IS<インフィニット・ストラトス> 次元超えし女神 作:土鍋ダイコン
揺れ動く
落ちる
(配点:愚痴)
「その怪我、どうしたんだ?」
誰よりもそれに気付いたのは、織斑だった。
制服に隠れるように至る所に包帯が巻かれ、目に見える手や顔には湿布や絆創膏が至る所に貼られている。
まるで隣の学校に殴り込みに行ってきた不良生徒のように、元々目付きもあまりいいほうではなかったためよりそう見えてしまった。
「いや、先輩に操縦を教えてもらっていてな。下手だからすぐ怪我して、治る前に怪我して」
ぶっちゃけ自分の下手さ加減には笑えてくる。
代表決定戦では無我夢中だったが、意識してISを動かそうとするとどうにも動きにムラが出てしまう。特に飛行、厳密に言うのであるのなら鋭角や直角を含んだ高機動飛行。ただまっすぐ飛ぶだけなら何とかなるかもしれないが、曲がるとなると全く話が違う。何度アリーナの壁に激突し、地面とキスをしながら滑ったことか。
「まあ虐めにあってるわけでもなし、気にするな」
「そう言うなら、分かったけどよ。もしなんかあったら遠慮なく言えよ」
ああ、
口元に笑みを浮かべ、友の優しさに心が温まるようだった。
放課後、補習を少しばかり早く切り上げたところで急いで第二アリーナへと向かう。ISスーツはすでに着ているため着替えは数十秒あれば事足り、先に待っている人物に頭を下げる。
「すみません、更識先輩。遅れてしまいました」
「まったく待ってないから、大丈夫よ」
ISスーツを着た更識先輩が笑いながら言うが、遅れてしまったことには変わらない。
数瞬の内に呼吸を整えベーシック・コアを起動し、地表から浮かぶ。
「まずは昨日の復習からで、スラスターを吹かさずにPICのみで動いてみて」
まずはゆっくりと移動、前後左右にスライドするように動き、次に上下も加えた空中移動。ここまでならもう手足のように動かせる。
「さすがにもう大丈夫そうね。じゃあ次のステップ」
地表から少し浮かんでた状態から五メートルほどまで上昇し、今度はスラスターを使用した飛行を行う。
先ほどのゆっくりとした動きからある程度速い動きへ。アリーナをぐるっと回るように飛翔、大きく上昇しながら旋回して一回転。
「うん、ただの飛行も問題なさそうね。問題は……」
頷き、深呼吸し意識を高める。スラスターにエネルギーが集まるのを感じつつ、汗が流れ落ちる。
瞬間、爆発したような衝撃と共に加速、ハイパーセンサーによって周囲の情報が一気に流れ込んでくる。
そしてカーブしようとして―――
アリーナの壁に激しく激突した。
「やっぱりブーストすると制御できなくなるのね」
アリーナの壁に熱いキスをし意識を少し失った後、傷の手当てをしながら反省会を始める。
「ねぇ、なにか感覚が違ったりする?」
「……加速した時動きたいタイミングでISが動かなかったり、見えすぎたり?」
全方向をみえるのは便利なのかもしれないが、正直鬱陶しいし、ブースト中のISはこちらの動き通りにならなかったりと、自分の操縦技術の低さには目を当てられない。
深いため息をつき気分が沈んでいく中、更識先輩は何か考えるように顎に手を当て、黙り込む。
「ちょっちIS見せてもらっていい」
「どうぞ」
データウィンドウを表示し、更識先輩はそれを見て何かいじり始める。簪ほどの速さではないがそれでも速いタイピングに驚くが、一体何をやっているのだ?
「うん、これでいいかな? もう一回飛んでみてくれる」
「? はい」
宙に浮かび、すぐに変化に気付く。
さっきまでと比べやけにバランスが取りにくいが、前と比べ一つ一つの動きがとてもしやすくなっている。それに視界だ。全方位だったものが通常の視界と同じくらいに狭まっており、正直見やすい。
スラスターを吹かし、速度を出す。体がふらついて壁にこすりそうになるが、意地で制御して問題だったカーブに差し掛かる。
「うおおぉぉ!」
ギャリィン! と金属が擦れる音をさせながらだが、初めてブースト中に曲がり切った。
地面にスライディングしながら停止させ、高まる鼓動を押さえずに走り出す。
「曲がれた、曲がれましたよ先輩!」
「ふふ、壁に擦り付けながらだけど」
ガッツポーズを取りたくなる衝動があったが、まずはどうして曲がれるようになったのだろう。
「ISの設定を少し変えただけよ。ハイパーセンサーの範囲を狭めて、大きく変えたのは機体制御をマニュアルにしたことよ」
マニュアル、機体制御?
何を言っているのか分からなかったが、確か少し前の補習で山田先生が教えてたはず。
通常ISの機体制御をしているPICは自動でするらしいのだが、これを自動ではなく自分でコントロールすることもできるらしく、オート制御よりもより精密な動作が可能だ。しかしいつもの思考とは別に機体制御にも割かなければいけないために難しい技術のはず。
「普通はね。でもキミは三次元機動であっても体の動かし方を知ってるから、思考を割かなくても体に染みついたものでできた」
八蒼一刀流による高速移動術、速く動くにはそれに伴う身体と動かし方がある。何年もやっていれば意識しなくてもやれるようになるが、まさかここで役に立つとは。
「これからは全部マニュアル制御で特訓しましょう。私もメニューの見直しするから」
それからアリーナの使用時間ぎりぎりまでマニュアル制御による移動と飛行をひたすらやり続けた。
顔面ダイブこそしなかったものの、壁に終始擦りながら飛行し続け、最後の方で一回も擦らずに曲がりきったところで訓練は終了。
体中が何とも言えない痛みに微妙な顔をしながら、寮の部屋へと向かっていた時、曲がり角で走ってきた少女に衝突した。
「っ!!」
「すまない、って凰?」
小柄なツインテール、凰鈴音が歯が砕けるくらい噛み締め、前髪で表情が見えずらかったが、確かに泣いていた。
ぶつかった程度で泣くような印象ではなかった。
ああ、なんでこんなことになってしまったのだろう、訓練明けで疲れているのに、厄介ごとなんかに関わる気なんかない。
「……はぁ」
ないのに、なぁ――
自室へ戻った俺は備え付けキッチンでホットミルクを三人分作り、少しハチミツを加えて甘みを出す。
お盆にのせて持っていくと、タオルを抱きしめ目元を赤くした凰とどうすればいいのか少しあたふたしている簪。
「……」
ホットミルクを置くと無言でチビチビと飲み始め、俺らもチビチビと飲み始める。
どれほどの時間がたったかは分からないが、半分ほど飲んだところでだいぶ落ち着いたのか話せそうな雰囲気になった。
「で、なんかあったか?」
「……一夏が」
それは凰が織斑と出会った時の話。
当時今のように日本語がうまく喋れず、それが原因でいじめにあっていたのだが織斑が助けたそうだ。
それから仲が良くなり、気が付けば織斑のことが好きになた。理由は他にもあるらしいが惚気話になりそうなので省略してもらい、別れる時にこう言ったらしい。
――自分の料理の腕が上がったら、毎日酢豚を食べて。
おそらく日本で言う毎日味噌汁を飲んでくれ、という意味なのだろうが、果たしてそれを正しく理解している人は何人いるのであろうか。
織斑はそれを勘違いし、毎日酢豚を奢ってくれると思っていたらしく、女とした約束を勘違いしたことに激怒し覚えていなかったことに泣き出した。
「ほんっとに信じらんない! 普通忘れる女の子とした約束!」
「単純に織斑がその例えを知らなかったとか、気づかなかったとか考えなかったのか?」
俺の枕をばふばふと叩きつけストレス発散しているが、俺の発言に心当たりがあるのか悔しそうに顔を歪ませ、さらに強く枕を叩きつける。
「分かってた、ええ分かってた! あの朴念仁なら勘違いしてるかもって!」
だけど――――
「覚えてほしかった、覚えてて貰いたかった。夢に見た初恋で、あたしにとって大切な人であってほしくて」
あたしの気持ちは会えなかった二年も変わらずにいたのに、あいつは約束を忘れてしまうほど軽いものなのか。
あいつを好きだった気持ちが揺れ動いてしまう、もしかして自分が勘違いしているだけではないのだろうかと。
「うぅ」
「俺が言えることはない」
恋愛どころか誰かを好きになったことすらない俺になんか言うことはできない。
「だから吐き出しちまえ。出して出して出しまくって、抱えてるもん全部」
――――お前の想いが揺れ動かなくなるまで。
呆然と話を聞く凰は次第に涙をため、大声で泣き叫んだ。枕で何度も俺を叩きながら、織斑に対する愚痴を吐き続ける。
一時間近く吐き出し続け、気づけば枕を抱きしめながら寝ていた。放してもらいたかったが存外力強いので諦め、俺のベッドに寝かせる。
織斑先生にこのことを伝えると愚弟のせいで迷惑をかけたなと言われ、凰の寝泊まりの許可が下りた。
「まったく、面倒ごとだった」
「けど、結局関わった」
そりゃ、仕方がない。泣いてる奴をほっとくなんて、目覚めが悪すぎる。
理由はそれだけで十分、これでぐっすりと眠れるわけだ。
「というわけで俺は床で寝るから、おやすみ」
「うん、おやすみ智哉」
毛布に包まれ、さっさと眠る。これ以上起きてるとなんかこう、余計なことが起きそうだ。
次の日、朝起きると既に凰は部屋からいなく、テーブルには一通の手紙が置いていた。
――――昨日はごめん、だけど愚痴聞いてくれてありがとう。
少し気分が楽になったし、気持ちの整理もできた。
さて、朝の鍛錬でもするか。
気持ちがいい朝日だなと思い、いつもよりその足は軽やかに。
それから数週間、なにかがあると俺たちの部屋へと足を運び愚痴を零すようになった。溜め込むよりも吐き出したら明日に支障も出ないとのことで、俺の枕片手に今日も愚痴を零す。
「それでね、あいつったら人が気にしてんのに胸の話するのよ! ありえないわよ!!」
「ん、ん?」
まあ大半はよく分からないが、分からないときは大体簪が分かるんだよなぁ。
「で、決めたの。クラス対抗戦は全力で叩き潰して、絶対に謝らせるって」
クラス対抗戦。各クラス代表によって行われるリーグ戦で、最初に行われるIS戦でもある。
いいんじゃねぇか。とだけ言ってハチミツ入りホットミルクを渡すと、チビチビと飲み始める。
「さすがに応援はしにくいが、全力で相手してやれ。油断してっと」
代表候補生でも負けるぜ? と言うとニコッと笑い。
「上等。そうじゃないと張り合いがないってもんよ」
半分ほどのホットミルクを一気飲みし、じゃね! と帰っていく。なるほど、気持ちの整理が大分できてきたらしい。
クラス対抗戦は明日。あいつがどこまでやれるかは分からんが、あいつならいい勝負するだろうな。
クラス対抗戦、当日。
本来なら一組が座っている場所にいるべきなのだろうが、特に気にせず簪と布仏と一緒に適当に座る。
織斑の初戦は、二組の凰鈴音。最初からぶつかり合ったあいつらは今向かい合い、何かを話している。
話し終え、試合開始の合図が流れると織斑が吹っ飛んだ。
「今何が?」
「《衝撃砲》、空間に圧力をかけて砲身を生成、余剰で起きる衝撃を砲弾として打ち出す」
「せっしーのブルー・ティアーズと同じ第三世代型兵器だよぉ」
空間そのものを砲身とした武装なので視界には映らず、ほぼ全方位で撃ちだすこともできる。撃ちだしたら最後躱すのは難しく、空間の歪みを検知してからでは遅いらしい。
だが、見た限り回避するのはそう難しそうには見えないが。というと、なぜか驚愕した表情で俺を見てくる二人。
「さっきから真っ直ぐしか飛んでないし、曲がらないなら見えなくても避けるのは何とかなる」
セシリアのように背後からくるわけでもなし、来る方向や場所は見てたら予想は立てられる。つまりなんとかなる。
「そんなの、智哉だけ」
――――解せぬ。
織斑も慣れてきたのかだいぶ躱すようになっていき、雰囲気が変わる。
これからどんな勝負になるかと思った瞬間、感じた。身にチリチリする嫌な、冷たい感覚。
こんなとこで感じることはないと思ってた、死が近づいてきた背筋が凍るような感覚。
上を急いで見上げると、微かにだが光がチラつき――――
――――アリーナのシールドを貫いていく閃光と、大きな衝撃が走った。
「な、なに!?」
アリーナの頭上から現れたのは、二機のIS。どちらも全身装甲で、寸胴のような身体で鎮座している。
その内の一機が、だが確実に俺を見た。
強烈なまでの死の感覚に隣にいた二人を思いきり突き飛ばす。
途端、赤い閃光が走り抜け、爆音が響き渡る。
突風に顔を塞ぐが、目が開くとそこはドロドロに溶けた観客席と、穴が開いたアリーナのバリアーだった。
「っにげ――」
ろ、という前に、謎のISに首を掴まれそのまま外まで連れ出され、隣のアリーナに来たところで投げ飛ばされた。
地表に叩きつけられる前にISを起動、スラスターを全力で吹かして体勢を整え、目の前の見据える。
さあ、劔を持て
逃げることはできやしない
待っているのは