きっと、一色いろはは間違えない。   作:総武高校文芸部

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第2話:されど、2人は変わらぬ日常を演じ続ける。

         

「あ、葉山せんぱ~い!」

 

 

 翌日、比企谷八幡はさっそく果敢に葉山に挑んでいく、一色いろはの姿を見た。

 

 

「こんなところで会うなんて奇遇ですね。ちょっといいですか?」

 

 

 時刻は11時30分ごろ。ちょうど3限目の数学が終わった休み時間だ。葉山がトイレにでも行くタイミングを見計らったかのように、ドアの入り口で完璧な待ち伏せである。

 

 

(たかだか10分の休み時間に、わざわざ上級生のクラスまで押し掛ける奇遇ってなんなんですかね……)

 

 あまりの強引さに内心にツッコミを入れたくなるのを抑えつつ、八幡はこっそりと横目で2人の様子を観察する。

 

 

「用事ってなんだい?」

 

「えっとぉ」

 

 結論からいえば、これといって目を引くような展開は無かった。生徒会の仕事の一環として、サッカー部の部長である葉山に部活関係の書類を手渡しただけ。

 

「次の県大会、がんばってくださいね。東部大会進出も期待してます♪」

 

「生徒会長にそう言われると、なんだか緊張するね。もちろん、ベストは尽くすつもりだけど」

 

 内心ハラハラしながら見守っていた八幡が拍子抜けするほど、実に健全極まりない会話であった。

 

 つい昨日にフラれて大泣きしていたのが嘘のような満面の笑顔に、つい先日いたいけな後輩を泣かせたとは思えない清々しい爽やかスマイル。切り替えの早さでいえば、葉山も一色に負けていない。

 

(リア充こえーよ……)

 

 無駄にウジウジと引きずる根暗とかメンヘラに比べれば健全なのだろうが、別人格かと思うほど上手に取り繕えちゃうのを見てると、ちょっとばかし人間不信になりそうである。

 

(もし、もしもだ。俺と雪乃下、ガハマさんの間で何かあったら……)

 

 例えば、2人の内どちらかの要望を断って、泣かせてしまうような事があったのであれば。

 

 

 ――自分たちは、一色や葉山たちのように振る舞えるのだろうか。

 

 

 まるで何事もなかったのかのように。事情を知らないクラスメイトに「何かあったの?」なんて不信感を抱かれないような自然体で、自分を偽って人間関係の輪の中に溶け込むことができるのだろうか。

 

 

(答えは「必要ない」だな……幸か不幸か)

 

 

 自嘲気味に、比企谷八幡は結論づける。

 

 一色や葉山と違って、自分と雪乃下はそれほど友人が多くはない。強いて由比ヶ浜に限って言えば、表面的な付き合いの友人が多いため「あちら側」に属する。

 

(これも世間のマナーってやつなんだろうな)

 

 告白でフラれて傷ついてようが、プライベートで深いな出来事があろうと、世の中はおかまいなしに動いていく。接客業風にいえば「お客様には関係ない」とでも言うべきか。

 

 だから一色も葉山も、仮面を使い分けて居場所から追い出されないよう、注意しながら立ち回っているのだろう。

 

 

 世間ではそれを「気配り」とでも呼ぶのだろうか。

 

 もちろん、そこに「本物」は見えない。

 

 

 だが、見えているものだけが全てでは無いのだと、各々と本物をぶつけ合うだけが解決策ではないのかもしれないと。

 

 

 一色と葉山の2人を眺めながら、ふと比企谷八幡はそんな事を思ったのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 それ以降の展開は、とても平和といえば平和であった。

 

 

「葉山せんぱぁ~い」

 

 一色いろはは対して事あるごとに葉山に接近して、その度に毎回のようにやんわりと受け流されていた。

 

 もともと周囲に葉山推しを公言していること、大して葉山にその気が全く無さそうなこと、その相乗効果が「どちらも本気ではない」という空気を作り出し、いつしか風物詩のようになっていた。

 

 

「――いろはさん、またフラれてる」

「――しかし飽きないねぇ」

「――せっかくだし、試しにくっ付いてみればいいのに」

 

 

 2人の内心はどうあれ、周囲からは半ば冗談のような形で公認カップルとして受け入れられつつある。微妙なバランスの上だが、着々と既成事実が出来上がっていく。

 

 

 その一方で、生徒会長としての一色は今まで通り、いや今まで以上に熱心に仕事をこなしている。

 

 とはいえ、失恋を忘れたいがために仕事にのめり込むといった切羽詰まった様子はない。むしろ以前にも増して貫録というか落ち着きが出てきた様子で、適度に真面目モードと息抜きモードのバランスを使い分けて生徒会役員を使いこなしている。

 

 生徒たちの相談にも気軽に乗る一方で、必要以上に親身になり過ぎて便利屋のようにはならず、適度な威厳と親しみやすさを維持していた。

 

 

(なんていうか、一色もだんだん葉山みたいになってきたな……)

 

 

 あるいは、生徒会長としては雪乃下の姉である雪乃下陽乃のスタイルに近いのかもしれない。それはそれで、陽乃と葉山も共通点が少なくはないから結局は似てきていることに変わりはないとも考えられる。

 

 類は友を呼ぶ、似た者同士は惹かれ合うという。しかし、似てない者同士であっても「似た者同士」という演技を続けていけば、やがてそれは「本物」となるのだろうか。

 

 

 **

 

 

 

「――ってな事があってだな」

 

 

 放課後の教室、夕日を浴びながら八幡はここ最近の2人の様子を、残る奉仕部メンバーに相談していた。

 

「正直、あいつらが何を考えているのかよく分からん」

 

 パッと見、外堀から埋めていく作戦のように見えるが、あくまで推測でしかない。そこで雪乃下と由比ヶ浜に助けを求めてみたのだが、やはり明瞭な回答は得られなかった。

 

「まぁ、そんなものと思っておいても、たぶん困ることはないでしょう」

 

「あ、あはは……」

 

 案の定、返ってきたのは溜息と苦笑い。

 

「そんなもんって言われてもな……」

 

 どうにも釈然としない八幡に、雪ノ下が本を読みながら口だけを動かしていく。

 

「あくまで推測だけど……一色さんも葉山君も何事も無かったようにするのが、今は一番だと知っているんじゃないかしら。意識的にか、無意識なのかは分からないけど」

 

「“今は”ねぇ……」

 

 

 葉山隼人は争いごとを徹底して回避しようとする。

 

 そんな彼にしてみれば「何事も無かった」という状況ほど都合がいいものは無い。それまで距離感の近かった一色いろはと急に距離をおけば、かえって周囲がいらぬ勘繰りをいれて拗れるリスクが高い。本音では避けたかったとしても、それが出来ないのだ。

 

 

 だとすれば、一色のとった行動はまさに葉山の望むものだ。自分の望み通りの行動を一色がとっている限り、葉山も敢えて彼女との関係性を更に遠ざけようとする事はないだろう。

 

 そしてそれは、リベンジを狙う一色いろはにとっても都合がいい。

 

 

 一色いろはがそこまで計算しているのか、あるいは単にタフなだけなのかは分からない。ただ、どちらにせよ2人の距離感は今のところwin-winの関係にあった。

 

「変な空気のまま事態が悪化しないよう、葉山のセーブポイントに合わせてリセットした……ゲームに例えるとそんなところか?」

 

「わざわざゲームを持ち出す理由は不明だけれど、おおむねその理解で間違いはないでしょう。要は現状維持、そして様子見という事よ」

 

 

 人間の心理的距離は接触頻度に比例して、身近な人ほど警戒心が薄れて親近感が沸くように出来ている。であれば、変わらず近い距離感を維持できれば形だけでなく実質的な意味でも関係の早期修復が望める。

 

 合理的といえば、合理的な選択だ。とはいえ、一度でも自分をフッた相手に再び自分から近づいていくのはそれなりに勇気のいる行動である。場合によっては、更に警戒されて距離を置かれかねない。

 

 

 改めて、もし自分だったら――と振り返ってみる。踏み込んで、拒絶されて、隣にいられなくなると考えたら。

 

 

(………やっぱ、普通にビビるよな)

 

 

 やはり、拒絶されるのが怖い。

 

 頑張って距離を詰めたのなら、猶更これまでの努力を水泡に帰すのようなギャンブルには出られない。相手の方からゴーサインを出してくれないかと待ちつつ、自分の臆病さから目を背けてしまう。

 

(実際、中学の時は告白失敗してから、ほとんど折本と顔も合わせられなかったし)

 

 正直、しばらくは考えたくもないというのが八幡の個人的な経験談だ。軽くトラウマになっているとも言う。自分の場合、立ち直るにはそこそこの時間が必要だった。

 

 

(となると一色の奴、一日で覚悟を決めたのか……)

 

 

 単に軽薄で無神経なだけ、という事は無いだろう。本当に気にしてないのであれば、帰り道の電車の中であんな顔をできるはずがない。

 

 

「とにかく、事情と状況は大体わかったわ」

 

 ぱたん、と本を閉じて雪乃が八幡を見る。

 

 

「とりあえず、現状で奉仕部としてのベスト対応は『待機』ね」

 

「なんじゃそりゃ」

 

 

 雪乃下らしからぬ消極策に面食らうが、どうも本気でそう思っているらしい。

 

「しばらく様子を見るだけでいい、って意味よ。恐らく一色さんも今すぐどうこうというより、今後に向けて布石を打っているんだと思う。強いて言えば、私たちに出来ることは情報収集ぐらいかしら」

 

「ふむ」

 

 言われてみれば、雪乃の意見はもっともだ。一色のアシストをするにしても、まず2人の関係性についての情報が必要となる。場合によっては周辺の人間関係についても改めて調査する必要があるかもしれない。

 

 

「まぁ、たしかに葉山にしろ一色にしろ、プライベートの事はあんまり知らないな」

 

 

 そもそも今までほとんど喋ったことも無かったし。名前すら「ヒキタニ君」って間違って覚えられてるぐらいだし。

 

 由比ヶ浜にも聞いてみたが、面識があるだけで個人的な話はそれほどしなかったという。

 

「ゆきのんは葉山くんについて何か知ってない? 好きな歌手とか」

 

「好きな歌手は………ごめんなさい、たしかに付き合いは長いけど、お互い趣味とかそういう話をしたことはあまり無くて」

 

「2人とも秘密主義だしな」

 

「ヒッキーはちょっと黙ってて」

 

「はい……」

 

 

 結局、その日の奉仕部の活動では「葉山についても一色についても、そういえば詳しく知らない」という残念な事実だけが分かった。

 

 とはいえ「無知の知」というソクラテスの名言もある。まずは知らないという事を知り、そこから情報収集することが解決への第一歩となるだろう。

  




 戦略的には攻撃、戦術的には防御


 今回の八幡は完全に傍観者でしたが、今後は少しづつ関わりが増えていきます。

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