つらつらと文章が書かれたテキストファイルを、少しずつ、ゆっくり眺めていく。
そこに綴られた物語は、私たちをモデルにしたお話。
私とそう君が出会った幼い頃から始まって、私が亡くなって、娘が成長していくという内容。終わりがどうなるかはまだわからなくて、まだ感想を言える段階じゃない。
だけど今、これだけは言える。
「うーん……ちょっと話し言葉が硬すぎるかしら」
「えっ、マジ?!」
ああっ、ノートPCを投げちゃだめですよーっ!
私がいるデスクトップPCの前に来るとき、そう君ってばノートPCを布団に放り投げてしまいました。布団だから、あまり心配はないと思いますけど……
「ちょっ、どこっ、どこっ?!」
「ああっ、顔近づけすぎですってば!」
画面まで数ミリぐらいなんて、目を悪くしちゃうのに。
「ごめんごめん、でも、そんなに表現が硬かったか?」
「地の文ではいいけど、私たちはこういう話し方はしなかったでしょ?」
テキストエディタのスクロールバーをぐいぐい引っ張ってから、その部分を指し示す。
「『私たちは誓う。この先、共にいることを』って、確かに話の雰囲気からしたらいいかもしれない。でも、口にして話してみると……どう?」
「うーむ……確かに。高校生にしちゃ硬すぎる話し言葉だな。よし、今直しとくか」
そう言うと、そう君は表情を引き締めてその言葉をちょいちょいっと直していきました。
「『私たちは誓います。この先、一緒にいることを』……そうね、こんな感じのほうがいいかも」
「そっか。しかしいかんなー、担当の池原さんにも口酸っぱく言われてるのに」
「仕方ないわよ。普段硬めの物語を書いていたら、そういう癖になっちゃうもの」
そう君のテキストファイルはほとんど見ていたから把握できましたけど、確かにサスペンスものを書いていたりすると、どうしてもそういうシリアスな文章になってしまいますからね。
「それはそうだけどさー……うーん、かなたにも言われるぐらいだから、相当なんだろうな」
「冷静な目で見ているから、と言ってください」
「かなたってば、ホントに手厳しい」
高校時代、そう君が物語を書いていると知った私は、よくこういう風に読んではそう君に感想を言っていました。感想と言っても、今みたいに文章の指摘などが主ですけど。
「しかし、そう言われると身が引き締まるよ。よーし、続きもいっちょがんばりますかね」
「がんばるのはいいけど、もう朝よ?」
「へ?」
画面越しの部屋には、カーテンの隙間から外の光が射し込んでいました。
「あちゃー、もう朝か……仕方ない、朝ごはんの用意が終わってからにするか」
「ダメっ! ちょっとは寝ないと、身体がもたないじゃない」
「いや、そうは言われてもなぁ……」
少し寂しそうな笑みを、私に向けるそう君。
「大丈夫、焦らないで。まだ時間はあるから」
書けなくなるっていう心配は無くなりましたけど、なんだか今は逆の方向で心配です……
「健康第一、ですよ」
「あははっ、わかったよかなた。ごはん食べたら、ちゃんと仮眠するからさ」
「それならいいです」
本当、そう君ったら私に似て心配性なんですね。
* * *
「いただきます」
「「「いただきまーす」」」
そう君のあいさつで、私たちもあいさつをする。
私はそう君の隣に乗せられたノートPCの中にいて、何も食べられないはずなのですが……
「いやー、試してみるもんだね」
私の目の前には、何故かみんなと同じほかほかのお料理がありました。
「まさか、デジカメで撮影したら中で物質化できるとはな」
『試しにやってみようよ』とこなたが今日の朝食をデジカメで撮影して、画像ファイルをこのノートPCに転送したら、何故かいい匂いがしてぽんっとお料理が現れて……ここに来てからいろいろあったけれど、まさかこんなことまで出来るなんて。
「あのっ、よかったら食べてみてくださいね」
「ええ、しっかりいただくわ」
今日の朝ごはん当番・ゆーちゃんの言葉に、私もにっこりうなずく。
今朝の献立は豆腐と油揚げのお味噌汁にあじの干物、だし巻き卵にキュウリの塩もみと、シンプルだけどしっかり作られたもの。私がよく作っていた朝ごはんの献立にそっくりです。
わくわくという感じで見てくれるゆーちゃんに応えるようにして、だし巻き卵を一口……あっ、卵の甘みと出汁の香りが、口の中でちゃんと広がっていきますね。
「ふわふわしてて、とってもおいしいわ。焼き具合もちょうどいい感じよ」
「ほっ、ほんとですか?」
ほっとしながら、嬉しそうに笑うゆーちゃん。
そして、次にお味噌汁を口に運んで……うん、おいしい。
「お味噌汁も、ちゃんと合わせ味噌とお出汁の風味が効いてるわね」
「よかった、かなたさんにそう言ってもらえて」
久しぶりで、懐かしいこの世の味。まさか、もう一度みんなと味わえるなんて……そう思うと、自然と頬がゆるんでいきます。
「よかったね、ゆーちゃん。私も夕ごはん当番だから、お母さんに食べてもらおうっと」
「んじゃ、その次は俺な。みんなでかなたに腕前を披露しようじゃないか」
「あ、いいですねっ」
「あらあら」
楽しそうな三人の姿に、私も笑いをこらえられませんでした。
やっぱり、にぎやかな食卓っていいですね。
* * *
「ふぃ~、終わったー」
朝ご飯が終わったあと、私はこなたがしているゲームをじっと見ていました。
「ラストシーンの二人の姿、とてもよかったわね」
スタッフロールといっしょに流れていくエンディングテーマを聞きながら、こなたと顔を見合わせます。
「お母さん、すっかり見入ってたね」
「つ、つい……」
こなたはといえば、ドリームキャストのコントローラーを握りながらにやにやと笑っていて……ううっ、もしかして全部お見通しですか?
「でも……こーゆー風に時を越えた想いってさ、なんかいいよね」
「そうね。強い想いはとっても印象深いから」
ぽつり、ぽつりとつぶやきながら、ゲームの内容を振り返る私たち。
わざわざこなたがドリームキャストをPCに繋いで「そーゆーシーンは無いから大丈夫」とプレイしていたのは、雪が降り続ける村の物語――「SNOW」。その言葉を信じていっしょに見ていたけれど、確かにいい物語だったと思います。数百年の悲恋と現代での成就が、ちゃんと描かれていて。
「お母さんもさ……ずっと、お父さんのことが好きだったんだよね」
「ええ、ずっと」
自信を持って、ゆっくりうなずく。
ちょっとえっちで、ちょっと妄想癖で、ちょっと女の子好きすぎるそう君。だけど、優しくて、ずっと側にいてくれて、私を支えてくれたそう君のことが、今でもずっと好き。
「それに、こなたやゆーちゃんのことも大好きよ」
「あははっ、私も大好きだよー」
「ちょっ、こ、こなたったら」
「照れない照れない」
もうっ、マウスカーソルでなでなでしてくるなんて。
「それで、このゲームはこれで終わりなの?」
「うーん……あと一つメインシナリオがあるんだけど、なかなか気が進まなくてね」
そう言いながら、こなたが視線を宙にさまよわせる。
「でも、お母さんがいるなら大丈夫かな」
「私がいれば?」
「うん」
小さく頷いたこなたは、私のほうを向いて少し寂しげに微笑んだ。
「家族をテーマにしたシナリオらしいから」
「ああ……」
やっぱり、そういうお話はちょっと苦手なのかもしれません。今の私もどっちかというと苦手だけど……ここまでのいいお話を振り返ってみると、大丈夫かもという気持ちもあります。
「それじゃあ、プレイしてみてもいいかな?」
「ええ、いいわよ」
「んじゃ、行くよー」
そう言うと、こなたはタイトル画面に戻って「New Game」を選択しました。
* * *
ゆっくりと流れる、街中の風景。
夕陽に照らされた景色は昔とがらっと変わっていて、少し寂しい気もしますが……
「かなたさん、ほんとにそこで大丈夫ですか?」
「ええ」
いっしょにいてくれるゆーちゃんのおかげで、久しぶりに楽しいおでかけができそうです。
「うーん、ちょっと狭そうな気もするんですけど」
「そうでもないわよ。案外、この中って広いから」
「そ、そうなんですか」
今私がいるのは、ゆーちゃんの携帯電話の中。そして、開いた状態のまま胸ポケットに入れてもらっています。こなたが無理矢理添付メールに入れたから、ちょっと来るときに酔っちゃいましたけど、イヤホンマイクで会話できるのは便利ですね。
「それで、今日のお買い物は何にするの?」
「えっと、お姉ちゃんからお願いされたのは豚の挽き肉に餃子の皮、それと茄子とピーマンににんじんと、あとキャベツにねぎですね」
「ふうん……多分、餃子に麻婆茄子ね」
「えっ? 確かに餃子はわかりますけど、どうして麻婆茄子ってわかるんですか?」
「昨日、ちらっと麻婆の素が置いてあるのを見たから。そっか、今日は中華かー」
「お姉ちゃん、基本的にどんな料理もできるみたいですよ」
「そうね、この間の鶏大根もよく出来ていたし」
今朝みたいなことができるってわかれば食べたかったけど……残念です。
「私も、お姉ちゃんみたいにできるようになりたいです」
「きっと大丈夫よ。ゆーちゃんも、立派なお嫁さんになれるわ」
「お、お嫁さんだなんて、そんな……」
あらあら、照れちゃって。でも、ゆーちゃんらしいですね。
「ゆいちゃんもいいお婿さんに出会ったみたいだし、ゆーちゃんもきっと幸せになれるわよ」
「お姉ちゃんのこと、知ってるんですか?」
「もちろん。結婚したての時、よく遊びに来てくれたもの」
あの頃はまだ小さくてやんちゃだったゆいちゃんが、もうお嫁さんだなんて……本当、時が経つのは早いですね……
「そうなんですか……あのっ、よかったらお姉ちゃんとも会ってくれませんか?」
「ゆいちゃんと?」
「はい、最近よく来てくれるんですよ。きっとかなたさんがいるって知ったら、喜ぶと思いますから」
うーん、本当はあんまり他の人とは会いたくないけれど、ゆいちゃんはあまり動じない子だから『びっくりだ』の一言で済みそうですし……
「そうね、私もぜひ会いたいわ」
「本当ですか?! じゃあ、あとでお姉ちゃんに電話しますね!」
「ふふふっ、お願いね」
「はいっ!」
あらあら、嬉しそうにはしゃいじゃって。少し体が弱くても、心が元気なら大丈夫ですね。
これも、ゆいちゃんのおかげなのかもしれません。
* * *
「お疲れさま、そう君」
「おお、かなたか。こなたもさすがに寝たのか?」
「ええ」
日付が変わってかなり経った頃、そう君のPCに移動してみると、相変わらずそう君は執筆活動にいそしんでました。
「そう君はどう?」
「ああ、今一段落ついてな。ちょっと見直していたところだ」
そう言いながら、コーヒーを飲むそう君。確かに容量が増えていて、だいぶはかどっているみたいです。
「って、かなた……なんか目が赤くなってないか?」
「えっ?」
あらら、さっきできるだけ涙は拭いたはずなんですけど……
「ごめんなさい。さっきまでこなたといっしょにゲームしてて、エンディングでちょっとこらえられなくなって」
「ゲームって……かなたが? ギャルゲーを?」
「ええ。こなたに誘われて、つい」
「へー、かなたがギャルゲーをね」
意外そうに言いながら、そう君が私を眺める。確かに昔はプレイしてるとすねちゃいましたし、ここに来てからはポイポイとアンインストールしてましたから。
「なかなかよかったわ。そーゆーシーンは無かったし、お話も……家族のお話で、いろいろ考えるところがあったし」
「それって、こなたが躊躇してたやつか」
「プレイする前、確かにそう言ってたわね。でも、私がいれば大丈夫かもって」
「なるほどね」
そう君も心当たりがあるのか、思い出しているかのように視線を宙に向けます。
「最近は、ああいうゲームもあるのね。ちょっと感心したわ」
「そうだろ? なかなかストーリーがいい作品もあってな、ついつい買っちゃうんだよ」
得意げに言うそう君だけど、やっぱり心に引っかかることもあって、
「でも、えっちすぎるのはダメよ? この間ハードディスクをお掃除した時、私よりもちっちゃい女の子のゲームとかあったけど」
やっぱり、そういうゲームは嫉妬しちゃいます。
「い、いやっ、でも最近はプレイしてないって! これ以上は何もないぞ?」
「わかってますよ。ここのところは作品につきっきりだもの」
確かにインストールされてる形跡はないし、プレイしてるような形跡もありません。
「うん。おかげで、もうすぐ第一稿が上がりそうだよ」
そう君の表情からは、確かに充実しているような、楽しんでいるような……
「みんなに、いっぱい創作パワーを貰ったし」
そんな覇気みたいなものが、画面越しでも感じるほど。
「それに、かなたが読んでくれるからな」
「……うんっ」
その穏やかな笑みに、私はいっぱいの笑顔でうなずいた。
高校生の頃に初めて読んだ、そう君の優しいお話が好きでした。
切ないお話も、楽しいお話も、少し、悲しいお話も。
時が流れて久しぶりに読んだお話は、あの頃以上に文も表現も巧みになって……だけど、やっぱりそう君らしさはそのままで。
「だって、私はそう君の最初のファンだから」
それが、私の誇りの一つ。そして……
「……ありがとう、かなた」
そう君のお話は、ずっと私の宝物。
だから、大切に読ませてもらいますね。そう君。
――ところでそう君、そのUSBメモリに入っているソフト……
――な、何かな?
――今気付いたんだけど、これって昨日インストールしたのね。
――ソ、ソンナコトナイデスヨ?
――しかも、このタイトル……今テレビでやってる、ななついろな魔法少女モノじゃない。
――って、なんでかなたが知ってるのさ?!
――原稿が終わるまで、禁止ですからねっ。
――へ? アンインストールするんじゃ……
――こなたから、いいソフトだって聞きましたから……
――じゃあ……
――…………
――原稿終わったら、いっしょにプレイしよっか。
――……ばかっ。