「・・・・・」
「・・・・・」
「「「「・・・・・」」」」
女堕天使になった俺に抱き着いたまま離れようとしないイカル。昨日の夜からずっとこの調子だ。風呂に入る時も寝る時もべったりだ。
「セレーネ、何がどうなった?」
「ええっと・・・・・」
イカルと一緒だったセレーネは凄く言い辛そうに口を濁す。彼女の目を注意深く見つめるとチラッと一瞬だけ誰かに視線を向けたのを見逃さず、その向けられた先にいた女性、イッチョウがいて・・・・・俺と目が合うと硬い笑みで乾いた声で笑う。
「説明してくれるな」
「ハイ」
潔く白状するしかないイッチョウから眠っていたイカルを嘘で起こして窮地を脱する話を聞かされた。
「・・・・・イッチョウ」
「ハイ」
「イベントが終わってもイカルに許して貰えなかったら、誠心誠意の行動で謝罪しろ。私からはそれだけだ」
「わかりました」
しょうがない部分はあるが言葉を選ぶべきだったな。イカルの頭を撫でながら短く息を吐いた。
「ハーデス、イッチョウだけが悪いわけじゃないからよ・・・」
イッチョウと組んでいるペイン一行、ドレッドがフォローに入る。
「わかってる。状況が状況だったから仕方なかったんだろ。ただ言い方が悪かっただけだ。私がゲームからいなくなるのは仕事以外だけだイカル」
「・・・・・」
「嘘を言ったイッチョウが許せないならそれでいい。だけど、今は協力し合わないとどうしようもないイベントだ。私がいなかった時、私の代わりにイカルだけが頼りだったからなペイン達は」
「・・・・・」
見下ろす視界いっぱいに金髪が映る。その髪を伸ばす頭に触れていた手を背中に移してポンポンと触れる。
「だからありがとう。嘘であっても私を助けようとしながらみんなを守ってくれてありがとう。頼りになるよイカル」
「・・・・・」
優しい声で語り、心から礼を言う。今日はイカルの心が落ち着くまでこの状態かなーと考えつつ金髪がゆっくりと動いてイカルの両目が俺の目と見合った。
「・・・・・」
俺から視線を外してイッチョウの方へ向き、ジトーとイカルの目が据わった。
「・・・・・お姉ちゃんの嘘、もう言わないでください」
「うん、絶対に言わないよん。ごめんねイカルちゃん」
「・・・・・まだ許しません。反省してください」
「・・・・・!?」
ここで許される雰囲気だったのに、まだ怒りんぼモードが続くイカルはすぐに俺の胸に顔を埋めてコアラのようにしがみつく。これにはイッチョウ以外の俺達は失笑してしまう。
「ま、一歩前進だなイッチョウ」
「私達も同罪みたいなものだし、許して貰うまで頑張ろ?」
「そうだね。このイベントを成功させないとイカルがますます許して貰えないだろう」
「そいつは大変だ。そう言うことなら人一倍頑張らないとな」
「ううう・・・・・イカルちゃん許してぇ~」
小さい子供にしてやられたなイッチョウ。
「最後にセレーネ」
「な、なに・・・・・?」
びくっと肩を震わせるセレーネ。何を言われるか不安な色を顔に浮かべて、イズはセレーネと俺を交互に見ながら何時でも間に入る気持ちでいる様子を窺わせる。
「イカルは自分のペースがわからない子供だ。セレーネは大人だからストッパーとして気力と体力が無くなる前に止めてほしい。頼めるか?」
「うん、私もそうするべきだったね。次があれば気を付けるよ」
「ああ、よろしくセレーネ」
それだけ言いたかったので、これ以上とやかく言うつもりはさらさらない。イズが安堵で胸を撫で下ろし何時も通りの声音で場を仕切った。
「じゃあもうイカルちゃんの件はお仕舞いにして、最後の活動をしましょう?」
「そうするか・・・・・参考にだがハーデス。明日はどんな戦いが待っていると思う?」
「今までのイベントの経験上で言うならば、アンドラスって鳥と戦ったイベントのようになるんじゃないか」
「アンドラス・・・・・ああ、あの巨大鳥か。三匹の動物もいるわけだし、外に出て三匹を全部倒すまで戦いが終わらない感じか」
「しかもその上、餓鬼と悪霊に敵プレイヤーまでいるんだから、かつてないほどの難易度の高い防衛戦になるね」
「仮に犬と雉と猿がボスモンスターとして出てくるなら、誰が戦うかなんだけど・・・・・」
必然的に俺とイカルとメイプルになるな。だが・・・・・。
「今なら空に届くだろうペイン?」
「ああ、問題ないよ」
「なら決まりだ。私は雑魚を相手にする。ペイン達は雉、イカルとメイプルは犬、【蒼龍の聖剣】は猿の撃破、もしくは足止めだ。パーティもチームも組めない状態となるはずだから従魔達と戦いに行かせてもらう。異論はないか?」
見回すと誰も異を唱えなかった。が、フレデリカが挙手した。
「従魔と言えばさ、ハーデスは何時あんなクジラをテイムしたわけ?」
「テイムというより未分化の力の現象が発生したんだ。再チャレンジをしに向かった異界でな」
「異界? 新大陸?」
「いや、異世界のようなエリアだ。覚えていないか? レベル100以上のプレイヤーしか入れないエリアが解放されたとワールドアナウンスが流れたはずだが」
「「「「・・・・・」」」」
だいぶ前のことなので思い出すのに時間がどれだけ掛けてもイカルとメイプル、雛菊は知らないから無理もないがイッチョウ達は思い出せないでいる。
「全然記憶にないんだけど。そんな場所本当にあるの?」
「ベヒモス、ジズ、リヴァイアサン並みの巨体と強さのモンスターが水晶蠍の如く群れて襲い掛かってくるぞ。倒せばユニーク装備を落とすモンスターばかりだ」
「それ、俺達でも倒せないだろ。一体だけならなんとかいけるだろうがよ」
「ハーデス。このイベントが終わったら案内してくれ」
「ペインは行く気満々のようだぜドラグ」
そういうと思ったよお前ならペイン。喜んで案内してやろうじゃないか。そして絶望しやがれ。
「ということは、クジラと人型の虫・・・・・他にも新しくテイムしたモンスターがいるの?」
「獣と怪獣もテイムした。いつか見られるだろうから気にしないでいいからそろそろ私達も動くぞ」
立ち上がる俺からようやく離れるイカル。それでも俺から離れようとしない辺り、もう俺に対する依存が高いことを示す少女が、思春期&反抗期になったら俺から離れるだろうその寂しさに悲しくなってきそうだ。
「そうだね。明日が最後だから何か変化があるかも」
「昨日一日はずっと外にいてNPCのクエストができなかったから気になるわ」
ということで、ペイン達と別れて一日ぶりにクエストをすると・・・・・。
「おや魔王達。昨日は世話になった。そのお礼にこれを持って行きな」
「女衆達から話は聞いた。集落の女衆を守ってくれて感謝するお前達」
「助けてもらった礼だ。受け取れ」
「明日は大激戦となるだろう。お前達の役に立ってもらえば幸いだ」
「昨日はありがとうね~」
―――クエストを受注するどころか逆に感謝の言葉、お礼の品々を受け取るばかりで、クエストをしたいと言っても「今日は頼むことがないから手伝わなくていい」と言われてしまう。
「・・・・・なんだこれ」
「どうなってるのかしらね」
「お礼品がたくさんなのです」
「いっぱい貰っちゃいましたね」
「昨日のことで感謝しているってことは、鬼人達の貢献度が凄く高くなったってことかな」
「好感度か・・・・・セレーネの推測が正しいかも」
最後に訪れた団子屋でもおもてなしを施されて、提供された団子と茶を飲食した後もらった品々を物色していると、セレーネとサリーの話を聞き今回のイベントの攻略方法を模索する。
「鬼人族の好感度と貢献度を高めるにはより難題なクエストをこなす必要があるって事かもな」
「お使いとお手伝いをしてもダメなんですか?」
「無駄ではないだろうが、鬼人達にとって俺達を便利な冒険者としか認識していなかったかもしれない。貢献度も雀の涙程度だったりとか」
「じゃあ、もっと効率的に好感度と貢献度を高めたいなら・・・・・」
「餓鬼と悪霊、外にいるボスなどの戦闘の成績が一番なんだと感じる。昨日の戦闘の一件でここまで贈り物をするようになったんだからあながち間違いじゃないだろ」
「まさに鬼らしくわかりやすいね。実力で示せって」
桃太郎の話でも武力で鬼ヶ島の鬼達を成敗したからな。となれば明日も戦闘があるわけで、勝敗次第で鬼人達の態度と接し方が変わるわけだ。ということは今日は明日に備えての小休止だったりするのかね。
「待ちな、これも持って行きな。滅多に出さないウチの秘伝の団子だよ。これを食って明日も頑張りな」
店主にごちそうさまでした、と一言送ると店の奥から制止の声を掛けられて、お盆に乗せた袋を持って来た店主から渡された。またお礼か、今度はなんだ・・・・・。
名称:鬼備団子
効果:店主秘伝の団子。使用すれば一時的にHPとMPを含めたステータスが+1000。また芳醇で濃厚な香りを放つ団子をプレイヤーのレベルから50以下のモンスターに使用すればテイム可能となる
「「「「「「・・・・・」」」」」」
・・・・・なるほど、なるほど? これを手に入れる伏線のイベントだったりするのかな? 袋の中にある団子の数はたったの三つだけだが、俺達の分を合わせると18個。
「ペイン達も貰えると思うか?」
「ここに来てもらって確かめてもらおうよ」
「レシピが欲しいわねー。一体どんな材料で作られているのかしら」
そんな俺達の経緯をペイン達に伝えると、大勢のプレイヤーが鬼備団子を貰いに押し掛けて来るのが目に見えるので、一時間ごとにグループ作ってから来るように釘を刺した。
「手に入ったー! これが鬼備団子かぁー!」
「プレイヤーのレベルから50以下のモンスターなら無条件でテイムできる団子って凄いな」
「そりゃもう、テイマーにとって垂涎のアイテムだよー! これ売ったら価格は絶対に億は超えるね! 絶対に売らないけど!!」
「お、美味しそう・・・・・一口食べていいかな」
「今食ったら時間的に無駄で終わるぞ。明日にしろ明日」
無所属のサーバーのプレイヤー達の大体が鬼備団子が手に入り、そのことを教えられた他のサーバーのプレイヤーがそれを知って団子屋に駆け付けても貰えなかった、くれなかったと残念な声が挙がったようだ。
「山頂に三体の動物を置く妨害をできなかったら団子は貰えないようになってるのか」
「阻止したらかなり厳しい戦いを強いられるけどね」
「でも、乗り越えたら貰えるようになるんですね?」
「じゃあ、雛菊たちは凄いのです!」
「よく乗り越えたよ私達」
「もう二度としたくないです」
ムスッとした表情を浮かべるイカルはまだイッチョウを許す気がない様子だ。頑張れイッチョウ、負けるなイッチョウ、めげるなイッチョウ!
「これからどうする? クエストを受注できるNPCはクエストをさせてくれなくなったし」
「んー、何人か会いに行けば貰えそうな感じはするけど会いに行ってみるか?」
「知っている鬼人?」
「というか、みんなも知っている鬼だ」
どうする? と俺に問われたみんなは揃って行くと頷くのである鬼の家へと案内した。集落の奥の方にある大きな和風の屋敷に着くとイズ達はここまで来た事が無いらしく不思議そうに見ていた。
「こんにちはー、里長ーいるかー?」
「里長? え、里長のお家なのここ?」
「相変わらずハーデスは私達の先を進むね」
大声で呼び掛けて待つと、さほど長い時間を待たずに済んで里長ゼ=ノンが顔を出した。
「魔王殿、息災のようだな。皆の活躍は確と聞いているぞ。我々のために尽力を尽くして感謝する。で、今日は如何な用事で参られた?」
「集落中の鬼人達からお手伝いや仕事をさせてもらえなくなってな。里長から頼みたいことがあるならやりたいんだが」
「ふむ・・・・・魔王殿達の活躍は飛ぶ鳥を落とす勢いで凄まじいと聞いている。が、魔王殿達には明日の為に休息を取ってもらいたいのだ」
ここでもダメだったか。やっぱり今日は戦前の休息ということなんだな。
「明日のためか。そう言えば犬と雉と猿のことを知っているか?」
「無論知っている。あれらは隕石が落ちる前の頃に人間達の間で神と崇められていた像だ。まさか山賊があのような代物まで用いるとは思わなんだ」
「像だったのか。それは回収した方がよかったか?」
「いや悪霊が宿っているのであれば破壊する他ない。可能なら浄化して元の場所に奉納するべきではあるが、今はそうする猶予はない。だからもしも魔王殿か他の冒険者達が見つけた時は迷わず破壊してくれ」
害でしかない像ならそうするしかないか。首肯すると俺達の目の前に青いパネルが浮かび出した。
〈三体の像の破壊0/3〉
あ、ダメだと思ったのにこういう形でクエストが発生した。クエストを受けたのはいいとして、これは明日になったら達成できるものだろう。ゼ=ノンの屋敷を後にした直後に「待って」と桜姫が俺達を呼び止めて話し掛けてきた。
「ねぇ、何かしたいなら私の護衛をしてくれない?」
「護衛?」
「うん、護衛。あなた達が知らない穴場とか抜け道に案内してあげるからどう?」
どう、と言われてもな。イズ達の反応は・・・・・?
「いいんじゃない? このまま集落を散策してるかのんびりと寛いでいるだろうし」
「うん、穴場ってどんなところなのか少し気になるかな」
「ハーデスに任せるよ」
「雛菊も同じく、なのです」
「私も!」
悪くない反応を示すみんなの意見を尊重する風に桜姫の護衛をすると言うと、彼女は俺達の横を通りすぎて前に出た。
「それじゃあついてきて。案内してあげるわ」
それから桜姫についていくと、二人が住んでいる屋敷の裏側にある大きな祠の扉を開け放って隠されていた井戸を見せてくれた。
「この井戸の中に入れば別の場所に出られるようになってるの」
「別の場所って具体的にどの辺りにだ?」
「それは着いてからのお楽しみよ」
初めてではなさそうに、井戸の中に入る桜姫を見ておそらくモンスターが出現しないエリアに続いているのだろうと察し、俺達も追いかけるように井戸の中に降りる。念のために前衛はイカル、後衛は俺と配置に着いてもらいゼ=ノンでも通れる高さと横幅で人工的に掘られた洞穴の中を無言で長く歩いた。途中で止まりどうしたんだと思っていると、転送陣があってそこから別の場所に繋がっていることをセレーネから教えてもらった。桜姫とイカルが最初にどこかへ転送されると俺達も続いて別のエリアヘ跳んだ先は―――。彩が多彩に咲く花々にたくさんの桜が咲き誇っていた。そのたくさんの意味は桜の種類も含まれている。白、桃色、紅、花の咲き方、花弁、様々な木の形の特徴を見れば一目瞭然だ。
「「わぁー!!」」
「素敵な場所ね。花の香りがとても心地いいわ」
「なんか落ち着く場所だね」
「すごい、桜がこんなにたくさん・・・・・」
「ああ、桃園ならぬ桜の園ってところか。確かにここは穴場と称しても過言じゃない」
顔を輝かせ、桜に囲まれる中で先に進む桜姫をついて行く俺達は周囲を見渡していた。そんな俺達を尻目に勝手知ったる我が家のようにどんどんと進み、運ぶ足から躊躇と迷いが感じさせない桜姫はさらに奥へと歩く。どこまで行くつもりなのかとぐらい俺達を歩かせる彼女の前に、ユグドラシルの如く聳え立つ巨大な桜の木が出迎えた。この場所へ俺達を連れてきたかったらしい桜姫は足を停めた。
「・・・・・」
そして自然と視界に入る慰霊碑と一振りの刀があった。桜だけの場所にこれがあるのは思わなかったな・・・・・。
「墓参りか。誰のだ?」
「お母様のお墓でもあり、今まで死んでしまった鬼人族のみんなの魂が眠ってるお墓よ」
身内の墓参りをしたくて護衛を頼んだのか。それならお供えしなくちゃな―――と考えてインベントリから鬼備団子と鬼酒、鬼殺しの酒を出して墓の前に置いた俺に目を丸くする桜姫。
「その団子、幻の鬼備団子? どうして・・・・・」
「明日は決戦になるかもしれないからな。もしも叶うならば死んだ鬼人族に里を守って欲しいと願うのは自然だ」
そう言う俺に感化されたかどうか知らないが、イカルと雛菊まで団子を出して墓の前に置いた。するとイズ達までも自分の団子を置くもんだから墓石の前にたくさんのお供え物が・・・・・それから俺達は桜姫の母が眠る墓に合掌をしようとした時だった。身体が透けた一人の長い黒髪、どことなく桜姫と顔がそっくりな女鬼人が俺達の前に立っていた。相手が何なのか、サリーの反応で確かめれば分かるので背後にいる少女に振り返ると。
「・・・・・っ・・・・・っ・・・・・っ」
セレーネを盾にして背後に隠れて震えていた。
「サリー、デザートが見えるか?」
「・・・・・み、見えないっ。な、何でぇ・・・・・」
なるほど察した。サリーが得た護符はモンスター限定で、こういったイベントのゴースト系NPCには効果が発動しないんだな。それを桜姫と目の前の彼女に言うのは失礼だと思うから今は敢えて言わない。
『・・・・・』
名も知らぬ幽霊の女鬼人は細い片腕を伸ばしたら、刀が一人で動いて幽霊の手の中に納まり、もう片方はいつの間にか般若の仮面を持って自身の顔に着けた・・・・・着けた?
「あの幽霊、私達と戦う気満々みたい」
「何でそうなるの?」
「いやー! デザートに見えないいいいいいい!!!」
「サリー、近くの木の陰に隠れていろ」
「あ、来るのです!」
「倒します!」