前回までと毛色が少し違います。どう違うかは割とタイトルの通りで、ちょっと面倒くさい感じです。なので浅倉樋口みたいないちゃらぶはあんまないかも。
文中でもさりげなく説明してますが、高2の設定です。
「はぁ? 好きな人が出来たぁ?」
「あ、あんまり大きい声で言わないで……」
「え、あぁ、ごめん……じゃなくて!」
ドリンクバーから取ってきたホットココアが少し零れるほどに、机を叩いて勢いよく立ち上がる冬優子ちゃんだったが、周りのお客さんたちの注目を集めたことに気が付いてこそこそと座った。そんなアニメみたいな状況を見て、僕は思わず笑い声がこぼれてしまった。
「……笑ってんじゃないわよ。ったく、誰のせいだと思ってるんだか」
「え、僕のせい?」
「そうに決まってるでしょ。いきなり変なこと言って……。んで、誰なの? その、好きな人って」
気だるげさを隠さずに頬杖をつく冬優子ちゃんだったが、ハッと何かに気が付いたような表情を浮かべると、ニマニマと不気味に笑って上目遣いをしてきた。
「もしかして~、ふゆのこと、とうとう好きになっちゃった~?」
あぁ、ふゆモードに入っちゃった。今はクラスが別だし久しぶりにふゆモードを見たけど、なんか練度が上がってる気がする。もはや1人格として成立しちゃってるくらい。あと、とうとうって、そんな悲願みたく言われても。
「もしそうだとしたら、然るべき場所と流れで言うよ。ファミレスじゃなくて」
「……然るべき場所で言ってくれるのね」
「? 告白ってそういうものじゃないの?」
「そーねー、そーいうものよねー」
いつの間にかふゆモードも解けて、テーブルにうなだれてジト目を向けてきた。冬優子ちゃん以外にこんな雑な反応をされたら少し傷つく気がするけど、彼女にやられる分にはむしろ心地いいと思えた。僕にMっ気があるとかそういうのではなく、彼女は家族と僕にしかこういう面を見せていないからだ。
信頼の証だと、勝手に思ってる。
僕はそのことがたまらなく嬉しかった。
「そういえば、2人で外食なんてすごい久しぶりな気がするね」
「ん? あー、そうね。高校に上がってすぐの頃に行ったっきりだから、1年ぶりくらい?」
「もうそんな経つんだ。よく覚えてるね」
「覚えてるわよ、これくらい」
冬優子ちゃんの記憶力に尊敬の念を抱きつつ、僕も当時の記憶を思い返す。ちなみに外食自体は1年のブランクはあるが、別に疎遠になってたというわけでもない。流石に高校2年にもなると、幼馴染とはいえ女子と2人でご飯に行くのは恥ずかしかっただけだ、と思う。……疎遠になってないよね? 今でもたまにチェインもしてるし。
「なによ。急に黙ったりして」
「い、いや、えーと、今日の冬優子ちゃんはいつもに増して投げやりだなーって思っててさ」
「そんなことないわよ。わざわざあんたのために、こんな遠いとこまで来てあげたんじゃない」
「あ、あははは、ごめんね、わざわざ遠くまで来てもらっちゃって。クラスの人とかに聞かれたくなくて……」
今僕たちは、僕らの家や学校の最寄り駅から5つほど進んだ駅にあるファミレスにいる。クラスの人に聞かれたら恥ずかしいと言うのもあるけど、冬優子ちゃんは学校では猫を被っているので、僕と素で話しているところを万が一にでも見られるのは嫌そうだなと言うのも理由の一つだ。
「……悪いわね、変に気を遣わせて」
どうやら冬優子ちゃんには僕の余計なお世話が見抜かれていたみたいだ。とはいえ、勝手に呼び出して勝手に気を遣って、それで手間をかけさせてしまっているので謝らないといけないのはむしろ僕の方だ。
「こっちこそ、ごめんね。わざわざこんなとこまで」
「だーかーら、別にそれは構わないって。ってか、あんたん家でもよかったんだけど。隣だし」
「あー、僕も迷ったんだけどね。でも今日親いなくって」
突然、冬優子ちゃんはカップを持ったまま固まった。表情も、時間が止まったかのように貼りついて動かない。彼女の纏う空気が僅かにぴりついた感じもした。
もしかして、怒らせちゃった? え、今のやり取りに怒る要素ってあったかな。説明が足りてなかっただけかもしれないとも思い、ひとまず言葉を続けることにした。
「ほ、ほら! 流石に冬優子ちゃんとはいえ、女子と家で2人っきりになるのもまずいというか、気が引けるというかさ。冬優子ちゃんも嫌でしょ?」
僕が言葉を終えても数秒ほど固まったままだった冬優子ちゃんは、やがて持っていたココアをぐいっと一気に飲み干した。いい飲みっぷりだなぁ。大人になったらビールとかぐびぐび飲みそう。
「いいに決まってるでしょ。あんたと2人でも」
こちらを一瞥し、ぼそっと小さな声でそう零す。先ほどホットココアを煽ったせいか、若干頬が紅潮していることにも気が付いた。
瞬間、僕は言葉に詰まった。
一言一句を脳内リピートし、その意味をくみ取ろうと出来の悪い脳みそをフル回転させる。
なんて言葉を返していいか逡巡していると、冬優子ちゃんは先ほどとは打って変わり鋭い目線を向けて、僕の額に人差し指を押し当てた。
「あんたに私をどうこうする度胸がないことなんて分かりきってるし! ってかそれよりも! 『流石の冬優子ちゃんとはいえ』ってどういう意味よ! ふゆは女子じゃないっていうの⁈」
「うぐっ!」
力強い言葉と共に冬優子ちゃんに額を何度も小突かれて、僕は自分の中にあるゲージがみるみる減っていくのが分かった。
それは、慚愧であり、悔悟であり、ようするに自己嫌悪だ。
好きな人がいるにも拘わらず冬優子ちゃんの言葉を勘違いしたこと、そしてほんのわずかによからぬ期待感を抱いてしまったこと、挙句彼女にも誤解をさせてしまったこと。
冬優子ちゃんにも、僕の好きな人にも、誠実さを持ち切れていなかった自分がどんどん嫌になっていった。
しかし、そんな自己嫌悪をひとまず押しのけて、まずは冬優子ちゃんにちゃんと説明をしないといけない。わざわざ僕のために時間を割いてくれた大事な幼馴染を不快にさせたままでは、彼女に対してあまりにも失礼だ。
「ごめんね、そんなつもりじゃなくて! 幼馴染って言う無二の関係で、小さい時からずっと一緒だったって意味だよ! 親しき仲にも礼儀ありって言うし、あと普通に恥ずかしいし!」
あまりに何度も小突かれていたため目を閉じていたが、僕が口を閉じると同時に額に指が止まった状態で静止した。恐る恐る目を開けると、すぐさまデコピンをされ、小さく悲鳴を上げ少しだけのけぞってしまった。
「50点ね」
「何が⁈」
唐突な採点に驚きを隠せず、先ほどまでのマイナス感情も忘れてツッコんでしまった。そんな僕に気分がよくなったのか、楽しそうに、そして少しだけ意地悪そうに笑みを冬優子ちゃんは浮かべた。
「あんた落としたい女がいるんでしょー。だったら『君だけは特別~』とか『どうも君の前だと緊張しちゃって~』くらい言ってみせなさいよ。思わせぶりなことをいっぱいしてたら『あれ、こいつ私のこと好きなんじゃね?』って勝手に意識するんだから」
「お、女の子もそういうものなの? てっきり男子だけだと思ってたよ」
唐突に始まった黛先生の恋愛教室だったが、初っ端から知らなかったアドバイスが頂けて、思わず普通に感心してしまった。消しゴム拾ってもらったり挨拶してくれたりボディタッチされたり程度で好きになってしまう、と言うのはてっきり男子のあるあるだと思ってたんだけど、意外と万人共通なのかもしれない。
僕は小さい頃から(当時は距離感が今よりも近めだった)冬優子ちゃんと仲良かったということもあり比較的その辺りの耐性はあるので、余計な勘違いはせずにここまで成長できた。ありがとう冬優子ちゃん。君のボディタッチのおかげで僕は強い男になれたよ。
「まぁ全員がそうってわけじゃないだろうけど、意外とそういう人も多いわよ。もちろん、嫌われてないことが前提だけどね。あんたは……、どうかしらね」
「そこは明言してよ!」
「いやほら、無責任なことは言えないじゃない? うーん、良い奴ではあるんだけど、あんた別にイケメンってわけでもないし、モテてもないし、さっき言った戦法は普通に無理かもね」
「ただ現実を思い知らされた⁈」
止めの一撃がクリティカルヒットし、僕は思わず机に突っ伏してしまった。
確かに僕の顔はいたって普通だし、性格も内気で陰気な面が強いし、そもそもあまり女の子と喋ったことすらないけど、そんな抉るような言葉をぶつけなくたっていいのに。いや、このストレートな言い草はもしかしたら、そんな僕が告白してもただ傷ついて終わるだけだという、冬優子ちゃんなりの忠告なのかもしれない。
「でも、その女子も災難よねー。あんたに惚れられるなんて」
「うっ、やっぱりそうだよね……。僕に好かれるなんて、罰ゲームみたいなものだよね」
何事もなかったかのように会話を続ける冬優子ちゃんだったが、今の僕にはそんな元気はない。今まさに追い打ちをかけられた僕は、まだ顔を上げることができずにいた。
そんな僕の肩に、そっと誰かの手が置かれた。予想外の感触に、体力を振り絞りゆっくりと顔を上げると、先ほどまで目の前に座っていたはずの冬優子ちゃんがいつの間にか立ち上がり僕の後ろに回っていたことに気が付いた。そして、肩に優しく置かれた手も、むろん彼女のものだと。
「ごめんごめん、そういう意味じゃないわ。あんたに惚れられるってことは──」
何気なく言って、冬優子ちゃんは僕の耳元までゆっくりと顔を近づける。彼女の瞳には、僕だけが映りこんでいた。
「──ふゆを敵に回すってことじゃない」
消え入りそうな音量で囁かれたそれは、しかし僕の耳を強烈に打った。
耳に掛かる息に煽られるように、全身に力が入り、顔が熱くなった。
緊張で心臓の鼓動が早くなっていくのに合わせて、僕は昔のことを少しずつ思い出していった。
彼女は、冬優子ちゃんは、小さい時からこうして思わせぶりなことをする人だった。
触れ合うほど近くに座ったり、後ろから抱き着いて来たり、僕に「好き」って言わせようとしたり、昔はそんないたずらをしてよく僕をからかっていた。僕が困惑しているのを見て、最後には「冗談よ」とほほ笑むのがお決まりだった。
中学に上がる頃には流石にそこまで大胆なことはしなくなり、高校に上がってからは少しだけ距離が出来たことで完全になりを潜めていた。
思いを馳せた僕の心に残っていたのは、照れや緊張ではなく、『昔の関係に完全に戻れた』『疎遠になんてなっていなかった』という安堵だった。連絡を取ったり遊んだりする機会は確かに昔よりは減ったけれど、僕たちの関係性は昔のままだった。
「そ、それってどういう……アイタ⁉」
やっとこさ乾いた喉から出たのは、とびきりかすかすの弱い声だった。疑問を口にしながら振り返るも、冬優子ちゃんに額をぺしりと叩かれ、思わずひるんでしまう。その隙に彼女は、レシートを手に取り、僕に背を向けてレジに向かっていった。
「さぁね。その子の攻略法、ちゃんと考えておいてあげるから、あんたも食べ終わったらさっさと帰りなさいよー」
立ち去ってゆく華奢な背中は、力強くも、弱弱しくも見えた。見えてしまった。
ただ見送ることしかできなかった。
ゲージは再び、下降する。