IS<インフィニット・ストラトス> 次元超えし女神   作:土鍋ダイコン

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話を聞いたところで
自分と他人じゃ
感じ方が違う
(配点:手合わせ)


十一章 遠き頂への挑戦者

 翌日、朝から少し騒がしいクラス。

 

 いつも女子たちの声で賑やかだが、今日はそれに輪をかけて騒然としている。

 

「とーやんは聞いたぁ?」

 

「なんのことを」

 

 布仏がいつものようにニコニコ笑いながら近づいてきた。どうやらクラスがうるさい理由を知っているらしいので、聞いてみる。

 

「なんかねぇ、隣のクラスに転入生がはいったみたいだよぉ」

 

 転入生か。確かに時期的に考えても珍しいかもしれないが、ここまで盛り上がるものか?

 

「それがねー、転入生が中国の代表候補生だから」

 

「ふーん」

 

 一限目に使う教材を出し、近頃行うクラス対抗戦のことに変わりつつあるクラスメイトをボンヤリと眺める。

 

「……興味ないの?」

 

 興味ない。

 

 そう言えばそうなのだろうし、違うといえば違うのだろう。代表候補生ということは、セシリア同様自分より遥かに強い、それはつまり強者と戦えるということ。だが逆に言えばそれ以外は特段興味を引くものがない。

 

 胸元で鈍く煌めくベーシック・コアを無意識に握りしめ、その眼に静かな闘志を灯らせて。

 

「どこが興味ないのか、不思議だなぁ」

 

 何を言ってるか分からん、分からんったら分からないのだ。

 

 布仏がこちらに何か物言いたそうに見てくるが、そっぽを向いて無視する。

 

「その情報、もう古いよ」

 

 教室のドアが開かれる音とともに、少し幼いがどこかで聞いたことがあるような声が聞こえた。

 

 小ぢんまりとした体躯にツインテール、ドアにもたれかかりながら口元に笑みを浮かべ八重歯が映る。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったから、そう簡単に優勝はさせてあげないよ?」

 

「鈴? もしかして、鈴なのか?」

 

「ええ、中国代表候補生、凰鈴音(ファン・リンイン)。今日は宣戦布告をしに来たわ」

 

 昨日案内した少女だった。

 

 格好をつけているのだろうが、どこか幼いような体躯のせいだろう。正直似合わないし、子供が背伸びして大人だと言い張ってるよな気がする。

 

 昨日初めて見た感じではこう、いきなり人に綺麗な肘鉄ぶち込むくらい元気な奴だったはずなのだが、それを全く感じさせない。

 

「なにやってんだよ、まったく似合わないぞ鈴」

 

「なっ、会ってそうそう言うセリフか!」

 

 あ、先ほどまでのお淑やかな感じが一瞬で消え去った。

 

 それにしても、後ろは(・・・)気にしなくてもいいのだろうか、彼女は。

 

「おい」

 

「何よっ!?」

 

 一閃。まさしく閃くような鮮やかな動きで出席簿を振り切った織斑先生は、鋭く少女――鈴だったかを見据える。その様はまるで蛇に睨まれた蛙の如し、完全にビビッて体が少し震えているのが俺の一からでもよく見える。

 

「予鈴が聞こえなかったか? SHRは始まってるぞ」

 

「ち、千冬さん……」

 

「織斑先生だ、凰。さっさと教室へ戻れ、入り口を塞ぐな」

 

「は、はい!」

 

 直立不動からの敬礼、そこから脱兎の如く教室から出ていき、朝から起きた騒動は台風が過ぎ去った後のようにパタリと終了した。

 

           ◆

 

 

 怒涛の騒動から鬼の一声(誤字にあらず)で無事に収まり、いたっていつも通りの学園生活へと戻った。 

 

「待ってたわよ、一夏!」

 

 昼休みまでは。

 

 学食で待っていたのは小柄なツインテール少女、なんちゃら鈴とやらで、その手には出来立てであろうラーメンが乗ったお盆を持っている。

 

「とりあえず、そこをどけ。食券が買えない、通路の邪魔」

 

「あ、悪いわね」

 

 入り口を塞ぐように立っていたので退いてもらい、食券の列へと並び本日のおばちゃんオススメ『特製特盛マーボーカレーサラダセット』なるものを購入し、笑顔で立っているいつものおばちゃんに渡す。まるで待ってましたと言わんばかりに俺の食券を見ずに厨房に伝えるあたり、もしかしたら俺や織斑のために作ってくれたメニューなのかも入れない。

 

 料理を受け取り座る場所を探していると、すでに座っていた織斑が手を振って場所が開いているのを教えてくれたので、そこに座る。

 

「で、こいつがさっき言っていた智哉だ」

 

「初めまして、ではないね。昨日はありがと、助かったわ」

 

「気にするな、帰るついでだったからな」

 

 そんなことで一々お礼を言われてはそれこそ至る所で礼を言われてしまう。こんな小さなことは無償でやろうとするこころくらい持ち合わせているものだ、もともとじいちゃんの教えでもあったし。

 

「改めて、凰鈴音よ。よろしく、えーと」

 

「武藤だ、武藤智哉」

 

 よろしく智哉。と言い握手を交わす俺たち。意外と喋りやすい奴かもしれない、こうサバサバしているといえばいいのか?

 

 そこから楽しく会話すれば平和な昼休みとなっていたのだが、ここにいる三人はそうはいかなかった。

 

「あのさ、ISの操縦見てあげよっか?」

 

 始まりは、たったそれだけ。

 

 理由は多分いろいろあるのだろう。それを理解するほど俺は相手を知っているわけではなかったし、だからこそ単純にISの訓練の幅が広がると思っていた。

 

「悪いが一夏に教えるのは、私たちだ」

 

「そうですわ。二組である貴女の施しは受けませんわ」

 

 待ったをかけたのは、我がクラスメイト。しかしそれに対して冷静に返事を返した凰は織斑に聞いていると一蹴、織斑は織斑で特訓相手が増えるからうれしいのだが、周りの二人がそれを許さないといった状況に挟まれている。

 

 正直言って、俺には一切手が出せない。つうか面倒ごとの匂いしかしないし。

 

「つうわけで織斑、飯食い終わったからお先に」

 

「薄情者ぉ!」

 

 あー、あー、織斑の叫び声など聞こえない。あいつは犠牲になったのだ、俺の安らかな日常の犠牲へと。

 

 放課後、いつもなら織斑たちと一緒に鍛錬をしているはずだったのだが、今日は布仏に用事があるから時間を作ってほしいという旨を昼休みが終わった後の十分休憩に言われたのだ。

 

 どこに行くのかは一切知らされていないが布仏のことだ、変なところには案内しないだろう。

 

 教室から出て向かう先は職員室などがあるところなのだが、いったいどこへ連れていくのだろうと考えているととあるドアの前で止まる。

 

「ここだよぉ」

 

「ここは……」

 

 学生であるのなら誰でも知っているし、多分この学園以外の学園や学校でも存在しているだろう場所。しかしよほどのことがない限り関係者以外は誰も近づかないであろう場所。

 

 その名は生徒会室。別名不良生徒執行矯正室と呼ばれる、まさしく呼ばれたくない場所第一位だろ。

 

 はて、まだ変なことも騒動も起こしたことはなかったはずだが。

 

「どしたの? 中でお嬢様が待ってるよぉ」

 

「お、おう」

 

 ん、お嬢様?

 

 ドアを開き中に入ると、まず目に入るのが大量の書類が天井高くまで積まれた壁だった。

 

 いや、正確には書類が積まれた机が目の前にあり、横に綺麗に整理整頓された机とやけにお菓子などが散らばっている机。なにこの圧倒的なまでの机の上の差は、一体何があったらこうなってしまうのだろう。

 

「ああ、もう来たのですね」

 

 生徒会室の奥、どうやら給仕室となっているらしい場所から、少し長い髪を三つ編みにしヘアバンドをしている眼鏡をかけた少女が出てきた。胸元のリボンから上級生だというのが分かるが、もう来たのですとは一体。

 

「本音から聞いてません?」

 

 聞いてません。

 

 布仏を見るとえへへと言って笑っていたので無言で頬をつまんで引っ張る。おお、よく伸びるなぁと思いつつなんか喋っているこれの反応は無視した。

 

 先輩もまったくと言いつつ助ける気がないのか、一向に止めようとしないので大いに発散させてもらおう。

 

「今回お呼びした理由ですが、会長があなたと一度お会いしたいとのことでして」

 

 やっぱり俺、何かやりましたか? 織斑みたいに。

 

「いえ、特にそういった報告は受けていませんからご安心を」

 

 それはよかった。

 

 それなら猶更生徒会長に呼ばれる理由が思いつかない。

 

「会長、例の男子生徒が来ました」

 

 書類の山、正確に言うならその奥にいるであろう会長に声をかける先輩なのだが、いつまで経っても反応が返ってこない。不審に思ったのか先輩が近づいていき、次の瞬間スパンッと小気味よい音とフニャ! という声が響き渡った。

 

「私がIS学園の生徒会長、更識楯無よ」

 

「今更威厳保とうとしても遅いぞ」

 

 大量の書類から出てきた少女はいつの日か剣道場を教えてくれた先輩だった。扇子を広げ口元を隠し、優雅にしているつもりなのだが、タイミングが悪すぎた。

 

 無言を貫きどうしようとかと思う俺と、次第にプルプルと震え顔が徐々に赤くなっていく。

 

 ごほんと三つ編みの先輩がわざとらしくせき込み、話を切り出した。

 

「会長、いつまでも恥ずかしがってないで話を切り出してください。正直、うっとうしいです」

 

「虚ちゃん辛辣過ぎないかなぁ!」

 

 俺が呼ばれたのはこの茶番らしきものを見るためだったのか、いや違うけど。

 

 数分ほど茶番が続いたがそれで満足したのか二人は席に座りなおして、紅茶をテーブルに並べていく。

 

「まずは自己紹介をしましょう。私は布仏虚、この生徒会の会計を務めています」

 

 布仏? つまり先輩は―――

 

「はい、布仏本音は私の妹です」

 

 そうだったのかと思い、二人を見比べる。

 

 片や常に笑顔でのんびりとしている妹、片や行動を見る限り仕事などをテキパキとする姉。

 

 行動だけを見るならまったく姉妹に似てない二人だが、よくよく見ると目元などが似ていたりとやはり姉妹だと分かるものがある。

 

「布仏本音ー、書記を務めてるよー」

 

 ……この子が、生徒会に。

 

 無理だろ、絶対に。

 

「にししー、お姉ちゃんと一緒でむかーしから更識家のお手伝いなんだよ」

 

 更識家のお手伝い? 話からすると従者か何かなのか?

 やはりそういった事情は分かりますか。と一人納得がいったらしい布仏先輩で、横でショートケーキにパクついている布仏は、口の周りをべったりと汚している。

 

「そして改めて、更識楯無よ。気軽にたっちゃんでもお姉ちゃんでもいいわよ」

 

 更識楯無。名前はともかくその苗字は聞いたことが、いや聞きなれたものだった。

 

「もしかして更識先輩は―――」

 

「ええ、キミのルームメイトでもある更識簪の実の姉よ」

 

 なるほど、それで納得がいった。

 

 ロシア代表操縦者にして、ISをたった一人でくみ上げた天才と呼ばれる人物。天才かは俺の目では確認できないが、目の前で見て代表操縦者というのがよく分かった。ここまで隙がない(・・・・)人を見たのはずいぶんと久しぶりだ。

 

「……で、どうして俺を呼んだのですか?」

 

「うん? ああ、それね。実はね、キミに個人指導しようと思ってね」

 

 ISとかのね。

 

 聞いた瞬間、体に少しばかりの緊張が走る。だがそれを理性を持って制御し更識先輩を見据える。

 

「疑問に答えるとしたら、二つ。一つはキミ達が圧倒的に弱いから」

 

 キミの場合はISだけだけどね。というが、それには心当たりが十二分にあった。

 

 俺、とたぶん一夏――は圧倒的なまでにISを用いた戦闘時間や感覚が少ない。一夏はある意味天性の才能とでもいうべきほど見る見る技術を吸収していっている。まだそれを十全に扱えるだけの技量がないだけで、それは時間が解決していくだろう。

 

 それに比べ俺は未だに飛行の感覚などに戸惑い、自身の流派を繰り出そうとするには相当神経を使わなければいけないレベルだ。いや、極限状態になればなんとかなってしまってるが、いつまで続くか分からない。

 

「キミはもうわかってると思うけど、この学園で一・二を争うほど弱い。本来なら時間をかけて強くなってけばいいのだろうけど、そういう訳にはいかない」

 

「なぜですか? 今のままでは進学すら危ういレベルなのですか」

 

「そうじゃない。私たちが危惧してるのは中ではなく外における危険」

 

 キミ達を狙った組織による危険性。

 

 何を言ってるのだ、と思った。こんなどこにでもいる日本人を狙うなんて馬鹿げていると。

 

「そうでもないわよ。キミ達は世界で立った二人しかいない男性操縦者。それだけで様々な組織が君達の情報を手に入れようとしてるの」

 

 情報は何でもいい。DNAでも家族構成でも出自でも。ありとあらゆる情報を組織は求めている、それを解明すれば他の男性もISを操縦できるかもしれない可能性が浮上するのだから。

 

「だからこそキミたちは狙われる。解剖してでも情報が欲しい組織や、逆にそうなって欲しくないから消そうとする過激派に」

 

 言いたいことは理解した。確かに自分たちが狙われるには十分すぎる理由だし、それを阻止するために誰かが動いたということも。

 

 だがそれだけじゃ理解はできても納得はできない。なぜ一学園の会長というだけでそれだけの情報を有しているのか、それをするだけの原理も。

 

「簡単よ。更識家は所謂暗部ってやつでね、そういったことに通じてるのよ」

 

 それに――

 

「この学園の生徒会長は普通じゃないの」

 

 立ち上がり胸元から扇子を取り出しバッと広げる。そこには『学園最強』という四文字が。

 

「生徒会長は学園最強であれ。これが開校して今まで守られられて来た絶対ルール。つまり、私はこの学園で一番強いのよ」

 

 ドクンッ、と心臓から全身に熱く血が流れだすのを感じた。

 

 佇まいは一切さっきと変わっていない。ただ立って扇子を広げただけなのに、冷や汗が止まらない。

 

 学園最強、どうやらただの冗談ではないのは確かだ。

 

「本当は一夏くんもやろうと思ったんだけど、君の場合身体との間隔の違いが大分あるから先にすることにしたの」

 

 先生にも言われてたしね。という更識先輩はどこか愁いを帯びたもので、なぜだか申し訳ない気持ちになった。

 

「で、二つ目だけど。これはお礼」

 

「お、お礼ですか?」

 

「そう、お礼。キミがいたから簪ちゃんは頑張れてるから」

 

 なぜ俺がいたから簪が頑張っているのだろう? あいつは俺がいなくても前も今もこれからも、姉の背を追いかけて頑張っていると。

 

「うん、君は分からない(覚えてない)けど、私たちはそれに助けられたの。だからそのお礼」

 

 だから今は気にしないで。そういった更識先輩の顔はどこか悲しく、どこかひどく頭の隅に引っかかるものだった。

 

「それに、キミも疼いてんじゃないのかな?」

 

 息を飲み込んでしまう。その仕草を見抜いたのかクスッと小悪魔のように笑い、扇子を再び閉じて開いた。そこには『論より証拠』という文字。

 

「まずは腕を確かめましょう。話し合いだけじゃ伝わらないでしょ?」

 

 その時の俺は、どのような表情をしていただろうか。

 

 ただ一つ言えることは、強者と戦えるということに笑っていただろうということのみ。

 

 場所は変わり、畳道場。両者ともに白胴着に紺袴という昔ながらの武芸者の格好で向かい合っていた。

 

「勝負の方法だけど、智哉くんが諦めない限り何度でも挑戦していい、そして私を床に倒せたらキミの勝ち。私の勝利条件は、キミが諦めたならかな」

 

 その他は互いに格闘のみ、それのみ守られれば殺傷ギリギリの攻撃もOK。

 

 右手を前に突き出し、左手を腰辺りで構える。更識先輩は特に構えるようなことはしていないが、やはり隙らしき隙が見当たらない。

 

 ――こういう人を相手にするのは師匠以外だとしたら、何年ぶりくらいだろう。

 

 勝ち目はほぼ無いだろうと予測し、ここは大いに先輩の胸をお借りするとしよう。

 

「八蒼一刀流初伝、武藤智哉。先輩の胸、お借りします!」

 

「IS学園生徒会長、更識楯無。どうぞ来なさい」

 

 掛け声とともに駆け、捻りを加えた右掌底を突き出す。が、更識先輩はそっと手を添え受け流しながら、空いた手で襟元を掴んで勢いを殺さずに投げ飛ばした。

 

 空中で体勢を立て直しながら猫のように地面に着地、今度は跳ぶ勢いを利用した回し蹴りを。これに対して、更識先輩は一瞬でこちらの視界から消えた。

 

「こっちよ」

 

 空を切る蹴り、背後から首の頸動脈をなぞられる。瞬きはしていなかったはずだし、視線を外してもいなかったはず。

 

 しかし現実に先輩は俺の認識から外れた。いや、外された(・・・・)のだ。

 

 古武術の奥儀が一つ、《無拍子》。

 

 生き物であるならば、何であっても一定のリズムというものが存在する。心臓の鼓動然り、体を動かす然り、『息が合う』というのはその一定のリズムが揃った時に起きる現象だ。

 

 古武術はこの律動(リズム)をうまく利用し、わざとずらす事で相手に呼吸を読ませない《打ち拍子》や、逆に合わせることで相手を自分の場に支配する《当て拍子》。

 そして更識先輩が使ったであろう呼吸と呼吸の間にあるほんの少しの空白に合わせることで、一切認識ができなくなる《無拍子》。

 

(初めての奴相手に、いきなり合わせやがった)

 

 間違いない、相手は自分より遥かに技量も経験も上だ。

 

 ――もっと感覚を研ぎ澄まなければ。

 

 ――より鋭くなければ。

 

 ――さらに認識範囲を広げねば。

 

(相手にすら、ならない!)

 

 左手刀を背後に振りぬき、相手が数メートル下がるのを感じながら駆けだす。

 

 今度は腰の捻りを加えた後方回し蹴り、捌の型《無刀》が一つ鉄扇を打ち込もうとするがしゃがむ事で躱され、顎をぎりぎり狙った掌底を叩かれるが唇が切れるほど噛み締めることで意識を繋ぎ、バク転の要領で足刀で蹴り上げながら距離を取る。

 

 そして気づけば互いの距離はなくなっていた。無拍子による接近を感で察知し腕を伸ばし、襟を掴もうとしてた更識先輩を止める。

 

 空いた腕で崩徹を打ち込みガードを崩し、衝撃が徹って身動きが取れない間に投げ飛ばす。だが空中で見とれるほどの綺麗な受け身で着地、息切れするどころか汗一つかいていない。

 

 長期戦は圧倒的に此方が不利、しかしあと三歩届かない。

 

 一歩ならどうにかできる、二歩なら無茶をすれば詰められる。だが三歩目となるとそうはいかない。

 

 だが、それで諦めるなら俺はそもこんなことはしていない。

 

「……決めます」

 

「いいわよ、来なさい」

 

 瞳を閉じ、脱力。構えも一切解き呼吸を整え、しかし集中はより深く、鋭くしていく。

 

 あちらも此方が何かするのを察知して警戒するが、これには悪手だ。

 

 それは速度の果てに辿り着く不可視の拳戟、全身の駆動を完全に制御し零から一へと昇華し放つ。動作から放つまでに必要なのは零、正しく放てば不可避の必中撃である無拍子を超えた、零拍子。

 

「《羅刹》」

 

「かっ」

 

 腹にめり込む拳に空気を吐き出しているが、気にせず軋む体に鞭を打って肘鉄を入れ宙に少し浮かせ、首根っこを掴み地面へ向けて叩きつける《風躍》にて決着をつけようとした。

 

「なっ!」

 

「あ、危なかったわ」

 

 いつの間にか脱いでいた胴着をクッション代わりにして、なおかつ両腕で衝撃をうまく逃がしながら逆さ立ちで耐えた。

 

「さて、じゃあ――」

 

 足を此方の首に絡め振り子の要領で逆に床に叩き伏せられる。

 

 足で喉を、両手を掴まれ身動きが一切できない。呼吸ができずもがき続けるが、次第に意識が遠のいていく。

 

「お姉さんの下着姿はとっても高いのよ?」

 

 そんな言葉を最後に、意識を失った。

 

 喉に残る鈍い痛みに気付いたからなのか、俺は目が覚めた。

 

 起き上がるとそこは生徒会室で、どうやらソファで寝かされていたらしい。頭から落ちたタオルを拾い上げ、周りを見回す。

 

「いいですか、会長。いくら彼が武術を齧っているからと言って、今回はやりすぎです」

 

「で、でも虚ちゃん。智哉くん思ってるより強かったし、仕方がないといいますか…」

 

「言い訳は無用です」

 

 床に正座をして説教を食らっている更識先輩と、仁王立ちで説教をする布仏先輩。

 

 いきなり、なにがあったんだ。

 

 壁に掛けられている時計を見ると既に五時を過ぎていた。つまり一時間近く俺は寝ていたことになるのだが、晩飯にはありつけるだろうか?

 

「とーやんとーやん、今はそれどころじゃないよ~」

 

 ……普通に心を読むのはどうかと思うのだが。

 

 布仏と共に先輩たちを止め、改めて話の続きをする。

 

「鍛錬、ありがとうございました」

 

「いいのよ、お姉さん後輩のために頑張っただけだから」

 

 喉元に残る鈍痛を紛らわせようと引っ掻こうとして、布仏先輩に止められる。隣で布仏が冷えたタオルを喉に当てて患部を冷やし、更識先輩は少々居心地が悪そうにする。

 

「ごめんなさいね、いくら何でも少しやりすぎたわ」

 

「構わない。鍛錬に怪我は付き物だったし、師匠と比べれば全然怪我の内に入らない」

 

 それこそ最初の頃は文字通り死にかけだったし、今だって骨折はなくなってせいぜい罅が入ったり内臓を潰されたような感覚くらいだ。

 

 大丈夫、血反吐ハイテナイシ……。

 

「さて、今日の組み手である程度キミの実力は把握したし、明日から早速放課後に操縦訓練をしましょう」

 

 そこからは明日以降のスケジュールの調整、こちらの補習などの予定を聞き、解散となった。

 

 

 

 

 敗北の味はいつだって苦いもの

 だがそれを噛み締め

 少年はまた一つ、強さの意味を知るだろう

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