てけてけかなたさん   作:南澤まひろ

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その16「みんなのいえ」

「えっと、あの……」

 申し訳なさそうに、ゆーちゃんが視線をそらす。

「あの、もしかして……聞こえちゃってた?」

「う、うん。いきなり『そんなことない』って聞こえて、どうしたのかなって思って、その……」

 思わず叫んじゃったからなー、この時間だとよく声も通るか。

「それで、見ちゃったと」

「う、うん」

 あー、そりゃマズったかも……ん? いや、別にヒミツにしてどうこうってわけじゃないし、見ちゃったら見ちゃったで、こっちには好都合なんじゃないか?

「あ、あう、はう……」

「じゃあゆーちゃん、こっちおいで」

 突然のことでうろたえているお母さんを横目に見ながら、ゆーちゃんを手招きする。

 ゆーちゃんは小さくうなずくと、とてとてと私の横にやって来てPCの画面をのぞき込んだ。

「非現実的なことだから信じられないかもしれないけど、よく聞いてね。

 今ココにいるのは、私のお母さん。お空からやってきて、ひょっこり私のPCに入っちゃったんだ」

「…………」

 私の言葉が聞こえたのか聞こえてないのか、じっと画面を見ているゆーちゃん。

「……?」

 それを見て、うろたえていたお母さんもだんだん落ち着きを取り戻して、二人で見つめ合う。

 そして、ゆーちゃんはにっこり笑うと、

「初めましてっ、かなたさん」

 そう言って、画面に向かってちょこんとお辞儀した。

「私、こなたお姉ちゃんの従姉妹で、小早川ゆたかっていいます」

「あの、え、えっと……」

 ゆーちゃんのあいさつに、戸惑うようにしてお母さんが私を見る。

「ダメだよお母さん、ちゃんとあいさつしなきゃ」

「そ、それもそうね……ごほんっ」

 咳払いをして、にっこり笑うお母さん。

「えっと、私はこなたの母で、泉かなたといいます」

 お辞儀したお母さんの顔からは、さっきみたいな不安や戸惑いの色は消えていた。

「ゆーちゃんのこと、よくこなたから聞いてます。そう君もこなたもお世話になってるみたいで……ありがとうね、ゆーちゃん」

「い、いえっ! 私のほうがずっとお世話になっちゃってますからっ」

 恥ずかしそうに言いながら、ゆーちゃんがまたぺこぺことお辞儀する。

「あのさ、ゆーちゃん」

「なに? お姉ちゃん」

「その、さ……信じてくれるの? さっきのお話」

 あまりにも素直な反応に、ちょっと戸惑った私はそう聞いてみた。

「だって、さっきのお姉ちゃんの声、とっても真剣だったから。パソコンから聞こえてくるかなたさんの声もとっても真剣だったし……それに、今こうやってかなたさんとお話してるんだもん」

 おおぅっ、なんて、なんて無垢な瞳と言葉と笑顔なんだっ!

「うー、だからゆーちゃんってば大好きだよー!」

「は、はうっ?!」

「……いいなー」

 たまらなくなってゆーちゃんを抱きしめると、お母さんがうらやましそうにつぶやいた。

「えっと、それじゃあ……えいっ」

 そう言って、私の腕の中でくるっと回って画面に指をそっと沿えるゆーちゃん。

「……?」

「えへー」

 不思議そうに見ていたお母さんも、ゆーちゃんの笑顔を見ると画面越しに指をつき合わせる。

「あははっ」

 そしてすぐ、お母さんもココロが通じ合ったようににこっと笑った。

「おー、E・Tですな」

 ぽわわんとしたその光景に、私の心もほんわかしていく。

 ほんとによかった、ゆーちゃんがここに来てくれて。

「それじゃあお母さん」

 すっかり表情が和らいだお母さんを見て、私はさっきの話の続きを切り出した。

「お父さんと、会ってみる?」

「おじさんだったら、絶対大丈夫ですよ」

 私もゆーちゃんも、確信を込めてお母さんを見つめる。

「くすっ……もう、しょうがないわね。二人には負けたわ」

 苦笑いしながら、お母さんは私たちをしっかり見つめ返してくれた。

「自分の気持ちにウソついちゃダメだってこと、よくわかったわ。二人の言葉を聞いてたら、そう君に会いたくなってきちゃった」

「ほんと?」

「ええ」

 にっこりと笑ったお母さんの顔に、もうかげりはない。

「そう君のPCをいろいろいじったことも、ちゃんと謝らないとね」

「PCを、ですか?」

「あー、ゆーちゃんはまだ知らなくていい世界だからねー」

 ちょっと首をかしげてるゆーちゃんはいいけど、

「こなた、ゆーちゃんをそのゲームの世界に染めたりしたらダメですからね」

「わかってるってば。ゆい姉さんからも厳しく言われてるし……」

 ううっ、お母さんってばそんなジト目で見ないでよ。

「まあ、それはそれとして」

 そんじゃま、本題に入りますか。

「えー、これから第二五六回『お母さんをどうやってお父さんに会わせるか会議』を始めまーす」

「えっと、それって今回が初めてじゃ……?」

「そこは流して」

 期待通りの返事をありがとう、ゆーちゃん。それに比べて、お母さんってばまたおろおろしちゃってるよ。

「あ、あのー、普通に会えばいいんじゃ――」

「甘い! お母さんってば甘いっ! せっかく会うんだから、こういうのはちゃんとお膳立てをしないと」

「え、えーと、そこまでしてもらわなくても――」

「だいじょーぶだって! ここには未来の絵本作家のゆーちゃんもいるし、エロゲ百戦錬磨の私だっているんだから」

「わっ、私も?!」

「そーだよーゆーちゃん。どんどんアイデアを出してくれたまへー」

 ここまで来たんだし、せっかくだからお父さんをびっくりさせてあげないと。

「もう、こなたったら」

「お、お姉ちゃんってばー」

「恨むなら、私をこんな風に育てたお父さんを恨んでねー」

 そう言いながら、三人して笑い合う。

 やっぱり、こうじゃなくちゃ。

 

 *   *   *

 

 そして、次の日のお昼ごはんが終わった後。

「お父さんさー、この後って時間ある?」

 昨日練った作戦を、いよいよ実行に移すときが来た。

「ん? おー、昨日はぐっすり寝たし、昼寝はナシでちまちま書いていこうかって思ってたところだぞ」

 あー、昨日はお腹がぱんぱんになるまで食べてたもんね。それがかえって好都合だったけど。

「んじゃさ、その前にこれをインストールしといてよ」

 私はズボンのポケットからUSBメモリを取り出すと、お父さんに手渡した。

「何だ? これ」

「ほら、用事があってもどうしても手が離せない時とかあるでしょ? その連絡用のツールを入れておいたらどうかなって思って」

「連絡用のツールねー。まあ、確かに集中してるときにはちょうどいいかもしれんな」

 うなずきながら、USBメモリをくるくる回すお父さん。あんまりお父さんには必要ないものだから、珍しいのかな。

「インストール方法とかそこに入ってるし、もうゆーちゃんのPCには入れておいたから。

あ、そうそう。テストもしたいから、すぐにやってみてね」

「ああ、了解。そんなに手間はかからないんだろ?」

「もちろん。インストールしてちょちょいっと設定すればもうだいじょぶだよ」

「んじゃ、早速やってみますかね」

 手をひらひらさせながら、お父さんがノートPCのある居間へと入っていく。

「お願いねー」

 私もそれを見送ると、ぱたぱたと自分の部屋へと向かった。よーし、作戦開始だっ!

「ゆーちゃん、はじめるよー」

「はーいっ」

 途中、ゆーちゃんの部屋に声をかけると元気な返事が返ってきた。よし、これで準備は万端。

「お母さんっ、そろそろ始めるよ」

「う、うん」

 部屋に入って、PCの前に座りながら話しかけると、お母さんの表情はまた硬くなっていた。やっぱり、緊張してるんだろうな。

「大丈夫だって、私とゆーちゃんがついてるんだから」

「……こなた、お願いだから、あんまりひっかきまわさないでね?」

 って、おーい! 私ってそんなに信頼ないデスカ?! 確かに前科はいっぱい、たくさんあるけどさー……

「わかってますヨ。私とゆーちゃんはあくまでもサポートに徹しますって」

 そう、これはお父さんとお母さんの再会のための場。私とゆーちゃんは、あくまでもそれをお手伝いするだけなんだから。

「んじゃ、ソフトを立ち上げてと……あ、お母さんはまだいいからね」

「わかったわ」

 アイコンをダブルクリックして、今回の舞台になるソフトを呼び出す。うしうし、

ゆーちゃんもちゃんといるね。あとはコレで、お父さんが来るのを待つだけ――

 

13:08 *** SOUJIRO has joined channel #izumi-ke

 

 って、来た!

『ういーす』

 来て早々、お父さんがどっかの忘れ物野郎みたいなあいさつをしてくる。

『お父さん、いらっさーい』

『あ、こんにちはー。って、いつも家にいるのにおかしいですね、これじゃ』

 おーおー、ゆーちゃんもちょっと緊張気味かな? でも、ゆーちゃんらしいといえばゆーちゃんらしいか。

『いやいや。それにしても、IRCなんてまた懐かしいな』

『メッセだと登録とかめんどいし、コレなら軽いしねー』

 そう、私とゆーちゃんがが再会の場に選んだのは、IRCだった。

 私がお母さんと初めておしゃべりした場所で、お互い話せるようになるまでずっと使ってきた大事な場所。『お姉ちゃんがとても嬉しかったなら、きっとおじさんも嬉しいはずです』っていうゆーちゃんの言葉もあって、最終的にこの場所になった。

『確かに文字だけだからな。んじゃ、何かあったらコレで連絡ってことで』

『はーい』

『はいっ』

 話が終わりそうな雰囲気になるけど、まだまだ終わらない。

「お母さん、そろそろ行こっか」

「……そうね」

 意を決したように、お母さんが力強くうなずく。

 

13:12 *** Kanata has joined channel #izumi-ke

 

 そして、その一行がウインドウ上に表示された。

『ん? 誰です?』

 訝しげなお父さんの言葉。でも、ここはまっすぐゴーだよ。

『お久しぶり、そう君』

『? ああ、かなたか。お久しぶり』

 きっと、これだけじゃ私たちのイタズラって思われるはず。だから……

「お母さん、がんばってね」

「うんっ」

 お母さんがうなずいたのを見た私は、そっとPCから離れて部屋を出た。そして、ゆーちゃんの部屋のドアをノックする。

「ゆーちゃん、行くよー」

「はいっ」

 出てきたゆーちゃんの表情は、やっぱりちょっと緊張気味。そりゃそうだよね、これからが本番なんだから。

 私たちは足音を立てないようにして、お父さんのいる居間へ近づいて――

「おりゃっ!」

 

 すぱんっ!

 

「っ?!」

 思いっきりふすまを開けた。

「ど、どうしたんだ?! こなたもゆーちゃんも!」

 おー、びっくりしてるびっくりしてる。ただ音だけでびっくりしたのかもしれないけど。

「ん、ちょっとねー」

 そう言いながら、私たちはお父さんの両脇に腰を下ろした。

「ほらお父さん、会話が続いてるよ」

「え? だって二人ともここに――」

 その瞬間、ログ画面に一行の言葉が加わった。

『ふふふっ。そう君、そこにこなたとゆーちゃんがいるでしょ?』

「はぁっ?!」

「いるよー」

「いますよー」

 部屋から持ってきたマイクをそそくさとPCにつけながら返事すると、お父さんは混乱してるのか私とゆーちゃんの顔を交互に見比べて始めた。

『だから、もう一度……お久しぶり、そう君』

『……何かの冗談だろ?』

 やっぱり、文字だけじゃ信じられないみたいやね。でも、心配はしていない。

『それじゃあ、これでどうかしら。

 私とそう君のお話を書いてくれて、ありかとう』

 お母さんは、私たちが知らないお父さんをたくさん知ってるんだから。

「……かなた?」

 呆然としたように、お父さんの口からその名前がこぼれる。

「ええ」

 そして、ウインドウの影からちんまりとした人影があらわれて――

「本当に……本当に久しぶりね、そう君」

 優しく見上げながら、お母さんが優しく語りかけた。

「ちょっと、えっ、おい……か、かなたなのか?」

「もちろんです」

「プログラムとかそういうのじゃなくて、本当に……かなたなのか?」

「ちょっとお手伝いしてもらったりしてますけど、私は私ですよ」

 にっこりと笑ってみせるお母さん。その表情からは、私に見せるのとはまた違った……大好きな人にやっと会えたみたいな、そんな嬉しさがあふれていた。

「でも、どうして……?」

「ずっと二人のことを見守ってきたごほうびを、神様からいただいて……それで、二人の様子を間近で見たくて、少しの間、パソコンに居候させてもらっていたの」

「パソコンに居候……って、俺のエロゲとか消したのって、もしかして?!」

「だって、そう君ってばそういうゲームばかりしてるんだもの。ちょっと嫉妬しちゃった」

 いや、あの削除のイキオイはちょっとどころじゃないですよ、お母さん。

「ちょ、おまっ! ああっ、まさか十九年ぶりにまたやられるとは!」

 おでこに手を当てて、天を仰ぎながら嘆くお父さん。

「でも……まあ、仕方ないな」

 だけど、すぐにノートPCの画面に視線を戻した。

「かなたにやられたんだったら、しょうがないよ」

「そう君……」

 苦笑が混じったお父さんの笑顔が、だんだん明るくなっていって……

「おかえりっ、かなた」

「ただいま、そう君っ!」

 二人とも、あふれるほどの笑顔で向き合った。

 うん、よかった……二人の笑顔が見られたんだもん。ほんとによかった。なんだか、目が潤んできちゃったよ。

 お父さんの肩越しに視線を移すと、ゆーちゃんがちょっと涙ぐみながら二人のことを見ている。

「ぐすっ……じゃあゆーちゃん、そろそろ行こっか」

「うんっ」

 私たちは涙をぬぐいながら、そっと立ち上がった。

「えっ?」

「二人とも、積もる話がいっぱいあるだろーし……私たちは、いっぱいお話ししたから」

「そうか……ありがとう、こなた、ゆーちゃん」

「いえいえ」

 いつもがんばってるお父さんだもん。お母さんといっぱい話すご褒美ぐらい、あってもいいよね。

「それじゃあ、ごゆっくりー」

「ごゆっくり」

 そう言いながら、私とゆーちゃんは居間を出てそっとふすまを閉めた。

 その瞬間に見えた二人の笑顔はとっても穏やかで、

「やっぱり、さ……お父さんとお母さんって、お似合いの二人だよね」

「うん、とっても素敵な二人だよね」

 あふれてくる涙に流されないほど、その姿は瞳の奥に強く焼き付いていた。

 

 本当に、二人を会わせてあげられてよかった。

 時間が無くなる前に、家族みんなが揃ったんだから。

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