(※二人は付き合ってるので、その関係が苦手は人は飛ばしてください)
「あー! 俺のチョコ小豆クレープが!」
ベンチの隣に腰かけていた透が、まだ一口も食べてない俺のクレープに大きくかじりついた。俺がクレープを遠ざけると、透はもぐもぐと咀嚼しながら残念そうに眉を垂らした。クレープの販売車の店員さんもそれを見ていたようで、晴れやかに微笑んでいたのがちょっとだけムカついた。
てか、こういうのって互いにもうちょっと食ってからやるもんじゃないのか? それで『間接キスがー!』みたいになるのが漫画とかだと定番な気がする。初手ではあまりやらないだろ。
しかし、そういった常識で透のことを考えようとするのがあまり得策ではないということは、この十年で嫌というほど理解はしていた。
「いいじゃん。私のおごりなんだし」
「正確には、俺が前回奢った分のお返しだろ!」
「あはは、いふぁいいふぁい」
咎めるように透の柔らかい頬を引っ張ると、透は楽しそうに笑った。その様はなんだか、先生にかまってほしくていたずらをする幼稚園児と重なって見えて、いつもより可愛らしく見えた。
「うーん、あんまりないね。味」
「そんなことも無いだろ。変な味だけど」
頬を摘ままれたまま俺のクレープを味わっていたようで、透はもぐもぐと咀嚼を続けながらそんな感想を漏らした。
「でもさ、もったいないじゃん。美味しくないのも "味" だったらさ」
「そうか?」
「そうだよ、きっと」
掴み所のない、雲のような言葉。抽象的な発言をよくする透だったが、俺は正直よくわからないことの方が多い。重要な意味を婉曲的に伝えようとしているのか、ほんとに何も考えてないのか、それすら分からないことがままあった。
俺がボケッとそんなことを考えてると、透の視線が俺を捉えてることに気がついた。何かあったのかと聞こうとするより前に、彼女が口を開いた。
「仕方ない。一口あげるよ、私のクレープ」
「え、いや」
どうやら、物欲しそうな顔をしてるとでも思われていたようだ。
「あれ。嫌いだっけ。生クリームとか、イチゴとか」
「そういう訳じゃないけど……」
ちらりと透の持つクレープに目を向ける。俺のと同様に──どちらも透が付けたものだが──一口だけ齧った跡がついている。先程、間接キスがどうこうと考えてしまったこともあり、気恥ずかしくなってしまった。
しかし、俺もそこまで子供じゃない。今どき間接キスくらいでそこまではしゃいだり照れたりなんてしない……はずだ。ただでさえ俺たちは幼馴染で、間接キスなんて、その言葉を知らないことから無意識下で何度もやってきた。
だが、
「……たいむあーっぷ」
「……あっ」
俺の思考は彼女の言葉によって中断することとなった。
「せっかく
怒っているのか、呆れているのか、はたまた別の感情か、透がわずかに沈んだ声でそう呟いた。食べたくなかったわけじゃない。間接キスだってそんなに気にならないし、なんなら少しテンションがあがっていた気もする。うだうだと考え事をしたせいで、彼女に変な誤解を与えてしまったかと思い、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
その後も、だらだらと他愛ない話をしながらクレープを食べ進めた。円香がそんなに知らない先輩に告白されそうになってるから逃げまわってるとか、雛菜ちゃんがそれを裏で操ってるんじゃないかとか、小糸ちゃんが何か知ってるようでずっとあわあわしてるとか、そんな話だ。
二人とも食べ終わり、会話も終わり、何をするでもない時間が訪れる。
俺は、こういう時間も好きだった。
こういうとき、透がどこか遠くを見て何かを考えてることが多くて、その光景は浮世離れしていて、どこか絵画めいた芸術性を感じさせてくれるから。
そんなことを考えながら隣に目を向けると、透は俺をじっと見つめていた。
いつもと違う視線の向きと熱量。予想していたなかった光景に思わず肩をびくつかせてしまった。
「ねぇ」
「あ、どうした?」
「好き」
俺は、息を飲んだ。
一瞬にして顔がゆでだこのように真っ赤になったかもしれない。
言葉が何度も脳で反芻され、高鳴る心臓によって、ゆっくりと全身に送られていく。
そして、その目は、未だに俺を捉えてた。
無機質な声色だが、いつも透明な頬はわずかに紅潮していた。
「……え、何、突然」
「なんか、言いたくなっちゃって」
「……そっか」
先ほど、俺が透から差し出されたクレープを食べなかったことで、彼女を不安な気持ちにさせてしまったのかもしれない。小さな事かもしれないけど、大事なのは事柄の大小ではなく、彼女がどう受け取ったかだ。
俺は透の頭に手を置き、周囲の視線や行為そのものから感じるこそばゆさに蓋をして優しく撫でる。抵抗の少ないその感触は、さながら高級な絹織物のようで、撫でているこちらも心地よくなった。
透は気持ちよさそうに目を少し細めた……と思いきや、撫でていた俺の手に自らの手のひらを重ねた。互いの動きが完全に止まり、しばし無言の間が生まれた。不思議に思い眉を顰める俺とは対照的に、透は真剣な面持ちだった。
「まだ、聞いてないよ」
「何をだ?」
「好き」
「……えっと」
「だから、好き」
「……ん?」
先ほどと同じ言葉。だが、今度は困惑が勝ってしまった。
ストレートに愛情をぶつけてくれるのは嬉しいが、俺は透が何を言いたいのかが分からずに表情をさらに難しくする。俺の合点の行かない表情を見てか、透は不機嫌そうに頬を膨らませ、上目遣いで俺にジト目を向けた。
「もしかして、からかってる?」
「奇遇だ。俺も同じこと言おうとしてた」
「へー、言っちゃうんだー。そういうこと」
透が、先ほどまで優しく重ねていた俺の手を強く握りしめた。痛くはないが、俺は焦っていた。このままいったら透の機嫌はどんどん悪くなるというのが分かり切っていたからだ。
そして、そこでようやく俺は彼女が何を言おうとしているのかが分かった。
違うな。俺は、俺の愚かさが分かっただけだ。
透はずっと言っていた。俺が心地よく受け入れていたそれを。彼女自身が言ってもらいたいそれを。俺が言わなかったそれを。
透は、ずっと口にしてくれていた。
「好きだよ、透」
自分だけが一方的に愛を受け続けるなんて、そんな都合のいいことはあっちゃいけないな。
俺は透が好きだ。
だったら、ちゃんと伝えないと。
彼女がしてくれたのと、同じように。
透はそれを聞くと満足したかのように笑みを浮かべ、俺の膝へ倒れ込んできた。透に膝枕をしてる体勢となり、俺はその光景に思わず笑ってしまった。
いつもなら、なんならさっきまでは周囲の視線も気にしていたけど、今どうでもいいと、そう思えていたから。
「今度はならなかったね。たいむあーっぷって」
「危なかった……。でも、もう──」
「あ、チョコついてる」
「聞けよおわっ!」
透に俺の顎の下あたりを指でなぞられて、思わず変な声を出してしまった。普段人に触られることのない場所なため、反射的に背筋がぞわっとしてしまう。
透は自分の指に付着したチョコを数秒じっと見つめた後、そのまま口に運んだ。
「おい、やめとけって。美味しくないんだろ」
「でも、あるよ。味」
「あれ、さっきはないって言ってなかった?」
「うん。でも、今はある」
透はチョコのついた手の逆の手を、俺の頬に持ってきた。優しく添えられた透の手に誘導される形で、俺は彼女の目をじっと見つめる。
「今は、あるよ」
大空のように青く澄んだ彼女の瞳に、俺だけが映りこんでいた。