晩夏、幼馴染カップルが家でいちゃこらするだけのお話。

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倦怠期? なにそれ? おいしいの?

「って、感じだったかな」

 俺は縁側に座り、首を振る扇風機が風を運んでくるのを今か今かと待っていた。

 頭上の太陽に目を細める。セミの鳴き声が夏を全力で飾りつけている。隣に置いたコップは、表面に俺と同じくらいの汗をかいている。

 こめかみをシャツの袖で拭い、背中にぬるい風を浴びていた。

「へぇ~」

 そっけなく、間延びした喋り方が彼女の特徴だ。不満に思った俺は、後ろ手をついて振り返る。

「なんだよ、麗が聞きたいって言ったんだろ?」

 扇風機の近くに陣取った麗は、両手を広げて畳に寝そべっていた。俺の位置からでは茶髪の頭頂部と、Tシャツを盛り上げている胸の谷間がよく見える。

「いやさぁ……、将太に告るとか、感性が独特っつか……」

「ねぇ、馬鹿にしてる?」

「ちゃうちゃう、別にその子を馬鹿にしてないよぉ」

「……否定の対象に俺が入ってないんだけど」

 その抗議には応じず、麗は両手両足を駆使して扇風機を抱き込んだ。

「あっつ~」

 直風を顔に浴び、声をビブラートさせる麗。固定されて首を振れなくなった扇風機が異音を出している。

「それ壊したら余計暑くなるよ」

「わかってるよぉ」

 麗は一つ歳下の幼馴染だ。俺とは誕生日が一ヶ月しか違わず学年を分けられてしまったので、歳上ぶると途端に不機嫌になってしまう。

「はぁ……もう無理」

 扇風機を解放した麗は膝を立て、仰向けのまま器用に畳を這いずってくる。

 縁側までたどり着いた麗は、頭を持ち上げると俺の膝へ乗せた。肩の下まで伸びた髪が膝をくすぐる。

 髪を指ですいてやるとシャンプーが香り、麗はネコみたいに首をすくめる。

「髪、ぼさぼさじゃないか」

「なに~、お説教か?」

「もう少し身だしなみ整えたらって話」

「説教じゃん」

 同年代の平均より身長の高い麗は、スタイルがいいと学校で噂されているのを聞いたことがある。

 この田舎町では若干浮いた容姿のせいか、男女問わず興味を持たれることも多いみたいだ。今のだらけきった姿を見たら、何人が幻滅するだろう。

「でもさ、誰に見せるわけでもなし」

「俺が見てるだろ」

 ゆるくウェーブのかかった前髪をかきわける。額がさらされると、風が当たって気持ちいいらしく麗は笑って目を閉じた。

 縁側に吊るした風鈴がチリンと鳴り、夏の熱気を一瞬だけ和らげてくれる。

 手ですくい取った麗の汗は、すぐ水気が消えた。俺の体内に取り込まれたかのような錯覚に陥る。

「……ねぇ将太、なんか怒ってんの?」

「どうして。怒る理由がないよ。俺には麗の方が機嫌悪く見えるけどな」

 気だるそうに寝返りを打った麗が、大口を開けて俺の腹にかぶりつく。歯が食い込む刺激で、腹筋がビクッと震えた。

 とりあえず麗の口端を指の腹で拭ってやる。唇まで指を伸ばせば、グミみたいな弾力が面白く、何度かつつく。

「……なぁに? おねだりかぁ?」

「……おねだりって、なんのこと?」

「へぇ~。そんな態度なら、いっか」

 せわしなくまた寝返りを打った麗は、身体にこもった熱を排出するように、俺の膝へ息を吐きかけた。

「昨日さぁ……わたしも告られた」

 セミがジワジワと鳴いている。コップの中で、重なった氷が溶けてカランと存在を主張する。

「へぇ……誰に?」

 声もかすれてしまった。

「今さ~、変な声出さなかった?」

「喉が渇いて、ちょっと声に詰まっただけだよ」

 俺が麦茶を飲もうと床板に手を這わせるも、先に麗がコップを引ったくってしまう。

 首すじに汗を浮かばせて、麗はあっという間に麦茶を飲み干す。

「……で、なんだっけ?」

「横になったままで行儀が悪いな」

「ほ~らまた始まった」

 麗はコップの中から氷を一つ取り出すと、俺へ差し向けるように掲げた。

 溶けて小さくなった氷は麗の指先を濡らして、日焼けと縁のない腕をしずくが滑り落ちていく。

 Tシャツの袖口奥へと消える水滴を見送った俺は、しなやかな指がつまんだ氷を口に含む。なぜか、甘くて苦い。

 俺が麗と、恋人として付き合い始めたのは中学一年生の頃だ。麗はまだ小学六年生だった。

 きっかけは、特に無かったように思う。ただ、周囲で付き合い始める友達の話を聞いて“じゃあ付き合ってみようか”みたいな流れだった。

 それだけで、付き合ってもう四年が過ぎた。恋人としての新鮮さを、麗が俺に感じることはないだろう。

「ん」

「……え?」

「ん!!」

 麗が手で床を叩き、目くばせする。

「……わーったよ」

 俺は麗のそばへ寄って背中を向けて座ると、彼女が満足げに頷く。

「よし、任せな!」

 程なくして麗が俺の背後に膝立ちする。彼女の両手が肩に触れた瞬間、体がピクッとした。

「……気持ちいい」

 麗の揉み方が上手なのか。それとも、俺の肩が結構凝っているのか。とても気持ちがいい。

「将太の……カッチカチだよ」

 麗に耳元で囁かれたのでドキッとした。

「キャラじゃねえぞ」

「もう、台無しだよっ!」

 胡麻化したけどお見通しなんだろうな。艶っぽい声と言葉選び、背中に当たる柔らかな感触のせいでかなり厭らしく感じる。

「肩は凝ってるね」

 何事もなかったかのように、麗は俺の肩を揉み続けている。

 肩を叩かれて眠気が覚めた。ゆっくりと肩を回すと、それまでと比べてかなり軽くなっていた。

「うん、凄く良くなった。ありがとう」

 肩だけでなく、全身も軽くなった感じがする。

「うむ、よろしい!」

「じゃあ、お礼に麗の肩を揉んでしんぜよう」

 半ばふざけたながら麗に問いかける。

「いいって」

「いいから」

「……じゃあ、お願いするよ」

 言い合っても無駄だと悟ったのか、麗は俺の方に振り向いて頷く。不意に見せたとろけた笑みは、普段よりも艶やかに思えた。

 両手を肩に置くと、麗は体を震わせた。そして、肩を揉み始める。結構凝っているな。

「んあっ!」

「だ、大丈夫か?」

「気持ち良くて変な声が出ちゃったよ」

 それからも麗の肩を揉み続けていく。気持ちいいのか、麗は時折可愛らしい声を漏らしている。同時に体が熱くなっていっているけど。

「将太のおばさんが気持ちいいって言うのも納得だね」

 あははっ、と麗は声に出して笑っている。

「よし、結構ほぐれたと思うけど」

「……うん! 肩が軽くなった感じがする。ありがとう」

 そう言った麗の笑顔はこの上なく眩しかった。蜩が鳴き始めていた。

 

「麗、そろそろ帰る?」

「ん……なんで?」

「だってバスの時間、もうすぐだろ」

 俺の家は少しばかり町から離れている。麗が住む麓の町まで向かうバスは夕方で終わる。

 幾分涼しさの増した風を浴びながら、山裾に傾く太陽を眺める。寝返りを打った麗が、俺をじっと見上げる。

「……帰していいの?」

 とっさに返事が出来なかった。喉がカラカラに渇いて、氷を求めてコップを見ると、底にわずかな液体が残るだけだった。俺は枯れた喉をふり絞る。

「じゃあ、なんか話、しようか」

「いいね~」

 たどたどしく繋ぎ止める言葉に、麗は素直に乗ってくれた。

「こないだ駅の近くに最近できた喫茶店なんだけど」

「出来たね~カワイイ店~」

「……そうじゃない」

「どした?」

 幼い頃から誰よりも距離が近くて、恋人になってから五年目に入った。

 お互いに知らないことの方が少なくて、だからか刺激もなくて、思い出も似たり寄ったりで。

 

「麗、誰に告白されたの?」

 見開かれた大きな瞳を覗き込む。まつ毛の長い、くっきりした二重が瞬いて、麗はほんの少しだけ視線を俺から外す。

「三年の……周東先輩」

「バスケ部のキャプテンか」

 俺の目から見てもイケメンと感じられる、目立つ容姿の先輩だ。やや派手な見た目の麗とは、並んで歩いても違和感がないかもしれない。

「……なんて返事したか、知りたい?」

 腐れ縁の延長みたいな俺と一緒にいるより、ずっとお似合いだと周囲の人間も言うだろう。

 この田舎で、都会的な二人はどこを歩いても絵になるに違いない。開きかけた唇を人差し指で塞ぐ。

「いいよ、俺が当ててやる。『わたしは将太が大好きです。世界中の誰よりも愛してます。一生を二人で添い遂げます。だから、貴方と付き合う気はこれっぽっちもありません』」

 硬直した麗の顔が、耳の先に至るまで、みるみる赤く染まっていく。

 自分の願望をぶちまけた俺は、祈るような想いを込めて麗を見下ろしていた。つい先日、人生で初めて告白されて舞い上がっていた気持ちなんて、すっかりどこかに失せていた。

 茹であがった麗が苦しそうに身じろぎするのを見て、慌てて手を離す。

「ぷはあっ! ……死ぬかと」

「……ごめん」

「……声真似キモい。けど」

 いまだ火照った顔色で麗は、子供の頃から変わらない、いたずらっぽい笑みを浮かべる。

「さっきの返事ねぇ……? 10点あげちゃう」

「おい10点かよ」

「そ、100点満点の10点。声真似でマイナス90点、内容は満点」

 麗が歯を見せなら笑いかける。俺は改めて思い知った。

 麗と付き合ったときからずっと……、初めて出会った幼少の頃からずっと、俺は麗に溺れている。

 ふいに熱くなった顔を、俺は麗のくびれた腹に思いきり沈める。

「おぉ? ちょ、こら将太、お腹撫でるな! あはは!」

 バタバタ暴れる身体を押さえつけ、柔らかい温もりに包まれて、制汗剤と混じる麗そのものを肺いっぱいに取り込む。

「あはは! やめてっ」

 前後不覚に陥るほど恍惚とした時間は、強引に首を引っこ抜かれてあっけなく終了した。息が上がっている

「……なぁ、将太、ほんとにわかってんのかぁ?」

「……なにが?」

 熱い手のひらでムギュッと頬を挟まれる。

「ちゃんと、見て」

 顔は麗の両手により固定されてしまったので、目だけを床板に横たわる身体へと這わせる。

 さんざん動き回ったせいで麗の着衣は乱れて、めくれた裾からは白い柔肌がのぞいていた。

「へそ見んな。もっと上」

 タイトめのTシャツを張らせ、山みたいに盛られたそこは……

「ばか。もっと上」

 艶やかな唇。無意識に引きつけられた俺は、顔を力いっぱい手で押し返された。

「そこはまだ。上」

 やがて俺の視線は透き通った琥珀の瞳と交わる。揺るがない麗の瞳に、少し動揺する。距離が近い。

「目ぇ、そらさないで」

 吐息に顔を撫でられる。魔法のような、媚薬のような言葉に俺はうなずくことしか出来なかった。

「他の誰も見ないで。ねぇ? わたし、将太じゃなきゃこうして家に来たりしないよ? そういうこと。ねぇ、ほんとに分かってんのかなぁ?」

 子供に言い含めるかのように、終始優しげな笑顔をたたえた麗の告白を、ただ聞き入った。

 だから俺も、少々潤んで見える瞳をまっすぐ見返して、正直に返答する。

「うん、不安にさせてごめん」

「ん……、意地悪な聞き方とか、ごめんね?」

「麗のそういうとこも、大好きだよ」

 このときの麗の表情は、永久保存したいほど可愛かった。

「あ。麗……てか、バス」

 麗にまたがる格好のまま、二人して縁側から外を見る。

 すでに日は暮れかけていて、蜩だけでなく、コオロギも合唱を始めていた。

「今日、おじさんとおばさんは?」

「仕事だよ。帰りは明日って言ってたけど」

「じゃ、泊まろうかな」

「え!?」

「……なに?」

「いや……」

 家に麗が泊まるのは初めてじゃない。けれど、この雰囲気で二人きりになると、状況的に、ねぇ。

 うろたえる俺にまたいたずら心が芽生えたのか、麗は並びのいい歯を見せて笑う。

「続き、する? 将太、下見て?」

「はっ? 下……!?」

 思わず、ショートパンツから伸びた綺麗な素足に目がいってしまう。

「行き過ぎ。さっきおあずけしたとこ、あるでしょう」

 恥ずかしそうに両足を擦り合わせる麗を、俺は上になぞっていく。

 視線が口もとまで達したとき、麗は人差し指で自身の下唇にとんとん触れた。

「ちゅー……してあげよっか?」

 麗が、俺の首を引き寄せるように両腕を絡めてくる。

「……キスだけ?」

「こ~ら」

 俺は痛さを感じない頭突きをもらう。

「あっ……」

 二つの瞳の先と。

「あ……」 

 二つの瞳の先がぶつかって、唇が溶け合った。

 

 俺の幼馴染に勝てる相手なんて存在しない、と思う。




いかがだったでしょうか。

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