きっと、一色いろはは間違えない。 作:総武高校文芸部
「せんぱぁい」
その呼び名で、比企谷八幡を呼ぶ人間は今のところ一人しかいない。
「……何か用でも?」
「相変わらずつれないですねー。せめて話を聞いてから嫌な顔してくださいよぉ」
ゆるくウェーブした亜麻色の髪、着崩した制服と男ウケの良さそうな上目遣い。あざとさ満点の女子生徒こそ、八幡の知る面倒な後輩No.1にランクインした一式いろはだ。
「………(うるっ)」
可愛く縋るように目元を潤ませ、それでいて一気に息がかかるほど近くまで距離を詰めて来る。
大胆な接近は女子の特権だか何だか知らないが、思わずドキッとしそうになる気持ちを抑えて、比企谷八幡は眉根に一層の皺を寄せた。
「用があるなら、さっさと済ませて欲しいんだが」
「先輩、顔赤いですよ。分かりやすー」
「ほっとけ」
バツが悪そうに答えると、やっと満足したのか一色が離れていく。
だが、最後まで安心はできない。というのも、一色が雪ノ下も由比ヶ浜のいない場所で俺に話欠けてくるとき大抵、奉仕部の仕事の中でもとびきりの厄介案件を持ち込んでくる時だからだ。
「……このまま立ち話ってのもアレだし、どこかで椅子でも探すか」
「じゃあ生徒会室の書庫なんてどうです? 近いですし、椅子ありますし、人めったに来ませんし」
最後の言葉が妙に引っかかったが、他に代案も無いので頷いておく。何か青春なイベントを一瞬たりとも期待しなかったとは言わないが、冷静に考えるとやっぱりSランクの面倒ごとなのだろう。
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「はい、どうぞ」
ポケットから取り出した鍵で書庫の扉を開け、中に入るように一色が勧めてくる。未だにこれで生徒会長だというのが信じ難いのだが、こういう時だけはそれっぽい。
一色の言葉通り椅子は部屋の隅に無造作に置かれていたが、それに腰掛ける前に一色が口を開いた。
「えっとですね、用件というのは葉山先輩についてなんですけど」
一瞬、耳を疑った。
「葉山? 葉山って、あの葉山か?」
「他にどの葉山先輩がいるんですか」
そりゃそうだ。
一色が一瞬、小馬鹿にしたような顔を浮かべた気がしたが、それも無理のないことだ。実際、我ながらアホな返しだと思う。この学校で葉山といえば、あの葉山だけだ。一色が葉山先輩と呼ぶ人間も、葉山隼人を置いて他にはいない。
「で、その葉山先輩のことなんですけど」
「お、おう」
「何か変わったことがあったら、ちょっと私にも教えてくれるとありがたいなー、なんて」
なにそれ何処の秘密警察? ここは東ドイツじゃないよ、日本だよ。
「つまり監視と密告を頼むと」
「やだなー、そんな毒のある言い方しなくても」
実質的に監視と密告を要求してる点は否定しないのね、というツッコミはさておき、少し引っかかる依頼だった。依頼内容自体はそう難しくはない。同じクラスメイトで、色々とあって会話も一応は出来る仲だ。
問題は、なんでそんな簡単な依頼をわざわざ頼んでくるのかという点に尽きる。一色ほどの陽キャならば自分からぐいぐいと踏み込めるような気もするのだが。あるいは――。
(まさか、な……)
思い浮かぶのは、例のクリスマスのことだ。
平塚先生にチケットをもらい、奉仕部に加えて、葉山、三浦、海老名、戸部、そして一色も加わってデスティニーランドに行ってきた。クリスマスとは何かを学ぶためという為に行ったものの、ちょっとした一波乱があったのだ。
早い話が、いろはが葉山に告白した。そして、ものの見事に玉砕した。
(あんな事があったばかりだから、てっきり葉山のことを避けるんじゃないかと思ってたんだが……)
少なくとも自分だったらそうする。実際、中学の時に折本に告白して振られ、翌日には笑い話として拡散させられた経験は今でもトラウマだ。もし仮にバラされていなかったとしても、やはり距離を置こうというのは自然な行動ではなかろうか。
(マジで一色が何を考えてるか分からん……)
少なくとも自分は折本にフラれた時、少なくとも1か月は落ち込んだ。小町が言うには3か月ぐらいは無意識に心あらずで少し痩せたとも聞く。
一色にしても、あれは本気の告白だったはずだ。それが失敗に終わったのだから相当なダメージを受けているのだと勝手に思っていたのだが、自分が考えているよりも図太い神経をしているのか、あるいは巷で聞くように女性は切り替えが早いのか。
「……しかしまた、なんで葉山に」
「そんなの決まってるじゃないですか」
そんな俺の心配を他所に、一色いろはは実に前向きに明るく答える。
「わたし、まだ葉山先輩のこと諦めていませんから」
さも当然のそうに紡がれた言葉に、比企谷八幡はとっさに反応することが出来なかった。
それは思春期の少女の誰もが一度は経験する、小さな背伸びのような安っぽい意地なのかもしれない。けれども、かつての自分が通れなかった茨の道を、目の前の少女は己の意思で歩みだそうとしている。
「一度フラれたぐらいで諦めてたら、なんか逃げたみたいで嫌じゃないですか。それに、次はもっとうまくやります」
余裕ぶっているが微かに見える強がりに、水を差すような真似は出来ない。恋する乙女のエネルギーとやらに、あてられてしまったとでも言い訳しておく。
理由は分からない。ただ、この時はどういう訳か不思議と面倒に思う気持ちは沸いてこなかった。
それよりも、一色いろはの恋を応援してやりたい。その先を見てみたいという気持ちの方が勝った。
自分とは異なる道を歩むことを選択した後輩がどうなっていくのか、純粋な好奇心が比企谷八幡を突き動かしていく。
「だから協力してくださいね、せんぱい♪」
そんな悪戯っぽい笑みを浮かべた一色いろはの表情を、比企谷八幡は素直に魅力的だと思ってしまう。
だからこそ、なのだろうか。面倒な後輩の恋路を応援するなんて面倒極まりない行為に、どうして咄嗟に「ノー」と言わなかったのか。
その理由について、比企谷八幡はまだその答えを知らない――。
俺ガイル完結記念に。
最後の方、いろはす徐々にOTONA&イケメンの風格を漂わせてたような……。