どこまでもどこまでも落ちていくような感覚はやがて消えて、真っ暗な空間に着地した。
「ここは、墓の中か?」
周りを見渡していると、暗い闇の一部がぼうっと赤く光り始める。空間を裂いてずるりと姿を見せたのは、今まで何百と除霊してきた赤い霊が大きくなったようなモンスターだった。
上半身だけが空中の裂け目から飛び出しており、赤い腕は俺の体の数倍の長さである。
「これも利くかな」
その姿を一目見てこれは除霊できなさそうと思ってしまう。ただ、霊は俺を放っておいてはくれないようで、こっちに向かって腕を伸ばし俺を掴もうとしてきた。
「遅い」
走って逃げると腕の届かないところまで離れることができた。足を止め霊の方を確認する。霊は腕を伸ばしきるとすうっと消えて、裂けていた空間は元通りになった。
「なーんか嫌な感じが・・・・・やっぱりな!」
直感を信じてくるっと後ろを振り返るとそこでは今まさに空間が裂けていくところだった。
「俺の代わりに塩をどうぞっ!」
俺は現れた上半身に塩を投げつけると走って距離を取り、ダメージを確認する。
「おっ、効くんだ」
山にいた赤い霊と比べると効きは悪いものの確かにHPは減少していた。
それならなんとかなると、インベントリからアイテムを取り出して次の出現に備える。
「よーしこいこい。・・・んん?」
俺の構える前で裂けていく空間。ボス格の霊と裂け目の隙間からスルスルと山にいた赤い霊が現れる。
それらは山に出た時と同じように見るからに危険そうな、髑髏を背後に浮かばせて俺に近づいてくる。
「そっちは来なくていい! 【飛翔】!」
空へ飛んで直接ボス格の霊に接近してお札を貼り付け、全部使い切る勢いで他の赤い霊にも塩を振り撒く。
「フハハハッ! 俺を捕まえれまい!」
そんな俺にボスの手が迫り、魚のように躱してその手にお札を貼り付けてダメージを稼いでいく。
そうして得意げに除霊に勤しむ俺だったが、そうそう上手くはいかなかった。ボス格の霊も飛んできたのでMPポーションでMPを補給しつつ、ずっと飛んでお札と塩で倒そうとした。
しばらくして、ここで明確な変化が起こったことに気づいた。
今までは暗闇とはいえ自分の体は見えていたり、ボスは見えていたりと、表すなら月明かりのある夜といったような暗さだった。しかし現状、俺には自身の身体や霊の姿も見えていなかった。
目を閉じているのと変わらないほどの深い闇が俺を包んだのである。
「うわ、真っ暗・・・・・ゴーグルでも見えないか」
世界の裏側を見るゴーグルでも意味はなさない。自分の手元すら確認できない暗闇は変わらない。
「ランタンは?」
この暗闇に明かりをつけようとランタンのする。しかしその明かりは闇に包まれて、蝋燭の火が拭き消されるようにふっと消えてしまったのである。え、どうしろと? もう一度言おう。
「え、どうしろと? うわっ!?」
若干慌てる俺を背後から冷たい手が掴み上げた。
「くっ、む? 抜けられない・・・・・? 【STR】が?」
ステータスに影響を及ぼしてるだろう霊の手はそのまま俺をゆっくりと上空へ連れ去っていく。
「ダメージが・・・・・うそだろっ!?」
俺はダメージの予感に確認したらHPが全損して、【不屈の守護者】が発動し、地面に落とされてしまった。落下ダメージはないものの、もう一撃アレを受ければ俺も生き残れない。くそったれ、反射ダメージが全く働かない相手は天敵以外何物でもないな!
「んっ?」
感じ慣れてきた(したくもない)冷たい感触が足に絡みついた。右足を見ると、地面から伸びる白い手が足に絡みついているところだった。さらに俺の体を冷たい両手が包み込む。手によって地面に縫い止められているため、上昇はしないが・・・周囲から何かが近づいてくる=死は近づいていると察するまでもなく悟った。
「面倒くさいな、もう!」
俺は取り出した塩とお札を包み込んでくる手に向かって一心不乱に貼り付けていく。振り捲る。
次の瞬間にはやられてしまっているかもしれないという初めての不安を襲っていたのである。
しかし、俺のHPを奪われる前にパリンと音がして暗闇に眩しいくらいの光が差し込んでくる。
「は・・・・・?」
暗闇がガラスが割れるように外側から崩れ落ち割れた先からどんどんと光が溢れてくる。
そうして暗闇は完全に消えて、闇の中だった空間は白い部屋へと変わっていった。
「はぁ・・・・ははは、ありがとう」
俺は達成感からか背中からぱたりと倒れてそのまま上を見る。
そして、俺は自分を見下ろしている諸々に向けて力なく手を振ったのだった。それからすぐにがばっと起き上がるとインベントリから取り出したポーションを飲んでいく。HPを全回復させて、ゆっくりと立ち上がった。
「ふぅ・・・・・危なかったあ。なんだったんだろう? 即死?」
一息吐きながら辺りを見渡す。どこを見ても白一色で、空間の広さが分からなくなるような場所が俺の周りに広がっていた。
「何かない・・・・・あった」
見つけたものの方に向かう。
「これは上で見たのと一緒だな」
白い空間の中、ボロボロになった十字架が地面に突き刺さっており、その前に朽ちた花が置かれている。
しゃがみこんでそれをじっと見る俺にかすかな声が聞こえてくる。
「ありがとう・・・・・おやすみなさい・・・・・」
「誰?」
ばっと顔を上げた俺を舞い上がった光が包み込む。光は形を成し、俺の目の前に一瞬女性が現れたのを見た。女性はこっちに手を伸ばし、そして舞い上がる光とともにすっと消えていった。
「・・・・・あの幽霊だったのか? 除霊・・・成仏、させられたのか・・・・・ん?」
俺は首元に違和感を覚えて触れてみる。すると、首に何かがかかっていることに気づいた。
「んと、いつの間にロケットペンダントが? 中身は、んー・・・・・さっきの女の幽霊なのか? ボロボロでよく分からない・・・・・」
中身の写真は既に判別不可能なくらいに風化していたが、うっすらと女性の姿と花畑が写っているように見えた。ロケットを首から外すと手にとって名前を確認する。
「あ、アイテムじゃないんだ。装飾品・・・・・【救いの手】? あんなんで救ったのか?」
札と塩しか殆んど使っていない戦法で訳の分からない戦いを潜り抜けた。それ以外思い出せないものは仕方ないと、思いつつ俺は装飾品を詳しく確認する。
【救いの手】
装飾品。
右手、もしくは左手の装備枠を合わせて二つ増やす。
―――ほう?
確認した瞬間。俺の中で新たなスタイルの変革を確信した。これをもう二つ集めれることが出来るなら実に愉快なことになるだろうな。倒し方も何となくわかった。んよし、もう一度チャレンジしてみようか!
「あ、その前に受け取りに行かないと」
町へ戻り購入した畑の簡易ホームに設置したトランスポーターを介して始まりの町へ戻った。
同じ頃・・・・・イッチョウは第7エリアの水上都市―――海中で一人攻略を勤しんでいた。
「【ウィンドカッター】!」
素早く魔法で牽制するものの、風の刃は光でできた透けた体をそのまま通過してしまう。イッチョウは急いで回避を試み突進を避けるが、魚は再び向かってくる。今度はすれ違うようにしてダガーで斬りつけるが、手応えは全くなく、水中をダガーが通り抜けただけのように感じる。当然ダメージエフェクトもない。
ある程度体力や防御力があれば本当にモンスターなのかを確かめるために攻撃を受けることもできるが、イッチョウではそれはできない。そうして繰り返される突進を回避しつつ、どうしたものかと考えた結果一つの結論に達した。
「何か見つかるまでは避けながら行くしかないか・・・・・」
とりあえず現状は回避可能なレベルで留まっているため、一応何とかする方法を探すことも目的に加えて先に進むことにする。ただ、八層のモンスターと比べれば、突進以外の行動もなく単純であり、イッチョウには避けることを前提としているように感じられたのだ。
事実イッチョウほどの回避能力がなくとも、ここまでゲームを進めてきたプレイヤーならほとんどがこれくらいの攻撃は捌くことができるだろう。
「この感じだといよいよボスも変なのが出てきそうだねぇ」
イッチョウは回避しながらどんどん泳ぎ進んでいく。止まって避けるのではなく、前に進みながら最低限の動きで避けているため、タイムロスもほぼなく、ほとんどいないもの扱いである。
それを光弾を避けながら行なっているのは、流石にイッチョウだからなのだと言えた。
この横穴はかなり特殊な作りになっているようで、自動的に攻撃してくるトラップと光でできた攻撃不可能な魚がいるばかりである。ダンジョンとして作られているというより、水中に沈み、打ち捨てられたものの集まった場所という風に思えて、イッチョウは進めば進むほどボスはいないかもしれないと感じ始める。
「うわ、増えた・・・・・」
今も攻撃し続けてきている実態のない魚は一匹ではないようで、目の前で光が形を成して新たに二匹の魚が周りを泳ぎ始めた。
「増えていくならギミック解除もできそうだけどね!」
モンスターにしてはどこまでもついてきすぎなため、十中八九何かしらのギミックなのだが、解除方法は未だ分からないままである。分からないものを気にしていても仕方ないため、変わらず攻撃を回避するしかない。加速と減速を上手く使って、直線的な攻撃をスイスイと回避する。水中であることの利点を生かし、上下も使って自在に回避する様は、光でできた魚よりもよっぽど魚らしいと言えるほどだった。
上昇と下降を繰り返して、広い空間にいる魚達をどうにかする方法がないかも調べるが、変わらず手がかりはない。
「オッケー、仕方ないか」
ならば最奥にたどり着くまで躱し切ってやろうと腹をくくって、イッチョウはもう一度強く水を蹴って加速するのだった。
それからしばらくして、横穴の中では大量の魚を引き連れたイッチョウが泳ぎ回っていた。もはや小魚の群れのようになってどこまでもついてくるため、流石にゆっくり探索どころではない。
「もう何匹いるか分かんないね・・・・・!」
数が少ないうちに消滅させる方法を探せるだけ探したものの、それらしいものは何もなかったのだ。がしかし、第二陣記念イベント時にメダル交換で得た装備とスキルによって水中移動を強化していることもあり、回避はできているものの、イッチョウだからこそ何とか可能になっているだけである。
とはいえ、集中力もいつまでも保つわけでなため、サリーとしてもこの状況はよくない。さらに、ダガーで弾くこともできないため、回避の方法も限られているのが難易度をぐっと引き上げていた。
「隙間を作って・・・・・今!」
広い空間で周りを取り囲む実態のない魚群が突撃してきたことでできた隙間に体をねじ込んで、その勢いのまま通路を駆け抜ける。通路は狭いため立ち止まれば背後から突進してくる魚群を避けることは不可能だ。
そうして高速で泳ぐ中、通路の奥からは大量の光弾が飛来するのが見える。それは背後と同じように通路を埋めるほど、あるのはそれぞれが発射された時間の差から生まれたほんの少しの隙間だけだ。それでもイッチョウはそれで十分とばかりに減速なしで光弾の雨の中へ飛び込んでいく。
「ふぅっ・・・・・!」
周りの景色の流れが遅く感じるほどに感覚を研ぎ澄ませて、ほんの僅かな判断ミスも許されない中で完璧に隙間を縫っていく。イッチョウから逸れていっているように、まるで最初から当たらないことが当然かのように、何十という光弾はその全てが背後に抜けていった。今までしてきたことを今回もやるだけだと、イッチョウは全てを避けて通路を泳ぎ切る。意思なき光弾に初被弾をくれてやるわけにはいかないのだ。
「よし、抜けた!」
そうして通路を抜けた先、光弾が収まったことで、イッチョウの背丈を遥かに超える扉を視界に捉えることができた。
それと同時に今までしつこく追ってきていた魚群も消滅して、水中に静寂が訪れる。目の前のそれはボス部屋を示す扉であり、つまりここが最奥ということになる。
「ハーデス君なら凄く余裕でここまでの道中を潜り抜けそうだねぇ」
【海王】を取得した今のイッチョウには水中における残りの活動可能時間を気にする必要もなく、余裕を持って戦闘ができると判断したイッチョウはこのままボスを攻略することに決定した。
「初めて水中で戦った時よりは強くなれてると思うけど」
この先に何が出てくるか。イッチョウは一度目を閉じて再度集中力を高めると、ゆっくり扉に近づき、中を確認する。中は球体になっており、全体が水に沈んでいて、今までと同じように古い部品や用途の分からない機械が底に大量に転がっている状態だった。しかし、現状ボスと思われる存在はどこにもいないように見える。
「入ってみないと分からないか・・・・・」
不意打ちに気をつけながらイッチョウが中へと入ると、がらくたの山の上に傾いて乗っていたモニターらしきものが淡い光を放ち始める。イッチョウがそれを見て身構えると同時に、積まれた機械を押しのけるようにして、道中で見た光弾発射装置が突き出してくる。
しかし、それは本命ではないようで、部屋の中心に強い光が発生し、形を作っていく。光が収まると同時に、矛を持ち、上半身が人で下半身が魚になっている男が実体化し、その上にボスのHPバーが表示されたことでイッチョウは気を引き締める。
「実体も生み出せるってすごい防衛システム。手に入るなら是非とも欲しいよん」
ここまでたどり着いたが、それでもここからが本番である。装備のためにも、より大事な目的のためにもイッチョウは負けるわけにはいかないのだ。
ダガーを持ち直したのを見て、ボスの方も矛を握り直し、それを円を描くように振ると、その軌道上に並ぶようにして非実体の魚が出現する。また、突き出てきた銃口も合わせて光を纏い始める。
この後どうなるかを察したところで、道中そうであったように魚群と光弾がイッチョウに対して襲いかかるのだった。
「それはもう慣れたよ!」
イッチョウは素早くその場から移動して両方を回避しにかかる。光弾も魚も向かってくるスピードは速いものの、動きは直線的で今いる場所に飛んでくる。広い場所であればそれなりの速度で大きく動き回っている限り当たる心配はほとんどないのだ。それもイッチョウ程になればなおさらである。
本当に気をつけなければならないのは、避けるだけなのをやめて攻撃に転じる時と、他でもないボス本体の動きだ。
今までのボスがそうだったように今回もいくつかの攻撃パターンを持っていると考えられる。
時間には余裕がある。大事なのは敵の攻撃を見極め、ダメージを受けずに反撃できる機会を探ることである。
飛び交う攻撃を避けつつ、じっとボスの様子を窺っているとボスが動き出し、その手に持った矛を掲げ一気に振るった。今度は先程とは違い、召喚ではないようだが、イッチョウは直感的に何かを察して水を蹴って素早く移動する。そんなイッチョウのマフラーの端を掠めるようにして勢い良く何かが通過していく。
「水流・・・・・覚えてないとね」
ボスが操っているのは水の流れ。持続時間は分からず、人一人分なら容易に飲み込めるような太い水流が、球状のボス部屋を縦断するように発生したのだ。当然、巻き込まれた時に無事である保証はない。視認性も悪く、光弾を回避するため高速で泳ぐ必要がある現状では、発生した場所を覚える他ない。
「【水纏】!」
イッチョウは頭の中にボス部屋をイメージして、どこに水流が発生しているかを常に更新することで、自分が通るべきルートを構築すると、加速してボスに向かって急接近する。
水流が移動先を制限し、それがいつまで続くかどれだけ発生するか分からない以上、予定通り長い間観察に回るわけにもいかなくなったのだ。
飛び交う光弾をすり抜け、突進してくる魚群を潜り抜けて、最後にボスが迎撃とばかりに突き出してきた矛を片手のダガーで弾くと、その勢いのままに肩口を深く斬り裂く。
これだけ飛翔物があれば、レベル25に到達するまでノーダメージであることが条件のイッチョウの【剣ノ舞】は容易くイッチョウを限界まで強化してくれる。その一撃は見た目よりも遥かに重く、HPバーが目に見えて減少する。
「ダメージも入るようになった……ねっ!」
斬りつけていったサリーを追いかけるように新たな水流が生み出されるが、体を捻り下側へ潜り込むようにして回避する。すると今度は非実態の魚をさらに追加するのが見えた。
「いいね、やる気出てきたよぉっ!」
イッチョウはより集中力を高めると、大量の飛翔物に常に攻撃されながらも冷静にそれを捌いていく。イッチョウの回避技術は最初から高かったものの、戦いを重ねるにつれてさらに研ぎ澄まされていっているのだ。
敵が生み出す全てを回避し、隙間を縫うようにして接近して攻撃する。
ヒットアンドアウェイのスタイルは変わらずとも与えるダメージも攻防の駆け引きもかつて水中戦でボスを倒した時とは比べものにならない。
「ふっ・・・・・やあっ!」
上下左右からの攻撃を回避し、ボスを斬りつける。イッチョウに比べればボスの動きは鈍く、その矛はイッチョウを捉えるには至らない。物量、環境、その全てがボスに有利に働いているが、それでも押されているのはボスの方だった。
ボスの手数は時間とともに増えていくものの、人一人分の隙間がある限りイッチョウは必ずそこに滑り込んでいく。
スキルを使用せずとも高いダメージが出るようになったことも元々少ないイッチョウの隙を減らしていた。
そうして攻防を繰り広げていくうち、部屋は水流があちこちに網の目のように張り巡らされており、ボスサイドであるが故にそれの影響を受けないで向かってこれる魚群と光弾が絶えずイッチョウを攻撃してくるようになった。状況は悪くなるばかりだが、それでもイッチョウの集中力は切れることはない。
「もういっちょっ!」
イッチョウは攻撃の隙を突いて一気に水流の間をすり抜けるともう一度中央に陣取るボスを斬りに向かう。スキルは使わず隙のない動きで。徹底したその行動にボスは攻撃がうまく通らず、何度目か分からない深手を負う。
そうしてHPが半分を割った所で、再び距離を取ったイッチョウは次の行動を警戒する。ボスの攻撃パターンに変化が訪れるとするならここだからだ。
「・・・・・!」
イッチョウの予想通りボスの動きは変化した。光が集まり、新たな矛が実体化して二本になり、水流の中に光の塊が流れ始める。それにより水流の位置がはっきりしたものの喜ばしいことではないのをすぐに証明してくる。
光の塊はイッチョウが観察する中で突然水流を外れて飛び出してきたのだ。上体をそらすことで回避するが、それっきりでは無いようでまた別の水流の中へ入っていく。
「また嫌なことするね!」
流れる光の塊は不定期に射出されイッチョウを狙ってくるようだった。壁に設置された銃口から飛び出す光弾とは異なり、移動して様々な位置から攻撃してくる移動砲台である。それを避けるにはさらに神経をすり減さなければらないだろう。
ただ、イッチョウは強化方向が順当なものだったことに安心してもいた。
避けられれば、二本の武器をいなせれば、やることは何も変わらないのだ。そして、イッチョウにはそれができるという自信がある。イッチョウは再度水を蹴ってボスの方へと加速する。左右からは光弾、正面からは魚群、追加された分も合わせると針の穴を通すように隙間をくぐる必要がある。
「うん、もっとすごい弾幕知ってるよ」
イッチョウは誰にともなくそうこぼすと、一気に魚群の間を抜けていく。ボディコントロールには僅かなミスも許されないが、イッチョウにとって弾幕を避けるのはリアルである男からの模擬戦により、背後からの銃弾すら避けられるようになった今になって、正面からのものにぶつかるようなミスはしない。
イッチョウにとって、本来僅かなはずの隙間は確かに通ることができる安全なルートとして目に映っているのだ。
「何回やっても、同じだよ」
イッチョウはボスの懐に飛び込むと、素早くブレーキをかけて振るわれる二本の矛を僅か数センチの距離で回避し、水中であることを生かして立体的な動きでボスの胸を貫く。
弾幕で捉えられない相手を、二本になっただけの矛でどうにかできる道理はないのだ。
今のイッチョウには行かなければならない場所がある。達しなければならない強さがある。それによって限界まで引き上げられた集中力を生かしてなされる戦闘は今までのそれよりも遥かにどうしようもないものだ。
そのHPがなくなるまで、何度も何度も、ボスがするのと同じように標的へと真っ直ぐに向かっていく。より高い精度と殺傷力を持ってして。
「装備、スキル。置いていってよ」
光の雨のようになった弾幕の中を貫いて、青い影は変わらず真っ直ぐにボスへと到達すると、最後の一撃でその体を分かつのだった。