「面白かったよ。昨日おすすめしてくれた動画」
透が前置きなくそんなことを言い出した。
今は朝。より正確にいうと、登校中だ。
俺も透も朝はぎりぎりまで寝てる派で、かつ家が近い。なので、登校するタイミングが被ることが結構ある。むしろ、会わなかったら起床確認のチェインを入れてしまうくらいだ。透にではなく、円香にだが。
「見てくれたのか。どうだった? あの芸人さんのネタ、俺は結構好きなんだけど」
昨日、急に「好きなもの、ある?」と雑に聞かれたので、とりあえずおすすめの芸人さんの動画を教えたのを今になって思いだした。正しい回答をしてるかわからなかったが、こうして見たことを報告するということは、少なくとも誤答ではなかったようで安心した。
「え?」
「ん?」
疑問符が出るような難しい質問をしたつもりはないが、何に引っかかったのだろうか。
「いま、芸人さんの話してたっけ?」
「あれ、昨日俺がおすすめしたお笑いの動画の話をしてたんじゃなかったの?」
透がこてんと首をかしげて不思議そうに聞いてきた。ほかの人がするとあざとくなるような動作でも、透がすると自然で、なんというか、様になってる。
昔は特に意識していなかったが、ここ数年は透のそういった立ち振る舞いにたじろいでしまいそうになることがしばしばあった。バレないように平静を装ってるつもりだが、雛菜ちゃんにニヤニヤ見られたりすることもあるあたり、悔しいけどかなり露骨なのだろう。
「あれ、間違えた。木こりの動画を見ちゃった」
「全然かすってもないんだが⁈」
何をどう勘違いしたら芸人の動画と間違えて木こりの動画を見ることになるんだ!
「動画見よーと思ったらさ、なんかその動画がホーム画面にあって。ふふっ、ごめんごめん」
「いや、いいけど。なんでそんな動画がおすすめされんの?」
そんな動画があったことさえ知らなかった。最近見た動画を参考にしたおすすめ動画がYoutubeのホーム画面に表示されるとどこかで見た気もするので、透は「木こりの動画」に近い何かを最近見ていることになるな。
木こりの動画に近い何か、って何……?
「んー、わからん」
「ちょっとほかのおすすめ動画も気になるな。透のYoutube見てもいい?」
「いいよ。はい」
「ありがと」
案外すんなり借りられてしまった。
Youtubeのホーム画面を他人に見られるのは恥ずかしいという人も一定数いるらしいので、断られるか逡巡されるかは覚悟していたけど、透はなんの気なしにノータイムでスマホを貸してくれた。
俺は透から受け取ったロックのかかってないスマホを受け取ると赤いアプリアイコンをタップした。
「なんか、ちょっと恥ずかしいかも」
透は視線を少しそらしながらも、いつものように読めない表情でそういった。滅多に見せない恥じらいという感情を前に、俺も少しだけ罪悪感を覚えてしまった。
「すまん、別にそんな無理に見たいわけじゃないんだ」
「うん。いいよ、君だし」
言葉少なく、それでいてわかりにくい言い回しをする透。
そして、その言葉とともに、俺のシャツの裾をきゅっと左手で軽くつまんだ。
今のは『ほかの人に見られると恥ずかしいけど、君になら見られてもいいよ』ということか?
そう解釈したとたん、顔が熱くなっていくのがわかる。透に限ってそういうことは言わないと脳では分かってるが、心は違うようだ。
うう、やばい。なんだかイケナイことをしている気になってきた……。
そんなことを考えてしまったが、
「……、アリが巣を作る動画が一番上なんだな」
透のYoutube画面を見た途端、何の感情もなくなってしまった。さっきまでの複雑な乙女心が嘘みたいだ。俺は乙女じゃないので、まぁ嘘ではあるんだが。
「あー、昨日アリがいっぱい出てくる動画も見たからかな」
「木こりの動画とアリの動画をみる女子高生ってどうよ」
「えー、見ちゃわない? そーゆーの」
そう言いながら、透は俺が持ったままの自分のスマホを軽く操作する。操作するのはいいんだけど、わざわざ俺が持ってる時じゃなくていいのに。顔が近くてドギマギしちゃうからさ。まつ毛なっが。
こいつのこういう行動は無意識なんだろうけど、俺だけが意識してるみたいで恥ずかしいな。
なんとなく息を止めながら待っていると透は何かを終えたらしく、そっとスマホから離れた。どうやら「後でみる」のリストに入れたようだ。透の「後でみる」のリストは、結局見られることがなくてどんどん数だけ増えて行ってそうだな。
まぁアリとか木こりの動画は俺には分からない世界ではあるが、正直どんな動画なのか気になりはする。でも、ハマってしまったらそれはそれで怖いので、たぶん見ることは無いだろう。
「そもそもそんな動画どうやって見つけるんだよ」
「気づいたらおすすめしてくれるんだ、Youtubeが」
それが毎回面白くてさ、と付け加えながらスマホを受け取った彼女はどこか遠くを見ながら言葉を続けた。
「Youtubeが一番わかってくれてるのかも。私のこと」
浅倉透は、自分のことを語らない。
多分、自分に対する理解や興味があまりないのだろう。
だからこそ彼女は、”自分”を見出してくれる人を信頼し、友情や親愛を寄せる。
俺は、浅倉透とはそういう人間なのだと思っていた。
そんな彼女から出た「一番わかってくれてる」という言葉。
俺はそれが、そのことが──
「なんか悔しいな」
「え?」
無意識に呟いていた。
透があまりにもジッとこちらを見るので、俺はドギマギし思わず取り繕ってしまった。
「あ、いや、俺のが透との付き合い長いのになーって思ってさ」
これは本心だ。だが、本音ではない。
だが、そんなセリフさえ面と向かって言うのは恥ずかしく、空に向けて放たれた俺の言葉に透は目をパチクリさせ歩みを止めた。透に数歩遅れて俺も歩くのをやめた。
「ふふっ、三角関係だね」
少しだけ離れた場所からいつもの声量で発せられた言葉だが、俺にははっきりと聞こえた。
「ぶはっ、なんだそれ」
俺と透とYoutubeの三角関係ってことか? 頭の中にその関係図が思い浮かび、俺は思わず吹き出してしまった。
透はやがて手に持っていたスマホをカバンにしまい、少し早歩きで俺の隣に戻ってきた。どことなく嬉しそうで読み取りやすい表情をしていることが、俺は嬉しかった。
「勝ってよ。応援してるからさ」
透の左手が、さっきよりも強く、俺のシャツの裾を掴んだ。
1話ごとの繋がりが弱いので、気になるお話だけ読んでいただいても大丈夫です