いよいよ明日がNWO初のイベントが始まる。プレイヤーの皆はそのための準備で忙しなく活動しているが、俺はイズの店に訪れていた。
「いらっしゃい。ハーデスがこの店に来るなんてどうしたの?」
「ちょいっとそのユニーク装備のスキルを活用してもらいたいことが出来てさ」
「何かしら?」
俺は工房と隔てている台にフェンリルの素材をインベントリから取り出すと、イズは目を軽く見開いた。
「フェ、フェンリルの毛皮と牙に尻尾、爪に牙・・・・・ちょ、これどうしたのよ!?こんなレア度と品質が高いアイテム!!」
「昨日の夜、ジズと戦う展開になった時にフェンリルの群れと遭遇してさ」
昨夜の経緯を教え、驚嘆の息を口から吐くイズに納得させた。
「なるほど・・・・・まさかこのゲームに幻獣種って言うモンスターがいるなんて初めて知ったわ。それで、このアイテムを使って私に何を作ってもらいたいの?」
「鷹になれる羽衣を何度か見せたよな。それと同じ効果があるアイテムに仕上げてもらいたい」
「新アイテムを作れるスキルを所有している私ならうってつけってことね。いいわ。ハーデスには色々とお礼しなくちゃいけないからね。無償で作ってみせるわ」
「ありがとう。一先ず素材は全部預けておく。失敗したら使い尽きるまで作ってくれ」
「任せて。明日まで完成して見せるわ」
明日か。
「明日・・・・・なんなら、一緒にイベント参加するか?」
「あらいいの?イッチョウちゃんと二人でするものだと思っていたわ」
「現地でバラバラで動くこともあるだろうから四六時中も一緒に活動するわけじゃないさ。無論、俺とイズもな」
「ああ、そういうことね。なら、お言葉に甘えて明日のイベントは一緒になりましょ」
約束を交わした後、店を後にする俺の足はそのままヘパーイストスの鍛冶屋に向けて歩いた。カウンターで番頭しているヘパーイストスの弟子のヴェルフに話しかけた。
「ヴェルフ。ヘパーイストスの方は?」
「まだまだ時間が掛かるらしい。何とか形を取り戻しつつあるが風化した装備を全部研ぐのにはかなりの時間が必要だ」
「そうか。じゃあ邪魔しちゃ悪いな。また来るよ」
「なんだ、てっきり素材を手に入れた話をしに来たんじゃないんだな」
この店に来るたびにそんな話ばかりだからか、俺に対する印象を口にするヴェルフへ首肯する。
「それもなくはないんだけどな」
「また何か持って来たのか?どんなのだ?」
「あー銀狼フェンリルの牙だ」
工房からギャリンッ!と黒板に爪を立てて鳴らすより酷い音が聞こえた次の瞬間。金槌を強く叩く音がこっちまで響いてくる。ヘパーイストスとヴェルフの師弟関係しか分からない暗号めいた何かだったのか、俺を呆れた目で「師匠の所に行け」と言い出した。
「今の会話のやり取りを聞いていたのかよ」
「師匠ほどの鍛冶師は武具や防具、素材の声が聞こえれば一流なんだとか。つまり耳もよくなきゃいけないらしい」
そんな師を持つヴェルフと鍛冶師をメインにプレイするイズ達は苦労しそうだなぁ、と思いつつ店の裏に回ってヘパーイストスに顔を出す。開口一番。
「見せろ」
「へい」
有無を言わさん鬼気迫る眼光の前に逆らうプレイヤーがいたとしたら、そいつは確実に蛮勇か勇者のどちらかだろう。俺はどちらでもなくお世話になっている身として素直にフェンリルの牙を取り出す。
「・・・こいつがフェンリルの牙か。見惚れるほどの美しくも危険すぎる鋭利な切れ味を感じさせる」
「研ぎ終わったらそれで双剣、もしくは対刃の武器を作って欲しいと思ってる」
「対刃・・・・・悪くねぇな。数は」
「それなりにある」
床にばら撒く二十数個のフェンリルの牙。それを見て力強く頷くヘパーイストスはこう言う。
「これだけありゃあ十分だ。全部こっちに預かっておくがいいな」
「余ったら駄賃として牙はそのまま譲るよ」
「返すお釣りの方がデカいわ!!お前、フェンリルの素材がどれだけ希少なのか分かっちゃいないな!?王国に献上すれば領地を貰えるほどだぞ!」
「牙一つだけで?」
「いんや、一頭分の銀色の毛皮だ。牙一本分だとミスリルの武器と防具一式の50個以上も値する。フェンリルの牙は何でも噛み砕き、引き裂く。それもミスリルやアダマンタイトなんざ石ころのようにな。だから大昔からフェンリルを見かけたら即討伐隊が結成して素材を手に入れようとするんだ王国は」
実際、そういうことは大昔にあったそうだが一度も手に入れたことが無い上に逆に返り討ち、討伐隊が1000人規模でも全滅されたこともあるらしい。
「故にユニーク装備の素材にも成り得るんだよ幻獣種の素材はよ」
「ユニーク装備の素材は全て幻獣種のもの?じゃあ三大天災のモンスター達もか」
「そうだ。だからお前が望んでいるステータスの装備品を現実のものにするには普通の素材じゃ絶対に届かねぇ。ミスリルは希少性が高い普通じゃない鉱石であるからな。イケると思ってミスリルの装備を作ったんだが結果はあの様だった」
インパクトが欠けていたのかな。イズだったらどうなんだろうか。・・・・・ユニーク装備。待てよ?
「もしかしなくてもあの鷹の羽衣って・・・・・」
「気付いたか。そうだ、元の素材は『鳥帝の羽』だ」
意外な真実に言葉を失いかけた。いやだって、フェンリルと別れた後に『鳥帝の羽』と『鳥帝の対翼』のドロップアイテムを見つけて今持っているんだぜ?というか、ジズって鷹なのか・・・・・?
鍛冶屋を後にして畑に戻りながら今日の予定を考える。
イベントは明日だからな。クママとリック、メリープのレベル上げをしておくか。その後は従魔ギルドのランクアップを頑張って上げるぞ!
そして徹夜してまで従魔ギルドのランクを7にした。その間の時間などあっという間にNWO初のイベントが行われる日になった。準備は万全。テイムモンス達のレベルは20台。途中、リックがLv20で進化することがわかったが進化はしなかった。出来ればオルト達と同じレベルで進化させてみたい欲求が芽生えてしまったからだ。そんなリックからは光る胡桃を与えたからか、オルトから貰った同じ物、従魔の心を貰えた。いい塩梅だ。従魔の宝珠とやらの作成も出来たし。
「うーん。この三週間でハーデス君のプレイが如何に凄まじいのか物語っているねぇ」
「ふふん、可愛さ&モフモフパラダイスだろう」
連れて来た従魔はオルト、ゆぐゆぐ、クママ、メリープ、ミーニィ。他はパーティ上限で残念だが連れて行けず、ヒムカ達と畑の世話をしてもらいたいからサイナも留守番組。ま、直ぐに呼ぶけどな。
「村に移動されたらまずは宿探しだな」
「具体的な理由は?」
「野宿したいか?」
「ははは、スピードダッシュよりも堅実に地盤から固めようとしているんだね」
理解してくれて何よりだ。順位はどうでもいいから腰を落ち着かせる場所を見つけてから散策しても遅くはないだろう。
「ハーデスー」
俺を呼ぶ声と一緒に歩み寄ってくる女性プレイヤーのイズ。おはよう、と意味でハイタッチする。
「イッチョウちゃんもおはよう」
「おはようございまーす。イベントではお互い頑張りましょうね」
「私にできる事があるのか分からないけれど、楽しむわ。ハーデス、頼まれていた物を完成で来たわよ」
「お、マジか!」
今までの作品を凌駕する渾身のアイテムよ!と自慢げに語る彼女がインベントリから取り出したそれは、朝日の光に照らされて輝くフード付きの銀色のローブ。
『銀狼のローブ』
レア度:9 品質:★9
纏えば生前のフェンリルの魂が宿って使用者を『フェンリル』と化する。
彼の幻獣種に認められた証でもあり、その爪と牙は何物にも刻むことが出来る。
いやだ、何か格好いいじゃない・・・・・!!
「レア度と品質もどっちも9って凄いよん」
「それだけが残念でならないのよ。まだまだスキルの熟練度が足りなかったからでしょうね。でも、現状最高傑作だから私自身も嬉しいことなのよ」
俺にローブと使い残ったフェンリルの素材を譲渡してくるイズから受け取った。
「ていうか、何時の間にフェンリルと出会ったのハーデス君。強かったの?」
「真の力を発揮したジズの前じゃ一方的にやられていたが、力と敏捷が特化したモンスターなのは確かだ」
「ジズの本気って?」
「雷雲を発生させて超広範囲による稲妻攻撃。VITとAGIが高くないと即死級の攻撃だった」
うわ、きっつ・・・と若干顔を顰めるイッチョウ。
「そろそろ二人もパーティ組んで俺とチームを組もう」
「あ、そうね。それじゃイッチョウちゃんよろしくね」
「よろしくー!」
尚、俺達がいるのは俺の畑の前である。その後、畑仕事を全て済ませて待っていた俺達は、12時ちょうどに無事転送させられていた。イベントが終了して戻ってくるのは明日の12時。帰ってきてから畑仕事をしても問題ないだろう。心置きなくイベントに参加できるな。
「村か」
「初めてのイベントの場所にしてはのどかそうな場所ね」
「私達も全員同じ場所に転送されたようでよかったわ」
どうやら村の広場のような所に転送させられたらしいな。周囲には俺達と同じようにイベントに参加したプレイヤーたちがひしめいている。
「みんないるな? 点呼!」
「ム!」
「――!」
「キュイ!」
「クマ!」
「メェ!」
オルトから順番に返事をして、鳴くメリープ以外は手を上げる。よしよし、モンス達も問題なく付いてきているな。おっと、周囲のプレイヤーにメッチャ見られてるな。ちょっとはしゃぎ過ぎたか。俺はみんなを連れて宿探しに早速移動開始した。
ピッポーン
運営からメールだ。
『イベントにご参加いただき、ありがとうございます。今回のイベントに関する詳しい内容をご説明いたします』
運営メールを要約すると、こんな感じである。
まず、俺たちは29番サーバーに割り当てられた。そして、イベント中に様々な行動を取ることでポイントが獲得でき、最終的に同一サーバーのプレイヤーの獲得ポイントを集計し、他サーバーとそのポイントで競うそうだ。また、個人のポイントでもランクが付けられ、これはサーバー内で競われる。
嫌らしい設定だよな。一致団結しなきゃ他サーバーには勝てないが、個人でもポイントを稼がなくてはいけない。だが、ライバルの足を引っ張り過ぎたら、サーバー戦では負けてしまうかもしれない。
最初から個人ランク狙いで行くのか、協力してサーバー戦での勝利を狙うのか。プレイヤー間での意識の違いは、色々な争いの火種にもなるだろう。
メールを読み終えた後、どうするか考えていたら早速広場から出て行くプレイヤーたちがいた。抜け駆けしたい者、ソロプレイで楽しみたい者、好奇心が強い者、そんな行動力溢れるプレイヤーたちだろう。
それとは別に、何か広場の中央で大声を上げ始めた男がいるな。もしかして、指揮をしようとしているのか?どんなことを話し出すのか興味はある。ちょっと止まって話だけ聞いておこうか。
その紫の髪をした男性が話し始めると、結構な数のプレイヤーが周りに集まっており、結構有名なプレイヤーなのだと知れた。
「ちょっと聞いてくれ! 僕はジークフリード! さすらいの騎士だ!」
騎士プレイか。まあ、この世界観には合ってるよな。芝居がかった言動に周りの奴が何も言わないところを見ると、結構有名みたいだな。でも、ジークフリードか。龍殺しの名に負けないプレイをしないことを細やかに願うぜ。
「知らない人にも、紫髪の冒険者と言えば分かってもらえるだろうか?」
紫髪・・・・・?
「あ、聞いた覚えがある。確かNWOが開始されて一週間後に色付きの称号を取得した一人だったわ」
「あー、確かに。ここにも『白銀の先駆者』がいたね」
「紫髪の冒険者・・・俺も今思い出した」
ジークフリードの話は、思ってたよりもまともな内容だった。彼自身は個人ランクよりも、サーバー戦の方が興味がある。なので、自分と同じ考えの人は、積極的に協力し合おう。
そうじゃなくても、できるだけ足の引っ張り合いは止めて、新たに得た情報は開示し合おう。
彼の要請はそんなところだった。情報を開示し合うという話になった時点で、馬鹿にした顔で広場を出て行く奴らもいたが、結構な数のプレイヤーが彼に協力する気になったと思う。
俺もそうだ。何か有益な情報をゲットできたら、隠さず広めようかな~程度にはジークフリードに好感を抱いた。
それと、個人プレイを咎めるつもりはないので、興味が無ければ協力を拒否してもらっても構わないというのも良いね。
ジークフリードの言葉に賛同した中には有名な生産者や有名パーティのリーダーをしている人物もいたらしく、その3名が中心となって今後の事を話している。
とは言え、さすがのあの輪の中に入って意見を出す気もない。とりあえずは目下の目的を果たしつつ、彼らに協力できることがあれば協力する。そんなスタンスで行きますかね。
「移動するぞ」
この村に滞在するのは1週間だが、リアルでは6時間しか経過しない。なので、イベント中はログアウトしなくとも良い。ログアウトすることはできるが、一度ログアウトしてしまうとイベントへの復帰が出来ないのだ。
ただ、1日で最低でも6時間は睡眠を取らなくてはいけないらしく、ベッドなどで横になって眠らないといけなかった。
「とりあえず寝床を決めないとな」
「ムッムー」
「最初に宿を探すの?」
「いや、宿で寝泊まりは不可能だ」
イズは不思議そうに小首を傾げた。イッチョウは考える仕草をするが先に言わせてもらう。
「この場に何百人のプレイヤーがいるのかはわからないが、軽く見回したけど始まりの町ほど大きくはない。イズ、俺達がこの村に来た理由は覚えてるか?」
「えっと、『多くの冒険者や傭兵、生産者が武術大会開催期間は始まりの町に集まってくる。だが、そのせいで近隣の村では働き手が減ってしまい、様々な仕事が滞ってしまう。武術大会に参加しない旅人たちよ。村々を助けるために、手を貸してほしい』だったわね」
「そう。一見生産職向けに見えるが見知らぬこのイベントは、イベント専用の土地で俺達プレイヤー全員が寝泊まりできる宿があるとは考えにくい。一日一回は必ず寝なきゃいけない設定されている以上は、ある種サバイバル生活と変わらんことをしなくちゃいけない。最悪、セーフティーゾーンで睡眠を取るプレイヤーの缶詰め状態を体験する羽目になるぞ。ログアウトしてリアルで寝るわけじゃないんだからな」
うわ、と女性にとってあまりしたくない睡眠方法を想像したようで嫌そうに顔を顰めた。
「集まり過ぎるのも問題ってことなんだね」
「集団行動以前に集団による弊害があることを気付かないでいたら・・・・・」
「まだ確証はないが、可能性はある俺は先に寝床を確保するけど二人はどうする?解散するか?」
聞いた途端に人の肩を掴む二人に歩みを停められた。首だけ後ろに向けるとイイ笑顔を浮かべていた二人の顔が視界に入った。
「ハーデス、私達も仲間に入れて欲しいなー?」
「うんうん、仲間思いのハーデス君ならこんな美少女達を放っておかないよね?」
「元から美少女美女なのは知っているからわざわざ言わなくてもいいぞイッチョウ」
ステイ、ステイと二人を落ち着かせて口を開こうとした時だった。
「興味深い話だね。その続きを俺達にも聞かせて欲しい」
とある四人パーティのプレイヤー達が近づいてきた。装備の見た目で言うと、剣士と斧使い、魔法使い、黒髪黒目で褐色肌の男は・・・・・アサシンか?
「盗み聞きか?」
「そのつもりはないが、俺達も寝泊まりする場所を探すところだったんだ。丁度その話をしていた君の声が聞こえてね」
「ああ、そう。一先ず俺の名前は言わなくても把握しているだろうけど白銀の先駆者、死神ハーデスだ」
「俺はペインだ。これでも攻略組として前線で戦っていたよ」
これは珍しい、てっきり武術大会の方に選んでもおかしくないプレイヤーだ。
「大会の方に行かなかったんだ?」
「まだ行ったことが無い精霊の街に行くために属性結晶が必要だったからね。まぁ、その必要がなかったことを知った時は苦笑いしたけどね」
獣人族の里か。間が悪かったとしか言えないな。
「それで先ほどの話の続きなんだが俺達にも共有してもらえないかな?情報料を必要ならば払うが」
「んー、誰でも思いつくことなんだがな。情報料はいらんよ。ぶっちゃけNPCに話しかけて宿泊をさせてもらえないか交渉するだけの事なんだし」
「「あっ」」
「なるほど・・・・・白銀の先駆者の名に相応しい思考能力を持っているんだね。仮にNPCと交渉してもダメだった場合は?」
「他のNPCと交渉し続ける。まぁ、全部駄目だった場合は他のプレイヤーと缶詰め状態で一夜明かすしかないだろう」
「え、どういうことなの?」
名前の知らない金髪赤目の少女?のプレイヤーが疑問をぶつけて来た。
「村にセーフティーゾーンがあってそこでしか寝れないなら他のプレイヤー達も利用するしかないだろ?何百人もだ」
「うわ、それは嫌だな」
「同感だ。おいペイン、教えてもらったんだからさっさと寝床を確保しようぜ」
アサシン風のプレイヤーの発言にペインを催促する斧使い。
「そうしよう。ハーデス、情報提供感謝するよ」
「どう致しまして。フレンド登録でもするか?」
「有名なプレイヤーとのフレンドは願ってもないよ」
出会ったばかりのパーティのペイン、ドレッド、ドラグ、フレデリカとフレンド登録をし終え、彼の一行と別れ改めて歩き出そうとした矢先だった。オルトが急に大通りを逸れて、脇道に入っていってしまった。
「おいおい、オルト!急にどうした!」
「ムッムム!」
トタタタと駆けるオルトの後を慌てて追いかける。そうやってしばらく追いかけっこをしていると、オルトが急に飛び上がった。ピョンとジャンプしたオルトは、そのまま前方にあった木の壁にしがみ付く。どうやら壁の向こう側が気になっているらしい。
「ん?畑か」
そこは野菜が植えられた畑だった。ヒョロッとしたお爺さんが独りで水やりをしていた。両端に木桶を吊るした重そうな天秤棒を担ぎながら、フラフラと歩いている。なんか危なっかしいなってああ、転んだ。せっかく汲んできた水をぶちまけてしまった。
「お爺さーん、大丈夫ですか?」
俺は声をかけた。だって、さすがに放っておけないだろ?
「おお? 旅人さんかい? 大丈夫大丈夫。ちょいと転んだだけだから」
そう言って立ち上がるお爺さんは、なんかプルプル震えていて、とても大丈夫そうには見えない。
これは仕方ないよな?
「俺たちで良ければお手伝いしましょうか?」
「いやいや、旅人さんのお手を煩わせるわけには」
「畑仕事も慣れてますし、気にしないでください」
「そうかい? じゃあ、ちょっとだけお願いしてもいいかね~?」
「任せてください」
ふふふ・・・・・これは寝床確保のチャンスかもしれないな!
「え、まさかもう・・・・・?」
「もしもそうだったら、私はハーデスについて行くわ」
そんなこんなで畑の中に入らせてもらいお爺さんの手伝いをする事となった。
「どこまで水を撒けばいい?」
「あっこから、あっこまでだねー」
あっこからあっこって、結構広いなおい。俺の畑で言えば4面はあるな。肝心の井戸はどこにも見あたらない。
「水はどこから汲んできてるんですか?」
「ちょっと離れたところにあるため池だよ」
ゆっくり歩くお爺さんの後について、ため池に向かう。結構しっかりとした足取りだ。農作業はきつそうだけど、普通に生活する分には問題なさそうだった。
「いつもは息子に畑仕事を任せてるんだけどね~。武術大会を見に、始まりの町に行っておってね。その間だけ、ワシが畑の面倒を見てるんだよ」
「それは大変ですねー」
「まあ、水を撒くだけで良いと言われとるから、そんな難しくはないよー。本当は草むしりとかもした方が良いんじゃけど、この老体にはむりだからね~」
お爺さんに案内されたため池は、想像以上に大きかった。25メートルプールくらいはありそうだ。
周辺は草ぼうぼうで、田舎によくあるいわゆるため池だった。そこに桶を沈めて水を汲んでいく。
天秤棒を担ぐと、しっかりとした足取りで運び歩く。オルトもやりたいのかお爺さんの服を掴んで強請る。その様子にお爺さんに向かって尋ねた。
「オルト、クママやゆぐゆぐも行けるか? お爺さん、天秤棒ってあれしかないんですか?」
「いんや、納屋を漁ればまだいくつかあると思うぞ?」
ということで、俺たちはお爺さんの家で桶と天秤棒を借りることにした。イッチョウとイズも手伝い始める。オルト達にお爺さんの家に案内してもらう。畑からちょっと離れた場所なんだが、結構大きい家だ。
「以前は2人の息子夫婦と住んでいたんじゃがね。上の息子夫婦は始まりの町にいっておるし、下の息子夫婦は独立したんじゃよ」
奥さんはもう亡くなっているらしい。部屋に遺影のような絵が置いてあった。
「さて、納屋はこっちじゃ」
農具が沢山置かれた納屋に案内してもらう。様々な農具をどかしながら中を漁り、2つの天秤棒を発見できた。木桶もたくさんある。これで水撒きも捗るだろう。
「オルト達はどうだ?」
ゆぐゆぐは育樹スキル、クママは栽培と養蜂だけだ。もし天秤棒を使うのに農業スキルが影響してくるんだと、上手く行かないかも知れない。だが、余計な心配だったようだ。クママもゆぐゆぐも問題なく天秤棒を担いで、水を運べている。オルトも木桶を1つ使って水を運び。女性であるイッチョウとイズも皆で畑とため池を往復し、水を撒いていく。結構な重労働だな。井戸の有り難さがよく分かるぜ。
「終わった~」
1時間ほどで水撒きと雑草抜きを終え、俺たちはお爺さんの家でお茶をご馳走になっていた。
なんとハーブティーだ。この村じゃ当たり前に飲まれているらしい。わざわざ掲示板に上げなくても、イベント後には製法が広まってるかもしれないな。
「いやー、助かったよ」
「いえ、大したことはしてませんから」
「ありがとうねー」
頭を下げてくれるお爺さん。そうだ、どうせだから聞いちゃおうかな。それがお礼代わりってことで。
「この村って、宿屋有りますか?」
「宿屋? あるぞい。小さいのが1軒だけだが」
「え・・・1軒だけ?」
「観光客なんぞこないからねぇ。5部屋くらいの宿が1つだけあるだけじゃ」
ああ、やっぱりな・・・・・プレイヤー数に全然足りてなさすぎる。イッチョウとイズが俺を崇めるような目で見てくるのはなんでだろうか。
「因みに聞くけど、他に宿泊できる場所とかは・・・・・」
「ふむ。雑貨屋でテントが売ってると思うぞい? それを使えば広場で寝泊まりできると思うが」
「ちなみにテントってお幾らか分かります?」
「なんじゃ? お前さんらこの村に滞在する気なのかい?」
「ええ、1週間ほど」
「じゃあ、わしの家に泊まればええ。畑を手伝ってもらえれば、ワシも助かるしの」
―――ミッション・コンプリートォッ!!!
イッチョウとイズから俺に対して手を組んで感謝を込めて祈り出す始末だった。なにより畑仕事は1時間くらいで終わるし。テントよりもベッドに寝れるならその方が良いもんな。
「部屋は空いとるし、どうじゃね?」
「うちの子たちも平気ですか?」
これは重要だ。メリープやクママ、ミーニィは納屋でという話だったらお断りしなければならない。
「勿論じゃ。ベッドも好きに使ってええぞ」
良かった。普通に泊めてくれるらしい。しかもベッドまで使わせてくれるとは、有り難いね。
「じゃあ、お言葉に甘えます」
「ほっほっほ。わしも賑やかな方が嬉しいでな。よろしくたのむよ。部屋に案内しようかね」
お爺さんに案内されたのは、ベッドが6つ置かれた部屋だった。
「ここを好きに使ってくれて構わん」
「良い部屋ですね」
ベッドなんか、フカフカで寝心地が良さそうだし、他の家具類も落ち着いた色合いの上品な物が揃っている。試しにベッドに腰かけてみると、羽毛布団のような柔らかい感触だ。これは気持ちいい。そして、何やらウィンドウが浮かび上がったな。どうやら、ベッドで何時間寝るか設定できるらしい。普通だったら寝具などで寝たらログアウトになるけど、イベント中は設定した時間が自動で経過した扱いになるらしい。これは便利だ。
「元々は下の息子夫婦が使っていた部屋だが、家具なんかはそのままにしてあるでの」
「ありがとうございます」
「夕食まで少し時間があるが、どうするかね?」
「え? 食事まで出していただけるんですか?」
「わしから招いたんじゃから、お客人の食事を用意するのはあたりまえじゃろう?」
それは嬉しいな。ゲームの中でまだ食べたことのない料理が食べれるかもしれない。ただ、1つ言っておかないとな。
「あ、でもうちのモンス達の食事はこちらで用意するので」
「そうかね? まあ、モンスターは人とは違う物を食べるんじゃろうし、それは当然なのかのう?」
「そうなんですよ」
「分かった。では、旅人さんの分だけ用意しておくでの」
「ハーデスと呼んでください」
「わしはカイエンじゃ、よろしくのハーデス」
お爺さんが一階に降りて行ったのを見送った後、二人から物凄く感謝された。
「ハーデス、凄く運がいいんじゃない!これで野宿せずにすんだわ!」
「いやー、やっぱりハーデス君について行くと事が何でもいい方向に進むねー」
「感謝するならオルトもしてくれ。お礼ならハチミツアップルジュースを作って上げて」
後日そうすると二人は頷いたところで俺はペインにフレンドコールをした。
「ペイン、そっちはどうだ?」
「交渉したが断られて別のNPCに話しかけるつもりだ」
「こっちはノームのオルトのおかげで寝泊まり確保で来たぞ。ベッドが六つもある」
「・・・・・最悪、俺達もそこで寝泊まりさせてくれないかな」
「畑仕事を手伝ってくれるなら交渉に応じよう。とにかく頑張れ」
ペインとのコールを閉じるとイッチョウが指で肩を突っついてきた。
「そんなこと言っても大丈夫なの?明らかにベッドの数が足りてないよ」
「ふっふっふ・・・・・俺にはこの時のことを考慮してあるアイテムを用意していたんだよ」
心配はご無用!と豪快にインベントリからあるアイテムを取り出した。
「じゃじゃーん!メリープの羊毛を素材に裁縫ギルドに頼んで作成してもらった布団だ!」
金羊毛布団
レア度:5 品質:★7
効果:セーフティーゾーンの中で使用すると最大12時間睡眠ができる
「うわぉ、これはまた寝心地がよさそうなものを用意したのね」
「定期的にうちのメリープの羊毛を裁縫ギルドに渡して頑張ってもらったんだ。メリープの羊毛、というか羊毛自体はまだ市場に出回っていないから裁縫ギルドのプレイヤー達にとって垂涎の逸品らしい。納品してくれるなら最優先で羊毛を素材とするアイテムを作ってあげるとか言われた」
「羊毛って毛糸の材料になるし、私もちょっと欲しいかも」
しかもイッチョウとイズの分もあるから床に敷いて寝る分は問題ないと詳細を付け加えた。
「さて、寝床の心配はなくなったことだし改めてイベントを楽しむ姿勢に入るとしようか」
「じゃあこのまま解散ってことでいいかな?パーティとチームの解散はしないままで」
「そうだな。情報収集とか連絡もし合ったりしよう。このイベント、ただ村人を手助けするだけで終わるとは限らないからな」
「どんな感じになるのかしら?予想できるのハーデス」
「まだ何とも断言はできない。少なくとも数日は経たないと分からないままだと思う。今は個人でもサーバーでも貢献度を高めるかNPCに話しかけて交流を深めるか、各々自由に過ごす他ないな」
と、話した後に俺達は個々に動いて村の中を散策するのであった。その前にお爺さんを捕まえてもしかすると旅人の人達が四人増えるかもしれないと伝えると、快く受け入れてくれた。お爺さん、仏さんですか?
「いってらっしゃい」
カイエンさんに見送られ、家を出る。
木造の家屋に、舗装されていない剥き出しの地面。通路の左右には畑や牧草地が広がり、本当に長閑な田舎の村と言う雰囲気である。
「どっかに雑貨屋とかないか? みんなも探してくれよ?」
「ム!」
「キュイ!」
「クマ!」
「――♪」
「メェー!」
皆が俺の言葉にビシッと敬礼する。スキップしながら、本当に楽しそうだ。
オルトとクママが俺と手を繋ぎ、ゆぐゆぐとメリープは後ろからついてくる。ミーニィは俺の頭に乗っていた。
イベント中は皆と一緒にいる時間を増やせそうだな。それだけでもイベントに参加した甲斐があったというものだ。
「ムム!」
「お、雑貨屋発見したか?」
「ムー!」
「クマー!」
オルトたちが俺の手をグイグイ引いて案内したのは、一軒の小さい商店だった。外観がほとんど普通の民家だ。自分だけで探していたら見逃していたかもしれない。
入り口の扉を開けて中に入ると、こじんまりとした雑貨屋だった。野菜や農具、武具まで置いてある。
「いらっしゃい」
店番は気難しそうな顔をした、痩せ型猫背のおばあさんだった。あれだ、ステラおばさんと正反対の印象? ウダウダしてる客に「邪魔だからさっさと買って帰れ!」とか言っちゃいそうなタイプだ。
「種や苗木を見せてもらえます?」
「こっちだね」
良かった。ぶっきらぼうだけど、普通に対応してくれた。
でも、売っている物に目新しい商品はないな。薬草や毒草、青どんぐりなどの苗木。あとはバジルルなどのハーブ類だ。
もしかしたら始まりの町じゃ売ってないアイテムが手に入ると思ったんだけどな……。
ただ、野菜には見たことのない品種が幾つか並んでいた。NPCショップの商品なので株分はできないが、とりあえずいくつか買ってみよう。料理に使えるかもしれないし。
白トマトと群青ナスを5つずつ購入した。ゲームの中でトマトとナスは初めて見たな。色々な方法で食べられそうだ。
さて、他の店を探すか。あと、ギルドの場所を聞いてみようかな。他の店が無いかと尋ねるのは言外に、この店じゃ品揃えが悪いって言っているようで聞きづらい。
ただ、ギルドの場所なら教えてくれるんじゃなかろうか? 一応商品も買ったし。
「あの、この村って、ギルドありますかね?」
「ギルド?」
「ええ、農業ギルドか獣魔ギルドがあったら嬉しいんですけど」
「ふん、こんな小さな村にそんな何種類もギルドがあるわけないじゃないか。小さい冒険者ギルドがあるだけだよ」
でも冒険者ギルドはあるのか。依頼はそこで受けられるんだろうな。
場所を教えてもらうと、最初に転移してきた広場に面しているようだ。村を一通り巡った後に寄ってみよう。
俺たちはおばあさんに礼を言って、再び探索に戻った。他のお店を探しつつ、時おり出会う村人さんたちに挨拶しながら歩く。まあ、半分は散歩みたいなもんだ。
始まりの町の洋風な街並みとも違う、長閑な村を従魔たちと歩くのは落ち着けるね。
1時間ほど歩いて、半分は地図が埋まったかな? そして、ようやく新しい商店を発見できた。
「こんにちは~」
「らっしゃい!」
「ここは果物屋さんですか?」
お店には見たことのある緑桃や青どんぐりに加え、見たことのない紫柿という果物が並んでいる。
オルトやクママの食事はここで買えば問題なさそうだ。良かった。しばらくはハチミツ団子にしなくちゃいけないかと思ってたんだ。
「おう! とれたて新鮮な果物だ! しばらく入荷は見込めないから、今が買い時だよ! 今ある分が売れたらしばらくは店じまいだからな!」
「え? しばらく入荷が無いって、どれくらいですか?」
このお店で果物を買おうと思ってたのに! 今買い占めたとしても、桃と柿は2つずつしか残ってない。1週間分には足りないのだ。
「1週間だな。うちは親父が果樹園を世話してて、そこで採れた果物を売ってるんだが、始まりの町に行っちまってな! 帰ってくるまでは新しい果物が採取できねえんだ」
この店員のお兄さんは、育樹を持っていないのか。お父さんが育てて、この人が売るという分担らしい。
「ん。待てよ・・・・・」
ちょっと思いついてしまったぞ。
NPCの店で売っているアイテムは株分できない。この紫柿も当然株分の対象外だ。だが、NPCの畑で栽培された物は? それを俺が直接もいだりしたら? もしかしたら株分できたりはしないだろうか?
「あの、俺の従魔は育樹のスキルを持っているんですが、果樹園の面倒を見ましょうか?」
さて、どうだろう。初対面の俺がこんなことを言って、信用してもらえるかどうか……。だが、お兄さんの回答はあっさりとしたものだった。
「なに? 本当か? それはありがたい!」
「いえいえ、お困りのようだったんで」
「謝礼はどうするか・・・・・」
「あ、だったら収穫した果物を少し分けてもらえませんか?」
「そんなことでいいのか?」
「はい」
「だったら、採れた果物を日に4個、好きな組み合わせで持っていってくれ」
ほほう。日に4個ね。紫柿は買えば1つ300G。それを毎日4つ貰えるというのは結構嬉しいぞ。たとえ株分できなかったとしても、珍しい果物を入手できるのは悪くないし。
「分かりました。畑の場所はどこですか?」
「今教えるからちょっと待っててくれ」
お兄さんがマップに畑の場所をマークしてくれた。なんとカイエンお爺さんの畑のすぐそばだ。あの辺は畑が密集している区画だし、そういうこともあるか。
「畑には収穫物を入れておくアイテムボックスがあるから、収穫した果物はその中に入れておいてくれ」
「わかりました」
わざわざここまで納品に来なくてよいのは楽でいいな。持ってくるとなると結構離れてるしな。
「じゃあ、そろそろ行きますね」
「おう。明日からよろしくな!」