある日から教義にない説教を始めたんだ。でもな、ばったり信者の足が途絶えたよ。本部からも破門されちまって、誰も親父の言う事になんて耳を貸してくれなくなって、近所からは一家全員鼻つまみものさ」

 あぁ、なんと間の抜けた話だこと。

 信者さん達は己が信じる教義を聞きたいが為に足を運んでくれているに過ぎないと言うのに。それを反故にして新たな信仰を作ろうだなんて、まるで新興宗教のよう。

「親父の言ってることは何も間違ってないのに。親父の言ってることは誰にでも聞いてもらえる筈なのに。だからあたしは願ったんだ。『父さんの話を聞いてもらえますように』ってな」

 そうして得られた魔法が──なんだっけ。ゆまの記憶にもほむらちゃんの記憶にも無かった。

「親父は表から世界を救い、あたしは魔女と戦って裏から世界を救うんだって息巻いてたよ。けど、ある日カラクリがバレちまったんだ。ンでこっ酷く怒鳴られたものだよ。人の心を惑わす魔女だ──ってな。ホンモノの魔女と毎日のように戦ってるってのにさ……。全く──笑い話にもなりゃしないよ」

 一歩──また一歩と、踏みしめる度に街並みも寂れてく。

「それで親父はイカレちまって、一家巻き込んで心中さ。──あたしひとりだけを遺して、ね。だからあたしは誓ったんだ。もう二度と他の奴の為に魔法は使わない、って。あたしの勝手な願いが親父を追い詰めて、一家全員皆殺しにしちまったから……」

 いっそう寂れてく街並み。

 ──でも、この道って──

「──さて、もうすぐ着くぞ」

 ルビーに輝く指輪を嵌めた手で指し示す、その先は──。

 

◆◇◆◇◆

 

 ひび割れたステンドグラスに、おおよそ役割を果たせると言えるか怪しい程に崩落した、鉛よりも深く淀んだ黒き闇夜を覗かせる屋根。祭壇には木々が煩雑に、乱雑に散らばっている。

 ──佐倉教会。

 ゆまの記憶でかつて垣間見た、佐倉杏子の実家。

「ここが親父の教会なんだ。──懐かしいな。ここに来ると今でも思い出すよ。親父の話を皆が聞いてくれるんだ、って言うぬか喜びがさ」

 ──見えない。

「──なんで、わたしをここに?」

 話が見えてこない。内容はすべて自分語りで、その全てをゆま経由で知り得た事ばかり。ゆまが死にかけていて、マミおねえちゃんも毎日消耗している。そんな寂しさをわたしに語り掛けてきたのかな──てっきりそう思うほかもなく──。

「──ヤキが回っちまったもんだなぁ、って思ったんだよ。皆殺しにしちまった筈の『家族』を、今でも夢に見てるあたしが居たんだ」

 自らを嘲るように笑みながら、ポツリポツリとこぼす。

「ゆまの子守りしてんのもさ、織莉子ってヤツのせいでこの世界にぶち込まれちまって──ってのも言い訳だな、あたしに情を抱かせたオトシマエってつもりだったんだ」

 溜息混じりに、杏子が続ける。

「──でもさ、誤魔化しきれるモンじゃねえなって」

「え……?」

「似てんだよゆまはさ。モモ──あたしの妹とさ。そんなゆまの世話しながらマミに小うるさく叱られたりしてさ。やっぱ悪いモンじゃねえなって思っちまった。出来ることなら、今度は四人で過ごしてみるのも悪かあねえってさ。……あぁ、やっぱヤキ回ってるなぁ、あたし」

 コイツにとって、マミおねえちゃんは何だったのか。旧知の仲──と言う事ぐらいしか察せられない。ほむらちゃんの記憶を覗いても、それ以上の事は分からなかった。

「……ねぇ」

「あ?」

「マミおねえちゃんって、杏子にとってなんなの……?」

「ってーかあすみ。マミの事どう思うよ?」

 質問に質問で返すなんて……。

 若干の苛立ちを表しそうになりながらも。

「その質問、前にも──」

「あぁ、そうだったよな。ウザったい姉貴みてえ──って言ってたよな。あたし」

「……うん」

 今回の改めてのこの問い。前と同じことを聞きたかったワケじゃないのは、問われた時点で察しはしていた。前にも聞いたよね──と誤魔化そうにも、そうはいかなかった。わたしの返事を消し飛ばすように遮られてしまった。

 ──マミおねえちゃん? 大嫌いだよ。

「……けどな、そんなおせっかいな姉貴が居るってのも、悪くないモンなんだよ。──そのおせっかいさに、救われた事もあるんだ」

 寒空を見上げながら、なおもポツリとこぼす。

「雪の積もる夜だった。マミが居なきゃあたしはとっくにくたばってたか、そうでなきゃ戦いでイラつきを晴らすようなロクデナシに堕ちてたろうさ。ま──生き延びた先がこんなデタラメな人生ってーのも、それはそれで『家族』に示しが付かねえけどさ」

 やっぱり話が見えそうにない。

 かつてゆまに自分語りをしたのもきっと妹の面影を見たからこそ。ほむらちゃんの記憶で垣間見た美樹さやかに対してのソレも、きっと美樹さやかに救われて欲しかったからこそのもの。だからこそ、分からない。今コイツがわたしに過去を明かし続けているその真意が。確かに杏子とはここしばらく同じ屋根の下にて暮らしていた。けれどわたしは、あくまでもマミおねえちゃんの『家族』としてあのお家に居たんだ。杏子がゆまと共に『家族』となったのはマミお姉ちゃんに対してだ。わたしではない筈。わたしをも妹同然として見てたにしても、マミおねえちゃん程よりは接点がない筈なんだ。だから──。

「……何が言いたいの」

「──あぁ。こう言うコト、だよ」

 ──突然だった。

「──ッ!?」

 右手で振られる液瓶。浴びせられる無色透明の水のような液体に、わたしは咄嗟に左手で顔だけは守って──。

「杏子お姉ちゃん!? 何を……──ッ!?」

 有機溶剤を思わせる、鼻をつく刺激臭交じりの甘い香り。これは──アセトン──? ──除光液!?

 マズ──ッ! 左手には──ッ!

「あぁわりぃわりぃ。これやっちまったらマニキュア溶けちまうもんな?」

「──!?」

「っつかよ。やっぱ何かあんじゃん。あすみの──いや、テメェの左手(・・)にさあ……?」

 ご丁寧に『左手』のところだけゆっくりと、活舌も良く、そして語気も強調された。

 ──なぜバレた?

 ──いつバレた?

 ──どこでバレた?

 息が迫り、視界が揺らぐ。佐倉杏子ごときにバレる筈が──!

「──その目、その息遣い、そしてそのツラ。やっぱテメェが『黒』か」

「……どこにそんな証拠が」

「ンなもん要らねえよ。 テメェのカラダに聞きゃ良いハナシなんだからさぁ」

「正気なの……!? こんな事マミおねえちゃんにバレたら、ただじゃ済まないよ……!?」

 ほむらちゃんみたいになりたくなければ言う通りにしろ。さもなきゃお前を村八分にしてやる。今後ともお前は、暁美ほむら同様に幼子を傷付けた精神異常者なんだ。

「──ッは! この期に及んでまだマミを盾にするかよ。つくづく薄汚ぇヤツだなァオイ」

 ああ、ダメか。

「それに……あぁ、好きにしなよ。別にマミにチクられても痛くも痒くもねぇよ。どうせ一回は裏切っちまったんだ。今更惜しいモンなんてねーよ」

 ほむらちゃんみたいにこの子も『キマってる』のね……。

「っつかどうしたよ? 今までのピーピー泣いてたツラは? アレ芝居だったのかよ」

「何? 泣けば良いの? ココで?」

「あぁそうだな。そうしてくれりゃよっぽど良かった。あたしの疑い、ウソになるからな。これから四人で過ごせるならどれほど良かったもんか」

「ふふッ。じゃあ過ごせばぁ?」

「ははッ。テメェもそろそろ隠す気失せてきたろ? ってか失せてんだろ?」

「うんっ。まぁね」

「そォかい」

 あすみを偽れない相手なら、もう猫被ってやる必要もない。常日頃からか弱く鬱陶しい暗い少女を演じるのはもうウンザリだったんだ。ここからは、いつものわたしで嗤って差し上げようかしら。

「──何でテメェを疑ったか、言ってやろうか?」

「なぁに? わざわざタネ明かししてくれちゃうの?」

「あぁ問題ねぇよ。生きては返さねえからな。冥土の土産さ」

「おぉこっわ。でもそれやられるフラグよね」

 両手の手の平を上に向けておどける。杏子程度なら赤子を大虐殺するかの様に軽くひねりつぶせる余裕から、ちっとも怖くなんてないけれど。

「アンタさあ──黒の魔法少女狩りにやられたっつったよな?」

「えぇ、そうね」

 確かに、ほむらちゃんと黒の狩人──呉キリカにやられ、全身を血まみれにしながら痛みにのたうちまわる演技はしてみせた。マミおねえちゃんも杏子も、まんまと乗せられたと思ったのに……。

「ならさ、何で銃痕しかなかったワケ?」

 ──なるほど。

 確かに、それはわたしのミス──と言うより、切傷を作ってる余裕なんて無かったと言った方が良い。あの時はほむらちゃんを煽りに煽り散らし、時間停止を使わせる事なく時間を最大限に稼いでおく必要があった。そもそもほむらちゃんが襲来する事もシナリオに無く、あの一連の出来事のすべてがアドリブだ。即興だ。ほむらちゃんに罪を擦り付けるのも、記憶を覗いてから銃弾の雨を浴びてる最中に思いついたまでの事。計画性なんてほぼゼロに近かった。

 情に訴えかければイケると思ったのにな。

 実際、わたしを溺愛してるマミおねえちゃんには効き過ぎるにも効いちゃった様だけれど、杏子の方はそうもいかなかった、か──。

 でも──やっぱりおかしい。わたしはあくまでも魔法少女ですらないか弱い女の子の筈。そんな女の子が理不尽に銃弾の雨を浴びせられたんだ。何故疑いの目を向けられる?

「……あたしも、こんな可能性は考えたくなかったさ。魔法少女に痛めつけられた奴──しかもゆまぐらいの歳のただのガキをさ、真っ先に『黒』って疑っちまうのは寧ろ人として終わっちまってんだろーが」

「……だったら何で疑ったの」

 その通り。前提からしてわたしはただの女の子。あまりにも不自然過ぎる。鋭すぎる。一体どうして──。

「──お前、『わたしが魔女かもしれない』とかなんとか言ってたよな。マミに」

 わたしが──言った?

 マミおねえちゃんに『わたしが魔女かもしれない』って──。

 ──違う。

 アレはわたしじゃない。

 あんなのわたしじゃない──!

 コイツは何を言っているんだ。

 馬鹿馬鹿しい──!

「どう言う風の吹き回しであんな事聞いたか知んないけどさ、ソコで確信したよ。『あ、こいつヤってるな』ってさ。だからそのうえで答えろよ?」

 口調に似合わない舌足らずな声色の鳴りを潜めさせ、来たるは唸る狼が如き低き声。

「──テメェだな。ゆまを昏倒させたのは」

「……」

「……テメェがヤったんだとしたら、あたしは容赦しねえ。マミに追い出されても、拒絶されても、殺意を抱かれてもカンケー無え。だからこそあたしに喪う物なんてもう無えんだ。だから腹ァ括って言えよ? テメェだろ。ゆまをあんな目に遭わせたのは──」

「──」

 鬱陶しい──。

 何を吠えてるのかしら、この狂犬は。

 あぁそうよ。こいつは狂犬だったのよ。

 日々餌を(タカ)るしか能の無い野良犬。

 野良犬の分際で、わたしを見透かした事を言うんじゃない。

 もう、どうでも良いや。

 コイツに付き合ってやる必要なんてない。

 だったならもう、念入りに──そして念入りに──。

「──ヒハ──!」

 ──念入りに、殺してやる。

 クソ猫にした仕打ちよりも、惨く、甘く、苦く──!

「えぇそうよぉ? わたしこそが呪いの魔法少女──神名あすみ。大っ好きなコトはぁ……いろんな人に不幸の味を知ってもらうコトっ。うふふッ♡」

「──テメェ」

「それで……どうするのっ? 今ココでわたしを殺しちゃう? あはッ☆」

 寧ろ殺したいのはわたしのほう。絶対にココで殺す。生きて返さないのはこちらの台詞。お前は今日ココでグリーフシードとなる。グリーフシードとなって、文字通りわたしの生きる糧となる。

「いいや。その前に取引だ」

「……へぇ」

 犬の分際でわたし様相手に取引ですって? 身の程を弁えなさい。

「一つ。ゆまを解呪しろ」

 あっらぁ、分かりやすい。あからさまに語気を強く、ドスを利かせようとも人並みの優しさは隠せない。こいつも所詮は魔法少女。わたしの餌でしかない。

「イ・ヤ・よ♡ と言ったらぁ?」

 猫撫で声で突きつける拒絶の意思。こうした甘い声で悪意を塗りたくってやると、カラダの芯から痺れそうになる。

「殺す」

「いやん怖い……♡ でも自分、ナニ言っちゃってるか分かってる? クソ猫を元に戻さなきゃ殺すですって? どの道元に戻らないわよね? 矛盾よね? 馬鹿よね? 脳味噌ほむらちゃん並かしらっ!?」

 実際、ほむらちゃんにも似たような事を言われた。千歳ゆまを元に戻せ。さもなきゃ殺す、と。ならば誰がクソ猫を治せるんでしょうか? 堂々巡りがお好きですこと。

 ──そうだぁ。もっともっと苦しめてさしあげないと……♡

「ねぇ……、知ってる? ゆまちゃんの最期の姿ぁ……♡」

「縁起でもねえ。ゆまは終わってねえよ。知らねえよそんなモン」

「……オマエに捨てられる悪夢見てたのよ」

「……」

「魔法少女ってぇ……、例え手足ブチ切られても、ソウルジェムさえ無事なら治せるモンねぇ……? その証拠にわたし。フツーあんだけ穴ポコだらけにされたら死ぬでしょ? マミお姉ちゃんに治してもらわずとも、わたし一人でなんとかなったのよ」

「……で、何が言いたい」

「夢の中のオマエ。自分で手足ブッ千切って、テメェなんざ要らねえって吐き捨ててたのよぉ……? お前の願いなんて無駄だった……って! それでゆまちゃんさぁ大変っ☆ 絶望しちゃう……ってさぁ! アハハハハハハハハッ!」

「……」

 あら? まさかの反応ナシ?

 面白くないの……。

 やっぱり白けたわね。

 一瞬で叩き潰すしか──。

「……あー、交渉とか考えたあたしが馬鹿だったわ」

「そうねっ」

 赤毛の髪を片手で軽やかに掻きむしりながら。

「……んー、じゃあ、まぁ……どうすっかな……。あぁ、そうだ……」

 その掻きむしる手を止め、ギロリ──と赤い瞳を引き剥いて──。

「──使うだけ使って捨て()るわ。オマエ」

「……へェ? どうやって?」

「四肢を捥ぐ。アゴを消し飛ばす。ゆまを解呪する魔法を引き出す肉塊として使う」

「わぁお」

 ああ、イイ──! 最ッ高にイイよぉ──!

 やっぱりつまらないなんてモノじゃなかった。最高に面白い──!

 待ってたよ……! その反応を待っていた!

 イキり散らした狂犬が、毒を食み地に伏す瞬間がわたしは見たいんだ──!

「もう慈悲なんざ要らねえ。テメェだけは殺す」

「いいの? オマエのお父さん……万人に救われて欲しかったとかじゃないの?」

「知るか。テメェは地獄行きだ」

「煉獄の炎に焼かれちゃうって言うの? おそろしいっ……♡」

「煉獄ってのは罪を清める炎の場だ。テメェは地獄直行だよ。己惚れんなカス」

「う──ふふふふふふふふふっ──♡ はあぁぁ……♡ わたしが地獄直行ですって……

♡?」

 降雨直前の湿っぽい空気の中にて蕩ける瞳に甘い吐息。引き剥く瞳、そして軋る歯に変えながら──。

「──地獄なんて散々味わったわよ。ゴミが喋んな」

 火蓋が切られる頃には、雷交じりの冷え切った(あめ)がわたし達の体を刺し始めた。

 

◆◇◆◇◆

 

 居なかった。

「あすみちゃんっ……、佐倉さんっ……」

 朝起きてみれば、二人の姿が忽然と消えていた。ゆまちゃんのソウルジェムに多量のグリーフシードが添えられたまま。私が起きるまでは浄化できるようにしておいてくれていたらしい。でも……。

「どこ行ったのかしら……っ」

 二人してお出かけならまだ良い。

 けれど、だったら何で私に言ってくれなかったの……?

 それに魔女のみならず暁美ほむら一派のこともあり──魔法少女のみならず一般人にとっても、今やすっかり見滝原は物騒な街へと変貌してしまった。佐倉さんが付いていたのなら余程の事が無い限りは大丈夫なのだろうけれど、それでも得体の知れない暁美ほむら等が相手であれば二人ともの命が脅かされる可能性だって大いに在り得る。あすみちゃんを連れての外出は今や自殺行為だ。

「っ……あすみちゃんと佐倉さんまで喪ったら、私っ……」

 あすみちゃん、私を頼ってきてくれて家族同然に接してくれた。そして佐倉さんも、せっかくまた一緒に過ごせるようになったのに。佐倉さんの妹代わりのゆまちゃんも、こんなところで死なせる訳にはいかないのに。

「やぁ、マミ」

 聞き慣れた少年の様な声色──キュゥべえ。今日の使用済みグリーフシードを回収に来てくれたのだろう。

「ねぇキュゥべえ……! あすみちゃんも佐倉さんも居ないの……!」

「……」

「ここのところ物騒だから、あの二人にもしもの事があったらって思うと……っ!」

 あすみちゃん、かつて私をおかあさんみたいって言ってくれた。佐倉さんも姉みたいだって。私達四人はこれから『家族』同然に過ごす筈なのに。私も含めて大事なものを失ってしまった子ばかりだけれど……だからこそ、欠けてしまっているところを埋め合わせながら、支え合って過ごすべきなのに。

 どうして──どうして私達から『幸せ』を奪うの?

 私達はただ、幸せに暮らしたいだけなのに。

「──マミ、心してよく聞くんだ」

「え──」

 ──何よそれ。

 まるで二人の身に何かあったみたいな言い方。

 やめて──。

 聞きたくない──。

 二人は私が守らなきゃだめなの。

 あすみちゃんと、佐倉さんは──。

「いいかい。神名あすみは──」

 キュゥべえから語られてしまったその事実。

 あすみちゃんは──神名あすみちゃんと言う名の少女は──。

 

◆◇◆◇◆

 

 雨の降りしきる教会の中で。

「──うふふッ」

 常に余裕をカマしてるのか嘲る笑い声がいちいち耳障りな中、地べたに突き立てた得物──モーニングスターを支えにポールダンスを踊るかの様に細い足を蛇が如くしなやかに暴れさせ、あたし──佐倉杏子の頭部に蹴りをぶち込もうとし──。

「──っハ!」

 槍を捌いて受け流す。柄に()が噛み付き、雨水繁吹きを散らす。単に力任せにモーニングスターを振うのみならず、なかなか工夫している。雨で視界がクリアでない事も相まって、尚のこと変幻的で鬱陶しい。

 コイツ、人の不幸が大好物っつってたっけ?

 ならどんだけの一般人(カタギ)魔法少女(同業者)を葬って来た事か。年齢に似合わずあたしやマミレベルにベテランと見た方が良い。それにコイツの得物は単なるモーニングスターじゃない。と言うのも──。

「踊れ──!」

 ハンマーかと思えば、先端の鉄球のみが鎖に繋がれながら宙を舞う。もといフレイル。あたしが近付こうとすれば得物をフレイルの形態に変え、鉄球を縦横無尽に舞わせ躍らせ牽制する。持ち前の俊敏さ、そして身軽さを活用し跳躍・前転を繰り返しながらあすみへと近付いてく。

「っあははっ! 人間サマの躾ってのはちゃんと受けとくべきなのよぉ? じっとしてなさいよ」

「テメエこそキャンキャンとイチイチうるせえよ発情期の猫かってんだよ!」

「猟犬気取ってんじゃないわよ。オマエはもう牙抜かれてんのよ? 強がらないでっ☆」

 そうする内に、あすみが槍のリーチ内へと入る。鎌鼬が如く刃を縦横無尽に繰り刻まんとすれば──。

「ふふっ──!」

 再びモーニングスター形態に戻し、その重量を以てあたしの刃に堪える。だったなら──。

「ォラァ──ッ!」

 首を刈り取る回し蹴りをあすみの顔面目掛けて食らわそうとするも──。

「ばいばいッ☆」

 鉄球を地面に突き立て埋め込んだまま、鉄球でなく柄だけを射出。それも柄を掴むあすみごとだ。射出の勢いをそのままにあすみとの距離があたしの背後へと遠のいた。バシャリ……と、大雨溜まりの水しぶきを立たせながら着地するあすみ。

「うふふ──っ。狂犬には脳筋戦法しか思い浮かばないかしらぁ? さっきから分かりやす過ぎんのよ」

「テメェこそ策バラしまくりだろーが。って言うかそれより良いのか? そんなあんまりにもアクロバティックな動きしてっと魔力が持たねえだろ」

 確かにあすみの動きはあまりにトリッキーで変幻自在だ。何かの──例えばロッソファンタズマみたいな──幻惑能力でないにも拘わらず、その細い四肢のみでムカデみたく無茶な曲線を描く動きで翻弄してくる。時折よく見れば、カラダが見るからに有り得ない方向に捻じ曲がってたりする程に。いや──。

「──あらホント」

 現に肘が反対側へと、これ以上曲がるべきでない方向へと百八十度を超える角度に曲がっていた。だが勇気と無謀は似ている様で雲泥の如く異なる。こう言った無茶な戦い方する奴は単なるアホか、それとも──。

「──えいっ☆」

「は……?」

 ──なんだコイツ。

 グギィッ! と骨と骨が擦り削られたか、それとも何かが折れた音と共に無理やり片方の腕で引っ張って形を修正した。そして、コイツの異常行動はそれだけじゃない。

「っあぁ──効く──」

「──オイ」

 奴の掌中に、いつの間にやら水銀色の宝玉──ソウルジェムが、グリーフシードと共に握られていた。グリーフシードに至ってはその数、優に十個は超えている。一挙にこれほどの数を手の中に収めるなど、魔法少女として生きていて今まで見たことが無い。

「──よしっ」

 負傷した腕も元通りになった事を誇示したいのか、ハンマーみたく元気よく嫌味に腕をぶん回す。

「うーん、これいらないっ」

 そしてその使用済みグリーフシードを、まるでゴミをポイ捨てるかのように投げ捨て、ポチャン……と、水面に黒き球体が沈む。

「テメェ……。そんな事したら──」

「もちろん孵化する」

「ア──?」

「けどぉ……♡ モってる間にわたしをぶッ潰せばイイわよねぇ? できるものならだけど」

「……」

 イカレてやがる。

 魔女が多量に孵化すれば、あすみ自身も無事じゃ──いや、無事なんだろう。ほむらから聞いた限りでは、あすみは恐らく読心系の能力。ならば、その能力を以て魔女を懐柔出来たとしたら──?

「──クソったれ──」

 魔女を兵力に出来るってコトか──。

 どうやら真剣(マジ)で早く叩き潰さねえと、流石に分が悪い。実体化出来る幻影とかが使えて複数体には複数体と出来れば話は別だが、生憎あんな願いはもう捨てた。

「うふふふふっ──! 早くわたしをやっつけちゃわないと、みんな孵化しちゃうよぉ……?」

「っつかよテメェ……、どっから出しやがったそのソウルジェム」

 思えばコイツの魔法少女衣装、ソウルジェムが着けられていない。ジェムを壊さない程度に一発ぶち込んでヒビでも入れてやり、脅してゆまを治癒させる事も考えない事も無かったが──。

「教える訳ないわよねェ──? 魔法少女の要とも言えるものだもの! そんなコトも分からないの? もしかして狂犬病か何かで頭までヤっちゃったかしらぁ? こわいこわい……っ♡」

 犬犬犬犬と──いちいち煽りがウザい以前に耳障りでしょうがない。挑発にしても安過ぎる。

 けど、コイツには結構ムカついてる。だから──。

「いいぜ。ノってやるよ」

「うんっ?」

「その安い挑発によ。洒落た燃料だ。ロケットをテメェのドタマにぶち込んでやる」

「来て……♡」

「──言ったな?」

 ラウンド再開。

 つま先を蹴り、あすみに向かって一直線に跳躍。このまま刃をぶち込んでやるにも、軌道としては丸見えで受けてもらえる筈もない。だが相手(あすみ)がこのまま突っ込まれると思う筈もない裏を書き、敢えて直線にぶち込む──と言うのも得策じゃない。着弾するその寸前まで出方を見ているどころか、敢えてまともに受けてもらってもあすみにとっては痛くも痒くもない。多分グリーフシードの量は無尽蔵。多少の怪我ぐらい──いや、どこか欠損したとしてもお構いなしに治して戦い続ける。こうして戦いながら策を練る事自体も茶番かもしれない。だが──。

「オラァッ──!」

 あすみの眼前の地面をブチ抜き、瓦礫と共に──水煙が煙幕の如く立ち昇る。

 生憎だが、今日がテメェ作の茶番の千秋楽ってんだよ。

「っく──!?」

 今日が大雨だって事、ラッキーだったのかそうでないのか──それはともかくだ。目眩ましに怯んだあすみの背後に潜り込み、延髄狙って刃を刺突で差し込んで──!

「──はい残念」

 ワンテンポ遅かった。刃が届くよりも先に、あすみが仰向けに倒れた。倒れる勢いを使い、そのまま後転し──。

「──ふッ!」

「がフ──ッ!?」

 マズい。

 腹部に走る鈍痛。手で支えながらの、低空からの後ろ足での両足キック。腹にモロに喰らった。よろめくあたしをよそに即座に体勢を立て直して、後転の勢いをなおも用いて、追い打ちをかけるように──。

「──キャハっ☆」

 上回りでの宙返り蹴り──いわゆるサマーソルトキック。だが普通のサマーソルトキックは、前方に居る敵目掛けてつま先を撃ち込むもの。だがこれは、背後に居る敵──あたしの脳天をめがけて撃ち込まんとされる。

「──チィッ!」

 槍の柄を水平に構えて阻む。咄嗟と言う程でもなく、こう出来るぐらいの隙はそこそこに空いていた。だがこの往生際が悪過ぎるクソガキの事だ。これで済む筈が無く──。

「──!」

 鉄棒で遊ぶが如く、あたしの槍の柄に足の甲を引ッ掛けられる。宛ら蝙蝠。逆しまにあすみの顔があたしの視界を覗く。このままあすみに抱き掴み掛かられれば面倒この上ない。だがよ──。

「──アホが!」

 仕込みの得物はテメェだけの特権かと思ったか?

 残念、あたしも使えるんだなコレが。

「──!」

 柄が鎖に分解される。あたしの槍と言う支えを失ったあすみは刹那、宙に放り出される。多節槍が獲物を締め上げる蛇が如くあすみを締め上げ──。

「死ねェッ──!」

 締まり上がったあすみごとハンマーを振う様に──それこそフレイルを振う様に力一杯ブン回す。垂直方向に弧を描き、細く小さな未発達な体が地面に叩き付けられ、水煙と共に大地が破砕された。

「かは──ッ!」

 内臓を損傷したか、口から咳と共に鮮血の花が咲いた。

「──詰んだな」

「あ──」

 もう一本槍を生成し、切っ先を拘束されたあすみの喉元に突き付ける。腕を胴体ごと縛られてしまえば、浄化も出来ずにお得意のグリーフシードにモノを言わせたキチ〇イ戦法もお蔵入りってワケでチェックメイト、ってヤツだ。今のあすみはもう、生殺与奪をあたしに握られているに過ぎない。あたしはコイツみたく、追い詰められた奴を甚振る趣味も無いし嗜虐目的で拷問する趣味もない。このまま喉元に刃を差し込み、首をカラダとオサラバさせてさっさと殺したいのはヤマヤマだ。だがそれではアイツが助からない。だから──。

「せめてもの慈悲なら掛けてやる。こんなナリでも、元々は教会の娘だからな」

「……」

「ひとつ。ゆまと解呪しろ」

「……ソレ、さっきも言ったけど?」

「状況が分かってないみたいだな。今すぐこの刃をぶち込んでも、四肢捥ぐのもあたしの勝手だよねぇ?」

「……」

「改めて聞いてやってんだ。解呪して五体満足のまま死ぬか。このまま四肢捥がれて拷問された末に解呪だけ絞り尽くされて苦しんで死ぬか、選ばせてやるってんだよ」

「……」

 いくら四肢を捥がれようとも、コイツが素直に応じるとも思えない。堪え忍んでは隙を伺い、あたしのみならずマミやゆまの命も刈り取ろうとするだろう。だから、屈服させるなら肉体のみならず精神までをも跪かせなければイミがない。だからこその『交渉』だ。交渉とは言っても、一方的過ぎて交渉とも言い難いものだが。だが、全てあすみが一方的にゆまを苦しめたからだ。そして次に狙うはあたし。そして最後にはマミだろう。一切譲歩してやる価値もコイツにはない。

 

 ──そう言う考えすら、甘かったのかもしれない。

 

「──クク──」

 そもそもコイツは『状況が分かる』人間でなどなかった。

「──くヒ──ヒハ──ッ」

 そもそもコイツは人の心を持ってなかった。

「──ッヒヒ──ハヒヒィッ──」

 そもそもコイツは常識など捨て去っていた。

「──あはははハハハハハハハハハハハハ──ッ!」

 血を吐き、紅く塗れた歯と舌を剥き出しながら、ケタケタと高らかに嘲笑うノイズ。このノイズを聞くよりも前に、さっさと刃をブチ込んでやれば良かったのかもしれない。

「──サヨナラ勝ちよ」

 銀色(臙脂)の瞳に、意識が吸い込まれる。

 視界が、土砂崩れる。

 あたしの心が、このセカイから零れ落ちる。

 

 あたし──佐倉杏子は──。

 

◆◇◆◇◆

 

 私──巴マミは──。

「っはぁ──はぁ──ッ、ッはぁ──!」

 大雨のなか傘も差さず、濡れる事構わずに走る。水しぶきをあげながら、足元が汚れるのなんて構わず走る。

 キュゥべえから聞いたの。

 どうして佐倉さんと朝が焼ける前に飛び出してったのか。どうして──今まで傷だらけで生きてきたのか。

「っ──あすみちゃん──っ──!」

 あすみちゃん、ウソをつき続けてたの。でも──あすみちゃんの全部がウソだなんて、とても思えなかった。

 私の作ったご飯もケーキも、おいしいって微笑んでくれたあすみちゃん。

 私の淹れた紅茶で安らいでくれたあすみちゃん。

 私の居場所になるって言ってくれたあすみちゃん。

『──あすみが魔女だったとしても、大好きでいてくれる……?』

 そしてあの時に見せた、とても悲しげなあすみちゃん。

 どうして分かってあげられなかったんだろう。

 きっとあの時あすみちゃんは、心の底から助けを求めてたんだと思う。魔法少女を殺し続け、ウソをつき続けて……。その心はきっとボロボロに爛れてしまってたんだと思う。なのに私にだけは向けてくれた。母を求める娘のような、あの笑顔も涙も。

 キュゥべえはこう言っていた。『周りの人間の不幸』を願った魔法少女だった、って。そしてこうも言っていた。お母さんを亡くしたあと、誰からも助けてもらえない中でずっと生きてきた、とも。

 けれど、だからと言ってあすみちゃんのしたことは、もちろん許されるべき事じゃない。でも、だからこそあすみちゃんには助けが必要なんだ。今あの子を助けてあげなきゃ、これからもずっと──ずっとずっと誰かを傷付けながら生きていく。その度に、自らの心もズタズタに引き裂かれてしまう。

 あすみちゃんがウソツキであり続けなきゃいけなかった理由を、あすみちゃん自身の口から聞かなくちゃ。あすみちゃんの心なんて、あすみちゃんにしか分からないんだから。現に私もあすみちゃんを分かってあげられてなかった。一緒に──『家族』みたいに過ごしてたのに分かってあげられなかった。だから今度こそ、あすみちゃん自身の口から聞かなくちゃいけない。あすみちゃんが本当に『魔女』同然となってしまったのか。人としての心を失ってしまったのか。もしそうだったなら、私はあすみちゃんを討たなければいけない。あすみちゃんのウソが忘れられなくて、泣いて、泣いて、泣き腫らしながらその命を穿つしかない。

 でも。もしも──あすみちゃんがあすみちゃんのままで居てくれたのなら。

 もしも──私に向けてくれた表情が、本当のまごころだったとしたら。

「──ッ、お願い──っ! 間に合って──っ!」

 雨の湿気も、濡れた肌も、なかなか辿り着けないじれったさのよう。

 ねぇあすみちゃん。

 一緒に帰ろう?

 こんな大雨の中、きっと凍えちゃうよ……?

 おいしいって言ってくれたケーキも、安らいでくれた紅茶も淹れておくから、今夜は一緒に温まろう?

 佐倉さんも、ゆまちゃんも一緒だよ?

 あすみちゃんの胸に到底癒しきれない傷があると言うのなら、みんなで埋め合わせていけばいい。

 魔法少女としては、もしかしたら私よりも先輩かもしれないけれど……魔法少女である前に、あすみちゃんは温かい家庭の中で過ごすべき、まだ幼い女の子なの。

 そんな女の子がひとりで生きなきゃいけないなんて、そのうえ虐げられながら生きてきたなんて……どれだけ辛かったかなんて、私にも想像できない。

 だから、ひとりぼっちでも良い……なんて絶対言わせない。

「──ッはぁ──っ、──あすみっ、ちゃん──っ──!」

 白い息を切らして、なおも走り続ける。

 ああ──暁美さんにも謝らなくちゃ。

 暁美さん、きっと私達を守ろうとしてくれたのよね?

 だったなら、なんてひどい事を思ってしまってたんだろう。

 ひどすぎる人だなんて思ってごめんなさい。

 虫が良過ぎるかもしれないけれど、あすみちゃんと佐倉さん、ゆまちゃんに暁美さん……と、今度はチームを組んでこの見滝原を守れたなら、とも思うの。そして、別に居たらしい魔法少女狩りにも負けないで、みんなでもっと輝かしい未来を過ごせたら……って、私、そう思うの。その為なら、私は──。

 

 ──正義の味方なんて、もういいかな──。

 

◆◇◆◇◆

 

 帰路につく度、胸が締め付けられる。

 母さん、父さんにつけられた傷が拡がり痛い思いをしていないか。

 モモ、顔を覆いたくなるぐらい怖い思いをしていないか。

 魔女退治に──自殺しそうになってた人を救った帰りに、ここの所毎日浮かぶんだ。

 なに考えてんだ、あたしは。

 全部あたしのせいだろうに。

 父さんは悪くないんだ。

 母さんやモモも、全部あたしのせいで傷ついてる。

 あたしが父さんの気持ちを知ろうともせず、自分勝手に願った結果だろうに。

「……父さん……、母さん……、モモ……」

 ああ、(帰路)が遠い──。

 この距離が、いっそ永遠になってしまえば今よりも心地良かったりするのかな。

 ──それはだめだ。

 であれば、もう二度と父さんにも母さんにも会えなくなる。

 て言っても、今更どの面を下げて会えば良いのかも、もう分からない。一歩一歩と……その重い足を踏みしめて、教会へと近付いた。

 

◆◇◆◇◆

 

 ああ──まただった。ここの所、いつもそうなんだ。

「あなた……。このままじゃ体が……」

 最近、テーブルに散らかる父さんの酒瓶の数がまた増えた。嗜む程の量なんてとうに超えてしまってるぐらいに。案じて寄り添う母さんをよそに、父さんは──。

「私の体だ……。私の好きにさせてくれ……」

 なおも杯にアルコールを注ぐ。回らない呂律を半開きの口から流しながら──。

「……いいえ。あなただけの体じゃないのよ? あなたが潰れてしまえば、私達はどうすれば……?」

「……そんな事、ソコの魔女に言ってやれば良いじゃないか。全部ソイツが悪いんだ」

 父さんが指差す先には──。──いいや、あたしが父さんに指を差された。

「っ……」

「──あなた、まだそんな事を──!」

 声を荒げる母さん。でもあたし、そんな母さんは見たくなくて──。

「母さんっ……。悪いのはあたしで──」

「っ──ごめん、杏子。流石にコレは言わなきゃいけないの」

 何で──!

 父さんの気持ちを知らないで、勝手な事したのはあたしで──!

「何を言おうと言うのだ。お前も魔女に惑わされたのだ。そんな言葉に、何の意味があると言うのだ」

「見てられると思うの……? 我が子を魔女呼ばわりなんてする人、黙って見てましょうって言うの……?」

「ああ──なんという事だ。我が愛する妻も、もはや魔女の毒香に染まり切ったと言うのか──。神よ。この様な所業を見過ごした私に、どうかご慈悲を──」

 両こぶしを抱き合わせ、天へと仰ぐ。そんな父さんに母さんは──。

「──あなたの言う『神』って、何だっていうの」

「──何だと」

 酔い定まらない視線はどうしたのか。 虚無を孕んだ視線を、母さんに突き刺して──。

「そうやって我が子に惨い仕打ちをする事を善しとするのが、あなたの信じる神だと言うの──?」

 ──やめろ──。

「何だ。我が妻とて言ってはならぬ事だってあるだろう。もう一度言ってみろ」

 ──やめてくれ──。

「大体そうやって酒浸りになって、酒代が尽きたらどうすr──」

 その先を、言葉として紡ぐ事など許されなかった。母さんの頬には、父さんの拳がハンマーのように振り下ろされたのだから。

「母さんッ!!」

 張り裂けそうな喉なんてお構いなしに、母さんを庇う様に覆い被さったけれど──。

「退けッ! 魔女ッ! 貴様如きが我が妻に触れて良い筈がないだろう!」

「ぁぐ──っ!」

 瞬く間にして、腹が重くなった。──いや、鈍痛だった。その重みと共に、あたしは蹴飛ばされて──。

「っ──。私を殴るのは良いの……?」

「それも魔女に喋らされているのだろう? この魔女に──! この──人を惑わし数多の命を喰らう、この魔女に──!」

 父さん──やめてくれ──。母さんは悪くない。悪いのはあたしだ。父さんの気持ちを無視して、勝手な事をしたあたしなんだ。だから、殴るならあたしを──。

「──何が魔女よ」

「何だと?」

「杏子、あなたの為を思って願ったのに……!」

 母さんもやめてくれ──。あたしなんかを庇うのは──。じゃないと──。

「人を幻惑する事が私の為だと──!? 世迷言も限度があろう!」

「いいえ世迷言はあなたよ! 元はと言えば教義に無い事を言い出して、あの時から私達家族おかしくなったんじゃないッ!」

 もう、堪えられない。二人とも、このままじゃ──!

「母さんやめてくれッ! 父さんを悪く言うのは──!」

「貴様は出て来るなァッ!」

 叫びが耳を劈くと同時に焼いたのは、鼻の熱さ。それが何を意味したのか理解した(わかった)のは、再び叩き飛ばされ、壁に打ち付けられた時だった。触れてみれば、紅い血があたしの指を染め上げていた。

「杏子ぉっ!」

 喉が張り裂けそうなその呼び声。

 なんだか、あたしにそっくりだな──。

 そんな事をぼんやりと、みるみる内に紅く染まり上がる服を眺めながら放心していて──。

「──もう堪えられない」

「ああ。その苦しみを今すぐ癒せたなら──と私も思うよ。なんと私は無力な事か。魔女の毒に苛まれし我が妻を見ているだけで、何もできないとは──」

「いいえ。堪えられないのは貴方よ──」

 叫びからは一転して、低く、震える声が絞り出される。

 駄目だ母さん。

 何で、あたしだけを悪く言わないの。

 その先を言ってしまえば──母さんは──。

「あなた言ってたわよね。何故今も世の不幸が取り除かれる事なく、世界平和が実現されないのか──と」

「その通りだ。私は常日頃から世界の平和を願い──」

「だったら、不幸はあなた自身よ──! あなたの幸せを思って願った杏子の幸せには目もくれないくせに、世界平和は願うと言うの!? あなたの娘を犠牲にして、何が世界平和だと言u──」

 また、二の句紡ぐ事が許されなかった。いいや、もう二度と許されなかったのかもしれない。だって母さんは、父さんに馬乗りにされ──。

「ああ──神よ──。お許しを──。我が妻までをも悪魔に売り渡してしまった事を、どうかお許しを──」

 肌は痣に黎く染まり、瘤に顔は歪み──。

「母さんッ──!!」

 その呼吸の音も止み、手は力なく垂れさがった。

 父さんは今、母さんの命を──。

「──我が妻に触れるなァッ!」

 そう言って父さんは、あたしの着るパーカーのフードを掴み、全力でその拳を振り壁へと投げ叩きつけた。

「ッぃぎ──っ!?」

 一瞬息が出来なかった。息が止まった。肺が叩き潰されたかと紛う程に。

「っ──父さ──なん──で──」

「お前に穢されきったとあらば、せめてもの慈悲を与えるしかあるまい。解放してやる他あるまい」

「母さんは穢れてなんかっ……!」

「魔女が人語を喋るな──! 貴様は良心が痛まないのか──!? 毒に穢されきり、苦悶にのた打ち回る我が妻の姿に──! どうなんだ!? 言ってみなさい──!」

「っ……」

 あたしが願わなかったら、こうはならなかったのかな──。母さんもモモも、父さんに痛めつけられる事なんて無くて──。でも、それじゃあ父さんの話を聞いてくれる人なんて──。

「──おねえちゃんをイジメないでっ!」

 そこへ割って入ったのは、あたしよりも一回り年下の女の子──あたしの妹・モモで──。

「──モモ!? ダメだ! 離れ──」

 その手が、モモに触れるなんて事かなわずに──。足蹴にされて──。

「っぐ──っ、パパ──くる──し──」

 父さんの大きな手が、モモの首に掛かっていたんだ。

「ああ──可哀相に──」

「ぁ──ぐ──ゃめ──っ」

 大粒の雫を瞼から溢しながら、掌を強張らせる。ミシ──ミシ──と軋む微かな筈の音が、あたしにはとても大きく、劈く、耳障りな音に聞こえたんだ。

「モモ、お前もこの魔女に魅入られてしまったんだな……? そうなんだな……?」

「──ぁ──が──」

「──今、楽にしてあげよう──。愛しき娘よ──」

 強張った拳が関節を骨張らせ、最後にひとつだけ力を籠められる。ポキリ──と小気味よい音と共に、糸を切られた人形のようにモモのカラダが崩れ落ちる。

「──ッッ!」

 今にも『モモ──ッ!』と叫びそうになり、またモモの下へと駆け寄ってやりたかった。モモを守ってやりたかった。だけど──。

「──離れろ、と言おうとしたんだな? そうなんだな?」

「ひっ──」

「それでは、まるで私が殺人鬼の如く言いたい口振りではないか。私はモモを、妻を……! 己が手を血に染めてまで苦しみから解放したと言うのに──!」

 母さんの時みたいに、愛しき娘の体に触れるなど許さない──とばかりに、父さんはあたしを睨み付け、そしてあたしを罵倒する。

「我が妻のみならず、愛しき娘をも穢し、そして杏子を魔女に仕立て上げた! 魔女め! 貴様はどれだけ、私から家族を奪おうと言うのだッ──!?」

「っ……ちが……っ……」

 願わなければ、どうなってたのかな。

 願ってしまったから、父さんはここまで狂ってしまったのかな。

 願いさえしなければ、日々はもっと苦しかったろうけれど……せめて最期の時までは、心だけは穏やかに──。

「──憐憫の目か。魔女ごときに同情されるとは、屈辱この上ない。だが──」

 言って父さんは手にした酒瓶を掲げ、中身全てを自分の体へと浴びせ──。

「──私もきっと、裁かれなければならないのだろう」

 その瞬間、父さんの体は業火に包まれた。

「──父さんッ!」

 ──いやだ。父さんまでもが。二人と同じ様に──。

 父さんが何をした?

 父さんは裁かれるべきなの?

 父さんは──。

「っ──!」

 死の炎を掻き消すべく、駆け寄ろうと──。

「魔女如きが近寄るなァッ──!」

 総毛立たせるその怒号は、あたしの足を踏みとどまらせるには充分だった。

 あたしが『魔女』かどうかなんて、今はどうでも良い──!

 はやくしないと父さんまでもが──!

「──まだ分からないのか?」

 父さんの蔑む視線が、なおもあたしを射抜く。

「この炎は、お前の罪が齎したものに他ならない。だから、お前が消せるモノではない」

 あたしが点けた──?

 ウソだ。あたしは父さんの死なんて望んじゃ──!

「ああ──神よ。どうか私共を許して欲しい。愛しき娘を悪魔に売り、剰え妻とモモを共々その毒香に惑わせた事を──。そして私自らの手で、苦悶から解放するとは言えど殺めてしまった事を──」

 両こぶしを抱き合わせ、天へと祈り懺悔する父さん。

 ──煉獄の炎だって言うのか──。

 父さんが点けたのに……? 

 父さんが、母さんとモモを殺したのに……?

「黙れ──! 焼いたのは貴様自身の手でだ! 魔女!」

 それは、あたしのココロを見透かすかのように──。

「それに私達は大罪を犯したのだ。杏子が悪魔に売られるのを見過ごし、私の話が受け入れられた──と、のうのうと見て見ぬ振りをした大罪を──」

「で、でもあたしは──っ! 今日だって、死んじゃいそうになってた人たちを救ってっ──!」

「口答えをするなァッ!」

 空気が、怒号で震わされる。

「そうして『幻惑』するつもりか──!? 私の話を聞いてくださった者達は全て貴様の力に惹き付けられただけの事──! そうして惑わした人々を、お前は手に掛けたのだ!」

 手に掛けた──?

「っ──ちが──あたし、そんな事してな──!」

 

『弱い人間を魔女が食う。その魔女をあたしたちが食う』

 

「ッ──!?」

 脳を直接刃物で刺されるかのような痛みと共に、差し込まれる『誰か』の声。

 なんだ、これ──。

 あたし、こんなの思ったことなんて──。

「──ちが──あ、たし──あたしは──」

「どこが違うと言うのだ。貴様は世界の不幸を見て見ぬ振りをするばかりか、積極的に亡骸の山を積み上げている。それが命を奪う魔女と、魔法少女とやらの何が違うと言うのだ?」

 

『四・五人ばかり食って魔女になるまで待てっての。そうすりゃちゃんとグリーフシードも孕むんだからさ』

 

 違う──!

 違う違う違う違う違う──!

「私の話など聞く耳も持たれずして当然。そんな世迷言だと断じ、無能の父と罵倒し、信仰を蹂躙し惑わすばかりか、嬉々として無辜の人々を食い物とする。そのような姿を『魔女』と言わずして何と言うか──!」

 あたしが関われば、みんなが不幸になるんだ!

 だからあたしは、マミから離れたんだ!

 あたしだけが悪者でよかったんだ!

 父さんに刃を向ける為なんかじゃない!

 あたしだけが悪者で居れば、誰も、誰も傷つく事なんか──!

「そうして傍若無人に振る舞った結果、果たして誰を救えた?」

 誰──を──。

「──狩られんとする翡翠の少女」

 ──ゆま──。

「今もかの娘は、己が魂に悪夢を刻まれ、責め苦を受け続けている。それも、何ら罪は無いにも拘わらず──! 娘の恐声も、全てお前の所為ではないのか──!」

 あたしが──ゆまと関わってしまったから──。

「お前は生きているだけで害悪となる! 罪なき子供までをも責め苦に晒し、その嘆きこそを貴様の糧とする──!」

 あたしは──ただ──。──あいつを──大好きだった妹のように──。

「家族同然。物も言い様だ。そして詭弁にして魔なる呪詛──!」

 父さん──。『家族』を大切にするって、そんなに悪い事なのかな──。

 

「──誰でも良かったのだろう?」

 

 誰でも──良い──?

 あたしの頭じゃ、それがどう言う意味かなんて聞いて直ぐには理解できなかった。

 ゆまじゃなくて良いなんて、思った事なんてない。もちろんマミもだ。マミに至っては、新しく家族が増えた──姉のようだと思った事さえ──。

 でも、これもきっと悪い事だったんだ。

 だって、それは──。

「──お前はこの後も『家族』を求めるだろう。千歳ゆまが業苦の末に死に絶えたとしても、モモの代わりを求めるだろう──! 『家族』なんて誰でも良い──!」

 言の刃が、胸に突き刺さる。

「代わりさえ居れば良いのだ! 所詮は消費し尽くす為にな──! いずれは私──父親の代わり、そして我が妻──母親の代わり──!」

 刃が、あたしの胸を抉り出す。

「そして死に絶えればまた代わりを──亡骸を積み上げては家族と称する──! まさしく死の家族──! 嗚呼──! まさにまさにまさに──命を貪りし魔女の所業と言え様──!」

 今でも夢に見ていたんだ。夢でなら、せめて幸せでありたい。『アタリマエ』が温かな、人並みの夢を見たかった。あたしだけが悪者であれば良い──そう言いながら、心の奥底ではいつだって求めていた。

「──」

「──佐倉杏子。我が娘の体を借りた正真正銘の魔女。お前の罪を並べよう」

 あたしに似た奴が居たとして、そのときはきっと──ソイツの事も使って(消費して)しまうのかな──。そんなことを朧となりつつある意識の中で思いつつ、父さんの最期の説教に耳を傾けた。

「──傲慢」

 ああ──魔法少女として、ベテランぶったりもしたかな──。

「──強欲」

 グリーフシードを欲し、他人を押し退けてまで這いずり回る、ゴキブリの様にいい加減な生活だった──。

「──暴食」

 食い物を粗末にしちゃいけない。けれど何かを食ってる間だけは、どこか心地が良かったんだ。──その場凌ぎの憂さ晴らしにすらなりゃしないだろうに──。

「──怠惰」

 ゆまマミとで共に暮らすのも、悪くないかもしれない──。それは、あたしの『泥』から目を背け、向き合う事すらしない怠惰。

「──憤怒」

 ゆまを今も悪夢に見せた銀の悪魔。そして今にもマミをも喰らわんとしている。多くの人々や魔法少女の命を食い物にして──だ。けれどそんなモノ──思い返せばあたしも同じだった。棚に上げて、銀の悪魔と言う都合の良い大敵への怒りに身を任せていた。

「──嫉妬」

 マミが弟子を作るべく、カタギを連れ回していた。それを聞いて、得も言えぬ嫌な感じがした。きっと、それはそうなのだろう──。

「──そして、いずれは父親の代わりなるものを作り色欲に溺れる。貴様の罪は、ほどなくして完成されるだろう」

 ああ──。クソッタレみたいに罪だらけ。本当に、神父の娘である事が疑わしい程にまで──。いいや、言うなれば──どちらかと言えば──そうだ。

 

「お前は魔女だ。人の心を惑わす魔女だ」

 

 煤に塗れる音がする。煉獄の炎に焼かれ、『あたし』が黎く染まり逝く。

「──お前は未来永劫、霧の中を虚ろな足どりで彷徨う事となるだろう。傍に居た者が何であるかを忘れ、己が罪さえを忘れるのだ」

 これが『絶望』と言うのかな。

 何もかもを忘れ、霧に紛れてしまった方が、きっと心地が良い。

「──さぁ、魔女」

 きっとあたしはもう、魂はもう──終焉へと迎えられつつある。

 あたし自身の罪さえ忘れ、自棄にその身を沈め逝く。

 ──けど。

 

『──あなただけでも、生きていてよかった……!』

『──キョーコはゆまのヒーローだもん──!』

 

 ──あいつらを投げてしまう事は、『罪』じゃないと言うのか──。

 ──あいつらを亡き者にする事が、『罪』じゃないと言うのか──。

 ──あいつらの幸せを願う事さえ、『罪』だと言うのか──。

 

「なぁ、父さん」

「何だ。この期に及んでまだ命乞──」

「──あたしが死ねば、父さんは帰ってきてくれる?」

 そうして父さんも母さんも、そしてモモも帰ってきてくれるのなら、あたしが死ぬ事ひとつで罪が帳消しにされると言うのなら──。

 蔑み、廃棄物を見るかのような目をして見下す父さんの目が、ここで初めて見開かれた。

「何を言うか──! 貴様は死に絶えるべきだ! どれだけの罪を犯したと思っている!? お前如きが私達や妻、そしてモモと一緒に彼方の世で再び相見えるなと奢るなど──!」

「違うッ──! 死ぬのはあたしだけで良い。父さんも母さんもモモも帰ってきてくれるのなら、あたしはそうするよ。死ぬ事で償えると言うのなら、あたしは真先にそうするよ」

「──お、オマエ──何を言って──」

 バカなあたしが、家族みんなを滅茶苦茶にしたあたしが、本当に大事だったモノ何一つ守れない力を手にしたあたし一人の命で、みんなを還せると言うのなら、迷わず死を選んでいた。けれど──死んで帳消しにされないと言うのなら。死んでも父さん達は帰って来てくれないと言うのなら。死んでも何の役にも立ちやしないと言うのなら──。

 

「──あたしは背負う方を選ぶよ」

 

 今死んでしまえば、再び罪を重ねる事となる。妹みたいだって思ったあいつも水銀の悪魔の餌食となる。自分すら満足に守れやしなくなったあたしを、凍て付く雪の寒空の下で抱きしめてくれたあいつも、今こうして『罪』だのと御大層にくッちゃべってる悪魔によって、執行とは名ばかりの嗜好と言う名において消費される。ソレを罪でないと言うのなら、あたしは絶対に許さない。全てを喰らう魔なる者も、そしてあたし自身も──。

 

◆◇◆◇◆

 

 喀血した。

「────が──────はッ──」

 ──あすみが、だ。

 その小さな口から、泡沫混じりの鮮紅色な粘液が溢れ出る。その腹部は──。

「ッはァ──! はぁ──ッ! ッ──はァ──!」

 真紅の槍に、貫通されていた。ギチギチ──と金属が震え擦られる音と共に、握る拳が震える音と共に、触れただけで折れそうな程にまで細い胴体を穿っていた。

「──クソっ──!」

 刃の根本を掴み取り、その白魚のような指を骨ばらせ──。

「──グ──ァァァァァアアアアアアアアアッッ──!?」

 強引に、その腹から槍を引き抜いた。傷と呼ぶには拡がり過ぎる腹の孔からは、蛇口を捻った水道みたく鮮血が溢れ出る。同時に、服の下に大量に隠し持っていたグリーフシードが零れ落ちる。

「ッ──! なんで──! なんでソレで死なないの──!? わたしがお前の為に造った悪夢世界、完璧だったのに──!」

「ああ──。三流作家にしちゃ上出来だったよ」

 さっきまでの、余裕に浸り妖艶に笑む悪魔の声色はどこへやら。煽りにも満たないその軽口に、額に筋を作り眼球を引き剥きながら見開くあすみ。

「──全部図星だよ。テメェの作った悪夢の言う通りさ」

「だったらさっさと死んでよ……! わたしの為に死んでよ! お前が罪を認めるなら、あとは死刑しかないでしょォッ! それにわたし、悪夢の中にマミお姉ちゃんもクソ猫も紛れさせてない! なのに何で──! ねぇッ!」

 唾液の飛沫を散らしながら、喉を裂く金切り声で。確かにあたしは最後の瞬間、マミやゆまを幻視した。幻視しなければ、きっとあたしは危なかった事だろう。

 皮肉──とは、この時の為にある様なモノだろうな。

「──まさか」

 点となる瞳を浮かべ、震える唇で呟くあすみ。

 ああ。そうだ。

 あたしは()視した。

 あたしの、心からの願いが──。

「──真紅の亡霊(ロッソ・ファンタズマ)。テメェが開けちまったんだよ。鍵を、よ」

「嘘だッ──! お前は家族を皆殺しにした! お前は願いを否定した! お前は願いを捨て去った! そんなモノ、今更使える訳がッ──!」

「オオウソツキのテメェが、ウソみてえなマジを拒絶するってのも皮肉な話だよな」

「ッ──!」

 あたしは、ゆまを利用しているのかもしれない。あたしは、マミを利用しているのかもしれない。けれど、あいつらの命をみすみす消させる罪など重ねたくはない。今はあたしが目の前の水銀の悪魔──神名あすみの魔の手からあいつらを守る。あすみを我が子の様に愛でるマミは、きっとあたしに憎悪を向ける事だろう。『家族』を奪われた悲しみは、当然計り知れるものじゃないからだ。だが、あたしはそれでも良い。マミに恨まれたって構わない。例え離れていたとしても、想えるからこそ『家族』ってモノだ。だから──。

「なぁ、あすみ」

「──ッるさい──!」

「『家族』ってのは、嫌われてでも守るモンだと思わないか──」

「ッ黙れァッ──! ──何が分かる──! オマエに何が分かるって言うのッ──!」

 裏に返る叫びと共に、その得物──モーニングスターで一突きを撃ち込む。が──。

「ッ──!?」

 (くう)を穿つのみで、そこに花咲く鮮血などない。あるのは──。

「──遅ェよボケ」

 いつの間にやら、背後に立つあたし。あすみにはそう見えてる事だろう。そして抜かりもなく、あすみの落としたグリーフシードは全て回収した。奴の額に汗の雫が伝わり、見開かれた目は徐々に紅へと血走りゆく。

 ──全てを賭してあいつらを守る。そう決意した瞬間から、またこの魔法を使えるようになった。だがコイツを葬ったら最後、再びこの力は使えなくなるだろう。

 それにあたしの『罪』──さっきも言ったが、全て図星だ。言い訳も反論の余地もない。そして死ねば全てが赦される──もしそうだったのなら、迷いなくそうしていた。けれど、現実はそうじゃない。あたしが死んだとしても、あたしが殺してしまった家族は二度と還ってこない。だったなら、死とは逃げだ。そしてあたしはどこまでも苦しまなきゃいけない。生きて生きて、生き苦しんで、終わりなき生き地獄の中を生きなきゃいけない。この罪を絶対に忘れないために。だから、こんな物知り顔のお子様の自慰行為の為だけに、『はいそうですか』と死んでやる訳には決していかない──! この罪を一生抱え背負って生き抜く──! 例えそれが醜く虫螻の様だったとしても──!

 それがあたしの、最期に残された『ケジメ』──!

「──教えてやるよクソガキ。これが本当(マジ)のサヨナラ勝ちだ」

 ニッ──と、歯茎を見せた笑みと共にコールドゲーム野郎に向ける嫌味ったらしい煽り。あすみの歯はギリギリと軋り、瞳孔は開き、白目はクモの巣の如く充血する。

「──調子ツいてんじゃないわよ、狂犬ッ──!」

 不幸の使者としての仮面はもう割れ去り、見る影もない。もはや精神攻撃の効かないあたしの前では、ただただ駄々を捏ねるガキでしかない。耳を劈くガキの叫びを合図に、ファイナルラウンドのゴングが鳴った。

 あすみが後方へと跳躍しそしてその背後へ、魔女結界で度々目にする風の文字が刻まれし、臙脂に光る幾多もの魔法陣を展開する。その一つ一つずつ、中央からは鉄球の先端を覗かせ、宛ら戦渦に設置された砲台。

「良いぜ。かかって来いよ」

 恐らくこの後すぐに襲い掛かるは、多量の得物を用いた物量と質量両方を兼ね備えたデタラメ過ぎる弾幕。恐らく普段のあたしでは避け切れる余地なんて無かった事だろう。一人に対して範囲一掃魔法なんてあまりにも分が悪すぎる。でも──。

「──当てれるモンならなァッ──!」

 幾多ものあたし。幻であろうとも、確かにあたしはそこに居る。──幻影を用いた多重分身。今のあたしには、コレがある。

 本物(マジ)のあたしに狙い良く当てる事なんざ億年早ェんだよ──!

「──消えろァッ──!」

 予想してた通り、一斉にモーニングスターが射出される。宛ら鉄球の雨が如し。対してあたしは──。

「テメェがだッ──!」

 自らも跳躍しつつ、多節に分解した槍を鞭のように撓らせ、迫る鉄球を弾き飛ばす。それも、何人ものあたしがだ。歯を軋り表情を歪ませたあすみは、第二、第三波……と続けて射出。だが無意味だ。馬鹿の一つ覚えだ。少し前までのあたしからすれば、言うなれば幾重もの死の絨毯だっただろう。下敷きになれば一発で圧殺。だがもはやそれも意味を成さない。あたしの槍が、敷かれる絨毯を刻み破り続ける。幻影魔法と多節槍の併用は魔力消費量が馬鹿にならないが、こちらにはあすみから奪ったグリーフシードがある。

 対あすみ専用の火事場のクソ力ってワケだ──!

 それにこの分身戦法があすみに極めて有効なワケは、あすみは目と目を合わせて精神魔法を使う。だがあたしが多数居る様では、どれがホンモノかなんて分かるワケが無い。イチイチ一体一体毎にご丁寧に視線を合わせるしか攻略法が無い──!

「マジックはココまでかよ、クソ雑魚ッ──!」

 もはやあすみは眼前。ジャブとして刃を一発ブチ込んでやろうとするが──。

「ッ──!」

 武器をフレイル形態へと変え、鉄球を天井へと射出する。あすみはその柄を握ったまま鎖を用い宙を舞う。蜘蛛が糸を用い宙を舞うように、立体に機動する。

「生憎コッチもソレっぽい手は学んでんだよなァッ──!」

 負けじと天井に刃を錨の様に突き立て、さながら空を躍るワイヤーアクション。

「天と地って言うよなァッ──!?」

「──!?」

「テメェが堕ちるは『地』だよクソボケッ──!」

 鎖を縄に見立て、あすみの胴体目掛けて巻き付けてやらんとするが──。

「くッ──!」

 得物ごと捨て去り──もとい鎖から手を放し落下する事であたしの捕縛から逃れるあすみ。そう簡単に捕らえられてはくれねえか、と舌を打──つと思うか? あたしは一体だけではない。

「ぁぐッ──!?」

 もう一体のあたしの多節槍があすみに巻き付く。だがあたしはもう一体だけじゃない。二体目がまた巻き付け、三体、四体目がまたあすみを捕縛する。幾重もの緊縛。コレから逃れる術なんて、それこそ胴体ごと切り離すぐらいしか他には無い。が、そうなれば次は上半身を潰してやれば良いだけの事──!

『ブチギメ』となれば必然的に、そのあたしが本体と言う事にはなるが──。

「っ──!」

 ソコにも抜かりはない。あすみの顔面にも目隠しに鎖を巻き付けてある。コレで視線を合わせる手も潰されたな。

 そしてそろそろキメに入る。巨大化させた槍を足場に、切っ先をあすみに対し構えに入る。宛ら蠍が如し。放出させたありったけの魔力が、紅の炎として槍もあたしも包み込む。その蠍は刃を二又に分け、針を突き立てん──と鎖を撓らせあすみに迫る。炎を纏い、杭を打たん──と手にした槍と共にあすみ目掛けて急降下する。

「目ェ掻ッ穿ッてよく見とけッ──! コレが走馬灯のラストカットだよッ──!」

 テメェが何を悲しんだのかは知らない。

 テメェを何が狂わせたのかは知らない。

 テメェが何を信じてたのかは知らない。

 誰かの幸せを祈った分、他の誰かを呪うならまだしも、他人(ひと)を呪った分だけ、自分だけが幸せになれるなんて道理──ある筈ないよな、あすみッ──!

「──盟神抉槍(くがたち)ッ!」

 耳も風をも裂く音、魔を穿つ我が緋に染められし槍。断末魔など聴こえるものか。いや、聴きたくもない。着弾し解き放たれた魔力が、腹の底から響く重低音と共に炸裂する。圧が濃縮された爆風が、ステンドグラスを粉々に吹き飛ばし、ダイヤモンドダストの嵐を産む。

 

 ──魔法少女としての神名あすみは、きっとこの時初めて敗北を知ったのだろう。

 

◆◇◆◇◆

 

 パチパチと、塵混じりの砂埃が炎の燃え滓と共に晴れる頃。

「──雑魚過ぎたな。奇術師(マジシャン)さんよ」

 奪ったグリーフシードで浄化しながら見下ろすあたしの傍には、全身から鮮血を流す満身創痍のあすみが横たわっていた。

「────っカハッ──」

 泡立つ音と共に、血を吐きながら咳をするあすみ。その腹には貫通した槍が突き立てられ、地へと磔にされている。

「もう、悪足掻きする気はないよな」

「────」

「テメェはもう終わったんだよ。手品のタネも、魔法少女としてもな」

「────」

 心ここにあらず。放心しているのか、その血にまみれた唇を開こうとはしない。もう一回ガチであたしとやり合っても、またあすみは負け続けるだろう。もう我を押し通す力も余地も、あすみには残されていない。

「──ゆまを治せ」

「────」

「テメェあたしに償えと詰ったよな。だったらソレはテメェもだ。ゆまを治して懺悔しろ」

「────」

 けれど、それでもあすみは口を開こうとしない。表情も無くただ呆然と、視線が宙に浮かぶだけでしかない。

「……なぁ、頼むよ。もうマジで勝負ついたろ。ゆまを……元に戻してやってくれよ……」

「──ぃ──」

 僅かに、あすみの唇が震えた気がした。声は声にならず、肺から空気が漏れる音に聞こえなくもない。だが、その口の形は確かにこう言っていた。

「──────ィ──ゃ──」

 けれど、その時──。

「──!?」

 木材が破裂する音と共に、扉が勢いよく開かれ──。

「佐倉さん! あすみちゃんっ!」

 息を切らしながら、あたし達を呼び叫ぶマミの姿があった。そして──。

「──っ! おいあすみ──ッ!?」

 ズビュルッ──と肉を裂き、内臓混じりに粘り気のある血が噴き出る音と共に──。

「──っがァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ────!!」

 劈くあすみの悲鳴。貫通された槍を、自ら腹から抜いてみせたのだ。肉体の損傷も顧みず。あすみのグリーフシードも、今や底を尽きている筈なのに。

「─────フゥ─────フゥ─────ッ!」

 ガチガチと音を立て歯を喰い縛ったまま荒く息をつき、ギロリと引き剥いた目で、鬼の形相でマミとあたしを睨み付ける。

「ひっ……!」

 こんなあすみの表情、向けられた事は無かったよな。小さく悲鳴をあげ、たじろぐマミ。そして──。

「あっ、おい待てっ!」

「あすみちゃんっ!」

 満身創痍にも拘わらず、飛び立つように逃走するあすみ。あの負傷具合では、逃げたとしても長くはもたないだろう。直ぐ近場で捕まえられる筈だ。だが──。

「──あ」

 チューニングの合わないラジオみたく、耳鳴りがあたしの頭の中を占める。視界が暗み、横へ下へと歪みゆく。

 あ、ダメだこれ。

 脚も最早支えである役割を放棄し、膝から崩れ落ちる。グリーフシードはまだあるとしても、少々無茶をし過ぎたらしい。

「佐倉さんっ……!? 佐倉さんっ!」

 悲鳴混じりに呼びかけるマミの声。

「……うるせえな。少し寝かせろ」

「っ……! 喋らないでっ! 今治すからっ……!」

「あー……そんなんじゃねえよ。ちょっと疲れただけだ」

「でも……っ」

 そして、どこか眠くもある。そうとなれば、マミの呼びかけも少し煩わしくも感じた。

 ったく……いつ何時(なんどき)だって、お節介さは変わらねえんだからコイツは。

「……なぁ、マミ」

「何……っ」

「そのツラ、もうあすみの事知ってんのな」

「……っ」

 涙混じりに、こくんと頷くマミ。あすみを傷付けた愚か者としてあたしが追い出される事も、もはやないだろう。だからこそ──。

「……アイツ、どうするんだ」

「決まってるでしょ……?」

「何だ。ぶっ殺すのか」

「ううん」

 首を横に振るマミ。

「あの子のお話、聞かなくちゃ」

「……お前を喰らおうとした奴だぞ。正気かよ」

「……掴んだ手、二度と放したくないから……」

 嗚呼──。コイツ、まだあの時の事……忘れられてなかったんだな。かつて放してしまった手──あたしの手。『アンタと敵対するよりはマシだよ』。そう言って振り払われた手。全くコイツは──。

「──っははっ」

「……私、なにかおかしい事言った……?」

「あぁ……傑作だよ。アンタ馬鹿だよ」

 それも最大級の大馬鹿だ。思わず笑いが零れる他無かった。例え敵意を向けられようとも、コイツはコイツなりに……『敵対するよりはマシだよ』を取ろうとしている。かつてあたしに手を差し伸べた時の様に──。

「──もう、馬鹿にはなりたくなかったから……」

「……そうかい」

「うん……」

 目の前で傷付いた奴を手放す馬鹿にはなりたくない。魔法少女なんて、まぁまぁどいつもこいつも腐りきった連中ばかりだ。あたしも含めて。けれどマミは、そんな中でも一際輝かしかった。例え廃墟であろうとも、賢明に咲こうとする一輪の花の様に。思えば、そんなマミにあたしは……。

「悪ぃ。そろそろ寝かせてくれ。マジ限界だ」

「絶対起きてよ……?」

「あぁ。起き抜けに美味い紅茶頼むよ」

「……えぇ!」

 暗がりの視界の中、微笑みを向けてくれるマミ。

 ──ごめん。あたし、ウソをついた。

 あたしはもう、マミを守り切った。あとはゆまを解呪するだけだ。

 けれど、あたしはマミと共に居るつもりはない。

『家族』を思う気持ち自体は、きっと間違いじゃなかった。

 それでもあたしは、いつの日かまたマミを殺すのが恐ろしい。

 独り善がりの『マミを思って』が、いつマミを傷付けるかは分からない。

 ゆまだってそうだ。ゆまと関わってしまったからこそ、こちらの世界へと踏み込ませる事となった。

 だったなら、やっぱりあたしは居ない方が良い。

 目が覚めたらマミが寝てる内にでも、ゆまと共に出ていこうと思う。

 だがマミ。また離れる事にはなっちまうけれど、今度は決別なんかじゃない。

 それに『家族』ってのは、離れていても想い合えるモノだろ。

 もう喋る余力も無いし、心の中だけでアンタに言っとくよ。

 

 ──じゃあな。マミ。元気でな。

 あたしが居なくても、きっとアンタは生きてける。それにアンタが覚えてくれてたように、これからもあたしはアンタの事を忘れないから──。

 

◆◇◆◇◆

 

 息が荒い。

 息が熱い。

 息が無理。

 胸が熱い。

 痛み()が息を通さない。

「ッハァ……! ハァ……! ……ハァッ……!」

 視界が紅い──!

 ──あの時と同じだ。

 目の前全てが染まる──!

 憤怒、憎しみ、怨讐──!

 それら総てに駆られたあの時と──!

「……ッこんなッ、馬鹿なァ……ッ!」

 こんな馬鹿な事があるか。

 わたし──神名あすみが負けるなどと──。

「有り得ない──! 有り得ない有り得ない有り得ないッ! ほんッとォにありえなイッ!」

 わたしは魔法少女には無敵──!

 最強にして最凶の魔法少女──! 

 嘆きを糧とする最凶の魔法少女!

 人の心ある限り神名あすみ在り!

 人の不幸ある限り神名あすみ在り!

 人の凄惨な死ある限り神名あすみ在り!

 相手に想うココロがあれば、いつだってわたしが負ける事なんて無い!

 なのに、そんなわたしが──負けた──!?

 

 ──ふざけるな。

 

 ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな──!

 ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな──!

 ふざけるなァッ────!

「──ッァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア────ッ!!」

 空気を裂かんばかりのわたしの咆哮。

 冷えた雨粒を震わし弾け飛ばさんばかりのわたしの咆哮。

 裂ける喉など、もうどうだっていい。

 わたしは、今すぐわたしのこの憤怒を奴らへと貫きたい。

 わたしの邪魔をする者共を。

 わたしを嘲嗤う者共を。

 わたしを不幸にする者共を──!

 

「──愛は無限に有限(・・・・・・・)

 

 其は地獄からの呼び声。

「──ッ!?」

 地を──わたしごと震わすその低い声に振り向く。

「──だからこそ、私は彼女へと無限に尽くす」

 口の中が乾く。

「──ぁ、ぁあ──っ!?」

 口から声が漏れる。

 その赤黒い爪は、宛ら血に滴る骸骨顔をした死神の鎌のよう。

 その黒い襟は、骸骨顔をした死神が被る布のよう。

「──だから、キミを故人にすると言う事は、無限の中の有限に過ぎない」

 片方に眼帯をした、切れ長の目から金の瞳を覗かせるこの女。

「有限なりし命の中、無間地獄にてこの名を胸に抱くと良い──」

 爪を備えた魔法少女。

 そうだ──こいつ──。

 こいつこそが──。

 

「──私の名は、呉キリカ」

 

「──ぁ──ぁぁああ──っ──!」

 何を狼狽えている。わたし──!

 早く精神を操作しろ──!

 口角をニィッ……と歪ませ笑む魔法少女狩りの頭の中を、今すぐに弄り回せッ──!

「っハハ──っ!」

 後ろを振り向かれる。その回転の勢いをそのままに──。

「──ッハァ!」

「ぁぐ──ッ!」

 紅き薔薇が咲く。──わたしの血液だ。そしてなおも──。

「っふッ──!」

「ッぁあッ──!」

 二輪めの薔薇。鋭く焼ける痛み。わたしが──このわたしが二連も斬られたッ──!

「アハハハハハハハハッ! マインドリーダーさんは慎み深いのかなッ!? 私の攻撃を次々と受けてくれるッ! とんだドMだねッ! 正真正銘のマゾヒスト君だねッ!」

 瞬く間に全身に走る熱にも似た痛み。

「次もあるよ! 次ッ! 次々次次次ィッ!」

「ッぁぁああああ──ッ!?」

 切り刻み間際にいちいち回転を付けられて、魔法少女狩りと視線を合わせる事が出来ない。相手の目を見れない──!

 これじゃあ、わたしの魔法の発動が──!

「──やはり織莉子の言う通りだ」

 不意に、魔法少女狩りの動きが止まった。

 よし──! 今の内にコイツの目を見て──ッ!

「フフ──っ」

 ──クソっ!

 意図的に片目のみ視線を逸らされ、かと言ってもう一方は眼帯で塞がれていて見させてはくれない──!

「ぁぐ──っ!」

 また一筋、切傷を負わされた。目を見る事を許されないまま。

「キミの瞳を視なければどうと言う事は無い」

 そしてまた一筋。

「──君の能力は読心。および催眠、改竄、ブラックアウト。ひっくるめてソレを精神攻撃と呼ぶとする。そのチカラを得て、自らが最強の魔法少女だと豪語する──」

 更に痛みに焼かれると共に──。

「──笑わせてくれるネェ!」

「っぃ──いああっ──!」

 ──蛇口を捻るが如く鮮血が溢れる。

「──だが、彼女は違う。彼女──織莉子はキミの先を往く。心を読むその先の、未来を掴む。それが予知能力者、織莉子だ」

 その台詞っぽい語り口で高説した事を、改めて自らの脳内で反芻しているかの様に陶酔しながら語り掛ける呉キリカ。奴の瞳を見ようとすれば避けられるか、また回転を加えられてしまう。そして速過ぎて見ようにも見れない。

 キュゥべえから聞いていた通り、コイツの固有魔法は速度低下──実質的に時間操作魔術による加速に等しい。

 治癒が固有魔法である美樹さやかが経験値を積めば、身体機能のリミットを解除して己に治癒を用いながら多少無理を掛ければ、コイツに追いつける程には加速するなどと言う芸当はこなせるに違いない。

 さしずめ『アレグロ』と言った所だろうか。

 固有魔法でもなんでもなく、治癒は汎用魔法としてでしか使えないわたしであっても多少無理を掛ければ出来ない事はない筈。

 その代わり全身から出血させながら戦う事にはなるだろうけれど。

 でも駄目だ。

 ──このままじゃ勝てない。

 今コイツ相手には、絶対に勝てない──!

 そうやっていつものグリーフシードにモノを言わせた物量戦法を取ろうにも佐倉杏子に全部奪われた──!

 グリーフシードを保管してある隠れ家に辿り着けるまでは戦えない──!

 コイツを相手に出来るだけの余力が、今のわたしには全くない──!

 ──どうしよう──。

 どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!

 どうしようどうしようどうしようどうしようドウシヨウドウシヨウドウシヨウ!

 どうしようどうしようどうしようドウシヨウドウシヨウドウシヨウドウシヨウ!

 どうしようどうしようドウシヨウドウシヨウドウシヨウドウシヨウドウシヨウ!

 どうしようドウシヨウドウシヨウドウシヨウドウシヨウドウシヨウドウシヨウ!

 ドウシヨウドウシヨウドウシヨウドウシヨウドウシヨウドウシヨウドウシヨウ──!?

 

 アレもダメ。コレもダメ。頭の中を堂々巡る。浮かんでは消え、同じ迷路を何回もループする。けれど──。

 

 ──そうよ! コレなら──コレなら──!

 

 一筋の光が如く差し込まれる突破口。これならばきっと、コイツを丸め込む事が出来る。ならば──。

「──ふふっ。随分織莉子とやらにご執心の様ね」

「──!」

 ピタリ、と動きを止ませる。

「なんなの? 忠犬? 奴隷? どっちにしろ──」

 動きを止め表情を消した呉キリカへ、口角を吊り上げながら吐き捨ててあげた。

 

「──行き場の無い子供みたい」

 

「──だ、──」

 わなわなと震える。先ほどまでのクサい役者の様な、厨二病的な語りはどこへやら。

「──だ、れ、が──」

 そして、そう言う思春期の子と言うのはどうしても背伸びをしたがるモノ。だから、コイツも──。

「だれが──子供だァッ──!」

「ッ──!」

 子供扱いに激昂し、爪をいっそう鋭く、そして太く頑丈に固める。わたしに狙いを定めて迫る──!

「一手で十手だ! さぁ散ねッッッッ!」

 ──今だッ──!

Neeirnefir止まれ──ッ!」

「ぐ────ッ!」

 腕を振り上げたまま静止する呉キリカ。されど込めた力は変わらず、行き場なくその腕をギチギチと震わせる。

「っはぁ──! ──はぁ──!」

 間に合った──と。あと一歩で、もしかしたらカラダを両断されていたかもしれない──と、ガチガチに震えるわたし。

 ──暗示。

 今手持ちがないわたしには、これぐらいの足止めしか無理だ。効いても僅か数十秒程度と言った所だろう。その間に逃げなければ、と、呉キリカへ背を向けた。

「──な、んだ──! 逃げるのか──! 最強の魔法少女さんッ!」

 低めの声かと思えば、叫べば案外高いのね──。

「面白くない──! バカみたいっ! もっとやってよ──! やってみせてくれよォッ!」

 ──などと、心の中で軽口じみた捨て台詞を吐きつつ、血にまみれたカラダを引きずって走る。

「ッッァァアアアアアアアアアアアア──!!」

 忠犬の咆哮を背に、知るものかとばかりにわたしは逃げ果せた。もう二度と、この魔法少女狩りに会う事もないだろう。

 ──もう、二度と──。

 

◆◇◆◇◆

 

 その強張り緊張した体が解れるように崩れる。神名あすみ──死神を気取ったお子様の掛けたキリカへの暗示が解けたタイミングで、彼女の前へとわたし──美国織莉子は姿を現した。

「失敗してしまったようね」

「お、織莉子っ!? ぁ、あ……っ!」

 あわあわと狼狽えるキリカ。失敗──とは言っても、飽く迄もキリカに言って与えた命の事だけ。だから──。

「ご、ごめんよ! 怒らないで嫌わないでっ! きみに嫌われたら私は腐って果てるよっ! っぁぁああ!」

「いいえ、大丈夫よ」

 慌ただしいキリカに微笑みを向けながら──。

「もともと賭けみたいなものだったの。出来れば彼女を討つ事が出来たなら……と言った程度の物なのよ?」

「ごめんよ織莉子っ! 大っ好き!」

 頭が胸あたりにすっぽりと埋まる程の小さな身長のカラダで、ちょっと苦しい程に抱き着かれてしまう。

「ふふっ、ありがとうキリカ」

 賭け──と言うのも嘘。現にキリカが神名あすみに敗走されてしまう事は、予め予知していた事。

「ねぇ織莉子」

「なにかしら」

「あの最強の魔法少女さんは放っておくの?」

「……あの子に関われば、私の未来予知までもが汚染されてしまうわ。そう言うビジョンが見えたもの」

「あ、そっかぁ! やっぱり織莉子が一番スゴいや!」

「ふふっ」

 はしゃぐキリカの頭を撫でてあげながら、キリカに言った事も、そしてこれからの事も反芻する。

 わたしが神名あすみと視線を合わせれば、未来予知が機能しなくなる。如何なる予知をしようとも、その認識を改竄させられ、鹿目まどか討伐への道筋の一切が断たれてしまう。それだけは避けたかった。

 ならば、何故キリカを神名あすみの下へと向かわせたのか。何故神名あすみに敗走されると分かっておきながら、神名あすみを仕留めることが出来ないと分かっておきながら向かわせたのか。それは──。

「──どこまでも哀れな子だった」

「……織莉子?」

「神名あすみの事よ」

「あぁ、そうだね」

 これで良い。総てはわたしの予知した未来の通り。キリカが担ってくれた役割は充分──否、十二分に果たされた。

 不幸の使者であろうとした、哀れな運命の操り人形(マリオネット)

 彼女──神名あすみの行く末は──もう──。

 

◆◇◆◇◆

 

 ──わたし、なにしてるんだっけ──。

 魔法少女狩りから逃げ果せたその足はもうとっくに折れ、地に伏し、雨水に全身を濡らしていた。

「はぁ──はぁ──っはぁ──っ」

 血の詰まる肺に、爛れた喉。

 息を継ぐたび、熱気のように喉を焼く。

 喉を焼かれると共に、視界が黒く染まり逝き、わたしと言う意識も遠のいてく。

 冷たき雨と言う針に降られ、突き刺さり、意識をじわりじわりと削り去ってゆく。

 こんな虫螻(ムシケラ)のみたいに這いずり回って──。

 ──なんだっけ。

 何のために生きてるんだっけ。

 これが、わたしの望んだ生き方なのかな。

「──っ──はぁ────ッ────は────ァ」

 いろんな人の愛憎、嘆き、絶望を食い物にして──。

 嗜んで、愉しんで。

 こうやって醜く、雨に揺蕩う血痕を刻む蛆虫として這う。

「はぁ──ッ────は────ッ」

 それが、わたしのたった一つの幸せ。

 そして、わたしの生きる意味──?

「──────は────────ぁ────」

 ──答えが知りたい。

 わたしの──わたし自身の生きる意味を知りたい。

 産まれ。

 喜ばれ。

 捨て去られ。

 罵倒され。

 虐げられ──。

 その苦い蜜を散らし、悦びとして──。

「──────」

 地べたを這うわたしって──。

 ──なんだったんだろう。

 いままでわたしが生きてきた意味って、なんなの?

『──あすみちゃん』

 ふと思い出す。

『──だから、どうかあなたを守らせて欲しいの』

 少し鼻に掛かった、優し気な声を──。

「──」

 ──来る筈ない。

 もう二度とあすみに、あの笑顔を見せる事もない。

 その柔らかな唇で、愛情を伝える事もない。

 わたしは、大量殺戮者。

 わたしは、裏切り者。

 わたしは、討つべき魔女。

 彼女にしてみれば、敵なのだ。わたしは──。

 だから、こうして──。

「──マミ、お、姉ちゃん──」

 金糸の様に温かな巻き髪に、雨粒を纏わり付かせ、湿気と共に濡らしながら──。

 時折雨に混じり、頬に落ちる、この温かい雫も──。

 唇を噛み締め、瞳を潤し、涙に頬を湿らせて、あすみを覗き込むこの人も──きっと最期に見た幻なのだろう──。

 

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